第249話「北関門」 サニツァ
たくさんの妖精さん達が北からやってくる。痩せこけてボロボロの服の子から、立派な軍装で鉄砲持った子まで。共通しているのは薄汚れてて、長い距離を歩いて来たせいか足取りが弱い。
オルフの悪い奴等が悪さをしないようにリャジニ妖精の兵隊さん達が直接警護している。言葉が通じ合っているから励ましの声を出している。
拡声器を持った現場監督官さんが、皆で頑張って時間をかけて要塞化した北関門を通過する妖精さん達に向けて声を張り上げる。
「良く来た北の同胞達! マトラは諸君を歓迎する! マトラは諸君を歓迎する!」
通訳の人が現場監督官さんの言葉をオルフやその内部で使われる色んな言葉に訳して続ける。
「まずはいらっしゃいお菓子を食べ、誘導に従って一時宿泊所へ向かえ! 入浴、洗濯、食事、睡眠の用意が出来ている! 入浴、洗濯、食事、睡眠の用意が出来ている!」
とぼとぼと歩いてくる北の妖精さん達だけど「いらっしゃいお菓子どうぞー!」って、配食係の妖精さんからうさぎさん飴を貰って食べると、ぴょぴょぴょー! って感じで元気になって一時宿泊所へ走り出す。元気になって良かったね!
一時宿泊所では石炭がたくさん焚かれていて、お湯がたくさん作られている。施設は川沿いだから水がたくさん。いっぱい使うから自分が「ざっぶーん!」って樽で汲んで来る。
水樽にはお湯が入れてあって、疲れている北の妖精さんをそこに力持ちの妖精さんが男の子も女の子も裸にして、濡らした手拭いでゴシゴシって布で擦って、泥とか脂とか虱でどろどろの頭を石鹸水でグジャグジャって洗って、最後に水樽のお湯にジャブジャブって漬けて洗う。それから理髪師さんが虱予防に頭をハゲに剃っちゃう。そして水気を拭いたら宿泊用の寝間着に着替えさせる。皆綺麗になってツルピカって感じ。
怪我をしてたり病気の子は洗ってから仮設病院へ向かう。ランマルカ軍事顧問団にいる先進科学的で迷信に囚われないっていうお医者さんが診てくれる。栄養失調が一番多くて、皮膚病や虫歯や足の怪我も多くて、赤痢だとか伝染病だと隔離病棟に移送される。
脱がした服はボロボロなら廃棄、まだ着られる物なら川でお洗濯。虱だらけなら一回熱湯に潜らせてやっつける。ずっと履いている靴はすっごく臭くて、大体が磨り減っててゴミになる。
ご飯は一杯作ってあって、パンは保存用じゃない柔らかくて美味しいやつ。肉と豆と野菜と油と香辛料たくさんの温かい汁もある。砂糖と乳を入れたお茶も飲める。栄養失調の子の場合はいきなりちゃんとした物を食べると胃がキューってなって死んじゃうから穀物を煮た汁に塩を入れた物を初めに飲ませる。昔、飢饉だった時に村の男の人達が外から食べ物持ってきて、餓死しそうだった子がいきなり食べちゃってお腹壊して死んじゃったこと思い出した。
寝る場所もちゃんとしている。天幕だけど直接地面じゃなくて絨毯敷きで、敷き布団と掛け毛布と枕があって暖か柔らか。風が通るようにもしてある。夏だからそうしないと暑すぎる。
そして産業別民兵体制に基づいて、新しいお仕事が決まって受け入れ先の準備が出来たらマトラの方へ行き、北の妖精さんからマトラの妖精さんになる。
ここにやっと辿りつけたんだけど力尽きて死んじゃう子もいて、伝染病予防に火葬されてから川に流される。
北の妖精さんがやって来る代わりに、アッジャール朝オルフ王国の人達にはランマルカの新式装備が引渡されている。何かあった時のために遊牧民の騎兵隊さんがたくさん待機している。
妖精さんと装備の物々交換。ニズロムのアレハンガンから持って帰った設計図とか技術書、部品見本や技師さんのおかげで出来た装備が取引材料になっている。何だか、これでいいのかな? って感じがする。二つのオルフに対しては中立だったはずだよね。
新式装備だけじゃなくて食糧と妖精さんの取引も始まっている。去年に中洲要塞で、新参の遊牧民さん達へ見せるために集めた食糧が余ってて、腐らせるのが勿体無いみたい。
こういう何かズルい感じのことは続かなくて、オルフ人民共和国軍がペトリュクへの夏季攻勢を開始したって噂が流れてから取引が止まっちゃった。上手く行かないね。
■■■
二つのオルフがペトリュクで激しく戦っている。あまり拠点の無いテストリャチ湿地でも銃声が聞こえてきて、脱走兵がやって来る。アッジャール人にオルフ人に何か聞いたことが無い少数民族。
スラーギィに受け入れる人はようこそ、お菓子を上げて兵隊さんにしたりする。そうじゃなければ人を殺したことが無い人名簿に載っている人に石で殴り殺させる。
二つのオルフからは脱走兵を返せと抗議がやってくる。抗議文を持ってくる伝令でさえ道の途中で死んでいることがあるから、時々こっそり北上して死体漁りをする。オルフの偉い人が、抗議であっても何を言いたいか分かっていないと敵対するにしろ友好的にするにしろ対応が出来ないみたい。
そんな風に夏が過ぎて秋になる。条約で決められた国境線を越えて監視塔を建設することになった。ジュレンカちゃんの外人妖精連隊、ぷにぷにボレスさんの人民義勇軍予備隊も作業に参加。
アソリウス島からヤニャーカお兄ちゃんがまた遊びに来て、ちっちゃい子は危ないから前線より南、中洲要塞にいるはずのジーくんも連れて来ちゃってる。
「ジーくん!? こっちは危ないんだよ!」
「敵をやっつける!」
「サニャーキお母さん、大丈夫! 子供でも銃があれば殺せるし、何よりジールトは男です!」
「そうなんだ! って、ダメだよ! ミーちゃんお姉ちゃんにお出かけするって言ってきたの?」
「うー」
唸った。行ってきますも言ってないみたい。
「男がやるって決めたからやるんです! 許可なんか要りません」
「うーん、じゃあ行き先はここだよってお手紙書かないとダメだよ。ミーちゃんお姉ちゃん、すっごく心配するんだからね」
「うん!」
ミーちゃん、急にジーくんいなくなったって心配してるよね。困ったなぁ。男の子だから冒険しちゃうのは分かるんだけど。遊牧民でちっちゃいけど馬に乗れるから余計に、簡単に長い距離歩いて来ちゃう。
ヤニャーカお兄ちゃんとジーくんの目当ては脱走兵に難民狩り、国境紛争に関わることなんだけど、毎日血が流れるようなお仕事があるわけじゃない。薪拾い、木の実採り、狩猟に出掛けている。ヤニャーカお兄ちゃんは弓とか鉄砲に槍も使わないで刀一本、烈風剣で鹿に熊まで狩って来る。
ヤニャーカお兄ちゃんとジーくん、それからその遊牧民のお友達の皆は仲良し。監視塔とその周りの防御陣地を拠点にあっちこっち遊んで回っている。そしてある日、数をいっぱい増やして戻って来ちゃった。敷布を白旗にして掲げて来たセレード人傭兵さんが百人くらい。
「同胞を救助してきたぞ!」
ヤニャーカお兄ちゃんがそう言うからお迎えした。傭兵の百人長さんが「オルフの糞共の傭兵なんざもうやってられん。ポグリアもジェルダナも糞だ。死にやがれ」って言った後に「人民共和国の追撃部隊に追われてるから、もう少しでやっこさん方来るぜ」って言うから大変!
まだ作っている途中だけど、街道を完全封鎖する防御陣地で妖精の兵隊さん達が防御体制を整える。セレード人傭兵さん達も加わる。それと一緒に伝令を出して北関門にいる本隊に応援を要請する。その時間を少しでも稼ぐために街道の北へ、前へ自分が一人で出て通せんぼする。
人民共和国軍の騎兵隊、追撃部隊がやって来る。街道脇の細めの木をブットイマルス! ドンバキバキギードン! って圧し折って道を横断させて驚かせる。
「ここから先はブットイマルスの名の下に、サニャーキが絶対通さないよ!」
追撃部隊の騎兵隊が足を止める。言葉は通じてないけど、ブットイマルスが物を言う。
「掛かって来いオルフ人、ぶっ殺してやる!」
「来いオルフの糞野郎、肉にして食ってやる!」
ついて来ちゃったヤニャーカお兄ちゃんにジーくんが大声を出す。
『ベラスコイ、ホゥファー!』
逃げてきたはずのセレード人傭兵さん達もやって来ちゃった。
ブットイマルスをブンブン振って音を鳴らして、こっちに来ないで、ってやる。
こっちもあっちもどうしよう? って感じになってきた。
追撃部隊の隊長っぽい人が刀を抜いて、振り上げようかどうか迷い始める。
戦いが始まれば自分は大丈夫かもしれないけどヤニャーカお兄ちゃんにジーくん、セレード人傭兵さん達は危ない。自分だけ突っ込んで、他は逃がす? やっぱり無理かな。でも前にやった。
「しんが……」
太鼓と笛が鳴り始めた。後方、南側。
「連隊、早足!」
行進曲が背中に近づく。追撃部隊の隊長っぽい人が刀を下げた。
「連隊、並足!」
防御陣地の方から足並みは揃えないで、肩もぴったりくっつけないけど敵は一人も逃がさないくらいに集った散兵隊形の外人妖精連隊が街道と両脇の林を埋め、魔神代理領とイスタメル州、第五師団に外人妖精連隊の旗を掲げて前進してくる。千人以上が揃ってやってくると空気がその分震える。
先頭に立つジュレンカちゃんが颯爽とやって来たから「格好良い!」って言うと流し目にパチっと片目を閉じて応えてくれた。
「連隊、止まれ!」
そして追撃部隊の人達にオルフ語で何か警告。刀を振り上げるとそれを合図に外人妖精連隊の皆がしゃがんで、立って一斉射撃姿勢に小銃を構える。
撃つか、撃たないか? 撃ったら一番に突っ込んでブットイマルス。
追撃部隊の隊長っぽい人が馬首を返して、捨て台詞を吐いて走り去った。
「ジュレンカちゃん、防御してるんじゃなかったの?」
「防御が出来てるから攻撃に移れるのよ」
「そうなんだ!」
「ちゃんと時間を稼いでくれたのね。偉い!」
「私、えらい!」
「偉い! いい子ちゃんよ」
「えへへ!」
その日は北関門じゃなくて監視塔の防御陣地で、防御体制のままで一泊。直ぐに引き上げると増援を得た追撃部隊が引き返して来た時に背後を突かれるかもしれないから、騎兵隊の増援を待ってからセレード人傭兵さんをスラーギィに入れることになった。
セレード人傭兵さん達は何だかヤニャーカお兄ちゃんがベラスコイ家の人ってことで凄く嬉しいみたい。皆汚れてて疲れてる感じだけどずっと笑ってる。お酒も何もないけど、酔ったみたいに盛り上がって、礼の品も何にも無いからってお歌を披露してくれた。
奏者が音が強めに響く弦楽器を指で弾き始めた。
”夕日の枯れ原”って何だか悲しげな曲。
正直者の服に穴が開く
商人、地主、糞野郎。借金くらいその内返す
強い馬に乗って歩いても、枯れた草しか生えていない
飲めば財布に穴が開く
貴族、王様、糞野郎。税金くらいその内払う
鷹の目で睨んで見ても、太陽、月に届きやしない
勇めば身体に穴が開く
仲間、隊長、糞野郎。墓穴くらいその内作る
鉄の腕を振るっても、女房子供が泣き喚く
傭兵さんだけじゃなく、伝令斥候に防御陣地で待機していたレスリャジンの騎兵さんがちょっと泣き出した。
「湿っぽいのはやっぱ無しだ! あれやれ!」
傭兵隊長さんが言うと、急に皆が元気になって手を叩き始めた。
「”ウガンラツの早馬”だ!」
演奏が激しくて愉快な感じになった!
ウガンラツ目指せ、草原駈けて
西のエデルト、シャーパルヘイ迫る
ブリュタヴァの森抜け、王都で告げろ
『待ちに待った戦いだ!』
愛するセレード軍旗を掲げろ
血に飢えた武器を持て
白刃掲げ、『吶喊!(空砲) 吶喊!(空砲)』、敵の影まで切り刻め!
*口笛
『ホゥファー!』
*空砲
ウガンラツ目指せ、湿原駈けて
東のオルフ、フレヴィシュト迫る
タタラトンの海渡り、王都で告げろ
『待ちに待った戦いだ!』
愛するセレード軍旗を掲げろ
死を恐れぬ馬に乗れ
騎馬隊駈けて、『吶喊!(空砲) 吶喊!(空砲)』、敵の庭まで踏み潰せ!
*口笛
『ホゥファー!』
*空砲
ウガンラツ目指せ、荒原駈けて
南のエグセン、カルチュ迫る
ハーシュの川越え、王都で告げろ
『待ちに待った戦いだ!』
愛するセレード軍旗を掲げろ
戦を望む女も来い
鉄面付けて、『吶喊!(空砲) 吶喊!(空砲)』、敵の赤子まで焼き尽くせ!
*口笛、しばらく
『ホゥファー! ホゥファー! ホゥファー!』
*空砲連発
後でヤニャーカお兄ちゃんがジーくんにお歌を教えていた。
ウガンラツはセレードの王都。シャーパルヘイはエデルト国境にある都市。ブリュタヴァ領はエデルト国境の地方でベラスコイ家の旧領。フレヴィシュトはオルフとの国境にある都市。タタラトン海はオルフとの国境線より西にある大きな淡水湖。カルチュはマインベルトとの国境にあるアルノ=ククラナ領の都市。ハーシュ川はカラミエスコ山脈よりタタラトン海に注ぐ大河なんだって。良く分かんないや。
■■■
監視塔と防御陣地に大きな倉庫と宿舎、井戸が増設され、大規模侵攻時の足止め用地雷を設置する地下坑道も掘られて立派な前哨基地になった。
エデルトも腐ったセレードもオルフも糞だが、レスリャジンのカラバザルは希望が持てるっていうのがセレードの人達の今の共通認識らしくて、亡命希望者が続々とやって来ている。
トゥルシャズってケリュン族の占い師さんが前哨基地に常駐するようになって、セレードとかケリュンの人達と難しい話をいつもしている。カイウルくんもオルシバおじいちゃんも時々顔を出す。どうも大きい作戦をしないといけないらしい。
大きな作戦になるとやっぱり危ないから、ヤニャーカお兄ちゃんに帰国する時にジーくんを連れて中洲要塞のミーちゃんのところに帰してってお願いしておいた。手紙ですっごく怒ってたけど、怒っちゃダメだよって返事しておいた。
大きな作戦のことは分からないけど、前哨基地を目指してセレードの人達がたくさんやって来る。
二つのオルフのどっちからもやって来るみたいで、前みたいに追撃部隊が後を追ってくることが時々あるから自分が、亡命希望者の逃げる時間と迎撃部隊が出撃する時間を稼ぐ。
「このブットイマルスがぶっとい内はセレードの人達の亡命を止めることは許さないよ! 通さない!」
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