第251話「悔しい、でも」 ゼクラグ
しゅるふぇ号計画及び、レスリャジン部族の未来を考えた戦略により、今年の夏までには神聖教会圏へ遠征軍を派遣することになった。それは機密事項であり、察知しようと活動する国外勢力の諜報員の摘発は今まで以上に厳重としている。同胞の中に人間が、また訓練された他所の同胞がやってくれば明らかに浮いて、分かってしまうことではあるが。
遠征軍に参加するので体力作りが必要だ。走練を行う。
高級将校といえど体力が無ければ前線で動き続けられない。軍刀を掲げて先頭に立つこともある。突撃兵や猟兵、偵察隊程ではないにしろ、軽装状態で完全装備の歩兵程度は動けなくてはいけない。
自分のような、軍政顧問は解任され、マトラ人民義勇軍第二師団師団長の任を拝命した高級将校ならば特に鍛えなければならない。前線に出るのだ。今までのような事務方では済まされない。
師団長級の役職ともなると会議に実務に追われて運動する気力も機会も、時間を割いて設けなければ作れない。今日は雪が少し振る中、マトラの八番要塞周辺を走る。
古傷は大分良くなったとはいえ、スラーギィでの軍政任務でも頻繁に移動を繰り返していたとはいえ、走る度、地面に足がつく度に衝撃が全身に障る。火傷のせいで汗を掻く生理に異常があるせいか、何やら体調も良くない。それから足首、膝より先に腰や背中、首に違和感を感じるのはやはり地雷の衝撃で骨格に異常が生じたせいなのかもしれない。
負傷、体調不良如きで同胞の未来に一寸でも陰を落とすわけにはいかないというのに情けない!
「古傷が痛みますかな」
ボレス第三師団長、ぷよぷよぽよんのデブのくせに走るのが速い。あっさりと自分を追い越し、周回を足して後から追いついてきて併走してくる。東マトラで山岳兵を率いていただけのことはある。
「うるさい」
「はっはっはっは!」
ボレスは走り去った。あの揺れる顎と胸と腹と尻のどこからあの早さが生まれるのか不思議だ。
ジュレンカ第四師団長が肘関節を背後より不意に掴んでくる。
「何だ?」
「先導して下さる?」
「散歩とでも言うか!」
「あらあらあら、怒っちゃ嫌ですわ御機嫌良う。おほほほほ!」
ジュレンカは走り去った。貴族風の嗜みか何か知らないがそこそこ着飾った上に息も切らさず汗も掻かない程度に走ってあの早さだ。
この二人は自分を追い越し、そして背後から近づく度にからかってくる。非常に腹立たしい!
ゾルブ第一先任師団長が併走。この人に何か言われたらもう、どうなるか分からない。
「君は馬か驢馬を常に使いなさい。周りに合わせて徒歩で行動する必要は無い」
「……はい」
衝撃的な事実に向き合わなければならない。かつては遠路であろうが補給に困窮しようが敵を撃滅しながら長距離を長期間歩き続けられた自分が、客観的に評価するゾルブ閣下にそう評価されたのだ。もし役目が無かったのならこのまま死んでしまいたい。爆薬を抱えて敵を巻き添えに木っ端になりたい。
次に併走したのは……ラシージ親分!
どうか、何も言わないで下さい。あなたにまで言われたら自分は……。
……あ、あんまり早くない。
■■■
指摘されたことに対して改善を行う。乗馬訓練だ。基本は分かっている心算だ。
馬に乗って常歩、速歩、駈歩、襲歩を繰り返しつつ、左右旋回を行う。駈歩までは問題ないが、襲歩にまで加速すると体に響く。そして響いて体が固くなったのを馬が感じて、襲歩を直ぐに止めてしまう。訓練中ならともかく、これが敵に追撃されている最中だとすると致命的だ。
乗馬中は、暇なジールトが併走して乗馬指導をしてくれる。
「お馬さんの気持ちを考えようゼクャーカ! お馬さんはびしゃびしゃに濡れたくない。寒かったり暑かったり、汚かったりするのは嫌い。うんちおしっこだらけのところで休みたくない。怪我しそうなところは行きたくない。茂みとか、石だらけとか、枝や葉っぱが一杯は嫌。うるさいのも嫌い、我慢は出来るけど。乗っている人が怯えていると、可哀想って思ってあんまり動かない。意地悪する馬もいて、邪魔だからって振り落とそうとする。邪魔だと思うのは乗り方が気持ち悪いから。気持ち悪くしないようにするためにはぴったりお尻をくっつけること。揺れたら重心を動かして自然に流れて、行ったり戻ったり、お馬さんに負担をかけないこと。可愛いってやれば、向こうも好きってしてくる。疲れるとあんまり動きたくないし、お腹が空いたら食べたいし、喉が渇いたら飲みたい。息が苦しいと当然休みたい。苦しい思いをしてまで乗っている人の言うことを聞きたいかは好きか嫌いかで決まる。当たり前のことばっかり。自分が馬だったらこんなのがいいなってことを思って動けば大丈夫! 後は尻の皮を剥いて厚くしよう。尻が擦れて痛い痛いって思って乗ってると、お馬さんも痛いの可哀想って思うもん」
幼年者と馬鹿にすることなかれ。騎馬遊牧民程に馬に詳しい者はいないのだ。その指導を聞き入れる。
疲れて、集中が切れて乗る姿勢が崩れると「ゼクャーカ、背筋伸ばす!」と声が飛ぶ。
馬を走らせられる広い場所では他の騎兵も訓練をしていることがある。
ギーレイの犬頭獣人奴隷騎兵が得意とする、抜刀状態で右手に刀を保持して刃を前腕に寝かせつつ、弓を構えて矢を番えて射る技がレスリャジン部族にも浸透している。精強な獣人奴隷騎兵が訓練指導し、馬上で刀と弓を両方手に弓術、剣術の訓練を同時に行っている。
馬を乗りこなすのは当たり前。その上で射撃戦と白兵戦を、集団戦を意識して巧みに行っている。相手に剣戟で押される、馬上から蹴られる、組み合って時には短刀に持ち替えて馬上相撲に組み打ち、馬同士がぶつかって体勢が崩れるのは当然のこと。両手に弓と刀を持っているのだから手綱も持たず――一緒に掴むこともある――に馬を操り、前後左右に動き、利き手に武器を収める位置や馬首を意識して有利な位置取りを心がけ、股と腰の力だけで落馬を凌いで、攻撃を受けるだけではなく反撃に転じる。
弓矢といえど至近距離でも敵を射殺せるのだから遠距離だけではなく至近距離で射ることもして、弓を使わず矢を槍のように応急的に使い、同時に刀も振るって、刀で敵の剣戟を受けつつ咄嗟に弓矢で少し離れている敵を射るなどの複雑な戦法も指導されている。あれらの真似など一朝一夕、一年二年で出来そうにない。
「あそこまでやるのはまだゼクャーカには難しいよね」
一生を費やしてどうか、という程だ。
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末端はともかく、高級士官級以上には魔神代理領共通語教育を行い、そしてフラル語通訳官を増やす必要がある。諸外国の者と意思疎通を行う時にはマトラ語では用事が足りない。
遠征軍を組織するとなれば外国語話者が必要。単純に獣を駆り立てるように戦火を拡げるわけにはいかないのだ。
魔神代理領共通語教育の普及は、今回の神聖教会圏への遠征だけではなく、今後を見据えてのこと。世界中で通用する言語となればまずは魔神代理領共通語だ。一応、宗主国が”共通語”とわざわざ銘打って普及させている言語でもある。この言葉は神聖教会圏でも知識層にならばある程度通用する。
現地協力者が得られるとは聞いているが、神聖教会圏での共通語であるフラル語を扱える専門職員は必要だ。一から育てるのではなく、そちら側から来た同胞や、フラル語は扱えるがそれと関係ない役職に就いている者を探し出して割り当てる。
マトラ、スラーギィ、イスタメル圏内で活動するのならわざわざ言語教育、通訳官を増員する必要は無いのだが、やはりマトラ初の大規模国外遠征である。派遣兵力も史上空前、六万五千である。その大枠を十分に支えるだけの言語能力が必要とされている。
マトラ人民義勇軍の定数は二万名、東方遠征でその数をやや減じて帰還した。
マトラ人民義勇軍の補充部隊として組織された予備隊は五百名を基幹として若干の増員を行っているが一千に届かず。
そして六万五千兵力の予備兵力として更に補充部隊一万余を確保することになっている。外人妖精連隊を人民義勇軍に編入することにはなっているが、予備民兵旅団や第五師団の編入は出来ない状況である。
しゅるふぇ号計画の重要性を考えれば国内生産力を減少させてまで動員を行っても十分な対価は得られよう。憎き我等と先祖の仇である聖戦軍共に力を見せる絶好の機会ならば多少の無茶もする。
労働者を大規模動員して新式装備訓練を施すにあたり、産業別民兵体制を用いる。アッジャール侵攻時のように第十次動員までする必要は無いが、まずは第五次動員、五万名の確保を暫時行う。追加一万名分の装備が確保され次第、第一次動員を行ってその一万名に装備を与え、訓練に参加して遠征に備えるということを五回繰り返すように予定表を組む。これで七万名余りの兵力が確保出来る。七万五千名余まで拡張するのだが、残る五千名は第六次動員ではなく、生産力調整を行いながらの選抜徴兵方式を取る。
兵力の増強は工業生産力の低下と引き換えになる。人口増加と熟練技術者の増加、先進的工業技術の導入で効率的な生産活動が行えるようになってきたのでアッジャール戦時のような状況には陥らないが、不足する需要を満たすために輸入が必要になる。輸入用外貨は魔神代理領軍務省より支給される独立武装集団レスリャジン部族への支払金を充てることになっている。当然のように遠征軍にはレスリャジン部族軍が参加し、その兵力は一万騎。彼等へ支給する新式装備を生産するのはマトラであるので何もおかしいところはない。
生存圏の確保としゅるふぇ号計画推進の兼ね合いからどうも外部との取引には忌避感を覚えている。しかし優先すべきはしゅるふぇ号計画である。計画推進によって生存圏拡大への足掛かりになるのである。
出征するマトラ人民義勇軍は六万五千余。基幹となるのは主力四個師団。一個師団あたり定数は一万四千。四個で五万六千。
八個歩兵連隊。
三個騎兵連隊。
二個砲兵連隊。
一個工兵大隊。
一個補給大隊。物資管理と戦場での再配置を行う。実際に物資を後方から前線に運ぶのはナレザギー王子の会社や聖戦軍側の商人など
これに加えて独立部隊が九千。
二個独立山岳歩兵大隊。
一個独立工兵旅団。
一個独立補給旅団。
二個独立保安旅団。
一個独立工作大隊。
補充要員。専門教育はあまりせず、基本的な銃兵教育のみ行う予定。
二個”先発”補充旅団。
三個”後発”補充旅団。
各歩兵連隊には歩兵砲として施条軽砲が配備される。
狙撃兵用装備に三十四式ヤンフォールン狙撃小銃とは別に、格別に長距離狙撃用の重小銃を配備。立って保持して撃てないぐらいに重く、反動が強くて砲に近い。二人一組で運用し、銃撃距離外から敵指揮官を正確に早期に排除する武器として考案された。散弾も使えて制圧能力の高い旋回砲と違って中途半端過ぎるという意見もあるが、旋回砲では条痕を刻んでも敵指揮官狙撃など出来ない話だ。
騎兵だが、妖精騎兵は騎乗歩兵隊として扱う。下馬戦闘重視で乗馬襲撃は考えない。
第一から第三の砲兵連隊には施条砲を四十門ずつ配備。
第四から第五の騎馬軽砲兵連隊には施条軽砲が四十門ずつ配備。歩兵砲と同一のもので、装備を共通することにより生産力の圧迫を少しでも防いだ。本来なら用途に合わせて歩兵砲と騎兵砲にするべきだが、両用に耐えるということで同規格となる。個人的には分けるべきと考える。
第六の臼砲兵連隊には臼砲を三十門配備。攻城戦を意識した大口径型。
第七の重砲兵連隊には施条重砲を二十門配備。大口径規格の攻城用重砲。ランマルカでは組み立て式”超”重砲計画があると技師が言っていたが実戦配備は未来の話のようだ。
第八の噴進砲兵連隊には大砲ではなく、重火箭と連続発射装置が配備される。重火箭とはジャーヴァル等で運用されている火箭を大型化したものだ。
山砲や歩兵砲、旋回砲などの各種砲を計算しないで二百五十門の大砲が揃っている。
ゾルブ第一師団には第一、四砲兵連隊。ゼクラグ第二師団には第二、八砲兵連隊。ボレス第三師団には第三、五砲兵連隊。ジュレンカ第四師団には第六、七砲兵連隊が割り当てられる。
自分とジュレンカの師団は攻城戦を意識した砲配備になる。侵攻予定地のフラルの南部諸都市は諸侯乱立、今でも都市国家がやれるぐらい豊かであり、その分、己の都市の防備には注力していて名要塞が多いとされる。
工兵には増粘剤と猛火油を混合した焼夷弾頭火箭を配備。
山岳歩兵には、ボレス案により施条山砲が配備されている。平野部では火力射程が不足する小型砲だが、崖で上げ下げする重量の砲となれば特別仕様にならざるを得ない。
補給部隊には施条旋回砲を配備。前線にて後方から受け取った物資を管理して再配分する役目を負うので最前線ではなくても前線に出張る。物資を運ぶ荷車に旋回砲を備え付けて行う荷車要塞戦術を取る。
アッジャール式騎兵小銃の施条型の生産も行う。この騎兵小銃は銃身が長く、ほぼ狙撃銃である。これはレスリャジン部族軍に配備される。試作品の性能は効射程距離なら部族騎兵達の使う合成弓の直射距離より長く、曲射には負ける程度。威力と命中率に優れたアッジャール式騎兵小銃で狙撃し、連射に優れた弓矢で機動しながら制圧するという使い分けをするそうだ。またベルリク=カラバザル用に後装式のものを一品物として贈るらしい。職人が手製で削るものでそれは工業生産品ではない。
各銃砲の鋳造施設数は既に目標量を達成している。派生装備の銃砲身鋳造設備の拡充も始まっている。銃砲腔に条痕を施す穿孔機に関しては大きさの違う付け替えの機械を用意することで派生型に素早く対応出来ている。
各装備はイーム・ヌトル法に基づいた共通規格部品を使い、生産設備の種類を極力増やさないようにして生産する。共通部品を使うと思ったより望ましい性能に至らないこともあるが、目標生産量に届かないことに比べたら何のことはない。
装備とは銃砲に限らない。衣服、靴、刀剣類、鞄、ベルト、車、鞍、数え上げれば限りが無く分類するだけでも一つ苦労する。
軍服に限って話をすれば見て分かる改定があった。
マトラ人民義勇軍で採用されている軍服は灰色の迷彩野戦服であるが、高級士官以上は迷彩模様無しの灰色の軍服になった。対内的には同じ軍服で問題無いが、対外的に違う見た目が必要であると判断された。帽子も被りやすい野戦帽ではなく、儀礼装備じみた型枠が中に入った制帽となる。戦列歩兵のような山高ではないが、多少見た目を大きく見せる型である。上位者かそうではないかを人間側が的確に見分けて混乱を避けるため。盟友レスリャジン、現地協力者の目を意識する必要がある。人間の伝令に混乱されて意思疎通に時間差が生まれては困難を招き易い。尚、高級士官狙撃対策として、迷彩野戦服は予備に所持しておくことで対応するものとする。
レスリャジン部族軍でも新たに揃いの、セレード系遊牧民衣装を調整した軍服が採用された。彼等の民族衣装は快適に環境が厳しい野外での活動を行うために歴史を重ねて作られた物で十分に軍服ではあるが、色や規格を統一するそうだ。服を揃えて一体感を生み出す目的と、単純に敵味方の判別をしやすくするためだ。違う服をそれぞれ勝手に着ていると同一集団と見做されず、味方に撃たれる可能性が上がる。これは避けたい。また洒落に金糸銀糸で刺繍をしている者もいて悪戯に目立つという理由もあり、ただの”騎馬蛮族”と侮られないようにする目的もある。
■■■
マトラ人民義勇軍とレスリャジン部族軍は東スラーギィの厳しい荒野、砂漠で軍事訓練を重ねる。遠征を開始する夏まではまだ時間がある。
順次装備が揃い次第、一万ずつの動員がされて訓練に参加する。部隊毎に錬度に差が出来ないよう、部隊数を増やすのではなく部隊構成人数を増やす方向で拡大する。これもアッジャール侵攻前に、士官下士官数を兵卒より多くする組織構成にした経験に基づいて行われる。その組織編制経験者も多い。
神聖教会圏の春は泥濘、河川の増水時期であり、迅速な進軍、衝撃的な侵略、神経を麻痺させるような電撃戦を行うには相応しくない。春の終わりを待って移動し、初夏にはイスタメル国境を越えるようにする。
現在、スラーギィのダルプロ川沿いでは農業が推進され、灌漑が拡張されて土地面積辺りの扶養数が増加する見込み。またオルフ間は不安定だが、イスタメルを通じて交易業務に就いて儲けを出す商人層も生まれている。未来は明るく見えるようだ。
だがベルリク=カラバザルはそこでスラーギィに留まらない。いずれ逼塞するスラーギィに篭らず、平和を厭い、人口増加により将来の放牧地争いからの内戦も厭い、部族民を傭兵として送り出すことを決めた。殺すのならば身内より他人。傭兵になって外の敵を殺し、精強で残忍な兵士を一定数維持して国防に務める伝統を築くという。傭兵稼業というのも、兎や鹿の代わりに人を狩るだけという論理であり、報酬や略奪で得る金銭で食糧を買えることを考えれば狩猟の延長線。猟場を国外に求めた程度に過ぎない。こちらの影響力の拡大と生存圏の拡大を企図するしゅるふぇ号計画とも合致する。ベルリク=カラバザルとラシージ親分が合致するようにすり合わせたのかもしれないが。
両軍合わせて七万五千もの遠征軍を出すにあたり、スラーギィ防衛の手薄さが懸念される。セレード人亡命時には小競り合い程度で済んだものの、オルフ事情はまだ予断を許さず、もっと大規模な紛争は否定されない。
まず空白を埋めるのは、統率されてきたレスリャジン部族の正規兵ではない非正規兵、男女ほぼ全てだ。
第五師団のレスリャジン騎兵旅団長を兼ねるオルシバが同時に指揮をする。領分的にも、当該騎兵旅団はスラーギィ防衛戦力なので問題無い。
人間の女というのは男と多少扱いに気を配る領域が、良く分からないが違うらしい。女部隊はケリュン族の占い師トゥルシャズが指揮する。強弓使いではなくても銃手ならば女子供でも出来る。
レスリャジン部族の者の大半は乗馬技術に長ける。適切な武器と指揮官がいれば並の定住民の軍人より錬度が高く、士気も高くて生存力が高い。後回しになるが彼等にもマトラ製の武器が提供される。
演習には、魔神代理領から連れて来たというアリファマ分遣隊なる五百名程度の少数の魔術使い部隊が参加する。ベルリク直轄なのでこちらが関知するところではないのだが、軽装ながら重砲兵のような火力を持つらしい。実際、演習で特大の攻城級の魔術が披露された際には度肝を抜かれたものだ。人も馬も混乱して怪我人が出たほどの威容。あれはサニツァが五百人いると考えればいいのか?
ベルリク=カラバザル。ラシージ親分が見初めただけはあり、才能や指導力には文句のつけどころが無いと思われる。
ベルリク=カラバザルには不満がある。
最大の我等が英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン国家名誉大元帥などと同胞がいかに謳おうが不満がある。
ベルリク行進曲などとわざわざ勇ましい、未完の大曲を作ろうが何をしようが不満がある。
マトラ人民義勇軍の数と装備を揃える時間が短過ぎる。冬に帰って来て、夏には四倍近い規模に拡充しろというのだから無茶にも程がある。ラシージ親分が無限に甘やかすからその増長は留まるところを知らない。
留守中も自分が親父、族長、頭領として片付けなければいけない問題を全て他人に丸投げし「東の戦争は楽しかったなぁ」などとほざく。オルシバとカイウルク、トゥルシャズや、そうあのサニツァも多大な苦労を重ね、降っては沸いてこじらせる問題を解決してきた。奴はその間趣味に没頭し、女と呼ぶには生物学的に少々怪しいが妻と楽しく過ごし、酒精に血に硝煙に色に酔っ払って狂っていたという。
久し振りにその顔を見るまでの間に血圧が上昇し、古傷から出血するのではないかと思うほど痛んだ。
「軍政に関してかなりやり手だってラシージから聞いたぞ。現場指揮も優秀だってな。これからどんどん頼んだぞゼクラグ」
奴が手を伸ばしてくる。
触るな!
触られたら……手を握られた。
「私に任せろ、ベルリク=カラバザル」
滅茶苦茶嬉しい! 心臓が潰れそうだ!
今まで背けていた目を、あのへらへらと笑いやがる顔に向けると怒りが解け去ってしまう。
ラシージ親分の影響を認めるにしろ、ダメなのだ。
悔しい、でも許してしまう。
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