第233話「がんばった」 後のシクル
食中毒で死んだという傭兵があまり深くない地面の穴に放り込まれた。身につけていた装具などは彼の仲間達が分け合った。墓標として棒になるよう削られた枝に、糸くずで作られた木っ端のひし形が括りつけられる。そしてこの傭兵団の印である赤い羽根も括られる。
「彼の名前は?」
「バリアルム……なんだっけ、ユピスバークだったかな。ウルロンの山奥の貧乏貴族の末っ子とか言ってたよ」
赤い羽根がついた帽子を被った、顔色の悪そうな傭兵が答える。
「それなら分かります」
墓標になる枝の片面が平らになるように短刀で削り、バリアルム・ユピスバークと名前を彫る。神聖教会圏で使われるフィエラ文字は直線的に彫っても文字が崩れにくい。
「生まれ年は分かりますか?」
「そこまでは知らんな。若いんだろうが、貴族さんは年取ってもちょいと若く見えら。見当つかねぇ」
名前の後に没年千七百六十五年と彫る。
「聖なる神は無から全てを創られて世界としました。創られし者バリアルム・ユピスバークは死んで無に還るのではなく、この世界を巡ります。彼が巡った長く苦しい旅は終わりました。苦痛の全ては生ある内に終えられ、今彼は解き放たれました。彼に課されたあらゆる負担は取り除かれました。あらゆる穢れは濯がれ、聖なる魂のみとなりました。先の人々と同じく聖なる神に近づき、安らかなところへ魂になって入られました。今後は聖なる神の決して破られぬ誓約の下に永遠に守られます。聖なる神よ守り給え」
手を合わせて祈りの言葉を死者に捧げる。
「終わりました」
「尼さん、ありがとよ」
「いえ、勤めです」
「そうか」
己が何を食べているのかも分からず食中毒で死ぬとは間抜けな連中だ。
「食虫毒と聞きましたが、何を食べられたのですか?」
「わっかんねぇんだよな。昨日は酒飲んで飯食って……覚えてねぇや。頭痛ぇ、手も痺れやがる。こいつは拾い食いでもしたかね? する奴じゃないか。下痢とゲロが酷くてな、汗も凄くて喉渇いたって酒飲んだのが止めか?」
二日酔いが酷そうに頭を抑えて傭兵が言う。
「質の悪い合成酒や混ぜ物入りの食べ物は体に良くありませんよ」
「そりゃあ分かるんだが、それ言ったらここじゃ草でも食うしかねぇよ。商人吊るし上げたってなぁ、逃げられたらそれこそ草しか食えんし」
「……お気をつけて。余計なお世話かもしれませんがこの地は長居するのに向いていないと思います」
「そりゃあ分かってんだがなぁ。どうにもならねぇんだよ。参ったぜ」
謝礼に小銭を貰い、フラル系のジュリアッティア赤羽根団の野営地を去る。中堅どころの歴史もそこそこある傭兵団だが自己管理に窮し始めている。
■■■
ここは傭兵団の野営地がひしめき合い、商人が集る市場がそこかしこに固まっている。
己の活躍を見せるために、派手な色合いの服装の正規兵よりももっと派手な格好の傭兵が集っていて一種の仮装祭りの様相を呈している。
通りがかる女は大体娼婦で洗濯飯炊きもやってる。そうじゃない女は商人の妻子でついでに前述の仕事をやっている者もいる。
ダヌアの旧イスタメル公国残党と義勇兵という名の傭兵集団の野営地群は猥雑にして雑多。この世でもっとも臭い動物は人間であると理解するのに十分な程に臭く、汚い。一箇所に固まっているせいで便所穴の割り振りも深さも怪しく、その辺に小便溜まりや糞が転がっている。酔っ払いだらけなので立小便に野糞は当たり前のようにされ、娼婦もちょっとスカートを摘まんで広げたと思ったらそこら中に小便を垂らしている。
近くに街があったが、物資の供給を断ったか何かをしたか揉め事があって焼討にした上に住民も皆殺しにされた後。施設を利用すればいいのだが、馬鹿だから燃やした上に死体をそこら中に散らかして居住出来なくしてしまっている。略奪品が露天販売され、捕まった女が裸にされて商品として出されている。街という資源を有効活用出来ていない。
修道女の格好をして野営地群を歩いて回っても怪しまれない。野蛮で下衆なりに何故か信心深い連中が多く、聖職者の格好をしていると何かと優遇してくれる。その代わりに先ほどのような葬儀をしなくては怪しまれるが、雑談の中から有用な情報が拾えることもあるのでむしろ都合が良い。
酔っ払い同士が殴り合いの喧嘩をしている。これを逃すのは少々勿体無い。
観客が吐く歓声罵声の中から喧嘩の原因を聞き、人間共が抱えている問題の一端を汲み取る。喧嘩の原因はお気に入りの娼婦の取り合いらしい。
昼間から酒を飲んで娼婦の取り合いで喧嘩をし、遂には短剣を取り出して片方を刺す。悲鳴が上がったり、もっとやれと煽り、殺された側の傭兵が仲間を呼んで決闘から集団戦に発展する。
小さな雑兵の集りのような傭兵同士が殺し合いを始める。弩で矢を射ち、小銃を撃って槍を振り回す。流れ弾が観客に当たって血が流れる。
野営地はひしめきあっており、少数集団と言えど戦いが始まれば近くの商店が引っ繰り返り、天幕が崩れ、洗濯物が散らばり、家畜が暴れて逃げ出す。無数の足が小便や糞に泥を引っ掻き回して蹴飛ばし酷い臭いが広まる。その隙間を火事場泥棒が這い回って懐にところ構わず戦利品を放り込み始める。
殺し合いにしては双方傭兵というべきか、死なずに戦うふりをするのが得意なので一端膠着状態に至るとだらだらと戦い始める。
頭に血が昇って勇んでみたのは良いものの、少し冷静になってこの戦いは何も生まずくだらないと気付くのだが、しかし降参したり退却すると”男”が下がるので引っ込みがつかないのだ。”男”が下がると娼婦からも馬鹿にされるし、臆病と評判がついたら商売にも障りがある。
そうして戦いが長引いてくると登場するのが、旧イスタメル公国残党の銃騎兵隊。威嚇射撃を行いながら、通行人を構わず馬で弾き飛ばして両傭兵団の間に入って戦いを終わらせる。
銃騎兵隊に遅れて歩兵が到着し、両傭兵団を騒乱容疑で連行。そして厳罰に処すと折角の戦力が減ってしまうので口頭注意で処分が終わる。
このような下らない喧嘩の成り行きでも情報が得られる。傭兵団は酒を飲んで女を買う金がある。戦わずにこの便所のようなところで暇を潰しているだけで金が入ってくる仕組みがあるということだ。
金満的な状況であるのに商人たちが酒や食べ物の質を下げても吊るし上げを食らわないのは、商人無くして今の状況が保てないと理解しているから。この場から逃げることが難しいから。
商人を崩せればこの侵略者共に間接打撃が与えられる。
同胞が柱に縛り付けられ、投げ短剣の的にされて遊ばれている。「やー!」と言い、ジタバタしながら身を捻って避けるのが面白がられている。
人間の娼婦に並び、同胞の娼婦もいて暇潰しに小突かれたり煙草の火を押し付けられている。無表情に身を固くして己の殻に閉じ困っている。
腕が捻じ曲がり、尻に枝が突き刺された同胞の死体が引きずられている。
同胞の一人が自分に勘付いたようで助けを求めるように近寄ってくる。鼻面を蹴飛ばして小走りに――怯えた風を装って――去る。背後からは「尼さんからも嫌われてるぜ!」と笑い声。
野獣の群れに放り込まれたらどうなるか分かるものだ。これが我々の領土の鼻先にいる。
■■■
ポワンドブイユーズ連隊の野営地を訪ねる。
連隊長など指揮官は人間でロシエ系貴族が多く、そして兵士のほとんどが同胞の妖精である。指揮統率に優れた優秀な傭兵団として有名で、兵卒の多くを奴隷妖精で賄うという旧ランマルカ王国の軍編制を元にしている。
「姉妹、また妖精達に神のお導きを説きに?」
ロシエ貴族の士官が、この界隈にいるのが不自然なくらい小綺麗な格好と落ち着いた口調で喋る。ここの野営地は綺麗に整頓されている。
「はい」
「進捗しておりますかね?」
「分かりません。ただ何者にも救いは必要だと考えます」
「そうですね」
ここで自分は妖精達を聖なる神の導きによって救いに来ている、ということになっている。
士官達は物好きで熱心な聖職者もいたものだと思っている程度だ。連隊付きの従軍聖職者はいるが、事務畑の人物でお祈りより筆を滑らせている時間が長い手合いだ。妖精の心にはまるで興味が無かった。
妖精達の天幕の方へ行く。その中で意志の弱い下位者を束ねる意志の強い上位者を訪ねる。
「お変わりなく?」
「木屑混じりのパンは食べられるし、腹を誤魔化すのに悪くない時もあります。しかし粗引きの石屑や骨粉混じりのパンは辛い。腐ってカビの生えた肉やチーズを切って組み直して着色して見せる技法には呆れを通り越します。上官方も飲める酒が無いと嘆いており、我々はそろそろ食べ物の美味しいロシエに帰ります。神経毒で酒精を誤魔化されるのは流石に、酷いので」
彼は妖精唯一の士官で喋り方が穏やかだ。
懐より、ジャラジャラと鳴らないように一枚ずつ革で梱包して服の裏に縫い付けたウラクラ金貨を十枚渡す。
「ではこれを」
彼から巻いた長い紙を受け取り、順に読む。大量の、この地に駐留している傭兵団の名前と出入りしている商人の名前。
「正確な雇い主だとか、仕入れ先だとか、資金の流れだとか、流石に調べるのは立場的に困難でして。お代に見合うか心配です」
「いえ、これで結構。感謝します」
彼等は恵まれている。兵隊として矢面に立たされるが栄養状態は良く、服も清潔で武器も余り物のガラクタではない。誇りを持って死ねる状態にある。
「一応ですが、我々は同胞を受け入れます」
「お誘い下さりありがとうございます」
お気持ちだけで結構、やんわりと否定される。マトラの惨状を聞き及んでいるのならば普通、亡命しない。
「逃げるには良い機会、最後の機会になるかもしれません」
「そうですか。潮時と伝えておきます。聖戦の残留孤児になるつもりはありませんので」
それから礼拝の呼びかけが響き渡る時刻になるまで雑談して待ち、礼拝作法の真似事をして説教のようなものをしてからポワンドブイユーズ連隊の野営地を去る。謝礼だと先ほど払った金貨が一枚戻ってきた。
■■■
今まで接近する口実も作れず少々焦れていた相手が野営地群の広場に現れた。
演台に立つのは旧イスタメル公国残党軍を指揮するダヌア伯ミロハン・カラウェルジェ。前イスタメル公爵の娘婿にあたり、公家が断絶するか国外に避難した今、一応奴が公位の継承順位が第一位になっている。
「この地は古より、かの聖王カラドスより東方副王領として封じられてきた。この大イスタメルは悪魔との最前線にあり、全人類の信仰を守るための砦である……」
噂には聞いたがこのダヌア伯ミロハンの演説はつまらない上に長いし、観客を見ないで喋りたいことを喋り切るので状況を見て内容を変えることもしない。一応は集ったものの面倒臭そうに聞いている傭兵が多い。解散しないのは広場の周囲をダヌア伯の正規兵が固めているからだ。それからその長い話の最後に今後の方針を告げるかもしれないので各傭兵の長は耳を澄ましておかないといけない。苦しむ分には結構。
人ごみに紛れ、ミロハンの似顔絵を描く。それから脇に控える副官等の顔も描く。主が馬鹿でも補佐がしっかりしている組織は強い。
演説に苛立った傭兵が唾を吐き、自分の服に掛かる。こんなものに気を取られても仕方が無い。
「あ、尼さん、悪ぃ」
「いえ、そういうこともあるでしょう」
「へへ、すまねぇな」
これで何故か仲が縮まったと思ったのか傭兵が臭い顔を近づけてこちらの似顔絵描きを覗く。
「尼さん上手いじゃねぇか。金取れるぜきっと」
「聖なる仕事が第一ですので。これはただ、歴史的な場面の記録を取っているだけです。教会の方で記録を取っていたら協力出来るかと、それだけです」
「頭良い奴等は違うな! 俺なんか自分の名前書くので精一杯だぜ」
あまり隠れてやましいような感じで描く必要は無い。堂々とそれらしい理由をつければなんてことはない。
「……我々には正しい大義がある。戦い続ければまたその日が巡ってくる。三日後、正義の戦いに備えて大演習を敢行する!」
傭兵達がそれはたまらんと一斉に罵声を浴びせ、念のために持っていたのか野菜や卵にゴミを投げ始める。そして正規兵が威嚇射撃を行い、槍を突きつけ棍棒で殴り倒して騒乱を鎮めに掛かる。巻き込まれないように人間の隙間を縫って飛び出す。
浪費出来るだけの物資はある。しかし正面切って戦える戦力はもう無い。前に出れず、ポワンドブイユーズ連隊のような信頼され越境横断を拒まれない集団を除けば引くに引けずの状況。神聖教会側はこの集団がこのままイスタメル国内で腐れ落ちるのを待っている。戻って来られても治安が悪化するだけの無法者を呼び込みたくはないのだ。そのために餌だけは与え続けている。それに死ねば給料は払わずに済む。
■■■
情報源は努力して獲得するものが大半だが時折、流れ星のように見つかることもある。
あまり規模は大きくないが、ヒルヴァフカ人が経営する隊商で下働きをする星がいた。発見は偶然、通りかかった時に偶然聞いた聖女ヴァルキリカのような怪力女の話。
気になったらその付近で会話を拾う。誰がどんな声をしていてどの立場にいるかを把握して人間関係を理解。そこから目星をつけて、一致。
一致させてある男にチラと顔を見せて、知り合いのように頭を軽く下げて挨拶。顔色を変えてやってくる。顔合わせはこれで二度目。
「あなたの可愛い一番目のお嫁さんの居場所が分かりましたよ」
「私の妻は一人……です」
年下の愛想が良さそうな、この男の二番目の妻は元気に売り子として働いている。荒くれの傭兵相手にも愛想崩さないで無礼も上手いこと受け流して商売をしている。
「今は東に、この軍隊が攻め込むとしたら一番に攻撃を仕掛ける要塞にいます」
「要塞!? 何故、いえ、何をしているんです?」
この男はサニツァが言うダラガンくん。いっそ悪人だったら良かっただろうに、初めて会った時に少々可哀想な彼女のことを脚色して話したら顔色を面白いくらいに変えた。
サニツァはゼクラグの道具にしておくには少々惜しいと思っていつでも使えるように”仲良し”になっておいたが、こんなところで彼女との雑談が役に立つとは思わなかった。幸運であろう。
「マトラの兵士として軍務に励んでいます。鉄砲も持たされずに、棍棒を持って戦うような役目です」
それが特別凄いが言わない。
「まさか兵士? それにそんな!?」
「ミーちゃんにお腹一杯食べさせるんだって張り切ってますよ。健気ですね」
「ミリアンナ……も一緒ですか」
「はい。本物の親子みたいにいつもピッタリくっついてますよ。仲も非常に良いようで、仕事も一緒に楽しく歌いながらやってます。サニャーキ、ミーちゃんってね」
「それは……良かった。良かった?」
悩みが深そうで精神に不安定なところが見えてきている。
「いくら彼女でも不死身ではありません。そしてあの性格、敵陣に真っ先に突っ込む気がしませんか?」
「確かに」
「戦争を早く終わらせるのに協力して下さい。早く終わらせないと可哀想だと気付いてもいない可哀想なサニツァとミリアンナが危険なのは分かりますか? サニツァはともかくミリアンナは正直、我々にとって価値がありません。野営地を見て回りました? 妖精が酷い目に遭わされてますよね。逆になったらどうなるでしょうか」
「それは……こちらで、いえ」
引き取るとは言えないようだ。何せこの隊商を経営しているのはそのミリアンナの両親。子を捨てて夜逃げした後に上手いこと商売に成功したようだ。
「こちらの先払いは済みました。そちらの分を」
ダラガンが折りたたんだ汚い紙切れの束を寄越して来たのでチラと確認してから懐にしまう。こちらも傭兵団と出入りしている商人の名前、そして可能なら仕入先の商人の名前まで。新人の下働きで真面目な感じの彼のことだ、親方から色々教えて貰ったことだろう。今までここでは聞かなかった、領域の外では有名な商人の名前が並んでいた。仕事が真面目だ。
「後払いですね。両人を普通の当たり前の住民として受け入れることを確約しましょう。足でまといならばともかく、働くのなら処分する理由にはなりませんから」
「本当だな?」
心配なら手放さなければ良いのに。人間とはおかしなものだ。
「我々は人間ではありません。約束は破りませんよ」
保証する権限は無いけれど。
「それと、サニツァに村は全滅したって……」
「伝えるの?」
「いや、何か喋る機会があったら皆移住したってことにしてくれ」
「分かりました」
もう用は無い。
■■■
野営地群を後にし、イスタメル州政府に活動する傭兵団と商人の名前を届けた。
その後、その名前を元にイスタメル州政府が聖皇に対して講和条約違反であると抗議を行った。戦争反対の立場を取って前聖皇を追い落としたレミナス八世は即座に動いたようで商人がダヌアから撤退。支援金を送っていた諸団体も送金を停止。旧イスタメル公国残党と傭兵団群は資金、補給物資に欠くようになった。
一部の信頼されている高級な傭兵団は撤退。入国お断りな低級な傭兵団は略奪品を求めて既に荒廃済みのダヌア地方の出涸らしを舐めながら前進してマトラ侵略を狙う。南方進出はイスタメル州軍とラシュティボル派との直接対決になるので恐れたようだ。
飢えた集団と化した残党と傭兵の群れが現マトラの西側玄関口の百二番要塞へ陣地構築を行って攻城戦の準備を始めた。
百二番要塞は山の斜面を利用して高所を取り、壕を巡らし、土塁を幾何学的に配置し、掩蔽された砲台を備えている。要塞の建設期間は短く急造の部類に入るが敵に即時突撃を躊躇させるに十分な防御力を獲得していた。足を止めた。
そして自分が描いた似顔絵を元に、ランマルカ陸軍を範として創設された偵察隊が狙撃任務を敢行してダヌア伯ミロハンを筆頭に首脳陣を殺害。士気が低い兵士達を奮い立たせようと陣頭に立ったのが失敗だ。このような状況に追い込まれた時点で既に失敗だが。
攻城用に陣地構築を始めて足が止まり、指揮官喪失で指揮統率が乱れて麻痺状態になったところへイスタメル州軍、ラシュティボル派の軍が到着して無血で降伏させた。
後にアソリウス島方面でも島に逃亡した残党が一掃されたと報告が届く。
先の大戦終結後から続いたイスタメル内戦がこうして終わった。
人的被害を最小限に抑えられた。奴隷にされていた同胞も、無傷ではないが一部解放された。苦労の甲斐はあった。
■■■
商人撤退作戦終了後、ダヌア地方における権益拡大の余地の調査と、北部のバルリー共和国の動向を探る任務を始める。荒廃したあの地は空白地帯、新しい統治者の下で旧貴族達の権益が諸々消失してしまった後のある種の未開拓地である。
その未開拓地の治安は悪い。ほぼ降伏させたとはいえ、集団から漏れた正規兵に傭兵が盗賊化している。また街や村から戦火に焼け出された住民も盗賊化している。加えてこの地特有というわけでもないが、伝統的に無事な街や村が統率された盗賊団として活動している。畑や水利権の奪い合いが既に始まっていると考えられる。イスタメル州軍が治安維持に動いているが、有象無象相手には時間が掛かるだろう。
第一戦略目標範囲内の土地は既にイスタメル州に保証されており、既に再入植が始まっていて目印も設置されている。この目印を無視するものは合法的に排除出来る。
イスタメル州に保証されていない領域への拡張準備を開始する。地図では表記出来ないような境界線を侵食する。ダヌアの人間もバルリーの人間も、一度破壊されたこの地でそれをやろうとする。領域の防御という意味でも一歩前に侵食して縦深を得ておかなければ危険だ。例え法によってその侵食地域を取り上げられたとしても、取り上げられるまでそこは城壁となる。
今回は見当をつけて地図に記入していくだけなので入植者は連れずに最低限の護衛を連れて素早く進む。
最低限の護衛は、地図や測量技術も備えて戦闘能力にも優れる偵察隊だ。
百二番要塞で偵察隊と合流する予定。
要塞では内戦の終結と共に防御能力の強化作業は中止され、今度は街としての機能の増強が始まっている。
あの人間は目立つ。起重機を使って動かすような、ほぼ木の幹丸ごとそのままの大柱を一人で担いで垂直に立てて基盤に差し込んでいる。
「大きい、太い、立った!」
同胞達が拍手してその労働を称える。馴染んでいる。ダラガンの心配は杞憂だろう。
偵察隊はまだ要塞に到着していないようなので暇を潰す。サニツァの労働を見物する。重量物を素早く容易に運んでいる。
運が良かったとはいえ良くゼクラグはあんな逸材を見つけてこれたものだ。口説くのはどうも犬より簡単だったようだが。
鐘が鳴って昼の休憩に入る。食事を持ってサニツァとミリアンナの二人の間に尻を捻じ込み、ミリアンナを膝の上に乗せる。
「サニャーキ、ミーちゃんこんにちは!」
「こんにちは!」
「こんにちは」
三人で食べ始める。
「ね、ね、あなたって何のお仕事してるの?」
「言っちゃいけないお仕事」
「そうなんだ!」
「教えられないけど、この前にやったお仕事は大成功したのよ。私のお陰でこの戦争は終わった」
「すごい! がんばった!」
「これから仕事仲間と合流したらまたお仕事するのよ」
「もっとすごい! がんばれ!」
ダラガンがこの単純明快で良く働く女を捨てたのが理解出来ない。人間は不合理だ。
偵察隊の面々が到着したようで、昼の食事を持って空いた席に座り始める。
「こっち来なさい」
偵察隊の中の一人に手招きする。嫌そうな顔をしやがる。
「こっち! と、な、り!」
「うるさい」
「サニャーキも言ってやってよ、あのむっつりに!」
「こっちこっち! むっつりくんこっち!」
サニツァが手を叩き「こっちに来い来い! こっちに来い来い!」と連呼し始めるに至ってあまりにうるさいためか面倒臭そうにやって来た。そして自分ではなくサニツァの隣に座った。そんなに嫌かあの野郎。照れやがって。
「ねえあなたあの子のお友達?」
サニツァを無視して食べ始めた。むっつり野郎め。
「そのむっつりくんはね、私のおっぱい舐めるのが好きなのよ」
「そうなんだ!」
「うるさい」
「男の人っておっぱい好きだよね」
「ねー」
「うるさい」
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