第242話「北側進路」 サニツァ

 夜は雲も無いし空が高くて、星と月が凄く明るい!

「さーばく、砂漠。井戸掘りほーり堀りーの、のーどが乾くよあっついつい! あっちっち、あっちっち、あっちもこっちもあっちっち!」

 鍛冶屋さんに作って貰った鋼鉄製の皿が広くて長い特製円匙で掘りまくる! 届け地下水脈!

「夜は寒いさむーいの、なんだっけ? ま、いっか!」

 今は東スラーギィ作戦北側進路で井戸掘り開発闘争中。

 テストリャチ湿地南側沿いの道は水がたくさんあるから開発しなくて大丈夫。そこから更に東、オルフのメデルロマ地方の南部に向かう道で水源開発を進めることによって回廊が接続するってゼっくんが言ってた。

 回廊が東へ接続する先はオルフ人開拓地域で、メデルロマ地方の南部に当たるオルフ呼称ゼオルタイ地方。同じ名前のゼオルタイ要塞ってのが中心拠点になるらしい。そこからは東へも南へも水が不足し過ぎていて軍隊はまともに移動出来ないんだって。無理に東へ行けばオド川水系にまで出るけど、そこまで行くとアッジャール残党の中でもかなり強力な勢力が割拠するシャルキク地方に出るから危険。南に行けばブリャーグ族の拠点のマンギリクがあるけど苦労して行っても小さいオアシス村があるだけで攻略価値は現在無い。

 ゼオルタイ地方に長く軍隊を置いておくのは軍事的に相当な負担になるみたい。水もわずかで小さな開拓村が拡張も出来ずに点々と存在するだけで守る価値も薄い。これならばいっそ、一撃離脱で襲撃して東スラーギィへの侵略者を排除して各拠点を破壊し尽くして再入植を防ぐ方が効率が良いんだって。今なら内戦でオルフ人に余裕が無いから当面の予防策になるみたい。

 ゼっくんは頭良い、って思うんだけど「見込みが甘かった」って反省してた。スラーギィにやってきた新しい人達の放牧地にするつもりだったけど守れないから空き地にするだけなのが勿体無いってことらしい。

 井戸を作り、送られてくる防御柵や施設建材を受け取って給水基地を点々と東に向けて繋げている。毎日が橋頭堡の前進! レスリャジン騎兵旅団の兵隊さん達が東のゼオルタイにいる悪いオルフ開拓民をやっつけるためだ!

 井戸と井戸を地下灌漑水路で繋いで点と点じゃなくて線で繋げた拠点にする計画があったけど中止。ゼっくんが言う”見込みが甘かった”ということで人を住まわせる予定が無くなったから。人を住まわせる予定がある中央進路ではちゃんとやってる。

 井戸を掘るのは重労働。穴を掘って、地下水脈に当たるまで掘るけど水脈に当たらなくて無駄に掘っちゃうことが多い。それから砂漠は乾燥した土はともかく、砂利とか石とかは固くて他の労働者さん達は苦労している。あと砂は掘りやすいんだけど横から崩れちゃうから掘る手間が多い。板で横を支えながら掘り進めるんだけどそれで外れだとなんだか嫌な感じ。がっかりしちゃうよね。

 そんな重労働を夏のお日様の下でやったら倒れちゃう、っていうか死んじゃう。暑過ぎる昼に仕事は出来ないから夕方、夜、早朝の内にお仕事。夜はぐっと冷え込んじゃうんだよね。でもちょっと厚着すればいいだけだし、動いてると体があっつくなっちゃうから大丈夫。空気が乾燥しているから暑さも寒さもイスタメルよりなんだか平気な感じ。でも乾くから唇とか鼻の穴がかっさかさ! 油を塗ると乾きにくいからいいよ。ベタベタでくっさいけど。

 ここは草も生えているし木も背の低いのがあるし、虫や動物がいる砂漠だからまだいいんだって。石だらけ岩だらけになるともっと辛くて、一面砂だらけのところは準備して移動するだけで精一杯!

 井戸を掘るそんな今日はズィブラーン暦三千九百八十五年で、蒼天暦六百六十一年の鷹座第三大月の十五日! 毎月やってくる大体満月の日、分かりやすい! その日に近くなると夜でもすっごく明るい。篝火が要らない夜もある。新月に近い夜も逆に分かる。仕事の計画が立てやすいよ!

 バルハギンって凄い人の統治開始の記念日から今年の夏で六百六十一年。これを蒼天暦って言って、遊牧民の人達が年を数えるのに広く使ってる。その凄い人があだ名で”蒼天の鷹”って呼ばれていたのが由来なんだって。

 蒼天暦の基になるのが玄天暦法。玄天暦には年の数え方に決まりが無いから、自分の国の始まった年や、始祖って呼ばれるような民族の偉い人の即位とか誕生年を基準にするみたい。魔神代理領なら今は三千九百八十五年って数字をズィブラーン暦から引用するだけ。遊牧民の人達が蒼天暦で年を数えるのは、国とか始祖の始まりで年を言っても皆バラバラで分かり辛いからなんだって。賢い!

 玄天暦法は、イスタメルで使ってたオトマク暦やズィブラーン暦と大分違って分かり難い。年と季節、月と日にちは分けて考える。

 月の方は月齢で数えて、月の満ち欠けを見て二十九日の小月と三十日の大月を繰り返す。月の周期は二十九と三十の間くらいだからそれで調整するみたい。第一から始まって第十二まで数えたら次は十三じゃなくて一から数え直し。閏日は基本的に三十六ヶ月に一回あって、それから七十二年周期で三十六ヶ月周期以外のいつに更に閏日を加えるか決める。月齢とずれないようにするから毎回ちゃんと考えるみたい。

 季節の変わり目だとか一年の経過は星座、その中でも一番大きくて輝いている主星が不動の極星と縦軸で交わった時に判断する。天を四分割して四象限に分けて、それぞれの季節に色で名前がついている。春は碧象、夏は蒼象、秋は金象、冬は白象。それぞれに二十の星座が割り振られていて、間隔は一定ではなく、冬の白象が北の土地基準だから一番長い。蒼天暦だと夏の蒼象の時の鷹座の主星が不動の極星と縦軸に交わった時に一年増える。

 日にちを月齢で数えるから夜の砂漠でお仕事をしていると三十日とか三十一日で数える暦よりこっちが便利な気がする。明るい日と暗い日が分かりやすい。

 あとこの玄天暦法は北天の星座を見て作られたもので、赤道近くの空と、それより南の南天の空だと見える星座が違うからそのまま使えないみたい。緯度の違うところの蒼天の鷹バルハギンさんの昔のおっきな帝国の領域の外じゃ使われていない。特に南に行っちゃうと不動の極星が見えなくなっちゃうからダメなんだって!

 オトマク暦やズィブラーン暦と比べると毎年十一日、閏年だと十二日ずれていくから月の数字で季節を考えてもあんまり分かんない。

 それからすごーく長い周期で星座がずれるらしくて、七十二年ごとに各季節、象限に当てはめる星座を見直す協議を頭の良い玄天教徒のケリュン族の占い師さんとかがこういう難しいことを皆の代わりに考えてくれてるみたい。

 この見直す協議を始めてやらせたのもバルハギンさんで、蒼天暦を基準に七十二年を数えてるんだって。今は夏の蒼象の始まりは虎座だけど、バルハギンさんが生きていた時代は始まりが鷹座だったんだって。すごく難しい!

 配食係のミーちゃんが鍋を叩いて時間を教えてくれる。

「作業止め、夕始の労働終了! 作業止め、夕始の労働終了! 食事と休息を取り、深夜の労働に備えよ! 食事と休息を取り、深夜の労働に備えよ!」

 うーん、今回の作業は全部外れだった。乾燥している中でも植物の生え方が良い場所を技師さんが選んだんだけど、掘るのが難しいくらいの大きくて厚過ぎる岩盤に当たっちゃう。鶴嘴で砕いてもいつまで経っても岩盤の底が見えないし、今度は穴が余りに深すぎて井戸どころじゃなくなってくる。大変だ!

 空気が乾いていて汗はあまり出ないけど、埃で汚れているから払って落として、手を乾拭きする。水が貴重だから手洗いうがいは禁止!

 自分の鍋を持って、配食係からパンと羊肉の汁を貰う。

 ここは皆で食べる席とかが無いから、司令部の方へ行ってゼっくんの隣にくっついて座る。ゼっくんはちっちゃいから座ったままでも顔をその頭の上に乗せられる。

「ご飯だ! 一緒に食べよ!」

「声が大きい」

「ご飯だ、一緒に食べようよ」

「二回も言わなくていい」

 言葉はあんまり分からないけど、白髪の皺と傷だらけのお爺ちゃんがこっち見て、ゼっくんを指差して「フハァハァー!」ってすっごく笑うよ! こっちもお爺ちゃんを指差して「ヒャッヒャー!」って笑ったら「ブハァッヘェ!」って笑った。

「労働者さん、農民さん、兵隊さん、いただきます! ゼっくんも!」

「ああ、そうだな」

 砂漠では水が貴重。汁を食べた後は鍋についている残りの汁気は全部パンで拭って吸わせて残さない。食器を洗う時も水じゃなくて砂でサラサラに乾くまで拭くから綺麗にした方が楽ちん。

「給水始め! 給水始め!」

 休憩時間中に配食係が報せてくれるので水倉庫へ行く。そこにある樽には遠くから駱駝が運んできた大きい革袋から移し替えた水が入っている。

 自分の水筒に深夜労働時間までの割り当て分の水を貰う。肉体労働者は休憩時間毎に貰えて一日三回、そうじゃなければ夕始の時の一回だけ。

 食事が終わったら、ゼっくんを抱えて頭の上に顎を乗せ、水をゆっくり飲みながらその頭蓋骨が震える感じに「うー」って言ってみながら休息。深夜の労働開始の鐘が鳴るまで休むのだ。

 お爺ちゃんが鏃の研ぎ直しをしていると、伝令の人がやって来て、何かあったのか研ぐのを止めて立ち上がった。ゼっくんも立ち上がる。

「深夜の労働中止だ」

「どうしたの?」

「攻撃開始」

 角笛が鳴らされる。レスリャジン騎兵旅団の皆が、直ぐに武装を整えて馬に乗って集ってきた。


■■■


 ”敵の言葉より早く走れ”とは、あの凄いバルハギンさんの戦略。

 オルフ開拓村の全容が偵察で明かされた。それによって最大効率でそれらを包囲殲滅するための進路が明らかになる。

 レスリャジン騎兵旅団の兵隊さん達が村を取り囲み、村から出た騎馬伝令を仕留めて孤立させる。

 取り囲んだ村には降伏勧告が出され、逆らえば駱駝が運ぶ軽くて小さい大砲、旋回砲で砲撃してから突撃部隊が突撃する。

 開拓村は石積みの壁で囲まれ、馬が跳び越えられない高さがある。旋回砲は敵の鉄砲、弓矢の射程距離の外から高台か、組んだ櫓の上から撃つ。

 このゼオルタイの土地は木が少ない。水も少なくて人も少ない。家は日干し煉瓦製だけど木材で骨組みがしっかり組まれていないからある程度撃ったらぺしゃんこに崩れてしまう。

 門は革張りの木製。木がかなり貴重みたい。

「ブットイマルス!」

 そう、サニャーキ=ブットイマルス。ゼっくんに命令されればそんな門は大棍棒ブットイマルスで弾け飛ぶ。

 村は小さい。日干し煉瓦の家は崩れ、中にいた人達は潰れて死ぬか重傷、動けない。

 外で動いて回っている侵略者、敵の男を、加減してブットイマルス! 横振りに脚を潰してグッチャー! 上半身を狙わなかったのは鉄砲を持っていたから。鹵獲品を壊さないようにした。

 村はホントにちっちゃい。砲弾を撃ち込んでブットイマルスで一人くらいブットイマルスしたら降伏しちゃった。

 それから降伏した敵は一箇所に集められる。怪我人もそろそろ死にそうな人も皆。

 開拓村ってのは働ける若い人達ばかりで子供もお年よりもいないか、ほんのわずか。たくさんの人にご飯を食べさせられないからそうなる。

 白髪のお爺ちゃん、オルシバさんがレスリャジン騎兵旅団の兵隊さん達に壁に積んである石を持たせて、降伏した敵を殴り殺させ始めた。

 今回の攻撃の最大の目的は、この前の大戦争とか派閥争いとか色んなことが一杯あって、仲良しじゃないレスリャジンとか亡命してきたアッジャールや少数民族の人達を仲良しにすることなんだって。一緒にお仕事をして、敵を叩いて仲直り! 自分も修道院で初めてゼっくん達と敵をやっつけてからとっても仲良くなった感じがするから、これが正解だね。

 兵隊さん達が石で泣き喚く敵の頭を殴って割る。

 殺すのはもう一つ理由があって、水が貴重だから捕虜に取るとその分飲ませないといけないから殺しちゃうの。食べられないから人を増やさないようにするし、水が無ければ飲ませないようにする。

 兵隊さん達が石で殴り殺す度に事務の妖精さんが帳面に所属と親と本人の名前を記入している。ちゃんと一人一人が一人ずつ石で殴り殺したか確認しているみたい。

 兵隊さんの一人が敵の女の子に同情して殴り殺せないって言っているみたい。オルシバさんが怒ってその人を殴る。殴って大声で兵隊さん達に語りかける。

「ゼっくん、何て言ってるの?」

「こいつは生きることを放棄した。敵に同情して仲間を危険にさらす糞野郎だ。こいつは敵の女のためにお前等の背中を刺す奴だ。残した家族より敵に同情する糞野郎だ、だな。人間の割りには良いことを言う」

「そうだ!」

 殴られて倒れた兵隊さんの手を引いて立ち上がらせて石を握らせる。

「ほら、お兄さん。一緒に敵を叩いて仲直りしよう!」

 石を握らせた手を掴んで、振らせる。ブンブン振らせる。

「ほら簡単! さあさあ、叩け!」

 兵隊さんが困った顔をする。そうだ、あれがあるといいよね。拍手して乗せよう! お祭り気分が出ればやれちゃうよきっと。

 パチパチ「叩け!」、パチパチ「叩け!」を繰り返す。ほら乗ってきた! こっちは乗ってきた。

「そら、た、た、け! そら、た、た、け!」

 言葉は通じていないけど他の兵隊さん達も拍手し始める。拍手に合わせて掛け声も出す。

 困っていた兵隊さんが思い切って、「アアァァ!」って叫び声を上げて女の人の頭を石で殴って倒し、馬乗りになってから顔が分からなくなるまで殴って潰した! やった!

 オルシバさんが「ホゥファー!」って叫んだら皆も『ホゥファー!』って叫んだから自分も「ホーハー!」って叫んでみた。

 女の人を殺した兵隊さんが泣きながら笑い始めた。

「おめでとー!」

 その兵隊さんの腰を掴んで持ち上げて回る。レスリャジン騎兵旅団の皆がわーって言って喜んでくれたよ! オルシバさんも笑って、やったなこいつって兵隊さんをバシバシ叩いた。

 敵を叩いて仲直り! 皆仲良しが一番! 故郷の村でも、喧嘩してた子達だって山賊が襲ってくれば喧嘩を止めるし、捕まえた悪い奴を棍棒で一緒に叩かせれば仲直りしちゃうもんね。


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 ”敵の言葉より早く走れ”とは、あの凄いバルハギンさんの戦略。

 最初の村を包囲したら全軍で包囲しないで、必要な部隊だけ残して次の村も、次の次の村も包囲していって包囲の輪を鎖のように繋げて行く。各村が連携出来ないように孤立させていく。これが軽騎兵部隊の役割。

 それから伝令がやってきて、降伏しないで抵抗する村があればブットイマルスな自分や旋回砲を積んだ駱駝部隊が行って、砲撃してからブットイマルスして皆殺し。

 あと降伏しても皆殺しにするんだけど、村は全部孤立させて連絡が取れないから降伏しても結末は同じだってことは敵に分からせてないよ。賢い!

 小さくて貧乏な村ばっかり。でも村一つにつき井戸は一つ以上あるし、畑がほとんど耕せないけど家畜を育てていて奪って食べるのに十分。攻撃すればする程、敵に攻撃を仕掛ける拠点が奪えちゃう! 凄い、風のような悪者退治だ!

 ずっとこんな感じにはならなくて、ゼオルタイ要塞ってところで敵が騎兵部隊を編制して差し向けてきた。大分開拓村を全滅させた後だけどね。

 その騎兵部隊は数も少ないし、遊牧民の兵隊さん達よりも弱くて簡単に殺しちゃったんだって。馬とか武器を奪って帰って来た。

 ゼオルタイ地方の敵の中心拠点、名前も同じゼオルタイ要塞! これをブットイマルスしに行くことが決まった。

 要塞は開拓村と違って空堀と土塁で囲まれていて、土塁の高さを増すための石城壁もあって、塔もあれば銃眼も砲台もある。ダヌアにあったバルリー人の要塞よりは全然ちっちゃいんだけどね。

 まず騎兵で囲んで脱出と増援を防いだ。そして一応降伏勧告はするんだけど降伏しないみたい。亡命者にいたオルフ人が偽村人になって降伏すれば助かるって言ったら検討はしたみたいなんだけど、やっぱり降伏しない。要塞の周辺には井戸も何も無いから、持久戦に持ち込めばこっちが後退するって思ったんじゃないかってゼっくんが言ってた。

 ゼオルタイ要塞の位置は前々から分かっていたからちゃんと練られた補給計画に従って砲兵隊が無事に到着。旋回砲じゃない、ちゃんとした城壁粉砕の大砲だ!

 石城壁の砲台や塔を狙って砲撃が始まる。マトラ旅団の砲兵さん達だから狙いが精確で撃つのも早い! 鋳鉄製の砲弾が石造りの建物を粉砕!

 壁が崩れる、銃眼が潰れる、砲台が壊れる、要塞砲が落ちる。瓦礫に人が混じって転がって、埃が舞い上がって火事みたい!

 敵の大砲をこれで使えなくしたら今度は臼砲の出番。口が大きいけど短い大砲で、大きな榴弾を上向きに発射する。

 臼砲が要塞の大砲に邪魔されることなく近づいて設置される。そして発射された榴弾が山なりに飛んで、土塁と城壁の向こう側、要塞の中に落ちて爆発!

 大砲も近づいてから榴散弾を装填して、要塞上空で炸裂! 導火線で調整するから上手くいかないことも最初はあったけど、調整が済んだら成功の連続!

 補給計画は練ったんだけど、砲弾をたくさん運べなかったからここまで。砲撃が終わって大砲の次はブットイマルスの出番だよ。

 「わーっ!」て走って行って、ブットイマルスを空掘の向こう側に投げてから一回で跳び越える。着地に失敗して転んじゃったけど平気。

 ブットイマルスを持って土塁を駆け上がる。土塁のところには塹壕が掘ってあったりするけど敵兵はいない。皆要塞の中に隠れちゃったんだね。

 要塞に入る扉は土塁の陰に隠れていて大砲で撃てない。でも近づいてブットイマルス! 中への入り口が出来た。

 要塞の中は榴弾で建物が崩れていて、榴散弾の散弾が降って敵がたくさん死んだり怪我をして苦しんでいる。

 開拓村と同じでゼオルタイ要塞の中には敵があまりいないみたい。”敵の言葉より早く走れ”ってやり方で人が集らなかったのかも。

 鉄砲で撃たれる。甲冑が防ぐ。撃ってきた敵に近づいてブットイマルス! 頭から叩いて潰れて地面まで抜ける。潰れて服と肉と骨の変な形になったやつを掴んで、瓦礫とか壁に隠れている敵の方へ投げてやるとすっごく吃驚する声を出して面白い。

 生きてるけど倒れている敵を踏んで殺しながら、立って戦おうとしている敵へブットイマルス! こう、真上からベッチャンって潰れる感じに叩かないと頭だけ潰れて腰とか脚まで潰れないんだよね。

 鉄砲でたくさん撃たれる。甲冑とブットイマルスが防ぐ。「うおりゃー!」って走って、横隊を組んでいる敵部隊の右端から横薙ぎにブットイマルス! 初めの三人位がちゃんと潰れて、後の三人は吹っ飛んで転ぶだけ。

 振り終わったら勢いそのまま回転して二段ブットイマルス! 横隊でかたまっている敵を二人まとめて斜めにグッチャリ。

 思いついた! ブットイマルスを横に持って、横隊を押して押して転ばせる。転ばせながら足元の敵を踏んづけて潰しながら前に行って、壁まで押してもっと塊になったところでブットイマルス! 今までにないすっごい肉と骨な感触! 八人ぐらいまとめて潰しちゃった!

 気付いたら敵がこっちに大砲向けてる! 砲台から降ろしてきたみたい。

 「うわっ!?」て思ってブットイマルスを盾にしたらすっごいふわっとガツンとして後ろに転んじゃった。目がチカチカしたけど大丈夫っぽいから立ち上がって、大砲を撃った敵にブットイマルスを投げたら、しゃがんだ敵以外吹っ飛んだ。

 目の前に落ちているブットイマルスに当たった砲弾を掴んで、しゃがんでいる敵の頭を殴る! 潰れて砕ける。

 「えいや!」って逃げる敵の背中に砲弾を投げたら、下手っぴで地面当たって跳ねただけ。うーん、難しい。

 建物の壁に突き刺さっているブットイマルスを抜いて、それからまだ生きている敵を探して潰して潰して肉団子!

 後からレスリャジン騎兵旅団の兵隊さん達が徒歩で要塞に入ってきて、弓矢と刀と拳銃で抵抗する敵を撃滅。

 後から要塞司令が降伏してきたら一回受け入れて、それから石殴り名簿に載っていない兵隊さんが生き残りを殴って殺して皆殺し。


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 ケリュン族の占い師さんが夜空の星を指差して頷いた。

 狼座の主星が不動の極星と縦軸で交わった。季節は玄天暦法が定める金象、秋になった。イスタメルの方じゃまだ夏、そろそろ秋に近づいたかなってくらい。うーん、分かり辛い。

 ゼオルタイの侵略者はほとんど殺しちゃった。メデルロマ公爵さんから抗議があったらしいんだけど、ゼっくんはスラーギィ領有権を正当に主張して説得したみたい。話し合いで解決したんだって!

 それからメデルロマ管区長さんって人からは感謝状が届いたって聞いた。どっちもメデルロマで一番偉い人みたいなんだけど、よく分かんない。

 北側進路は一旦作業が終わったから今度は中央進路の支援。こっちは支流の一つが東に伸びているから、伸びているところまでは快調。

 この支流は砂漠の真ん中で途切れちゃって、地下に潜っているんだけど夏の内から延ばしていった地下灌漑水路のおかげでまた更に東へ水が飲める地域が延びている。

 支流の方には昔から住んでいるレスリャジンの人達がいるから、新しく作った灌漑沿いに亡命者さん達の開拓村が作られている。妖精さん達がそこに住む人達に灌漑の管理方法を指導して、もし壊れちゃっても直せるように教えている。井戸と違って上流の灌漑が壊れると下流の開拓村まで迷惑が掛かっちゃうから、県の職員って身分を与えて給料を払って、責任を持たせて管理させるんだって。

 支流と灌漑沿いに整備した道を作って、駅に貯水池や食糧庫も設置して軍隊の通行が出来るようにする。

 灌漑は順次建設して行くんだけど、それより先行して井戸掘りでの開拓村の建設も行われる。東スラーギィ作戦では開拓よりも敵を叩いて仲良くなることを大事にしているからあんまり無理して村は作られない。一応、東方にマンギリクっていう東スラーギィからイブラカン砂漠にかけて住むブリャーグ部族の中心的なオアシス村を目印に東に向かって村を作っているんだけど、距離が遠過ぎて一年二年じゃ無理なんだって。そのせいで正面から攻撃すれば倒せる可能性は高いけど、まず軍隊を送ることが出来ないみたい。壁が無いのにあるみたいだ。

 それからこの東に向かっている開拓村ではアッジャール系武装勢力との接触が時々あるみたい。まだ争いにはなっていないけど、東はブリャーグ族に阻まれ、西はこちらに阻まれているからその内衝突するかもしれないって。オルシバさんの方針だとオルフ人と違ってこっちの人達はあまり殺したくないらしいけど。

 そのアッジャール系武装勢力は大戦争で死んだイディルって王様の王子様の一人が指導しているみたい。送った使者の話だと野心があって、レスリャジン氏族に吸収されるのは嫌みたいで、やっぱり戦いになりそうなんだって。

 北側進路ではレスリャジン騎兵旅団の人達の多くが、北関門からゼオルタイまでの広い地域を警備してオルフの侵略から守っている。北関門ではマトラ旅団の兵隊さん達がまた一気に敵が侵略してきても守れるように待機している。予備民兵旅団はバルリーからマトラの山を守るためにスラーギィからマトラまでの西側を守っている。中央進路を守る兵隊さんが足りない。

 そこで早期に実戦投入可能だって言われている外人妖精連隊の兵隊さん達が開拓村に向かって来ている。

 外人妖精さん達はほとんどが歩兵なのでこの東スラーギィの砂漠だと攻撃戦力として使い辛いみたい。オルフ人みたいに村とか要塞を建てているなら目標物として攻撃出来るけど、折り畳み出来る幕舎で移動生活をしている遊牧民相手だと無理みたい。村の防衛戦力としてあてにするんだって。

 一番東にある開拓村建設予定地で井戸掘りをしていたらその外人妖精連隊の先発隊が到着。連隊長さんのジュレンカちゃんって何だかとっても綺麗でオシャレな子も来たよ!

 この予定地は当面の最東端にするらしく、軍事拠点としての防備を強化するために人員と物資がたくさん送られてきている。開拓村って名目だけど、要塞になるかも。

 ジュレンカちゃんは何だか明るく楽しい感じで、早速お友達になっちゃった。

「あなたはノミトス派の信者さんなの?」

「そうだよ!」

「私は前のご領主様が救世神教で、その前の前のご領主様はノミトス派だったのよ」

「そうなんだ!」

「マトラは無神論だし、魔神代理領は魔神教だし、何だか私分かんなくなってきちゃった」

「うん、なんだかよくわかんなくなっちゃうよね」

 村と修道院とピロニェだと聖なる神様にお祈りしていたし、マトラだと宗教は毒だって言うし、魔神代理領は魔なる神様にお祈りしないけど信じていたし、悪魔って呼ばれてた人が何だか悪魔じゃないし、スラーギィだと蒼天の神様ってのがいるし、オトマク暦とズィブラーン暦と蒼天暦ってのがあって、マトラだと革命暦ってのも使っている人がいた。

「私ね、聖なる神様と魔なる神様にもお祈りしたことあるし、労農兵士さんにも感謝したし、悪魔って馬鹿にするのは止めて、でもダヌアの悪魔ってのにもなって、今は蒼天暦のほうが砂漠だといいかなって思ってるの。全部、大丈夫!」

 ジュレンカちゃんが首を傾げてから「あーあー」って頷いた。

「まあ、お利口さんね」

 褒められた!


■■■


 ケリュン族の占い師さんが夜空の星を指差して頷いた。

 雪豹座の主星が不動の極星と縦軸で交わった。季節は玄天暦法が定める白象、冬になった。イスタメルの方じゃまだ秋、そろそろ冬に近づいたかなってくらい。もう何回か雪が降ったし、水樽も汲むときに表面の氷を割ってからじゃない駄目な季節になっている。日中もまだ暑いまだ暑いと思ってても北風が来ると寒い。

 外人妖精連隊の兵隊さん達は連絡線工事に従事していて、最東端の開拓村にはあまり大人数で来なかった。大人数で来ても飲ませる水が足りないからしょうがないんだけど。最初に来た先発隊の兵隊さん達は今も残って村を作っている。

 今日は最東端の村に資材を運ぶ為に、灌漑の端にある補給基地に向かった。

 基地の方は兵隊さんが多く集まっていて、イスタメルの方から商人さんが来ているくらい。政府からの配給品だけじゃ足りなくなってきたみたい。

 受け取りに来た資材は木材。家を建てる時は日干し煉瓦を多く使っているんだけど、骨組みがちゃんとしていないとオルフ人の家みたいにすぐにぺっしゃんこになっちゃう。地震が来たら大変。

 荷車に木材を積んだら一休み。今の時期は日中でも平気。夜は寒過ぎる。

 基地にはゼっくんがいて、オルシバさんもいて、ジュレンカちゃんもいて、ミーちゃんもいる! ミーちゃんはちっちゃいからあんまり危ない前線には来られないよ。寂しいけどしょうがない。

 昼の休憩時間にご飯を食べる。パンには鳥さんの印があった!

 灌漑は繋がっているけど基地ではまだ水は制限されている。冬になって凍るからその分割ったり解かしたりする手間があるから更に制限。燃やす薪もその辺で手に入らないから尚更。日中の暖かい内に解けたら飲む。それか凍り辛い酒を水代わりにするか。

 ご飯を食べ終わって、ミーちゃんの顔を見たいなぁって思っていたら、ミーちゃんが何だかヒルヴァフカの言葉で声が裏返るくらいに叫んでた。

 何だろう!? って思ってそっちに走って行くと、商人さんに向かって石を下手っぴだけど投げてた。大変!

「ダメだよミーちゃん! 怪我しちゃうよ」

 ミーちゃんを抱っこして抑えるけど高い声で叫んで、ジタバタしながら泣いてて何言ってるか分かんない。

「あれ?」

 うっそー!

「ダラガンくんだ!」

 服が違って綺麗でちょっと太ってるけどダラガンくんだ!

「あ」

 ダラガンくんが、顔から水? 汗? を垂らしながら腰が抜けて倒れちゃった。ヒルヴァフカ商人の女の人がダラガンくんの肩に手をやる。あれ?

「ミーちゃんなんで怒ってるの? ダラガンくんだよ?」

 ミーちゃんは涙と鼻水で顔がべろべろで、何か喋ってるんだけど分かんない。騒ぎになって皆が見てる。うーん、ミーちゃんを一回どこかに連れていった方がいいかな? でもダラガンくんいるし、どうしよう?

「あらあら、どうしたの泣いちゃって」

 ジュレンカちゃんが来てくれた。

「ジュレンカちゃん、ミーちゃん泣いちゃって、どうしよ?」

「ミーちゃんっていうの? お姉さんのとこに来なさい。お菓子あげる」

 ジュレンカちゃんにミーちゃんを預けて連れて行ってもらう。オルフにいた時は子供の世話もしてたって言ってたし、大丈夫だよね。

 うーん、困ったなぁ。ダラガンくんも吃驚しちゃってるよね。

「ダラガンくん、えーと、久しぶり! あ、なんで顔濡れてるの?」

「ミリアンナに怒られた」

 ダラガンくんが女の人に手巾で顔拭かれて、肩を貸して貰って立ち上がる。ううん?

 ミーちゃん水をかけたのかな? 水は貴重なのに。あとで注意しないと。

「ダラガンくん悪いことしたの?」

「した、と思う」

「昔からいい子なのにね?」

 ダラガンくん悪い子じゃないよって頭を撫でてあげる。昔から悪いことなんかしたことないもん。

 女の人がこっち見て、すぐに目を伏せる。あれ、なんかしたかな?

「そうだ! 村の皆は? 私ね、帰ろうと何回か思ったけど労働と軍務が英雄になっちゃうぐらい忙しかったし、手紙送るにも村の名前が分かんなくて連絡取れてなかったの」

「村は……皆はあれだ、もっと良い場所に移住したよ。デニツァならもう良いとこのやつと結婚したさ」

「そうなんだ!」

 デニちゃん、このケツで結婚してやるとか言ってたけどちゃんと出来たんだ。デニちゃんだもんね。

「ねえ、その女の人は?」

「あ……ミリアンナの親御さんの親戚だよ。今一緒に商人の仕事してるんだ」

 ダラガンくんの驢馬と荷車一杯の荷物がある。売れればお金持ちだね!

「そうなんだ! 頑張ってね!」

 そっか、ダラガンくんは今商人さんなんだ。あっちこっちお仕事で忙しいんだね。

「ダラガンくん、いつまた一緒になれるの?」

「商人の仕事は難しいし色々とな、各地を回る。ミリアンナは連れて行けないし、始めたばかりで余裕が無くてな。計算が出来る人と一緒じゃないと食べていけないんだ。お前を連れて行くのはまだ難しいな」

「そうなんだ! 私、すーがくは苦手だもんね! あ、そうだ、ミーちゃんのお父さんとお母さんにどこかで会った? 親戚の人は知ってる?」

「今はちょっとどこにいるか分からない、かな。なあ?」

 ミーちゃんの親戚の人が首をちょっと傾げる? うーん、戦争があったからはっきりしないのかも。

「そうなんだ。無事だといいね……うん?」

 妖精さんが隣に来て手を握って来た。時々だけどお話とかしたことがある子だ。えーと、ミーちゃんともお仕事一緒にしてたと思う。

「サニャーキ、その男の人と仲良し?」

「昔から、ちっちゃい時からすっごく仲良しだよ!」

「他所の男人間だよ?」

「ダラガンくんはね、私の旦那さんなの! 怪しい侵略者とかじゃないよ!」

「そうなんだ!」

「そうなの!」

 それから妖精さんが「ばいばーい」ってさようならする。悪いオルフとかアッジャールから来た侵略者だと思って心配したのかな?

 次はゼっくんがやって来た。

「怪しい侵略者とかじゃないよ!」

 通報されたかと思ってゼっくんに教えてあげるとチラっとこっちを見ただけ。

「人間、お前が商人ダラガンか」

「はい!」

 ダラガンくんと親戚の人が兵隊さんとは違うけど姿勢を正す。商人さんだからかな?

「当地における軍責任者ゼクラグだ。話がある、来い」

「は、はい!」

「ゼっくん、前に喋ってたダラガンくんだよ!」

「ああ、知っているとも」

 ゼっくんがダラガンくんと親戚の人に手招きしてから、一緒にどこかに行っちゃった。お仕事の話かな? 邪魔するといけないよね。


■■■


 その後ミーちゃんのところに行ったけど、何があったか聞いても教えてくれなかった。水かけたり石投げたのはダメだよって言おうと思ったけど、ジュレンカちゃんが「しばらく優しくしてあげて」って言ってたから注意するのは止めた。

 またその後、木材を運びに戻る前にダラガンくんに会おうと思ったけど、親戚の人と荷車も一緒にどこかに行っちゃってた。他の商人さんとか兵隊さんに聞いたけど、何だかよく分からないとか、無視されたりとかで全然分かんなかった。だからゼっくんに聞いてみた。

「ね、ダラガンくんどこ行っちゃったの? お仕事忙しいのかな?」

 さようならしないで行くなんて変だよね?

「こちらでは儲からないから良いところを紹介してやった」

「そうなんだ! ゼっくんありがと!」

「礼には及ばない。言われるようなことはしていないからな」

「またまたー! 照れなくていいのよん」

「そうか?」

 何だかゼっくん、いつもより顔が笑っている感じがする。良いことしたら気分も良いよね!

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