第234話「がおー」 サニツァ


「巡かーい!」

 百二番要塞を建設するための資材を使い、杭を地面に浅く挿して縄で丸く周りを囲む。中心にはこの前の戦いで降伏した旧イスタメル公国の残党軍の人達。

 妖精の兵隊さん達が定期的に縄の向うの残党さん達を見張りに、隊列を組んで行進して回る。簡単に越えられるような縄と杭の柵なんだけど、降伏した正規軍人だから逃げないんだって。良く分からない。

 傭兵の人達もたくさんいるんだけど減ってきている。こっちの人達は直ぐに逃げ出すから注意なんだって!

 傭兵の人達は掘った広くて深い穴を背に並べられる。

「銃殺隊構え」

「降伏したじゃねぇか!」

 銃殺隊が鉄砲を一斉に構えて、文句を言っている並ばされた傭兵に構える。

「狙え」

「戦いは終わったんだろ!?」

 処刑する傭兵一人に対して銃兵も一人。真正面に立って良く狙う。

「撃て」

「何もしてな……!」

 タンって小太鼓が叩き終わり、銃殺隊が鉄砲で一斉射撃、穴の下へ転がす。

 一人が当たっても立ったままだったけど、銃殺隊を指揮する妖精さんが拳銃で撃ってから蹴って穴の下に転がす。即死しなかった傭兵がたくさん穴の下でウンウン唸ってる。それから有志のお坊さんが死んだ人達が撃たれる度にお祈りの言葉を捧げてる。

 銃殺隊の皆が鉄砲に銃弾と火薬を込める。その間に次の傭兵達が棍棒を持った妖精さん達に小突かれながら穴の縁に並ばされる。普通は抵抗すると思うけど見せしめをしているから大人しく従っている。

「嫌だ!」

 でも一人が逃げた。

「ダーメ、捕まえた!」

 走って逃げた傭兵を捕まえる。簡単に殺しちゃダメだから手首を掴んで、どうだっけ? ちょっと難しいんだよね。

「頼む、私はドリヤーシュ家の長男だ! 照会してくれれば親が身代金を払う! 父はラシュティボル派のはずだ!」

「そうなんだ」

 二の腕も掴んで肘が曲がらない方にボグっと曲げる。そうすると叫んでから大人しくなった。

「でも言う事聞かない悪い子にはおしおきだ!」

『おしおきだ!』

 拷問班の妖精さん達に腕を折った傭兵を引渡す。妖精さん達は折れた方の腕に縄を巻いて、絞首刑台に吊るす。折れた方の腕で吊るされるから凄く痛いみたいでしばらく叫んでから気絶する。気絶したら目を覚ますまで棒で「おはようおはよう目を覚ませ!」と叩かれる。

 吊るす人が一杯になったら一番”古い”人を降ろして、処刑待ちの傭兵の人達の前で生きてるまま食べられるように、直ぐ死なないように手足の先から捌いて肉を積んで並べて見せる。

 この絞首刑台は残党の人達の中で悪いことをした人がいたら吊るされるんだけど、まだ首を吊るのには使っていない。いい子が多いみたい。

 残党の人達は受け入れ準備が済んだらナヴァレドってシェレヴィンツァに並ぶくらいの大きい街の城主ラハーリって人が連れて帰るんだって。前に会ったハゲの偉いおっちゃんと名前が似てる。同じ人?

 傭兵の人達は身元引き受け人がいたら個別に解放するんだけど、傭兵の中でも偉い人達ぐらいしか解放されていない。

「銃殺隊構え」

 楽隊が小太鼓をタタタタ……と叩き始め「狙え」、それから「撃て」でタンって小太鼓が叩き終わり一斉射撃、傭兵の人達がまた穴の下に転がっていく。鉄砲の弾と火薬が勿体無いと思うんだけど、そういう儀式なんだって。

 初めの時は鉄砲も刃物も勿体無いから使わないで、皆で棍棒を使って「いい子になれ! いい子になれ!」って袋叩きにして暴れないようにしてから大きい石の「どっしゃー!」一発で頭を潰してたんだけど、ワンちゃん頭の人が「それは酷いから止めなさい」って言ったから今は鉄砲で銃殺してる。銃弾と火薬は魔神代理領の方で出してくれてるみたいだよ。

 鐘が鳴る。

「作業止め、昼前の労働終了! 作業止め、昼前の労働終了! 食事と休息を取り、昼後の労働に備えよ! 食事と休息を取り、昼後の労働に備えよ!」

「ご飯だ!」

 早めに昼ご飯を食べた兵隊さんと見張りを交代。

 今日はお肉がたくさんあるからご飯がいつもより楽しい! 今日のパンには猫ちゃんのお顔の印がついてるよ。皆も『にゃんこだ!』って喜んでる。

 猫ちゃんはミーちゃんがやった。鍛冶屋の人に、千切ったパン生地に押すだけで絵になる鉄の枠を作って貰ったんだって言ってたよ。すごい!

「にゃあん!」

 って言ってパンを食べる。楽しい、美味しい! でもミーちゃんが隣にいない。食べ物のお仕事は時間がずれるから仕方ないけど。

「おとなり!」

「わっ!」

 名無しの子がまた来てくれたよ! 隣に座ってお尻こすって来たからこっちもグリグリ。

「見て、このパンの猫ちゃん、ミーちゃんがやったんだよ!」

「そうなの、可愛いね」

「可愛いね!」

 でも美味しい。全部食べちゃった。

「ねえ、お願いしたいことあるんだけど」

「いいよ! 何?」

 仲良しだから何でもしちゃうよ。

「盗賊退治」

「やる! 悪い奴等はやっつける!」

「じゃ決まりね」

「でも、私あの傭兵の処刑してるよ?」

「あんなゴミ処理仕事は誰がやってもいいの。私から話をしておいたから大丈夫」

「そうなんだ」

「州総督は中央に復興支援へ取り付けに出張中。アソリウス島への第二回遠征が決定して代理の犬頭は忙殺。絶好なのよ」

「そうなの?」

 良く分かんない。

「そうなの。ゼクラグも兵隊連れて島に行くのよ。バシィール城連隊の増強を本格化するからね」

「あれ、私は? お仕事二つも一緒に出来ないよ」

 何て言うか、自分はゼっくんの、えへ、女なの。

「ゼクラグにはサニャーキを連れて行ってもいいって許可取ってあるのよ」

「そうなんだ。ゼっくんに行ってらっしゃいしないとね。あっ、ミーちゃんどうしよう?」

「今日だって猫ちゃんパン作ってたでしょ。お仕事は一人でもう大丈夫よ」

「そうだね」

 ちょっと寂しいかも。でも名無しちゃんがいるからいいか!


■■■


 夜に襲う。暗い時に「わっ!」て襲われたら困っちゃうよね。だから夜に攻撃する。

「がおー!」

 盗賊退治だ。悪い奴等をやっつけろ!

「ぎゃあ!?」

 盗賊の女の人!

「化物だ!」

 盗賊の男の人!

「千歯扱きだ!」

 盗賊の女に千歯扱きを振り上げる。カンカラクワン。振り下ろす。胸に刃がザクっと一杯刺さってグリっと抉って腹まで引き摺り下ろして内臓がドバってこぼれて超くっさい!

 今度は刃を前にして走る、体当たりドーン! 盗賊の男の人にザクっと刺さって腰に首がガクボキって曲がって、刃から抜けて飛んでった。装備が重くて体重も重くなったから”当たり”が強くなっちゃった! 強くなったみたいで面白い!

 しゃらんしゃらん鳴らしたいって言ったら鉄槌で潰して綺麗な音が出ないようにした手鐘を千歯扱きに付けてくれたよ。コロンコンワーンと鈍い変な音。変な音のほうがおっかないんだって。

 こっちを見て腰を抜かした次の盗賊に、鍛冶屋さんが付けてくれた持ち手を持って、ぶんって振って刃じゃないところでカンカラって叩くと頭と肩に胸がグッシャーって潰れて腕が上がっちゃって人の形じゃないみたい。

 千歯扱きなんだけど、鍛冶屋さんが特別に仕上げた戦闘用千歯扱き! 歯もとっても頑丈に出来てて重くて骨を壊しても曲がる感じが全然しないよ。あと見た目も人の顔の皮と髪の毛がくっつけてあってちょっと怖いかも?

 持ち手を持って、片手で振ると逃げようと背中を向けた盗賊の頭に刃が当たると、クワンコロンって鳴って首から上をザクザクに斬ってふっ飛ばしちゃった!

 盗賊達が私を見て叫んで悲鳴を上げて逃げ出す。千歯扱きみたいな、殺傷力が高いけど武器じゃない道具を見せると野蛮な暴力で雑に殺される恐怖が沸いてくるんだって!

 廃村を修理して拠点にしている盗賊をやっつける。逃げた奴等は偵察隊がやっつけるからもっと怖がっちゃえ。

「がおー!」

「悪魔だ! 坊さんの服着た悪魔!」

「聖皇様が決めた条約破ったから出たんだ! 何が十年税免除だ!」

 自分は今、とってもすごい格好をしている。

 頭の上には背が高く見えるように牡鹿頭に目玉いっぱいと牙をつけた飾り頭を乗せ、その頭の後ろには背後の敵を威嚇するための狼頭に目玉がいっぱい。司祭様の白い綺麗な服を着て、変な獣が聖職者の身形をしているように見せてる。聖なる種の首飾りもじゃらじゃらつけてお洒落さん。司祭様の服は袖が四つになってて自分の腕を通すのが二本と、飾りの熊の腕を通すのが二本。それから右腕の所に目玉いっぱいの猪頭がついててちょっと動かし辛い。お尻のところに穴が空いてて狼しっぽをくっつけ合わせて大きくしたのが一本。足は靴にすると踏ん張ると壊れちゃうから、熊の足を足首に飾って足の裏から見ないと人間だって分からないように底抜け靴みたいな感じにした。そういう見た目。

 内側には頭から脛まで全身を守る甲冑を着てる。降伏した残党軍の人達から貰った胸甲騎兵の装備を鍛冶屋さんが調整して重ね合わせて仕上げてくれたよ。普通の人なら動けないくらい凄くぶ厚くて重くて、鉄砲で撃たれても中身はともかく鎧だけは大丈夫に出来てるんだって。顔は息が苦しいし食べられないし、手は武器持って振ってると壊れちゃうし、足も踏ん張ると壊れちゃうからそこは無し。

 名無しの子が、悪魔に関する聖典の聖句を唱えると効果的って言ってた。

「信心を誤り、また浅くまた間違う者へ神は悪魔を遣わす」

 この村は修理の最中で、まずは寝泊りするお家から直しているみたいで防壁も何も無い。柵は立てている最中だったみたい。

「不信心や異心を犯さぬ者はおらず、いと篤き者にも疑いを持って遣わす」

 村に突入。夜でも人がいっぱい起きてる。月明かりがある時は夜でも作業をして急いで村の守りを固めようとしていたみたい。がんばり屋さんだね!

「魔王が最果ての彼方より悪魔を送り出す」

 でもダメ! ダメ、侵略、絶対! 侵略者、敵の背中へ千歯扱きをカランコンって振り下ろす、浅く引っ掻いた程度だけど肩背中を刃が抉って、刃先が腰骨に当たってそのまま引き倒した。

「魔王はあなた方の信仰を試すために侵略する」

 片手で千歯扱きを持って、刃の土台の横で腰が引けている敵をコロコロンって殴る。ボグンって鳴って固まってない土と藁の壁にぶつかってドロドロに崩れる。

「あなた方は真なる唯一正しい聖なる神の教えに従わなければならない」

 大きくてゴロっとした体格の男の敵が石を積んだ手押し車で突っ込んでくる。足の裏で抑えて止め、千歯扱きをクワンカロンって振り下ろして胸に刺さった。あれ? 振り切れなかった。体勢悪かったかも。

「一つとなりその侵略に抵抗して信仰の正しさを証明しなければならない」

 ゴロっとして動かなくなった敵を刺したまま千歯扱きを円匙で殴りに来た敵にガラガランて振り下ろし、ゴロっとした敵の胸を内から引き裂いてぶつけて、殴りに来た敵の鎖骨から胸、腹まで引き裂いて骨抉って内臓をゴボロって引きずり出す。一緒に抜けたゴロっとした敵の腹が首に当たってグキって曲がった。

「死せる後に苦しみは無く、生ける内に苦しみが有る」

 千歯扱きの刃を前にして、目をまん丸にして立っていた女の敵に体当たりドンガラガラ! ちょっと突き上げる感じになって屋根の上に飛んでいっちゃった。

「その苦しみは唯一正しい聖なる神の教えに従っているか試され、魂が高潔であるかを試される」

 人って慌てるとこけちゃうみたいで、こけた人に躓いて三人纏めて敵が転がってる。耕す道具じゃないけど、千歯扱きをガランガラガラガラって振って、一人目の太ももに刺さって土台が押してボグって折れて、持ち上げると一人目の敵も持ちあがって、二人目に叩き付けると二人の骨がボギゴゴって鳴って砕けて、三人目に叩き付ける時に振り切ってやると一人目が肉だけ潰れた音、三人目がボギンて骨が折れた音が鳴ってからザパっと刃が地面も斬って抜けた。あんまり地面掻いてると要らなく刃が毀れちゃうね。

「魂が高潔であるようにしなさい」

 頭をパサっと叩かれた感じ。美人さんの敵が箒で叩いてきた。変なの。千歯扱きをガンコロンって振り下ろしたら頭から割れて肩抉って胸を裂いて腹を破って内臓を引きずり出して腰から太ももまで立て四つぐらいに割れた。今までで一番一発でグチャグチャに壊した! 今までのはちょっと刃で敵の前側を引っ掻く感じでやってたからかも。刃の根元からいくとこうなる。たぶん。

 ここから六つの徳のことを言う。

「知恵を持って適応しなさい」

 藁の山の中に飛び込んで隠れた敵に千歯扱きを振り下ろす。肉と骨がグジャグジャになる手応えがあったよ!

「勇気を持って行動しなさい」

 敵の男の子が「えいやー!」って四股鋤を持って走って来たから千歯扱きで振り払ったら刃に刺さってくっついちゃった!

「節制を保って自律しなさい」

 細い剣を持った敵が、格好いい構えを作っていたから男の子がくっついた千歯扱きを投げてぶつけた。ボギャって鳴って倒れた。千歯扱きを取る時に敵の男の子を踏んづけて抜く。

「正義を保って自戒しなさい」

 女子供を教会に入れて避難させ、一人だけ扉の外に立って拳を構える敵へ千歯扱きを構えて体当たりドーン! 扉も一緒にバガッって破れて教会に入る。

「信仰を守って礼拝しなさい」

 敵の女子供が固まって壁の聖なる種に向かって跪いている。敵のお坊さんが「……我々は死んで無に還るのではなく、この世界を巡ります。我々が巡った長く苦しい旅は終わりが見えています。苦痛の全ては生ある内に終わり、解き放たれます……」って早口で唱えている。

 女子供を敵がくっついたままの千歯扱きでグッチャグッチャって潰していく。お婆ちゃんはボグワ、お姉さんはブチャ、男の子はバチ、女の子はプチって感じ。

 こっちに振り向いた敵のお坊さんが「聖なる神よ守りたまギャー!?」と叫んだところで千歯扱きを振り下ろしてドグチャって潰す。拳を構えた敵はこの時に体が千切れて自然に落ちちゃった。

 聖なる種に向かって、千歯扱きを下ろしてから手を合わせる。

 神様神様、今私は悪い奴等をやっつける楽しい労働に励んでいます。妖精さん達とも仲良くしてます。ミーちゃんもお腹いっぱいだと思います。祈らず振るえそのかいなって教えて貰ったけど、時々なら祈っても良いと思います。頑張ってるから見てて下さい。

 教会から出ると敵の兵隊が横に並んで整列して鉄砲をこっちに向けてる。あ、痛そう。

「おいあの化物聖なる種に手合わせてたぞ……?」

「やっぱり神が遣わした悪魔なんだ……!」

 信仰を守っての次は、六つ目の徳だよね。

 音と光にびっくり! って思ったら顔がすっごく痛い。煙すごい、見えない? 鉄砲の一斉射撃だ、正面から見るとこんななんだ! おっかないよ!

 胸とか足に当たった感じがするけど平気。鎧は重いと衝撃も平気なんだって。でも顔がすっごく痛い! 鉄のお面はやっぱり必要かな?

「秩序を守って団結しなさい」

 前に出て、剣を持ってる敵の指揮官へ千歯扱きを振り下ろす。ちょっとその敵が後ろに退いて手応えが無くて外したかな? って思ったけど、刃が三本くらい当たった顔に顎が下側にゾロってめくれて倒れた。

「二十丁の一斉射撃だぞ!?」

「不死身の化物だ!」

 敵が逃げ散った。

「さすれば悪魔を討ち滅ぼすことが出来る……んだって。あれ、逃げちゃった」

 むっつりくん、隊長のルドゥくんが指揮する偵察隊が逃げた敵を狩るからあんまりしつこく追わなくていい。

 でも「がおー!」って追いかけると凄い声出して走って転ぶから面白い!

 転んだ敵は後回しにして、立っている敵を先に潰すと地べたで転がりながらずっと「神様ごめんなさい! 神様ごめんなさい!」って叫んでる。悪いことしたおしおきだ! 盗賊はいけないんだから。

 千歯扱きでカランコロンって残っている敵を潰していると村の外から銃声がパンパン鳴ってる。ワンちゃんもワンワンって吠えて逃げた敵を追ってる。

 あとは家を崩して回って、生き残りがいたら潰して、逃げた敵を退治し終わった偵察隊の人が最終確認してから燃やしておしまい!


■■■


 侵略者で盗賊っていう酷い敵、バルリー人の火事場入植者? を退治して回った。村を一つ消す度に名無しの子が地図に何か書いている。

「お絵描きじゃないよね」

「違うよ。戦前のダヌアと今のダヌアの整合性を取ってるの」

「せいごうせい?」

 顔の腫れたところを指で突っつかれる。

「痛っ」

「前のサニャーキはこれが無かったけど今はある。確認取ってるの」

「そうなんだ!」

 ダヌアでの戦いの隙を突いてバルリー人は入植して来たらしく、時間が無かったみたいで潰す村の数はゼっくんと一緒にやった冬季奪還作戦に比べて少なかった。時間は掛かるけど。

 北に進んでいくと大きなお城にバルリー共和国の旗が立っていた。名無しの子が「もう国境?」と言って地図を見たり、夜を待って星を見てなんか道具で何か測ったりしていた。

 調べた結果、バルリー人が最近になってここに放棄されていた古代の城を修理して使い始めたらしい。石の壁と柱だけは謎の技術で頑丈に残っているから、掃除して木の屋根を乗せて家具を運び入れたら直ぐに使えるようになっちゃうみたい。

 偵察隊が見た結果でも、正規兵だけでも八百人! 常駐していて、バルリー本国間との人の出入りも激しいんだって。それから今回の退治で入植が一旦止まったのはいいんだけど、入植者達が城で待機しているから二千人近い人間がいるらしい。いくら私が頑張っても二千人は無理っぽい。きっと途中で、今までそんなに疲れたことないけど、バタンって倒れちゃうかも。

 ルドゥくんが外で捕まえた敵を拷問して色々と情報を得たら、自分が変装して暴れた姿が噂になってて”ダヌアの悪魔”って呼ばれて恐れられてるんだって。皆殺しには出来てなかったみたい。大勢いれば隠れて逃げちゃう人はやっぱりいるよね。

 名無しの子が「十分な火力が必要。一時撤退する」って判断して百二番要塞に戻ることにした。


■■■


 要塞に戻るとアソリウス島遠征から軍が帰ってきてる! でも死んじゃったり怪我したりで減っちゃった。あと遠征帰りの妖精さんは皆が三角帽子を被ってる。流行ってる。

 ゼっくんも戻ってきた。でも前より顔だけでも火傷跡が広く残ってるし、右目が潰れて眼帯つけてる。全身に傷があるみたいで動くのがゆっくりでぎこちない。見てて痛そうで動くのを手伝おうとしたら「介護される程落ちぶれていない」と拒まれる。書類仕事は出来るみたいで今はそういった仕事をしている。

「大丈夫?」

「地雷にやられた。血は止まった。関節や腱に異常は無い。火傷が目立つのは顔ぐらいだ。目は潰れたが慣れてきている。傷が完全に塞がったら動ける」

 顔の銃弾で腫れたところを三箇所、ツンツンツンって突かれる。

「痛いよ」

「何だその面」

「ゼっくんだって髭が生えてるよ」

 何でか知らないけど、ゼっくんは大人の男の人のモジャ髭ぐらい太い髭が生え始めている。始めたばっかだからかそんなに長くない。

「知らん」

「何で生えてるの?」

「怪我で体質でも変わったんだろう」

「変なの。ぷぷぷ」

「ふっ……笑うな」

 ゼっくんが表情崩したと思ったら顔をしかめる。

「ゼっくん笑った!」

「笑ってない。顔の傷が痛んだだけだ」

「笑った!」

「うるさい。早く行け」

「うー」

 唸ってみる。

「犬かお前。ラシージ親分が軍を出すんだ。早く行け、お前には任務がある」

「うん」

 要塞に一回戻ってちょっと休憩したけど、これからあのお城にいる侵略者をやっつけるんだ。

 要塞の事務室から出る前にゼっくんを見る。ちっちゃいし傷だらけ。うーん、どうにかしてあげたいけど何も出来ないかな?

「俺は動けん、サニツァ頼んだぞ」

「うん!」

「侵略者を殺せ。人的資源を削ぎ、恐怖を植え付けろ」

「うん!」

 出来ることがあった!

 ラシージ親分が今回のような事態に備えて、二千の兵隊さんを連れて百二番要塞に来ている。要塞の守備を考えて合計で二千四百名、二十門の大砲の部隊で出撃する。百番要塞の部隊は北方の状況がまだ流動的だから戦略予備として動かさないんだって。それからベリリクカララババさんはいなくて、今は聖都に遠征中なんだって。妖精さんいっぱいの中の人間だから会ってみたかったのにな。

 ラシージ親分が直接指揮するバルリー討伐部隊は出発する前に、いつものご飯の時間とずれるけど食べてから出発する。

 パン焼き部隊でパンを受け取る時に奥の方でお仕事しているミーちゃんを見つけた。それで「ミーちゃんがんばってね! 行ってきます!」って行ったら「うん、行ってらっしゃい!」って言ってくれたよ! ミーちゃん、あんまり大きな声出したことないのに初めて聞いた! お仕事はもう一人で大丈夫みたい。

 席について皆「せーの」で『労働者さん、農民さん、兵隊さん、いただきます!』って言ってから食べる。今日の汁を配って歩いているのは耳が長くて目がグリっとしておっぱいも大きくて肌も茶色っぽくて背も高い妖精のお姉さん? だったんだけど、バッコンバッコンって音鳴るくらいにご飯を作る妖精さん達を蹴っ飛ばして歩いてたのがおっかなかった。お椀出す時もちょっとおっかなかったんだけど「何だ人間か」って言われただけだったよ。あういう妖精さんもいるんだね。ミーちゃんはパン焼き部隊の方だけど、大丈夫かな?

 今日の汁なんだけど、いつもよりすっごく美味しい! 何か食べたことがないくらい美味しい。不思議な味がして、香りとか脂っぽさが何か別物なの。野菜と肉の柔らかさも丁度良くてこれ以上無いってくらい。もしかしてあの妖精のお姉さんが作ったから?

 あとそれからもっと凄いのは、今日は汁のおかわりを配りに来たのがすごい! いつもよりお腹いっぱいになれたよ。ただ二回目配りに来た時にお椀を空にしておかないと「さっさと食え!」って妖精のお姉さんに怒られちゃう。ちょっと酷いのは「もうお腹いっぱいだよ」って言っておかわり要らないした妖精さんには「飯が食えねえ? 働いてんのかテメェ!」って言って、首絞めて口が開いたところに汁注いで吐き出さないように手で抑えて飲み込ませてた。

 どうして怒ってるのかな? って思って自分のところに来た時に「怒っちゃダメなんだよ」って言ったら「何が?」って言ってお椀に汁入れて行っちゃった。声が大きいだけで怒ってないのかな?

 ご飯を食べ終わってお腹が落ち着くまで卓に突っ伏してたら正面の席の妖精さん達がさっと立って誰かに譲った。

 何だろって思って替わりに座った妖精さんを見ると、目が細くて美人さんで何だか他の妖精さんとかなり違う雰囲気。頭を布で巻いてる。うーん?

「あ! ラシージ親分さんだ!」

「そうだ。君は魔術もしくは奇跡が使えるね」

 声が何かすごく落ち着いている感じだよ。ただ男の人か女の人か何だか分かんなくて不思議!

「私の力は神様が授けてくれた奇跡だってお坊さんが言ってたよ!」

「怪力と頑丈になる術双方の獲得は珍しい。有名な例では聖女ヴァルキリカ、過去に遡ると伝承の範囲であって、超人的な英雄伝と見境が無く不確か。そこまで詳しくないせいもあるが珍しいのは間違いない。あまり例は少ないが、怪力の術だけ歳をとってから扱えるようになり、己の手足を壊したあげくに呼吸で心肺を潰して死んだという記録がある。頑丈になる術だけ歳をとってから扱えるようになり、体の曲げ伸ばしが難しくなって心肺が不自由になって死んだという記録がある。胎児の時からこれらの術を獲得すると、おそらくは死産か夭折してしまって世に知られない。この双方が揃った時、君のような特異な術使いが誕生する。双方の術の均衡が崩れて誕生した者はおそらく死亡している」

「そうなんだ! 私、珍しい?」

「稀有だ。術使いが術を使って疲れるとどうなるか教えよう。その前に知っているか?」

「うーんと、教えて貰ったような気がするけど分かんない! 奇跡も努力と信仰を怠り限度が過ぎるとお見放しになるんだっけ?」

「不正確だ。魔術、奇跡というのは使えば渇く感じがする」

「渇く? 喉? お水飲めばいいの?」

 うーん? 思いつかない。何か違うよね。

「喉ではなく全身の神経、骨ではないが全身の根がそう感じる。水を飲んで心が落ち着けば多少の回復要素はあるが、それは肉体に対する疲労軽減と精神の安定から生じる術の効率的な行使が再び可能になった上での見かけ上の回復である。とにかくそれだけをあてにしてはいけない。その渇いた経験はあるか?」

「無いと思う」

「その渇いた感覚は普通ではないから分かるはずだ。その感覚を無視して術を使い続けるとその渇いた感じがする神経が引き抜かれたように、空になった気分になる。そうなると気力も失せて寝転がる以外に何もしたくなる。元気な君でも倒れる。それでそのまま目を覚まさずに死亡した記録もある」

「そうなんだ!」

「渇きを無視して限界を越えると君はただの疲れた女になる。見たところ筋力は術に頼らずとも人間の女にしてはあるように見えるが、しかしそれだけだと簡単に殺される。神経が渇いた感覚がやってきたら無理せず逃げるように。術使いは希少だ。そうではない味方を殺してでも逃げる価値がある。躊躇せず逃げろ」

「はーい!」

 今までお仕事とか長くやっても大丈夫だったから分かんないけど、そうなったら逃げればいいんだ。簡単かな?

「ねーねー親分さん。あの茶色のお姉さんって何で怒ってるの?」

「栄養指導だ。労農兵士は身体が貧弱だと役に立たない。長年栄養不良状態が続いたせいか良く食べることを知らない同胞が多い」

「そうなんだ! ね、ね、もう一個、親分さんは男の人? 女の人?」

「意味の無い質問だ」

「そうなんだ」

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