第230話「お祭りだ!」 サニツァ
「よいしょ」
ミーちゃんが杭を、尖った方を地面の穴に挿し込んで抑える。
「よいしょ!」
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
それから「えいさ! ほいさ!」と二回叩いて打ち込む。
「よいしょ」
その間にミーちゃんが別の杭の尖った方を次の地面の穴に挿し込んで抑える。
「よいしょ!」
軽く木槌で、叩かず杭を押し込んで固定。危ないからミーちゃんが杭から離れる。
それから「えいさ! ほいさ!」と二回叩いて打ち込む。
ミーちゃんと一緒にお仕事をやってる。私達が一番ここで杭打ちが早いって褒められたよ!
工兵さんが事前に、巻尺で計って定間隔で地面に穴を空けてあるからやることは一緒。
この杭打ち基礎工事をやって土台を固めると頑丈な建物を建てることが出来る。地面に盛った土は柔らかいからその下、元の固い土がある地面にまで杭を挿し込んで固める。
地面より高くしているのは、防衛上の理由と水害対策なんだって。川の縁より高いところに地元の村があったのも、水汲みが大変でも坂の上にあったのは水害対策だったんだね。
ここは近くにセルチェス川って地元の川より何倍も何倍もおっきな川があるから、大雨とか雪解けの増水があると洪水が起きることもあるみたい。
杭打ちを何回も繰り返していると鐘が三回、ゆっくり鳴らされる。
「ご飯だ!」
「ご飯」
午前最後の一本を打ち込む。
「お腹減った!」
「ぺったんこ」
鍋を持って配食所のところに向かう。他のお仕事していた人達も同じ。
手ぬぐいでミーちゃんの汗を拭いてあげる。秋になって涼しくなってきたから汗をそのままにしておくと寒くなって風邪ひいちゃう。
配食所で配食の太ったおっちゃんに「私とミーちゃんのご飯くださいな!」って言って鍋に、湯気が立ってる麦と芋と野菜と豆と肉が入ったお粥を二人分入れて貰う。
「見てミーちゃん! 今日も温かくておいしいご飯が食べれるよ、すごいね!」
「衝撃的」
すごいからクルっと回る。おっちゃんに笑われた。
今は魔神代理領の兵隊さん達のお仕事を手伝って、イスタメル地方とメノアグロ地方の境のところに補給基地を建設している。南に行けばマリオルに行けて、交通の要衝なんだって。
兵隊さんと一般の人を合わせて一万人くらい居るからすごく賑やかで、おっきな街みたい。家の代わりに天幕がいっぱい立ってる。
少し前まで更に二万人以上の兵隊さんとか馬に牛に駱駝とかがここに居て、もっとすごかった。その時はうんことおしっこをいっぱい出来るようにって穴をたくさん深く掘ってあげたけど、もっと西か北にいる軍隊を助けるためにってすぐに行っちゃった。
ルサレヤ様って偉い魔族の人が率いている軍隊がすごい速さで北にあるセレード? まで進軍していて、こういう補給基地をちゃんと建てて物資を適切に管理しておかないと”息が続かない”んだって。
あともう魔神代理領共同体の人達を悪魔って呼んじゃダメ。悪い言葉って初めて知った。人に悪口を言ってはいけません。
戦争はまだ続くみたい。イスタメル公国は降伏したんだけど、西の神聖教会の聖戦軍とか、イスタメルの中でもモラディシュとかマリオルに首都のシェレヴィンツァみたいなおっきな街がまだ降伏していない。イスタメルの公爵さんは参ったって言ったみたいだけど、その長男のイスタメル軍元帥さんが大イスタメル主義を標榜して徹底抗戦しているんだって。
大イスタメルっていうのは、イスタメルからヒルヴァフカまでの大昔の東方副王領のことみたい。むずかしいね。
魔神代理領のヒルヴァフカの人達が食べ物とか物を運んで来てくれてる。今日のご飯はこの人達が運んできた。寝る時の毛布もくれた。ご飯と毛布ありがとー!
中には家族連れの商人さんもいて、その人達が休んでいるところに行って食べる。そこのちっちゃい子達とミーちゃんがヒルヴァフカの言葉でお喋りしてて楽しそう。良かったね!
塩の味が分かるおいしいご飯を食べて、午後の仕事始めの鐘が鳴るまで休憩。
この補給基地で一番偉い人は、肌が黒っぽくて背中に翼がある魔族のウラグマの将軍さん。よくその辺を歩きながら鳥とか犬の頭の人とか、商人さんとか将校さんとかとお話している。
前から気になっていることがある。
「聞いてみよ?」
「聞いてみよ」
怒られるかな? でも気になっちゃう。
「将軍さん! 将軍さん!」
ウラグマの将軍さんに声を掛ける。かけちゃった!
「やあ、杭打ちが早い姉妹さん。どうしたのかな?」
将軍さんは顔も声も優しくて、何か可愛くて好き。あと頭の毛が鳥みたいに羽毛。隣にいる鳥の人は何だかおっかないけどね。
「ミーちゃん、せーの、で言おっか」
「サニャーキ、せーの?」
「せーのだよ、一斉のせーのっ、ね」
「うん、せーのっ、ね」
「ね、せーの」
ミーちゃんと声を合わせて『将軍さん、空を飛べますか?』って聞いた。気になるよね?
「どうだろうね」
そう言ってから将軍さん、翼を動かしながら少し走ってから跳ねた。翼がすごくおっきく横に広がって――カッコいい!――上下に羽ばたいたら浮いて、何回も羽ばたく度に上に横にグルっと回って飛んで行った!
「きゃー! すごい!」
「きゃー将軍!」
すごい! 飛んだ! 跳ねただけじゃなくて空に上がって、鳥みたいに翼広げて滑るみたいに飛んでる!
それから将軍さん、空から下がってきて、地面スレスレに飛んで地面を蹴りながら速度を落として着地。着地したところに鳥の人と向かう。
「ちゃんとお礼言わなきゃダメだよ、せーのね、せーの」
「せーの」
ミーちゃんと声を合わせて『ありがとうございましたー!』って言った。
「飛べたみたいだね」
将軍さんは顔も声も優しくて、何か可愛くて好き。
ミーちゃんが袖を引っ張る。あ、そうだね。
「ね、ね、鳥さんは飛べるの?」
鳥さんはイスタメルの言葉が通じないから首を傾げる。鳥みたい。
「飛べないよ」
「そうなんだ!」
将軍さんが教えてくれた。優しいね。
■■■
午後のお仕事。杭打ちは少しだけにして、すぐ近くの森から木を運ぶことになった。土台の基礎工事より、その周囲の堀の内側を木の枠で固めることを優先するんだって。噂だけど南にあるマリオルの街に聖戦軍とかイスタメル軍残党が集結しているみたい。兵隊さん達も土嚢作りを優先してやっている。
森に行けば、既に切って枝葉を落として樹皮を剥いだ丸太がたくさん並んでいたのでそれを牛車に載せる。
自分は肩に乗せて運ぶ。牛車と競争だ! 乾いた地面のところを歩かないと重みで地面がグニャってなることもある。
ミーちゃんはゴミのお掃除ついでに樹皮と枝を分けて集め、枝から葉を落として並べて干して薪にしたりする。
何回か補給基地と森を往復していると、何だか基地の方が慌しくなってきた。
後頭部から左の方へ頭の皮が剥がれている血塗れの人がいて、将軍さんと座ってお話しながらお医者さんに皮を縫って貰ってる。ただの怪我人って感じじゃない。隣に息が荒く、湯気が出るくらい汗が出てるお馬さんがいて、落ち着かない感じでウロウロしていると思ったら口から泡を吐き出して倒れた。
大変なことが起きたみたい。よく分かんないけど。
ラッパが鳴って兵隊さんが広場に集められて整列する。鉄砲とか槍とか旗とか持ってる。
アタナクト派だと思うんだけど魔神代理領の兵隊さんになっているメノアグロ人。帽子とスカーフがヒラヒラしている。
イスタメルにいるんだけど魔神の教えに従ってるマリオル人。赤い帽子に馬のしっぽみたいな飾りがついてる。
魔神を権威とする神聖教会派? ってよく分かんない魔法典礼派のヒルヴァフカ人。刺繍の入った鉢巻を付けてる。ミーちゃんのお父さんも付けてた。
魔神代理ってすごくとっても偉い人に仕えてる親衛軍の兵隊さん。上の服が黒でズボンが白。白いせいで洗っても汚れがなかなか落ちない。強そうだけどね。
羽飾りの付いた、筒に丸めた布を頭に巻いて後ろに折って長めに垂らして被ってるのが人間の奴隷軍人。刀を腰に吊ってる。中でも将校さんは布の巻き方が違って帽子みたい。肌が真っ黒な人もいて面白い。鈴が付いてて動く度にジャラジャラ鳴ってる。この音が鳴ってる限り戦列が崩壊しないんだって。
布を巻いた頭から動物の耳――ぴくぴく可愛い!――が出たりしているのが獣人の奴隷軍人。真っ黒い飾りも無い服を揃いで着ていて、色んな種類の獣人さんがいて耳が大きくなかったりとか色々。鳥さんみたいな人もいるしね。鈴が付いてないよ。
「気を付け!」
将校さんの中で一番強そうな人が号令を掛けて、整列した兵隊さん達が姿勢をピっと正す。その目の前、真ん中に将軍さんが立って喋る。
将軍さんは魔神代理領共通語で、通訳の別の人達がそれぞれの言葉を続けて喋る。
「将兵諸君の午後の作業は中断。各部長は装具点検を行い、戦闘動作を疲れない程度に軽く確認しておくように。以上解散」
それから兵隊さん達は武器の手入れをしたり、整列してから並んで歩いたり、馬に乗って走りながら隊列を変え始めた。
自分も作業を中断。兵隊さんみたいに並ばなかったけど民兵に登録されている。ミーちゃんはまだちっちゃいから登録していない。
民兵の隊長さんはこの辺の領主でもあるピロニェ伯の息子さん、ルリーシュ・ヤギェンラドのおっちゃん。そのお父さん伯爵は領地の軍隊を連れてイスタメル公国の残党をやっつけて歩いているんだって。
民兵の皆は槍を持って集合。ルリーシュさんの部下の元気なおじいさんから槍の使い方を教わる。
恐れず声を出して、力強く素早く前へ突く。突いたら同じだけ素早く引く。それだけ。
自分は木槌の方が良かったんだけど、武器は皆でお揃いにするのが良いんだって。
それから建設中の補給基地のあちこちに投げる石を集める。敵がここまで迫ったらこれを投げる! 大きい石なら落とすだけですごく危ない。
夕方のご飯は多かった! 羊の肉がいつもより二切れも汁に多かった。
獣人さん達の騎兵が暗くなる前に出発した。夜真っ暗でもあの人達は目が見えるんだって。すごいね。
誰かが「敵が近いかもしれない」って言った。
■■■
天幕の中で色んな人達と、毛布はあるけどやっぱり皆寒いからくっついて寝てたら鐘がガンガン鳴らされて目が覚めた。中は薄暗い、朝になってる。
敵が襲って来たみたい!
ミーちゃんは仲良くなったヒルヴァフカの人達に預けて、槍を持って民兵の集合場所へ行く。
そしてルリーシュさんの指示で建設途中だけど補給基地の各所に配置される。建物は全然出来ていないけど堀とかがあるし、基礎工事は中途半端だけど土を盛ったところは高いからそこから石を投げると痛い。頭に当たったら倒れちゃう。
補給基地のマリオル側、南側には兵隊さん達が整列する。
一番前には大砲が大きいのが八つ、小さいのが二十並ぶ。
真ん中に左からメノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達が一つずつの隊列を作って並ぶ。
その後ろに親衛軍の兵隊さん達が三つの隊列を作って分かれて並ぶ。
獣人さん達は夜に出発したのでいない。二人だけ戻ってきて将軍さんに何か喋ってる。
将軍さんが大声で驚いて、それから笑った。何か良い報せがあったみたい。
将軍さんが喋る。将軍さんは魔神代理領共通語で、通訳の別の人達がそれぞれの言葉を続けて喋る。
「諸君、マリオルを出発した敵軍、聖戦軍とイスタメル公国の残党軍がこちらに迫っている。その数は我々より多い。だが良い報せがある。かの高名な大海賊ギーリスの艦隊の一つがその隙を突いてマリオルを陥落させた。そしてこちらに迫っている敵軍の背後を追っている。つまり挟み撃ちだ。予断は許さないが勝てる戦いだ」
将軍さんが抜いた刀を振り上げる。
「ズィブラーン・ハルシャー!」
兵隊さん達が喚声を上げる。
『ズィブラーン・ハルシャー! ズィブラーン・ハルシャー!』
ズィブラーン・ハルシャー、魔神こそ全て。
■■■
兵隊さん達が並んで待っている間に民兵と一般の人達で基地中あちこちで穴を掘ったり、東西街道の橋を片付けたり、道具とか木材とか燃料をあっちこっちに移動させて回った。今までやってることが違くて何のためにやってるか分かんなかった。
鐘がガンガン鳴らされたけどすぐに敵がやってくるわけじゃなかった。目の前に来てから鳴らしてたんじゃ遅いよね。村でもそうだったけど逃げ遅れちゃったりするし、分かったら早く鳴らした方が賢い。
配られるパンを食べる。隣にいるおっちゃんは歯が悪いからパンに水筒から水をかけてなんとか柔らかくして食べてるけど時間が掛かってる。保存用のパンだからすごく固い。
獣人さんの騎兵隊が戻ってくる。日が高くなってきているけどまだ朝の空気。彼等は急いでご飯を食べて、馬を乗り換えて整列した兵隊さんの左右に移る。
遠くから太鼓と笛の音が聞こえてくる。
補給基地の土台、少し高いところから南の方、大きな人と旗の列が出来ている。横に大きく広がっていて、敵軍がいくつも揃えた列を作って、右足左足の出し方も大体揃えてこっちに向かっている。歩き方が太鼓に合わせてるような気がする。踊りかな?
こっちの軍は民兵合わせて三千くらい。相手はそれ以上らしいけど。
ゼっくんが隊長だったら勝てちゃうんだろうね。十五人くらいで四十人以上やっつけたもんね。
親衛軍の軍楽隊の人達も演奏を始めた。笛とかラッパに太鼓だけじゃなくて、金属の鍋の蓋みたいな物をバシィン! って鳴らしたり、環がいくつも先についた杖を振って地面を突いてシャランシャラン鳴らしている。あと演奏して体が動く度に鈴もジャラジャラ鳴る。
敵とこっちの軍楽隊の皆が演奏している。音楽でも戦ってるみたい。何だか戦争ってお祭りみたいだね! だから男の人って兵隊に行っちゃうのかな。
砲兵さん達が一斉に大砲を発射する。すっごく大きな音でドガガズガンって鳴って煙も霧みたいにすごい。黒い砲弾がなんとか見えるくらいの早さで飛んでいく。
敵軍は大砲を持ってないみたい。すごく重たいみたいだから運ぶの大変だよね。
大砲を持てるかどうかやってみたかったから前に触ろうとしたら、砲兵の人達に言葉は分かんないけどすっごい怒られた。粗末にしたら死刑になるぐらい大事な物なんだってね。ごめんなさい。
聖なる神よ守りたまえ
神の戦士を守りたまえ
聖なる神よ守りたまえ
神の戦士を守りたまえ
聖なる戦いに神のご加護があらん
聖なる戦いの後に苦痛は無い
我ら神を信じ、拝み、崇め、服従し、
聖なる神の大いなる栄光に感謝し奉る
聖なる戦いに命の種を撒く
聖なる戦いの後に芽が息吹く
我ら神を信じ、組み、戦い、勝利し、
聖なる神の破られぬ誓約の下で永遠となる
種を広げた神よ、導きたまえ
人を集めた神よ、結びたまえ
火を高めた神よ、守りたまえ
聖なる神のみを信じる
聖なる神のみに殉じる
聖なる神の御名を唱える
聖なる神よ守りたまえ
聖なる神よ守りたまえ
聖なる神よ守りたまえ
聖なる神よ守りたまえ
あのお歌は知らないけど分かる。お勉強したおかげだね。
それから『聖なる神よ守りたまえ』を連呼して敵軍が進んでくる。
最前列にはお坊さん達がいて、聖なる種を象った物が先端にある杖を手に掲げている。
砲弾がそのお坊さんに当たるような飛び方をすると直前で勢いが止まって落ちる。奇跡? ちゃんと敬虔な信者だからかも。
砲弾が別のところに飛ぶと敵の足をもぎながら転がっていく。そのお坊さんが杖を持ってない方の手で聖なる種の形に指を切る。あまり敬虔じゃない信者だともげるのかも。
女のお坊さん? みたいな人もいたけど、その人は砲弾に頭を木っ端微塵に砕かれちゃった。アタナクト派のお坊さんはよく分かんない。あまり敬虔じゃないのかな?
槍を持ったまま手を合わせて目を閉じる。
聖なる神様、あと魔神の神様もこの基地の皆をお守り下さい。
二人の神様にお願いしちゃった。きっとバッチリだね。
敵軍が兵隊を砲弾に殺され、列を乱しながらも死んだ人の位置に後ろにいる人が小走りに行って整えながら早歩きでやってくる。
砲兵さんが撃つ砲弾を大きい玉から、小さい玉が連なってぶどうみたいに見えるその名もぶどう弾に替える。
銃弾より大きいけど一個の砲弾より小さいヤツを発射。鉄砲で撃つより遠くに飛んで、ちょっとデタラメだけど地面とか敵を抉る。土も血も弾けて花が一斉に咲いたみたい。汚い、綺麗? 大砲から出る煙が包みなら花束だね。
メノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達が、刀を振り上げる将校さんの号令に合わせて、鉄砲を一斉に――妖精さん達と違ってちょっとバラバラ――構える。前の人がしゃがんで、その後ろもう一つ後ろの人が立って、三段に鉄砲を突き出す。カッコいいね!
将校さんが刀を振り下ろして号令、三段に構えた鉄砲を一斉に撃つ。大砲より音は小さいけどパパパババン! って感じ。楽器みたい。
敵軍の兵隊がパタパタと何十人も倒れる。倒れながら、倒れた人を踏みながら乱れた列が前に進んで、後ろから小走りで列を整えに人が前に出る。何だか痛くて苦しくても平気だ無敵って感じだね。
それからメノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達は一斉に揃えないでそれぞれ自分の手の早さで鉄砲を撃ち始める。まばらに敵の兵隊が倒れ出す。
敵軍の動きが止まる。よく見ると列の横間隔が広い。
小太鼓が鳴らされて、敵の最前列の人達がまず一斉に撃つ。味方の兵隊さん達がパタパタ倒れる。割った薪を立てて並べて石を投げて倒す遊び思い出した。
敵の最前列の人達が横の隙間を縫って列の後ろまで行って、それと一緒に二番目から後ろの列の人達が一歩前に出て、新しい最前列の二番目の人達が一斉に撃つ。味方の兵隊さん達がまたパタパタ倒れる。
それからまた同じように二番目の列の人達が後ろに行って、三番目の人達が同じ動きを繰り返す。
一斉に鉄砲が撃たれるのが繰り返される。一番最初に撃って後ろに回った人達が最前列になる時にはもう鉄砲に弾薬を入れ終わってて、そのまま撃ち続ける。すごい! 皆で踊ってるみたいだ!
敵軍がそんな風に踊ってても綺麗にはいかなくて、味方の兵隊さんに鉄砲で撃たれて倒れる敵がいる。そうすると後ろから人がまた前に加わるんだけど、踊りに加わるのがちょっと難しいみたい。一斉に撃つ時に鉄砲に弾薬を入れ切ってないから撃たないでも動いて回る人がいる。何回も練習しないとあんな動きは出来ないよね。
砲兵さんがぶどう弾の次に散弾を入れて発射する。敵軍の兵隊が強い風に煽られたみたいに一気に薙ぎ倒された! しかも他の砲弾と違って頭潰したり腕千切ったりして一発で殺さないから撃たれた敵はあんまり死ななくて、苦しい声を出してのた打ち回ったり、ちょっと元気だとボケちゃったみたいにウロウロし始める。列の後ろの方でも少しだけ当たったのか倒れはしないけど跳ね回ったり怒鳴ったりしている。痛そー。
この散弾は鉄砲の弾とか折れた釘みたいな金物ゴミとか小石とかを混ぜて袋に入れた物で、砲兵さん達が作ってた。ちゃんとした物じゃないんだって。
散弾の発射で鉄砲の踊りがだんだん止まってきた。ただメノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達もかなり撃たれてて、立っている人の数がパっと見で減っているし、怖くて逃げ出した人をちょっと偉い兵隊さんが槍で刺しておしおきしている。トドメも刺しているから、じゃなくて死刑だ。
砲弾が止まる敬虔なお坊さんが少し前に出て来た。銃弾も散弾も止めるみたいで撃たれてるけど平気そう。
その後ろに女の人も混じるお坊さんに兄弟姉妹が何十人か集って、皆跪いて手を合わせる。何だろ、ここでお祈り? って思ったら目の前が真っ白、真っ赤、真っ黄色?
光って大砲に負けないくらいの音がドガンって鳴って、こっちの軍の最前列、大砲と火薬がいくつも爆発して吹っ飛ぶ。重たい大砲も高く持ち上がったり転がったり人を潰したり、砲弾もあちこちに飛んで敵も味方も殺している。
一緒にメノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達の鉄砲とか弾薬も爆発。銃弾があちこちに飛んでこれも敵も味方も殺して、壊れた鉄砲、弾けた弾薬入れから煙が上がってる。火薬の煙だけじゃなくて熱で地面とか人から湯気が立ってる。皆、いっぱい倒れてる。いっぱい死んだみたい。
生き残ったメノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達が女の子みたいに叫びながら逃げ出した。砲兵さん達の生き残りは大砲に何か金槌で打ち込んでから逃げる。逃げない人は手を合わせたり頭を抱えて震えて丸くなったり這い蹲ってる。
その後ろの列、不思議とあの光には平気な感じの親衛軍の兵隊さん達が銃剣を逃げる人達に向ける。
親衛軍の将校さんが手をぐるぐる回して怒鳴ると、逃げる人達は親衛軍の隊列の隙間を縫って逃げ始めた。どうしても腰が抜けちゃって親衛軍の兵隊さんを邪魔する人は刺されて蹴飛ばされちゃった。しょうがないね。
逃げてきた砲兵さん達がすごく落ち込んでる。大砲置いてきちゃったからね。
前に大砲を触ろうとして怒られた砲兵さんがいて、よしよし、って頭を撫でたら泣いちゃった。怖かったね。
将校の人達が負傷者は後ろに下げて、逃げてきた兵隊さんを新しく並べて部隊を新しく編制し始めた。
負傷者の手当ては民兵の女の人の仕事。槍を使うのは最後の最後。女の人は負傷者が歩くのを手伝ってお医者さんの天幕まで連れて行く。
また鉄砲の撃ち合いが始まる。今度は親衛軍の兵隊さん。鈴がジャラジャラ鳴ってるから見なくても動いてるって分かる。
足を撃たれた人の体を抑える。お医者さんがその撃たれた足をノコギリで切り落とす。すごく痛いから叫んで暴れるんだけど、痛くて死んじゃう人もいる。誤魔化すためにお酒を一気に飲ませても死ぬ時は死ぬ。
それから負傷していないみたいだけど「もう戦えない」って泣いている人をどうにかするのも仕事、らしい。
「こら! 逃げたらダメでしょ!」
こっちまで逃げてきた人を怒ってみた。怪我もしていないのに「怪我した!」って言って寝ようとするズルい奴。
「うるせえお前がやってみろ!」
「ちんちん付いてんのか!?」
思わずビンタしたら顎が外れて首がゴキって鳴ってその兵隊さんは死んじゃった。
お医者さんから「それは助からなかったことにしておくから君は戦闘配置に戻りなさい」って言われた。
失敗しちゃった。でも役立たずなんだからしょうがないよね。
戦闘配置に戻る。堀より内側、高い土台の上、木材とか建築資材の陰、投げる石が積まれて、工事用の資材とか色々がまとめられた場所。
敵も味方も一回仕切り直したみたいに列を整えて、それから撃ち合いを始めている。
親衛軍の兵隊さんの前には、いつの間にか土が胸の高さまで盛られてて、敵が撃つ銃弾から守られてる。それからメノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達より遥かに弾薬を入れる手が早くて、代わりに鉄砲を撃つ時は良く狙ってるみたいでその時だけはちょっと遅い。でも遅い代わりに敵がすぐに次々と倒れちゃう。盛った土に鉄砲を乗せて撃ってるからかな。鉄砲自体が他の兵隊さんより長いからかも。
弩を持ってる親衛軍の兵隊さんが矢を射る時は何でか知らないけどその時が分かる。飛んだ矢はすごく早くて、一本で敵を何人かまとめて射殺しちゃう。魔術かな? あの何時の間にか盛り上がった土も魔術かも。
敵の中には鉄砲を持たないで槍を揃えて走ってくる列がある。鉄砲で撃っても勢いが止まらないこともある。そういう敵には、大きな盾を持って鎧兜の上に上衣を着た着膨れの親衛軍の兵隊さんが前に出て行って、手から炎の大きな塊を出して! 燃やしちゃう。燃えるだけじゃなくて爆発しているみたいでボンって鳴るし、敵も走った勢いが止まってお尻から倒れる。それから槍で突かれても大きな盾で防いで、鉄砲で撃たれてカンって鳴っても鎧が頑丈で立ったままで、手から炎を出して敵の槍の列を燃やして吹っ飛ばして追い散らす。炎が時々その兵隊さんを巻くんだけど、その度に上衣からすごい湯気が上がる。水でずっと濡れてるみたい。魔術すごい。ホントすごい。
敵の槍の列とは他に、銃剣を構えた敵の列も突っ込んでくる。鉄砲や弩で撃たれて逃げることもあるし、土の壁まで迫って炎で焼かれて鉄砲と弾薬入れと一緒に爆発して倒れる。それでも土の壁まで到達するんだけど、今度は長い鉄砲の銃剣で刺されるし、斧がついた槍を持ったちょっと偉い兵隊さんに叩き伏せられるし、将校さんにシャラシャラ鳴る環が先についた鉄の杖で殴り倒される。それで逃げると土の壁の一部が急に下がって、鉄砲を置いて刀を持った兵隊さんが追って逃げた敵の背中を切り裂いて、戻って土の壁がまた上がって鉄砲を手にする。
親衛軍強い。その鈴が鳴っている限り戦列は崩れないらしいんだけど、でも敵の数が多い。何十人、何百人殺しても後ろから敵が乱れた列を整えに前に出てくる。
メノアグロ、マリオル、ヒルヴァフカの兵隊さん達だけでこの基地の兵隊さんの半分よりちょっと少なめ、えっと、三つの内の一個分? ぐらい。それがかなりあの光で減っちゃった。親衛軍の兵隊さんもずっと戦っていて疲れてるだろうし、自分達民兵の出番じゃない? もしかして。
……また敵軍の奇跡が始まる。
あれ? まただ。何で今分かったんだろ? と思ったら敵のお坊さんに兄弟姉妹が突然叫び出してバチンバチンと弾ける音が鳴って肉が弾けて血を噴出したり、湯気を上げて黒焦げになったり、煮過ぎたみたいに体が崩れていった。何だろう? おっかないね。
空を見ると将軍さんが翼を広げて飛んでる。あそこから地上の敵のお坊さんに兄弟姉妹に何か繋がってる? っぽい感じ。
奇跡とか魔術とかってヤツだね。将軍さん強い! でも最初からあれをやってれば兵隊さん達逃げなかったと思うけど、何でだろ?
今の変な奇跡か魔術で敵軍の動きが止まった感じ。変な悲鳴とか、なんかヤバい、みたいな声が聞こえる。
その動きが止まった時に親衛軍の兵隊さんが隊列を保ったままこっちに下がってくる。敵に背中を見せた。
その代わりに獣人さんの騎兵隊が左右から前に出て弓で矢を射る。
敵軍が前進を開始する。中でも左右から騎兵隊が先んじて、ちょっと音の違うラッパが鳴ってから『ギーダロッシェ!』と叫んで走り出した。
旗が付いた槍が並んでて、先頭に大きな旗があって風になびいてて敵だけどカッコいいかも。
一度前に出た獣人さんの騎兵隊が後ろに下がり始める。下がりながら敵の騎兵を矢で射って落馬させ、転ばせ始める。馬を走らせ、体を捻って後ろを向きながらやってる! すごい。
矢で射られ、残った土壁を跳んで越したり――失敗してぶつかって壁を砕きながら転ぶこともあるけど――敵の騎兵隊がどんどん進んでくる。馬の足音がこっちまで響いて揺れてる。怖いかも。
敵の騎兵隊の足がすごく速い。逃げる獣人さんの騎兵隊との差が縮んでる。敵のお馬さんが比べるとちょっと大きい。
敵の騎兵隊の先頭にいる偉そうな人が剣を掲げると、二つにその広がってた列の横の感覚が縮まって一つに密集する。偉そうな人と大きな旗の人が先頭になって、後ろに向かって広がる。ゼっくんと同じ三角だ!
親衛軍の兵隊さん達が空の堀に入る。そして戦う前にやってた作業の意味が今分かった!
兵隊さん達は空の堀の外側高いところ、中、内側の高いところに、基礎工事用の杭を尖った方を上に向けて並べた。穴は事前に掘ってあったから杭をそこに入れるだけ。はやい!
堀の中と内側の方で親衛軍の兵隊さんが待ち構える。
獣人さん達が逃げ切って橋を渡って土台に上がってくる。渡された橋が片付けられる。橋が片付けられた場所に杭がすぐに設置される。
射って減った矢を若い獣人さん達が、馬に乗ってる今戦ってきたばかりの騎兵さんに配る。見習いの人達だ。可愛いんだけど撫でようとすると怒る。
敵の騎兵隊がもの凄く近くなった。あっという間に近づいてくる。
そうしている内に外側の杭のところに、ミーちゃんが手伝った枝とか牛さんのうんことか燃料が積まれて、更にご飯にかけると美味しくなる油が撒かれる。
敵騎兵が凄く近寄って『ギーダロッシェ!』ってもう一回叫んだ。
着膨れの兵隊さんだけが堀の中に残って、燃料に火を点けた。一気に横へ燃え広がる。
堀の内側の高いところに移動した親衛軍の兵隊さんが鉄砲と弩で敵騎兵を撃つ、人が落ちて馬が倒れる。
敵騎兵が堀に来た。馬が怯えて立ち止まって、立ち上がって転んで人を振り落とす。止まらなかった馬は穴から杭を胸や腹に突き刺しながら掘り出す。
その後ろから来た騎兵は炎とか転げ回ってる人と馬を前に止まったり、進んで堀の中に飛び込んで杭で馬の腹が刺さったり破れたり、脚を折って転んでまた杭の尖ったところに当たり、刺さらなくても気絶かすごく痛がる。
中にいる着膨れの兵隊さんが大盾で槍を防ぎながら炎と杭で足が止まった敵の騎兵を焼き殺していく。
そうしている間にも敵騎兵が勢いのままどんどん堀に来て、仲間同士で踏み潰し合って、炎に怯えて止まったり、怯えないで進んで焼けたり、焼けたまま進んでその先の杭に足が止まって鉄砲で撃たれる。落馬したところを斧がついた槍で叩かれる。
カッコ良くて強そうで怖かった敵の騎兵隊が逃げ出した。すごい、大勝利!
「ズィブラーン・ハルシャー!」
『ズィブラーン・ハルシャー!』
親衛隊の兵隊さん達もそうだって拳に武器を上げて喜ぶ。
敵の騎兵隊はやっつけたけど、まだ無事で大勢残ってる敵軍が堀に迫る。枝とうんこと油の炎はだんだん小さくなって消えちゃった。
堀に戻って待ち構えていた親衛軍の兵隊さんが先に鉄砲で撃って敵を倒す。敵軍も鉄砲で撃ち返すけど、堀に体を隠している親衛軍の兵隊さんにはほとんど当たってないみたい。地面とか堀の後ろにある盛り土の土台の坂を銃弾で穿ってばっかり。
土台の上から獣人さんが矢を射る。音は派手に鳴らないけど、鉄砲を一発撃つぐらいの間に五本も六本も射ってたくさん敵をやっつけてる。鉄砲なんて要らないんじゃないの?
敵軍の後ろ方から低い音だけど大きい笛の音が鳴る。
獣人の誰かが何か叫んだ。それから言葉が分かる人が通訳して叫ぶ。
「ギーリスの海賊が到着だ!」
皆が喚声を上げる。味方が増えたんだ、やったね!
敵軍は前に進むばかりだったけど、奥の方の部隊が止まってそれから後ろを向いた。
敵軍の動きを見ていると見たことある顔があったような。
「あれ?」
敵の中にダラガンくんがいたような気がする。
土台から坂を下りる。
堀の中にいたり、堀の上で鉄砲撃ってる親衛軍の兵隊さん達は皆一生懸命。下りると鉄砲と枝とうんこと油から出た煙で良く見えない。
煙の中から誰か出てきた。ダラガンくん? じゃなくて敵だった。泣いた顔で銃剣を前に、ちょっと下向きに構えてる。
恐れず「えいやー!」と声を出して、力強く素早く前へ突く。その敵の胸に深く刺さった。目が合う。
「ダラガンくん知らない?」
「え……?」
そうして口から血をゴポっと吐き始めた。
突いたら同じだけ素早く引くと、刺した敵も一緒に近づいて「おわ!?」ってビックリして横に振って、それでも取れないからぐるっと一回転したら柄が折れた。
煙の向うのラッパの音が激しくなって、どんどん敵が現れて来た。鉄砲で撃たれ、矢で射られてバタバタ倒れるんだけど数が多いみたい。
槍が無い。どうしよ? 木槌置いてきちゃってる……そうだ!
「良いこと思いついた!」
今槍で刺し殺した敵の足首を掴んで、敵目掛けて恐れず声を出して「よいしょ!」と生きてる動く敵の頭を目掛けて振り下ろすと、骨が折れてゴキバキ、肉が潰れてグボって鳴ってべちゃっ! て感じに倒れた。
また素早く振り上げて「えいさ!」って振り下ろして別の敵をぐちゃっ! て倒して「ほいさ!」って横に振ると三、四人くらい薙ぎ倒して転ばせる。
これでもう武器にした足首が折れてだらんって下がって使い辛い。だから倒した別の敵の足首を拾う。
すごい、これでいくら武器が壊れても大丈夫! 修道院でお勉強したから頭が良くなったのかも!?
「うっひゃー!」
敵を叩き潰す。武器の敵と叩く敵がボギゴボ鳴って「ギャ!」とか「オゲ!」とか叫んですごい!
重さも丁度良いかも。千歯扱きの時もそうだったけどある程度重くないとなんだかしっくり来ないんだよね。
「もっと良いこと思いついた!」
別にやっつけた敵を使わなくても、やっつける前の敵を拾って叩けば良いんだ!
永遠になった姉妹のおばあちゃん、サニツァは頭が良くなりました!
銃剣はあんまり痛くないから怖がらないで鉄砲を掴んで、素早く引く。そうすると槍の時みたいに敵が近づく。
「女の子?」
「イスタメルの人?」
「う、うん」
「ダラガンくん知ってる?」
「どこのダラガン?」
ダラガンって名前の人はいっぱいいる。ダラガンくんのおじいちゃんもダラガン。
「私のダラガンくん!」
「知るかっ!」
「そうなんだ」
ベルトを掴んで引っ繰り返すみたいに持ち上げて、足首を掴んで振る。敵に当てる。
後ろから聞こえる軍楽隊の人達の太鼓に合わせてみよう!
ベッチン、ボギン、ゴッギン、ベチャ、グチャ、ギャー、グェ、色々鳴る。楽器みたい!
お祭りだ! 色んなところから笛とか太鼓とか知らない楽器が鳴って、皆わーわー騒いでる!
収穫祭の時の踊りっぽい! それより凄い! 皆戦争に行っちゃうの分かった!
ダラガンくんとかズルい! こんな楽しいの黙って行ってるなんてズルい!
「ズィブラーン・ハルシャー!」
『ズィブラーン・ハルシャー!』
親衛隊の兵隊さん達もそうだって喚声を上げて、鉄砲置いて腰から刀を抜いて堀から出て前に出る。
民兵の皆も参加! 一度逃げた兵隊さん達も参加!
刀で斬って刺す。槍で殴って刺す。銃剣で刺して、銃床で殴って、近くで撃つ。転がってる敵は踏んで潰せ!
足首が折れたら新しい敵を掴んで振って殴る。また発見! 右の足首が折れたら左の足首に持ち替える!
敵は奥の方にいるからどんどん前へ!
頭の上を矢が通り過ぎて敵に刺さる。後ろの方に、馬に乗って高い位置から頭越しに矢を獣人さん達が、見習いの子達も混じって射っている。
進んでいると敵が右にも左にも前に後にもいるようになっちゃった。
親衛軍の将校さんがお腹から腸を出して死に掛けてて、手には先端に果物みたいな塊とシャラシャラ鳴る環がいくつか付いてる鉄の杖を握ってる。これいいかも!
「ちょっと借りるね!」
将校さんはうっすら笑ってたから借りて良いみたい。
敵を見つけたら恐れず声を出して殴り殺す!
「うっひゃう!」
シャラン、ぐっしゃー!
「やっひゃー!」
シャラン、べっちゃー!
「うっりゃー!」
シャラン、ぼっぎょん!
鉄の杖超頑丈! 何回も敵の頭を砕いてるけど全然壊れる感じしない!
敵が鉄砲で防いでも鉄砲ごとへし折って頭が潰れちゃう。
「君に決めた!」
指差してこれから殺す相手を指名すると、何てその相手がすごくびっくりする。大発見!
それから頭をシャラン、どごん! って潰すと周りの敵もなんだかびっくりしているみたい。
アタナクト派の兄弟姉妹みたいな人達はまだある程度生き残っている。
フラル語で、おっちゃんと四人のお兄ちゃんが跪いて手を合わせて拝んで何か自分に喋る。生地が良いし、何だかちょっぴり尊敬されるので修道女の服はまだ着ているし、動きやすいから裸足。話しかけやすいかもしれない。「聖なる神のご加護を」「ご慈悲を垂れ給う」とか言って命乞いをしているみたい。
参った、って言ってる人は助けないとダメっぽいよね。でもどう助けたら良いのかなって思って、顔真っ赤にして手に旗を持ってるルリーシュさんがいたからこっちこっち! って手招き。
「ルリーシュさん! この人達参ったって!」
「捕虜か!」
そして返り血も無くて歩いてただけっぽいのに肩で息をしているルリーシュさんが民兵を集めて兄弟姉妹みたいな人達を囲ませる。
親衛軍の兵隊さん達はどんどん前に進む。
兄弟姉妹みたいな人達が「聖なる神の決して破られぬ誓約の下で我等を永遠に守り給え」って言った。あれ? それって死んだ時のお話だよね。もしかしたら違うかも。
「ルリーシュさん待って!」
「え、何だ?」
何とかフラル語を繋げて「破られぬ誓約、する、したい、汝等?」って喋るとこの人達、泣きながら大きく頷いた。
「そうなんだ!」
鉄の杖で順番に左からその兄弟姉妹みたいな人達の頭を「一、ニ、三、四、五!」シャラランって粉砕!
「ルリーシュさんあのね! この人達死にたがってたんだよ! そんな感じで言ってた!」
頭を潰した時の血と脳みそが顔に掛かったルリーシュさんが座りこんでしまった。
「およ? どったのルリーシュさん」
目の焦点が合ってないし、口が利けなくなってる。
「かわいそう、びっくりしちゃったんだね」
初めて家畜を解体するのを見た子の中には気が遠くなる子もいる。しょうがないよね。
囲んでる民兵の人達もどうしよう? ってなってる。
「とりあえず皆、敵をやっつけよう!」
敵がいる奥の方を鉄の杖でシャランって指す。親衛軍の将校さんも命令する時に杖をこんな感じで使ってた。
残る敵はたぶん、あと少し?
女の人の高い笑い声が聞こえてくる。
裸みたいな格好の髪のすっごい長い女の人が両手に刀と斧を持ってすごい勢いで笑いながら敵を殺している。敵軍の後ろからやって来た援軍の人達の先頭に立ってる人だ。
髪の毛引っ張られないかなって思うけど、髪の毛に短剣付けてて、それで頭振って敵の首を切って血を噴上げさせてる。
敵に囲まれるとすっごい変な声を出す。近くで聞いた敵はびっくりし過ぎ? で倒れる。倒れたままの敵もいる。
この女の人が見えてくるぐらいになったらもう敵軍は散り散りになって逃げちゃった。獣人さんの騎兵隊が走って逃げる敵の背中を刀で斬ったり矢で射ったりし始めた。
その女の人、体中から血が滴るぐらい血塗れで凄く機嫌良さそうに笑って――目が大きくて笑顔がとっても可愛いの!――近くに来た時に敵をいっぱいやっつけた鉄の杖をシャランってかざして見せたら頭撫でられちゃった。
「えへへ」
それから血塗れだけど強いお酒の入った瓶もくれた。良い人だね。
■■■
この戦いの後に死体を焼いて埋めながら聞いたんだけど、二日前の日付で魔神代理領と神聖教会が講和条約ってのを結んだって早馬の連絡で来たよ。聖皇様も代替わりしたんだって。
条約を結んだ日付はオトマク暦千七百六十四年第七”聖レミナス”月七日でズィブラーン暦三千九百八十二年九月三十日。
だから今日は?
「ミーちゃん、すーがく!」
「聖暦千七百六十四年、第七月の九日。魔暦三千九百八十二年、十月の二日」
だって!
条約締結日
オトマク暦/聖暦
1764年 第7”聖レミナス”月7日
ズィブラーン暦/魔暦
3982年 9月30日
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