第239話「大戦争だ」 サニツァ
川の流れに任せてどんぶらこ。灯火管制ってのをしているから真っ暗。
凄く早くなったダルプロ川を小船で下り、櫂を調整して川幅の広くなったところにある島、中洲に上陸する。
中洲の要塞の外を巡回している敵が三人一組で、松明片手に近寄ってきた。灯りが近づく。
「そらブットイ!」
そう、英雄棍棒ブットイマルス。今までに無いくらい横に殴った敵が曲がり過ぎて手と足がくっつくように飛んで転がって行った。
驚く敵。吹っ飛んだ松明でまた真っ暗。侵略者め!
「あらブットイ!」
刀を手に取ろうとした敵を頭からブットイマルス! 頭を叩いたその背中が地面にめり込んだ。すごい! 骨が無いみたい!
「ほらブットイ!」
後ずさった敵をブットイマルス! 前の振り下ろしからの振り上げが敵の股間に当たってポーンって飛んでドボン、川に落ちちゃった。
「サニツァ、門を破って中でとにかく暴れろ」
「はーい!」
隠密作戦用の武器に弩を持ったルドゥくんの指示に従うよ!
このダルプロ川にある、スラーギィの中洲要塞を奇襲攻撃で乗っ取るんだ! 侵略者の出鼻を挫くんだって!
両開きの、丸太で出来た門をブットイマルス! 一発で中の閂が折れてバタン! って扉が全開。
そう、英雄棍棒ブットイマルス。マトラの古い言い回しで英雄の棍棒を意味する。いつもの鍛冶屋さんが作ってくれた大木の心材を丸々使った大棍棒。
中空構造、筒みたいになってて柄のところは鋼鉄芯が入ってる。打撃部位は大砲の技術で鋼鉄板が薄く巻かれてて、でも中は太めの鋼鉄筒が入ってて見た目より軽い、そして重さの割りにぶっとい! とっても頑丈!
「侵略者め! 私が成敗だ!」
お酒飲んでたみたいに広場で寝ていた敵をブットイマルス! 大きいお腹がぺしゃんこになって口から色々一杯出て、お尻からもドボって鳴ってくっさいの!
慌てて弓を掴もうとする敵をブットイマルス! 横に殴って壁との間に挟まってほとんど真っ二つになっちゃった!
小屋の扉を開けて、こっちを見て直ぐに閉めた敵をブットイマルス! 縦に振って軒先、扉ごと体をグジャバゴって潰した! 外から殴って家の床を叩くぐらいの凄い威力!
小屋の中から女の人と子供二人の悲鳴が聞こえたからブットイマルス! 寝台の上の三人を横殴りにしたら一緒に壁が抉れて柱が倒れて屋根が崩れちゃった!
邪魔な屋根を払って外に出て、広場に敵が集り出したからブットイマルス! まとめて横振りにしたらボダボダンって吹っ飛んで壁まで何人か飛んでぶつかった!
武器は持ってるけど構えてない敵をブットイマルス! 一人目をぺっしゃんこ! 二人目もぺっしゃんこ! 三人目が避けた!? 突き出してドーンってぶつけたら胸が潰れて飛んでった!
逃げ出した敵を追ってブットイマルス! 骨が砕けてボグ! 内臓潰れてバン! 殺し損ねてギャー! 体を潰して勢い余って地面とか壁を殴ってドン!
今日は奇襲だから川下りの時とかにあんまり騒いだらいけないって鐘とか付けて貰えなかったけど、やっぱり色々鳴ってて面白くてお祭りだよね!
「ぶーっとい、ぶっといぶっといブットイマルス!」
これだ! 自分が騒いで敵の注意を引き付けるのは良いってルドゥくんが言ってたからこれだ!
要塞を奥に進む。道を進めば敵がいて、ブットイマルスでぶっ潰す!
「わったしのこいつがぶっといよー!」
壁に隠れてもブットイマルスで一緒にドカン!」
「ブットイマルスがぶっといよー!」
軒下に潜っても床と一緒にブットイマルスでズドン!
「太くて堅くて大きいぞ!」
荷車を盾にしてもブットイマルスでズバンと払って砕いて殴ってグシャン!
「とってもすごくて強いんだぞー!」
馬に乗って槍を構えて走ってきた敵にはブットイマルス! 馬の首が折れて曲がって倒れて敵も吹っ飛んだ!
「英雄棍棒ブットイトイ!」
弓や鉄砲を構えている敵の集団! バチンバチンって体に色々当たる。今日はちゃんと甲冑を着ているから痛くない、かも。貰った軍服は甲冑の下、金属の照り隠しに上へ外套代わりに修道服着たんだけど、これ穴開いちゃったよね? 修繕が大変だ!
ブットイマルスを盾に突っ込む。ぶっとい英雄棍棒に銃弾に矢が当たってるけど平気。「これはぶっといから盾にもできるよ」って鍛冶屋さんも言ってた! あと重たいからちょっとやそっとの攻撃でも衝撃が大したことないんだって!
撃ってきた敵の集団にブットイマルス! 固まってて逃げようとしてもお互いに踏んづけあったりして団子になってるからまとめて肉団子の生地! ミーちゃんは昔、肉が苦手だった頃に肉団子にして煮てあげたら食べたことがあったの思い出した。
最近全然ミーちゃんにご飯作ってあげてないなぁ。逆に食べさせて貰ってるよね。お魚好きだって言ってたからお魚がいいな。ナマズがいいかな!
暗くてはっきりしないけどルドゥくん、だと思うけど要塞の壁の上から松明で川の海軍さんに合図を送ってる。こっちが中で陽動している間に一部を占領したみたい。お仕事早い!
逃げる一方になった敵を追い掛けて潰して「ブットイマルス!」して回る。
しばらくすると中洲要塞を囲むように凄い大きい爆音!? それからスラーギィ、アッジャールの言葉で誰かが呼びかけ始める。
逃げてる敵が武器を捨てて、手を振って止めろってやり始める。言葉は通じてないけど降参? でも侵略者だし。
「サニツァ、作戦終了だ」
「あ、ルドゥくんだ! お疲れ様、おっぱい触る?」
「うるさい」
「残念、甲冑でカチンコチンでした! シックルちゃんにお願いしようね!」
胸を叩く。ガチガチに堅い。銃弾も平気なぐらいに厚い。
「奴は死んだ」
「え」
海軍歩兵さんが要塞に突入してきて降伏した敵の武器を取り上げ始めた。
■■■
中洲要塞を占領したら直ぐに新しい仕事に入る。
急流になったダルプロ川の上流側からどんどん荷物と兵隊さんを乗せた船がやってくるから、その船の船員が投げた綱を受け取って岸まで手繰り寄せる。船の方も櫂や帆の操作で位置を調整して岸にゆっくり近づいてくる。岸につけたら荷物と兵隊さんを降ろす。
この力で船を手繰り寄せる仕事をやるととっても作業が早く行くって海軍のトカゲさんに褒められたよ!
船は基本的に上流から一方通行でやってくる。後から陸の道沿いに本隊が十万! もやってくるんだけどそれは後。
船を岸に寄せて荷揚げ。邪魔になる船は岸に上げるのを繰り返し。
荷揚げ、荷揚げ、荷揚げだ。
揚げた荷物は中洲要塞の強化に使う。
中洲要塞は既にある程度防御が固まっているから今度は西岸に移ってまた荷揚げの繰り返し!
工兵さんと北海の技師さんが荷揚げした資材をテキパキ組み立ててあっという間に、船着場ぐらいしか無かった西岸を要塞にしていく。土を掘ったり盛ったりする作業も進んでいる。
建設労働闘争、荷揚げ闘争はいつまでも続く。忙しい!
食べ物の荷揚げだけでも毎日かなりある。要塞を造らないといけないし、兵隊さんを集めないと行けないし、重たい大砲も必要だし、敵をやっつける弾薬もたくさん必要。
荷物がたくさん。ずーと同じことやってるみたい。
今日、送られて来たパンにはワンちゃんの印がついてた! ミーちゃんのパンだよやった!
■■■
ずっと荷揚げばかり。朝も昼も荷揚げ。休憩して寝ている時も荷揚げの音が聞こえるし、夢の中でも荷揚げをしている。
侵略者の軍隊が初めてこの要塞に何万も攻めて来たって聞いた時も荷揚げをしていた。
今要塞にいる兵隊さん達が出動する時も荷揚げをしていたし、その出動で敵が引き返したって聞いた時も荷揚げをしていた。
荷物の中身がだんだん変わってきている。最初の頃は西岸要塞用の建築資材が多かったけど、今は火薬樽に砲弾箱が多い。先に大砲は配備されているからそのためなんだけど、こんなに使ったら山が無くなるんじゃないかってくらい多い。
川だけじゃなくて陸の道路沿いからもどんどん荷物と兵隊さんがやってきている。
休む暇が無い。疲れたかも。
箱を持って、重い、持ち上がらない?
「あれ?」
力が入んないや。何でだろ? ダメだ。座っちゃおう。
ラシージ親分さんが、魔術を使いすぎると神経が渇くとか何とか言ってたよね。指先から全身までピリピリしてるかも。骨に何かが引き巻かれて空洞が出来て、変だけどヒッキョンって感じがする。
「どうしたの? だいじょーぶ?」
一緒に作業していた妖精さんが心配して背中さすってくれる。
「お腹痛いの?」
「ううん」
「怪我して痛い痛いの?」
「ううん」
「うーん、過労かな? 衛生兵! 衛生兵!」
傷病者対応に待機している衛生兵さん達がやってくる。迷惑かけたくないなぁ。
「どうしたの?」
「動けなくなっちゃったみたい!」
「それは大変だ!」
■■■
目が覚めた。もう朝? 昼? 明るい。
お仕事しないと川に捨てられちゃう。起き上がりたいけど、体が重たい。変なの。
部屋に一杯妖精さんと、あと海軍さんも、遊牧民さんも寝てる。手足無くて包帯巻いて血だらけの怪我してる人とか汗掻いて唸ってる人とか、ここ病室?
「衛生兵さん、えーへーへーさ」
近くに白衣を着た衛生兵さんがいるから声を掛ける。声があんまり出なかった。
「いいえ僕は軍医さんです」
「軍医さん、何で私寝てるの?」
軍医さんが、自分が寝てる寝台に掛かっている札を見る。
「労働及び軍務英雄サニツァは過労と魔術の酷使とあるね。対処療法は体が以前のように動けるまで休養となっているよ」
「そうなんだ」
「体は以前のように動くのかな?」
「動けると思う」
寝台から起き上がる。うーん、腰とかお腹が重た過ぎ。
立ち上がる。膝と腰が重た過ぎ。あとお腹減った。
「ご飯の時間まだ?」
「少し前に終わったばかりだ」
「長いなぁ」
「配食係に尋ねてみなさい」
「はい」
ゆっくり歩く。走れる気がしない。
外のお日様が眩しい。目が痛い。
川がごうごうと鳴ってる。中洲要塞の中だ。
衣服を剥がされて裸になった死んだ兵隊さん達が荷車で運ばれて、川の中にどんどん捨てられている。お仕事出来無くなると捨てられちゃう。
見たことない服の髪の赤い女の人が担架で運ばれてきた。肩が血塗れで、口に布噛んで凄く唸って苦しんでる。さっきの軍医さんがそれを見て「腕は切断。阿片も投与」って言ってた。
配食係のところに行く。もう食器とか洗ってて話しかけ辛いかも。
「ねーねー、ご飯欲しいの」
「お元気無さそうだね。病人さんかな?」
「あっちでさっき起きた」
寝てたところを指で差す。
「ちょっと待ってね!」
配食係さんが椀に汁入れてパンも乗せて渡してくれた。
「早く元気になってね!」
「ありがとー」
誰も座ってない席で食べる。パン固い、何これ噛み切れない。おっかしいな。
「濡らして食べると柔らかいよ!」
配食係さんが教えてくれた。汁でパンをふやかして食べる。食べれた。今までこんなことしなくてもゴリゴリ食べれたのになぁ。
「目が覚めたか。軍務に復帰可能か?」
気付いたら向かいの席にルドゥくんが座ってた。
「ルドゥくん、この前ごめんね」
変なこと言っちゃったよね。
「何がだ」
「シックルちゃん」
「謝罪の意味が分からん。奴は敵の要人を殺し、アッジャールに戦略的打撃を与えた。誉れでこそあれ恥ではない」
「そうなの?」
「そうだ」
「そうなんだ」
「何を考えているか人間は分からんが、これからマトラ史上類を見ない大戦争になる。被害はつきものだ。既に一度の戦いで敵味方合わせて万を越えて死傷している」
「大戦争?」
「大戦争だ」
「大戦争だ!」
ちょっと元気出たかも。
「それで復帰可能か?」
パンのあまり濡れてないところを齧って引っ張る。千切れない。
「その様子だとまだだな。まともに動けるようになるまで休んでいろ」
「いいの?」
「何がだ」
ルドゥくん、立って行っちゃった。
■■■
病室で怪我人、病人と一緒に寝て何日か経った。動けるようになったと思ってルドゥくんに声を掛けたけど、ブットイマルスを「振ってみろ」って言われて持ち上げたら重かった。一回は振れたけどよろけちゃった。
中洲要塞から川を眺める。流れがすっごく早いけど、時々ナマズっぽい背中が見える。ナマズの干物を作っている人が釣り上げているのを見てる。暇だ。ミーちゃんのパンは見かけるからミーちゃんはお仕事してるんだよね。
時々大砲の音とか聞こえるけど、なんだか戦争している感じがしない。一気にドカン! って戦ったと思ったらのんびり休んだり、大戦争って不思議だね。
ナマズ釣りの人ともう一人、川縁に立っているレスリャジン族の女の人が眠ってるみたいに見える。疲れて立ったまま寝てるのかも? 落ちたら風邪引いちゃうよね。
「おはようございまーす!」
危ないから声を掛けた。無反応。そうだ、鼻つまんじゃえ。寝てる人にこれやると面白いんだよね。
顔を覗く。まつげの奥で、女の人の目だけが動いた。目が合った。起きてた。
遊牧民の人って目が細い。特にこの子は閉じてるか開けてるか分かり辛かった。まぶたが下がってて見たこと無い感じ。
「目ほっそー」
気付いたら喉掴まれた。
「ぐえぇ!」
押されて川に落とされそうになる。
「落ちるー!」
力がまだ戻ってないから力比べで勝てる感じがしない。鼻から指を離しても全然止めてくれない!
「風邪引いちゃうー!」
もしかして喉潰そうしてない!?
手が離れた。女の人が手を握ったり開いたりして首を傾げてる。どうしたのかな? そうだ、仲直りだ!
「あなたお名前は!? 私、サニツァだよ!」
「アクファル」
「アクハンちゃん! 寝てると思ったの。ごめんね」
気付いたら喉掴まれた。
「ぐえぇ!」
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