第243話「中央進路」 ストレム少年

「これはよ俺のチンポなんだよ。なあ? それでお前のためのチンポなんだよ。なあ? ストレムくん」

 砲兵技官、ハッド同胞のランマルカ語はハッド訛りがキツめである。

「砲金なんてのはちょっと激しくすりゃ直ぐに中折れするフニャチン野郎よ。内地のパツキン色はフニャチン砲なんだよ。ところがだ、このガン黒鋼鉄のご立派様を見てみやがれ、何発激しくブっ込んでも湯気あげてもガン勃ちだぜ。スゲェんだよ、おらがハッドのガン黒色はガン勃ち砲なんだよ。俺のチンポがおめぇのパツキンのためなんだよ、分かるか? なあ? 大陸にもパツキンっているんだなおめぇ」

「マトラとランマルカの混血なので」

「ああん? なんでぇ、おめぇの母ちゃんは俺のチンチンじゃなかったのかよ。惜しいなぁ」

 この砲兵技官、蒸留酒を飲みながら酒臭い息で語る。元は海軍砲兵だったらしく、船乗り時代に身についた悪習が民族風習と合わさって染み付いてしまったようだ。

「大砲の話を続けて下さい」

「おう、チンポだな。こう、おチンポポチンと同じよ。大砲も愛して優しく丁寧に普段は撫でてな、こうやってよ、あれだよ、愛撫だよ愛撫、愛しちゃうんだよ」

 砲兵技官は新型施条砲に油を手で塗って保護する。

「毎日のようにこう上とか下とかこことか、ああやっちゃうかな? 口の中にまでズッポリ入れて、こう敏感な先っちょだから、こうちょちょちょーってやるんだよ。ちょちょちょーだぞ。なあ? そう、毎日やると分かるんだよ。こいつが今左曲がりなのか右曲がりなのか、疲れて垂れ下がってんのか、、寒くて縮こまってんのか暑くてだるんだるんなのか、どこを激しくしちまったせいで傷歪み凹みがあってよ、錆び始めてるとかが分かっちまうんだ。それが分かるとよ、砲弾の飛ぶ先が分かるんだよ。見えるんだよ。例え間接射撃だろうが、真っ黒吹雪に大雨だろうがよ、敏感な先っちょが感じるんだ。あぁ! こいつ敵を逝かしちまったってな」

 感覚的な話も混じるがこの豊富な実戦経験に裏打ちされた知識、技術を疑うところなどない。兵器の詳細な状態が把握出来ればその分射撃精度も向上するというものだ。

「こいつを見ろ、良い形なんだよ。ぶっとくて黒くて硬くて太くてぶっとくて黒くて長いのによ、架があって車輪が二つだぜ? なあおい、これどう見たってチンポじゃねぇか。分かるかチンポなんだよチンポ。一番理に適ってるぶっ放す構造ってのが一体何なのか見ておチンポ丸分かりだ。スゲェよなぁチンポって。小便したり弄ったりする度におチンポ凄いのぉって思うんだよ俺ぁよ。俺のチンポスゲェなあ。現時点では正に俺がチンポだよ」

 ハッド語表現には性器を使った多くの表現があり、下世話な会話ではなくても当たり前に使われる。勿論、この砲兵技官はその物に対して直接言及している。ランマルカ語と多少のハッド訛りや方言を理解した上での見解だ。

 オルフ内戦により古くから続いてきたランマルカからマトラへと続く支援経路が脅かされて不安定になり、単純な連絡通信も途絶えるようになってきた近況であるが、遂にはオルフ人民共和国を支援していたランマルカ軍事顧問団が北関門を通って避難してくる事態となった。この事態を受けてアッジャール朝オルフ王国からは厳重な抗議、引渡し要求がされたそうだが、ゼクラグ顧問の助言を受けたスラーギィ県知事が不可能と突っぱねて保護をした。彼等は戦闘直後で分散、損耗をしていたので尚更人数が少なく百名程度である。

 北関門より北のペトリュクは現在、アッジャール朝オルフ王国の勢力下にある。奪ったり奪い返されたりを繰り返しているので明日も同じかは不明。ランマルカ軍事顧問団の帰還は困難な状況である。

 東スラーギィ作戦の進捗によりスラーギィ北縁回廊よりオルフ領メデルロマへの道は拓けたのであるが、メデルロマも両陣営どちらの手に渡るか抗争中である。

 ランマルカ軍事顧問団もオルフに戻るに戻れない。そしてスラーギィに避難して無為に過ごすのも革命的ではないとし、戻れる状況になるまでマトラで軍事顧問業務を行うことになった。同志同胞であるマトラを支援することは革命的であるので問題無しとされた。

 意思疎通の問題や革命的か非革命的かの判断を踏まえ、ランマルカ軍事顧問団は一時的に外人妖精連隊に組み込まれることになる。イスタメル州政府相手には亡命者として登録がされ、書類上でも不都合がなくなっている。一度は武装したリャジニ妖精達を迎え入れた実績の下に、今度は武装したランマルカ妖精を迎え入れただけである。前例主義の観点からも都合が良い。

 ランマルカより新式装備の技術供与の予定があった。この避難と受け入れはその予定の前倒しになっただけと見做された。多くの権限を遠征先で持つ大陸宣教師の許可も後から得られた。

 軍事顧問団が持っている新式装備は科学的に優れている。

 ヤンフォールン工廠製の――革命暦――三十三年式施条銃。妖精用のやや短めの銃身を持ち、有効射程は三百イームを保証。銃弾を施条に噛ませる必要があるので滑腔銃より装弾時間が長くなるが、ランマルカ式では全歩兵に護身用の拳銃を持たせることによってその隙を埋めている。派生型の三十四年式狙撃施条銃は銃身が長めで、狙撃眼鏡を備え付けられる構造。

 大砲も施条砲となっており砲兵技官の説明のとおりに鋼鉄製で連続発射に耐え、施条用砲弾は新型で椎の実型砲弾。射程命中率共に旧式滑腔砲と球形砲弾より遥かに優れる。着発信管型榴弾、機械時限型榴散弾の有効性は遥か新大陸で証明済みである。また応急用に、新型砲弾を旧式大砲でも撃つための装弾筒も用意されている。旧式装備から新式装備へ移行する際の補助的措置だ。

 野外炊事車というのが素晴らしい。石炭過熱式の厨房をそのまま車両にしてしまった物だ。野営の度に調理場を作成する手間も省け、後方で安全に料理した物を、長期戦を続ける前線へ素早く暖かいまま送り届けることも出来る。構造は一見簡単に模倣出来そうだが、小量の石炭でも長期間熱を保っていられる保温断熱構造や強度のある防錆合金などは先進的な工業技術の賜物である。

 砲弾による破片効果に対する防御を考慮した軽量鉄兜。銃弾の直撃は流石に防げないが、それ以外にも頭部への負傷原因というものは多岐に渡る。破片効果、散弾、投石、長射程距離から発射された減衰銃弾、矢、投げ槍、白兵戦、落下物、様々である。中には緩衝材として中帽を着用する。

 防刃襟巻きと防弾着は荒絹製。新大陸にて絹生産が成功しているらしい。

 脛打ち、踏み抜き防護と爪先蹴りの威力を向上させる鉄製防護板入り長靴は行軍時の疲労を考えて、防護板は手間は少し掛かるが取り外し可能。

 軍服は更に先進的で、飾り気を完全排除して環境に紛れ込んで視認を難しくする濃淡ある灰色の斑模様。従来の軍服は儀礼式典用のように見た目を重視していたがこれは戦闘のみを考えて作られている。欠点は自軍の指揮官、観測班からも見え辛いことにある。戦列歩兵戦術ではなく散兵戦術を重視している。

 旧ランマルカ王国式訓練を受けているリャジニ妖精達に、これら新ランマルカ革命政府式訓練を軍事顧問団が施すのは難しいことではない。操典体系は同じなのだ。模範部隊となろう。

 ゼクラグ顧問の部下、通訳官として配属された自分に与えられた仕事の一つは操典、技術書の作成である。

 まずはこの酒臭い砲兵技官などから技術に関する事柄を聞き、マトラの言葉に翻訳してまとめる。彼等は軍事顧問団ではあるが臨時的で正式な存在ではないし、オルフ人民共和国へは技術協力という名目で新式装備の実験をしていたからあまり教科書類を揃えて保持していない。大陸宣教師からは正式に技術供与がされるとのことであるが、時期が決まっておらず、その時期が来るまで沈黙し続けるのは革命的ではない。よって現状でも出来得る限り技術を学び、吸収しようという計画である。

「色々とよぉ。チンチンおチンチンって言ったが、あれだ。いざ本番になってブチ込むところ見せんのが一番なんだよ。演習もいいんだが、やっぱり本領ってのは実戦で見えるんだよ。立て付け訓練でギンギンでもいざ本番でヘニョンヘニョンってのは良くある話だ。ここはあれだろ? 一番先に一番先っちょがぶっ込まれる先頭の拠点なんだろ。その内、アッジャールの馬チンチンがいきり立ってぶっ込みに来んだから、そん時に本番のガン勃ち金が熱く吠えてドババァー! って撃って逝かせるところ見せてやるぜ」

 そう言い切ってから砲兵技官はえずいて嘔吐を始めた。避難中はまともに飲めなかったからとレスリャジン族から貰った乳製蒸留酒を飲み過ぎたせいだろう。

「んなぁ、くっせー酒だなこれ!」

 東スラーギィ作戦における中央進路の最東端に位置する開拓村にその新式大砲を持ってきたのだが、砲兵が未到着で操作員がおらず、砲兵隊が揃っていないので技術指導をする相手もいない。リャジニ妖精の歩兵は既に着任して警備、防御工事に従事しているが砲兵ではない。軍事顧問団砲兵、外人妖精連隊砲兵及び砲兵転課訓練予定者、残る大砲も馬や駱駝の都合でまだ到着していない。この地は水が不足しており、次の水輸送部隊の到着までは人員増加が不可能なのだ。

「ストっくん! ご注文の砲台、完成したよ!」

「ご苦労様です」

「何てことは無いんだぜっ! サニャーキにお任せだよ!」

 いやに陽気な、ゼクラグ顧問直属の、現在は自分の指揮下にある特命作業員サニツァが作業終了報告に来た。先行して到着した新型砲の四門を据えつける砲台である。

「へへー、ストっくんちっちゃくて可愛い!」

 何故かサニツァは会う度にしゃがみ込んでは目線の高さを合わせてきて笑みを浮かべる。今日で三回目。

 開拓村は全方位からの襲撃に耐えられるように五角形の星型堡塁に守られている。この一帯は広大な砂漠地帯で遮蔽物も少なく、どの方角からも攻撃可能なので砲台の数は一角につき二つ、合計十である。隣接する二つの砲台への配置転換は素早く行えるよう、車輪が回りやすい滑らかな石畳になっている。また配置転換のみならず射撃後に後退する大砲の押し戻しも速やかに行えるよう、滑車と綱も装備されている。これは軍艦が船内で大砲を操る際に使われる装置を転用したもの。海軍砲兵出身の砲兵技官ならではか。これによる堡塁先端部は石造りで頑丈に作られている。作業時間の都合で先端部以外は土を固めた程度。

「砲兵技官、全方向に対応するべく、第一堡塁、第二堡塁、第四堡塁の三方に一台ずつ設置して全周に対応。中央には敵の攻撃方向が判明した場合の即応予備砲一門の配置でよろしかったですか?」

「んがぁ? おめぇ何言ってやがんだよパツキン内地野郎がよ」

「誤りが?」

「バッカおめぇ! 俺の仕事取ってんじゃねぇよ正解だよ馬鹿野郎おめぇ。覚え早ぇなおい、さてはおめぇもチンチン弄るの好きだなおめぇストレムくん。大体おめぇの年頃にゃおチンチンがムズムズし始めるよな!」

 砲兵技官は笑ってからまたえずいて嘔吐した。酒は馬鹿が飲む物と教えられてきたが、どうなのだろうか。ランマルカでは栄養法により戦略物資たる食糧の酒精変換は国家反逆的行為であるとされていたはずだが……ハッド同胞は例外だったか?

「サニツァ特命作業員には第一、第二、第四堡塁への大砲の設置と弾薬車の運搬を命ずる」

「それもサニャーキにお任せだよ!」

 マトラとイスタメルの言葉は方言程度の違いしかない。古代帝国時代に人間、妖精が雑居していた時期の名残だ。この英雄的労農兵士にはイスタメル語に加えてヒルヴァフカ語らしき訛りが入っているので若干聞き取り辛い。喋り方が変なだけかもしれないが。

「お姉ちゃんお仕事頑張ってくるからね! ストっくんはちっちゃいから無理しちゃダメだよ!」

 サニツァに頭を優しく撫でられる。成績優秀で教育課程を短縮して士官に任命されたのに幼年者扱いされている気がする。


■■■


 まだかなり寒いが暦上の冬は通過した。この地で使われる玄天暦法によればまだ長い冬の後半であるが。

 アッジャール残党が現れた。まずは使者だけが訪れ、食糧と水を要求してきた。県知事オルシバの方針により、レスリャジン傘下に入るなら保護も配給も行われると告げた。使者は一度帰った。

 戦いの前触れである。レスリャジン騎兵の伝令を全騎出して本隊の応援を要請した。アッジャール騎兵に狩られる可能性もあるので全員まとめて出撃。そして彼等の未到達を念頭に入れて対策を練った。

 砲兵技官に、即席であるが砲兵教練を施して貰うことになった。少しでも大砲を触ったことがあるリャジニ兵を優先的に指導して貰う。

 リャジニ兵はランマルカ語を基本的に解さない。ハッド訛りのランマルカ語を話す砲兵技官の言葉を自分が標準ランマルカ語にして、そこからランマルカ語を解す中隊指揮官や一部士官、下士官に伝える。標準ランマルカ語を完璧には理解していない彼等には砲兵技官の喋り方では伝わらないのだ。

「兼任しないで一人一役が最適だ。もっと言えばぶっ殺されても補充出来るようにケツに予備がたくさんいればもっといいが、そんな人数もいねぇな」

 開拓民五十名、リャジニ兵一個中隊百五十名、それと自分に砲兵技官にサニツァと事務官などを合わせて十名程度。戦力にならない子供や老人はいない。

「射撃指揮官、照準手、装填棒手、清掃棒手、点火手、火薬装填手、砲弾装填手、砲弾薬運搬手、もっと言えば照準助手も欲しいがそんなの仕込んでる時間はねぇ。照準は大体でつけろ。直接照準なら小銃撃つ要領で大体は当たる。大体だがな。射撃目標の現在地から時間計って移動距離見て角度見て移動速度割り出したりとか、事前に決めた目標物まで距離測っておいて射撃目標との相対距離だの角度測ってだの、大体の敵の身長と見えてる距離角度でうんたらってのは専門家が揃って連携してパパっと数値出さねぇと相手が案山子じゃねぇかぎりジジイのチンポだ。小銃撃ちが出来んなら小銃撃ちの要領でやったらいい。直接照準ってのは……ああ、これは一回喋ったか。まあ、堡塁の高さもありゃ撃ち下ろしが出来らぁな。この辺はだだっぴろいし、射程限界でも直接照準で大体当たる。大体当てろ」

 大砲を前に砲兵に選ばれた者達に砲兵技官が喋りながら実践。

「まず火薬袋を装填。装填棒で奥まで入れる。入れたら点火孔に錐を指して袋に穴を開ける。ここで点火薬盛るが、風を見ろ」

 まだ冬だ。冬季のスラーギィは北風が強い。今日も風が吹いており、時折音が鳴る程に強い。

「風で吹っ飛ぶ可能性があるな。で切った導火線を袋の穴に挿す。敵の圧力がキツくて一発でも多く連射したい時は瞬発の点火薬がいいと思うが、おめぇ等は初めてチンチンを弄るような素人だ。導火線を使って点火して、発射するまでの間に耳閉じるなり、間抜けにも大砲の前に突っ立ってるかもしれねぇからその間に避けろ。それで袋を弄ってる間に砲弾も詰めて装填棒で奥まで入れろ。それで導火線に導火竿で点火、発射だ。次撃つ時は清掃だ。装填棒のケツにある鉤で大砲に残ってる袋の残りを掻き出せ、出したら清掃棒を桶に入れて水漬けてから中を拭え。飲み水なんざ生き残った後に考えろ、ケチケチするな。そうしておチンポ綺麗綺麗にしたらまた同じだ。こいつは最新式の鋼鉄砲だ。フニャチン砲と違って簡単に熱で曲がらねぇが、適度に冷やすに越したことはねぇ。砲身がアツアツでしゅごくなったら水でも小便でもなんでもかけな。前に俺ぁはな、死んだ仲間の腹掻っ捌いて血と肉と内臓で冷やしたことがあるが、それもありだ。まずはそうだな。お前等に照準やってる暇はねぇからそれはいらねぇ。射撃指揮官が点火手を兼任しろ。後は一人ずつやれ。見ててやるから一班ずつゆっくりやってみろ」

 砲兵技官の指導が始まった。敵の襲撃はいつになるか不明だ。地平線の向こうか、もっと近くの丘の陰にアッジャール残党勢力が隠れていてもおかしくはない。既に交渉決裂とみて襲撃に移っていると考えるべきだ。

 リャジニ兵も開拓民達も戦闘準備に入る。リャジニ兵は各堡塁にて警戒待機。敵の攻撃方角が判明した時に即納出来るように中央に予備隊を配置。

「銃弾は他で使うから石を大目にしようね! この辺で獲った鼠とか鳥でもいいからそれを皮袋、なめさなくてもいいかそれに石を詰めちゃおう! 紐でも縄でも柔らかい枝でもいいから、それで小さい木の幹を束ねちゃおう。火薬でドカンって飛ばせば、木でもすっごいんだよ」

 サニツァがピロニェ伯軍の民兵時代に覚えたという応急的な散弾の作り方を開拓民に教えている。大型の大砲は新型砲以外に持ち込んでいないが、取り回しの良い旋回砲ならば十分に数がある。それで撃つ為の散弾だ。

 開拓民は村の中央部で配置につく。防御戦のみする方針で、旋回砲用の火薬は弱装にして火薬袋の数を増やし、応急散弾を連射する戦術だ。鋳鉄砲弾を遠距離目標に撃つのなら弱装は良くないが、接近戦ならば十分である。

 日も暮れない内にアッジャール残党勢力が包囲する形で現れた。

 これで最後の交渉に来たなどとは考えない。敵は新型砲の射程を知らず、旧型砲の射程圏外程度で待機している。

 砲兵技官が望遠鏡で敵包囲軍を眺めて回る。そして「よくわかんねぇが一番偉そうな奴に先制おチンポぶっ込めばいいんだな」と言って、四番堡塁の大砲の操作に入る。臨時砲兵達には自分が通訳して指揮する。

 照準器を見ながら水平位置、砲口をその偉そうな奴に合わせるために車輪を左右、前後逆に回して旋回。

「ああ、くそ、便利だなこいつめ」

 砲兵技官は次に左右距離の離れた双眼鏡でその偉そうな奴を見て、機械部品を操作。左右離れた眼鏡から見てずれている像を調整して合わせると測距が出来るという観測器具だ。分解しても真似出来る構造ではなかった。レンズの研磨技術がまず足りない。

「二千六百四十四イームか? 俺の目の玉は二千五百ちょい増しって言ってるが……弾種榴散弾。時限信管は右に一杯、最大距離だ」

 砲弾装填手が榴散弾の機械式時限信管の調整螺子の赤い印を右水平位置まで捻る。

 初めはゆっくり、砲兵技官の指導通りに弾薬が装填され、火薬袋に点火孔を通じて導火線が挿される。

「次の榴散弾、右一杯のと、右一杯一つ手前と、二つ手前を用意」

 そして撃つ前に水平尺で地面の歪み、砲身の砲角の状態を測り、測定済みのこの大砲の砲角ごとの参照射程距離を参考にして、砲角調整螺子を捻って調整。

「さあて、こいつを撃ってみてどこに飛ぶかだな。点火」

 導火線に点火がされ、火花が散って下に進んで点火孔に消えて発砲。砲煙、発火、砲口と点火孔から噴き出る。車輪が反動で回って砲架が後退。

 遠巻きにしている敵騎兵群、使者らしき騎兵がこちらに向かっている最中。包囲しておいて平和志向なわけがない。

 敵騎兵軍、偉そうな奴の取り巻き集団より向かって右方向上空で榴散弾炸裂。遠目からは灰色の煙がパっと出現しただけで間抜けな光景にも見えるが、その下では散弾が降り注ぎ、複数の人と馬が悲鳴を上げて見えない天井に押し潰されたかのように一斉に崩れ落ちる。

「榴散弾、右一杯二つ手前の装填。水平角修正だ。俺がいいって言うまで左に少しずつ回せ」

 縄が引かれて海軍式に大砲が前へと滑車を通じて押し出され、砲身内部が清掃され、弾薬が装填されながら、大砲の左の車輪を後ろ、右の車輪を前へ回して左砲口へ水平角度が微調整され始める。

「もういっちょ、もういっちょ。ああそれでいい」

 大砲の装填速度は速い。熟練の砲手が連携すれば小銃よりも遥かに早い。この場合は小銃並みの速度で装填された。

 再び発射。後退ではなく前進の指示が出された敵騎兵群は、角笛と旗の合図で一気に距離を詰めてくる。射撃武器で劣る場合は最速最短で接近するか、逃げるかしかない。その詰めた距離に合わなかった榴散弾は、目標の接近する敵集団後方で炸裂。多少の被害はあったような雰囲気。

 他の砲台も射撃を開始する。予備砲はリャジニの中隊指揮官判断で三番堡塁へ付く。砲兵技官の指導が無いところは弾種を着発式榴弾にし、敵騎兵に対して直接照準により水平射撃が行われる。

 榴弾着弾。地面の土を吹き上げて埃が派手に十数騎を巻き込むように舞うが殺傷範囲はそれより狭く、数騎程度を粉砕にとどまる。見た目と音の派手さにより、騎手及び騎馬が大いに恐怖して突撃速度を弱めるか停止、もしくは逃走する。

「榴散弾、信管中央より一つ左」

 砲角調整螺子を捻って大砲の砲角が下に微調整されてから、時限信管が中央より一つ左に調整された榴散弾が再度発射される。

 発砲、目標の敵先頭集団の真正面か、正に鼻面の先で炸裂。望遠鏡で確認する限りはその偉そうな奴と脇を固める騎兵が一斉に崩れ落ちて駈歩の勢いのまま、死んで脱力したままに転んで、見ただけで骨の折れる音が聞こえてくる。その転んだ先頭集団と榴散弾の炸裂に驚いた後続騎兵が転倒に巻き込まれて隊列が崩壊。

「榴散弾、信管左水平一杯より一つ手前。次の隊だ、右旋回。かあ、お馬さん速いねぇ」

 大砲の左の車輪が前へ、右の車輪が後ろへ回される。

「よしよし」

 発砲。第二目標敵先頭集団の一つ後方集団で炸裂。先頭集団の一部を撃破しつつ、その後続集団が潰れて崩れる。

「四百イーム越えはもう少しか。榴散弾、信管左一杯。照準はこのままでいいな」

 砲兵技官は目測で距離を測った。この距離までくれば長年の勘で正確なところは分かるのだろう。

 起爆時間が最低値となった榴散弾が発砲され、孤立して残った第二目標集団の先頭が崩壊。

「右旋回一杯。缶式散弾だぞ」

 大砲の左の車輪が前へ、右の車輪が後ろへ回され、砲台から向けられる最大右水平角となる。

 角度調整螺子が砲角を更に下げる。ほぼ堡塁からの撃ち下ろし状態。

 堡塁に迫り、駈歩から襲歩に加速して敵騎兵は弓矢を構え始める。そろそろあちらの射程距離内に入ってしまう。

 散弾発砲。砲身内部の施条を傷つけないための保護缶に詰められた銃弾規格の散弾が、接近する第三目標集団を斜め方向から薙ぎ倒す。近いので地面の埃、騎馬騎手の血肉を弾け飛ぶのが見える。

 榴散弾とは段違いの散弾数により第三目標集団はほぼ壊滅。堡塁にて待ち構える歩兵の内、施条銃装備の者の射程圏内に入って更に漸減。壊走に至る。

 大いに殺し、まだ粘る勇敢な騎兵が迫る。かなり長距離を相当な速度で走っている。騎兵突撃はこの開拓村の堡塁に無意味だから手前で下馬して徒歩で突撃してくる心算だろう。それで馬がここで疲れきっても良いという判断か。

「一気に左旋回一杯、こいつを撃ったら後退だ」

 大砲の左の車輪が後ろへ、右の車輪が前へ回され、砲台から向けられる最大左水平角となる。

 堡塁に大きく迫り、曲射に矢掛けを始めた第四目標集団を斜め、そしてほぼ真横から散弾が発射されて一撃でほぼ壊滅させ、歩兵の銃撃で残る騎兵も撃ち倒される。

 このように新型砲の威力は絶大だったが、全周囲からの襲撃には対応出来ていない。他の三つの砲は砲兵訓練を即席で受けただけなので距離と機能の把握が条件の精密な榴散弾は使えず、榴弾と缶式散弾の遅々とした発射しか出来なかった。

 砲兵技官の進言を中隊指揮官に伝え、臨時砲兵隊は大砲を放棄して開拓村へ後退する。

 敵の矢に対しては屋根や壁に銃眼を設けることで防げる。建物に対する射撃能力は非常に低いのが矢だ。火矢は別だが騎射で扱うのはかなり特別な訓練や状況設定が必要だろう。

 敵の接近には極限まで歩兵による銃撃が行われ、白兵戦へ移行する前に開拓村へ後退する。

 敵群の全兵力は依然として不明だが、千は優に越えている。また、おそらくだが食糧や水の限界によって攻撃を仕掛けて来ている。女子供も含めた総力戦体制であると思われ、兵数は侮れない。

 堡塁と合わせて開拓村は二重防壁となっている。防壁となるように意識された配置と造りの村の建物は、壁は土壁を挟んだ厚い日干し煉瓦製で内側も木材で頑丈に補強してあり、銃眼用の窓が設置されていて、屋根には射撃楼がある。また建物と建物の間は荷車で塞ぐことによって防御と逆襲の体制も取れるようになっている。

 内部に下馬した敵騎兵が侵入してくる。堡塁は昇るのに苦労はするが侵入は不可能ではない。

 屋根の射撃楼、建物の銃眼、荷車の陰から銃撃が始まる。堡塁の登りで隊列が分断され、戦力の集中がなっていない敵兵は、精強と言われたアッジャール兵らしくもなく銃弾に倒れる。

 多少部隊としてまとまっている敵に対しては応急散弾が込められた旋回砲射撃により一掃される。

 スラーギィの遊牧民達は農民と違って射撃に慣れているので単純な民兵とも言えないが、民兵程度も防御戦闘ならば精兵を殺せる。

 勇猛な敵が時に荷車に張り付くまで接近するが、その時はサニツァが古いマトラの言い回しで英雄棍棒を意味する「ブットイマルス!」で一見人間だったか疑わしいような姿に粉砕して変えるので戦局は安定した。

 そして敵は不利を悟って撤退を始める。

 目敏い一部の敵が大砲を盗もうとするが、そこはサニツァに「大砲を守れ!」と命じれば「サニャーキにお任せだよ!」とブットイマルスで敵を粉砕して防ぐ。

 戦場に転がるのは死体ばかりではなく、負傷者や、戦意を挫かれて茫然自失としている敵など様々である。

 獲得された捕虜だが、バルリー人やオルフ人と違って県知事オルシバの方針により殺さない。捕らえた人間をそのまま活かすなど問題だが、これはマトラではなくスラーギィの問題だ。

 こちらで行えた捕虜尋問の結果はこう。

 彼等はイディル王死亡後のアッジャール内紛に敗北した一派であり、東スラーギィの前はメデルロマで支配者層の一角を担っていた。オルフ内戦で人民共和国側と戦闘になり、友軍にも見捨てられて逃げて来たという。

 オルシバからの保護案は大勢が賛成するところだったが、指導者のイディルの息子の一人である王子が誰かの下につくのは嫌だと言って案を蹴った。案を蹴ったはいいが東スラーギィは厳しい環境であり、ブリャーグ族は襲撃しようにも居所が掴めなくて逃げられてしまった。

 そして今年の冬に蓄えを使いきり、飢え死にするくらいならと、移動しない拠点を持っているレスリャジンの方へ襲撃を決定したそうだ。

 春は飢餓の季節だ。冬は秋の蓄えがあるから食べられる。冬の間は弱った家畜を優先して屠殺して食べるものだが管理を失敗すると元気な家畜も死に、死ぬだけならまだしも行方不明になると飢えに近づく。春先はそうやって無くなった食糧を集める時期になるが、集めることに失敗すると致命的。夏までくれば農作物の収穫がかなりあてに出来るが、そこまで保つのは厳しい。この東スラーギィの砂漠の真ん中であれば通商事情も最悪で尚更だ。

 スラーギィ県知事の方針で仲間になるのなら放牧地の割り当ても食糧の配給も行われるということを改めて告げると、捕虜は寝返りたいと言って来た。

 その王子は先ほどの戦闘で死んだかどうか尋ねたが所属部隊の違いで分からず、死体の中にその顔があるか尋ねたが無かった。敵は撤退時に負傷者を連れて帰ったし、要人ならば死体も持ち帰ったと見られる。

 通常ならば二度目の襲撃を諦めさせるくらいの打撃を与えたが、相手は飢えて死ぬか戦って死ぬか、名誉を捨てて下るかの三択を迫られている手負いの獣だ。一時的な勝利であって全面勝利ではない。


■■■


 日が経って援軍が到着した。

 東スラーギィ作戦などに補助的に参加するマトラ義勇協力隊二百名とそれを直轄するゼクラグ軍政顧問。拠点防御兵力を除いた外人妖精連隊三個中隊四百五十名とジュレンカ連隊長。レスリャジン騎兵旅団八百騎とオルシバ県知事。到着が遅れていたランマルカ軍事顧問団である。

 彼等の抜けた地域は、訓練中のスラーギィ連隊や、新規登録者の増えたレスリャジン騎兵隊が補うそうだ。また東スラーギィ作戦での南側進路に割り当てられていた兵力が不要になったことで各方面に微力ながら余裕が生まれた。

 マトラ山地東部の北縁山麓沿いでは水源がわずかしか調査で確認されなかったそうだ。もしを南側進路の開拓を進めるのなら、山の分水嶺を越えて灌漑設備で水を引っ張ってくる大工事が必要になるので今回の作戦規模に見合わないとの見解が出された。マトラの復興と強化に忙しい時期に無茶な話であった。

 南側進路には抵抗勢力もおらず、遥か昔に東マトラ兵が駆逐して以来人間等はいない。大人しく友好的なチェシュヴァン族がいる程度。マトラ山地東部も最東端に至ればイブラカン砂漠、ヒルヴァフカを縦断して中大洋に注ぐ大河があるが、あの川も北を山に遮られている上、友好的なチェシュヴァン族や魔神代理領ヒルヴァフカ州の勢力圏なので手出しのしようも無い。

 攻撃的な遠征作戦が開始される。

 オルシバが捕虜に対して尋問と説得を行い、逃げたアッジャール残党勢力の野営地まで案内させることに成功。捕虜の協力条件としては無闇に殺さないことである。オルシバの方針と合致した。

 開拓村の防衛は引き続き駐屯していたリャジニ兵の一個中隊が行い、ランマルカ軍事顧問団と合流した砲兵技官が砲兵として今度は榴散弾を扱えるようになるまで教育する。また後からになるが、間も無くレスリャジン騎兵の一部も防衛に参加する。

 マトラ義勇協力隊、外人妖精三個中隊、スラーギィ騎兵旅団は遠征軍としてアッジャール残党勢力の野営地へ行く。

 歩兵と補給部隊は移動する拠点、騎兵は機動部隊として行動する。騎兵は不利になったら無理せずに逃げて歩兵と補給部隊と合流すればいい戦術を取る。

 レスリャジン騎兵旅団には騎馬砲兵隊が配備されていないがそれに準じる駱駝旋回砲部隊がいる。火力は軽騎兵戦力のみの敵に対して優勢であり、油断が無ければ先の敵戦力を分析するに勝率は高い。

 自分は、当初はジュレンカ連隊長付きの通訳官だったのだが彼女は恐ろしく頭が良かった。マトラの言葉もマトラ語の本や書類片手にすぐさま覚え、読み書きの習得もそれと前後し、方言違い程度だがイスタメル語もすぐに理解した。マトラ語はランマルカからの革命教育を通じて多数の語彙が流入しているので理解は早いが、しかし凄まじい。あっという間に通訳官として無用になった。オルフでは高級奴隷として貴族の家庭教師とランマルカ王国式の軍事教練もしていたというのは伊達ではない。

 砲兵技官が、乳製ではない蒸留酒を片手に笑っている。

「ストレムくん、なあおい。奴等に俺のチンポの凄さをもっかい仕込むんだろう? 脳みそにドンドンぶっ込んで、なあおい。いいぜ、俺のチンポをもっと見せてやるぜ。こう、ペロっと真髄までよ」

 こちらの通訳の仕事に関しては当分、自分の力が必要とされるだろう。


■■■


 遠征軍の帰りを待つ間、砲兵技官のハッド訛りのランマルカ語を通訳しつつ、砲兵訓練に勤しんだ。特異な状況下にあるせいで多くの本職の砲兵を指導出来ないのが少々気になったが。

 自分は通訳の傍ら、ランマルカ軍事顧問団が所有する操典、技術書のマトラ語翻訳、兵器の仕様書や、砲兵技官の口頭から拾った技術を文書にする仕事に取り掛かった。軍事顧問達の積極協力のおかげで一人で編纂するなら一年は掛かるような仕事を短期間に終えることが出来た。残念なことに硝子や金属加工技術に関しては未知のままである。大陸宣教師が約束した技術交流が待たれる。

 そして厳しい夏を前に遠征軍が帰還。死傷者はほぼなく、自然発生程度の病人が出ただけ。

 遠征軍は食糧と水の宝庫である輸送部隊を囮にして、無視が絶対に出来ない作戦を行ったそうだ。そして歩兵、輸送部隊を荷車要塞戦術で持って金床として、付近に忍ばせていた騎兵部隊を鉄槌として止めを刺そうとしたらアッジャール残党勢力が飢えと乾きに耐え切れずに降伏してきたそうだ。どうも、先の開拓村の防衛戦で指導者である王子が、あの砲兵技官の榴散弾で死んだようである。

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