第232話「そのかいな」 サニツァ
「よいしょ」
ミーちゃんが杭を、尖った方を地面の穴に挿し込んで抑える。
「よいしょ!」
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
それから「えいさ! ほいさ! どっこいしょ!」と土が硬めだから三回叩いて打ち込む。
「よいしょ」
その間にミーちゃんが別の杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。
「よいしょ!」
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
それから「えいさ! ほいさ! どっこいしょ!」と三回叩いて打ち込む。
ここでもミーちゃんと一緒にお仕事をやってる。私達がここでも一番杭打ちが早いって褒められたよ!
悪い侵略者から守るための要塞を建設闘争中。掘る土の一掬いが同胞を救い、打つ杭の一本が未来の敵を打つ一撃なんだって! 敵が目の前にいる時以外でも戦う準備をすることも戦いだし、同胞同志の未来を切り拓く闘争なんだって! 難しいけどそうらしい。
千人まではいかないらしいけど、マトラ全体で働き盛りの妖精さん達が南のバシィールって城のところに出発しちゃって、この要塞建設に少し遅れが出ている。この百二番要塞からも百人くらい出て行っちゃった。後に山の奥の方からまた働く妖精さん達が来るみたいだからそれまで頑張ろう!
「祖国へ、我らの労働を捧げる!」
拡声器で監督官さんが応援。
『捧げる!』
働く妖精さんが一斉に応える。
「捧げる!」
「……捧げる」
自分もミーちゃんも応えて皆で楽しい!
「労働のみが願いを叶える!」
『叶える!』
手を挙げる。
「はーい!」
「そこの同志労働者!」
「神様もお願い叶えてくれます!」
「新参の同志だな君は!? では教育し精神に革命をもたらそう! それは妄想幻覚幻視幻聴、まやかしの勘違いの認識違い、知識思考不足による不安定な誤認、それか魔女の婆さんの仕業だ!」
「そうなの!?」
知ってることと違う!
「食事はどうやって得られるのか? 畑仕事と料理作業があって得られるのだ。お腹一杯食べたければその両方の労働を行うことによって叶えられる! 神に祈って腹一杯になったことがあるか? いや無い!」
「ホントだ!」
お腹一杯になるだけ無かったし、二回だけだったもんね。神様はけちんぼだ。
「家はどうやって得られるのか? 山林の伐採と建築作業があって得られるのだ。雨風を凌いで凍えずに済むにはその両方の労働を行うことによって叶えられる!」
「ホントだ!」
神様がお家くれたことないもんね。修道院はすぐ焼けちゃったし。ゼっくんはくれたからミーちゃん寒くない。じゃあ大工さんの方がすごい!
「理解が得られたようだな。では我々の願いを叶えるために労働を続けるのだ同志労働者! 労働は信仰に勝る! 祈らず振るえそのかいな!」
『祈らず振るえそのかいな!』
手を挙げる。
「はーい!」
「そこの同志労働者!」
「かいなって何ですか!?」
「腕だ!」
「そうなんだ!」
「そうなんだ。同志労働者諸君! 労働歌を歌おう! 我等が建設闘争によって明日を願い、叶えるのだ!」
『はーい!』
皆揃ってはーい!
「マトラ労働歌斉唱! せーの……!」
侵略の雨、祖国を濡らし
破壊の風が切り刻む
恐れず戦え、同胞同志
不断に戦い築くのだ
守りの家、豊饒の大地、革命守る労農軍
真に勝利するその日に
祖国に日差しが降り注ぐ
振るえその腕、進めその脚、血と汗に塗れよ
真の献身が明日に実る
明日の明日へ繋げよう
手を挙げる。
「はーい!」
「そこの同志労働者!」
「そのお歌、知らないから教えて!」
「ではゆっくり行くぞ、私の後に続いて復唱せよ。尚労働する手は止めないように」
「はーい!」
「侵略の雨!」
『侵略の雨!」
ミーちゃんが杭を、尖った方を地面の穴に挿し込んで抑える。
「祖国を濡らし!」
『祖国を濡らし!』
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
「破壊の風が切り刻む!』
それから『破壊の』『風が』『切り刻む!』と三回叩いて打ち込む。
「恐れず戦え!」
『恐れず戦え!』
その間にミーちゃんが別の杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。
「同胞同志!」
『同胞同志!』
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
「不断に戦い築くのだ!」
それから『不断に』『戦い』『築くのだ!』と三回叩いて打ち込む。
「守りの家!」
『守りの家!』
その間にミーちゃんが別の杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。前より早いかも。
「豊饒の大地!」
『豊饒の大地!』
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。皆の働く動きも前より早いかも!?
「革命守る労農軍!」
それから『革命守る』『労農軍!』と二回叩いて打ち込む。二回で済んじゃった!
「真に勝利するその日に!」
『真に勝利するその日に!』
その間にミーちゃんが別の杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。これで近くに置いてある杭が無くなっちゃった。
「祖国に日差しが降り注ぐ!」
『祖国に日差しが降り注ぐ!』
春になって暖かくなったからお仕事をすると汗びっしょりになって髪の毛とか服がペタってなるミーちゃんが別の杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。
「振るえその腕!」
『振るえその腕!』
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
「進めその脚!」
それから『進めその』『脚!』と二回叩いて打ち込む。また二回で済んじゃった!
「血と汗に塗れよ!」
『血と汗に塗れよ!』
打つ杭が無くなっちゃったから、新しい杭が運び込まれるまで少し休憩。その間にミーちゃんと一緒に水筒から水を「ぷはぁ」って一口飲む。
「真の献身が明日に実る!」
『真の献身が明日に実る!』
杭を削って作っている妖精さんが手押し車に次の杭を乗せて運んできた。歌いながらその妖精さんと杭を降ろす。
「明日の明日へ繋げよう!」
『明日の明日へ繋げよう!」
ミーちゃんが出来立ての杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。
「祖国へ、我らの労働を捧げる!」
『捧げる!』
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
「労働のみが願いを叶える!」
それから『叶』『える!』と二回叩いて打ち込む。
「ね、ミーちゃん」
その間にミーちゃんが別の杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。
「うん?」
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
「祈らず振るえ」
それから二人で声を合わせて『その』『かいな!』と二回叩いて打ち込む。
鐘が鳴る。
「作業止め、昼前の労働終了! 作業止め、昼前の労働終了! 食事と休息を取り、昼後の労働に備えよ! 食事と休息を取り、昼後の労働に備えよ!」
木槌を置く。
「ミーちゃん」
「うん」
『ご飯だ!』
やっほー! 跳ぶ!
お歌を歌ってたら時間があっという間で幻みたいに無かったみたい! でも打った杭の列を見れば幻じゃない。お祈りはいくらお祈りしてもどれくらいお祈りしたか分かんないけど、腕を振って打った杭は見たら一回で分かっちゃうよね。
「労働楽しい!」
「楽しい!」
「革命的覚醒を遂げたな同志労働者よ。人間であるにもかかわらず作業速度も抜群である。このままいけば労働英雄勲章も間違い無いだろう。その腕を誇れ」
監督官さんが褒めてくれた!
「やった!」
「やった」
自分とミーちゃんの汗を拭いて、手を洗って、ぐじゅぐじゅごっくんってうがい給水――水がいっぱいの川沿いじゃないから吐くのは勿体無い――をして、お盆を持ってパン焼き隊のところでパンを受け取って、皆で卓を並べて囲む。卓には人数分の空のお椀と杯があって、それもお盆に載せて並べる。そうすると配食係の妖精さんが肉と野菜と乳の汁とビールを入れて回る。そして皆で声を合わせる。
『労働者さん、農民さん、兵隊さん、いただきます!』
これがここの食べる前のお祈りみたいな感じのやつ。毎日ご飯が食べられる。ありがとー!
冬の作戦の時よりお肉は少ないけど、あれは特別だった。しょうがないよね。
美味しく食べ終わって、食器を洗い場の妖精さんに「お願いします!」って渡してから卓の方にもう一回座って、突っ伏して休息。昼後の労働開始の鐘が鳴るまで休むのだ。
「サニツァ、昼後は別の仕事をしてもらうぞ」
「ゼっくん司令官殿! けーれー!」
席を立って、肘を曲げて手の先を額につける。ミーちゃんも「けーれー」をやる。
ゼっくんはこの百二番要塞司令官殿に出世したんだって。偉い!
「八番要塞に荷物を取りにいくから同行するように。それと別件の仕事もある、かもしれないらしい。政治、情報部関連の仕事は機密性が高いからはっきりしない。鐘が鳴ったら馬屋に来い」
「はーい!」
「はい」
お出かけだって。
■■■
百二番要塞の馬屋で馬車と牛車を用意して八番要塞に向けて出発。
少し前まで人車って、捕虜とか放浪者を使って動かしてたけどある日突然全処分しちゃった。そのせいでちょっと作業に遅れが出て、ご飯もちょっとの間減っちゃった。でも政治的判断だからしょうがないんだって。
道の途中で綺麗な妖精の女の子が立ってて「私も乗せてって」て言いながら走ってる車に、凄く身軽にぴょんって跳ねて乗って私の隣に来たよ。
「あなた人間でしょ?」
「うん」
「その子も人間ね」
「うん」
ミーちゃんは疲れちゃって、自分の膝の上で寝てる。
「どうして私達と一緒にいるの?」
「ゼっくんがね、好きって言うから私も好きって!」
あの時のことを思い出すとすんごく顔があっつくなってくる。
妖精の女の子が「だ」って何か喋ろうとしたゼっくんの顔を両手でビタンってやった。
「そうなんだ、良かったね」
「うん!」
妖精の女の子がミーちゃんのほっぺをツンツンってやる。私もツンツンってやる。
「あなた、この子のお母さん?」
「私、ミーちゃんのお母さん!」
「そうなんだ」
「うん! あなた、ゼっくんのお友達?」
お友達じゃないといきなりビタンってやらないよね。
「そうよ、仲良しなの」
妖精の女の子が「だ」って何か喋ろうとしたゼっくんの顔を両手でビタンってやった。
「仲良し!」
「あなたも私と仲良くしましょ」
「仲良し!」
妖精の女の子と右左、左右で手を繋ぐ。
「あなた、お名前教えて」
「サニツァだよ! この子はミリアンナだからミーちゃん! ミーちゃんはヒルヴァフカ人だから私のことサニャーキって呼ぶよ。あなたは?」
「私は無いよ」
「そうなんだ! 無いの?」
「無いよ」
「ゼっくんはゼクラグって名前だよ」
「ゼクラグはゼっくんでいいんじゃない」
名無しの妖精の女の子が「だ」って何か喋ろうとしたゼっくんの顔を両手でビタンってやった。ほっぺた赤くなってる。
■■■
名無しの子と合流してから道の途中で一泊。
朝になって進み、夕方になってもう一泊するか考えたけどゼっくんが名無しの子と相談してから「夜間行進を続行する」って言って、松明で足元を照らしながら進んで深夜になる前に八番要塞に到着。月と星の明かりがあったからそんなに危なくなかった。
荷車に荷物を運び入れるのは明日の朝、出発する前。
現場ではまだ作れない釘とか工具みたいな鉄製品、パンを作る小麦粉、作業でボロボロになっちゃう服と靴の替えがたくさんに、草とかキノコとかから作った食中り、止血、消毒、湿布、鎮痛、解熱、便秘、色んなお薬も運ぶ。
労農兵士の移送もするんだって。労農兵士は革命段階における市民形態で、労働者や農民が兵士を兼ねることで総力戦体制を支えることが出来て全人民防衛思想に適うんだって。ちんぷんかんぷんだけど、それが良いんだって。
夜も遅いけど八番要塞の妖精さんがご飯を用意してくれた。今日もお腹一杯!
「ゼっくん! マトラって食べ物いっぱいだね。イスタメルと全然違ってすごいね!」
「勘違いするな。前線配置の者に優先配給がされているだけだ」
「えっと?」
「今、西側で要塞線の建設作業を行っている我々の部隊に食べ物が多く配られているだけだ。後方、他の部隊や山にいる同胞達は管理配給されているから決定的な飢餓に陥っていないが飢えている。聖戦軍に川沿い、平野部を奪われた時に大量の穀物を喪失した影響がまだ響いている。資産奪還、採集闘争、労働不能者の食糧化で最悪の状況は回避しているが状況は予断を許さない」
「そうなんだ」
他の妖精さん達はお腹一杯じゃないんだ。喜んじゃいけないね。
「気に病むことは一つも無い。これは指導部の合理的な決定であり、効果を上げている。それに多く食糧を得ている分に罪悪感を覚えるのならば労働や軍務で還元すれば良いと思え。良く労働し、良く軍務に励む。血と汗を懸けたならば食糧の優遇に後ろめたさを感じる必要など無いのだ」
「そうなんだ。難しいけど、たぶん分かった。私、頑張るね!」
「それでいい」
ゼっくんが言うなら間違いないね。
■■■
八番要塞に到着した次の日の朝。荷物を積んで出発! って思ったけど、自分とミーちゃんに別のお仕事があるって名無しの子に言われた。ゼっくんはお仕事を一緒にしないけど残ってくれたよ。忙しいのに優しいね!
「大好き!」
ってチューしようとしたら「止めろ不衛生だ」って逃げられた。嫌われちゃったと思ったけど、名無しの子が「照れてるのよ」って言った。そうだよね。それから「妖精にチューの習慣は無いのよ」って教えてくれた。そうなんだ! それじゃゼっくん吃驚しちゃったよね、ごめんね。
八番要塞の司令部で待つことになった。
政治部代表、マトラで一番偉いミザレジさん。軍部代表、兵隊さんで一番偉いゾルブさん。それと良く分からないけど名無しの子と魔神代理領の偉い人とお話しする。
頭に角が生えて鳥の羽みたいな髪? をした、翼!? が生えた女の人と、ワンちゃんの頭をした黒い人がやってきた。外にはワンちゃん頭の兵隊さんが何百人もいて、連れてるお馬も黒毛が多くて真っ黒だよ。
ミザレジさんから話し始める。
「我々マトラは全力でイスタメル州政府を支持致します。更にバシィール城へ増派し、現有兵力八百より、千六百に増やします。これ以上の増派はイスタメル北西部に集結中の旧イスタメル公国残党、義勇兵と呼ばれる失職した聖戦軍傭兵団からの侵略に対抗するために出来ません。無法者の帰還を望まぬ神聖教会各国の支援、講和条約を盾にした聖域がある以上はマトラにはバシィールへの千六百までの派兵で限界です。軍事的観点で疑問があればこちらの、軍部代表ゾルブが専門的な回答を致します」
「ではそちらの防衛兵力とはどの程度か?」
ゾルブさんが答える。
「実戦経験豊富な精鋭六百が、人間呼称のダヌア地方との境界線上に要塞線を構築中。現在訓練を修了し武装を整えた二千が増派予定です」
「それで領民虐殺を見逃せと言うのか?」
ミザレジさんが答える。
「侵略者の排除の結果です。また結果論ですがイスタメル残党の聖域潰しと相成りました故、領民虐殺の咎は見逃して頂きたい。空いた土地は我々が社会主義的高効率にて運用し今後の州運営、防衛に貢献しましょう。そのためにどれ程出血出来るかはこれからお見せしたいと考えます」
「ランマルカ、ノールバラ、フェトラントに続かない保証はあるのか?」
「魔神代理領に対する革命扇動は行いません。思想信条以前に費用対効果が絶望的に見合いません。魔神共和派、魔族共和主義でしたか? なる一派がそちらにいると聞いたことはありますが、接触経験はありません。北のランマルカ妖精は我等が同志で、今までも我々の苦境を救うべく遠隔地であるが支援を続けてきてくれた仲間です。こちらとの関係断絶はお断りします。我々は妖精種単独による生存圏維持に限界を感じています。先の大戦では存亡の危機に立たせられ、今も尚危機に瀕しております。歴史的に重ねて領土を侵略され、入植されて奪われ、多くの同胞達が殺され、嬲られ、奴隷として売り払われて来ました。人間は我々を国家勢力どころか知的種族であるとすら認めておらず、あちらの意見だけならば我々の生存圏というものは地図上に存在しません。ですから人間主張の領域ではなく、我々が主張する領域を認めて貰いたい。そしてもし我々を共同体同胞と認めていただけるのなら、共同体同胞として動くことをお約束します。我々はマトラ西側の代表ですが、東側代表ボレスもこちらの意向に従う約束となっております。これは確約と受け取って下さい。領域の全同胞、一致団結して貢献致しましょう。保護して頂けるのならこちらもそのように致します」
「……マトラ妖精代表ミザレジ。マトラ県の知事に任ずる。マトラ県の県域は現在の東西マトラ領域に加えて旧マトラ辺境伯領を加えるものとする。残党が集結中のダヌア地方はその代わりで妥協して諦めろ。神聖教会圏と領域を接する地域はその知的種族であるとすら認められていない君達に任せられない。意味は分かるな」
「外交政策上の問題を認めます。致し方なし」
難しいお話が終わったみたいで、皆が重そうに息を吐く。結局自分とミーちゃんに何のお仕事があったんだろ?
「その娘は?」
翼の女の人がこっちに喋った。
「サニツァだよ。お姉さんは?」
「お姉さん、ふふん。ルサレヤだ。イスタメル公の代わりにこれからイスタメルを統治する州総督だ」
「公爵さんの代わり!? 偉いんだ!」
公爵さんはイスタメルで一番偉いって村長さんが言ってた。
「まあ、偉いかな」
「それ本物?」
そう言うと鱗の翼が動いた、すごい!
「本物だ。動くぞ」
「虫みたいですごいね!」
「サニャーキ」
ミーちゃんが袖引っ張る。どしたの?
「サニツァ知ってるか? 虫ってな、頭の次に胸があって、その次は何だと思う?」
「お尻!」
「あれは尻じゃなくて腹なんだ。内臓が詰まってる」
「そうなんだ!」
さすが公爵さんの代わりの人、賢い!
「噂の人食いマトラ妖精と言えど、こうなっては人間とも共生する準備はあると言いたいわけか」
「そういうことです」
ミザレジさんがそう言う。どういうこと?
「一部の例外に見えるが努力は認めよう。洗脳したようにも奴隷にも見えんしな」
努力。妖精さん、同志労働者の皆は努力している。
「妖精さん、ちっちゃいけど頑張ってるんだよ!」
「そうだな、偉いな」
「えらい!」
■■■
マトラがマトラ県ってなってから要塞の建築作業も大分進んで、基礎工事とか壕堀りが終わった。皆が寝るお家とか、物をしまっておく倉庫、半分地下になったみたいな武器庫、食糧庫も出来上がってる。地下通路堀りはちっちゃい妖精さんが得意にしてて、その穴は自分じゃ肩もお尻も入らなくて無理。
要塞の防御力強化のために今度はバシィール城に作業班を組んで牛を連れて鉄砲に大砲に弾薬を取りに行くよ。魔神代理領の人達から貰ったんだって。太っ腹! 食べ物も遅れてきて、後方の妖精さん達も食べ物に困らなくなってきたんだって! もっと太っ腹!
バシィール城に到着したら、シェレヴィンツァの街が解放されたとか、バシィール城の妖精さん達がアソリウス島に行くんだとか、何か色々あるみたい。アソリウス島は凄く暑い南の島って聞いたことがあるよ。大変だね。
それからアソリウス島に行く皆が三角帽子を作って被ってる。軍服も要塞の皆と違って魔神代理領の兵隊さんと同じで上が黒で下が――裾が直ぐ汚れちゃう色――白。お揃いで可愛いね。
バシィール城には偉い人が二人いて、一人はベリリクカララババって変な名前の人が城主様なんだって。でもどこにいるか分かんないや。
もう一人はラシージ親分って呼ばれてて、ミザレジさんとゾルブさんより偉いんだって。名無しの子がラシージ親分に何か教えてた。
「実務では親分は満点でしょう。というか、何か失点があっても私に見つけることが出来ていません。そこを気にしてもしょうがないです。だから私情でも満点にしてみましょう。人間の公私混同というのは我々が想像するより深刻で古くからそれで悪手も良手も打っていて不安定要素です。不安定な天秤ならばこっちに傾けさせましょう。相互に、双方で依存し合うようにするのです。切って離せなくしてしまえばよいのです。実務でも私情でも与えて奪い、精神的結合双生児のような状態に持ち込むのです。傍目からは気色悪くても結構、愛でもって繋がりましょう。魔神代理領は我々に対しては妖精に対する政策方針が諦観を元にされていて無関心に近いです。州総督は多少人当たりが良さそうに見えますが、我々への関心は多数こなしている雑務の一つ程度でしょう。先の大戦時に神聖教会圏に突入して虐殺行為を必要に応じてやれるぐらいの冷徹さを持ち合わせています。我々に対してその必要に応じるような冷徹な指示を出すことが推測されます。それがおそらく魔神代理領の政治官僚の感覚。そして今はまだあの人間は魔神代理領に染まっていません。昨日今日他所からやってきたばかりで、度胸は異様にあるので何をしても自己を確立していそうに見えますが精神状態はまだ不安定です。どこに拠り所を見出して落ち着くか決めていない。だから今の内に我々に染めましょう」
「分かった」
良く分かんないけど愛って言ってたから恋愛相談かな。愛って素敵だけど良く分かんないよね。
作業班仲間の妖精さんが鉄砲とか弾薬を積んだ牛車を進める。馬はバシィール城の妖精さん達が使うからってほとんど分けちゃった。
自分は重たくてアソリウス島に持っていけないって聞いたおっきな大砲をごろごろ引っ張る。重くて車輪が地面に粘ってるみたいで、力が入って足の裏で地面を掘っちゃう時があるけど行ける。ミーちゃんは道が柔らかい時に車輪の下に板を噛ませるお仕事をしてるよ。
■■■
大砲をどんどん運んで、土嚢とかで固めて屋根を被せた砲台に並べたら百二番要塞が何だかすごく強くなった感じになった。神様にお祈りしてもこれは作れないよね。大砲作ったのは悪魔とか呼ばれてた魔神代理領の人達だし、大砲を引っ張ってきたのは自分に妖精さんに牛さんお馬さんだ。神様とか聖人さんじゃない。
「祈らず振るえそのかいな!」
要塞前方に敵が迫ってきても隠れられないように森を広く伐採していく作業中は着ないけど、魔神代理領の兵隊さんと同じような黒と白の軍服が支給された。でも皆ちっちゃい妖精さんの大きさで着れなかった。敵味方を見た目で分かりやすくする服だから戦いになる時はそれでも着ないとダメ。ゼっくんが「所属が分かる程度に手直ししても良い」って言ったから手を入れた。
黒い上衣は、入らない腕を袖に通さなくても良いように外套にした。余った袖で外套をちょっと長くする。だけど動き辛いから普段は丸めて斜めに肩掛けにする。広げて着るのは雨とか雪降った時とか、外で寝る時だね。
下半身側が白に見えるようにしないといけないから、ズボンは腰巻にして、前後に布が垂れるようにした。お尻の方にも布がついてる前掛けにする。
帽子は妖精さん達は縁無し帽を被ってて、私はそこは真似しなくていいって。修道服の頭巾のまま。
要塞の建設作業以外にも訓練がある。
小銃の使い方を身振り手振りで妖精さんが教えてくれるんだけど踊ってるみたい。可愛い。私も真似してやるんだけど、銃身に弾と火薬を入れて突く時の加減が分からなくて込め矢を折っちゃった。撃つ時も目を火傷するのが怖くてずっと閉じて撃とうとしたら「危ないよ!」って怒られた。鉄砲は向いてないみたい。
鉄砲、銃兵はダメダメだったけど私は砲兵の才能があるんだって!
大砲の場所を直ぐに移すのが得意だよ。ちょっと重いけど担いで別の場所に運んで置くだけ。置く時はそっと置く。大砲自体は頑丈だけど、車輪とか壊れやすい部品があるからね。
撃ったばかりの大砲はあっつあつで、触ると凄い火傷をするから持つ時は水かおしっこ! で冷やしてから濡れた毛皮でぐるぐる巻きにする。引っ張ればそこまで熱いのを気にしなくて良いけど、持ち上げた方が早い。ただ大砲を持ってると足場が崩れやすいから足元注意!
訓練では防御訓練ってのを中心にやった。弾性防御を志向するんだって。
「要塞は労農兵士の防御行動を高効率で実現するためにあり、要塞を守るために労農兵士が存在するのではない。要塞は必要があれば速やかに放棄するものである」
ってゼっくんが言ってた。要塞を放棄する時のために、速やかに大砲を引き上げるか使用不能にして、弾薬庫を爆破処分するついでに侵入した敵を吹き飛ばす用意をして、建物を焼いて使用不能にして、連れていけない負傷者に最期の抵抗をさせるように個人塹壕に収容するって作業手順を何回も確認した。
これでも「要塞を敵が無視することがある」「要塞を少数勢力で拘束し、本隊を浸透させることもある」らしくて、要塞にどのくらい戦力を残して打って出るかとか色んな状況を想定して訓練。うーん、難しい!
訓練をする時には北にある百番要塞の妖精さん達とも一緒にすることがある。百番と百二番要塞が最前線で、その後ろに予備陣地の百一番要塞があって、三つの要塞が有機的に相互連携するらしい。難しい。
百番要塞の司令官殿のエルバゾさんって妖精さんがいて、ゼっくんよりちょっと偉いみたい。他の妖精さんと違って顔がちょっとおっかない。
自分が訓練中の時はミーちゃんは料理のお手伝いをしている。今日のパンはミーちゃんが焼くのを手伝ったんだって。それでパンにお花の印がついてるよ!
妖精さん達も「お花だ!」って喜んでる。すごい!
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