第231話「しゃらんしゃらん」 ゼクラグ

 ラシージ親分が不在の中、ゾルブ将軍が立てた戦略目標がある。

 第一戦略目標、秋に終結した人間達による大戦時に奪われた土地の奪還と移民の抹殺。

 第二戦略目標、それ以前に奪われた土地の奪還。ほぼ土着化してしまった移民の末裔の抹殺は志向するが絶対ではない。

 第一、第二戦略目標の達成努力は、魔神代理領イスタメル州政府による掣肘の兆候を持って終了とする。以後、マトラ政府は魔神代理領共同体傘下に入るべく努力を行う。

 先の大戦初期にマトラは聖戦軍の手により大敗北を喫した。攻撃された理由は色々と考えられる。

 魔神代理領軍の手先になると思われたのが一つ。

 この機会に我々を殺して土地を広げようと隣接するバルリー勢、イスタメル勢が考えたのも一つ。

 我々を殺して士気を上げ、噛ませ犬として扱おうとしたのも一つ。

 魔神代理領軍との戦いでマトラに手出しをしている場合じゃなくなるまで我々は聖戦軍と持久戦、焦土戦を行っていた。勝敗の行方はともかく、大消耗が予測され、実際に消耗した。

 魔神代理領軍との戦いに専念せざるを得ない状況になっても戦いが終わらない以上、聖戦軍は意固地になっていた。そこで、ここで手打ちだろうと思わせる敗北をラシージ親分が演出した。その際にヒルヴァフカ方面にて両軍の戦闘状況を逐一報告してくれた情報員には感謝の念のみである。

 敗北の演出とは言うが頃合を良く図って行った降伏である。その時に自分も捕らえられ、ラシージ親分も捕らえられた。奴隷に落とされても戦局次第では日の目もあるという判断であった。

 意志の強い上位者である我々は――ラシージ親分もそうしたと思いたい――意志の弱い下位者に偽装して処刑を免れた。そして金銭と聖戦軍の緒戦勝利の喧伝目的に、降伏した我々は処刑されるよりは奴隷として各地に売られた。

 脱走して来た者達の話を統合するに、中には遠くロシエの方まで連れて行かれそうになって戻って来れたという者もいた。この点は計算外。精々がイスタメルとその周辺と思っていた。

 若者は山の奥に隠してあるので人的資源は困窮状態にはない。人口を悟られないために麓や山の浅いところの居住地を撤去して元から住んでいなかったように偽装し、道も全て消して未開の森に偽装したので被害は抑制出来た。また多くの者、女子供を東マトラの指導者ボレスの元へ疎開させている。出産は問題無い。

 敵にマトラ妖精は壊滅、若者は戦いで全て捕まり、残るは疲弊した老人、赤子ばかりと演出した。見せるための居住地は人口が多いように見せた。いちいち殺した数を数えているような連中ではない。飲んだ量は杯の残りを見て確かめるような連中だ。空の居住地を見せてその大量虐殺を誇らせた。

 ラシージ親分の偽装敗北作戦は大よそ成功した。肝心の親分が行方不明なのが玉に瑕であるが。

 そして今、雌伏の時は過ぎ去った。反撃に移る。

 故郷の土を取り戻す。可能なら侵略的周辺勢力を除き、そして統治開始間もない魔神代理領にマトラの本来の領域と新たな領域を追認させる必要がある。

 最優先に襲撃の必要があるのはバルリー系の開拓山村群である。マトラ山地――人間呼称バルリー高地――南部に、我々の居住地を破壊、占領してから新規に作られた。中核的な土地であり、再侵略を予防する縦深を確保するためにも排除は必須である。

 秋頃までイスタメルの各バルリー系の居住地にはバルリー共和国軍が駐留して保護していたので手出しが出来なかった。そしてあわよくばそのまま共和国に取り込む気であったようだが大戦の講和により撤兵した。我々が今まで攻撃出来なかった要因の一つは取り除かれ、攻撃が可能となった。

 今の時期を逃せば、今度は攻撃出来ない要因が一つ追加される。魔神代理領による統治の開始だ。

 魔神代理領軍が撤兵でイスタメルに構っていられない今のうちに行動するしかない。現在その軍は総勢六万余りの大軍で、負傷者や病人は多い様子だが、戦時の軍隊とみればまだまだ戦力と見做せる状態。士気もイスタメルやアレオンの割譲といった戦勝状態で講和に至ったため低くない。

 そんな軍であるが、そこからイスタメル州に居残る軍と帰郷する軍に分けて行動させるという大事業の最中である。物資の配分だけで補給将校が目を回すことだろう。

 イスタメル公国残党もいる中で軍を分けるのは、当イスタメル州がそれだけの軍勢を養うだけの地力を失っているからと推測出来る。ましてや冬が訪れており、寒さに殺されやすい負傷者や病人は早急に暖かい南に逃がしてやりたいだろう。

 バルリーと魔神代理領が我々の行動を阻止出来ないのはこの冬の間だけである。

 イスタメル州軍として魔神代理領軍の一部が再編されるまでの間。

 イスタメル公国残党とラシュティボル派と呼ばれる親魔神代理領のイスタメル系勢力の見境が曖昧な間。

 統治が州内に行き渡っておらず、法治社会に至っていない今。

 どの勢力も積極的に行動したがらない冬の今しかない。

 ゾルブ将軍の立てた冬季奪還作戦はこの間隙の季節を狙って実行される。

 春になればイスタメル公国残党が狩りつくされて領内が整理されてしまう恐れがある。各要害に篭り、未だに諦めない連中が多いようなので春になった途端に全面降伏、ということは無かろうが来年の冬まで時間をくれる気配はない。


■■■


 実行日は各隊合わせる。時間差で襲撃を仕掛けると後発部隊が警戒されかねない。

 革命暦三十六年第三節ニ十五日の深夜。当日はズィブラーン暦の元日であり、オトマク暦では第十”エイカフ”月の十二日、白龍の日という祝日だ。どちらに信心しているにせよ戦後初の祝日であろう日に人間共は酒を飲んだくれているだろう。

 対象の村を包囲して逃さず皆殺しにする。予備兵力を兼ねる猟犬を連れた者は村に突入せずに残置しておき、逃げる者を狩らせる。

 狩りに失敗してもそれは冬が始末するだろう。季節を追撃手とする。この戦争続きで血色良好な人間など限られている。それに疲弊したこの界隈で流れ者を囲う余裕のある村もそうそう無い。平時より嬰児、老人殺しが慣習化されてきた貧しい土地なのだ。ましてやこの辺りは山間部、開拓した土地以外は生きるに辛い。

 襲撃、予備、冬季、飢餓、これらから生き残った幸運な者ならば逃がしてもしょうがないと言える。完全無欠な抹殺は困難なものだ。

 夜空は曇っていて月明かりも覗けない。

 今宵の雪は湿っており、容易に解けて衣服に染みる。防水も考慮した防寒装備で固めているので油断無くば凍えずに済む。

 この天候では火の点きが悪く、あの敵の村の藁葺き屋根でも燃えそうにない。また日を改める余裕もない。乾燥した天候を待っていたら存在を敵に察知される可能性が高い。

 寝込みに外から家屋に火を点け、混乱して飛び出してきたところを待ち伏せて仕留めるのが理想だったのだが。

 直率の部下十名と、それぞれ九名の部下を持つ四名の分隊長に告げる。

「屋外からの焼討は中止とする。松明は使用せず、暗闇の中で静謐に抹殺を開始せよ。完全なる抹殺が本分であるが、先ずは敵抵抗力の破壊に努めろ」

 我々は昔から戦力的に弱体であった。それでも優位に戦うために夜戦訓練を厳しくこなしてきた。低い背で尚低く身を屈め、己より高い位置にいる者を攻撃するという訓練である。この訓練を重ねればその普段は行わない体捌きが洗練され、闇に見えずともその手足の捌き、息遣いによって同胞であるかそうではないかは盲でも音と肌感で区別がつくようになる。

「発声、発砲は指示あるまで厳禁とする。夜陰に潜み隠れるネズミのように動き、殺せ。敵が何に殺されたか、どうして殺されたかも理解出来ないように殺すのが理想である。各分隊は演習した通りの順番に攻撃するように。応答の必要無し、解散」

 四名の分隊長が声も無く足音を殺して闇に消える。

 我が小隊は五分隊に分かれて行動する。

 小隊長分隊は予備兵力として村外にて待機。他四分隊は東西南北より村へ侵入する。南正面扉、北裏口とあるが扉は開けない。

 村の内部の間取りは把握している。事前に樹上より建物の位置は確認済み。侵入した四分隊が最効率にて各建物を順に、重複することなく襲撃出来るように演習をしてある。

 各分隊は梯子を使って侵入する。壁の高さは通りかかる村人の身長から目算して調べ、十分な長さを確保してある。

 この村の見張りはやる気が無いことを数日の監視で把握している。冬だからと侮っているようで一人も壁の上に見当たらない。見張り塔には夜間、一名だけいる。塔内部より、窓の戸の隙間から火の橙色の灯りが漏れているが外に顔を出して目を配っていない。戸は閉じているのだ。

 監視で把握している限り、この村には子人間に老人は少なく成体ばかりが百五十人前後。足手まといを廃した開拓民の様相。

 今日は昼間から歌って踊って酒を飲んで騒ぐ声が聞こえていた。またわざわざ村の外で無防備に交尾したりと警戒している様子は無かった。ここで繁殖する気のようだ。害獣め。

 塔の灯りに照らされた身軽な部下が梯子を登り、塔の上の見張りを仕留めにかかる。

 塔への攻撃は第三分隊が二件目に行う任務だ。村からはこれといった音も鳴らず、今は順調に抹殺が進んでいると分かる。

 万事上手く行くとは考えていない。

 見張り塔から、この静かな夜に響く苦鳴。これならばまだ酔っ払いが夜中に起きて転んだか何か、程度である。しかし、カーン、と警鐘が一回だが鳴った。

 それ以降は静かなものだが、死に際に一度鳴らしたと推測可能。想定内の失敗であり、事態に備える。

「逃亡者への警戒中止。壁に取り付き支援体制を取る」

 小銃装備の直率の部下十名を連れて前進。村の南正門近くの壁に梯子を掛けて上に登る。猟犬と犬を使う部下は正門の脇に待機させる。

 村の内部では、襲撃に勘付いた様子は無いが酔った足取りで悪態を付きながら、手にランプを持って見張り塔の様子を見に行こうとしている男が見える。

 ランプの灯りに照らされるその男、このイスタメルにおいてはいささか肥えている。講和により撤兵したはずのバルリー兵がこういった村に残留しているのは確認済みだ。

 地面に這うようにしていた部下がその男の腹を短槍で突く、と同時に四方から三人の部下が棍棒で滅多打ちにして体勢を崩してから頭部を狙って止めを刺した。それは訓練通りの見事な、手強い敵を仕留める方法であった。しかし、その殴る音、殴られて呻く男の声、最後の頭蓋骨を粉砕する音はこの静かな夜に良く響いた。

「第一分隊、正門の上で横隊整列」

 小声で指示を出して直率の部下九名が横隊を組ませる。この正門の上の足場からだと村全体が見渡せ、特に緊急時には敵戦力が一時集結するであろう広場が完全に有効射程圏内に入る。

 火はまだ使う予定は無い。

 待つ。特別な指示は出していないので四分隊は演習に従って敵を静かに抹殺中である。

 しかし警鐘の音、撲殺の音に一部の神経細やかな敵が気付いて、異常を察知したかはともかく眠りから覚めて何やらぼやいている声が聞こえ始める。

 そのぼやく声、寝台から這い上がる音に多少鈍い者も起き始める。

 静かに殺された敵は多いだろうが、いるべきなのにいない人間に敵は気付き始めるだろう。血の臭いを嗅ぎ付けてからの死体の発見までそう遅くはないだろう。

 村の敵共がにわかに目覚め始める。飲んだくれた祝日の深夜とはいえ、この地は未だ戦渦が絶えず予断を許さぬ緊張状態にある。今日一日はと緩んでいた気も何かあれば締まるのだろう。

 大声、女の悲鳴が聞こえて連鎖し始め、まだ攻撃していない建物からドタドタと足音が鳴る。村長の屋敷から松明を持った男達が出て来て、火の点いた一本に皆が寄せて点け、一気に火の灯りが膨らんだ。

 灯りには死んだ敵が何体も照らされる。これは失敗ではない、ここまで殺すまで露見しなかったことは成功の範疇だ。

 敵がどよめく。村長と思しき士官の風体の男が警笛を吹いて、敵が動き出した。だがそのほとんどはまだ武器を携帯していない。武器を取りに動き出したのだ。

 部下達があちこちで次々と松明に照らし出される、と同時に武器を持っていない敵を襲って殺し、その松明を殺した敵の口や股間に衣服の中へ突っ込んで消火して闇を得る。

 敵を襲う時は常に一対多の状況を心がけるよう訓練しており、人数が拮抗していれば部下達は暗がりに走って逃げ、物陰に隠れ、他の者達と合流して数的優勢を確保した後に暗闇から反撃に移って殺し、松明を消火する。

 発砲音が聞こえる。発砲許可は出しておらず、敵が撃ったか、白兵戦時に暴発したかだろう。

 まだ直率の我が第一分隊は動かない。

 広場に武装した敵が集結を始めた。部下達の行動に対応すべく、松明に槍と銃で作った密集方陣を作り上げる。

 暗闇はおそろしく、火でまず安心しようという心が見える。

 どこからネズミのように襲ってくるか分からない部下達を槍と銃の壁で防ごうという戦術が見て取れる。

「第一分隊、目標正面の密集方陣、構え」

 第一分隊が小銃の撃鉄を上げて射撃体勢を取る。

 こちらは九丁のコルターン海兵銃。ランマルカ革命政府が支援物資として贈ってくれた旧王国のコルターン歩兵工廠製の海軍式小銃だ。

 敵の密集方陣は急ごしらえにしては数も多く三十名程。正規兵と思しき者は落ち着いているが民兵訓練程度で終わっている者は落ち着いておらず、その辺に転がる死体に動転しており、また松明と小銃という冷静さがなければ用いてはいけない組み合わせが実現してしまっている。松明を小銃に近づけるなと言い合って指揮統率が乱れ気味なのが確認出来る。

 こちらも冷静でなければならない。望遠鏡で敵の詳細を観察する。敵の銃兵は、こちら南正面に銃口を向けているだけで五名。それも予備弾薬入れなどは携帯しているように見えない。急いで取ってきた小銃にも弾薬が装填されているかは怪しいところがある。

「狙え」

 コルターン海兵銃は大陸に出回っている各小銃よりは平均して優秀で、暴発は稀、狙ったところに弾丸がおよそ飛ぶ。資本主義的な粗製濫造による荒稼ぎ目的に作られた武器ではなく、社会主義的に全体の幸福を願って勝利を獲得するために作られた武器だ。設計こそ旧王国の人間による物だが、この支援物資である小銃は北の同胞の手による物である。

「撃て」

 横隊一斉射撃。火薬の閃光に一瞬我々と発砲煙が映って闇に消える。

 松明に囲まれて良く見える敵の密集方陣を構成する兵士の内七名が倒れ、数名が死なずに痛みでもがく。松明が手から落ちて健常な者に触れて反射的に飛び退いて方陣が崩れる。

 正門の上、高所を取っている。こちらは闇に紛れ、射撃に優れた横隊隊形。あちらは火に照らされて射撃にやや不適な密集方陣隊形。

「第一分隊、左向け左。前へ進め」

 一度射撃したら移動する。

 我々が元いた位置に向け、解体された密集方陣から抽出された十五から十八程度の敵銃兵が横隊隊形を素早く取ってから一斉射撃を加えた。壁に弾丸が当たる音が鳴る。多くて四発程度。

「分隊、止まれ。右向け右。弾薬装填」

 コルターン海兵銃は込み入った船上、船内でも取り回しがしやすいように銃身が短く作られている。この銃身は背の低い我々マトラ妖精が扱うに程良い短さだ。難なく部下達は弾薬の装填作業を終える。

 いつだったか、魔神代理領の三式親衛歩兵銃を使った時は銃身が長過ぎて斜めに傾けてやらねばならず、難しかった。

「第一分隊、目標正面の密集方陣、構え、狙え……撃て」

 三つ四つぐらいの弾薬入れから敵銃兵が慌しく薬包を取り合い、分け合って無様な装填作業姿を見せているところを横隊が一斉射撃。三人が倒れ、二人が千切れかけた腕を抑えて暴れる。薬包がこぼれ、濡れた雪で泥になっている地面に散らばる。

 夜間白兵戦訓練を積んだ四分隊は順調に村内の敵を殺して回っているようだ。はっきりと視認は出来ないものの、敵の上げる悲鳴や怒号の具合、消えたり点いたりする松明の行方からおおよそ察せる。無傷とはいかず、部下を殺して雄たけびを上げている敵も確認出来るので油断はならない。

「第一分隊、右向け右。前へ進め」

 警笛を吹いたあの敵の指揮官がこちら側を――また移動した元の位置だが――指差し、指令を出した。密集方陣を形成した槍兵が二十人あまり、松明と剣を持った少数の、三人の良く訓練された風の剣兵が走ってくる。白兵戦を挑もうというのだ。奇襲し先手を打ったので状況はこちらに優位だが敵の対応も、細々したところで落ち度はあるが早い。

「分隊、止まれ。左向け左。弾薬装填」

 焦ってはいけない。部下達は弾薬の装填作業を終える。

 敵槍、剣兵はかなり近づいている。そう広くはない村だ。

「お前とお前とお前、松明を持った奴を狙え」

 腕の良い部下に剣兵を狙わせ、撃たせる。それぞれ命中、火の灯りの前進が止まり、闇を前に槍兵達の脚が鈍る。

「任意射撃開始」

 残る六名がそれぞれ自由に敵を狙って撃つ。撃った三名が弾薬を装填してまた別の敵を撃つ。

 自分は拳銃を手に、内側から壁の梯子を上ろうとする敵を狙って撃ち、落とす。壁の上の縁にかかった指を刀で叩き切る。

 敵は失敗をした。我々の銃撃に慌てず、銃兵に銃撃準備を整えさせ、槍兵剣兵と共同でこちらに接近し、射撃支援を加えつつ壁を登れば良かったのだ。

 広場に集った敵主力を我々が拘束している間、闇の方の四分隊は敵を良く殺し、こちらへ支援攻撃を行える余裕が出てきた。横合いから、槍兵や銃兵に対して投石、矢掛けが行われる。

 正直我が同胞の弓矢は強弓には程遠いが毒を塗ってある。投石は投石紐を使って鉛玉を投げるので近距離なら銃弾程度の威力は保証される。命中率は低い。

 顔に熱さを感じた。壁の下から槍兵が槍を投げたのだ。左耳も変に麻痺した感じだ。死んでいない。

 冷静に拳銃に弾薬を装填し、槍を失った槍兵など放っておいて、短剣を持って果敢に壁の上に昇ろうとしてきた槍兵の頭に銃口を擦り付けて撃つ。頭が弾けた。負傷して感覚が鈍ったと判断して確実に当てるようにした。

 壁への敵の攻撃は頓挫し、部下達の銃撃に粉砕された。弾薬を装填して射撃準備を整えた銃兵も、暗闇からの投石、矢掛けへの応射に費やして火力を無為にしている。

「そこのお前、正門を開けろ」

 第二分隊が突撃して槍兵を皆殺しにしたところで指示を出し、猟犬を村に入れる。

「全分隊、射撃許可!」

 第一分隊以外は各分隊一丁の小銃しかないが、止めを効果的に刺すには十分だろう。

 各分隊は己の役割を理解している。敵銃兵に対しての射撃が加えられた。四方からの銃撃に度肝を抜かれた敵は完全に浮き足立ち、応射するところではなくなった。

「突撃! 侵略者を殺せ!」

『殺せ!』

『侵略者を殺せ!』

『殺して食うぞ!』

 今まで声を潜めていた全分隊が一斉に声を上げ、闇から身を起こして槍、棍棒を構えて走り出す。

 当然、そのような衝撃に耐えられぬほど損耗した敵は抵抗を諦め逃げられぬ村内を逃げ回った。

 あの敵指揮官は最期まで諦めないといった態度であった。矢を八本、鉛玉を数発受けても剣を――毒で感覚が狂って振り回していただけだったが――持って声を上げていた。程なく槍で滅多打ちにされてから止めが刺される。

 隠れている人間は猟犬を使って探り当てた。妖精の目と鼻だけでは床下程度の隠れ場所でも見落とすことはあるものだ。

 戦えず隠れている程度の、戦闘能力に乏しい扱いやすい人間はこの冬季作戦において有用な資源である。殺さず捕らえたい。

 村は勿論焼いた。


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 顔が痛い。具体的には左頬の上側と左耳の下の付け根。

 頬は皮が大きくめくれ、耳は千切れそうにはなっていないが腐り落ちる可能性は十分にある。焼き鏝を当てて消毒と止血をしてある。

 たかが顔の傷だが体力がそこから抜け出る感触がある。熱く痛く痒く重い。そして寒さが拍車を掛ける。腕首に足腰が損傷したわけでもない傷一つが蝕んでくる。

 休んではいられない。ゾルブ将軍の冬季奪還作戦は日時を合わせて同時複数箇所の侵略者の村を襲撃し、そして間を置かず連続して一斉に次の村を襲撃しなくてはならない。

 敵がこの計画を察知する前に、奇襲効果が保たれている間に可能な限り我々の土地を奪還しなくてはならない。

 先の村の襲撃は六人の部下が死に、三人が重傷故その場で止めを刺した。二人が止めを刺す程ではないが作戦に追随が不可能で、抹殺した村に駐留して侵略者が訪れるようなことがあれば刺し違えてでも殺す任務を与えた。

 残るは四十人。半数は自分と同じ程度の、軽いがしかし病死の危険性がある傷を負っている。三に倍する敵に対し白兵戦主体で戦った結果ならば良好な結果であると思うが。

 火力だけは向上した。村で全員分より余る数の小銃を手に入れたのだ。余っている分は奪った物資と合わせ、奪った馬が曳く馬車に積載。

 エグセン発祥のシュレッフェン=ザール銃だ。シュレッフェン氏が小銃自体を設計し、ザール氏が量産用の工房を設計した。初期設計の年代はおよそオトマク暦だと千六百年代初頭とされ古い。神聖教会圏の兵士が使っている小銃は大体これだ。

 シュレッフェン銃は製作が容易で各地で粗製濫造がされており、質の良し悪しに差がある。数発撃ったら金属疲労で暴発することもあり、部品点検をしてからではないと怖くて使えない。良好な物は良く実用に耐える。中でも侵略者の、バルリー共和国製のシュレッフェン銃は質が良く、同国の工廠の刻印がされた銃は信頼性が高い。鹵獲品は全て質の良いバルリー=シュレッフェンだ。特別仕様でなければ弾丸がコルターン銃と共通規格なのも良い。ロシエのマンヴァイユ銃、フラルの新型の一七五四年式ベルラエム銃、魔神代理領の三式親衛歩兵銃なども過去鹵獲したが弾丸規格が合わなくて困った記憶がある。

 次へ急ぐ。傷が癒えるまで待つことは出来ない。ここで手を抜けば何代も土地を失ったままだ。今の四十人を大事にし、後にこの土地で生まれ育つことが出来る無数の同胞のことを考えれば刺し違えても利がある。

 この強行軍を助けるのは歩く食糧だ。我々は羊飼いを真似する。村で生捕りにした戦闘能力に劣る人間を連れて歩いている。

 戦意のあるものは襲撃時に皆殺しにしてある。また一度生捕りにした人間も、従順かどうか試験をして選別、手がかかりそうな者は殺した。老人子供のような歩行能力に難がある者も殺した。

 歩く食糧は便利だ。処分するまでは荷運びにも使える。雑食なので共食いをさせれば長距離移動も可能。産後の女は乳も――扱いの難度の割りに少ない――搾れる。

 栄養面のみならず抱いて寝れば暖房にもなる。寝ている間に糞小便を垂れるのは不潔だが下半身を地面に埋めてやる方法もある。

 雪は雨に変わったり、濡れた雪になったり、普通の雪になったりを数日単位で繰り返す。今の時期は何もせずとも、村に篭っていても死んでしまえる。

 栄養面での心配は無いとはいえ、道中部下達が負傷と寒さに体力を奪われて倒れていった。残り三十二名。


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「しゃらんしゃらん」

 シャランシャランと金属音が繰り返し鳴る。

「しゃらんしゃらん」

 冬季は旅人も稀であるが道端で出会うことはある。その場合は我々が武装して集団行動をしている噂が広まらぬよう、可能な限り避けるか殺すかしている。

 仲睦まじげに「しゃらん」等と歌のように喋りつつ歩いているノミトス派の黒い修道女服姿の親人間と子人間だ。この冬に楽しそうに歩く余裕があり、強靭さがうかがえる。

 枯れた茂み、斜面の起伏に隠れて待ち伏せ攻撃の準備をし、二人が近づいて来るのを待った。

 姿が明瞭になってくる。下位同胞のようにいつも笑っているあの面と、背負う荷物の大きさに釣り合わぬ歩みの歩幅と速度。いつぞやのヘルニッサ修道院にいた白兵戦能力に優れるサニツァとそれにくっついていた子人間ではないか。そんな身分でも無かろうに何故か鳴り物の金属環が付いている親衛軍指揮杖を持っているが間違いない。装備の異様さが確信に至る。

「攻撃中止!」

 声を出して街道に出る。子人間がサニツァの足へ反射的に恐れて抱きつき、サニツァの方はこちらを指差し満面の笑みで「あー! ゼっくんだ!」と大声を出す。

 閃いた。

「サニツァ、君は今単独行動中か?」

「うーん? ミーちゃんと一緒だよ!」

「何れかの共同体、村や集団に属しているか?」

「うーんー?」

「家があるか?」

「無いよ! あのね、ルリーシュさんとこに前までいたんだけど、死にたがってる人の頭をコレで潰しちゃったら何か怒られちゃって、出てけって言われたの」

 そう言ってサニツァは親衛軍指揮杖を風切る音を鳴らしてビュンビュン振る。これだ。

「ならば私のところに来い。君が必要だ」

「えーへへへ? どしたのゼっくんいきなり」

「行くところが無ければ私の下へ来いと言っている」

 手を出して招く。あのヘルニッサ修道院で見せた戦闘能力、従順さ、逃し難い。

「どっしようかなぁ」

 後ろ手に組んで、サニツァは急に顔を赤くしてニヤつきながらうつむき、左脚を軸に右足で半円を反復で描く。何か譲歩でも引き出そうというのか?

「サニツァ、君が私に必要なんだ。私以上に今君を必要としている者はいない」

 マトラ民族の衰亡に関わるとも大袈裟ではない。あの力は放して二度と手に入るものではない。この歩く大砲のような力と指示に単純に従う頭、是が非でも欲しい。

「でもぉ、でもね、私にはダラガンくんがいるんだよ? ね?」

 要領は得ないがそれが障害ということか。

「そのダラガンという者はここにいるのか?」

「いないよ。知ってる?」

「知らん。生きているのか?」

「分かんない」

「その分からない者に拘っても意味が無い。死んでいるなら考える必要もない、生きているのなら君がいなくても上手くやっているということだ」

 傍らの子人間が「サニャーキ」などと小声で何か喋っている。これがサニツァの精神側面か。

「今はその子……子供を食わせ屋根の下で寝かせることが重要だ」

「ミーちゃん? うん。ミーちゃん、野宿嫌だよね」

「寒い」

「お腹いっぱいがいい?」

「ご飯が食べられる方がいい」

「サニツァ、君が働くなら二人とも食わせる。寝床も可能な限り保証しよう」

「サニャーキ、またお引越し?」

 サニツァがミーとやらを抱き上げる。

「お引越し!」

 一先ず死んだ部下の防寒具を二人に貸与し、ミーは優先的に馬車へ乗せた。雪風が当たらぬように枝を編んで防寒具を被せた小さな天幕を車上に拵えて凍えぬようにした。またサニツァと違ってある程度ミーは未成熟なりに聡いようで我々を警戒し、不安げにしていたので猟犬を一頭愛玩、暖房用に侍らせてやったら落ち着いた。その対応に満足がいったようでサニツァはどこへ行くとも聞かずに「じゃあ出発!」と言った。部下達には殺してはいけない人間であると両者を確認させた。

 子人間一人の管理費用であの戦力が手に入るのだ。あまりにも安い。

 なお食糧用に連れている人間について「羊と同じ」と説明したらサニツァは疑いもなく「そうなんだ!」と納得していた。ミーが何か余計な口出しをしないか気にはなったが、やはり未成熟なりに聡いようで沈黙を守った。


■■■


 次の村を襲撃する。安全面を考慮して連れて歩いていた食糧である人間は事前に屠殺済みである。サニツァ、ミーの反発が懸念されたが、懸念で終わった。

 斥候を出して村の位置、包囲するに適した配置場所を確認する。また携行している梯子の高さが壁に合っているか確認する。日中、本隊は離れた森の中に潜伏。

 夕方を待って移動を開始。完全に暗くなる前に包囲するに適した配置につく。梯子の高さは十分間に合い、調整不要。

 夜、暗くなるのを待って、まだ待つ。敵が寝静まり、尚且つ不寝番が疲れて注意散漫になるのを待つ。

「サニツァ、大声を上げるなよ」

「うん分かった!」

 うむ、どうしようか。そんな気は喋る前からしていた。

「まず君が先に村の中に突入する。そしてその杖を持って、とにかく手当たり次第に人間を叩き殺すんだ」

「どうして?」

 分かりやすいくらいにサニツァは首を傾げてみせた。

「奴等は我々の土地に侵略してきた敵だ。抹殺しなければならない」

「そうなんだ!」

 特に小難しい説得をしなくても良い思考をしていると確信していたが、こうもあっさりとは都合が良い。

「奴等は我々の家に入ってきたネズミだ。狼、野犬、カラス、蟻にコクゾウムシだ。駆除しないといけない。盗賊、害獣、害虫だ」

「盗賊!? 山賊?」

「同義だ。奴等を殺して排除しないと我々が明日に困る」

 いや、この言葉だ。

「ご飯が食べられなくなる。奪われてしまう、これからミーが飢えてしまう」

「それはダメ!」

 サニツァがいきり立って指揮杖で地面を突いてシャランと鳴らす。完全に理論立てて喋る必要は無さそうだ。

「では行け、殺せサニツァ。我々は君の後に続いて戦う」

「分かった!」

 サニツァは「でやー!」と叫んで勢い良く走り出した。今夜は満月ではないものの晴れ間が覗き、真の暗闇ではない。

 勢いのあまりサニツァに梯子を渡すのを忘れたと気付き、一瞬冷や汗が出たが大したことはなかった。あの女、閂がかかった程度とはいえ、閉じられた厚い木の正面扉を体当たりでぶち破ったのだ。破城槌もかくやであろう。

 サニツァの大騒ぎで村が目覚める。そして混乱、困惑の声の後に悲鳴が上がる。骨と肉が盛大に粉砕される鈍い音が、距離を置いてもシャランと金属音に混じって聞こえる。

 全分隊は演習通りに包囲陣を維持したまま前進し、梯子を使って壁を登り、壁の足場について射撃姿勢を取る。この村でも冬季だからと壁に見張りは常駐していなかった。見張り塔には、前回の村と違って真面目に外を眺めていた見張りがいたが、サニツァの突入に度肝を抜かれて我々に注意を払うどころではなかった。

 イスタメル界隈では無法者ではなくても盗賊として活動しているものだが、冬季は遠征を行っても割りに合わないことが多いので長年の経験から自然と活動休止期間に入る。村を包囲しても侵入に失敗したら逆に湿った寒さと飢えで体力を消耗し、病気になって死ぬ。

 夜間に集団で一つの拠点を隠密裏に襲撃するような錬度を持った盗賊がいるとすればある程度の規模の村から派遣されるものであり、そういう村の者達は冬篭りで遠征どころではないのが常。現状では強制徴募による男手不足で攻撃作戦を企図するどころではないのが一般的だ。

 サニツァは指揮杖を鳴らしながら走り回って「悪い奴、ダメっ!」「山賊いけないんだ!」と叫びながら、人間なら手加減しそうな女子供も命乞いを無視して叩き潰している。

 生捕り分も必要であるがサニツァにそこまで難しい指示をしても混乱するだけと考える。ある程度の指示を出しても大丈夫なくらいに慣れてきてからにしよう。

「痛いっ!」

 サニツァが頭を抱える。塔にいた見張りが高所から、多少見えるとはいえ暗闇の中の小さな頭部へ一撃で銃弾を当てた。上手い、狙撃手か。

「痛いんだぞ!」

 サニツァは塔の支柱、四本のうち二本――頑丈な丸太だ――を杖で叩き折り、そして手で引き倒す。見張りが叫びながら見張り台ごと家屋の屋根に突っ込み、崩れた。

「もう、私あんまり痛くしてないのに!」

 振るう杖で敵を打ち殺す際、サニツァは即死を狙っているように見える。可能な限り頭部を一撃で腐った果実のように潰している。

「全分隊任意射撃開始! 防御優先!」

 サニツァはその暴れ振りと、金属環が鳴る杖があるので敵と見分け、聞き分けがつくことは確認出来た。射撃許可を出す。防御優先とは壁の上にいる我々に攻撃を企図する敵を優先撃破しろとの意である。

 部下達が壁の足場の高所より、命中率に不安の無いコルターン海兵銃とバルリー=シュレッフェン銃で敵を撃ち殺す。

 この村は前の村より人口が多い。また先ほどの狙撃手のように手練れを有する地力を持つ。サニツァがいなければ三十二人で襲撃しても失敗したかもしれない。

 サニツァが村の広場で驚異的な――魔術的な――筋力で素早く踏み込み、杖を振るって頭部を狙って敵を撲殺。爆殺ではないかと思う程に血に骨に脳みそが吹き飛んで、その破片を受けてのた打ち回る者すらいる。首筋や胸を狙うこともあり、その場合でも胴体を深く抉って骨など無いように打撃武器であるにもかかわらず内蔵を引きずり出すに至る。

 完全に敵は浮き足立っている。対応に遅れながらも武器を手に取って敵主力が広場に集るも、サニツァの衝撃力の前には動揺するばかりで、まごついている内に撲殺され、敵わないと距離を取り、中には逃亡者が出る。我々は壁の外周より、サニツァを陽動として比較的安全に敵を順次射殺。ここでも人間は暗闇を恐れ、行動する際には松明を手にするので良い的である。

 サニツァの衝撃力、三十二丁の小銃による火力によって敵集団を混乱の内に抹殺することに成功した。

 村は勿論焼いた。


■■■


 二度目の襲撃は大成功で終わった。サニツァは頭を撃たれた時に出来たたんこぶをしばし気にしていた。たんこぶで済むものではないのだが。

 そんなサニツァに良い鹵獲品があった。二度目の村には体格の良い軍馬がいたのでもしやと思って捜索したらあったのだ。

「サニャーキ、重装歩兵」

「えっへへ、似合う?」

「変」

「うっそー!?」

 胸甲騎兵の装備が一式あの村にあったのでサニツァに与えた。兜に胸甲に手甲。革帯を調整し、防寒と衝撃吸収を志向して毛皮を厚めに裏打ちした。また正面扉を加工して木の大盾も拵えた。正に古の重装歩兵ではある。

 サニツァの筋力ならば直撃弾にも容易に耐える厚さの防具が望ましいが、流石にこの場では加工している暇は無かった。

 今日は首吊り人間が群れてる木の近くで野営している。人間はあれを不気味に思って近寄らないし、我々にとっては肉の果樹なのだ。吊るされた時期によって食べられるかどうかは別だが、最近見かける大規模な首吊りの木はラシュティボル派による旧イスタメル公国残党狩りの目せしめのために作られたものが多い。冬の寒さもあって煮て食べられる鮮度を保つ。

 サニツァとミーには今まで共食いを嫌がると思って鹵獲した穀物や連れ歩いた羊や山羊肉を与えていたが、忌避感があると思い込んでいた人肉もすんなりと食べた。この地で、冬季に放浪していたわりに血色が良いには理由があった。人間的な正義感より空腹を満たすことを優先する動物的な人間である。意外性はあっても驚愕に至らない。

 それから理由は不明だがサニツァよりミーと三人で固まって寝るようにと毎晩催促される。サニツァの豪腕に押し潰される危険が無いかと思ったのは初夜のみである。寝相は良好、ミーに骨折の兆候が無い時点で杞憂であろう。


■■■


 他の部隊とも離合集散を繰り返しながら我々の領土を侵す侵略者達の村を襲撃し、制圧、抹殺し、物資を鹵獲。生き残りを食糧として一部確保してから村を焼いた。

 村を焼かずに、将来的に我々が戻ってきた時のために再利用することは理に叶っているが、今の最優先事項は抹殺である。村外にいた者が戻ってきた時に雪風を凌ぐ屋根が無ければその者が死ぬ可能性が高い。残さず焼けば隠れ潜んでいる者が死ぬ可能性が高い。侵略者が再入植を試みる可能性が低くなる。

 サニツァの衝撃歩兵としての活躍は目覚しく、大盾を打撃武器としても扱い敵を磨り潰し、二度目の村と同様の方法で三度目、四度目、次々と成功していった。

 敵は全てこのような戦術で襲撃されたことが無いような対応ばかりであった。敵を逃さず、皆殺しにすることによって経験を積ませないようにしている。交通の便が麻痺状態に近くなる冬季による断続的な襲撃が成した。ゾルブ将軍の慧眼である。損害が多くなることが欠点であるが、費用対効果に鑑みれば高効率。しかしそれでも兵員の消耗は著しく、情報共有が出来た他部隊の損害数を計算するに、平均で三分の一にまで減ったことが判明している。

 兵力の減少は同じく電撃的に襲撃を行っている他の部隊と合流することによって攻撃を可能とした。

 村と呼ぶには少々大きな居住地はあったものの、城塞都市を作るほどの時間、資源が入植時より侵略者に与えられていなかったために大規模な攻城戦が必要になる場面は各方面で無かった。鹵獲した大砲を運用している他の部隊もあり、攻勢を維持し敵に経験を積ませず勝利を続けた。

 我々の部隊に限って言えばサニツァによって損害は軽微で済んでいる。

 新鮮な肉が行く先々で入手出来るので栄養状態は非常に良好で贅肉の付きがこの冬季に確認出来た程だ。途中で合流した他の部隊に物資を分ける余裕が十分にあった。また襲撃に際し奴隷として使役されていた同胞の解放も成し遂げている。損害分の補填とまではいかないが頭数は減少の一途ではなかった。

 冬季作戦が中止となる春になるまでに我々は先の大戦で失った領土を回復した。第一戦略目標の達成に至った。戦争とこの襲撃により、侵略的な勢力に再入植を試みるような人的資源は無いかわずかであると考えられ、またそのような活動を行う資金、資源も無いかわずかであると考えられる。入植するよりも自国の疲弊の回復が優先される情勢である。

「ミーちゃん見て! お花がおはようしてるよ!」

「おはようしてるね」

 腐って萎れて枯れた草の隙間から草花が生え、黄色い花が強くなってきた日差しに眩しい。

「ゼっくん、ちょうちょいた!」

「春だからな」

「春だから!」

 サニツァは何が楽しいのか泥の上を跳ね回って歩く。

 しかしダラガンとやら、生きているのならば秘密裏に抹殺できないものか。


■■■


 マトラ山地に帰還した各部隊は鹵獲した物資を、最前線基地である八番要塞に集積した。

 人員こそ二千の遠征兵力が六百に減少する大打撃を受けたわけであるが、小銃大砲、弾火薬の大量確保により根本的な部隊の改善を行えるようになった。

 冬から春になるまでに情勢は動いている。

 バルリー共和国を中心にした義勇兵がイスタメル残党と合流してとの情報。これは危機であり好機。イスタメル残党と我々が対決する可能性が増加したのが危機。魔神代理領軍を我々のバルリーに対する対決に巻き込める可能性が好機である。村程度ならともかく、都市攻略は我々にはまだ不可能なので魔神代理領軍より大砲や火薬の供与があれば、と考える。

 この情報に従い、ゾルブ将軍より「イスタメル州軍、つまり魔神代理領軍には絶対に攻撃されても――それが誤認であろうが故意であろうが――無抵抗に徹して手を出してはならず白旗を掲げるように。殴られても反撃してはならず、教育され骨の無い犬のように服従しろ」との訓示をされた。

「今後我々は魔神代理領と緊密に連絡を取りながら動く。基本的に魔神代理領の指示には従うが、指示されていないところは自由に動く。特に山地方面における奪還活動については都合の良い情報のみを伝えるよう努力する。各自、情報の共有を密にするように。状況は流動的でかつ自由に活動出来る期間も限られている。引き続き第二戦略目標の達成努力は春季においても推進するが、それは現有兵力によって行い、兵の補充は行わない」

 六百名で遠征し、既に古く頑丈に守られている侵略者の拠点に攻撃を仕掛けることになるのか。火器が充足していなければ――サニツァがいなければ――ゾルブ将軍相手といえど反発していたかもしれない。

「補充をしない説明をしよう。ラシージ親分の行方が判明した。つい先日陥落して魔神代理領の統治下に入ったバシィール城にいる」

 血が沸き立った。

 抑えられず同胞達が喚声、諸手を上げて飛び跳ねる。自分も耳の傷跡から血が飛び出た気がする。

「静粛に」

 同胞達が静まるが、顔と息は静まらない。

「親分は我等同胞の魔神代理領内における地位向上策のためにバシィール城にて兵を集めている。どうやら城の新しい城主は人間ではあるが我々にとって非常に利用価値が高い存在であるらしい。にわかには信じ難いが親分の見立てである」

 ではその見立て、寸分違わぬだろう。

「第一戦略目標の達成により領土の奪還、拡張は最優先事項ではなくなった。補充兵力を親分に回し、我等が領域、冬季奪還作戦による奪還領域を魔神代理領に認めさせることを最優先とする。第二戦略目標の達成努力である、先の発言より訂正が必要だ。冬季による情報遮断効果は既に無いと考える。侵略者は既に状況を察知し、対応してくることは間違いない。バルリー共和国が義勇兵を派遣したのも、我々の行いであると察知しているかはともかく、入植地の異常を察知しての行動と推測出来る。攻撃奪還の時期は一先ず終わり、防御維持の時期に突入した」

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