第254話「惹かれる、でも」 ヒルド
ゼクラグ軍は順調にボアリエラ川沿いに西進中。途中幾度か小さな抵抗とお決まりの虐殺はあったが、エパルノ降伏の触れが広まって以降はほぼ無い。
包囲されても瞬く間に陥落させられて虐殺、目玉抉り。仮に長期間持ち応えても救出しに来てくれそうな軍がいなくなってしまった。そうなると抵抗する意味が無い。
そもそも神聖教会に逆らって独立を維持出来たとしても後が辛い。今までは独立していれば自由に振舞えたが、大半が神聖教会圏の実質的な傘下に入った今、その自由が反転する。聖女に敵か味方かの選択を強要されている。
ゼクラグ将軍の第二師団が降伏勧告に素直に従わないファランキアとオペロ=モントレを早期陥落させたことには驚いた。アロチェ川の方ではジュレンカ将軍の第四師団が数日内にほぼ自軍と同数の野戦軍を二度も打ち破ったことにも驚かされた。
越境当初から途轍もない軍がやってきたとは思ったが、ここまで恐ろしく強いとは誰が想像しただろうか? それもこの二つの師団と似た編制の師団がまた別に二つ有り、あの人間離れした練度の遊牧騎兵もあと八千も別にいるとのことだ。あの聖戦軍に八つ当たりされるだけの弱いマトラはどこへ行ったのやら。
妖精傭兵の仕事は後方警備と、主力が取り残した弱小勢力への降伏勧告と攻撃である。脅迫して治安維持料だとか略奪免除料だとかを要求すると気持ち良く払ってくれる。勘だが、これがこの時代最後の稼ぎ時だ。
うさぎさん飴なる、子供騙しのお菓子ではしゃぐ手下達を眺める。「うぴょぴょ!」「もっきゅん!」「にょちょりろー!」と飛び跳ねて喜ぶ様は歓喜を通り越して狂気を感じる。砂糖以外の何かが入っていると思うが……そうでもないか。
この様子ではかなりの数の手下達がマトラ軍に吸い取られるだろう。その辺から集めた同胞達は別にどうでもいいが、手塩に育てたヒルド同胞団の手下を取られるのは痛い。しかし最上位同胞だなんて卑怯だぞマトラめ、敵うわけねぇだろ。
「ヒルド同胞団も遂に宮仕えかな」
アデロ=アンベルの大将とは同業なので多少の縁がある。奴がまだ才能を見せる前から顔を知っている。
「やらねぇよ。しかし俺等に金払う気ないぞ奴等、吸収する気だ。今はまだ半分お客さんだが、その内蹄鉄みたいに磨り潰されるぜ」
「放浪生活よりマシじゃないか」
「そう思う奴ばっかじゃねぇよ。俺は早いとこ降りるぜ。あんたは?」
「ペシュチュリアに奴等の商人が持ってきた東方物産の見本市の話は聞いたか? あれに噛めない連中はこれから没落する。フェルシッタは関係強化の道を選ぶ」
「あんたは人間でいいよな。故郷もあれば扱いも順当だ。生まれもそこそこ悪くないしな」
「そりゃあ……マトラ妖精は相当追い詰められてきたってことだけは聞いてたが、あんなに凶暴とは知らなかった。遊牧民も伝説はあれだが」
「妖精から見てもな。ありゃ殺戮自動人形軍団だぜ。誰だよあんなの組織したのは」
「あれに加われば負け戦はこれからしなくて済むんじゃないか?」
「確かにな。惹かれる、でも死にたくない。傭兵の戦じゃねぇんだよ奴等のあれはよ。今後もお隣同士になるから戦っても程ほどにしておきましょうねってのが通じねぇ。決闘戦争じゃなく、生存競争かな。畑に生えてる雑草とか害虫は全部駆除するだろ、あれだよ。お気楽に楽しく自由奔放ってのが傭兵の良さだ。俺達は戦いたいんじゃなくて、生活のために戦ってるだけだ。それから税金も払いたくないから定住しない。なめられるのは我慢ならんから武器持って頭数揃えてる。フェルシッタのご同業も生活のためだろ」
「だけど楽しそうだぞ?」
手下と集めた同胞とマトラの同胞がお菓子でおかしくなったうぴょぴょーな状態で追いかけっこをしている。あれを見ていると足腰がうずうずする。
「お気楽自由奔放が抜けてら」
休憩時間の終了を告げる鐘が鳴らされると、それまでのうぴょぴょーだった同胞達がピタリとお遊びを止めて各自の持ち場へ戻り始めた。
マトラから配給されたお菓子を食べる。こんなもんではしゃぐ……。
「うぴょぴょー!」
……気付いたら外を走り回っていた。一体何をどうして? 糞、ヒルド同胞団解散の危険もあるな。折角自分の王国を作って楽しかったのに、糞が。
■■■
ボアリエラ川の西進はエパルノ陥落の影響でほぼ無抵抗に終えられた。エパルノから遠ざかれば多少は抵抗があるかと思っていたが、諸侯乱立と言えど民族乱立ではないロベセダ地方であるから意識の共有も早かったようだ。言葉の違う住民が混ざっている地方だと噂の伝播も遅く、誤解も混じり、奴等が死んでも俺には関係ないと無関心であったりして混乱に拍車が掛かることは戦場で体験済み。
エパルノを拠点に聖女はロベセダ中から軍を集めてアピラン経由の中央街道でウルロン山脈を抜けるらしい。噂だが、功績があれば中部で土地も貰えるというのだから飴と鞭がしっかりとしている。これも素早い対応に思えるが、マトラの殺戮自動人形共に比べればおっとりしているように見えてしまう。マトラ兵の行軍は早い。
ゼクラグ軍はボアリエラ川から離れ、次はウルロン山脈より南に突き出てロベセダ地方とパルナッテ地方を南北に分けるビオルウルロン山脈を越える必要がある。沿岸部を通れば道は平坦だがやや遠回りであるからカトロレオ峠を通るのが素早いが、妨害はされ易い。
当然のようにゼクラグ軍はカトロレオ峠を通ることに決まる。沿岸部にも勿論都市はあるが、海上からの圧力もあって早々に聖戦軍に恭順する傾向にある。聖皇領直属の軍が直接沿岸部に出向いていることもあって、外堀が埋まれば自然と全都市が恭順するだろう。
フェルシッタ傭兵団とそれに督戦される諸侯軍はカトロレオ峠には行かず、ボアリエラ川の上流方向へ攻め上がる。あの辺りはステリペロ枢機卿管領が大半を占めているから苦戦はあまりしないだろう。妖精傭兵は勿論、峠越えのパルナッテ行き。マトラの行軍についていけるのは我々ぐらいなものだ。それでも大分辛いのだが。
フェルシッタ傭兵団と分かれる前に、ヒルド同胞団で確保しておいた良好な武器をアデロ=アンベルに分けておいた。こういう細やかな気配りが仲良し傭兵団の縁を繋いでいく。
ランマルカが設計したヤンフォールン施条銃はかなり性能が良い。装填に手間が掛かるが、熟練銃手に持たせれば戦闘能力が段違いになる。
ロベセダで武器を押収し続けることで質の良いベルラエム銃も大量に手に入った。数は少ないが新型のベルラエム施条銃の量産型も手に入る。これらはフェルシッタ傭兵団に気前良くくれてやった。
基本的に鹵獲装備の配分はヒルド同胞団の者達に優先して優良な装備を配り、他の同胞はその次点。他の同胞傭兵隊長から文句みたいなことは最初の内は言われていたが、マトラの最上位同胞の影響が出始めてからは文句も出なくなった。フェルシッタ以来の、期間は短いが先任傭兵隊としての序列が効いてきたのだ。
ランマルカの革命指導者ダフィドのおかしなぐらいの指導力と言うか扇動力の不気味さは聞いていたが、実際にそのような影響下に置かれると、そうであることを意識しないと忘れるぐらいに違和感が無い。ラシージ”親分”とかいう者の顔を見たら今までの自分が消滅するのではないかという不安が個人的に強い。手下共に不安の気配は無い。
敢えて逆らうように、だが処罰は怖いので命令外だが違反にはならないような行動を伴うように心がけているが、いつまで正気、いや今までのようにいられるか分からない。
気がつけばゼクラグ将軍の命令に従って、周辺から傭兵、放浪同胞を集める指示を手下に出している。身に覚えが無い出費が何なのかと主計に尋ねれば、自分の指示で行った奴隷同胞の人間からの買取り額分であると言う。まずいぞ。
■■■
カトロレオ峠にて抵抗の意志を示したのは、峠の関門を管理する城主。下パルナッテ伯の臣下である彼が何故そのように判断をしたのかは砲弾で撃ち砕かれた後なので知る由も無い。
カトロレオ城は要衝であって軍事的に重要。通行税からの収入も大きく、資金が昔から投入されていることもあって規模も大きく、頑丈な要塞であった。しかし、山岳地帯に位置することが逆にゼクラグ軍にとっては優位に働いてしまって早期に陥落となった。
第二師団の山岳兵、工兵部隊が迅速に要塞周辺に通路を構築して関門を迂回して封鎖してしまった。通常ならカトロレオの兵がそれを邪魔するのだが、砲兵による猛攻撃でそんな暇も無かった。
城は簡単に砲撃されるような位置には作られていないのだが、修道服を着た変な人間が馬より重い大砲を崖の上に引っ張り上げることにより簡単に有効射程圏内に置かれた。高所からの直接射撃、弾着観測からの間接射撃もあって城は瞬く間に様々な方角から砲撃されて崩れる。
防御施設が破壊され、榴散弾の雨で守備隊の動きも制圧されたところへマトラの突撃兵と、あの変な人間も巨大な棍棒を持って「ブットイマルス!」と叫んで突入していった。
カトロレオへ増援を向けようにも周辺の軍は一日内でその後に陥落したことなは知りようもなく、伝書鳩を飛ばしても反応出来ない早さだった。他の山道を分け入って先行している遊牧騎兵集団もいるから伝令など生き残っていないだろう。
城の人間が西側に逃げようとしても山岳兵と工兵が封鎖しており、城の者と周辺から逃げ込んだ住民は籠の中。
人間達の目玉抉りが即断で迷い無く実行される。マトラの同胞――同胞と呼ぶには異質――はヤバい。「お目目をクリクリしましょーねー」と研いだ匙を持ってニコニコと笑ってやがる。百人中九十九人の目が抉られ、適切な消毒がされてから縄で列に繋がれ、死なないようにしてから残る健常な一人に引かせる。
ゼクラグ将軍はカトロレオを陥落させたらとっとと進んで遥か西へ進んでしまっている。人間に同情なんかは自分もしないが、全く関心を寄せる素振りもしなかった。軍事作戦の早急的な遂行以外頭に無いのだろう。
ゼクラグ第二師団が通過した後に我々妖精傭兵団が通過をする。
目玉抉りは長距離を歩ける健常な者達に施されるものであり、そうではない者達は皆殺しになる。うぴょぴょーなマトラの同胞であるから、その殺し方もうぴょぴょーな感じで楽しげである。
縄で縛った捕虜を「逃げて逃げて!」と棍棒で突き回して追いかけて「捕まえた!」と急所を避けて骨を砕いて転がしておく。即死はしない。
指の間に挟めるだけ銃剣を持って「くまさんだぞ、がおー!」と、捕虜に切り傷をつけて殺すでもなく痛めつけて血だらけにする。
我々傭兵も村を襲えば拷問をやって隠し金庫の場所を吐かせたり、口に木片突っ込んで糞を飲ませたり、槍や銃で遊びに突っつき回すがマトラの同胞とは違う。
子供に「にゃんにゃんねこさんに変身だ!」と、耳を切って頭頂部に縫いつけて、ズボンを脱がしては「尻尾無いの?」と、背中を切り開いて背骨を折って曲げて出して尻尾のようにする。ここまでしない。
このねこさん変身は流行ったようで「こっちのが尻尾だよ!」と肛門から腸を引きずり出したり、他から腕を切って繋げたり、皮を剥いで筒にして肉と骨を詰めて「これが尻尾っぽい!」と見た目で競争すら始める。絶対にここまでしない。
鍋を用意して火を熾して「あったかお鍋が楽しいな!」と人の肉を磨り潰して肉団子鍋を作って捕虜に無理矢理食わせている。どうしても拒否する者は歯を砕き、口に砂利を注いで吐かないように棒で喉へ押し込む。抵抗が激しければ「好き嫌いする子は直接摂取だ!」と肛門に砂利を棒で押し込まれる。これが中々に死ねず、酷く苦しんでいる様子が見られる。
「そこの保安……隊長?」
「はーい、保安隊隊長です! ご用はなんですか?」
虐殺指揮をしている者に声をかけた。元気に声を出し、目を輝かせて小首をかしげ、僕何でもお話聞いちゃうよ、という顔をしている。だから殺戮自動人形なのだ。
「もう降伏したから虐殺は止めなさい」
「ふうん? でも、降伏しなかった悪い奴等は見せしめにして皆殺しにしないと駄目なのです!」
「もう降伏した後だ。抵抗する力も無い」
「ふうん? でもでも、あの人間達は占領費用を増大させる因子だし、反乱勢力予備軍だから予防鎮圧に見せしめに皆殺しにしないと駄目なのです!」
「ほらあれだ、こんなことをしていたら行軍に遅れちゃうぞ。任務のみせしめは十分じゃないか」
この様子を見せられている人間達は被害者じゃなくても泣いたり叫んだり、祈ったりゲロを吐いたり俯いたりと効果は抜群ではある。
「そっか! 皆、急いで皆殺しにしよう!」
『はーい!』
弾薬が勿体無いからだと思うが、棍棒や石で足を潰したり手を潰して泣き喚かせてゲラゲラ笑い、千切った手を頭に縫い付けさせて「うさぎさーん!」にして嬲りつつ撲殺していた保安隊が、無言で頭だけを手早く潰し始めた。
隙を見て逃げようとする住民は銃で撃たれ、一塊に処刑を待っていた柵の内側の者達には、鹵獲された大砲が向けられて発砲がされる。
「ヒルドの団長さんは火薬を惜しまず時間を惜しめって教えてくれたよ! 皆頑張れ! 皆殺しだ!」
『はーい!』
「頑張れ頑張れ、皆殺し!」
『人間共をぶっ殺せ!』
「頑張れ頑張れ、鎮圧だ!」
『人間共をぶっ殺せ!』
この嬲り殺しは物資を運んでくる商人や、現地協力者、観戦武官向けに公開されて行われていた。虐殺対象の中には目撃者として生かされて放逐される者がいる段取りだったと思うが、その生き残り候補も殺されだした。
「保安隊長、彼等は生かして放逐して宣伝に使うのではなかったのか?」
「僕達の進軍経路をわずかでも圧迫するので殺します! 行軍を急がなくちゃ!」
そう解釈するのか。
「そこの同志! この人間達が如何に愚かな行為を行ったか看板を立てるように!」
「了解しました!」
そんな心算は無かった。
人間に同情しているわけではない。正直嬲られようが殺されようが、今まで我々が味わった苦しみを考えれば知ったことではないが、今後の妖精の評判に関わる。ただでさえ糞垂れ神聖教会のせいで妖精の地位は低いというのに、これに加えて虐殺して回る化け物だってことになれば生きていけない。恐れられるのにも程度がある。程よく恐れられるのなら交渉事も上手く行くが、行き過ぎれば戦うしか無くなる。ある程度勢力規模が大きければ従えることも出来ようが、妖精が人間のどこかの勢力を支配した等と噂が流れれば討伐軍が結成されるのは必然。
フェルシッタ辺りからマトラ軍の動向は窺っていたが、これは本格的にまずい。ゼクラグ将軍の言う通りマトラに参加しないと生きられない時代が来る。お気楽に楽しく自由奔放、この生活のためには知恵が必要だ。部下のほとんど、最悪全てをマトラにくれてやって一人で逃げるしかない。
死体の山と、お絵描き付きの”悪い奴ダメ!”の看板がカトロレオ峠に立った。
■■■
パルナッテ地方を北から南東に流れるゾーレ川沿いを遡るようにゼクラグ軍は進軍する。遊牧騎兵集団の先導のおかげで道先の情報が常に入ってくる。
カトロレオの抵抗は下パルナッテ伯の指示であるということは分かりきっているが、城の早期陥落と目玉抉りの行列の影響もあってか、以前から神聖教会に忠誠を誓っておりますと言わんばかりの歓待であった。水と食糧、消耗した靴と靴下の替え、火薬の提供、多くは無いがマトラから以前に輸入した装備の提供など至れり尽くせり。「もう少し時間があれば宿泊所の提供も出来た」などとも説明があった。シェルヴェンタの恭順か降伏が確認され次第引き返すから帰り道用に整備しろとゼクラグ将軍が指示を出していた。
ゾーレ川上流は北東、ウルロン山脈からビオルウルロン山脈が南に延びる付け根に源流がある。高地へ入る前に西へ進めばシェルヴェンタ辺境伯領だ。
ゾーレ川下流の治める下パルナッテ伯の恭順、河口側の都市の恭順。上パルナッテ司教領、聖領への接続が行われた。これまでの諸侯というのは都市国家やその延長線、そして中規模領主に留まって小粒揃い。
シェルヴェンタは対ロシエ防衛を担う役目を負っていたという歴史的経緯があり、今までの南部国家と違って広い領地と多くの常備軍を抱える。今までの野戦軍も出せずに引き篭もるしか無かった都市や、進撃が早過ぎて動員も連合もままならなかった連中とは違う。一つの意志で、即応可能な数も装備も揃った常備軍が編制されて立ち上がる。
ここでゼクラグ将軍が負けてくれればどさくさに紛れて、と考えるがかなり難しい。ヒルド同胞団の手下共は日に日に、かなりマトラの最上位同胞に感化されていてゼクラグ軍を後ろから討てと命令しても聞かないだろう。掻き集めた同胞達なら尚更で、組織化されつつある今ならその裏切りに反応して攻撃される。
こちらは圧倒的に弱い。自分で掻き集めた同胞達を指揮下に置くことは出来なかった。マトラ軍の厳格な組織に付け入る隙は無い。手下はある程度自由に動かせるが、既にお菓子を通じてか、それ以前からの仲良し工作により何でも言うことを聞くという状態ではない。既に隊長級の連中も感化されている様子だ。この自由のための裏切り計画を口にした途端に殺されかねない雰囲気がある。
こりゃあ自由兄弟を募る余裕はなさそうだ。
■■■
シェルヴェンタ軍は今までと確かに違った。戦いに備える準備時間が他の諸勢力と違って与えられていたとはいえ。
シェルヴェンタ軍は上パルナッテ司教領を急襲し、領都ギローリャを降伏させた。下パルナッテで聖戦軍との調整会議をしていた上パルナッテ司教を驚愕させる。
そしてパルナッテ南方にて、ゼクラグ軍とシェルヴェンタ軍が対峙する。
我々妖精傭兵に与えられた任務は、パルナッテを迂回してのシェルヴェンタ領への直接攻撃。
略奪がし放題と一瞬喜びそうになったが、シェルヴェンタ軍は即座に反応して我々の進路を遮るように進んできた。
ゼクラグ将軍の意図は何か? と考える。傭兵が五体満足無事に戦後も生き残るためには戦わないことが大前提だ。戦うべきは戦場にいる農民達で、そいつらから略奪することが一番の仕事。たまに略奪しなくてもいいぐらいに金を払ってくれる雇い主がいて、そいつらのためだったら多少は新兵を使い潰す形で無茶をするが、マトラは金を払う気配は無い。戦わないようにする。
まず命令を読み誤って処罰されないこと。シェルヴェンタ領への直接攻撃が命じられているのでここで、抵抗があったから引き返したとあっては後が怖い。
ゼクラグ将軍の行動を予測。とんでもない早さでシェルヴェンタ軍に襲い掛かり、あの圧倒的な火力で勝利への糸口を掴むと思われる。とは言ってもシェルヴェンタ軍、およそ三万と見積もられている。簡単に下せる敵ではない。簡単に攻撃を仕掛けるだろうか?
ゼクラグ将軍は考える。時間が経てば更にこれから動員が回り出して更に一万、二万と膨れ上がるだろう。この三万の主力基幹軍を粉砕出来れば後は、多少数が揃っても骨が抜けた雑兵軍になると。それに中部への北進も急いでいるので、やはり早期に援軍に来てくれると推測した。
我々妖精傭兵は、装備は良好に揃っていて主力部隊は一万に膨れ上がっている。後方で訓練中の同胞は三万か四万か、増加中で計測不明。
まずは近くの山、森へと退避する。シェルヴェンタはロシエの重量種馬などを輸入、繁殖させており、強力な重騎兵を持っている。平野部で突っ込まれたら堪らない。
後は森へ威力偵察に来るシェルヴェンタ兵と、威嚇射撃をする程度に撃ち合って時間を稼ぐ。そうしている間の森の中に塹壕を掘って、枝で逆茂木を作り、木から杭を作って陣地を構える。
ヤンフォールン施条銃の精度は抜群で、士気が高いシェルヴェンタ軽歩兵相手でも優位に戦えた。ここでそのまま勝利の勢いに乗りそうになるが抑える。
森の奥へ奥へと陣地を深く築いていく。シェルヴェンタ軍が砲兵を向けてきたが、森に撃ち込んでも埒が開かないとある程度撃ち込んでからこの日は諦めた。
そうやって時間を稼ぎ、夜になる。一日目は終わり、二日目以降はどう持久しようかと策を練って、手下達に夜も休まず防御陣地の増強を続けさせていると戦いが始まった。
夜だろうが構わずに戦場へ到着し、攻撃を仕掛るゼクラグ軍。
圧倒的な射程を誇る施条砲でシェルヴェンタ軍を一方的に砲撃。新月ではないとはいえ、この暗がりで撃ち始める練度は恐ろしい。
そして魔神代理領軍が使っていると噂に聞き、ファランキアで初めて見た火箭の連続発射が始まる。
膨大な煙を発射し、大砲とは違うが大きい音を立てて、そしてデタラメに飛び交う。砲弾よりも弾頭が大きいせいで爆発が派手、爆発しなくても火箭の棒が地面をのたうってシェルヴェンタ兵を薙ぎ倒して撲殺しているのが滑稽。そんな火箭が何十では済まず、何百と空を飛んで地面で暴れ回って爆発を繰り返す。これが一瞬のこと。
百発の砲弾を撃ち込むのは砲兵隊から場所の確保まで時間が掛かるが、百本の火箭を撃ち込むのは、あの連続発射機を思い出せば一瞬。
火箭の一斉射撃でシェルヴェンタ軍が恐慌状態に陥り、ゼクラグ軍の歩兵が突撃に移った。夜襲であるからか発砲は無く、暗闇の中を声も上げずに走り抜けて狂うシェルヴェンタ兵を棍棒、銃剣で殺して進んでいく。砲撃の爆音の繰り返しの後、泣き喚くシェルヴェンタ兵が黙々と殺されて呻いていく様は異様である。
あんなものに参加する必要は無い。殺戮自動人形に諸共殺されるだけだ。ただ怠慢を指摘されるわけにもいかないので、ヒルド同胞団には防御陣地の維持をさせて、他の傭兵隊の連中を夜間突撃に参加させた。発砲は厳禁、白兵戦で戦えと。
しかしゼクラグ将軍はこれを意図して我々に迂回攻撃を命じたのか? 無視の出来ない囮を敵に追わせ、奇襲攻撃を仕掛けたという構図になっている。
■■■
夜も明けてシェルヴェンタ軍の完全撃破が確認され、シェルヴェンタ辺境伯の捕縛も成った。まずいと思って早朝になってから戦場に出て、顔に覚えのある辺境伯を探して自分が何とか保護をした。
ここで目玉抉りと虐殺の始まりかと思ったが、流石の神聖教会も対応した。辺境伯の降伏を受け入れ、聖戦軍に参加するという誓約を素早く取り付けたのだ。
対ロシエ防衛の南部側の要であるシェルヴェンタ辺境伯領を簡単に解体出来ない事情もある。どういう政治力学が働いたかは知らないが、陥落させたギローリャの占領統治をしていたシェルヴェンタ辺境伯の息子がギローリャ男爵として認められるという判断が下された。奇々怪々過ぎて妖精傭兵の自分には分からない。
ゼクラグ将軍は、やはり彼も殺戮の自動人形。用は済んだとばかりに道を引き返し、休まずに今度はウルロン山脈越えに向かった。
行きと違い、帰りの進路上の勢力は降伏、恭順済みで協力体制にある。宿泊用の野営地に飲食物が用意されていて強行軍に励む兵士達は拠点についたら食って寝るだけで済む。早い行きより早く戻れる。
しかしマトラ兵の行軍速度もそうだが、連日休まず歩き続ける体力と気力はどこからくるのか疑問だ。足の早いと言われる我々妖精傭兵でも追いつくのがやっとで、重装備は後方に託して楽をしても歩調が合わずに脱落者が出ている。一体何の訓練をすればそうなる? 山岳地で毎日ひたすら装備を担いで歩き回ってるのか? 冗談抜きでそれっぽいな。
■■■
強行軍中にガートルゲン地方陥落の情報が入る。デッセンバル公が降伏し、オロム方伯がまとめた軍を裏切ったヴァッカルデン伯が背面を突いたという。それから南部側でも散々やってる目玉抉りもやって脅迫して回っているとのこと。内応があったとはいえ何て早さだ。夏に始まった戦争で、まだ季節は夏だ。
マトラ、レスリャジンの殺戮自動人形集団じゃなきゃ出来ん作戦だ。これに合わせて第四師団がウルロン山脈を越えてガートルゲンに入るらしい。アロチェ川上流の、規模の小さい割りにはしぶとい山城を抱えた山岳諸侯相手には苦戦すると思ったが、手始めに城や街を焼き尽くして目玉を抉った住民をバラ撒けば直ぐに降伏、恭順の連鎖に繋がったらしい。
これは神聖教会圏中の妖精傭兵の商売が上がったりになった。南部だけではなく中部も。地方で一時流行った噂に留まることはない。妖精は人間の敵とよく認識されたことだろう。
この戦争が終わったらとっとと西に行って新大陸で稼ぐのが良さそうだ。部下は連れて行ける奴は連れて行くが期待しない方が良い。
まず個人的な財布を温かくすることを優先しよう。ヒルド同胞団の金庫を温かくしても持ち逃げは不可能だ。
戦争は嫌だねぇ。
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