第240話「防衛戦だ」 ルドゥ

 マトラの森が焼けている。種族を守り育んできた森だ。

 侵略者は殺さねばならない。徹底的に可能な限り。

 敵はこちらが森から攻撃することを恐れ、そして道路を少しでも拡張すべく全てを焼きながら前進してくる。

 遅滞戦を行う。

 基本的な焦土戦術として、いくつもある橋を落として修復資材にならぬよう川に流す。今のダルプロ川は急峻で大規模渡河は困難である。両岸の行き来をそれだけで防ぐ。偵察により船橋や本流を跨ぐ橋の建設が確認されたら焼討船を派遣して破壊する。

 川沿いの道も本流に流れ込む支流や崖毎に橋がある。それらも勿論落とし、資材の流用を防ぐために川に流してある。今日に備えてわざわざその橋を、工事難度を上げるために窪みの間隔を延長する工事がされている。

 敵の水を可能な限り断つ。川沿いは流石に無理だが、川沿いより離れた地点の井戸には糞尿に土を入れて使えなくしている。施設を敵に利用されないように建物は全て燃やし、物資は持ち出すか燃やすかした。

 道路を封鎖するために橋を落とすだけではなく予め用意しておいた岩を落とす。自然の岩はあまり都合良く高所に無いし大きさも満足のいく物ではない場合がある。一番効果を発揮するのは斜面や崖の上で拵えたコンクリート塊だ。これら落下物は偽装し、決死の老年兵などを駐留させて敵の隊列が通過している時に爆破、落下させると効果的だ。分断された敵の戦闘部隊を襲撃すると大体、対応されずに殲滅が可能。

 敵も学習するので偽装を看破したり、爆破阻止の行動を取り始める。中に駐留させている兵士は全人民防衛思想により決死の存在で、敵が地面を的確に掘るようなことまでしないと殺害出来ない地中に潜んでいる。空気穴を塞がれても森林火災の煙が入ってきても爆薬に点火する余裕は十分にある。また事前察知による敵の隊列分断は阻止されても落下の阻止は例に無い。

 コンクリート塊が間に合わなかったところでも縄を切る程度の簡単な仕掛けで丸太を落として敵を圧死させる罠も充実。縄の延長分だけ逃走距離が稼げるので被害無く効果を上げられた。敵の放火で縄が焼き切れることもあったが、落ちた丸太は道を塞ぐ。少人数が踏破する程度なら障害物にもならないが、密集隊列で歩く部隊の障害には十分なり得る。

 他にも鉄砲水の罠。崖や斜面の上に設置した貯水槽を解放することにより敵を押し流す。崖や斜面を下る内に土砂が混じり、流した敵をズタズタに引き裂ける。道に泥溜まりが出来れば交通の妨害になる。

 最大に被害を与えられたのは地滑り地雷。山の斜面を貯水槽の水で一気に濡らし、爆薬で崩して敵を押し流す。地点を選ばなければならず、ラシージ親分の手が入らないと確実に滑らないので多く仕掛けたわけではないが、最大の物なら一度に五百名を越える敵部隊を粉砕した上で、寸断された敵を各個撃破出来た。

 そのように妨害を重ねてマトラの山を守る。ダルプロ川沿いに登ってくる侵略者の足は遅い。しかし確実に進んできている。いくら殺しても補充兵がいてキリが無い。

 遅滞戦では焦土作戦ばかりに頼らない。

 まずは道を横断する塹壕を掘る。可能ならばその脇の斜面、山森の奥にまで掘って敵の迂回機動を防ぐ。ダルプロ川を挟んでその塹壕が連携出来れば尚良い。川沿いにはほぼ堤防が築かれており、要塞としての基礎が整っている。土嚢や丸太を組み合わせた要塞に大砲を設えれば相当な防御力を発揮する。

 川沿いの道路が一番太く整っている。一番に妨害を仕掛けている敵の主要進出路は川沿いの道路のままである。

 川の上は遮蔽物が無い。両岸から大砲を撃てば容易に敵を寄せ付けず、河川艦隊とも連携すれば軽装備の敵部隊ならばほぼ撃退可能だ。それでも敵の進出を許すのは、敵が大量の大砲を川沿いに持ってくるためだ。不沈戦艦と化している陸の砲台との撃ち合いに船は勝てない。こちらも陸に砲台があるが、敵が人海戦術により絶え間なく歩兵を送り込んできて麻痺させて来るのだ。

 塹壕に配置されるのは錬度の低い少年兵。銃は少年でも大人を容易に殺せる。体力面から機動力に難があるが、防御戦闘ならば大人との差は縮まる。縦にも塹壕を掘り、後方の予備陣地と連携させるとともに予備部隊を置き、体力の少ない少年兵と頻繁に交代させて常に新鮮な状態を維持する。

『祖国防衛、国土死守、侵略者を殺せ! 殺せ! 殺せー!』

 殊更に高い、少年達の士気の高い声を敵に聞かせてやる。

 アッジャールは一枚岩ではない。戦う気の有る者無い者に大きく分かれる。子供だから簡単に殺せると士気が上がる者もいるだろうが、狙い目は子供相手に戦えないという者の出現。意識の差が敵の内部分裂を誘う。抗争に至るまでの分裂にはならないだろうが、意思疎通に一瞬でも齟齬を来たすような差が生まれれば儲けものだ。

 通常の兵士は側面の山の斜面や森に配置して攻撃戦闘に参加する。

 妨害行動により足を鈍らせ、塹壕と少年兵で動きを止め、攻撃可能な状況を作り出したら通常部隊により攻撃を仕掛ける。

 通常部隊は夜間も戦闘を継続する。朝、昼、夕夜、深夜暁に戦う部隊と四交代制に基本的に分けられる。敵の攻撃を受けて撤退の必要が生じたら勿論総力で対応する。

 またそれらの部隊とは別に、少数の軽歩兵部隊を進出させて銃と弓矢で狙撃、火矢、鏑矢、投石、手榴弾投擲、糞投げ、死体の一部投げを行って疲労を狙う。殺傷よりも疲労狙いだ。彼等は軽装備で不整地を動き回り、隊列も何も組まず乱雑に予測させずに戦う。これも全時間帯にて行う。敵の神経を常に張らせて休ませない。どうしても手が出せず投石すら出来ない敵部隊の疲労を狙う場合は、安全な木や窪地の陰から革命歌や労働歌を歌って嫌がらせをする。情報部指導が入れば民族特効の侮辱する小芝居も行う。

 全般に渡り、敵の捕虜を獲得したならば目を潰して腕を使えなくして送り返す。敵戦力の削減と補給物資の消費軽減阻止と士気低下を両立させる。これはベルリク=カラバザルの発想だ。中々どうして良い。何故今まで我々がやらなかったのかと不思議に思うくらいしっくりと来る。

 一応は過激な報復合戦になることを恐れて普通はしない、という発想になるのだが、我々がやられたとしても特に士気低下に繋がらないと思い至る。しかし先の大戦時の大量虜囚の帰還を考えれば……万全の国防体制が整って初めて実行出来る策ということだろうか? 全人民防衛思想が形になって初めてやって良い策になるのだろう。

 生きている捕虜ではなく死体になっても使い道は十分にある。死体は切り刻んで辱めた上で敵の通り道に飾り立てる。敵は怯むし、撤去に足止めされる。腐敗してきたならばもっと有用。撤収予定地に大量に並べて敵へ疫病を蔓延させることが出来る。我々が使った後の塹壕に詰め込んで足止めとするのも良い。身を隠せないだけ死体だらけになった塹壕陣地を奪取したつもりになった敵部隊へ逆襲を仕掛けた時は慌てふためいていたものだ。

 その死体に負傷兵や老年兵を紛れ込ませ、有人地雷や死んだフリからの射撃で相討ちを狙わせる。有人地雷も数人巻き込める程度の応急的なものから、陣地ごと吹き飛ばす大規模な物まで多種に仕込んである。また敵の装束を着させることにより隙を突くことも忘れない。

 そして死体は食糧になる。前線への食糧輸送の負担が軽減される。

 また死体利用に関しては敵だけではなく味方を使っても良い。同胞の切り刻んだ死体を前にした敵は非常に困惑していたものだ。イスタメル州軍やアソリウス軍の者も困惑していたのは多少計算外ではあった。

 夜襲は特に選抜された精鋭部隊が担当する。高度な技術が必要だからだ。

 敵を発見したらまず静粛を保つ。連日の全時間帯に及ぶ反復襲撃、嫌がらせで不眠の敵は多いものの、疲労により居眠りを始めたり発狂して暴れ出したり自殺したりと注意力は散漫。期を見計らって、発砲は先ず厳禁として白兵突撃。喚声は上げず、直前まで敵に気付かせない。この場合狙う敵の野営地は、設営したばかりで防御が弱い箇所か、前線が進出したせいで後方扱いになって同じく防御が弱い箇所。

 最初の衝突でそのまま殲滅戦に移行出来そうならそうするが、敵は非常に戦力を集中しているのでそのような機会は少ない。早々に白兵突撃部隊は撤収する。尚、戦闘中は松明や篝火等の照明器具の消火を優先して暗闇を演出する。白兵突撃部隊が暗闇から撤退してから射撃部隊がまず弓矢で射撃。一通り射ったら引き上げる。

 敵は驚愕して麻痺状態になることもあれば、逆襲追撃に打って出ることもある。その時は撤退路を確保する銃兵部隊が迎撃射撃でそれを粉砕。これらの行動中に余裕があれば敵を誘拐したり、既に切り刻んで辱めてある死体を放置する。事前に誘拐した敵や、その襲撃時点で誘拐した敵は目を潰して腕を潰してその場で送り返す。

 夜襲は重要だが晴天時の払暁、夕方の襲撃も重要だ。基本的にこちらは地理に聡く待ち伏せする側なので攻撃時期を選びやすい。眩い朝日や夕日を背負い、敵の目を潰しながら一撃離脱を敢行。白兵突撃よりも射撃戦で優位に立ちやすいので射撃戦を中心にする。勿論機会があれば白兵突撃を敢行するのだが戦力維持を優先する。

 我々のこの戦いを何年も、侵略者が疲労困憊するまで続ける覚悟がある。

 ベルリク=カラバザルや魔族達とその手勢の敢闘は素晴らしかった。

 ベルリク=カラバザルは突撃に対する勘があって、敵を挫く機会を知っている。我々偵察隊が敵の情報を奴に報せるのだが、喋った以上の何かを掴んでいる気がしてならない。そして奴が先頭に立つと大体敵は壊走する。撤退の頃合もいつも絶妙。

 レスリャジン騎兵達は山での活躍は見込めないと思ったが、弓の使い手としては抜群で馬から降りても射撃兵として優秀。

 魔術の扱い一つで多少の無理攻めも可能にして敵に大損害を与えている。

 セリンとかいうやかましい海生物の化け物は川の中から一撃離脱を繰り返し、河川艦隊と連携して敵の前線から後方まで脅威を与え続けている。

 シルヴという優れた砲手は山に後退してからも百近い敵の大砲を破壊している。アソリウス兵達の白兵戦時の衝撃力は強烈だ。

 ウラグマというトカゲもどきは恐ろしい敵の魔術兵を無力化している。どうも探り? を入れるのに相手に一発術を使わせなければいけないようだが。

 空飛ぶ竜や獣人奴隷の活躍も目覚しい。竜の偵察伝令は戦術に革新をもたらす便利さであるし、獣人奴隷は何れも精強で夜戦においては我が偵察隊も敵わない。

 敵も道を広げて整備して続々と大戦力をひっきり無しに投入してくるのだが、彼等の活躍によって数減らしがなっている。

 途轍もない被害を与えて死傷者は計数困難、多数の精神と肉体の病者を出してやっているはずだ。それなのに一向に勢いが止らない。敵の首領イスハシルとやらの魔術に掛かると精神が乗っ取られるらしいが、それほどか?


■■■


 遅滞戦は続いて後退を続け、遂にダルプロ川、北部屈曲部より下流域の放棄が決定された。

 セルチェス川上流東進部、接続水路、ダルプロ川上流西進部を横一線の防衛線とした。尚、ダルプロ川北部屈曲部より下流域の放棄とは言っても川沿いのことであり、山奥にある各番地は放棄していない。そこを補給基地とした部隊による攻撃は断続される。

 ダルプロ川の北部屈曲部より下流域は多大な工数を経て整備された地域ではあるが、あそこには主要な工場や居住地、鉱山に農場も一つとして無い。開発中だったものはあるが、かねてからの情報部の進言により被害覚悟で守るようなものは建設されていない。

 膨大な消耗戦が続き、敵は大出血をしながらも優勢である。こちらは縦深を失い、これ以上の侵攻を許せば工場や農場への打撃となって継戦能力に支障が出てくる。もしそうなった場合は戦線を解き、マトラ山中にて完全なる不正規戦に移行する予定である。東マトラのボレスが工場の移転、出産可能な女や戦力労働力として不足な子供の受け入れを行って多少の被害は緩和するが。

 ただ敵の狙いはマトラの破滅ではなく、魔神代理領への攻撃という点を忘れてはならない。南への進路を敢えて解放し、奴等の突進力をイスタメルに流してやるというのも策の一つである。ただ魔神代理領程の融和策を望めないアッジャールに対して一時避難程度の策で難事の解決が出来るかは甚だ疑問である。

 敵が新たな動きを見せた。部隊編制、隊列の変換を行いつつ強力な騎兵軍を万単位で南部に向けた。敵の強力な遊牧騎馬兵力は今戦役において無傷に等しい。今まで我々が散々に殺して嬲って来たのは大半がオルフ兵か見分けのつかないその周辺少数民族兵である。

 その新鮮な騎兵軍は塹壕線に山谷に接続水路を、損害を受けながらも突破し、イスタメルに直行する街道に侵入した。戦線に空いた穴は小さく即座に補填されたが後方への浸透は脅威だ。平原ではないので容易に後方側面への迂回からの包囲などはされないが危機である。そして敵の断続的な攻撃は止まず、後方へ仕向けられる兵力は少ない。

 まずは嫌がらせ攻撃をしていた軽歩兵部隊の交代要員であるその予備部隊を我が偵察隊が先導し、地形を生かして決戦は挑まずに敵騎兵軍戦力の漸減を試みる。

 少年兵予備隊には後方の街道に塹壕を掘らせて主要交通路を守らせる。塹壕及び防御施設は事前に建設済みであったり、計画書が既に用意されて道具も現地にあるので速やかに実行される。

 決戦は挑まないが、敵騎兵軍の行動を把握するために同じ脚の速さを持つ獣人奴隷騎兵隊とレスリャジン騎兵隊が出撃する。

 エルバゾの予備民兵旅団にも出動要請を出している。火事場泥棒にやってくる可能性があるバルリー軍と交戦していなければだが。

 最後にマトラ人民防衛軍とは別の、後方の武装労働者を指揮するゼクラグが敵の後方破壊を抑えこむ。

 敵の突破戦力に対して戦力不足だが、正面戦力の抽出が困難なのでこれが限界。


■■■


 敵騎兵軍への対処を開始。

 足が速く目も良い両騎兵隊が敵騎兵軍を捕捉し、ある程度の行動を把握する。北から直接目視で確認出来るのは街道維持のための戦力であり、建物などを応急的に解体して積み上げたり塹壕を掘って簡単な防御施設を組み立てていた。

 敵は逸早くイスタメルに抜ける道を探す為か後方破壊よりも街道の維持と南下を優先している。竜の偵察によると八番要塞にて敵本隊は足止めされているが、小分けにした部隊を迂回させ南下させてマトラ縦断の道を探っているという。

 開戦前の縦断街道は敵の商人を兼ねる密偵に探られているが、開戦後の国土防御工事後の街道については未知である。未知を明らかにし、万単位の騎兵戦力によって街道を維持した上で後の本隊南進に繋げる気かもしれない。

 縦断街道以外の脇道は少年兵が固めつつあるが、精強さに勝る敵騎兵が粉砕、突破、後退を繰り返して牽制攻撃を繰り返して予断を許さない。

 こちらの戦力の低下具合を考えると脇道への本格攻撃が始まると武装労働者の抵抗段階に至って痛打となるのだが、今まで行ってきた抵抗に怯えて消極的になっているのかもしれない。

 アッジャールの目的はマトラの殲滅ではなく魔神代理領の侵略。ここで、敵から見れば何処に繋がっているかも不明な脇道に攻撃を仕掛けて中核戦力を悪戯に失う気は無いということが判る。攻勢に出て被害を与えれば退くか? 逆に徹底的な反撃に出てくるか? 敵司令官の精神分析は本分ではない。

 エルバゾの予備民兵旅団による攻撃が始まったが、軽装部隊による威力偵察は返り討ちに遭ってしまった。大砲を用いた重火力戦はまだ準備段階らしい。

 偵察隊先導による、軽歩兵部隊による山森を生かした射撃戦で縦断街道沿いの敵に対して反復的に襲撃を加えるも、単純な戦力差で決定的打撃を与えられていない。騎兵が下馬して徒歩で反撃してくれば森林戦でも逃げるしかない状況だ。敵は全てが優れた猟兵であり、罠を使った待ち伏せならともかく、攻撃作戦では優位が取り辛い。また敵も愚かではなく、狩猟罠で防衛線を張るし、予防攻撃に出てくることもあって侮れない。こちらの損害が多い上での膠着状態だ。

 それから敵の稚拙な復讐、我々にはほぼ効果の無い生存者に対する虐待が見受けられた。仕返しのつもりらしい。

 我々労農兵士は戦意の喪失などありえず死ぬまで戦う。撤退に失敗し、戦場に取り残された重傷者程度しかその被害とも言えぬ被害にしか遭わない。

 その中に、シクルが産んだ子供の一人が目を潰され、指を切り落とされて生きたまま路上で吊るされていた。唸りながらバタバタしていたので止めを刺して、とりあえず地面に落ちていた指を拾った。

 その場に放置されていた死体から装備を回収している時にもう一人発見。指を切り落として回収した。

 うん。

 八番要塞は攻城能力に乏しい敵騎兵の攻撃では陥落困難との見通しが出るも、迂回突破が可能だ。

 大砲や輸送車の運搬は地形と砲台の組み合わせで非常に困難になっているが、歩兵騎兵が手荷物だけで迂回することは十分に可能。補給物資の欠乏状態もイスタメルでの略奪で賄う心算であればそこまで悩む問題ではないと判断は出来るかもしれない。

 有効的な打開策が無いとは思われたが、前線にて忙しくするラシージ親分とゾルブ司令に代わり、予備司令官とでも賛辞して良いゼクラグ事務官から提案がされた。

 ”予備民兵旅団に火器物資を集中し、敵騎兵軍に対抗し得る戦力へと質的に整える。これを敵企図を挫く存在とする。

 まずは火力が整うまで予備民兵旅団を敵の脅威から守る必要がある。既存の兵力では牽制も困難であるが、その兵力を引き離して敵に余裕を持たせることは避けるべきなので牽制は苦しくても続行。敵は終日どこからともなく襲撃に現れる我々に対して体力と精神を磨り減らしており、休ませてその効果を失う必要は無い。疲労が敵の積極性を失わせる。消極策を取る敵を失ってはならない。

 解決策として特殊戦力の効率的投入を図る。高効率化のためには敵軍の神経中枢を的確に打撃する必要があり、その中枢発見はルドゥ隊長の偵察隊が錬度的に適任。軽歩兵部隊はほぼ配置についた後で現地での経験も積んでその先導任務は役目を終えたと考える。

 ルドゥ隊長は県庁所在地へ出頭して特殊戦力を受け取るように”

 通信状況は未だに良好である。竜の伝令がいる。徒歩騎馬の伝令も縦断街道の脇道は脅威に曝されているが深部にまで至っていないので安全圏がある。特にレスリャジンの少年騎馬伝令は俊敏で優秀だ。張り巡らせた地下連絡路に至っては敵が気付いている気配も無い。

 敵は通信網の遮断にもう倍の騎兵を投入すべきだったな。そんな広い道がマトラにあればだが。


■■■


 八番要塞を包囲する騎兵と下馬歩兵の野営地に迫る。

 要塞戦力は一千に満たないが、要塞砲を装備していて火力に優れており実数以上の戦力である。その戦力に背後を見せまいとの包囲陣だ。

 敵包囲部隊は三千程で、大半が周辺への略奪に向かっては野生動物をいくつか獲って薪を拾って戻ってくるだけ。長年培った我々の焦土作戦錬度は生半ではない。

 初期の偵察情報より包囲戦力が分散しているようだ。敵は飢えており、人は腹を大分空かして馬は尚更である。粗食に耐える草原の馬だが、ここは草原ではなく森だ。襲撃が出来なくても夜に近づいて周辺の草を燃やすことぐらいわけはない。そこへ罠を仕掛け、馬に草を食わせにきたら狙撃せずとも威嚇射撃や投石程度でそんな余裕を失わせられる。

 包囲部隊の長、標的に目星をつけてある。目の良い遊牧民に備え、夜間に我々の嫌がらせに対応するために悪戯に焚いた篝火や松明に照らされる敵兵を、草葉に肌を泥で塗った偽装装束で観察した。

 標的の服装はそこまで目立って他の兵士と変わらないが、人の流れがその者に集中している。離れた場所で行った空砲射撃時の敵の対応を見て確信がいっている。この敵騎兵軍全体の最高司令官かどうかは分からないが、重要な仕事を任せられる人物であるのは間違いない。

 神経中枢を的確に打撃する時が来た。

「がおー!」

 ダヌアの悪魔再び。サニツァには似顔絵でその標的の顔を覚えさせている。気が違っている様子だが記憶力が悪いわけではない。ランマルカ製の高精度望遠鏡とシクルに絵を教わったのが活きた。

「防衛戦だ! 敵軍粉砕ブットイマルス!」

 二本足の聖職者の獣、異形の姿のサニツァが大根棒を担いで騎兵の襲歩もかくやの速度で迫り、恐怖驚愕で混乱している敵を叩き潰し始めた。

 過労で倒れていたサニツァだが、十分な休養をとって既に「気力体力共に充実」とゼクラグ事務官が保証していた。

 射撃地点が露見しないよう、我々偵察隊は暗がりから草葉の偽装衣装にて弩で援護射撃を行う。銃は強力だが夜襲で使うと位置が露見して反撃を受けやすい。弩は伏せながら射れるのが我々に都合が良い。弓でも出来ないことはないが弦を上手く引き絞れず、張力を弱くする必要に迫られたり都合が悪い。それに元々我々妖精は強弓使いには体格的に向かない。

 優先的に狙うのはサニツァを背後から攻撃しようとしている敵。弩で敵を狙い、射る。当たる、倒れる。

 弩の先端の鐙に足を引っ掛け、弦を両手で持って脚腕の力で弾いて張り直す。矢を装填、再度狙って射る。

 昼間なら露見も早々に敵に反撃されるが今は夜間。暗く、姿勢は低く、必要最低限の動きしかしない。敵は我々に弩で狙撃されていることは理解して周辺警戒も始めたが容易に見つけられていない。

 見当がつかないからいい加減に反撃の矢を、同士討ちを避けるために野営地の外側に向かって射るが見当違いの方向にしか飛ばない。

 敵が混乱している間にもサニツァが「そらそれブットイブットイ!」と大根棒を振るい、砲弾の直撃でもそうはならないのではないかと思えるほどに敵の体を潰して原型を崩す。

 ゼクラグ事務官が「最良の衝撃歩兵」などと評していたのが実感出来る衝撃力である。見た目にまず慄き、見た目以上の戦闘力に慄き、過剰な人体破壊により目撃者を更に慄かせる。

 最優先に似顔絵の人物を狙い、敵を殺し、そして篝火は倒して灯りを減らすように指導してある。順当に夜を照らす照明が倒れて暗さを増す。

 またレスリャジンや情報部からアッジャール語の発音が認められた部下に「敵は俺達の服を着てるぞ!」と叫ばせる。それから我々は北東方面から攻撃しているのだが「西から来てる!」という偽情報や「本当にこいつら俺達の服を着てるぞ!」「裏切り者だ、助けてくれ!」など混乱に拍車を掛ける声を上げる。

 シクル等が先陣を切ってオルフ中で奇襲攻撃を行った際に人間に偽装する手段が用いられて効果を発揮した。我々の偽装能力を過剰に評価させる布石がその時点で打たれており、これらの虚言は説得力を持った。負傷兵や老年兵に敵の装束を着させて待ち伏せ攻撃を行わせてきたのも布石。

 暗さを増すほどに敵の混乱も増す。同士討ちを始めたような騒ぎが頻繁に耳に入る。

 矢の種類は違うものの弩で敵を射って当てた時に、手を振って味方だ止めろというような声を出すことさえある。

 混乱するだけではなく対応策を考える敵もいる。火矢を周囲に放ち、灯りを戦場全体に配り始めたのだ。偽装装束姿とはいえ、不自然に地面から盛り上がった状態で伏せているのが我々だ。露見もそう遠くはない。

 サニツァが大半の敵の耳目を集め、重装甲で矢弾を一身に受けて「あらほれブットイブットイ!」と大根棒を振るっては勇者も逃げ出す勢いで襲って叩き潰しているのでまだ撤退するには早い。

 サニツァの進出に合わせ、予定通りに前進する分隊、前進を援護して延長する退路を確保する分隊、撤退地点を確保する分隊に分かれて行動する。可能な限り低い姿勢を保ち、転がる篝火、散布された火矢に近寄らないように、消火もしつつ、進んでは弩で敵を射る。サニツァは頑丈極まりないのでまず自分達の防衛を優先。白兵戦は可能な限り避け、三人一組で隣接はしないが相互支援出来る距離感を持って敵を殺しながら進む。

 どうしても白兵戦になったら光の反射防止に黒塗りにした刺剣でもって三人以上で一斉に掛かって早急に殺す。短槍より使い回しが良く、刀を振り回すのは小柄な我々に合わず、棍棒と違って叩く音を出す必要もなくて偵察隊には丁度良い。

「見ーつけた!」

 遊牧民は住居を転々とするが、一旦築いた野営地内で転々とすることは無い。標的が寝泊りし、仕事をする天幕の位置は判明している。そこへサニツァは直進した。標的は直前まで寝ていたようだが、刀を手に持って天幕から出るやいなやサニツァが振りかぶった大根棒を目にして硬直した。

「ブットイマルス!」

 標的は縦に、大根棒が地面にめり込むぐらいに潰された。頭、胸、腹、腰、脚が一点に潰れて固まっている。

「やったよルドゥくん! やったよ!」

 サニツァが喜んで飛び跳ねる。

 目標達成、戦果拡大の必要無し。号笛を吹いて撤退合図を出す。

 アッジャール語の発音が良い部下が「増援だ! 密集隊形を整えろ!」と敵に防御行動を促す声を上げる。退き笛なのだが聞きようによっては突撃発起の合図に聞こえてしまう。

 そしてサニツァの後退を援護しつつ、追撃手を殺しながら撤退。

 上出来だ。


■■■


 標的殺害後でも敵騎兵軍は目立って指揮統率を乱さなかった。また縦断街道の偵察任務を終えたと判断したようで、偵察に振り分けられていた戦力を街道警備に回すことによって防御の強靭化を果たした。八番要塞を包囲していた戦力も各所に振り分けられたようだ。

 ダヌアの悪魔戦法による襲撃をその後も継続。バルリーのダヌア侵略時の経験を踏まえ、過労で倒れることも判明したサニツァを休憩交えて投入して戦果を拡張。

 襲撃時の、あの大棍棒を持ったサニツァは心強い。虚仮脅しのダヌアの悪魔も恐怖の対象になっている。

 街道の見晴らしの良いところに固まる敵の抵抗力は大きいので隙が無い限りは手を出さない。手を出すのは食糧調達や周辺警戒に活動する敵小集団だけだ。落とし穴、丸太落とし、負傷兵の有人地雷、手足の腱を切った捕虜の路上放置等の罠で足止めを行う。そして自然と足が鈍った直後にサニツァが突っ込む。

 援護射撃の方法も多様。こちらの姿を隠蔽して敵に襲撃を受けたことを即座に察知させないようにしたい場合は弩、弓、投石を行う。夜襲時に有効。射撃方向を一定にしないよう包囲、挟撃、逐次移動をすれば敵はこちらを捕捉出来ないままに終わる。

 こちらの姿を敢えて表して敵の精神神経を麻痺させたい場合は待ち伏せからの小銃一斉射撃。手榴弾や地雷を交えると尚良い。訓練経験をいかに積もうとも、突然の轟音発光に判断能力を奪われてしまうのが生物の性である。これが成功した時は捕虜を獲得しやすい。捕虜になったらどうなるか分かっていようとも武装解除勧告に従ってしまうことが多い。その瞬間捕虜になった末路など思考から吹き飛んでしまっているのだろう。なお捕虜連行の余裕が無い場合、近くに別敵集団等がいる場合はその場で目だけでも最低限潰してその場に残置して撤収する。

 ベルリク=カラバザルの戦術により捕虜の眼球潰しは通例として行うが、そこに多少の一工夫。潰す前に仲間達の虐待風景を見せる。また我々には理解し難いが、人間の加工と食肉の様子を見せると大層怯える。少年兵や補給任務に参加していた幼年者達に和気藹々として人間を食事にしている風景を見せると尚精神的に痛手を受けるようだ。

 攻撃精神充溢教育も未修の戦闘力皆無の女幼年者が捕虜をレスリャジンの者かと勘違いして「一緒に食べよ?」と肉を渡そうとしたら、歴戦の勇者と思しき者でも恐怖していた。

「楽しく労働、楽しく軍務、殺した敵を食べて今日もおなか一杯だ!」

 とダヌアの悪魔衣装でサニツァが食べて踊れば発狂した精神異常者も発生した。情報部によれば人間は精神異常者と共にいるとその影響を受けて本来健全な者でも異常状態に陥りやすいそうだ。可能な攻撃手段は全て講じるのが攻撃精神の発露であろう。

 工夫を重ねるがそれでも反撃を受ける。被害は激戦続きで感覚麻痺の傾向はあるものの甚大。それでも攻撃精神を衰えさせることなく襲撃を繰り返して敵騎兵軍を消耗、疲労させた。

 突破当初は積極的に動いていた敵騎兵軍だったが、縦断街道警備に方針転換してからは防御的になってしまった。動きが読みやすく、攻撃は比較的上手くいった。神経中枢への打撃により攻撃精神を挫くことに成功したと見た。敵騎兵軍は防衛線の向こう側から主力軍の南下をじっと堪えて待つ様相であった。

 時間は経過するもので遂に火力が充実したエルバゾの予備民兵旅団の本格的攻撃が始まり、縦断街道にいる敵をその攻撃地点への応援に向かわせないよう同時に全周囲から襲撃を行い、攻勢の度合いを増して強力に拘束。快速重視の軽装騎兵故に重火器を持たない敵騎兵軍の一部の粉砕に成功した。

 本格的な敵騎兵軍の掃討に移行したと同時期に騎兵軍の撤退、戦線への裏側からの突破が行われた。ここは死兵になるのを考慮して見逃しがされた。

 そして間も無く敵全軍の後退が始まった。

 追撃を行うには我々の軍も消耗と疲労が激しかった。また敵勢力の最高指導者であるイディル戦死の報もあり、敵の後退が一時的なものではないとの情報もあって、下手に追撃して死兵化して抵抗されるくらいならばと見送る方針が示された。

 強風が轟と鳴り始めた。そろそろ冬か。

 帽子の飾りに指の骨を足してみる。

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