第228話「はーい!」 サニツァ

 フラル語のお勉強を毎日している。姉妹のおばあちゃんが先生になって、他の兄弟姉妹ともしている。

 勉強は三つで、読み、書き、会話。

 ”本は印刷出来るようになって安くなったけどまだまだ高級品だから大事に扱いなさい”って先生が言う。

 本を読む時は手袋をして、くしゃみとか咳をして汚さないように口と鼻を布で覆う。頁をめくる時はゆっくり、破かないようにする。近くで蝋燭を灯さない。日の光に当てない。開いた本の前で喋らない。読書用の手袋で床や壁に本以外の物、目や鼻や口、脇や陰部を触らない。とにかく大事にしないとダメ。

 聖典のお話も読めるようになると面白くて、頑張った聖人さん達を「えらい!」って褒めてあげる。

 字の練習は砂を入れた木の枠を使って、筆の大きさの木を使う。ちゃんと真っ黒い、筆に乗せても薄くならないような墨と、字を書く紙は高いから砂と木。村でお絵かきするのと一緒。

 これで先生の顔を描いたら鞭で手を叩かれた。痛くないけど怒った先生怖い。”真面目に勉強しなさい”って言うの。

 フラル語の発音は難しい。イスタメルの言葉とかなり違う。一緒の言葉は少しあるけど違う。

 でもヒルヴァフカの言葉には似てる。大昔、聖戦軍の兵隊さん達がたくさんヒルヴァフカの土地に長くいて、その時の公用語のフラル語に似たんだって。

 毎日先生が一生懸命教えてくれるから少しずつ覚えた。この前、先生に手伝って貰ったけど、フラル語の聖典の創生の序章って言う、神様がこの世界を創ったって凄い話をフラル語で口に出して読んだらすっごく褒められた。

 聖皇様のいる聖都に行けるようになれば、私とミーちゃんだけじゃなくてダラガンくんも、将来生まれるかもしれない赤ちゃん達も毎日ご飯が食べれる上に、藁じゃなくて羽毛!? が入った布団で寝られるんだって! すごい、お貴族様みたい。

 フラル語を覚えて、神学を勉強して、この強い力を教会のお役に立てられればそうなるんだって。


■■■


 いつも星を見ている兄弟のおじいちゃんが起床の鐘を鳴らす。お日様が出ていなくても星を見ると時間が分かるんだって。すごい!

 修道院だとおじいちゃんでも兄弟、おばあちゃんの先生でも姉妹なんだって。神は親で、人間は皆その子供だから兄弟姉妹。でも一緒に働いている妖精さん達は違くて、牛とか羊と同じなんだって。何か変だよね。

 暗い内から教会の鐘が鳴ったら皆起きて、修道服に着替えて顔を洗って礼拝堂に集合する。それから夜明けまでお祈り。

 目を閉じて、お腹でゆっくり、鼻から出す息と吸う息の速さを一緒に。そして神様に畏敬を持って静謐を祈れば良いんだって。難しいね、意味分かんないや。

 ちっちゃい子はお祈り中に寝ちゃう。寝ると手を鞭で叩かれて怒られる。

 それからお日様が出て空が明るくなったら朝ごはん。

 その前にまたお祈り。今度は食べ物とか、家族とか知らない人がお腹いっぱいになれますようにって祈る。大賛成!

『聖なる種を世にお蒔きになった神よ、今日も平穏で安らかな一日を過ごせますように。そして昨日のように今日も朝餉に貴方のお恵みに預かることが出来ました。感謝の祈りを致します。この朝餉を祝福して下さい。この朝餉が体と心の糧となりますように。これからも家族、友人、知人、見知らぬ人々にも糧がありますように』

 パンとチーズ、野菜汁。蒸かし芋、果物、木の実が日替わり。そして毎日肉が無い!

 兎とか鹿、鳥にネズミも獲ってきちゃダメなんだって。修道の兄弟姉妹は肉食禁止で卵もダメなんだって。卵から雛が生まれる。

 でも毎日食べられるから幸せ。うんこ集めて虫を誘き寄せて食べるより全然いい。

 でもやっぱり肉が無い。外で狩りに出てもいい? って聞いたらダメって言われた。

 羊と牛を飼っているけど乳を採って毛を刈るためにいるのであって肉食のためじゃないんだって。雄とか歳をとった家畜は売りに出されてお金になる。

 ビールもワインも無い。酒精は蓄えを失い、精神を乱し、人間の心と体を堕落させるんだって。代わりの飲むのは水かお湯。キノコや香草をお茶にすることもある。


■■■


 朝ごはんを食べて片付けたらお仕事の始まり。昼は暑くて疲れちゃうから涼しい朝から仕事をしておかないと倒れちゃう。

 今は夏の麦の収穫時期! ご飯を畑からいっぱい集める。

 全ハゲの院長さんはいっつも出かけてて忙しいみたい。

 先生は料理長さんでもある。美味しいご飯をたくさん作ってくれる。

 修道士の男の人達、兄弟達は武器を持って見張りについてるからあまり畑仕事を手伝ってくれない。盗賊がいっぱいいて、修道院を襲おうとするんだって。住んでいた村は旅人を襲うことはあっても襲われることは無かったかも。

 特にマリオル人の盗賊は怖くて、男の人は全部殺して女の人は皆誘拐しちゃうらしい。酷いよね。

 修道女の女の人達、姉妹達は鎌を使って麦を刈って集める。

 それから村では見たことないけど、耳の形がちょっと尖ってる子もいる妖精さん達が刈った麦を集めて並べて日に当てて乾かしてる。刃物とか武器になる物は持たせたらいけないんだって。皆素直で良い子で可愛いのに何でだろうね?

 妖精さんは一杯真面目に働く。それなのに食べ物がちょっとしか貰えないみたい。こっそり動物を狩ったり山菜を採ったり、狼や猪のフリして食べ物を集めているのは内緒にしてあげてる。

 自分の担当は脱穀と、仕事中に飲む皆の水を汲んでおくこと。力仕事だから楽勝だね。

 井戸から汲んでいたら時間がかかるし、他の兄弟姉妹が洗濯とか掃除に使っているから近くの川まで、村にいた時と同じに樽を持って走っていって汲んでくる。樽一つで皆が飲む分が集められる。

 まずは千歯扱き。台にある足置きを踏んで動かないようにして、櫛みたいな歯に乾かした麦の束を、「わっしょー!」振りかぶって叩き付けて、それから引っ張って「ばっさー!」って穂を落とす。髪にいる虱を櫛で落とすのと一緒。

 落とした穂がいっぱいになったら今度は短い棒と長い棒を縄で繋いだ殻竿で「うっひゃー!」って叩いて脱穀。脱穀は昔から得意。

 脱穀して殻から出てきた実はミーちゃんだとか、ちっちゃい兄弟姉妹が拾って集める。

 ちっちゃい子達はまだ足の裏の皮が厚くないから外であんまり歩き回って働けない。皮が剥げて怪我しちゃうと病気になって死んじゃうかもしれないんだって。

 この修道院、ノミトスさんの教えだと裸足じゃないといけないから靴が履けない。慎みと清貧、神様への服従、俗世との決別? とか色々理由があるみたい。冬になると凍傷になっちゃうから足に布を巻くけどね。

 それとミーちゃんはヒルヴァフカ人で、魔法典礼教会とかいう宗派に属しているかもしれないってことでここのノミトス跣足修道会派に改宗した。

 外からパンパンって鉄砲の音が鳴る。

 肉は食べないから猟をしてるわけじゃないよね? でも猪とか狼を撃つことはあるから珍しいけど、そこまで珍しくない。

 皆も何の音だ? って働く手を止める。

 教会の鐘がガンガンぶっ叩いて鳴らされる。

 自分もこの前「おもしろーい! 耳へーん!」ってやったら凄く怒られた。兄弟のおじいちゃん大丈夫かな? 怒られちゃわない?

「襲撃だ!」

 兄弟が走りながら叫んでいる。

 何か畑の方が明るい、と思ったら燃えている。畑仕事をしている姉妹達や妖精達が逃げ出す。炎を背に黒く見える。

 黄色っぽく育った麦が燃えて渦を巻いている。うわぁ、勿体無い。食べれば良いのに燃やすなんて何考えてるの?

 松明を持った兵隊さんが馬に乗って走っている。

 習ったフラル語で少しだけ聞き取れる。「ノミトス」「背信」「悪魔」だって。

「中に逃げて!」

 畑から姉妹がやって来てすごいキンキンした声で叫ぶ。

「皆、中に戻ろー!」

 修道院を指差す。

「はい!」

 ミーちゃんが先頭に立ってちっちゃい子達が修道院に走り出す。

 キンキンした声の姉妹が、馬に乗った兵隊さんに松明で頭を殴られて倒れる。

 それから脱穀に使っていたこの小屋に火が点けられる。

「あれどうしよ!?」

 修道院から妖精さん達の小屋にまで火が掛けられていく。

 あ、そうだ! 妖精さん達は、理由はわかんないけど全員一度に外に出ないようにされていたんだった。

 畑から戻って来た妖精さん達が小屋の扉を開けようとするけど鍵が掛かってる。

 次に妖精さん皆が縦一列になって、勢いをつけて体当たり。扉はビクともせず、直接当たった妖精さんは崩れ落ちる。うわ、痛そう。

 労働時間外は小屋に閉じ込められている妖精さん達を助ける。

「どいてどいて!」

 蹴ったら扉に足が膝まで刺さった。

 足を抜いて両手で「バン!」って叩いたら扉の上半分が崩れた。

 内側に手をかけて引っ張る。扉取れた!

「皆、中に戻ろー!」

 修道院を指差す。

「助かったぞ人間。我々にその必要は無い」

 妖精さんなのに何か頭良さそうな妖精さんが喋った。他の妖精さんって皆、ニコニコ笑うワンちゃんみたいなのにね。

「全隊、機を見て装備を奪う。第二作業分隊、奪取した装備は?」

「は。四股鋤六本、長柄鎌三本、穀竿二本。尚、扉の開放時に一名戦闘不能」

 小屋から出てきた妖精さん達も合わせて、一、二……十人以上? 指足りない。

「十四人か。第一、五名。第二、四名。第三、五名の三個戦闘分隊に分ける。鋤を二本、鎌を一本ずつ分けろ。人数が少ない第二分隊が殻竿を一本使え。はぐれた敵を優先的に狙え、勝てない戦いはするな」

『はいゼクラグ隊長!』

「たいちょー?」

 火を点けて回っていた兵隊さんが馬を走らせこちらに、刀を手にやって来る。

「人間、使え」

 隊長さんが殻竿を寄越した。

「使う?」

「あれは火を点ける悪い奴だ」

「悪い奴!」

 悪いことをしたら手を叩く。兵隊さんの腕を打つ。

 妖精さん達が四股鋤を馬に突きつけて足を止め、鎌を兵隊さんに引っ掛けて落とす。

 自分が打った兵隊さんの腕は肘が増えたみたいに曲がっていた。

「頭を狙え人間。敵の頭を脱穀しろ」

 そうか!

「人間、敵を殺せ!」

「はーい!」

 殻竿で頭を叩く。砕け散った。すごい!

 血と脳みそが頭から飛び出て、骨がめちゃくちゃ。面白い! 良い匂いする! 脱穀よりめちゃ面白い! でもずっと使っていた殻竿だから折れちゃった。力入れ過ぎちゃった。

「きゃっはー!」

「いいぞ人間。その調子で敵を殺すぞ」

「敵を殺す?」

「叩き殺すんだ。奴等はお前や仲間を殺して犯して火で焼こうとしている。絶対に許すな」

「ゼクラグ隊長の言う通り!」

『言う通り!』

 妖精さん達がそう言う。そうかもしれない。

「そうなんだ!」

「倉庫を荒らすネズミは殺す。作物を荒らす虫は殺す。そうだな?」

「うん!」

「じゃあ家と家族を荒らす敵は?」

「殺す!」

「そうだ。お前にはその力がある」

「そうだよね!」

 妖精さんのこと馬鹿とか言っている兄弟姉妹がいたけど全然違うね!

「でも竿折れちゃったね」

 隊長さんが頭を潰した敵から刀と拳銃を取る。

「お前なら素手でも大丈夫そうだが、まず折れた竿でなんとか……」

「そうだ!」

 脱穀していた小屋に、ちょっと燃えてるけど戻って千歯扱きを持ち上げる。

「よし!」

 隊長さんに持ち上げた千歯扱きを見せる。大きい、重い、強い。

「どうだ!」

「衝撃力はある」

 それから妖精さん達が農具を持って、建物や茂み、畑の陰に隠れては敵を、一人に対して五人がかりで囲んで一斉に襲って打ち殺す。順調に敵の鉄砲や銃剣、弾薬を手に入れる。

「行け人間」

「がおー!」

 妖精さん達が敵の相手で手一杯な時、隊長さんの指示で自分が一人で別の敵に突っ込んで千歯扱きで「脱穀!」

 グッチャー! て潰す。

 すごい! 首の根元から刃が入って、胸の骨全部折れてお腹まで裂けて内臓がドバっと出た!

 敵が皆、こっちを変な顔で見てる。おおー、なんだこれ?

「あいた!?」

 鉄砲でパンって撃たれた。おでこがジンジンする。

 もう一発、千歯扱きに当たった。何ともない。

 追いかけて「待てー!」逃げる敵を千歯扱きで「脱穀!」ドッチャー! て潰す。背中から肩の骨に引っかかって、そのまま振り下ろし切ったら腕がもげちゃった! 蟻みたい! もごうと思わなくてももげちゃうんだよね。

 男の人なのに敵の兵隊さん達がなんだか女の子みたいに悲鳴を上げて逃げていっちゃう。

 そんな風に、妖精さんと違ってバラバラに修道院にやってくる敵を殺し、装備が揃ってきてから兄弟達が警備していた修道院の敷地との境界線まで行く。

 そして倒れている兄弟から武器を拾う。こうしてあっという間に妖精さん達が鉄砲持ちの兵隊さんになった。

 鉄砲で撃たれたおでこがブヨブヨする。おっきいたんこぶ? 返り血でよくわかんないけど血も出てるっぽい。

 もう敵はいないかな? と思っていたら少し遠くの方から旗が見えて、ラッパが鳴っている。

 旗が左右に分かれて動いている? 三本?

「隊長さん、敵はまだ一杯いるの?」

「今までのは威力偵察部隊、次は本隊が包囲機動の後、多正面同時攻撃を仕掛けてくる。全隊後退、修道院を頂点に三角方陣整列。進め」

 隊長さんの支持で妖精さん達が三角に、燃える修道院に天辺を向けて並ぶ。

「同胞諸君、期が来たぞ。勝って奪った武器を土産に親分に会いに行こう」

『おー!』

 妖精さん達が腕を上げる。

「えと、おー!』

 ちょっと遅れたけど自分も上げる。

「国歌斉唱」


  我等が父マトラの山よ

  我等が母マトラの森よ

  我等はこの地の子、この地より湧く乳を飲む

  二つを永久に結ぶ緒は切れない

  幾万と耐えてより、銃剣持ちて塹壕から出よ

  死すともこの地に還り、我等が子孫に還る

  永遠の命、何を惜しまん突撃せよ!

  永遠の仇、何を怯まん突撃せよ!


 妖精さん達が可愛く合唱している内に敵がやって来た。

「待ち構えているところに素直に来てくれるものだ」

 隊長さんが鼻で笑った。人のこと鼻で笑ったらダメだよってお母さん言ってたなぁ。

 修道院右手の方から敵の集団が来る。槍を持った敵が先頭に、後ろに鉄砲を持った敵が十人くらい横に肩を並べている。

「第一分隊、構え」

 三角の一つ、妖精さん五人が肩を並べ、一斉に鉄砲の撃鉄を上げ、構えて銃身を揃える。

「狙え」

 妖精さん五人が脇を絞って顔をしかめて狙いをつける。

「撃て」

 隊長さんの刀を振り下ろす号令、撃つ直前に妖精さん五人がギュっと目を閉じる。あれで閉じなくて目が潰れたおっちゃん知ってる。

 発砲、火と煙、槍を持った敵と鉄砲を持った敵が二人、三人が倒れた。あと十人くらい?

「任意射撃開始。人間、今撃った奴等の生き残りを殺せ」

「そうだ! わたし、サニツァだよ!」

「ではサニツァ、今撃った奴等の生き残りを殺せ」

「はーい!」

 こちらが右手の敵に千歯扱きで突っ込むと同時、修道院左手の方から別の敵の集団が現れる。

「第三分隊、構え」

 三角のもう一つ、妖精さん五人が肩を並べ、一斉に鉄砲の撃鉄を上げ、構えて銃身を揃える。

「狙え」

 妖精さん五人が脇を絞って顔をしかめて狙いをつける。不貞腐れた子供みたいで可愛い。

「撃て」

 隊長さんの刀を振り下ろす号令、撃つ直前に妖精さん五人がギュっと目を閉じる。

 左手向きの妖精さん達が鉄砲を一斉に撃つ。列を揃えながら早歩きで進んで来た敵が何人か倒れて乱れる。皆くっつくの好きだよね。

 右手向き、こっちと同じ向きの妖精さん達が揃えないで撃ち始める。何か、弾薬を鉄砲に入れる手捌きがすごく早くて職人さんみたい。

 正面の敵から何回か撃たれる。体に当たるとすごく痛い。

 脛に当たった、転んで地面に千歯扱きを叩きつけた。起き上がる。

「酷い! 痛いこの!」

 走って千歯扱きを片手で横に振る。一人目の頭が潰れ、二人目の頭に歯が刺さったまま振り抜いて、三人目の顔を剥ぎ取る。

「お返しだ!」

 敵が刺さったままの千歯扱きを振り回す。四人目の肩から胸まで潰す。歯が一本曲がる。

 五人目の背中を抉って骨と内臓が出る。二人目の頭が割れて抜ける。

 妖精さんの鉄砲でもう三人、四人と倒れた。

 逃げる敵があと三人! もう背中を見せて走ってる。

「サニツァ、追わなくていい! 今度は反対の奴等を殺せ」

「え? はーい!」

 隊長さんの言う通りにする。もう逃げたから喧嘩はこっちの勝ちだってこと?

 左手向きの妖精さん達が鉄砲を揃えないで撃っているけど一人倒れている。敵は右手側と同じくらいの人数で、今は三人以上倒れている。

 妖精さんは撃つのが早い。敵はたぶん遅い。こっちに進んでくる間に何回も撃たれて倒れるし、敵の隊長さんがその間に倒れると皆どうしていいか分からなくなっちゃうみたい。

「あ、隊長さんのお名前は?」

「ゼクラグ」

「はーいゼっくん!」

 自分は撃たれてもすごく痛いぐらいなので突っ込む。痣にはなってそう。

 歯が曲がって内臓が絡まっている千歯扱きを振り上げて走る。

 次の正面の敵がフラル語で何か言うけど「悪魔」と聞こえた。酷いよね。先生には”とりあえず敬虔なのは褒められることです”って言われたのに。

 お腹痛い、腕痛い。撃たれた。

「うー!」

 走っている間に敵が妖精さんに撃たれて倒れる。

 妖精さんの鉄砲が上手なのか十人くらいの敵が半分くらいに減ってる。すごいね!

 敵が銃剣を揃えて突き出した。千歯扱きで斜めに振り払って、前へ踏み込み、返す振りで敵の胸を潰して腹を開いて歯が掛かって内臓を引きずり出す。

 修道服に銃剣が刺さって絡まる。あんまり痛くない、チクチクする。つっついて来た敵の頭を千歯扱きで殴る、バッチャーン! て果物潰したみたいに潰れた。

 残る敵に近寄って、千歯扱きを振り上げて叩く。頭が潰れて胸まで割ける。潰れ方が面白くて、顔が抉れて落ちた。お面みたい。

 左手の敵も逃げ出した。妖精さん達がその背中を撃って、当たったり外れたり。

「んふー! んふー!」

 息が荒くなって止まらない。心臓がバクバクしてる。初めてダラガンくんにおっぱい触られて口を吸われた時みたい!

「サニツァ、追わなくていい!」

「千歯扱き、つよい!」

 千歯扱きを振り上げてゼっくんに見せる。どうだ!?

「正面から来る敵にその強さを見せてやろう。第二分隊、構え」

 修道院正面の方からも敵の集団が坂を上って来ている。左右から来た敵より数が多いと思う。先頭の、馬に乗っている偉そうな人が励ますように声を上げている。何か頑張ってる感じ。

 三角の一つ、四人の妖精さんが肩を並べ、一斉に鉄砲の撃鉄を上げ、構えて銃身を揃える。

「狙え」

 妖精さん四人が脇を絞って顔をしかめて狙いをつける。この時に脇くすぐったらどうなるかな? ゼっくんに怒られちゃうかも。

「撃て」

 隊長さんの刀を振り下ろす号令、撃つ直前に妖精さん四人がギュっと目を閉じる。

 一斉発射、敵が四人倒れた。

「全部当たった! 上手!」

「第二分隊基準、横隊整列」

 妖精さん達が隊長さんの声に合わせ、正面を向いた一列になった。一人撃たれて倒れたから十三人の横列だ。

「全隊、構え」

 十三人が肩を並べ、撃鉄を上げて鉄砲を揃えて構える。動きが揃っててカッコいいね!

「引き付ける。狙い続けろ」

 すぐに撃たない。

「サニツァ、敵にもいだ首でも投げてやれ」

「はーい!」

 いいのがある! さっきお面みたいに抉れた敵の顔だ。

 洗濯板って投げると面白いんだけど、風切るみたいに投げると良く飛ぶ。

「これでもくらえ!」

 抉れた顔もそんな感じで敵に投げた。列を並べて前進してくる敵の中に入って、何か騒ぎ出し始めて歩く足が乱れた。皆くっついて歩いているからそれで足が止まった感じになる。

「撃て」

 十三人の妖精さんが一斉発射。全部当たったわけじゃないと思うけど敵の列がドっと崩れた。

 馬に乗った敵の偉そうな人には当たりそうで当たらない。まだ元気に「進め」って感じで叫んで手に持った三角帽を振っている。

 死んでるっぽい敵、死んでないけどお腹を押さえて叫んでもがいている敵を乗り越えて残った敵が前に進んでくる。お化けが怖いけど誤魔化したい子みたいに「アー! アー!」って叫びながら前に進む。

 妖精さん達が鉄砲に弾薬を入れている。早い。

 十三人が入れ終わってからゼっくんが「全隊、構え」と言う。

 敵は半分以上が倒れてしまっているのに前進を止めない。鉄砲持ってるのにかなり近くにまで来ようとしている。そして「聖なる神よ我を守り給え!」と唱えている。修道院襲ってるくせに変なの。

「構え」

 十三人が肩を並べ、撃鉄を上げて鉄砲を揃えて構える。不思議なくらい動きが皆一緒。練習したのかな?

 敵の列が止まった。遠くにいた敵が前より近づいて、変な顔をしてこっちを見ている。列を組み直している。

「狙え。左端から敵の右端を狙え。順に狙撃しろ」

 十三人が狙う。たぶん、これで敵全員に当たる。

「一射目、撃て」

 左端の妖精さんが撃つ。敵の右端、列を組み終わったところを撃たれて倒れる。弾薬を入れ直す。

「二射目、撃て」

 左から二番目の妖精さんが撃つ。敵の新しい右端より一人ずれ、その右肘に当たる。袖から前の腕がボトって落ちる。腕が落ちたのにビックリして暴れてせっかく並べた列が崩れる。

「三射目……」

 それから四、五、六と続き、距離が近いこともあるみたいだけど、狙いの敵から外れることはあってもとにかく敵に弾が当たる。体のどこに当たっても皆凄く痛そうに苦しむ。倒れたり立ったまま暴れたり。

「七射目、指揮官を狙え」

 左から七番、大体真ん中の妖精さんが撃つと、カン! って鳴って馬に乗った偉い人がちょっと仰け反った。無事みたい。だけど偉い人、顔が分かるくらいに泣きそうになって馬を反して逃げようとした。

 それを見た敵が列を崩してワっと逃げ出した。

 これで終わり?

「崩れた! 全隊突撃前へぇ!」

 ゼっくんが刀を振り上げて走り出す。

『ワー!』

 妖精さん達も銃剣を構えて走り出す。

「わー!」

 自分も千歯扱きを振り上げて走る。

「殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

「全部殺せ!」

 崩れた敵の背中を追って千歯扱きで潰す。

 銃剣先を前に向けて走る妖精さん達が敵を突き刺し、まだ撃っていなければ至近距離で撃つ。銃床で殴り倒してから顔がグチャグチャになるまで殴って潰す。胸がボキンって鳴るくらい踏みつける。

 馬に乗った偉そうな敵が一番に逃げる。

 ゼっくんが拳銃で狙って撃ち、外れた。下手っぴ!

「そうだ!」

 千歯扱きを振り回して勢いつけてから「ぶおーん!」投げる! 馬に乗った偉そうな敵に当たって落ちた。落ちた敵に妖精さんが近づいて銃剣で首を何回も刺した。

「全隊、第二分隊基準、三角方陣整列」

 そしてゼっくんの指示で元の並びに戻った。妖精さんすごい! 渡り鳥みたい。

「弾薬を装填していない者は装填」

 また素早く妖精さん達が弾薬を鉄砲に入れる。

「回れ右、前へ進め」

 三角のまま、尖った方を修道院に向けて歩き出した。

「サニツァ」

「なーに?」

「いや、何でもない」

「ふうん?」

 ゼっくんどうしたのかな?

 修道院に戻ると風に火の粉が運ばれて降ってきている。

 あれ? 何か忘れてる気がする。

 ゼっくんが周囲を見渡し「うむ」とか唸る。真似して自分も「うむ」って言ってみる。

「第一分隊物資回収開始、火薬を最優先とする。第二分隊、周辺警戒。第三分隊、移動車両確保。各分隊作業に移れ」

『了解!』

 妖精さん達はゼっくんの指示で、敵の武器とか食堂の倉庫の食べ物とか集めて、牛に車を繋いで載せ始めた。

 何だか凄く手際が良いね。兵隊さんみたい。

 何だかお腹が空く匂いがする。焼肉? 修道院では肉が出ない。

 修道院だけど燃え盛ってる。おっきい焚き火みたい。

 あれ、ミーちゃん?

「消さないと! 消火だ!」

 樽に水を汲んで修道院の火を消火する。熱くて中に入れない!

 火事の時は建物を潰すのが早いんだけど、人がいる時に潰すと中の人も潰れちゃう。

 何回も往復して水を撒いて消す。

 礼拝堂は焼けて屋根が崩れていた。下にいた男の人達は焼けていないけど潰れて死んじゃった。

 倉庫に隠れていた女の人達は皆、怪我は無いみたいだけど苦しそうな顔をして死んじゃってる。手を合わせて神様にお願いしてたみたいだけどダメだったみたい。何でだろ?

「生きてる人いたら手ーあげて! はーい!」

 自分以外あげる人がいない。

 ドンドンって鳴る。ちっちゃい子達の高い泣く声がする。

 足元、倉庫の床下には穀物庫があるんだった。

 床を空けるには鉤を引っ掛けて開けるんだけど、どこにあるか分からないから指を引っ掛けて開ける。簡単じゃん!

 ちっちゃい子達が服に麦粒付けてわっと出てくる。

 一、二、三……八人、全員、ミーちゃんもいる。

「サニャーキ!」

「ミーちゃんやっほー!」

 ミーちゃんが飛びついてきた。

「おーこわかったこわかったねー」

 ちっちゃい子達が泣きながら集ってきた。

「えーと、そうだ! ご飯もう一回食べよう! お腹空いた!」

 お腹空いた! 血の匂い嗅ぐとお腹が空くよね。

 ずっと肉食べてないし、食べたいなぁ。今なら怒る兄弟に姉妹もいないし。家畜に手、出しちゃおうかな?

「肉なら腹一杯食えるぞ」

「ホント!?」

 そう、ゼっくんが言った。

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