第253話「確かに、でも」 ジュレンカ


 ロベセダ攻略は二本の線を軸に行われる。北のアロチェ川沿いと南のボアリエラ川沿い。

 こちら第四師団は第二師団より先行してアロチェ川沿いを攻める。それに先立ってロベセダ地方の道路封鎖を騎兵網で行う。

「グウェニャフさんはアロチェ川沿いを中心に封鎖して下さい。ロベセダは人口密度が高い上に敵か味方になるものが不明瞭で、そしてフェレツーナまでの道中のように騎兵戦力は多くありませんので、一々誰何していては手間が掛かります。騎馬斥候、伝令は構わず捕らえて下さい」

「とりあえず殺しちまっていいんだろ? 姫さんよ」

「めー、です。荷物を漁って尋問して従軍司祭か神聖公安軍に引渡して下さい。抵抗するなら殺して構いませんが、抵抗したと嘘を吐くのは悪い子、だめのめー、です」

 シトプカ氏族は他のセレード人と違って短絡傾向にある。彼等の傭兵時代の活躍はというと、略奪と強姦も差し置いて先に焼討と皆殺しから始める連中だった。昔、捕虜を取っていて逆襲されて痛い目に遭って以来その傾向にあるという。

「イフラディロさんは、第二師団のために南のボアリエラ川沿いを中心に封鎖して下さい。以後、指揮はゼクラグ第二師団長より受けるように。注意事項はシトプカ氏族と同じです」

「なあ、姫さんよ。ロベセダ攻略ってどのくらい時間取ってるんだ?」

「可能な限り最短時間で攻略します。略奪とか略奪品の横流しとか、奴隷縛って売り歩く行軍はしている暇がありません、許しません。そんなことしてたらサニツァにブットイマルスでお尻吹っ飛ばして貰います」

 フダウェイ氏族は他のセレード人と違って金に汚い。元を辿れば商人一族だったとかいう話だが、傭兵時代の素行を想起すれば、金を女と博打に全額注ぎ込んで一晩で空にしては、他の連中から何度も踏み倒している癖に借金をせがむロクデナシ共。こんなでもシトプカよりはオルフ人から受けが良かった。殺人狂より愛嬌はある。

「ではご両人。斥候伝令を狩り尽くし、人の往来を止めて、味方からの斥候伝令の通りを良くしてください。何処の勢力が協力的で何処が敵対的であるかも実際に確かめて下さい。神聖教会が申告する友好、敵対勢力表は参考程度、絶大の信頼を寄せてはなりません。実質敵中孤立状態であることは決して忘れないように。安易に勇気を奮って敵と交戦せず、まとまった軍は第二、第四師団本隊に任せるように。後は良い子だからもうお仕事は分かりましたね?」

 パチパチ、と手を叩く。解散。

「へいへい」

「はいよ」

 彼等はセレード系遊牧民なので、西方貴族の嗜みとしてのフラル語を扱える者達がいる。先行して、単独行動を行っても不便は少ない。確実に西方では言語に不便があるプラヌール氏族などに街道封鎖任務はさせられない。殺すだけならともかく、敵味方が入り混じる斥候伝令狩りというのは知識と神経を要する仕事だ。


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 千人隊を先行させて進軍。

 アタナクト派から派遣された従軍司祭が特使となり、各都市へ向かって聖戦軍に恭順するかどうかを尋ねて歩く。特使の人数は時期や都市数に応じて増減するが、ロベセダのような都市密集地帯だと優に百人は出入りしている。村落単位でも半自治のような場所があってそこにも訪問しているからだ。

 ファランキアの前例のように、師団兵力は有力で頑健な要塞となっている都市がある主要街道に絞って行動する。我が軍が一々攻撃するまでもない小都市は後からやってくる神聖公安軍が攻略する。実際に城攻めするよりは、敵対していると神聖教会圏から孤立してしまっては後で後悔するぞ、と説得することが中心になる。

 説得力というのは軍事力に比例する。敵を減らし、味方を増やす度にその比率も変わる。

 アロチェ川沿いの主要都市、目標として東側から一番目のグルテッラ市は到着するまで態度を鮮明にしていなかった。しかし難航不落のオペロ=モントレ城陥落や、ユーグルフォルク虐殺の報せを受けてか我が軍の姿を見るやいなや協力姿勢を見せた。迅速な行軍に必要な食糧、水、馬や車の替えを提供してくれた。

 グルテッラで良い物を発見。靴だ。見本品は、足の形に沿った肉体隆起型に近い。足首が窮屈に見えるけど履けばぴったりになる。使い古せば革にしわが寄るが、そう見えないように可動しやすい部分へしつこくない程度に装飾蛇腹が重ねてあり、無骨ではない。靴紐は細めで、しっかり結ぶとほっそりしていて荒々しい革の長靴なのに繊細に見える。でもやっぱり装甲めいているけど強い女性を演出している範疇。特別注文しておく。


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 二番目の都市はチザンペリ市。南北に横断する運河がボアリエラ川に繋がる交通の要衝だ。ここは抑えなければいけない。

 降伏勧告に向かった従軍司祭が何と、守備兵に威嚇射撃されて追い返されてしまった。神聖教会圏と言っても広いし多様な人々が存在する。聖皇のお膝元のようなロベセダにも坊主嫌いはいるのかもしれない。

 挑発をするということは自信があるか、企みがあるということ。そういったことも考えながら警告を行う。

 第七砲兵連隊による重砲射撃を行う。チザンペリの防塁と城壁の砲台を破壊させる。流石に重砲は威力が高く、同時着弾などさせなくても防蓋付き砲台を破壊出来る。

 都市郊外には連携出来る位置に要塞がある。こちらも早々に重砲で砲台を除去し、第六砲兵連隊の臼砲による榴弾、榴散弾の組み合わせ射撃で制圧。都市周辺から連行した住民の背中を銃剣と、時に銃弾で突いて突入させて麻痺させておく。突撃は後回し。

 チザンペリの防御が弱ったところで重砲、臼砲を再配置し、市内を弾幕射撃で完全に潰すように心がける。

 臼砲が発射する榴弾を市内中、端から端まで丁寧に落とす。落として建物を壊した後を追うように重砲による射撃で都市上空へ榴散弾の雲を張って散弾の雨を降らせる。

 都市周辺から連行してきた住民はまだいる。彼等を盾に、その背中を銃剣で突いて前進を促す歩兵部隊を投入する。その住民は戦力にならぬよう、歩ける程度に腕に怪我を負わせている。

 降伏を促すのなら頭領閣下の指導方針で目を抉った住人を使者に送り出すけども、これは警告。ロベセダ全体に対する警告だから労を厭わない。抵抗するなら恐ろしい破壊を与えると知らしめる。

 歩兵部隊が住人と共に、破壊された城門を越えて突入する。緒戦の銃撃戦はこちら側の銃声ばかり。銃声の数の割りには悲鳴の数が多いか。

 突入した歩兵部隊から順次、砲撃支援要請が届く。何分砲兵隊の視界を遮る城壁の内側への砲撃であるから慎重に行う。

 臼砲が指定地点に近いと思われる諸元で観測射を行う。観測射を観測した歩兵から修正情報が発信され、それを元に着弾地点を修正して再射撃。再射撃の結果が良好なら第一次効力射を行う。破壊しつくした後に撃ち続けても意味が無いので数次に分ける。砲撃をこれで十分とするのなら歩兵から中止要請が発せられ、まだ必要なら二次効力射を開始。敵戦力が特に密集していて、建物も頑丈で破壊に要する砲弾数が多い場合は効力射量を歩兵が指定する。

 歩兵部隊は住民を盾に、射撃しながら暫時前進。破壊されていない拠点へは突撃隊が棍棒、拳銃、手榴弾や梱包爆薬を用いて突入して制圧。歩兵部隊直轄の歩兵砲部隊が道路を缶式散弾で封鎖しつつ、直接敵や拠点を砲撃。砲撃支援が敵の強固な市内拠点を破壊。市内拠点を破壊したら歩兵部隊が前進、突撃隊が前進した地域に残る未制圧拠点へ突入。この繰り返し。

 一応、義務的に歩兵が敵指揮官からの降伏申告を受け取るが無視。

 歩兵部隊より砲撃支援は以後不要との通達が来たら、三番目の目標都市への行軍を行う。足が遅くなってしまう砲兵は特に停止時間は短ければ短いほど良い。都市一つ壊滅させたからといってそんなことが休憩の理由にはならない。それが出来るのがマトラ人民義勇軍。こんな軍隊が若い頃の自分の手にあったならば!

 騎兵連隊には既に別の仕事をさせてある。チザンペリ周辺住民のチザンペリへの連行。そして百人中九十九人の目を抉って残る一人に先導役をさせる目玉抉りの行列を、三番目と四番目、それ以降の都市へ送り出す仕事だ。

 素早い進撃に必要なことは部隊を遊ばせないこと。全体が一つ事に構って一々停止している必要など無い。

 チザンペリ壊滅任務に不要な部隊は既に先行しているし、壊滅任務遂行途中で不要になった部隊も同様。早め早めに前進して、先行するシトプカ千人隊にも更に先の街道を封鎖して貰う。

 このような動きを将来、小隊単位で行えるようになればと操典の草案を作っているが、さて採用されるかな?

 チザンペリで良い物を発見。香水だ。爽やかな香りでしつこくない。そして何より汗や油に硝煙の臭いを相殺する香り。戦場の臭いを消してくれる。お風呂に入る機会が少ないから素敵。欲張って箱一つ確保してもきっと未来には飽きているから一瓶だけ。一期一会の香りを楽しもう。


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 三番目の都市はオストルガローナ市。ここのアロチェ川の川幅がやや広めで、周囲の土地も非常に平坦で灌漑が通っていてとても景観が良い農園地帯。牧歌的。

 オストルガローナ市は人口が多く面積も広く、市内運河も良く整備されている。面積が広い分、要塞構造が脆弱。建築物というのはどうしても規模に対して予算が増えてしまう。

 そんな守りの弱いオストルガローナ市の市長は、やや待っていました! と言わんばかりに食糧や馬に、何を勘違いしたのか娼婦どころか若い一般子女から酒樽の山まで用意していた。女も酒も要らないと言ったら喜ばれた。出ようとしたり戻ろうとしたりする避難民で混雑しており、それは威嚇射撃と実際の武力行使で排除した。

 オストルガローナで良い物を発見。ワインだ。香りは芳醇、まろやかさが温めた乳のようで喉越しがとても柔らかい。刺激を抑えた種類の傑作と思って銘柄、生産元を確認すると北のメイレンベル産。オストルガローナ産のワインだが、広く大量に売る物が多くてあそこまで細やかな品が無かった。残念、土産にもっと欲しかったのに。しかし銘柄が”ヤーナちゃんじるし”とは、幻のあの酔っ払い伯のワインか。オルフだとペトリュク公家経由で手に入ることがあったが、しかし稀。中部入りが楽しみ。


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 四番目の都市はピヴィア市。川沿いで、あまり干拓の進んでいない湿地帯に位置する。都市は小さく防御が集中しているが要塞はあまり近代的ではない。砲台の数も防塁、壁の長さに対して少ない。

 ここには勿論目を抉った行列が到着している。従軍司祭の交渉の結果としては降伏すると直ぐに返事が出た。

 返事は出たがしかし城門が直ぐに開かなかった。催促しなければなるまい。

 湿地帯にある都市を包囲するのは難しい。地面の状態が悪い。泥と水溜り、沼に川。歩き辛く、浅過ぎて泳げず船も出せない水深。急に深くなって溺れる自然の水中落とし穴。腰まで埋まる泥濘と思えば、岩があったり、登るのに苦労するのに足場が狭過ぎる地面、先が見えず歩き辛い葦原。ヒルや蚊に水辺の蛇も多い。疫病も流行りやすいし、座ったり寝たりも出来ない。

 悪い条件を積み重ねているような湿地帯ではあるが、ここは人が住む都市。人が通る、整備された道がある。

 道沿いに臼砲を並べ、都市内を射程に収める。そうしてから榴散弾を一発、都市上空で炸裂させる。

 砲弾こそ万能鍵だった。

 ピヴィアで良い物を発見。鞄だ。男性向けのような頑丈な造りだけど丸みを帯びた女性向けの革鞄。色合いに斑が無く、金具装飾が細かく可愛い。内張りが書類鞄向けの物を選ぶ。ふふ、会議の時にこの鞄を出したらきっと注目の的ね。褒められる言葉が全く想像出来ないけど。頭領閣下なら可愛いって言ってくれそう。


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 ピヴィア市まで一挙に進撃した感想としては敵が全く対応出来ていない。順調ということである。

 我々が進んだ都市やその周辺部、主要進路を外れた位置にある都市の占領や包囲、説得は神聖公安軍の仕事であるが、彼等が追いついてこれていない。

 我々妖精が行う通常の徒歩行軍速度は、人間が無理を承知で行う強行軍に匹敵する。替え馬を何頭も持つレスリャジン部族騎兵なら難なく追従するどころか先行させられるのだが、鈍足の神聖公安軍は鈍足である。

「おい、あそこの農民兵共がへばってやがるぜ!」

「道路耕してんじゃねぇぞ! ガッハハハ!」

 とレスリャジン部族騎兵が、彼等には分からないだろうとセレード語等で喋るくらいに遅い。

 神聖公安軍の中で唯一追従してきているのが同胞系の傭兵団だ。

 ヒルド同胞団という傭兵が中心になり、各地の同胞傭兵や傭兵も時々やる流浪集団を吸収して拡大し、暫定的な組織編制をこちらの指導も合わせて行っている。鹵獲装備を優先的に分け与えて、後方連絡線の維持任務と同時に訓練を行わせている。将来的にはマトラに吸収する段取り。

 その責任者のヒルドという傭兵だが、表向きは従順だが人間に染まり過ぎている。略奪のような目立つことはしないが、周辺の村などの弱いところへ部隊を差し向けて安全保障料を徴収して回っているらしい。こちらに害は無く、現地同胞の情報に聡い者ではあるので処罰対象ではないが、要注意である。抜け目無い情報部が既に監視についている、気配がする。マトラの情報部は優秀で、正直自分の感覚では動きが察知出来ない。オルフで鍛えた心算だったのに。


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 五番目の都市はメローニ市。チザンペリ市と同じく、南北にボアリエラ川との接続運河を持つ。

 他の川沿いの都市と比べたら、接続運河を持っているくらいしか特色は無い。しかしここで初めて敵の組織的抵抗を確認できた。

 シトプカ千人隊の斥候が、旗の数と種類から敵複数勢力による連合軍が打って出てきたと報せたのだ。篭城ならともかく、こちらに野戦を仕掛けてくるとは良い度胸。

 行軍隊形から、戦場入場隊形へ移行させつつ斥候から順次情報を受け取る。

 少なくとも八カ国以上の連合。規模は一万以上、一万五千以下。大砲の数は騎兵砲が四十、通常の大砲は確認出来ないか、それより後方。こちらが行軍隊形の内に一撃食らわそうと、速度重視で動いているように思えるという。

 シトプカ千人隊は部隊を結集しつつ後方、側面から決戦を回避しつつかく乱攻撃に移らせる。彼等に追いつける部隊といえば騎兵だが”農耕鈍足ロバ乗りこそ格好の獲物だ”とグウェニャフ族長から伝言。これで会戦場所に敵の全軍が到着することは無いだろう。

 従軍司祭より現在位置からメローニ市までの地理情報を得る。地図と照らし合わせると、ピヴィア、メローニ間には障害となり得る支流や湖、湿地帯がいくつかあり、そこで優位な位置を先行して取るものと見られるが、意図によって前後位置は変わる。


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 地図の村や町、小都市の配置を見るとメローニ市は先に我々が行った目玉抉りの行列を自分の領地内でやられないように軍を先行させたようにも見える。

 メローニは連合の一角。たかが一角だが、このメローニを救わないのであれば連合の意義が失われるだろう。連合勢力の弱点は構成国を見捨てたら崩壊するところにある。

 メローニ東のグラッツァロロ要塞は川と支流と湖に囲まれて、東側からの攻撃に対して防御が固い。ここで持ち応えるのが定石かと思われるが、その要塞より東、外にメローニ市に属する街ポトスカノが存在する。ここは全くの無防備。この街を救助する動きと考えられる。住民の避難であるが、シトプカの騎兵がうろついているのでままならない様子。

 アロチェ川は現在、敵の勢力下にあるも同然。降伏、恭順した勢力の河川艦隊はまだ準備が整っておらず、遡上して来ていない。川からは離れて動く。

 ポトスカノに対して主力軍を配置する。迅速に攻撃して歩兵部隊を突入させ、住民を人質に取る。

 騎兵連隊は北部を迂回して農村部方面で人質を確保しつつグラッツァロロ要塞の北側を取る。

 神聖公安軍の人間部隊は全て後方、置き去り状態。追従している同胞傭兵達を後備戦力として置いておく。


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 状況が推移する。

 シトプカ千人隊とニ個騎兵連隊がグラッツァロロ要塞北側で敵部隊の一部を引き付けた。下馬した騎兵連隊は塹壕を掘って防御陣地を固めて拠点を作り、そこを避難場所にしてシトプカ千人隊が攪乱攻撃を続ける。

 敵は定住の、しかも都市兵ということもあってか騎兵の数が少なく質も悪く、刀と、撃つときは降りるか馬の足を止めるかしないと当てられない拳銃か騎兵銃装備程度の貧乏軽騎兵か錬度不足銃騎兵。走りながら弓射や施条銃狙撃を精確に行う訓練された遊牧騎兵には敵わない。敵は機動力を生かした打撃力を失いつつある。

 敵は北側に歩兵を投入しようにも塹壕からの施条銃射撃を受けては近寄れない。打開するための騎馬砲兵の展開は騎兵を殺された状態なのでシトプカ千人隊に、射程外や射角外から邪魔され続けている。この敵砲兵を翻弄する機動は東スラーギィでみっちりと訓練されている。

 そして敵は何とか接近しても容易に射撃が出来ない。人間の盾が設置されているからだ。そして騎兵連隊所属の騎馬砲兵隊による、射程を優越する施条砲による対砲兵射撃が一方的に敵の砲数を削る。加えて、もう一個の騎兵連隊は農村地帯で人質を狩り取り続けており、盾は増強される一方。

 ポトスカノの攻略は容易だった。重砲射撃で街の外壁は簡単に崩れ去った。それから臼砲による榴散弾射撃で、目立った防御施設もない街を制圧射撃した後に歩兵部隊を突入。守備兵のまともな抵抗も無く占領。

 敵軍はその様子を知ってか知らずかグラッツァロロ要塞から支流を越えてポトスカノ西側に展開を始める。またアロチェ川伝いに、河川艦隊からも兵を上陸させて展開する。一方は橋を渡り、一方は船からという条件なので隊形の延翼は遅い。折角一万近く揃えた兵も台無し。

 ポトスカノ西側とアロチェ川から上陸してきた敵部隊には展開前、整列前から砲撃を加えて陣形を組ませない。榴散弾の雨で動きと陣形を乱し、その間に二分した歩兵部隊を双方へ接近させる。先行する猟兵が狙撃を加えながら敵との距離を測りつつ指揮官級士官を優先して撃ち殺し、指揮統制が崩れている敵へ戦列など組まずに最速で、歩兵部隊が散兵隊形のまま撃ち始める。歩兵砲射撃も加われば圧倒的。撃ち崩して距離を詰めて突撃兵を先頭に突撃で撃破。

 敵部隊の展開阻止が良好に推移し、歩兵部隊にだけ任せて良い状況になったら砲兵には河川艦隊への砲撃を命令。不沈の大地から性能に勝る大砲の射撃と、穴が開けば沈没する旧式砲装備の船とでは勝負にならない。敵河川艦隊は川の流れに逆らって撤退しようと試みている内に沈没するか、榴散弾で乗員を殺されて沈黙。

 末端であるポトスカノを助けようと考えたために本体も危険にさらしたメローニと連合軍の浅はかさに飽きれる。お遊戯みたいな戦争しか経験してこなかったためだろう。

 ここまで状況が移れば敵の出せる手も限られてくる。歩兵と砲兵を抽出してグラッツァロロ要塞北側へ迂回させる。

 敵軍が打って出ることにより時間が失われて来ている。素通りするようにはいかないか。

 夕暮れ時に迫る。グラッツァロロ要塞の東側正面は後備の同胞傭兵団に任せる。人間の盾をある程度与えておく。

 本隊は北側を迂回。シトプカ千人隊にはもうこの場を離れてメローニより先の街道封鎖へ移るように命令。

 残る敵軍は、遂に騎兵連隊と人間の盾を破れずに攻撃を諦め、グラッツァロロ要塞に篭城してしまっている。

 敵の砲兵がいつまでも戦場に現れないことが気になるが、存在しないのか、補助する部隊がおらず単独運用するわけにいかないということなのか不明。都市防衛を固めるために使われているのか? 偵察情報を待つ。

 ここで恒例の戦法。まず手近なグラッツァロロ要塞の前で、彼等が救えなかったポトスカノ住民が、泣き叫びながら目を抉られて列を組まされる様を見せる。見せたものはメローニ市へ直接送る。両拠点には勿論、従軍聖職者が降伏勧告を出しに行っている。

 目を抉って送る警告を続けながら、メローニとグラッツァロロ要塞に対する砲撃準備を整える。弾薬はまだあるが、浪費はしたくない程度に残りは少ない。遅れが出ないように順次輸送されているのだがこちらの進撃が早過ぎる。火薬は鹵獲、供給分があるし、銃弾は携帯器具でも鋳造出来るが、機械信管の砲弾は現地で作れない。実体弾なら作れるが。

 鹵獲した旧式砲と砲弾を使って砲撃する手はずを整える。

 グラッツァロロ要塞に降伏を促す砲撃を一定間隔で続け、良く泣く女の子供を嬲り殺すこと五人目、六人目の手首を落として顔の側面に縫いつけて「降伏したら可愛いうさぎさんをあげるよ! 要塞の皆でおちんちんしてもいいんだよ!」と担当官がやったらようやく降伏。従軍聖職者と敵軍指揮官にはメローニへの降伏勧告に行かせる。

 しかしメローニ市は夜になっても降伏しなかった。浮き橋を作って川を跨いだ包囲陣形を取り、降伏を促す砲撃を市内へ撃ち込み、周辺から集めた住民の目を抉って列を組ませて城門に送り、良く泣く子供の嬲り殺し、加工しての半殺しも続けたが頑なである。守備兵がどうにかしようと勇気を出して城壁の外に出ても猟兵が撃ち殺すか、捕らえて降伏勧告用に使われる。

 その状況を見かねた降伏したグラッツァロロ要塞の指揮官が、情報の提供と引き換えに残虐行為をやめるようにと提案してきたが、さてその情報が確かかどうかは信用し兼ねた。情報の裏を取るように命令を出したが、とりあえず一晩続けた。


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 朝になり、風の奇跡による帆走補助を受けた足の早い船を使って要人が遡上、包囲陣に到着する。その要人が持つ情報によって裏が取れ、状況が変化した。

 ロベセダ地方の都市連絡会議がエパルノで開かれるという情報が確定。連合軍を作る会議があるからと、それに合わせてあの軍は集結中だったのだ。既に連合軍を作ることは合意が得られているが、指揮系統とか予算配分だとかは決まっておらず、それをまとめる会議になるという。であるからエパルノを今から急襲して抑える。ロベセダ各国が連合したくても出来ない状況に陥れる。メローニの陥落は後回しで良い、エパルノを叩く。包囲は同胞傭兵団と後続の軍に任せて南下する。メローニからボアリエラ川へ向かう運河の中間地点にそのエパルノはある。丁度、ロベセダ地方の中心部。

 連合をするためにはそれぞれが接続しなければならない。どれほど仲が良かろうと、接続しなければ手を結べない。そもそも連合をする意志を示して相手に伝えることすら連絡がつかなければ出来ない。その連絡が出来ないならば、自然と連絡が出来ない状況に対応しようとする。己の弱体を認識した行動を取るのだ。降伏や恭順である。

 塩戦争。エデルト軍がベランゲリを急襲し、連合しようとしたオルフ諸侯を各個撃破した戦いを参考に出来る。あの時は皆が連合する意識を持っていたが、ベランゲリを取られて物理的に連合する術を失い、連携が取れずに破れた。相手方と連絡がつかないから、共同作戦を取りたいと思っても取れないのだ。

 手紙程度で連絡が出来ても往復する間に時間は過ぎるし、エデルト軍は縦横無尽に機動して各国軍を撃破して回っているから状況が掴めない。どこの軍が無事でどこの軍が撃破されて、どこの軍がその状況に諦めてしまって撤退したかが分からずに手出しのしようが無いから降伏したり、裏切って勝ち馬に乗ったりして生存を図る。あの時はしてやられた。あれをロベセダに適応する。

「サヴァルヤステンカの戦姫がご存命とは驚きだ」

 要人は、親しくはないが旧知。オルフ最後の妖精”小”公国、アストラノヴォの辺境の中でも辺境、リャジニ地方にあった小国を今でも覚えている人間はオルフの外では少ない。

 胸に手を当て、足を引いて貴人礼。相手は第十六聖女、悪魔殺し、聖なる巨人、世界喰らい、砲弾取り、エデルト最強の男ヴァルキリカ。

「しぶとくなければオルフでは生き残れませんので。出ちゃいましたけど」

「良い歳だというのにまだやんちゃか。ああ、妖精には関係ないか」

「ええ。こちらは今からエパルノを攻撃しに行きますわ」

「お前等がここを包囲していろ、折角の包囲陣が勿体無い。こっちがエパルノ攻略部隊を出す。それにあの街には用事がある」

「確かに、でも鈍足なあなた方に任せていたら作戦に不備が生じますので我々が行きます。その前にメローニの防御施設は砲撃しておいて差し上げます」

 降伏勧告に応じれば撃つ必要は無いのだが、そうでなければ撃たなければならない。

「はっ。今落としてやる」

「何と?」

 ヴァルキリカ猊下が不敵に笑う。いつもそのように笑っている印象だが、これは牙を剥く笑いだ。

「見てろ、朝飯前だ」

「なりません猊下! このようなところで」

 お付の聖職者が諌める。最高指揮官どころでは済まされない肩書きの人物が要塞突撃とは、我が軍の頭領閣下でもあるまいし。

「うるさい。このお洒落な妖精さんになめられるのは我慢ならん」

「あら殿下、準備砲撃ぐらいして差し上げますよ」

「いらん!」

 という言葉は無視して砲撃命令を出して伝令を走らせる。それと包囲陣の撤収と、運河沿いに南、エパルノへの移動命令も出す。

「いらんと言った」

「確かにそのように聞こえましたけど、そちらのお付の方が大変そうでしたので」

「いらんと言ったぞ」

「猊下! 聖女ともあろう方が城壁へ一番乗りなどありえません!」

「だがな」

「だがもしかしもやっぱりもありません。駄目です、駄目と言ったら駄目駄目駄目です! その身に何かあったら何をどうやって取り戻せますか」

 聖女の舌打ち。

「……あー、分かってる。久し振りに戦えると思ったのにな」

 良い歳とご身分だというのにまだやんちゃなようで。


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 メローニと同じく、エパルノに集結中の二万を超える軍が打って出てきた。包囲されて都市に閉じ込められ、延々と住民を嬲られる姿を見るのは嫌と見る。

 ファランキアなどと違い、内陸国家なだけはあってか諸都市の連合とはいえ陸軍の動員が早いように思える。

 河川艦隊の支援は受けられないので、運河東岸を、水際から離れて移動する。土地は平野部ばかりで、農村地帯。非常に動きやすい。夏の内なので雨も少なく、泥濘に苦しむことはない、

 敵もこちらも分かりやすい会戦を行うことになった。

 我が軍は北に位置し、敵は南側。西のやや遠くにある川にはロベセダ連合軍の河川艦隊がいる。東の方角は広い農村、牧草、雑木林が組み合わさった地帯。神聖公安軍の影響が及ぶか及んでいないか明確ではない極小勢力がいる程度。精々が村の若い衆を集めた農民兵が関の山だが、敵の迂回攻撃を警戒する程度の歩哨を立て、側面攻撃に対応出来る部隊を配置。

 あまり高くはないが、水平に向こう側を見渡せない丘がある。丘の頂上より北側、こちらの登頂を阻むように軽歩兵部隊が広く展開しているのが見え、我々の進撃の早さが想定以上だったか野戦砲台を建築したり、大砲を展開して弾薬車を移動させている最中。軽歩兵も右に左と動いている。そんな隙を見逃す必要は無いので防御を固める前に重砲でその作業を阻害させる。

 作業をしている敵に少々驚かされたのは、多少は高地にいるとはいえ、こちらの施条重砲に対して、照準は焦っている上に下手だが撃ち返して来たことだ。それも十分に有効射程圏内で。

 しゅるふぇ号計画に則って国外輸出していた我がマトラの装備をエパルノ連合軍は持っているのだ。装備が互角の戦いになるかもしれないが、錬度と運用の差で勝つ。

 如何に優れた大砲であろうとも照準の早さと正確さが対砲兵射撃の行く末を決める。我が砲兵の照準調整は素早く、最小限の観測射からの効力射への移行により、敵砲兵が榴散弾で壊滅する。

 敵砲兵の榴散弾もこちらの砲兵、または待機中の歩兵に命中するがある程度の死傷者を出しただけに留まって組織崩壊に至らない。

 敵はこちらの榴散弾を受けたら逃げ回り、大砲を放棄し、死傷者砲兵の補充要員も乏しいのか操作要員を再配置することも稀。

 砲戦の最中にも歩兵部隊を、猟兵を先頭に前進。狙撃銃と重小銃で敵を各個狙撃する。大砲だけではなく敵も施条銃を装備している軽歩兵だが、それを凌駕する有効射程を持つ長距離小火器には対応出来ていない。猟兵達は風景に紛れ込むようにして、敵指揮官を優先して狙撃し敵の統率を乱す。勿論、対砲兵射撃を終えた重砲も順次榴散弾を敵軽歩兵に浴びせて撃破。

 丘の北側の敵軽歩兵、砲兵隊は猟兵に追いついた歩兵部隊の射撃も受けて南側に後退した。砲兵を前進させる。

 左右に派遣した斥候からの情報。敵は東からも西からもいつでも騎兵部隊をこちらの側面に送れるように配置している。警戒部隊がいて詳しい陣容はまだ観測出来ていないが、丘の頂上を乗り越えた南側には斜面を乗り越えてきた我が軍を一斉射撃する体勢で敵本隊が待ち構えているという。

 それに加えて、つんけんしていると思いきや、集団魔術ならぬ大奇跡警戒用にヴァルキリカ猊下が「とにかく勝て」と貸してくれた、奇跡や魔の流れの探知に敏感な修道士が「丘の向こう側に大奇跡を準備している者達の祈祷を、術を行う力の流れを感じます」と警告してくれる。

「術の種類は分かりますか?」

「我が神聖教会が得意にするのは”裁きの雷”です。神聖教徒はそれを得意にする意識を持っております。ですから、それ以外の有効的な大奇跡となると非常に高度で長期間を有する訓練が必要になります」

「神聖教会のご本山を敵に回している者達が、その得意以外を扱えるような訓練された集団を抱えている可能性は非常に低いということですね」

「そうなります。ですが、絶対の保証は出来ません」

「それは当然。服装は、聖職者の格好ですか? ロベセダは神聖教会に対して反抗的に見えるので、以前から聖職者ではないそういった奇跡を使う、祈るでしたか、集団がいるのではないかと思うのですが」

 神聖教会圏で奇跡、魔術を使う者達というのは聖職者が多い。使える者達は大概、待遇の良い教会へ身を寄せるし、集団で扱う大奇跡のような高度な技術を保有しているのも教会だ。才能がある子供を集めていることもある。

「アタナクト派ではない非主流派の者達がおります。それから領主や資産家が直接経営する教会や修道院、貴族出身の聖職者の私兵集団もあります。それらを寄せ集められれば、まずは必要な人数だけは揃うでしょう。見分けがつかないと指揮官が困るのはご承知の通り、多少それぞれの所属団体で意匠は違うと思われますが、僧衣の集団が該当するでしょう」

「そうなると寄せ集めなだけに、揃って扱える術の種類も限られ、皆がまず習得するような”裁きの雷”ぐらいしか使えないだろう、ということですね」

「そうなります」

「一応、それ以外にも警戒しておく必要があるものは?」

「”盾の聖域”と”追い風”でしょうか。扱いの難しい”浄化の炎”は直撃すれば致命的ですが除外して良いでしょう。火器登場以来廃れ気味です」

「”盾の聖域”とは? 詳しく知りません」

「広範囲、そう、祈祷人数の三十倍程度の人数幅を守る光の盾の奇跡です。百人で横三千の密集隊形を覆えます。矢や銃弾なら光の盾に触れると失速して落ちます。砲弾は完全に抑えられませんが、被害数は極小化します。横幅を狭めて縦に厚くすると砲弾も防げますが、それだと今度は皆を守れないですし、厚さが均等ではないと余程の熟練者でなければ制御が難しいです。この大奇跡には調和が求められます。優れた合奏のように調和しないと崩れて、相互干渉を起こして崩壊してしまうのです。これは高度な大奇跡ですのでおそらく寄せ集めの彼等には難しいでしょう。小範囲で個別に行う可能性はありますが」

「”追い風”の威力は」

「最大瞬間的な突風を直撃させるなら余程の大男でもなければ立っていられません。風に押されて転ぶだけと言えばそれまでですが、戦列を組んで戦う場合にやられれば致命的でしょう。緩めに長く吹かせて、相手の目を乾燥させて射撃命中率を下げて勝ったという事例もあります。ただこれは”裁きの雷”と違って地味で好まれませんが。海軍では帆走に使えるので好まれますね。沿岸諸国なら扱える者も多いですが、川があるとはいえこの辺は内陸ですから修行している可能性は若干低くなります」

「”浄化の炎”も」

「矢よりは短く、槍より遠い範囲を炎で焼き払います。矢より短いとは言われますが、投槍ぐらいの距離が限度ですし、あまり遠くまで焼き払う威力にしますと返ってくる熱が酷くて祈祷者も焼け死にます。制御が悪いと前だけではなく横にも、後ろに若干返ってくるのが恐ろしい。安全を考慮して水で濡らした帽子や衣で全身を覆って行うのが普通で、その格好は見れば分かります。隣に銃兵、砲兵などがいると誘爆の危険性が高いので、火器が普及してからは好まれませんし、祈祷者にも危険が及びますから死を覚悟して修行しなくてはいけません。昨今では特別な集団でなければ修行すらしません」

「参考になりました」

「他にも奇天烈な奇跡はございますが、そういう珍しい奇跡を扱える者は往々にして個人か数人か、その程度に限られます。良く皆が扱える奇跡でなければ大奇跡に応用出来ません。皆が扱える奇跡は大体にして聖典に記載されております。されていない奇跡は、おそらく哲学的な理由で扱い辛いのでしょう」

 マトラの工兵隊にも、器用だからと術使いは配置しているが出来ることがバラバラなので組織的ではない。集団魔術の技術が欠如している。この点では敵に劣っている。火力で補うしかない。

 敵は丘の向こう側で待ち受けている。わざわざ有利を活かさせてあげる必要は無い。

 敵が見えない位置というのは往々にして敵からも見えない位置である。その見えない位置に臼砲と重砲、重火箭を配置。斥候に、草むら等に潜伏させながら丘の向こう側を観測させる。間接射撃だ。

 榴弾と榴散弾、焼夷弾頭の重火箭で丘の手前から敵部隊を砲撃する。斥候からの情報を下に、各隊は細やかに弾着修正を行って敵を撃破する。優先するのは勿論、敵砲兵。

 敵も運用方法に未熟とはいえマトラの大砲を持つ。正確では全くない砲撃が丘の手前にいる我々に降り注ぎ、若干の損害を出すが、対砲兵射撃に勝利してから一方的に撃ち続ける。

 敵は黙っていれば不利なままの状態に陥る。丘の頂上、斜面を利用した迎撃体制は維持しておかないと我々の攻撃に耐えられないことは分かっているだろう。反撃か撤退か、現状維持は有り得ない状況になる。

 兼ねてより斥候が確認していた、敵の左右に配置されていた両翼の騎兵部隊が前進し始める。

 予備に待機させていた騎兵連隊を投入。迎撃に相応しい地点に移動させ、下馬して騎馬砲兵とともに陣形を組んで迎え撃つ。

 敵の騎兵は良くない。金の掛かる重騎兵はなく、代わりに素早いというよりは重装備が出来ない型の軽騎兵と、乗馬戦闘に堪えられない乗馬歩兵の銃騎兵である。こちらのマトラ騎兵も乗馬戦闘に堪えられないという点では同じだが、歩兵としては十分過ぎる程に優秀。

 敵の騎兵は軽装備の割りには足が遅い。襲歩も長くは出来ないのでゆっくり進む距離が長い。

 その遅い敵騎兵を側面警戒に当たる歩兵部隊が横から銃撃を浴びせる。予備の砲兵隊が、射撃機会は少ないながら砲撃を浴びせる。待ち構える騎兵連隊の下馬騎兵が正確に施条銃を扱って撃ち倒し、騎馬砲兵の軽砲が銃撃よりも早い装填速度で砲撃し、まず榴弾の爆発で脅して爆音調教の未熟な馬を混乱させ、榴散弾で騎兵突撃の陣形を殺して崩し、何とか接近した一握りの優秀な騎兵を缶式散弾で壊滅させる。

 迎撃が済んだら騎兵連隊に側面警戒の歩兵部隊、予備砲兵が側面から敵軍へ攻撃させる。

 そうしている間にも砲撃で崩れた、丘の頂上の向こう側の敵迎撃陣へ向けて歩兵部隊が前進。高所の優位を取って銃撃を開始。警戒していた敵の大奇跡部隊だが、榴散弾を浴び続けられる程に信心深くは無かったようで、僧衣の集団の姿は見れたが、隊形を維持しているようには見えなかった。猟兵が僧衣の彼等を重点的に狙撃し始める。

 ”盾の聖域”が見られた。思ったよりも広範囲ではなく、自分達を守るのに精一杯の規模だが分散して現れた。戦場に光の安全圏とは眩い限り。

 丘の頂上の安全が確保されれば砲兵も前進し、丘の高所より敵を大砲で撃ち下ろす。見渡せる高所は弾着観測も容易。特に”盾の聖域”を狙って撃たせれば、榴弾の一発では光ったままだが、二発で光が明滅し、三発目で吹き飛んだ。

 敵の歩兵は戦列歩兵戦術が中心。一度隊形が崩れて指揮系統が不明瞭になれば混乱して動きが鈍い。指揮系統が活きていても、隣の隊の隊形を気にして自由に動けていない。密集しなければ混乱、壊走を招くから固まるように指揮官は命令しているが、その密集隊形こそが砲撃の良い的。榴散弾を浴びせれば隊列ごと倒れ伏す。

 一斉射撃は派手で威嚇力が強いが、同胞兵士に威嚇は意味が無い。むしろ撃つ流れが号令と動作で観察できるので直前で伏せて避けることも出来る。

 密集陣形での突撃は衝撃力があるが、同胞兵士はそんなものはまともに相手をしないで走って距離を取り、砲兵支援を待つか、懐に侵入させてから包囲射撃を加えて撃滅する。勢いが強くて対応が難しい場合は予備待機中の疲労の少ない突撃兵が拳銃を両手に突撃して迎撃粉砕する。粉砕したら戻る。

 我が軍の歩兵は、密集隊形は組まずに自由に撃ち掛ける。号令だとか整列する手間を省いて動くから早い。小隊単位で前進、停止を自己判断し、時にはその場で地形を利用しつつ簡易な塹壕も掘って前進拠点を設営し、そこへ歩兵砲も招いて据え、更に前進する味方のために援護射撃する火点を形成。守りを築いて落ち着いて抵抗の激しい敵から銃砲射撃で制圧する。

 そして望遠鏡で眺めれば遥か南方、小部隊だがゼクラグ指揮下でボアリエラ川沿いで活動しているフダウェイ千人隊の一部が敵軍の後方でかく乱攻撃を行っている様子が確認出来る。

 頃合。突撃命令を出す。

 予備待機中の損耗疲労がわずかな突撃隊が、号令の号笛を吹く指揮官に導かれ、拳銃を両手に持ち、陣形が崩れて一部が壊走している敵を撃ちながら、接近しては棘付き棍棒に持ち替えて殴り殺す。

「突撃!」

『突撃!』

「突撃するから突撃たーい! 人間共をぶっ殺せ!」

『人間共をぶっ殺せ!』

 後追いで銃兵も銃撃しながら銃剣を構えて前進、銃剣で刺し殺し始める。

「着剣、突撃!」

『突撃!』

「戦場を、征服するよ、歩兵隊!」

『戦場を、征服するよ、歩兵隊!』

 歩兵部隊が波になって、崩れた敵陣を覆って薙ぎ倒して踏み潰し、エパルノ連合軍の多彩な軍服が絨毯になっている。

 騎兵連隊も側面確保の機動から、追撃行動に移る。乗馬戦闘は正直まだまだ下手な彼等だが、逃げる敵の背中に刀を振り下ろすぐらいは問題無い。下手といってもレスリャジン部族騎兵に比べれば、である。

「お見事です」

「あら、どうもありがとう」

 修道士に褒められた。同胞達はあんまり褒めてくれない。


■■■


 エパルノ近郊で敵野戦軍を撃破。従軍司祭がエパルノ市に対して降伏勧告を出したところ、回答が引き延ばされた。

 この戦いで獲得した捕虜の目を抉って列にして送り届けて、挨拶代わりに榴散弾を都市上空で炸裂させたら降伏した。

 それからエパルノ降伏の情報を、まだ降伏していなかったメローニに届ければそちらも降伏した。

 エパルノにはロベセダ中の有力者やその代理人が集っているそうで、ヴァルキリカ猊下が話し合いに向かうという。メローニへ引き返しに行く時に猊下の御座船も確認できた。

 エパルノ攻略時点からまた軍の調整を行う。ゼグラグ第二師団長がシェルヴェンタを迅速に攻略出来るように重砲と臼砲大隊を第二師団に分け与えるため、フダウェイ千人隊に託してボアリエラ川方面へ向けた。両大隊の指揮権は第二師団砲兵指揮官ストレムに一時移乗される。ロシエの武力干渉が始まる前に落とす必要があり、火力は充実している程良い。我が方の火力の不足分は、エパルノ連合軍から押収したマトラ製の武器で補う。ちゃんと吊り合いは取れている。

 第四師団はアロチェ川上流へ引き続き向かい、ガートルゲンへ抜ける街道を確保する。傭兵だとか降伏軍、協力軍が集ってきたのでシトプカ千人隊も、火力を支えてくれた独立補給旅団も第二師団支援へ向ける。我が軍の行軍速度に追いつける同胞傭兵団もつけることにした。フェルシッタ傭兵団も、お守りがいなければ追従出来るそうなのであちらへ回す。

 今はガートルゲンへの道を確保することよりも、ウルロン山脈を越えてから後背を脅かされないことの方が重要だ。本軍は既にウルロン山脈を北へ突破し、ファニット伯軍、フュルストラヴ公軍を野戦で撃破し、ウルロン山脈北麓の中心都市オルメンを降伏させるに至った。橋頭堡は確保されている。これが北側ではなく南側から圧力を受けることにならないようにしなくてはいけない。

 そんな本軍の進撃は早過ぎたようだ。ラシージ軍、そして我々がウルロン山脈北麓へ突破を果たさなければこれ以上の進出は兵力不足で、流石に無謀となると連絡が来ている。親分の軍はそろそろ神聖公安軍へのセナボン引渡しも終わるだろうから、こちらは南部での地盤固めを優先するべきだ。

 北の戦線ではそろそろエデルト軍が攻め入り始めるようだが、奇跡の名将と名高いシアドレク獅子公が北部諸侯連合を結成したとの噂でその攻撃も容易ではないだろう。

 アソリウス島嶼伯軍が本軍を後追いして支援に向かっているが、どこまで助けになるかは不明。

 後方整理用に、我が同胞の二個独立保安旅団が現地人聖職者の指揮下に入ったとも連絡が来ている。

 頭領閣下は何を考えているのだろうか。確かに、現地に詳しい者が保安任務を遂行するのは利に適っているだろうが、他所の者に軍権を分割するとは何事か。

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