第259話「演習中」 ゾルブ
魔神代理領ロゼルファーン州の州都はベシュフェと言い、メルナ川河口部にある。そこに我々マトラの軍事顧問団、産業振興団が遠路到着。各妖精自治区の大代表たる指導者六名とその将校と官僚もしくはそれ相当の者達が集った。
主要自治区の大代表達は主要六軍をそれぞれ率いる。他にも小規模な自治区が無数にあるのだが、それらは六つの中から縁が強いところ、何れかへ組み込まれている。軍管区制度発足と同時に、正式に、飛び地であろうとも合併される予定。一つの軍指揮系統下に入った時点で各同胞達の意識改革も始まるので、今回のような演習を重ねる度に均質化するだろう。尚、その六つをいきなり一つに統合するには互いに遠隔地が過ぎる。
六軍それぞれに特徴はあるが、均一化の試みもされている。全員が制帽として赤い帽子を被っている点である。服装にバラつきがあってもそれだけで統一感が出る。
軍服を揃えるにはまだ軽工業分野の発達が遅れている。重工業を優先しているせいでもある。その解決策として帽子の色だけに限定して見映えを揃えたのだ。発案者にして実行者のチェカミザル藩王の慧眼である。
主要六軍の代表、アウル軍。ジャーヴァル領域の大代表。アウル川流域にあるアウル藩王国は一番に大きな軍を組織し、資金を出資している。首都ムバサラサの人口は百万を越えるとも。
指導者は最上位同胞チェカミザル、アウルの藩王。同時に魔神代理領共同体内で新しく結成された政治一派、赤帽党の最高指導者を兼ねる。つまり六軍の頂点。
赤帽党は政治的、そしてある程度宗教的な組織になっている。魔神代理領共同体の一員であることを自覚し、尚且つ妖精として出来る貢献を探求実行するというのが方針。魔神とその代理を尊敬しつつも人間等に隷属せず、種族自決の意識を持って妖精の連帯を強化していくという方針も打ち出していて好ましい。マトラ、ランマルカとは別路線の、同胞達による同胞達のための思想が誕生していた。亡き同志ダフィドが聞いたら何と反応するだろうか?
因みに帽子の赤についてチェカミザル藩王が由来を話してくれた。
「ほとばしる熱き血潮が最先端に充拡されて強く力強いその熱き意志を力強く血潮の赤を先端に充填した姿を現したもの、それが先端に情熱と衝動と漲る力を結集した姿を体現した赤い帽子! これを被って皆一緒に頑張る! 我等は赤帽党!」
チェカミザル藩王が”赤帽党”と言うと周囲が『赤帽党!』と合唱する程。浸透している。
エスケンハン軍。大内海西岸、カルグゾス山脈周辺の大代表。ダズ湖を中心にするエスケンハン土侯国は海を余り知らないが、険しい山岳地に生きる者達だ。ダズ湖畔にある首都チャルヴァズは幾度と無く聖戦軍の侵攻を防いできた要塞。それを管理し、防御戦術に関して造詣が深く、高地戦を得意にする。降雪地帯なので冬季戦経験もある。また鉱業が盛んで兵器生産事業を支えてくれる。
メキバス軍。中大洋東岸部の大代表。ネスタム島にあるメキバス自由都市は海洋系の都市国家であり、海軍運用に長ける。他軍に比べて領域は小さいが海軍工廠や乾船渠等施設は揃っており、艦船保有数は一番。海上作戦を展開する上で彼等は役に立つ。各軍から出資して統合海軍を作る際にも基幹となるだろう。
テルバリジ軍。大内海とジャーヴァルを隔てる大規模なキサール高原全域の大代表。イスル湖にあるテルバリジ王国は半遊半農の民族で騎兵を多数有する。イスル湖畔にある首都スレンワルダは交易拠点程度の規模で資金力も無く、動員力はあるのだが経済的には足を引っ張っていると言わざるをえない。無論、工業力は低い。
カラシャンド軍。メルナ川流域のディマジュ平原、そことジャーヴァル、キサール高原間にある特に不毛と呼ばれるシレーラール砂漠の大代表。ムサフダル盆地にある首都カラシャンドはオアシス都市としては大きい。砂漠交易に熟知しているので砂漠戦では頼りになる。また多数の馬、駱駝を持っていて物を陸上で運ぶことに関しては一番の専門家。交易と塩鉱で財を成していて資金力も頼りになる。
ルバイルール軍。南大洋北西部の大代表。エドナイ山にある首都、同名エドナイはあまり発達していない。人口も少なく産業も少なく、山から採れる鉱物が主産品で裕福ではない。ただエスケンハンに勝る標高に済む高地民族なので高地戦では活躍が大に見込まれる。また裕福ではない代わりに傭兵として活躍しているので実戦経験が豊富。エドナイ山は後に高地訓練のための演習場として使う。
六代表が自領と各地の縁深い小勢力から兵隊を集め、武装をさせた今回の演習のための軍は総数六万。査閲をする魔神代理領軍務省官僚団から「動員数と装備に不足無し」と太鼓判を押されている。この六万は装備調達数の限界に頭打ちされた数で、本来ならもっと集められた。もっと言うなら産業別民兵体制が整っていればもっともっと集められた。更に言うなら各地に彷徨っているような、そして奴隷にされているような同胞を掻き集められれば更に集められた。
我々マトラ軍事顧問団は出張してこの、赤帽軍の軍事訓練、演習を行うと同時に道中で同胞を集めている。ナレザギー王子の商会経由での集積も軌道に乗って来ているが、上位同胞から直接の呼びかけがあれば自主的に集まる数も増える。先の神聖教会圏遠征で百万に迫る同胞が集結したことからその効果は絶大。今回、惜しまれるのはラシージ親分の同道が叶わなかったことだが、悲願のバルリー侵攻こそが優先されるべきなので致し方ない。
妖精軍管区案が魔神代理領御前会議で通ってから同胞の誘拐も稀になっているそうだ。有償無償問わず解放が積極的になっている世情。そして六代表もこちらに倣って同胞集めを開始している。こちらで最上位同胞として求心点となっているのはチェカミザル藩王だ。軍務省官僚に見せる演習を始める前にその点について政策を話し合って、各六軍で受け入れられるような同胞はそのまま受け入れ、出来ないその他の同胞はマトラへ送るように手筈を整えて、互いに同胞の情報を交換出来る連絡組織をこの場を借りて立ち上げる。今後の交流もあるので良く対話が可能な環境を正式に、軍管区制度導入を前提に整える。演習査閲が始まる前に着手出来るところには手を出しておく。
今回の演習とは直接関係の無い軍政指導はゼクラグに任せる。これからの総力戦体制を支える根幹たる産業別民兵体制の導入、部分導入の方法を各軍官僚や相談役や”知恵者”達へこのベシュフェで教授する。まず近代的な、軍に限らない官僚組織編制から導入させる必要すらあった。その点もゼクラグが行う。
各農場や工場等にて効率的に作業を行うために組織されている指揮系統をそのまま転用して民兵部隊とするのが産業別民兵体制。この体制は平時と有事の人事異動を極小に抑えることが出来て、平時の労働がそのまま有事における組織行動の訓練になるため混乱を極小化可能。これを実現するために専業意識と、居住地と職場の固定化が必要とされる。この前提条件を満たす自治区は無かった。その問題を解決させる。
六万将兵が集まっているが全て正規兵、外征可能な兵力。魔神代理領が想定していた妖精軍管区に求める軍事力はそれで十分であるが、自己防衛能力を付加することはしゅるふぇ号計画に合致し、訓練された民兵の確保は補助、補充戦力となるので継戦能力に歴然と違いが出る。補充兵に必要とされる最低限の質の確保には定期訓練が必須でそこも忘れてはならない。ゼクラグが制度を整える。
ゼクラグがマトラ軍の拡大、消耗、再編制が繰り返された記録を完全に把握している。六代表の軍政担当者達に教え込んでくれる。我々が血を流して学んだ経験を注ぎ込んで同胞の生存発展の道を開いて欲しい。
行われる演習とは直接関係無いから、やはり事前に済ませておきたいのが産業振興の着手であろう。
基本装備を作る工場は各軍が独自に持つ。既にマトラの技師が指導し、増刷した教本や設計図、基本的な工場は建設済みで可動済み。今回の演習に六万将兵が完全武装で挑める段階に達している。それとは別に集約的な兵器を大量生産する工業地帯は共同出資で第一演習場近辺に建設中。買収地はロゼルファーン州のアサーシャルー。既に基礎工事が始まっている。
ロゼルファーン州のメルナ川河口近辺は赤帽軍各構成集団の集結地点として最も適当であり、交通が発達しているので製品資材の搬入も容易。既にロゼルファーン州総督から許可を得ている。
シャクリッド州総督や有志からの投資も集った。純軍事的に工場は稼動予定なので資本主義者を喜ばせる予定はない。有事に血を流して投資分を返すものと定めている。
アサーシャルーではより効率的に兵器を増産し、産業別民兵体制の導入に備える。各軍独自の工場は生産力に乏しく、資本主義的観点からすると何れ衰退、廃棄の流れに及ぶがそれは否定させるよう各軍指導者に徹底。自主武装能力の維持は国防の要。魔神代理領共同体内とはいえ己の統制外にある工場へ武器生産を頼ることは弱体であるからだ。
産業振興団が軍需品生産担当者達と工場建設計画の再確認や、資材の購入元、輸送路を確認、製品の性能点検を行う。
連絡組織の設置、産業別民兵体制の導入、産業の振興業務は複雑相互に連携して巨大な計画と化す。ゼクラグを筆頭にする担当者達にそれらを任せ、六大代表と妖精軍管区導入の是非を見極める軍務省官僚団と共にベシュフェ近郊の第一演習場へ出発した。
「それらを君に任せたぞ」
「それらはゼっくんにお任せだよ……」
巨大計画に提供される資料はマトラ語ではなく魔神代理領共通語か、それに翻訳された地方言語。言語的に難解である上に文量は膨大で、おそらくその膨大な量を上回る計画書類が作成され、誤解が無いか読み合わせが行われる。さしもの優秀なゼクラグも意識を何かに取られて口調が奇天烈になってしまったようだ。
■■■
メルナ川河口のベシュフェ近郊、西側沿岸部に第一演習場、領域を設定してある。領域内には多数の民間人が平時通りに生活しており、戦地における友好的な民間人への対応も査閲対象。
この地域は砂漠、平地、森、川、湿地、海、小島と地形が揃っていて色々出来るのが良い。
演習の査閲開始。何か劇のように一発で見せるものではない。失敗したら指摘、訂正、再訓練して再実行。不屈の訓練も出来ない者が実戦で不屈に戦えるわけはない。
まずは赤帽軍を大きく広げて機動させ続ける。地形や道を偵察して行ける道を探り、行動計画を立て、計画にそって補給物資を受け取りつつ素早く動き続ける基本的な動作だ。
まずアサーシャルーに敵軍がいると想定させ、この第一演習場を完全に包囲させる。
昨今の戦線は拡大の一途を辿り、大指揮官が掌握出来る範囲を超越する時代になった。赤帽軍はチェカミザル藩王を筆頭に、各六軍、その下位を構成する各部隊は彼等が経験したことが無いほどに、直接目も耳も届かぬ範囲に散らばる。散らばって彼等を繋ぎとめるのは絶え間なく動き続ける伝令と、的確に状況を知らせる手紙の書き方、地図の共有と把握。
戦場は細断されている。一つ野原に主力軍を固めて決戦を行えば後の趨勢が決まるような卓上遊戯の世界ではない。対ロシエ西部戦線では一つの塊ではなく、広い網となったことで勝利を得た。
細断された戦場が各地に散らばる以上、伝令の重要性は高まり、信号火箭による単純だが一斉に全軍へ合図出来るような兵器は戦線全体に決定打を与えるようにすらなる。その場合に求められるのは服従の部隊ではなく自律の部隊。集中戦術は出来て当たり前、分散戦術が出来ればこそ戦場を支配する。
赤帽軍は分散し、途方も無く広がり、各隊連携し合って補給物資を受け取りつつ、且つ素早く、武器や物資を放棄せず、将兵を飢えさせずに包囲機動を取ってからアサーシャルーへ前進。軍勢の網となって仮想敵を追い込んで包囲させた。
大規模機動能力があることを軍務省官僚たちに確認させた。
次。沿岸部に到達したので水を利用した行動をさせる。河川湿地帯機動を休まず行わせた。
川、湿地、海峡を渡って対岸、島へ上陸させて偵察、橋頭堡確保、本隊投入、敵陣地制圧、防御陣地建設と連絡手段確立、他友軍陣地への救援、脱出支援など想定をいくつも与えて休ませない。
また全将兵は水中で溺れず、また船を漕げなくてはならない。川と海、湖水に湿地で足止めをされることなく機動出来る軍隊は強い。帆走は高度な技術が必要で専門の水兵が必要だが、手漕ぎ船程度ならば達人のように速くなくても、最低でも前に進むことさえ出来れば、出来ないよりはるかに機動力を確保出来る。船で進むのが困難な湿地でも平底船があると良い。また最低でも一小隊に一人は船の舵を取れるような者を訓練して配置し、先任下士官のような責任ある者が士官の意図を汲み取って操れるようにする。小船程度ならともかく、ある程度の大きさの船、海流や風がある水域の機動に舵は必要。事前にそういうことが出来るよう訓練しておくように指導しておいたが、その通りに訓練されていた。
水と火器の相性は悪い。小銃は濡れると火の点きが悪くなって発砲が難しくなる。であるからこそ、水のある場所を渡らせては実弾射撃訓練を機動中に混ぜ込む。
川向こうに防御陣地を組んで待ち構える敵部隊はあらゆる戦場で想定され、それに突撃して攻撃する機会などいくらでもある。あるからやらせる。上手に水のある場所を渡れるように注意し、訓練されていれば小銃を大砲を火薬を濡らさずに渡り、想定された敵陣地へ十分な火力を叩き込んだ後に銃剣突撃で制圧が可能。
上手く渡れず、火器を濡らして攻撃能力が下がった部隊がこの演習で続出する。そうなった部隊には対応をさせる。夜襲に移るか、武器を乾かすか、強引に肉弾突撃をするか、友軍の増強を待つか、次の友軍の攻撃まで陽動を行うか、部隊の失敗は指揮官に補わせる。戦場は流動的で、失敗はつき物。であるからこそ失敗しても挽回出来る行動が取れるか試す。動きが止まるようであれば動かさせる。
また兵科によらず、全将兵はまず銃兵でなくてはならない。歩兵部隊が憂き目に遭っている時に予備兵力として補給部隊を投入して状況が打開出来るのならばするべきである。戦場で後方部隊であるからと情けをかけられるわけでもなければ、戦闘の機会が無いわけはない。兵士の最低条件はまず銃兵であることだ。
前衛の歩兵部隊が渡河攻撃を行って火器を濡らしたりして火力を減じて様々な対応に苦慮している最中でも、後方支援部隊に敵襲撃の想定を与えて指揮官達の対応能力を試す。
後方支援部隊の兵士でも小銃に弾薬を素早く装填し、敵を狙い撃つこと。狙撃能力に秀でていなくても一斉射撃号令の繰り返しに追随出来る程度は必要だ。また銃剣格闘技も最低限必要。昨今射撃戦に戦闘の重心が傾いてきてはいるが、未だに決着を決めるのは肉弾による銃剣銃床の白兵戦である。刺突と殴打、相手の刺突と殴打の回避。何も知らず棒切れを振り回すようでは敵との白兵戦を繰り広げるにおいて損害が増大する。白兵戦を主任務とする歩兵諸君は当然ながら、敵の突撃を受ける可能性のある後方支援担当の者も自衛し、一矢報いるだけの技量を求める。
さて包囲機動を取って、水域を縦横無尽に動いて沿岸部のアサーシャルーにいた仮想敵を殲滅させる。
次に仮想敵がアサーシャルー奪還に向けて大攻勢を仕掛けるという想定を与える。全正面から、海上からも攻撃が予測されるとする。
仮想敵の全正面攻撃に備えて防御陣地を全周囲に作らなくてはならなくなった。ここで全兵士は動かなくてはならない。工兵のような専門性が無くとも塹壕を掘り、土を盛る程度の作業は出来るようにしておけるように装備を揃えて訓練しておくように事前通達してある。設計し、建設指揮を執り、内壁を整え、各種設備を設置するような高度な技術は専門の工兵が行うことである。それ以外の兵士諸君は素早く土を掘り盛るという動作に習熟することを覚えれば良い。簡単ではあるがこれが出来る、出来ないで防御陣地作成速度には違いが出てくる。
防御陣地の作成だけではなく、長期間篭城するようであれば宿営地も作らなければならない。
水域を動き回ったせいで濡れたり泥が入ったり、地面や船にぶつけて性能が劣化した小銃を整備する必要がある。分解掃除、整備、自分の武器の面倒は自分で最低限見られるように事前通達してある。また破損著しく武器を損失してしまった場合は応急武器を作成しなくてはならない。銃剣利用の槍、石を集めて投石紐の用意、木を加工するなどして弓矢、塹壕堀に使った工具でも良い。とにかく減じた攻撃力は少しでも取り戻させる。
仮想敵の攻勢が始まる。敵がどの地点に重点攻撃を仕掛けてくるかを偵察し、把握しないといけない。また敵も状況に応じて戦力配分、予備兵力の投入、水陸共同作戦による同時多正面攻撃など多彩な手段を取ってくる。ただ防御陣地に篭って足を止めるのではなく、状況に応じて戦略を配分して敵の攻撃を防ぎ、またわざと突破させて包囲させるなど柔軟な防御戦術を取らせる。
一般兵士でも、砲兵の熟練ほどではなくても、砲兵が動けないときに代役が出来る程度にさせる。最低限の発射手順、原理を把握させる。砲兵が死んでも大砲が壊れていない状況はいくらでも有り得る。
仮想敵に包囲されるとなると物資の補給が滞ってくる。現地で調達出来る物は調達させる。民間人への略奪は今回完全に許可出来ないが、何が食べられるか知り、食べられるものは何でも食べること。緊急時でも生水を避けて、加熱可能ならば加熱したものだけを食べて飲むように。
基礎においては特別難しいことは要求しない。しかし怠れば身に付かないのがこれら将兵に最低限要求される基礎能力である。兵士とは、動いて殺す、ことに尽きる。動く為のあらゆる手段を身につけ、殺すためのあらゆる手段を身につけさせる。
事前通達で最低限要求した能力の獲得訓練と、これらの一連の動きで彼等も確信しているだろうが部隊単位毎に専門性を維持しつつ汎用性を得る必要がある。歩兵の簡易的な工兵化、後方支援要員の銃兵化、全般的に水兵化などである。依然として優れた専門家は必須。各将兵にあらゆる技術を要求する訓練は繰り返しが必要。その財源は先軍経済が実現する。そういうことはゼクラグが組み立てる。
赤帽軍による包囲機動、水域機動、防御行動に続いて逆襲に入る。防御は体勢を立て直し、敵の戦力を優位な状況で迎撃して討ち減らし、反撃の機会を得るためのものだ。防御は防御で終わってはならず、必ず攻撃に転じなければならない。その場合、極度に劣勢な場合は防御からの後退に次ぐ後退になることもあるが、必ず逆襲する機会を窺いつつ敵を消耗させなくてはいけない。
折角水際に赤帽軍がいるので、海軍も動員して陸と海から敵軍へ逆襲させて追撃させる。
防御から逆襲に転換した六万将兵と海軍が再度機動を始める。
仮想敵が後退する先は第二演習場、エドナイ山方面である。長距離を、水陸共同作戦を行いつつ機動させるようにする。略奪が厳禁なので陸上部隊への物資補給は海上から行わないと間に合わないだろう。戦闘部隊だけではなく補給部隊、兵站部の物資管理もこの演習で試すところだ。
■■■
行軍。早く長く地形を厭わず歩ける能力と、安定した食糧や水の確保が求められる。
移動可能距離に応じて食糧や水の確保出来る範囲が広がるので、まず前衛部隊はとにかく歩くこと、走ることが求められる。そのためには常日頃から遠征装備にてひたすら歩き続け、坂道を避けず、時に走って、体力を養っておくことだ。
騎兵は騎兵で、先行偵察、情報交換を密に行う。足が早く、長い分は動き回ること。また敵伝令、斥候狩りを欠かしてはならない。一番は生きて帰って情報を持ち帰ること。敵の首より情報。首は余裕がある時以外獲りにいかない。
音楽は長く、終わりが見えてこない辛い行軍を助ける。音程に乗せ士気高らかとなれば疲労も軽減され足並みも揃い軽やかとなる。楽器も兵器である。
楽団を乗せた車を象が引き、太鼓でどんどん、鉦鼓でちきちき、銅鑼でがっしゃんがっしゃん、笛でぴーひゃらら、角笛でぶおーと鳴らして進む。
「戦う僕等は!?」
『赤帽党!』
「わっしょいわっしょい!」
『赤帽党!』
「正義の味方だ!」
『赤帽党!』
「わっしょいわっしょい!」
『赤帽党!』
「強いぞ強いぞ!」
『赤帽党!』
「わっしょいわっしょい!」
『赤帽党!』
楽曲は楽しく士気は高い。疲れを忘れさせ、足並みを揃える音だ。
楽しげなあまりに行く先の人間、特に子供達が遊びに追いかけてくる。そんな者達には赤帽が配布された。お揃いになったことで喜ぶ子供達。
「やあやあ魔神代理領共同体同胞諸君! 朕はアウル藩王国のチェカミザルである。皆に良く我等に良く、魔なる方々にもよろしいザガンラジャード神の熱き血潮の権限たる大御柱に誓って守護の尖兵となろうではないか! 真っ先に突き出されるからこその敵を打ち据える大先端である! あ、それハイハイハイハイ! 共同体をまーもる僕等は!?」
『赤帽党!』
「わっしょいわっしょい!」
『赤帽党!』
宣伝工作としては悪くない。共同体仲間に好印象を持たれることに害は無く益がある。車の屋根の上から、絶妙の均衡感覚で両手に扇を持って踊りながら、行く人々に声をかけるチェカミザル藩王の姿は最上位同胞という点を排除して考えても魅力に満ちている。
軍靴と靴下は小銃と同様に重要な物資。長く早く動けば擦りきれる。靴がなければ足が潰れる。予防策として裸足で動き、足の皮膚を鍛える訓練も織り込めば、靴が無い時でも短期間なら耐える。
マトラでは巻き靴下を採用している。赤帽軍も導入。各人足の大きさが違う。大きいと歩いている最中に靴の中で脱げることがある。小さいと損耗が早い。軍靴を損耗してしまった時でも、巻き靴下を靴の代用に出来る。厚く巻けばそれなりに、板を仕込むことも自在。
銃兵の最低条件は歩いて撃つこと。兵士は歩けることだ。
赤帽軍は獣の確保に苦慮しなくて済んでいる。大量の馬や駱駝、そして象がいる。これに合わせて海上、船舶からの補給物資の運搬があるので追撃戦中でも飢える様子は見られない。
追撃戦であるのでただ歩かせるのではなく、敵の拠点を想定させて攻撃させたり、敵海軍の妨害で補給物資の搬入を失敗させたりと想定を出す。
さて、彼等赤帽軍の能力は演習で確認するに十分な練度に達しており、軍務省官僚からは「既に合格基準です」と言われている。
行軍中特に気になり、個人的と言ってもいいかもしれないが自分の経験だと何とも判定が下しにくい物を赤帽軍は所有して運用している。
まずは獣に引かせる戦車。古代の戦車では勿論なく、大型戦闘用荷車だ。旋回砲や銃眼をつけたもの。それから牽引するのは馬ではなく象なので大型。河川艦の一角ぐらいの代物だ。我々が使う旋回砲を備えつけられる荷車より大型で、荷物運びより戦闘重視で装甲板装着可能で重たい。道路事情が良ければ使えるが、悪いと荷車より使い辛い。ただの荷車でも土嚢と合わせれば十分に重装甲になれるから不要な重装甲ではないか?
この戦闘用荷車、継戦能力はジャーヴァル戦役で実証済みだ。重すぎると思われる重量だが、力の強い象が運用出来る土地ならば気にしなくても良いのか。象を使う状況はマトラでは想定していないので簡単に意見出来ない。今後、魔神代理領軍として外征にも行く妖精軍、赤帽軍は地形を選んではいられない。船に乗せて運ぶ必要もある。象の食糧、水消費量はとても大きい。
もう一つ。移動は象が牽引して、戦場では人が押して突撃に使うザガンラジャード神像が鎮座する突撃戦車がある。こちらは楽隊も乗せており、複雑な段構造になっていて重量がかなりある。アウルから近いジャーヴァル界隈ならともかく、そこから遠征した先で使うのは難しいと思われる。大砲の運搬が出来れば出来ると思うのだが型が大き過ぎる。船へ積載するには大き過ぎて、街道を通すにも占有幅が、場合によっては工事してからではないと運べないぐらい。戦場を選ぶ特殊装備だ。しかしこれが無用の長物と簡単に意見してしまえるほどの含蓄もない。難しい。
行軍時にどれほどのものか確認していたが、今のところは軽快だ。とりあえずの懸念として組み立て式にしないと船に積載することは困難である点が気になる。
「チェカミザル藩王。戦車と突撃戦車、あれは組み立て式にならないのだろうか?
「それは朕も考えた。後でお見せしよう」
追撃中の野営地にて、巨大な戦闘用荷車と突撃戦車の解体、そして組み直しによって巨大な一台が二台にされた。車輪は二つに分離出来るようになっており、予備を使う必要が無い点は評価出来る。
「強度不足ではないか?」
「左様。それと全てではない。職人の手作りだから実用に耐える品となると量産出来ない」
「通常の荷車大ではいけないのか?」
「使えるところでは使って、使えない時は使わないと考える」
「それから異形の円柱であるが、あれは大層な重量物だが必要なのか? もし使うのならあれを前後二分、三分割出来れば」
「痛そう!」
チェカミザル藩王が股間を握り締める。
「中を空洞にして軽量化すれば」
「抉るの!?」
チェカミザル藩王が内股になって何故か尻を振る。
「藩王、重量は必要ないはず。まさか破城槌?」
「人にぶつけるけど建物には使わないよ」
「ならばそれでよろしいのでは。人を轢き殺す勢い、重量は軽量化しても車体重量、楽隊に射手の体重で十分でしょう」
「軽くなると大砲で吹っ飛ばない?」
「大砲に耐える車体なんて戦列艦規模でも厳しい。非現実的。早く動いて撃たれる時間を短縮するべきだ。どうしてもこれら重車両類を運用するなら合理的な軽量化が求められる」
「あい分かった」
■■■
長距離の追撃も終盤に差し掛かり、しかし最大の難関となる。軍務省官僚からは「中断しても問題ありませんが」と言われるが、人間と元人間如きに我々は嘗められるわけに行かないのだ。
エドナイ山を越える。そして海に出て、そこから海軍と合流して上陸演習を行いながら第一演習場まで戻る予定。
坂が辛い以外は、標高が低い内は同じ。熟練者が先導、目印をつけていく。杭を打ち、縄を掛けて手摺りを作る。大砲、荷車でも通れるように工兵が道を作る。軍が大渋滞を起こさないように道も分散する。
標高が高くなりすぎると高山病の恐れがある。高地順応のために移動距離、時間よりも上がった標高に応じて野営する。渓谷沿いに進んで水を多く確保しつつ水分を多く、小まめに摂らせる。塩をしっかり摂らせる。呼吸をゆっくり深くするようにし、平地の強行軍のような速度は出さない。息が切れないように歩く。あくびがでたり眠くなったり、力が入らなくなったら休憩させる。部隊を離れて休んでもいいように各所に拠点を設営。
歩くだけで辛いが勿論、偵察行動をさせ、時に敵との交戦を想定して対応させる。高地を利用した防御陣地構築はしっかりとやらせる。
尚、重砲、重車両類と象などの山岳行動に不向きな装備、部隊はエドナイ山を越えず、沿岸経路で仮想敵を追い詰める機動を取らせている。山越え、沿岸迂回によって仮想敵を完全に封じ込めるのだ。
ザガンラジャード神像だが、持ち運びがしやすい大きさの物が象徴に掲げられている。木組みに紙を厚く張った張りぼてである。
標高が高く、緯度は低いが降雪が始まる。雪洞や岩陰で風を防いで移動、野営をする。先行部隊が易しい経路を後方に伝える。寝る時は裸で抱き合って固まって熱を逃がさない。
そして峠を越える。エドナイ山から麓が陸が、南大洋が太陽に輝いて見える。世界が一気に広がって見える。
下り坂は注意が登りより必要。転倒、落下時に死傷しやすい。特に重量物は急な降下を防ぐために引っ張り上げながら降ろすという作業になる。
今度は道を分けた軍が麓で集結するように調整して進んでいく。
そして麓についたら軍を再編しつつも、即応部隊で敵への最終的な追撃を行い、沿岸部沿いに進んできた部隊と海軍と合流。
そうしてから上陸、上陸支援演習を挟みながら第一演習場へ戻る。軍務省官僚からは「勘弁して下さい」との声が聞こえた。
そう、それが聞きたかった。だがまだ演習中である。逃がさん。
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