第241話「軍備拡張」 ゼクラグ

 イスハシル暗殺。

 終戦間も無くオルフ王が年長の妻に殺され、即時に内戦勃発へと至った報は流石の我々上位妖精をも驚かすに十分であった。

 内戦勢力の一つはイスハシルの遺児ゼオルギ=イスハシル幼王を正当後継者として立てた王母にして摂政、寡婦ポグリアのアッジャール朝オルフ王国。

 もう一つは夫イスハシルを暗殺し、ランマルカ革命政府より後援を取り付けた大統領、寡婦ジェルダナのオルフ人民共和国。

 早速つけられたその争いの俗称は未亡人戦争。イスタメル州軍に従軍していた報道記者が新聞にその俗称を載せ、あっという間に流行った。オルフの方ではなんとも不名誉風の名づけ方なので気に入られてはいないらしいが。

 魔神代理領、イスタメル州政府、そして我々マトラとしてもどちらを支援するかは決めかねている。終戦の条約を交わした相手はアッジャール朝オルフ王国であり、直前まで戦争をしていたとはいえ正式に外交官を交流させて対話の実績があり、国交がある国だ。

 比較して見ると我々の敵であるアッジャール朝オルフ王国に弓を引いたオルフ人民共和国は敵の敵、つまり味方になり得る国である。またマトラとしては共和革命派のかの国を応援するのは思想を共にするのでやぶさかではない。しかし終戦直後という時期が悪い。魔神代理領的思想ではこの時点でオルフ人民共和国支援に回るのは不正義に当たる。講和条約で互いに承認しあった事項を蔑ろにする行為なのだ。

 支援を行うとしたら第三国経由になるだろうが、その第三国の思惑を調査する時間が必要である。

 時間が必要。他人の戦争に構う余裕を得るには時間が必要だ。マトラの復興が急務である。こちらの最優先課題が解決されない限りは未亡人戦争に関わっている余裕は無い。

 まず人民防衛軍は解散して復興作業に当たる。

 焦土作戦で破壊した施設、交通網の復旧。大量の遺棄死体の処分。灰になった森の植樹。武器装備の再充足。

 予備民兵旅団は解散せず、エルバゾは引き続き西方領域防衛に当たる。スラーギィが獲得された分、マトラ山脈の保有領域が北に延びたのでその防衛線は北延している。未管理状態のスラーギィ西縁の山岳地帯の領域確保が急がれる。我々の戦時はまだ終わっていない。彼等には戦いで損耗した分の武器を最優先で配達するように指示してある。

 バルリー共和国の東進に備えつつ、イスタメル州内軍務を全うし、未亡人戦争の南への波及を防ぐためにはやはり軍備拡張が必要。マトラ人民防衛軍のような総力戦体制に頼らない、民兵ではあるが正規兵のように振舞える即応の自由戦力が必要だ。仮称としてマトラ人民義勇軍。規模は最低でも二万を必要と考える。

 現段階で二万もの職業軍人を抱えるのは困難である。日常業務に土木作業を組み込めば多少の負荷軽減にはなるが、戦略的配置に支障が出るような作業はさせられないので気休めである。

 自力で当面の解決が出来ないのならば他力にて当面の解決を図るべきである。よって新たに獲得されたスラーギィの組織再編が急務であると判断した。

 自分、ゼクラグはイスタメル州に新たに設置されたスラーギィ県知事の軍政顧問に就任し、レスリャジン騎兵旅団とマトラ旅団との連絡将校も兼ねることになった。以前より、馬の購入交渉をスラーギィと行っていた時に身につけた遊牧諸語能力あってのことでもある。マトラ旅団とレスリャジン騎兵旅団は共同してスラーギィ北方警備に当たるので意思疎通に不便無い人物は適当である。

 マトラの復興業務はミザレジ知事と、情勢の変化につき独自路線を停止すると宣言したボレス補佐官が当たる。今更と思うのはおそらく自分だけだろう。

 軍政顧問と連絡将校の兼任は事情に合わせた肩書きだ。スラーギィ県知事とレスリャジン騎兵旅団長を兼任するのはオルシバという老兵だ。旧長老派と呼ばれるアッジャール側についたレスリャジン氏族の者達に言うことを聞かせるには政権と軍権の両輪が必要だ。軍民分かち難く一帯の遊牧民ならば尚更である。

 オルシバはベルリク=カラバザルの母方の祖父の妹の孫に当たる。レスリャジン氏族長ともなったベルリク=カラバザルの血縁者であり、今は氏族長を代行する立場にある。旧体制的な血縁主義であるが、旧体制思考に染まった人間にはある程度有効。

 スラーギィ県県庁所在地であるスラーギィ南関門にてオルシバと顔合わせを行う。関門にも衛兵待機所や宿などがあるが、県知事はその近くで家族等と共に幕舎を展開している。遊牧民的である。

 戦場を駆け回り続けた老人にしては長生きに白髪で古傷まみれで、冬の最終突撃にも参加して生き残った強者である。

「軍政顧問に任じられたゼクラグ。人間と共同して政策を行うのは初めてだ」

「長老……って今は言わないか? まあいい、肩書き並べるのは面倒だ。オルシバだ。こっちも妖精なんぞと仕事するのは初めてだ。髭の妖精も初めてだな。フハッハァ!」

「こちらはそちらの軍事面において全面的な補佐を行う。オルシバ殿は何をされるか?」

「何をって、ああ、カラバザルの小僧から言いつけられたあれか。スラーギィで騎兵戦力の拡張と組織化を図り、貴賎の風習を廃止して若い女も全兵力化しろってやつだな。やるこた分かってるよ」

「まずは現状、仮に総力戦になるとして召集出来る全兵力の数と、その者達の装備状況を知りたい。マトラより武器弾薬軍服を支給する。弓矢はそちらで自弁しているようだが」

「支給って、そんな金無ぇぞ。人売りゃあるかもしれんが」

「何を言っている。マトラは先進的社会主義制度を取っている。そのような悪辣な資本主義者のように代金など取らない。無償供与だ」

「無料ってのは逆に恐いんだよ」

 オルシバが人差し指と親指を擦り合わせて見せる。あの仕草は硬貨の表現、金か。

「対価を敢えて示すのなら今後の戦争において血を流す義務を負うことだろう。軍属ならば当然の話が恐いのか?」

「いーや、別に」

 オルシバという男、政治家や官僚の経験は全くないようなので意思疎通に齟齬が出る気がしてきた。会話の仕方が理性、組織的ではない。その分の補佐も自分の仕事になるだろう。

「貴賎の風習を廃した兵力換算を先ず行って貰いたい。支給品の数を調べ、補給部に書類提出をしなくてはならない」

「それで、何をくれるんだよ? あの白っ黒軍服はちょいとな、まあ上着はいいんだけどズボンがな」

「軍服の配色はイスタメル州の正規軍だからどうにもならん。それと支給するのは不足分の装備だ。レスリャジン騎兵の装備基準は刀一本、短刀一本、拳銃二丁、合成弓と聞いているが間違いないか」

「ああ、こっちもこっちで出兵する時にゃ装備点検するんでな。そのくらい持ってれば合格だ」

「レスリャジン騎兵を今まで見たところ、拳銃の不足は著しいようだが」

「ボロボロになったら研げば使えるもんでも、自分で作れるわけでもないからな。二丁も持ってる奴は珍しいかな。火薬もそんな出回ってない。一丁で十分っちゃ十分だ」

「問題になりそうな点は判明した。実際に、今戦いになるとして集められる数が知りたい。召集するように」

「するようにって言ったって、いつだよ?」

「即座に」

「おいおいおい! 家畜の世話だってガキの世話だって、戦争終わったばっかりで怪我人の世話もありゃ葬式だの戦争分かれした後の仲直り中のあれこれだってあるんだぜ!」

 オルシバが驚いて大きい声を出す。人間の面倒なところだ。特に家族制度、これが余分な費用だ。

「人間が非効率なのは分かった。理解を示そう。では、オルフ内戦の煽りを受ける可能性がある状況を前提にして、人間的に不可能ではない迅速さでもって、正規兵として遜色ない者達を大隊四つ分以上召集するように。大隊二つで連隊、連隊二つで旅団と名乗って差し支えないだろう」

「だー、糞め! カラバザルの坊主、とんでもねぇ奴送ってきやがったな!」

 人間的思考で聞き取れば、不満はあるもののやってみるという意味になるはずだが。

「人間は返答が曖昧なので改めて尋ねる。召集を行うことに対して肯定か?」

「やりゃいいんだろ!」

「それで良し」

 オルシバの調子を見るに軍政顧問の派遣は妥当である。調整役がいなければ組織行動も曖昧な連中だ。

 文句を垂れるだけではないオルシバはベルリク=カラバザルが戦前に編制した組織的な騎兵を使い、各部へ中洲要塞に集結するようにと伝令を出し始めた。

「父さん、父さん! 俺どこ行けばいいの?」

「カイウルク、おめぇはバシィールに行くんだよ。この前の話聞いてたのかよ」

「あれホントだったの!?」

「そうだよ。カラバザルと一緒に行って、偉くなってこい」

「偉くなれるんだ!」

「ああ。居残り組みとじゃ天地に開くぜ」

「うん!」

 オルシバに顔立ちの似た少年が高い声で騒ぐ。どうやらジャーヴァルへ行く軍事顧問団に参加するようだ。

 参加するのはベルリク=カラバザル、ラシージ親分、ルドゥ偵察隊長、砲兵技官ゲサイル、工兵技官セルハド、生活指導官ナシュカ等、いずれも専門分野を極める者達であり、指揮者としても専門外に関しても指導が出来る者達である。親分の判断であるから反対はしないが、しかしマトラとして手放すのは惜しい者達がこの時期にいなくなってしまう。マトラ旅団長代行はゾルブ司令が務めるが。

「あ、どうしよ、いいや! 父さん、準備したらもうバシィール行く!」

「行け行け。飯くらいカラバザルに食わせて貰えるだろ」

「うん!」

 少年がちょこまかその辺を走り出し、幕舎の入り口に顔を突っ込んでは「母さん!」「姉さん!」などと声を出して手荷物の手配を頼んでいる。

「ありゃ息子のカイウルクだ。歳取ってから出来た最後の奴だからよ、あれなんだよ」

 オルシバが遠い目線を息子のカイウルクとやらに送る。

「おそらくその話は理解出来ない。中洲要塞へ出立する準備をしろ。即座に集らなくてもその前に北部関門の状況報告を聞ける」

「おめぇ……いや、妖精か」

「理解したなら対応するといい。こちらはしている」

「糞め」

 オルシバは無駄口を叩くが行動に移したら早く、幕舎の分解指示を出し始めた。好印象だ。


■■■


 セルチェス川の水門が閉じられたダルプロ川沿いの街道を北進。増水した流れが削った川岸の土、岩が目立つ。岸に打ち上げられた死体拾いの仕事はほぼ終えたはずだが人馬の骨やほぼ腐り切ったような残骸が時々見受けられる。

 アッジャールが大軍を通すために整備された街道は太く、大きい。多大な人的資源を投入しただけあって中々の出来栄えだ。

 中洲要塞だが、沈んだ西岸要塞は港として整備され、大量の軍需物資を保管できるようにと大量の倉庫群が設けられている。中洲と東岸要塞には、船舶交通の利便性を考えた跳ね橋が改めて架けられ、居住地や病院などが増設されている。我々の整備した要塞を補給基地として良く改修している。イディルの死が無ければこれらを拠点に粘り強く攻撃が続けられていたかもしれない。

 中洲要塞到着直後には道すがら召集に参加してきたレスリャジン騎兵が少し集っている。時間もあまり経っていないので反応が鈍いかはまだ判断がつかない。

 遊牧民は、地方によって差はあるものの基本的に十進数単位で組織管理をしている。レスリャジン氏族は戦前で三千戸、川と中心に上中下――この場合の上の基準は侵入してきた方角なので北らしい――で千戸ずつに分かれ、それぞれの千戸に長老がいて、統率するために頂点に族長がいた。人口は戦前時点で一万二千人前後とされ、今は戦争で数が減ったり離散して一万人強とされる。動員兵力は最大でざっと半分の五千程度とオルシバは言った。働き手として十分な体力を持つ男女全てを兵力と換算するならば半分の五千は嘘ではないだろう。そこから遠征兵力、正規兵として成人男子のみとすれば今は二千程度となる。放牧などの仕事を疎かにしないようにと考えれば千から千五百か、その程度に落ち込む。召集の初期達成目標は千五百とした。

 成人男子だけでの千五百騎は中核となる先任将兵達として組織訓練し、後から人間的な準備の整った者達が加わって二千、三千、最終的には五千と拡大すればいい。

 オルシバとの話し合いでそこも「まず遠征組ってんならまあ集まるかもな」と合意が得られた。戦前に編制したレスリャジン騎兵大隊は少年も合わせた総力戦体制で三百騎であった。四個大隊の基準が約千二百。最先任は大隊三百騎から幼過ぎる少年等を差し引いた者達となる。

 最先任の百数十人には、遊牧民的十進数に基づいて十人――過不足あれば十二人でも九人でも――の新兵をつけて教育分隊として訓練するのが妥当と考えている。ねずみ算的教育方針は、革命当初のランマルカ革命政府が早急に一般人を兵士に仕立てあげる際に効果を発揮した。指の数に連動してか知らぬが、指を折って数えられる範囲というのは精神的に管理しやすい。

 中洲要塞にて北部関門から異常事態とも取れる報告が到着している。早急に北へ向かいたかったが、このスラーギィの地は単純ではなく、一つ問題の対処に追われた。

 この広いスラーギィ、一万程度の人口では収まらない。レスリャジン氏族はここ数十年の新参者で、闘争に優れて支配的な座にあったが全てではない。スラーギィ人と大雑把に呼ばれる者達がいる。

 スラーギィ人は北のオルフから南下して来た者が多く、逃亡農奴や政争に敗れた旧貴族やその臣下等がいる。オルフ人に限らず、弾圧されて逃げてきた少数民族が一塊になっていたり、東スラーギィの砂漠からやってきた遊牧民がいたり、西の山中から迷い込んできたような者達、それらが交じり合って民族の区別が曖昧になった者達がいる。その人口は把握し切れていないが決して多くはない。

 スラーギィ人の代表として名士アルフダン・エゴルウィツクという人物がいる。何人とも見て分からぬ顔の彼が面会を求めてきたのだ。内容は単純明快だ。

「この機会に我々が農奴でもない自由民であると証明がしたい。我々の軍隊を作らせてくれ。家畜扱いはごめんだ」

 ということだ。権利の主張は武力で行うものである。誰に矛先を向けるにしろ、自立した民族とは自衛出来る民族で、仲間とは共闘出来る者達である。柵の内側から鳴き喚く者達ではない。

「自立の意志は大変結構! 家畜は銃を構えない、自由意志を持つ労農兵士であればこそ鍬に鎚に銃を持って自主独立のために働いて戦うものだ。私としては発案者であるアルフダン殿を連隊長としてスラーギィ連隊の設立を推進したいと思う。連隊長とは管理単位の長であるからいっそ軍事能力に欠陥があっても実質指揮者を別に立てれば問題はないから己の才能を憂う必要はない。名誉連隊長というものだな。この提案、異存無いか?」

「名誉連隊……いや、いやいや勿論問題無い。ただ我々には武器も乏しければ組織も無い。軍事経験も乏しい」

「まずは連隊長が召集出来る兵数を教えて貰おう。召集して、実際に集められる人数のことだ。方々に聞いて回って出せると言われた数ではなく、軍隊として、連隊組織として計算出来る、指揮統率が行き届いている人数だ。実際に召集して指差しで数え上げられる人数、連隊名簿に名前を連ね、繁忙期であろうと召集があれば仕事道具を置いて武器を取り参じることが出来る人数のことだ。その実体が伴ってそれからスラーギィ連隊の申告をイスタメル州政府に行い、承認されれば予算が下りるからそれで装備の不足分を買い足し、また人数分の武器弾薬軍服等を支給する。そして装備が整ってから訓練に入る段取りをする。書類手続きが必要なことだから逐一連絡し、逐一記録しなければならない。口約束だけで裏づけも何も無しに進めるわけにはいかないから君達からしたらもどかしいかもしれない。しかし必要なことだ。了解か?」

「分かった。志願者はもういるんだ、もっと多く集められるか回ってみる。体裁が整ったら改めて連絡する」

「それでよろしい」

 やる気のある者は人間であろうとも歓迎だ。

 因みにアルフダンからまず先に話を持ち掛けられたオルシバは「話が分からんから妖精さんに聞いてくれ」とこちらに仕事を回してきた。的確な判断だ。

 まずいきなり彼等に組織軍を期待してはならない。オルシバには五千ではなく千五百、アルフダンには仕事道具を置いて武器を取れる者とした。それらを正規兵軍として組織し、あとから民兵を登録させて有事に大拡張を成し遂げさせれば良い。産業別民兵体制の導入はまたその更に後になるだろうか? これは先の話であるな。


■■■


 オルシバは中洲要塞でレスリャジン騎兵旅団呼集の仕事を続ける。千五百騎は、以前は集るかもなと請け負っていたと記憶しているが出発直前で「ちょっと怪しいかもしれねぇ」と弱気になっていた。「まずは中核戦力、士官下士官相当の教導集団の育成から手をつけることを目標に」と、最低限の成すべきことを示しておいた。既にレスリャジン騎兵旅団は州政府に承認され、予算も下りている。実数確認の前に承認されたのはスラーギィ県設置に際してレスリャジン氏族全体の統率に騎兵旅団長という軍権を握る肩書きが効果的という政治的な理由がある。いつまでも有名無実にしていたのではマトラ防衛に影響があるのだ。スラーギィは北部における重要な縦深であることは実戦にて証明されている。対処しなくてはならない。

 北部関門の共同管理はこちらとアッジャール朝オルフ王国が行うという名目だが、反乱で人民共和国側の手に渡ったり、給料食糧が来ないから部隊ごと亡命して来たりとややこしい状況にある。事態収拾まではこちらが中立で管理するということに現場判断でされ、州政府の追認を貰っている。

 オルフ側からの亡命者の扱いはその以前以後で様変わりをした。

 以前は容赦無く殺害していたが、現在では亡命者抑留施設に一時拘禁してから選別、対処する方針に変わっている。不足する戦力を亡命者で賄うというのだ。

 まず大前提としてオルフ両政府からの亡命者の返還要求は一切受け付けていない。正当政府不明により中立の立場を守るという政治見解から導き出された答えだ。同時に北関門周辺での軍事衝突があった場合は介入勧告をしてからマトラ旅団が出動して、可能ならば発砲をせずに追い散らす。ペトリュク南部のテストリャチ湿地は先の戦争で交通網が大規模改修されたものの、依然として人もまばらな土地であり、オルフとしては要衝になるような拠点はほぼ無く、衝突規模は精々が数十から百単位。主力軍は北の河川沿いの大都市部で争っている。

 北部関門で発生した異常事態とは、人数が多過ぎて亡命者拘留施設に収容できず、その外で整然と整列して並ぶオルフからやってきた一個連隊、完全武装の妖精達であった。

 自分がやってくるまでは草原に座ってジっと待機しており、戦意の無さを示すと同時に先導用の指揮杖も兼ねると見えた白旗を持つ上位者の女が号令を掛ければ皆が一斉に立って姿勢を正す。

 女がオルフ語訛りながら、上流階級然として優雅な口調でランマルカ語を話し始めた。

「初めましてご機嫌よう。こちらリャジニ連隊を編制してこちらまで亡命をしにやってまいりました。私、連隊長を務めておりますジュレンカと申します。お見知りおきを」

 そして優雅にジュレンカが貴族風に胸に手を当て、片足を引いて一礼をした。労農兵士の敵の仕草に一瞬身構えてしまったが、獲得した教養で示した礼式ならば否定するのはいけないことだ。敬礼をして返す。

「スラーギィ県知事の軍政顧問、マトラ旅団とレスリャジン騎兵旅団の連絡将校を務めるゼクラグだ。当該案件に関与する権限を持っている」

「まあ、それは良かった。雨に降られる前に問題が解決しそうですね」

 ジュレンカは穏やかに微笑む。育ちの違いだろう。わざわざ長い髪を短髪に見えるように複雑に編みこんで、衣服も刺繍入り、宝飾品を身につけているのは革命的ではないが能力、思想に欠陥がある証拠にならない。

「リャジニ連隊とは何か?」

「はい。リャジニ地方はアストラノヴォ領の片隅にあるオルフ最後のまとまった妖精居住地方でした。長らく領主は人間でしたが、支配階級の者達とは付き合いが上手くいっておりました。ランマルカでの共和革命騒動後も領主様の計らいで大過無く過ごしておりました。我々はランマルカ王国式の人間を長に妖精が下部を構成する組織で上手く機能してきました。アッジャールの侵入後もオルフ人を取り締まる側に回って上手くやってきたのですが、そちらのマトラの方々の破壊活動により活動が自粛され、内戦勃発後には王母ポグリアより危険分子と認定されて迫害の憂き目に遭いました。そこで組織として粉砕される前にリャジニ地方で強行軍が出来る者達を選別し完全武装で正規兵七百、民兵四百を揃えてリャジニ連隊としてこちらまでやって参りました」

「経緯は了解した。オルフ人民共和国を頼らなかったのは何故か? そちらはランマルカ革命政府の後援を受けているが」

「我々なりに領主様とは上手く付き合っておりました。オルフ人民共和国軍は領主様と一家を反革命分子として、あの小さなお嬢様まで辱めた上で虐殺しました。我々は当然、その時は無抵抗ではありません。かの軍と戦闘し、敗北し、残存兵力や虐殺から逃れられた者達を集めてやってきました」

「両政府と敵対関係にある旨は分かった。亡命先も妥当である。我々の方針は当面両政府に対して中立であり、そちらの復讐を手伝うことなど政策的にありえないがそれでも亡命したいか? その機会は永久に失われるに等しいぞ」

「はい。まずは生きねば」

「所定の手続きがある」

「はい」

「先ずは武装解除」

「可能です」

「次にリャジニ連隊の受け入れ可否の判断まで待機」

「可能です」

「解散し各地へ分散する可能性もあるが容認出来るか」

「可能です」

「言語教育をしなくてはならない」

「可能です」

「私個人からは、後は無い。そうだな、君、ジュレンカを代表としてマトラまで来て貰う。最終判断を受ける。連隊は武装を我が軍に引渡し、引き続き待機して貰う。有事には戦力と見做す可能性もあるので代理指揮官を指定しておくように。その時は武装が一時返還されるが、事態収束時には再度武装解除が行われる」

 そのように現地部隊、ゾルブ司令に申し送りしておこう。

「結構でございます。ありがとうございます」

 またジュレンカが優雅に一礼。調子が狂う。

「それとご入り用かは存じ上げませんが、オルフ各地にいる同胞達の、最後に確認した場所と所属を記録しておりますので、同胞救出作戦のようなものを実行される際にはご活用下さい」

 ジュレンカの秘書官と思しき者が鞄を重たげに持ち上げ、開けて書類が詰まった中身を見せた。

「秘書の方か? 同道を認める」

「ありがとうございます。ふふふ」

 秘書の代わりに礼をしたジュレンカが微笑む。

「ゼクラグさん、お髭が素敵ですよ」

 ジュレンカが片目をパチっと閉じて、指先で自分の髭を軽くちょんと撫でた。人間臭くわざとらしくない普段の動きに見えた。対応を褒めているらしい。調子が狂う。

 リャジニ連隊の承認とりつけにマトラに戻ろう。連隊の錬度は、我が軍の方式とは違うが高い。不足する戦力を補う千百の完全武装の歩兵連隊は逃し難い。推薦したい。この腹で何を考えているか分からない女に関しては上の者に判断して貰うが。


■■■


 中洲要塞に戻り、オルシバが現在集めた騎兵の数を申告する。

「六百。俺はまあ、良い線いってるんじゃねぇかと思うけどよ」

 最終的に六百ではなく、集まりが鈍重な中、現時点で六百である。遊牧騎兵の迅速さを考えれば怠慢と言わざるを得ない。

「旅団書類とその見本を書いて置いていくからその通りに記載するように。魔神代理領共通語でなくても州政府で翻訳するからセレード語記述で構わない」

「そりゃいいんだが、ヤバいか?」

「軍の召集に参加出来ない者は当然処罰対象だ。幸運なことに、まだレスリャジン騎兵旅団の名簿が先任大隊分しかないからその処罰対象者が不在になっている。現状を長引かせることは反乱容疑に直結する。戦後間もないということで内務省官僚も大目に見てくれているが、それもいつまでか分からない。マトラが庇える内に旅団の名に相応しい名簿を作成するように」

「糞、チビっ子に説教されちまったぞ」

 オルシバが未記入の書類を見て帽子の上から頭を掻く。それから帽子を脱いで禿げた頭を手拭いで拭く。

「……ゼクラグ、提案だ」

「何だ?」

「東スラーギィに人を出す」

「興味深い。説明を」

 ダルプロ川より東部、東スラーギィは我々の領土である。川を越えて間も無く気候が代わり始め、川や湧き水も乏しくなって草も生え辛い荒野となり、砂漠に至る。その荒野、砂漠の入り口近辺はレスリャジン氏族が放牧地として使っているが、更なる奥地となると完全に統制外だ。

「レスリャジンはカラバザル派と旧長老派に分けられる。戦争は引き分けって言う奴もいればアッジャールの負けって言う奴もいるが、旧長老派についてはカラバザル派に負けたってことになる。族長がカラバザルになったのが証拠だな。オルフからの亡命者にアッジャール人が結構いやがって、他の名前も良く分からん連中もいる。そいつらに放牧地分けるのも今の混乱してる時期にゃ面倒な話だ。おまけに東スラーギィと来たらメデルロマ経由でオルフの開拓民がいて、分裂したアッジャールの一派も何だか迷い込んでるらしい。間違いなく大分裂状態だ」

「同意する」

「そこでだ、亡命者の東スラーギィ入植と、その名目じゃ人の集まりが今の旅団召集並みに悪いからよ、アッジャール残党狩りって名目で攻撃を仕掛けようってことだ。暴力は外でやるのが賢い遊牧民の作法だ。東スラーギィに暴力を向けて同士討ちを避ける。一緒に敵を殺して仲直りしようってこった。平和は毒だ」

「東スラーギィの入植は困難だが」

 メデルロマ経由で東スラーギィの北部にオルフ系開拓民がいるという情報はこちらも持っているが、昔から水源開発が難航してて人口を増やす余裕も開拓地を広げる余裕も無いと聞く。

 中部には多少のオアシスなどがあるそうだが都市化したり耕作地として利用されるような規模は無く、先住の遊牧民が少数いる程度と聞く。

 南部は東マトラの山地の麓線沿いに水源がありそうなものだが、山の分水嶺の北からは偶然にしては出来過ぎなくらいに干上がっていると聞く。東の同胞も水不足で山の北側では放牧が多少されている程度で住民はほとんど住んでいないそうだ。

「入植なんざ最悪出来なくていいんだよ。放牧地分けるって言ってもレスリャジン一万じゃ到底使い切れん広さがあるんだ。自分の土地だって主張している財産を切り分けるのが、将来の息子たちに分ける分を確保したいからって亡命野郎に分けたくないなぁってなもんだ。それが身内だってんなら話は別だ。敵を一緒にぶっ殺して、仲良くなって結婚すりゃいいんだ。それに東スラーギィにいるアッジャールの残党狩りって言ったがよ、そいつらを飲み込んでデカくなるのも目的だ。殺すってのは口だけで、降伏させて飲み込むんだ。カラバザル派はよ、人数でかなり負けてる。これにアッジャール人だとか混ぜ込んで派閥の比率を弄くってやるんだ。そうやってカラバザルの坊主が帰ってくる頃には、いつだか知らねぇが、騎兵旅団だろうが一万人隊だって、そこまでは無理か? まあ、揃えてやるんだよ。カイウルクだって遠征してデカくなってくるんだ、親父だって何かやってやらんとな!」

 東西スラーギィの分裂状態を解消する良策かもしれない。

 集りの悪いレスリャジン騎兵旅団、完璧だが意思疎通に問題がある未承認のリャジニ連隊、まだ出来てすらいないスラーギィ連隊。これらはスラーギィ防衛に使うとマトラ旅団の足手纏いになりかねないのが現状だ。実戦にて技術を磨き、組織的欠点を炙り出して改善する必要がある

「当該作戦の必要があると認める。リャジニ連隊、スラーギィ連隊承認案件と同時にその東スラーギィ作戦を上層部と検討してこよう」

「話が早くていいぜ」

「当然だ」

 編制書類と作戦草案の作成を行う。報告書類を提出しなくてはならないので移動は後回しで良く、レスリャジン騎兵とスラーギィ連隊の召集の経過を知る必要がある。

 レスリャジン騎兵旅団は結局七百程度が集まった時点で戦うわけでも何でもないのかと不満が噴出し、オルシバの判断で解散となった。

 スラーギィ連隊は意気軒昂のアルフダンに合わせてか、やる気のある成人男子が八百名も集まった。

 完璧ではないが、見通しが暗いわけでもない。


■■■


 ベルリク=カラバザル並びにラシージ親分に諸案件を持ち込もうとバシィール城に向かったが、八番要塞までで間に合った。

 軍事顧問団はジャーヴァル遠征準備に入っており、ゾルブ司令に両名の全権が委任されたことが判明した。

 ジュレンカと秘書官を連れ立ち、司令部にいるゾルブ司令を尋ねた。

「報告書類になります」

「ご苦労」

 三人で姿勢を正したまま、ゾルブ司令が提出書類を捲って読むのを待つ。

 秘書官が渡した膨大な資料については一つ二つと流し読みする程度で終わる。

 読み終わる。

「レスリャジン騎兵旅団の統率の低さを改善する東スラーギィ作戦の実行をゼクラグに命じる。草案で既に完成に近い。実行兵力と物資が揃ったならばこちらの承認を得ずに実行して構わない」

「はい」

「スラーギィ連隊については州政府にこちらから連絡を入れる。この内容ならば承認も早期に行われるだろう」

「はい」

「ジュレンカくん」

 ゾルブ司令がランマルカ語に切り替えて喋る。

「リャジニ連隊については外人妖精連隊に改称した上でこちらの権限で臨時承認とし、正式にも州政府へ連絡を入れる。リャジニはオルフの地名であり、オルフ両政府との政治的摩擦が懸念されるので使用を認めない。異議はあるか?」

「は、ありません」

「よろしい。ゼクラグ顧問は外人妖精連隊との連絡将校も兼ねるように。それからランマルカ語に堪能で士官教育を修了した通訳官もつけよう。言語教育が修了するまで連絡将校は多い方が良い」

「はい」

「さて、オルフの妖精種族に関する資料であるが、情報部案件である。有効活用はさせて貰うが逐一その進捗の報告はしない。異議はあるか?」

「は、ありません」

「よろしい。各部にこれらの案件通達しておく。以上だ」

 代表して自分が敬礼をしてから退室。


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 東スラーギィ作戦は特殊作戦に分類されるだろう。州政府からの承認を待つ間に情報部へ協力依頼をして具体的な指示を出し、復興作業中のサニツァを尋ねた。必要になるかもしれない。

 崩れた崖や斜面の法面工事で活躍中のサニツァを特命で現場から引き抜く。

「新しい仕事だ。来い」

「ゼっくんと一緒!?」

「ああそうだ」

 サニツァは軍服を着たりなど少し前までしていたが、彼女が着ると普通の服、特に型に嵌めたような服はあっという間に破けて壊れてしまう。踏ん張りは馬もかくやに靴なんか履けたものではない。今着用しているのはいつもの、ヘルニッサ修道院で支給されたゆったりとした修道服だ。妙に思って修道服を検分させてもらったことがあるが、かなり上質で糸も生地も分厚い絹製だということが分かっている。派手に動いても破れないように伸縮するような特殊な縫い方までされた相当高価な特注品であった。修道院はあの体力を分かって適切な衣服を渡していた。

「やった! ミーちゃんは?」

「問題ないだろう」

 ミリアンナは後方業務に入れられる。

「やった! 何するの?」

「間接的手段による軍備拡張」

「んにゃー? んー……軍備拡張!」

 その後、早速両連隊に関して正式承認すると州政府から返答が得られた。アルフダンや待機中の外人妖精連隊代理指揮官にはゾルブ司令から承認の通達が送られ、まず何を始めれば良いか具体的な指示が出され、同時に必要な装備が用意されて輸送される。

 正式承認される際にはマトラ旅団がイスタメル州第五師団へ昇格する通知もされた。師団長になったのは勿論ベルリク=カラバザルである。ゾルブ司令は同時に第五師団長代理となった。

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