第258話「征服開始」 サニツァ

 星空は不動の極星と驢馬座の主星が縦軸で交わった後の夏。

 聖暦で千七百七十四年、魔暦で三千九百九十二年、革命暦で四十五年、蒼天暦で六百六十八年。すーがくは出来ないけど、毎年一個ずつ数えていけば間違えない! 忘れたらミーちゃんに聞けばばっちし。

 バルリー人の霊峰と言われる南のダカス山。すっごく大きくて高くて尖ってて夏だけど真っ白雪んこ。昼の晴れた青空にぴっかぴかだった。今は新月の夜で、星明りにその白いが少し映えている。山が影になって星空をちょっとだけ隠してるのが面白い。

 北のポベルラ山。ダカス山より低いけどこっちも夏なのに頂上は雪んこ。

 この高い山二つに、その間に走る尾根も新しい生存圏になるのかな?

 高地だと畑よりも放牧が良いみたいだから、レスリャジンの盟友さん達が移住しなかったら妖精さん達が放牧をやるのかも。

 馬の走る音が夜に響く。松明を持って走っている騎馬の、伝令かな?

 道の真ん中に「わっ!」って出て、吃驚したお馬さんが棹立ちになったところで首を掴んで地面に投げ倒す。待機していた偵察隊員さんが落馬した騎手を確保し、それから情報部の同志ちゃんに引渡して事情聴取が始まる。落ち着かせて、冷静にさせて、質問をして、要領が得るまで静かにして、拒否したら指先から切り刻む。

 日時を合わせたワゾレの征服開始。目的はその名の通りにワゾレ地方の征服と現地人絶滅。総指揮はワゾレ征服軍の将軍さんのジュレンカちゃん。前線で陣頭指揮を執るのが大好きだって言ってたけど、複数箇所への同時攻撃指揮があるからあんまり前に出れないみたい。可哀想。

 まずはワゾレ市旅団五千がトラカ族を、南路旅団四千がラシル族を、北路旅団四千がオレファ族に対して各族長が拠点にしてる村を中心に同時夜襲を仕掛ける。情報部の皆が今日のために大切な情報をいっぱい確保しているから勝算が大。

 騎馬伝令への事情聴取の結果、オレファ族が襲撃されたからダレア族へ危機を報せに行く途中だったことが判明。未然に防げた、やったね!

 こんな感じでラシージ親分直轄の偵察隊、情報部現地調査隊、そして自分が特殊任務中隊として編制されて、夜襲を受けている部族の人達が他所へ情報を漏らさないようにワゾレ各部族に繋がる道路を封鎖している。今封鎖しているのはラシル族、オレファ族、そしてまだ夜襲を受けていないここより北のダレア族に繋がる三叉路。

 一応交通の要衝だからかちょっとした宿場町があったけど、日没後に住民皆が家に戻ったところで襲撃して皆殺しにしてある。作戦は内緒が肝心。

 トラカ族。バルリーと一番仲良し。ワゾレの言葉を話すけどバルリーの言葉がかなり混じっているみたい。

 オレファ族。何か聞き覚えがあると思ったらオルフが訛った名前らしい。中の人達は全然オルフ人じゃないみたいだけど、支配者層がオルフ人貴族の末裔だとか何とか。スラーギィに馴染めなかった亡命オルフ人の末裔らしいけど、やっぱりワゾレ人と混じって分け分かんないみたい。

 ラシル族。山の方で鉄をいっぱい作っているらしい。いっぱいって言っても人口は少ないから、ワゾレの中ではいっぱいって程度。

 三叉路宿場で待ち伏せをそれからも続けたけど、夜だし奇襲だから人はあんまり来なかった。新しい武器の出番が無かったし、急ぎの用事で夜通し歩いて来た人もいたけどこの作戦とは別件で、偵察隊員さんが静かに処理。

 奇襲効果が無くなるとこっちの被害が増えちゃうから封鎖が大事。ただバルリーと仲良しのトラカ族の人だけは悪いバルリー共和国へ難民として流すみたい。これを切っ掛けにバルリーが武力干渉をして来たら反撃に戦いを挑むんだって。そうなれば遂に何年も掛けたけど悪いバルリー人を根こそぎやっつける機会がこの作戦でやってくるかもしれないんだって! だから頑張らないとダメだよね! ゼっくんにわがまま言ってるような状況じゃなかったね。ごめんね。

 今日みたいに攻撃しちゃえばと思うけど、ワゾレと違って広く認められている文明国であるバルリー共和国への先制攻撃はウラグマ総督さんが駄目よ駄目駄目って言っているらしい。政治は難しい。その難しいことをするためのワゾレ征服作戦。

 生存圏を拡張する。西で苦しくて酷い生活をしていた妖精さん達がたくさん移民して来ちゃったから生存圏が狭くなってお腹減っちゃう状態。改善しなきゃダメ。仲良しはお腹一杯から。食べ物以上に人がいっぱいだと飢えちゃうから口減らしをしないといけないんだけど、減らすならどうしても他所者とか働けない人達からになる。だから現地人は排除。

 生存圏の拡張よりその先のバルリー征服、じゃなくて西マトラ奪還作戦! 妖精さん達の故郷、今はバルリー高地って呼ばれている地方を取り返す作戦。マトラ山地とバルリー高地は一つと見做せる地域で、ダカス山もポベルラ山もいずれマトラ山脈って括りにまとめるのがマトラ妖精さん達の夢。ポベルラ山から北にも色々繋がっている山があるけど、それは後のこと。まずは故郷奪還。

 故郷の村はやっぱり気になるけど、イスタメル州にあっていつでも行ける村に比べたら、悪い奴等に占領されている故郷を取り戻す方が絶対大事!

 夜通し三叉路を封鎖して、朝になったら北上。南路旅団の到着前にダレア族の北境まで移動しないといけない。

 各旅団は征服した村とか建物は全て焼き払って移動する。撃破したワゾレ人には屋根を与えないで、掃討作戦から漏れちゃった人達は自然に殺させるようにするんだって。それから降伏した人達にはちょっとだけ生き残れるかもしれない選択肢を与えるって聞いてる。いつもみたいに復讐されないように徹底しない。ゼっくんじゃなくてジュレンカちゃんが指揮しているからかも。ゼっくんはきちきちに働く感じで、ジュレンカちゃんは余裕を持ってる感じだから違いが出るんだね。

 水、食糧は手持ちの分はあるけど現地調達。足の早さが大事。ポベルラ山麓沿いの村を、少し北側に入り込んでから調達していく。

 ダレア族。古代帝国の末裔を名乗っているらしい。本当かどうか知らないけれど、セレード族が東から来襲した時に山へ逃げ込んだククラナ人の一派らしくて、今でも子供を躾ける時に、悪い子はセレードに攫われちゃうぞ、って言うんだって。

 カン族。バルハギンさんの遊牧帝国の最大領域今のセレードの辺りまで広がる前、もっと昔の古代遊牧帝国が世界中に侵略した時にポベルラ山へ移り住んだと言われる遊牧民の末裔らしいけど、ワゾレの人達と混血してそんな感じの顔でもなければ言葉も話さないみたい。本来は東の高地にしかいない毛牛を飼っている。解体したら心臓がすっごく大きくてびっくり。

 ダレア族とカン族はこの山麓線沿いに境界線を引き、混住したり時に小競り合いをしたり仲直りしたりしている。そこで仲違いを演出するために、調達する時に隠蔽も兼ねて皆殺しにしていく。情報部の同志ちゃんがどっちの部族か判別して、片方の人だけを山の中に隠して騙す。これでどれだけ騙せるかははっきりしないけど、短期間だけ疑心暗鬼にさせられればいいんだって。

 作戦は稲妻のように衝撃的に素早く電撃のような勢いで! あっ!? と思ったらドカン! 粉砕、次に感電してビリビリ焼き尽くして神経破壊、一瞬でやっつける。


■■■


 次は山麓線沿いに北上したらダレア族とワゾレ最北部のノーゼン族との連絡路を断つ、道路封鎖!

 南路旅団はラシル族を破った後はダレア族を、北路旅団はオレファ族を破った後はカン族を攻撃する手筈。こっちは遠くに来ちゃってるから実際にどう動いているかは直ぐに分からない。分からないけど人民義勇軍の同志、ワゾレ征服軍の労農兵士とジュレンカちゃん将軍を信じるだけ。もし何か失敗しても出来るだけのことをするだけ。一度の失敗だけで挫けているようじゃマトラはとっくの昔に滅びている。

 とにかく目標に沿って行動あるのみ。北に用事があって移動しようとする、逃げようとするダレア族を抹殺する。

 農作物を荷車に積んで驢馬に引かせるダレア族の農民夫婦を襲撃。情報部現地調査隊の同志ちゃんが人間の格好で引き止めて、何も知らない二人が足を止めたら道の脇から偵察隊員さんは音がほとんどしない弩で射殺。驢馬は騒がないように殺して、荷車は森の奥に隠す。こんな感じの数も少なくて武装もしていない人達は簡単にやっつけられる。

 北からやってくるノーゼン族のお兄ちゃんを、一人だからささっと「おはよう!」って近寄って口を掴んで森の中に連行。事情聴取、親戚の家に行く途中らしい。殺害。

 それからも個人か、小さな集団規模でやってくるだけなので、挨拶とちょっと困ったフリで簡単に足止めして、さっと殺して死体と荷物を隠す程度で楽ちん。

 しばらくすると南路旅団の攻撃の成果が見えてくる。荷物を積んだ車も僅かに、兵士の護衛も無く、一応武器っぽい農具や、猟銃を担いだ男の人達に守られた難民の列が現れる。

 民兵にも満たないような集団だけど、何百人もの規模になるから百人くらいのこちら特別任務中隊では工夫をしないと損害が出る。

 新兵器の出番だ、敵を薙ぎ倒せ!

「デッカイアレス!」

 中折れ鋼鉄棒。投げて当てると死ぬ。

 遠心力を使って、中折れ鋼鉄棒がグワンブルン回転するように横に投げる。難民の列の先頭集団の胴と腕を引き千切って内臓撒き散らしながら十人くらいを両断!

 マトラの古い言い回しで”勝利棍棒”を意味するデッカイアレスの効果は抜群だ! これは造りがとっても簡単だから丈夫で、もし無くしても費用が安いから気にしなくて良い。遠慮しないで投げちゃう投擲武器。

「ブットイマルス!」

 鋼鉄と木の合成棍棒。振って当てると死ぬ。

 デッカイアレスで衝撃的に足止めした難民の列に突っ込んで、ブットイマルスを横薙ぎにブンブン振り回しておじいちゃんおばあちゃん、おじちゃんおばちゃん、お兄ちゃんお姉ちゃんにちっちゃい子達の腕に肩から胸まで、頭を粉砕して骨をボギャボギャに砕いて皮と肉を弾いて飛ばして、吹っ飛ばして他の人にぶつけて散らかして分け分かんなくしちゃう。

 ダヌアの悪魔はちょっとお休み。セレードの鉄仮面がおしゃれさんってことで、角付き仮面兜を新しく貰った。こっちを見る人はびっくりするか怖がるか、精神的に衝撃を受ける。

「怖いぞー!」

 仮面兜はシゲくんさんの意見を参考にしたらしい。怨恨で怖くなった女の人の顔で、牙を剥いてて目がグリっとしててお化粧塗装がおっかない。兜に見えないように馬のしっぽ毛で髪の毛が生えてる。見た目も怖いけど、鉄砲で撃たれてもあんまり痛くないように防弾仕様。鋼鉄は厚く、曲面加工しているから弾丸がツルッテンに滑るんだって!

 ブットイマルスで薙ぎ砕いて吹っ飛ばして倒して、内臓絡んでるデッカイアレスを拾って振り回してブッチバチャって潰して両断!

「右のブットイマルス!」

 前までの経験を忘れないで、猟銃とか痛い武器を持っている敵から狙ってブットイマルス! 縦に頭から胸腰足まで地面にべっちゃり一緒になるように潰す!

「左のデッカイアレス!」

 デッカイアレスは投げなくて振って当てれば骨が砕けて皮膚に筋肉も裂けて骨が外れて頭とか腕とか胴体が千切れる。ブットイマルスより当たる場所が狭いから勢いがつくと刃物じゃないけれど斬れちゃう。

 難民は戦える人ばかりじゃないから襲われてるって分かると悲鳴を上げて逃げ出したり、怖くて腰が抜けちゃったりして混乱し始める。

 衝撃力で敵集団の神経を麻痺させたら次は具体的に数を減らす。

 道の両側面で広く待ち構える特殊任務中隊の皆が弩と小銃で支援射撃開始。武器を持った敵を優先的に撃って減らし、射撃で持て余すような逃げる人は銃剣や刺剣で突いて、脇に逃げると死ぬぞって脅かして道の中央に追い返して、そして射撃で殺す。

 やっぱり支援つきだとこう、襲撃が寂しくない!

 ブットイマルスとデッカイアレス、銃と弩で何百人も殺した跡は血塗れ、肉と内臓と手足に頭があちこちに散らばって跳んでグチョゲーロ。血と火薬の臭いも凄いし、空には烏が一杯飛んで、周囲に集ってこっちを警戒しながら死肉を突いて引っ張って咥えて逃げて、安全な木の枝の上で食べ始める。流石にこの痕跡は消せない。

 道の脇にまた隠れて道路の封鎖を続ける。素早く移動するのなら道路は使わなくちゃいけない山と森の中だから、こっちの作戦に支障が出るような速度を持った敵部族間の連絡は道路を通ったものしか無い。偵察隊員さんが一応両脇の森の中まで見張っているけど、電撃的な侵攻のせいでワゾレ人達は分け分かんない状態でそういう工夫もあんまりしてないみたい。

 道路を塞ぎながら南北路両旅団がダレア族とカン族を征服するのを待つ。難民集団の後はまばらに人がやってくる程度で、個別に偵察隊員さんが道の脇から奇襲して仕留める程度済んだ。

 自分は服はグッチョゲロンゲロンだから着替えて、洗いながら待つ。仮面兜の髪についた血とうんこの臭いが取れない感じ。自分の髪に付いた臭いも酷い。

「くっさー!」

 特殊任務中隊の皆は他の妖精さんと違って、くっさー! って言っても、くっさー! って言ってくれない。

 しばらく待っているとダレア族の次の難民集団を追撃する南路旅団の騎兵隊と合流。まずは挟み撃ちにして皆殺し。

 それから情報交換。特殊任務中隊は本隊と離れた場所で行動するから最新情報が入って来ない。これ大事。

 ダレア族とカン族は予定通りに征服された。トラカ族はワゾレ市旅団が組織的に崩壊させた後で今は残敵掃討中。ダレア族はカン族との境界線での異変に気を取られて兵力を分散させ、南正面の守りが手薄になったところを南路旅団が突破して快勝したみたい。やったね!

 これで難民が発生して北に逃げてきた人達はこちら特殊任務中隊が撃破した通り。他にも西のマインベルト王国にまで逃げて行った人達もいるらしいけど、それは情報部の人達が工作済みで、越境を防いだみたい。

 マインベルト王国は聖王領では孤立的で、ファイルヴァイン事件と王号付与で各国と温度差が出来ている。周辺国とは現在仲が悪い。そこで情報部が、ワゾレ地方を経由して直接マトラとスラーギィ、イスタメル州に魔神代理領は交易を望んでいると打診。その結果が、マインベルト王国東側国境にて国境警備隊がワゾレ方面からやってきた不法入国者に対する追い払い行動。

 交易案件もあるけど、今の時期にマトラ妖精に襲撃されているから助けてあげようなどという神聖教会圏の人間はいないみたい。情報も兵器なんだね、すごい!

 他にはカン族は東から北路旅団が、南から南路旅団から分遣された山岳歩兵大隊が攻撃した。北路旅団はカン族の支配地域であるポベルラ山の、北縁を優先的に確保して地域脱出を阻止した行動に出たのでほぼ取り残し無く撃破出来たみたい。

 また北上する。南東から北西へワゾレを征服! 征服!


■■■


 今度はポベルラ山から北西に、ワゾレ、ククラナ、セレード、タタラトン海に流れるポウラド川の、セレード王国アルノ=ククラナ地方に接する国境に陣取る。

 今までの道もそうだけど、情報部現地調査隊の同志ちゃん達が、道路からは外れているけど素早く隠れて移動出来る道に、馬車とか船を手際良く用意してくれているからすぐにバッビューンって感じで移動出来ちゃう。ご飯も水も用意してくれているから本当に楽ちんで快適!

 南路旅団はダレア側からポウラド川の南岸沿いに、北路旅団はカン側から川の北岸沿いにノーゼン族を攻撃していく。そして我々特殊任務中隊はポウラド川沿いに逃げてくるノーゼン族を撃退する。ククラナ国境への道はここ以外も結構な数があって、そこまで完全に封鎖することは困難だから、一番の主要路であるポウラド川沿い街道を重点的に閉ざす。流石に一地方を完全まるっと封鎖することは出来ないよね。

 ワゾレはこのノーゼン族の撃破でお終い。結構おっきな作戦なんだけど、やってみるとやらなきゃいけないことが次から次へとあってあっという間な感じ。

 ノーゼン族。エグセン人が古代に北の寒いところから南下して来た時に一緒に移り住んだ一族。今でも古い多神教を信仰していて神聖教会圏の仲間入りはしていない。

 国境付近で、宿場町や漁村を壊滅させてから待機していると南北両岸からの攻撃の証拠に、川をノーゼン族の死体が流れてくる。無人の船も、負傷者死人満載の船もある。沈めたり引き上げたりする。

 平時の心算で川沿いに南下してくるククラナ人には情報部の同志ちゃんが「軍事作戦中です」と立ち入りを禁止する。不平か何かを言ったら川から流れてくる死体を見せれば解決。

 ククラナの国境警備隊が事情を伺いにやって来たら同志ちゃんは「レスリャジン部族はセレードとの直接交流を望みます」と告げる。

 こうなると政治的な要員が絡んで現場判断が難しくなり、より上級者の判断が必要になってくるらしい。そうすると国境警備隊としては行動に消極的になり、何か判断を下すまでの時間が稼げる。少なくともこっちが越境さえしなければ静観するようになるんだって。やっぱり情報は兵器だ。

 川を下り、北に逃げようとするノーゼン族の姿がたくさん見えてくる。やっぱり川を船で下ってくる者達が多い。人も荷物も一度に一杯運べるし、水の力で楽だし早い。

 船に対抗するために、両岸に杭を打って鹵獲した縄を何本も捩って太くしたのを渡して巻く。斧や刀で簡単に切断出来ないように宿場町と漁村で殺した人達を通して縛って保護材みたいにしてある。重すぎると縄がたわんじゃうから内臓とか腕に脚、頭は落としてある。筒にした胴体を縄に通して、背骨と背の皮に肉で縄を守る感じ。

 船は人巻き縄に引っかかって動きが停まる。そこへ特殊任務部隊の皆が射撃を加えて船上の人を撃ち倒す。そして自分が鉤縄を投げて船を岸まで引っ張り揚げて、生き残りを殺す。

 船、小船はそんな感じで対処出来る。国境をこっちが塞いでいる様子を見て、途中で下船して逃げる人達は特殊任務中隊の皆が少し追うけど深追いは厳禁。

 川の上流側でノーゼン族の川下りの状況を監視している偵察隊員さんから報せが届く。今度の敵は大物。

 帆を拡げてグイグイ進んでくる、川の船にしては大型の船だ。旋回砲も装備しているような重装備。

 でもちゃんと対策がある。そうデッカイアレス。

 デッカイアレスを遠心力を使ってブルングンって回転を付けて大型船の船首、水面との際、喫水線を狙って投げて当てる!

 船首に穴が開いた大型船は、流れの勢いのままに水を飲み込んでいってあっという間に遅くなって、船首を下げながら沈み始める。

 旋回砲は強力だから、穴を開けても直ぐには襲わない。じっくり様子を見る。

 大型船は船体を川の流れに対して横にして、浅瀬に進んで船首から座礁。そして船から小船を降ろしたり、水夫に難民に兵隊が飛び降り始める。人が一杯で、船から浅瀬まで高いから飛び降りに躊躇している人も多くて船上は大混雑。

 鉤縄を投げて大型船に引っ掛ける。船はすっごく重い物だけど、浮力がある分は結構軽い。引っ張って川の真ん中に戻そうとすると船上の人達は大混乱。船が揺れて転んで押し潰し合う。混乱していて旋回砲を使う余裕も無くなっているから特殊任務中隊の皆が射撃を開始。弩で火矢を放って船に火を点ける。船の人々はもう冷静じゃないから消火活動どころではない。焼けた帆を被って叫ぶ。

 船上で焼けるか、川に飛び降りるかを始める。同時に船も浸水で沈んで、結構大きさがあったから完全に沈まないで着底。水面から出ている部分が火達磨になる。

 後は皆で、川岸に泳ぎ着こうとする難民を銃と弩で撃つ。石を投げ、銃剣や刺剣で水中に追い返す。焦って泳いで来ているから疲れ果てていて体力ありそうな人でも簡単に殺せる。

 あとは泳げない人が溺れたり、流れに任せて逃げようとしている人を、奪った小船に乗った偵察隊員が水上から殺す。

 大体始末したら迎撃体制の強化。

 水没したデッカイアレスは、泳げる偵察隊員さんが潜って縄をつける。あとは上から引っ張り揚げるだけ。旋回砲も引き上げて両岸に配置。船の火薬はかなりの量が濡れたと思ったけど火薬樽に入っていた分があるから大丈夫。

 そんな感じで川沿いで防衛しつつ、ククラナの国境警備隊とは同志ちゃんがあれこれと口で抑えつけていると南北両岸からの追撃部隊と合流出来た。

 ノーザン族領にいたククラナ人について国境警備隊があれこれうるさかったみたいだけど、追撃の騎兵隊の数が増える毎に大人しくなっていった。

 ここでも情報交換。

 ワゾレ市旅団からは再度残敵を掃討するための巡回抹殺部隊の二個森林警備大隊が派遣されてラシル、オレファ方面から行動開始。この国境線まで来て、各地を分散して回って生き残りのワゾレ人を狩って回るみたい。

 南路旅団から分遣された山岳歩兵大隊は、南路旅団通過跡を再度進んで残敵掃討を徹底。ダレア族はマインベルト側、ノーゼン族はククラナ側に逃げやすいからまだまだある程度組織として残っている残党がいる可能性があるらしい。

 南路旅団はポウラド川南岸のノーゼンからダレアに至る警備と、故郷に戻ってくる住民の撃退を。北路旅団も同じようにポウラド川北岸ノーゼン攻からカンに至る警備と、故郷に戻ってくる住民を撃退する。隙無く徹底している感じ。いつも通りかな。

 特殊任務中隊は所定の任務を終了。情報部現地調査隊は名前の通りの現地調査を重点的に行って今後のワゾレ開発に役立て、偵察隊は国境警備の補助に当たる。補助はたぶん、越境してマインベルトとかククラナ、南路方面にいてあまり分からなかったけどオルフの国境での軍事動向を探りに行くんだと思う。

 自分はワゾレ市に戻ってジュレンカちゃんの指示を受ければいいんだって。

 追撃部隊に続いて、南北路両旅団の本隊が国境まで到着したところで、今度は隠れる必要なく街道沿いに南東へ。

 天気は良くて空が青い。でも夏のようだけど寒さが秋っぽい。今年は世界的に冷夏らしくて作物の育ちが悪いんだって。

 街道を進めば焼き払われたワゾレの村、無事な畑、集められた家畜と鹵獲品。土地の広さの割りには人が少ないから物が一杯じゃない。ワゾレにだけ生存圏を広げても新しい仲間達のお腹は一杯にならないかも。

 ワゾレ人は散り散りになって、家が無くなって食べ物も全部差し押さえられて、兵隊さん達がこれからずっと追い回し続けるから食べ物を集めるのも大変だ。それに今年は寒いから冬はもっと寒いかもしれない。兵隊さん達が追い切れないワゾレ人は冬の寒さが殺す。だけどまだ秋にも暦ではなってないから、そこそこ逃げちゃう気もする。

 逃げた人達はマトラ人民義勇軍のことを言って回るだろうから……あ、見せしめだ!


■■■


 夏が終わって紅葉する秋になってもワゾレ人はいっぱいその辺で見つかるみたいで、死ななくても連行されていく姿を良く見かける。

 ワゾレの北西のノーゼン、北のカン、北東のオレファ、西のダレアに要塞が建設予定。夏の征服時に簡単な道路と駅は整備されたけど、建築資材に守備隊の正式配置、そしてその守備隊への補給のための道路建設は大忙し。南のワゾレ市と合わせてこの五拠点でククラナ、マインベルト、バルリー、オルフ、そしてスラーギィの全方向からの攻撃に対応できるようにするから、大砲を一気に移動させられるような規格の道路にしないとダメだからただの通用道路ではダメ。それから地下坑道、そして高地を貫く隧道を掘って各地と連絡する工事もある。地下坑道は特に要塞を包囲されても脱出出来るようにという工夫から。これも大工事。

 とにかくたくさんの労働者さんと資材が必要。殺されていないワゾレ人の中でも技術を持っている人は生かされて、その工事に動員されている。あまり無闇に人を確保しても管理費用が嵩むから、本当に職人って言える程度の人しか生かしていない。

 自分は今建設工事よりは物資運びの手伝いが多い。ワゾレには急な坂道が多くて、馬を使っても難しいところが多い。中には坂道というか、崖に階段つけた程度の道も主要街道に含まれる。いずれは緩い坂道に工事されるんだけどまだその段階じゃない。だからノーゼンまでに駐留する兵隊さん達に物資の補給、食べ物を運ぶ仕事が大変。ワゾレで略奪した食糧、殺した人間もあるけど、これから冬を越すことを考えたら保存の効く堅いパンをたくさん持っていかないといけない。雪で道が塞がったり、もしかしたら敵が攻めてきて補給線が寸断されたりしたら大変だから、今の内にどんどん運ぶ。

 食糧運びの仕事が一回終わってワゾレ市に戻る。ここに集積される食糧を運んでまたノーゼンまで行く。まだ戦地扱いだからワゾレ市にミーちゃんは呼べない。まだ悪いバルリーが健在だからね。

 でもそれでもミーちゃんと一緒! 保存用の堅いパンにはねこさんの顔の型が押してあるから、これはミーちゃんが作ったパンだって分かる! 保存食糧生産闘争を頑張ってる証拠だね! ねこさんパンは人気で、型押しがある時は皆喜ぶ。

 ワゾレ市の北西側の門を目指すと、市の外で妖精さん達がワゾレの人達を選別中。殺す時に血が飛び散って不衛生だから門の内側では厳禁。

 最近では虐殺は止めて選別とスラーギィ送りに分けられるんだって。様子を見ていると、前は技術を持っていない人は棍棒で頭を割られていたけど、今だと後ろ手に縄で縛られるだけみたい。スラーギィ送りは、まだ人を殺したことが無い女の人の兵隊さんに殺人を経験させるためにやっているから、出来るだけ傷つけないで元気なままに送る感じ。

 その中に引きずられて運ばれて来た男の人がいる。すっごく具合悪そうというか、意識朦朧な感じ。それに悪いバルリー人の顔してない?

 ちょっと気になったから見に行く。

「君は何が得意な人間なの?」

 面接官さんが質問。

「…マバ……バ……兵……」

「ふうん?」

 面接官さんが首を傾げる。聞き取れなかったみたい。でもわかった!

「マババくんは兵隊さんなんだよ!」

 教えてあげる。

「そうなんだ! マババくんは軍事技術を持っている人間なんだね! 衛生兵、マババくんを病院に搬送、回復しなかったら処分ね」

「はーい!」

 マババくんは自力で歩けないから運ばれて行った。元気になるといいね。

 それから市内に入る。広場にはちょっとマトラとスラーギィじゃ見かけない物が積んであって、家具とか服とかお酒に小麦粉袋、剣に靴、車輪とか樽に磁器や他にも何種類も。物は珍しくないけど、作りとか見た目が見たこと無い感じ。マトラで作った物じゃない。何かと思って近くの妖精さんに聞いてみた。

「これなぁに?」

「マインベルトの王様からのお土産だよ!」

「王様!? すごい!」

「ジュレンカ将軍があっちとお話ししたらくれたんだ!」

「ジュレンカちゃんすごい!」

 広場にいた、久し振りに会ったジュレンカちゃんを見つけたらニッコニコしてた。

「ジュレンカちゃんすごい!」

「ふふん、凄いでしょ」

「ジュレンカちゃんすごい!」

「もっと作戦をたくさん成功させて頭領閣下にもっといい子いい子して貰わないとね」

「そうだね!」

 頭領さんの話をする時のジュレンカちゃんはとってもニッコニコ。

「ジュレンカちゃんは頭領さんのこと好き?」

「あなたがゼっくん好きなくらい好きかも」

 やだ、顔があっつくなってきちゃった!

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