第225話「その題名は」 ベルリク
バシィールに帰還。何分大軍での遠征だったので完全な引き上げはまだだ。
”シトレ大粉砕”と”死者の壁”の絵画が完成。額縁に入れ、総統執務室へ繋がる廊下へ飾った。画家がノリノリだったようで出来が良過ぎる。訪問者が吐き気を催すぐらいだ。マトラ奪還時に何か描かせれば良かったと後悔してしまう。
そんな歴史が始まったばかりの廊下を抜けて総統執務室に入れば新しいお友達に出会える。
ロシエ王セレル七世、ロシエ国防卿プリストル、ビプロル侯爵カラン三世である。バルリー大公――名前忘れた――も寂しがっていた。
バルリー共和国の将軍格には大した奴がいなかったが、大国ロシエともなると将軍級でも元首に匹敵するような価値を醸す。
残念なことにフレッテ侯爵ウィベルの遺体は、一応は確認されたが砲弾で他の者とごちゃまぜになって原型を止めていなかった。残念。
この三人は剥製になっても溢れる霊力が感じられる。バルリー大公の剥製なんて他を汚しかねないヘッポコぶりでジジイの小便級。まあ、最前線でカッコ良く戦って死んだ武人と比べるのは可哀想か。
次はここにサウ・ツェンリーなど欲しいな。女の剥製もあれば華やかになる。
総統に回される書類の決裁は基本的に秘書局長のルサレヤ先生が捌いており、捌くに当たって必要な資料や情報集めは平の秘書達がやっている。そして最終的に総統の権威付きの花押が必要なごく一部の書類だけが手元にやってくる。自分はそれにちょちょいと花押を書いてお終い。アクファルに雑事をお任せしていた時すら書類仕事は楽をしていたのだ。今はもっと楽。
本日の仕事を百数えることも無く終わらせてから新聞を読む。
ロシエが帝政を宣言。ルジュー一世は国王ではなく皇帝を名乗って聖皇と決別、という記事が一面。
ロシエと聖戦軍の停戦合意は事実上守られつつも予定されていた講和会議に至らず、両軍国境で睨み合っているらしい。一方でユバール内戦はランマルカの侵攻で大激化しているという。
聖戦軍の諸侯、特にバルマンとガートルゲン以外の連中が頼りにならないので再戦する力も無いようだ。その頼りの両国も既に我が軍が使って損耗し、国土防衛戦ならともかく侵攻計画に動員出来る状態ではない。聖女ヴァルキリカも己の軍の弱さに頭を抱えているだろう。
グランデン大公国中心の旧中央同盟がやる気を出せば軍事行動を取れるだけの物量は確保出来るだろうが、出していないのだからどうしようもない。
今聖女が考えているのは勝つことではなく負けないことだろう。今攻撃をすればロシエ軍に返り討ちにされることは明白だ。バルマン一国相手に返り討ちにされたのに、そのバルマンを身体の一部としていたロシエ相手では勝てるわけもない。
ここは守りを固め、ロシエに攻撃をさせないことが重要。ロシエも数えるのが面倒なくらい政変を繰り返して疲弊しているので攻撃はしたくないはず。前線の将軍が命令を無視して攻撃を始め、なし崩し的に停戦合意破棄とならないように注意を払い合うのがお利口さん。今は、おそらく非公式な場で講和会議の準備をしていると思われる。
我々が引き出したロシエの霊力、半端なものではなかった。あの人口を搾り出せる総力戦が出来る魂を持つ国は神聖教会圏にバルマンとガートルゲン、エデルト=セレードくらいしかないだろう。他の国では耐えられない。
聖女ヴァルキリカ主導の”みなし神聖同盟”が強大になり過ぎるのは歓迎できない。怪物と化したロシエに釘付けにされて貰う必要がある。
みなし神聖同盟にはしばらく麻痺して貰わないといけない。龍朝天政への東征を間も無く開始するのだ。非正規軍がウルンダルの新世襲宰相の指揮で、畜害風で弱った遊牧勢力を侵攻中なのでもう始まっていると言えばいるが。
新しい戦争が始まった。そしてロシエ帝国の誕生により将来の強敵が誕生し、それに触発されて平和や温い戦争に寝ぼけていた神聖教会圏も目覚め始めるだろう。
良いぞ。常に戦争が出来る状態にある。つまらん平和は自分が死んだ後に訪れればいいのだ。
「お兄様」
アクファルが少々急ぎ気味に入室。
「どうした?」
「時間です」
アクファルが額に拳を付けて”反省しろ”だと?
「あっ! くそ、忘れてた」
■■■
道端の冬の枯れ草に春の緑草が混じる道を小走りに行き、野外劇場へ。
既に楽団が劇の序曲を演奏し、終盤の盛り上がる場面に入っている。劇場の客席には妖精がたくさん、人間とチェシュヴァン族が少しいて満席。立ち見客もいれば、劇場向かいの建物の窓や屋根にも客がいる。
主賓席だけ空いていて、そこにいる老いたミザレジの隣に座る。触れなくてもその骨と皮ばかりの軽さが感じられる。
「お待ちしておりました」
「すまんすまん。後十年は戦争に困らんと空想してたらうっかりだ」
老い先短く、今回の遠征に出かけたら二度とミザレジとは生きた顔を合わせることは無いと確信している。死ぬ前の思い出作りだ。
「遠大なお方だ。マトラの威信も上がり続けることでしょう」
「勝てるように戦おう」
ミザレジの手を握る。小さく痩せ、歪んで固く節くれ立つ。若い頃からの苦労が良く分かる。
楽団の演奏がジャンジャンといった感じで終わり、笛が警笛のように鳴らされ、舞台袖に立つ語り手が一礼して幕が上がる。
「農業労働者の一年は忙しい」
農夫の格好をした妖精が鍬を上下に振って農作業をしているように見せている。その風景に合わせたゆったりした曲が演奏される。
次に種まき、雑草取り、間引きから収穫、脱穀、製粉、梱包から出荷から何からと一年を通した農作業を小道具を使って再現。
季節感を演出する舞台背景や飾りの小道具が作業に応じて入れ替えが素早く行われ、青く茂った草葉が紅葉して落葉して綿で作った作り物の雪が降って回収されてまた草葉が芽吹く。淡々と農夫の作業を行う主演は、演技と同時に入れ替えを行う家畜や野鳥に虫に扮した演者達に――主演の前に立たないよう――季節に応じた服装――前後張り合わせの特殊加工――に着替えさせられ、状況に応じて道具も持ち替えさせられていく。
曲も作業や季節に合わせた者で、楽器を叩き付けるような演奏で脱穀を表現したり、製粉時に回るような緩急をつけたりと効果音の役目も果たしていた。
四つの季節が三十数える程度の内に過ぎ去ったことが表現された。演者や楽団の連携が巧妙で激しく見飽きず見事だ。
疾走感のある開幕で心を掴んで、それからまた最初の鍬を振るう作業に戻る。忙しさが消え、今度はゆっくり。本題に入る気配が醸し出される。
「あっ!?」
農夫が鍬を振り上げた時に柄から刃がすっぽ抜けて飛ぶ。舞台袖から大きな台車に乗った池? の作り物が滑り込んで来て、飛んだ鍬を作り物に隠れていた魚に扮する演者が掴み取り、中に仕込んである水を張った桶か何かを叩いて水しぶきを上げた。
「不運にも農民が、共同体所有の高度な利水技術で構築した貯水池に鉄の鍬を落としてしまった!」
農夫が頭を抱えて項垂れる。
「大変だ! 貴重な公共財産であり食糧生産闘争手段である鉄の鍬を落としてしまった! 鉄工労働者の皆さんごめんなさい!」
観客の妖精達が「あー!」「整備不良、消極的破壊行為だ!」「あれは経年劣化による損失だよ!」「意図しない反逆でも銃殺刑?」「労働監督官権限の調査に基づいて判断を仰がないと!」などと反応。指差したり手を振ったりわっきゃわっきゃと盛り上がっている。
一年をわざわざ最初に経過させたのだから、たぶん経年劣化と不運が合わさった損失ではないかな? 語り手も不運と言っている。
「貯水池に宿る革命精神が共鳴して偶発的に、水中で保守点検を行っていた潜水技師が浮上しました」
語り手の喋りに合わせ、池から水中用眼鏡? に蛇腹の管付き覆面と腰周りに重りらしき物を巻いた演者が上半身を出す。先程の魚役だ。
「農民よ、あなたが貯水池に誤って投棄してしまったのはこの資本主義的醜悪さの権化である金の硬貨ですか? それとも生まれながらにして傲慢極まる特権階級が離乳食を摂取する際に使う銀の匙ですか?」
何でそんな物が貯水池の中にあるかはともかく、潜水技師が手に劇用に大きく作られた黄色い一タリウス金貨に似せた丸い板と、同じく大きく作られた灰色の匙――軽そうだから木製?――を持って掲げて見せる。
観客の妖精達が「だめー!」「資本主義の悪徳に騙されるな!」「階級主義の幻想を粉砕しろ!」「精神腐敗を誘う潜水技師を吊るせ!」「国家財産の横領容疑だ拘束しろ!」などと反応。拳を振り上げ、足を踏み鳴らしてわーわーだーだーと盛り上がっている。
冗談だとか、劇の”ノリ”に合わせて声を掛けているような気配が無い。劇場警備の兵士達が指揮官による射撃待機令により、小銃を構えはしないが着剣して弾薬の装填を確認し、撃鉄を半分上げて安全装置に掛ける。最初は威嚇射撃のはず。
「いいえ違います。そのようなものは精神的に受け付けません。私が落としたのは貴重な公共財産であり食糧生産闘争手段である実用的な鉄の鍬です!」
観客の妖精達が「そうだー!」「労働精神を発露せよ!」「生産闘争を継続だー!」「公共財産はみんなの物だ!」「鉄は国家の骨である!」などと反応。諸手を上げ、座ったまま飛び跳ね、きゃっきゃーきゃっきゃーと盛り上がっている。
「模範的な回答です農民。模範的なあなたには労働英雄勲章を差し上げましょう」
そんなことでそんな物が貰えるのか?
観客の妖精達が『おぉー!?』と声を上げる。
「同志よ。勲章は我が身に余ります。鉄の鍬に加えて銃剣を下さい。何故なら我々の戦いに終わりは無いのだから!」
農夫が柄を持ったまま片膝を突き、両手を広げる。潜水技師が池から出て柄に鍬の刃を取り付け、脈絡も無く現れた兵士から開いた手に銃剣付き小銃を手渡される。
「おお同志よ、模範的な労農兵士よ! 川を渡り丘を越え、圧政者と金融業者を撃ち滅ぼしたまえ! いつしかその胸に功績に基づいた各種英雄勲章が煌くことだろう!」
兵士がそのように大仰に言い、その間に潜水技師が手に金貨と銀の匙を持って掲げる。
「革命万歳!」
と農夫が銃剣を振って銀の匙を半ば切り、折る。固めた紙に綿を詰めた物だった。
『革命ばんざーい!』
観客の妖精達が叫ぶ。
「労働万歳!」
と農夫が鍬を振って金貨を叩き割る。薄い板で、一箇所を叩けば二つに割れるように細工されていた。
『労働ばんざーい!』
「勝利万歳!」
兵士が農夫の右手を取ってあげる。
『勝利ばんざーい!』
潜水技師が農夫の左手を取ってあげる。
「人食い豚をブチ殺せ!」
観客の妖精達は既に総立ち。
『人食い豚をブチ殺せ!』
「ホーハー!」
語り手が絶叫。
『ホーハー!』
観客の妖精達が応じる。その後、しばらく「ホーハー!」『ホーハー!』の連呼応酬が続く。
終わりが見えず、熱気と空気不足か観客の一部が息苦しさに逃げ始め、妖精からは失神者が出る。
待っていてもしょうがないので適当に拍手して席を立つ。
声が出ないようだが、ミザレジが楽しそうに口の形だけ”ホーハー”と言いながら拳を上に突き出そうとして前にへなへなと出している。
座る。
■■■
妖精達は劇を見ていた時の通りである。解釈的には帝国連邦の我々人間も人食い豚の一種であって抹殺対象になっても不思議ではない。そんなことは前々から分かっていたし、妖精達のほとんどは分かっているのかいないのか良く分からない。指導者層は分かってて口だけな感じだ。本音と建前の使い分けなのだが、異種妖精の一部指導者層がどれ程賢かろうとも精神構造が人間とは異なるだろうし、何時その境界線が揺らぐか知れない。必要が無くなった時に体制が砕けるのだろう。
火の無いところに煙は立たないと言われる。時折バシィール市内を散歩していると”煙”を見つけることがある。
帝国連邦議会議場は、あとは調度品の運び込みと清掃を持って完成するということで竣工式の下見に寄った帰りのことだ。
非番の妖精達が道端に集ってわっきゃわっきゃと騒いでいたので覗いてみた。
「みんな聞いて聞いてー! ランマルカの同志が人間を絶滅させないと妖精に安寧の日々はやってこないって言ってるよ!」
良からぬことを吹き込んだ者がどこの誰だか一発で分かるようで、妖精達の見分けが困難であることに鑑みれば巧妙に逃げられている。
「でも僕達は人間達と共生して今の帝国連邦にいるんだよ。絶滅させたら体制が崩れちゃうよ」
吹き込まれていない妖精が反論する。意志の弱い妖精でもそのような認識があるらしい。
「でもでも、人間は妖精を奴隷にして労働力を搾取するんだよ」
「僕達は今搾取されてるの?」
「うーん? されてないかも」
共存共栄の体制を搾取と言うのなら搾取かもしれないしどこかに不均衡はありそうだが、今のところ指摘するような不正は無いか、自分が知らない。自分は戦争が出来る上に遊牧民の練成が出来ているし、諸部族は乱世から脱して保護されていて一部は宿敵を排除して自己拡張し、妖精達は権威向上と生存圏の拡大が出来ている。マトラ低地の緩衝地帯の連中だけが圧制下にあるが、あそこはまだまだ瀉血と改心が足りないだけでその内にたぶん良くなる。
帝国連邦内で友邦のはずのランマルカの諜報員が工作活動を行っているという事実。あちらは人間に対する絶滅派と共生派という派閥に分かれているそうで、どちらの方策が妖精種の存続に相応しいか答えが出ていない様子だ。
今のランマルカは人間を排除して出来上がった。今のマトラは人間と協力して出来上がった。ランマルカの絶滅派としては成功例のマトラ、帝国連邦の存在は認め難いかもしれない。ちょこざいな。
議論をしている一人の妖精を背後からさっと抱き上げる。
「俺共生派ぁ! 皆と一緒がいーい!」
くすぐってやると「きゃきゃきゃ!」と身を捩る。
「僕も僕も!」
「私もー!」
「総統閣下に賛同、万歳!」
賛同者を即座に得た。
「うー……」
絶滅派から工作を受けた妖精が困った顔をして唸っている。ルドゥが小銃の撃鉄を上げる。そこでお菓子の箱を懐から取り出す。
「共生派になったらこのうさぎさんをあげよう」
兎細工の飴を取り出し、唸る妖精の目の前に差し出す。
「僕も今日から共生派!」
食べさせると「うぴょぴょー!」と飛び跳ねた。
「あーいいな!」
「いいないいな!」
「うさぎさーん!」
ちょろいな。しかしキリは無さそうだ。
■■■
帝国連邦議会議場の竣工式はもう出来る。それからフレクの王子が面白い物を見つけたそうなのでその到着に合わせることにした。ちょっと延長。
正規軍の本国再集合、再編制、補充兵充足、東方遠征への出発も途中。鉄道の延伸工事を行いながらの東方への物資集積も途中。途中ということは計画に基づいて既に動き始めているので横から口も手も出すところが無い。ラシージのお仕事に文句を付けるだなんてとんでもない。そんな頭は無い。
国家としては多忙だが個人としては暇だ。ナレザギーのところに遊びに行こうかなぁと思ってフラっと立ち寄ってしまったが本人は東方遠征用の物資買い付けと、新たな金策のために先行して魔都に出発と不在だった。腹が大きくなり出した嫁さんにお茶を出され、当たり障りの無い世間話、気候が違うから体調は大丈夫かとか、文化が違うと大変、水は余り良い方じゃない、程度で終わり。
妖精達の劇を老後のミザレジと定期的に見に行っているが、そういくつも演劇に種類があるわけでもないし、同じ劇も公演される上に大体オチが似たりよったり。そもそも演劇が好きではないので飽きるのは早い。
暇である。暇潰しの種があれば積極的に掴みに行く。
忘れていた頃にある注文の品が届いたので、いつも忙しいが昨今は更に忙しくて悪戯するのも憚られた内務省長官執務室にお邪魔し、バシィールに帰ってから寝てる姿を見た記憶も無く、仕事に中毒しているその面を拝みに行く。
警護の女妖精兵の鼻をツンツンしてキャッキャしてから執務室の扉をそっと開ける。
「ご機嫌よう?」
「出て行きなさい」
いつものジルマリアの反応で安心する。好き好んで仕事に苦悩し、自分に――未だに?――嫌悪して不機嫌な面を隠そうともしな……い?
おかしい。言動はいつも通りなのに耳当たり柔らかく、このふやけたような笑顔。は?
「どうした!? 遂にイカれたか?」
思わず駆け寄って肩に手をやろうとして払いのけられる。まだ正気の内か、少し安心だ。
「あなたと違います」
何だこの酒酔いの笑い上戸のような雰囲気は? 何か原因があるはずだ。
執務机の上の書類を見てみると、東西トシュバルでの農業用水利権に対する内務省決定に反抗した大小の部族が二十三、死刑同然の強制労働刑を課す命令に丁度、墨がまだ濡れた状態で署名がされている。
これか! これから更なる東方遠征に向けて国力を投入しようという時期にこんな命令を出すとはまあ何と好き者である。
「畜害風で被害感情溢れてる時にこんな命令だせばどんな大人しい連中でも反乱を起こすな」
「内務省軍が配置されてから通告しましたが」
抜かりのある女じゃなかった。
「今は少しの損失も惜しいんだが」
「元々これら部族の生産力はほんのわずか。流入水量と土地面積に対しての耕作面積も小さく、その拡大努力もせず、余剰の土地に対しての開発計画には反発。それからここの大規模水利工事を行うと良い農場になると試算が出ておりまして、強制労働の内容は”元”の自分達の土地の工事となります。トシュバルの渓谷群は思ったより生産力がありますね。余剰労働力の良い斡旋先になります」
「人は足りるのか?」
「戦争と粛清で人口減に転じている等と思っていますか? 国勢調査では人口増加中です。今まで登録されていなかったような地方集落の把握もありますが、戦死者、刑死者数など大局から見れば微々たるものです」
「妖精だけだろ?」
妖精は命令一つで人口増産なんかやってしまう。今やってる。
「食料事情が改善して餓死者はほぼ報告書から消滅しました。警察機能による隣接集団との縄張り争い、復讐殺人からの集団抗争も予防しております。余裕が出来たことによる嬰児殺しも減少しました。未亡人とその家族の再婚保護奨励策で殉葬の必要も、乞食に転落することも野垂れ死ぬことも減少しました。乞食になるような転落者に加えて元からの無産者、浮浪者等にも再就職先を紹介、強要しておりまして、そこから経済的余裕が生まれての再婚、連れ子の保護、出産という循環が出来ています。領内の馬賊は壊滅、越境襲撃を受ける地域の民兵には優先して重装備を与え、こちらからも越境して反撃を行っています。また懐柔からの新天地への入植斡旋もして硬軟合わせた対策を講じています。絶え間ない奪い合いが続く無秩序な時代を終わらせたのはあなたでしょう? 私はその細かい詰めの作業を行っているだけです。まあ、戦争で焼討だ略奪だで頭が沸騰している馬鹿には思いもよらなかったかもしれませんが」
何ということだ。愛するこのハゲは粛清ばかりに絶頂していたと思ったらちゃんと社会を健全にしていたのだ。何て優秀なハゲだろう。
「おいハゲ、その頭巾脱げ。ハゲ頭舐め回してやる」
「では忙しいので出て行って下さい」
目的を果たす。執務机に注文していた肉厚の花瓶を置いて小さめの花束を差す。ハゲの色に合わせて白、あまり視覚にうるさくないように花びらは抑えた数。
「腐るので結構」
「これは造花だ。マインベルトの革製でかなり精度が高い。花瓶はオルメン製の厚いガラスで倒しても割れない。勿論水は不要」
「そうですか」
どんな反応をするかと楽しみに待ってみる。
待ってみたが視線は机上に落として、まあ綺麗、あら素敵、愛してる、などと言ったりしない。
あまりしつこくすると折角の花瓶で殴ってくるかもしれないと思い、部屋を出ようとしたら手を掴まれた。
ありえないと思いつつ、振り返れば身を乗り出して腕を伸ばすジルマリア。軽く手を触られているだけなのに体中の神経が握られている気になる。
「どうも、ありがとうございます」
「おう」
顔を背けているが横目でチラっとこちらを見ている。長い睫毛が象牙色に薄く見える。
あれ、こんなに可愛かったっけ?
もっと何か、気を抜いたら短剣で刺して来る感じだろう。あれか、聖女の指示で隙を伺ってるのか?
「殺せるなら殺せって言われた?」
ジルマリアが舌打ちをしてから手を離す。
「出て行きなさい」
■■■
バシィールの”市門”で待つ。
都市開発構想ではバシィール城周辺を官公庁施設で固めた上で要塞化し、その城壁外に運河を張り巡らせた上で壁に制限されない一般市街地が広がるようにするそうだ。
イスタメル州発足当時から――大分昔に感じる――徐々にセルチェス川から各地に水路を引っ張って運河を拡張していたのでその延長線上の工事で済み、思ったよりも水利工事は大規模にならない。
水量不足に関してはこれまた懐かしいが、ダルプロ川との水量調節の施設が生きているので渇水時期にも対応。両河川が渇水となってもマトラ”山脈”各地の水源を集積する施設、水路が張り巡らされているので対応可能。広いマトラ山脈の地形には色々と種類があり、山中に平地を築くための湖の排水、干拓事業もあって水源には困っていない。これから大規模に農場を広げる場合は各地に貯水槽を作ると聞いているが。
スラーギィ中州要塞で正規軍の再編指揮を執っているラシージが一時バシィールに来ている。
東方遠征時の内務省軍の配置の調整、補給物資の追加買い付け注文書を財務省に渡し、自分に非正規軍の活動報告をするためだ。
中洲要塞司令部からの指示は鉄道郵便によって素早くなっている。鉄道を大動脈、騎馬伝令を毛細血管とする連絡網の整備は着々と拡大中であり、今までと指示と返答の速度が違い過ぎて情報量が飽和し掛けている程だ。
畜害風からの復興を前にした期を捉えた非正規軍の初期攻勢は報告によれば順調である。現地遊牧民の撃破や恭順報告が相次いでいる。
また龍朝天政の北征軍は家畜管理に失敗したせいでほぼ麻痺状態にある。騎兵が騎兵ではなくなった以前に馬匹輸送が困難になっていて機動力が低下。そして当然本国からの物資輸送も止まっているので物資を大消費する作戦が回数限定の博打状態になっている。
現地遊牧民ですら大被害を出した畜害風を、天候が安定した中原暮らしの農民軍が管理出来ていないことが偵察、諜報員の調べで分かっている。我が軍に備えて百万の正規軍と補助的な数十万の非正規軍を配置しているので厄介なことは確かだが。
龍朝天政下の遊牧民がこちらに下って来ているので、内部事情に詳しい者達から極東にまで至る各地の情報を得られていて作戦計画も立て易い。畜害風に対する無償の食糧援助の噂が広がって、これがかなり彼等の心に響いていると聞く。龍朝天政の方は大軍の維持のため無償で食糧を分け与えるような余裕は無く、その差がこちらに追い風を吹かす。
北征巡撫サウ・ツェンリーは旧ラグト圏の遊牧民など最初からアテにしていないだろう。北の本拠地ハイロウとそこから天政の中原に至る回廊を磐石にすることを優先にしていると思われる。ハイロウからカチャ、ベイラン、ウラマトイの北回り街道こそが重要であり、ヘラコム山脈以西の草原地帯は防壁にもならぬ土地と考えるのが妥当。多少アテになりそうなのは絶滅寸前の、我々に恨み骨髄のイラングリ残党ぐらいか。後は強い指導者を求める遊牧民の論理がこちらを選ぶかどうかで旧ラグト圏の趨勢は決まる。
それからウルンダル王国の新宰相、ブンシクの息子だが使える男だったようだ。非正規軍の指揮を任せたら堅実に働いている、ラシージの指示に逆らうことも勘違いすることも無いそうだ。
新宰相はイディルの配下であった時からウルンダル王の補佐をしてラグト方面の抑えをしており、顔も広く連絡調整も得意。現地勢力の懐柔も当時の人脈を使っている。戦いの指揮采配は基本に忠実、無難で緻密とラシージが評しており、驚く大成功が必要な危うい状況でなければ作戦を任せて問題無いと判断する。
待ち人が視界に入ると走って来て「キャー!」と手をブンブン振って「だーんな!」と飛びついて手足髪の触手に舌まで絡みつかせてくる。
「うぇっへ!」
こっちが咽るまで吸って来て「わー」とザラが見上げてくる。こんな場面の恋愛物語の絵本は見せた記憶が無いが、目は恋愛とかに憧れる感じの少女だ。おませさんめ。
「セリン、ダーリク」
「ふふん」
セリンの鬱蒼とした髪の触手の中からダーリクが取り出された。慣れているのか触手に運ばれても動揺していない。
「ダーリクー!」
ザラがダーリクに抱きつく。ダーリクは「む」と唸る程度に反応。
「これから三年か四年か? 帰ってこれないと思うから。ザラはダーリクと仲良くするんだぞ」
「はい! 弟の面倒は私が見ます!」
元気と歯切れ良くザラが任せなさいとダーリクの頭を抱える。昨日の夜は「とう様いなくなっちゃイヤー! 私も東を征服する!」と泣いていたくせに今日はこれだ。この歳でも見栄を張るものだ。
「あらー、ザラちゃん、良いお返事ね」
「はいセリン母様」
「おー? どこでそんな言葉覚えたこんにゃろ」
セリンがザラの頭を撫でる。
「旦那、やっと、まあ後で陸と海に分かれるけどまた一緒に戦えるね!」
セリンが拳を向けてくるのでそれに拳をぶつける。
「お前ならいつでも傍にいた。これからもだ」
妖刀”俺の悪い女”を抜く。この名前からしてセリンだし、こいつをくれたのもセリンだ。実質セリンの分身であった。
「ロシエでも凄く血塗れにした。ヌルヌルのベロベロちゃんよ」
「えへへ! やっだもう」
肩を叩いてくるおリンちゃんはすぐ笑う。可愛い。糞痛い。
それに比べて何だあのハゲ、お天気かよ。
”俺の悪い女”を素振りして、セリンがきゃっきゃと抱きついたり離れたり。
そうしているとダーリクがよたよた近づいてきて、危ないので”俺の悪い女”を鞘に収めると手を伸ばしてきた。
「おとうさんだっこ」
こう、何か空になってた体内のどこかの容器が何かで充満する気分になる。抱き上げる。まだまだ小さいが生きてて暖かい。
「おとうさんすき」
そう、充満した何かの容器が破裂した。顎でジョリジョリすると「うー」と嫌がった。止める。
「お前仕込んだな?」
「えへ、バレた?」
「バレバレ」
仕込みだとしてもダーリク可愛い。愛嬌塗れで裏表無いセリンも可愛い。羨ましそうにして、二人まとめて抱き上げると嬉しそうにするザラも可愛い。何か顔の筋肉がもげそう。
「失礼します」
やや場にそぐわぬ冷静な声に振り返るとラシージ。ラシージ可愛い。何が場にそぐわないだ、何も問題無い。ラシージだぞ。
ラシージの前に二人を置く。
「ほらラシージだぞ。軍で一番偉い。ご挨拶しなさい」
「ラシージ長官、ご機嫌良う」
ザラが礼をして挨拶。
「ザラ=ソルトミシュ様、ご機嫌良う」
さて、ダーリクはどうするか。セリンを見ると同じくニヤニヤして、目が合って『うえっへへ』と変な声が出た。
「ラシージだっこ」
ダーリクがまさか、ラシージへ手を伸ばした。
「ダーリク=バリド様、分かりました」
ラシージがダーリクを抱き上げた。妖精らしい短躯だが流石に幼児よりは大きい。
「ラシージすき」
「……お前、正しいなぁ」
意味は不明だがそんな言葉が漏れてしまった。
「よし」
ダーリクをだっこするラシージをだっこする。
「わったしも!」
背中にセリンが飛び乗る。腕が喉を潰す。
「ぐお!」
「うー、わたしもっ!」
セリンが髪の触手でザラを拾い上げる。
こいつは結構重たいぞ。
ちっちゃいの三人とおっきいの一人を乗せてバシィール城へ戻る。ザラが懐いているルドゥに、どう? と手を振る。あのむっつり野郎は一瞥しただけで手を振り返しもしやがらねぇ。
「総統閣下、軍の再編と同時に勲章の授与を行いたいと思います」
だっこして、されながらラシージが用件を話し始めた。
「魔神代理領の勲章は?」
「流用しません。中央とこちらの査定基準の違いがあり、正直ありがたみが薄いこともあります」
「うん、あー、そうか」
「まず戦傷の証として髑髏勲章。戦死の証として赤髑髏勲章。精勤の証として、後方勤務の者でも授与出来るように白馬勲章。前線で働く者を主に対象とし、勇敢な行動に対して灰狼勲章。卓越した指揮、主に高級将校向けの黒鷹勲章を制定します。またマトラ戦役記念章、ロシエ戦役記念章を作り、今回は終戦後に龍朝遠征記念章を作る予定です。如何に歴戦かを誇れるものとします。民間向けに労働英雄勲章、科学英雄勲章、文化英雄勲章、軍事英雄勲章、政治英雄勲章を制定します」
「民間の軍事英雄?」
「軍属ではないにもかかわらず軍事的な英雄行為を働いた者に授与されます」
「なるほど」
「勲章には等級があります。無し、一から三。二回取れば不動の極星が一つ付き、三回目で二つ、四回目で三つ。五回、六回と取られるような抜群稀有な天才には別途、個人向けに新規に作ろうかと考えております。総統閣下がもしその五回目を授与されたとしたら、ベルリク=カラバザル記念勲章を新規に設けます。その後別人が、私が五回目の授与をされたとして、総統閣下が新規勲章を授与される経緯と似通っていたらラシージ記念勲章とはならずベルリク=カラバザル記念勲章を授与されます。なお反逆背信行為以外での戦死者には漏れなく赤髑髏勲章が授与されます。君、総統閣下に」
「は」
歩きながら、ラシージお付の軍服の秘書が固い革鞄を開き、中に並んだ勲章の見本を見せてくれる。何れも派手な色合いではない。
「金とか銀、宝石飾りも無いな」
「最初から我が国は質実剛健とすれば安上がりです。それに名誉であり、金銭的価値は不要です。金銭で取引されたり、金に困って売られるようではいけません」
「なるほど」
「ダフィドいないの?」
と勲章を見るザラ。馬、狼、鷹と動物揃いではある。
「正規軍所属の妖精兵士の皆に配布する識別章が兎の意匠になります」
「ダフィドいっぱいだね!」
妖精の兵隊さんは一杯いるから一杯だね。
「総統閣下、内外に向けて宣戦布告の文言を頂きたいのですが」
「え?」
「宣伝工作に使えます。それから無いとあらぬ文言が捏造されます。悪意、善意に関わらずです」
「うーん」
参ったな。戦争ってそういうの必要だったよな
「……帝国連邦は蒼天の支配者たる領分を復し、共同体同胞の一助とならんがために宣戦を布告する。頭を垂れれば寛大に、そうでなければ一族類縁名称記録を地へ還す」
「そのように」
ちょっと格好付けて言ってみたが、いいのかな?
「お父さん格好良いね!」
「おとうさんかっこいー」
「よっ、私のベルベルかっこいい!」
「かっこいい」
セリンが耳引っ張って頭をガクガク揺らしてくる。
ダーリクは基本的にセリンのオウム返しのようにしか喋らないのでその通りに思っているかは不明。たぶん思ってない。しかし可愛い。女の子はちっちゃい女だが、男の子は何か小動物な感じだな。
おリンちゃんにダーリクも到着したので長男のお披露目を兼ね、見世物も到着、帝国連邦議会の竣工式を執り行う。皆を背負って議場へ。
■■■
お祝いは既に始まっていて、罪人を使って騎馬での人取り合戦が赤旗軍と青旗軍に分かれて行われている。五人で到着した時は丁度、アクファルが罪人の首を掴み、相手側が二人係りでその足を引っ張るが手が滑ってしまい、そのまま折れた首を短刀でサっと切り取り、高い竿先にある籠に投げ入れて歓声が上がる。赤旗軍が優勢の様子。
応援は歓声だけではなく、太鼓や笛や馬頭琴から口笛から色々かき鳴らされている。それから賭博もやっている。
この人取り合戦もやり方が昔から少しずつ変わってきている。最初の頃は地面に縄で作った円に投げ入れた方が勝ちとか、その程度だったと思う。
この試合はまだまだ中盤。逆に言えばそこそこ進んでおり、籠に投げ入れられた頭や手足、内臓がたくさんある。
生首、手足、心臓といった的らしい部位は射的に並べられ、人取り合戦とは別に射撃遊びが行われている。銃弾を撃ち込むと木っ端微塵になるので、弓矢での射撃が中心だ。矢だるまになって使い物にならなくなってから銃弾が撃ち込まれて粉砕される。
まずは人取り合戦の方は佳境で横入りするところではないので射的の方から。
「どうぞ皆さん、飲んで下さい!」
給仕が酒瓶を手提げ籠に入れて配って来たので受け取って飲む。大体、参加者全員片手に酒瓶。人取り合戦で汗をかいている連中も給水代わりに酒を飲んでいた。
「ちょっとセリン、見ろ」
「うんうん」
六連発の回転式拳銃四丁、前装式施条拳銃三丁を両手早撃ちに的の頭に手足、心臓を撃ち抜いて粉々にする。
鞘から抜きながら――時間短縮に――撃鉄を起こし、銃口を対象に向けて引き金を引くという必要な動作を確実に行う。前装式はともかく、回転式拳銃は六回多くも少なくもせずに冷静に発射動作を行うのが難しい。特に冷静さを保つのが何とも、射撃を連続すると火薬の炸裂する音と反動を受けて興奮するので難しい。
かなり早く出来たつもりだが、こうなんと言うか、疾走感が足りなかった。見世物ではないんだが、今の撃ち方は見世物用だ。
「遅いか」
ザラが一応、接待程度に拍手してくれるが。
「二本腕にしちゃあお見事だけどねぇ」
次はセリンの番手。的が大分消費されたので、人取り合戦を待たないで恐怖に顔が引きつっている罪人が並べられる。今日のために相当数集められているので問題無い。この後には罪人を並べて騎馬での頭カチ割り競争とか、投げ縄技大会とか色々ある。
「まあ見てなさい」
係員が弾薬拳銃を山と用意。セリンが髪の触手で装填から始めて自分の半分の時間で十倍くらいの弾丸を発射して無数の的を上の端から虫食いするように削って粉砕した。
ザラだけじゃなく周囲も大いに拍手して口笛が吹かれる。
「投げるだけならこれの五倍よ」
セリンの髪の触手を手に取ってにおいを嗅ぐ。火薬と女のにおいにダーリクがほんのり混ざる。
「おーすげーくっせー、えっぐ」
セリンのケツの筋肉を手でぷるんってする。
「きゃっ、いやーん」
セリンが肩を叩いてくる。すっげー痛い。
射的の後は人取り合戦を観戦。アクファルが運動しながら浴びる程酒を飲んだらしく馬上の上半身がフラフラ、首がガクガク揺れていた。大丈夫か? と駆け寄る者には「大丈夫、大丈夫だから大丈夫」と酔っ払いの常套句を垂れつつ相手の頭を片手で掴んで持ち上げ「アギャー!?」と悲鳴と血が出るくらい握っていた。
頭カチ割り競争では”悪い女”の切れ味を、天辺から胸下まで切り裂くことで再確認。
投げ縄技大会では、作った輪が広すぎて罪人の体を抜けそうになり、急いで引っ張ったら足首を巻いた。そのまま市内を走り回ったら皆もやり始めて面白かった。
色々と競技風の遊びも終わり、形式張るのも面倒なので、盛り上がりがちょっと静まった頃に演台代わりにその辺にいた馬の上に立ってちょっと演説をする。手を二回たたき合わせ、口笛を吹いて注目を集める。
「各指導者集合ご苦労。この議場で次の遠征が終わって戦後処理が済んだぐらいで帝国連邦議会を開催するぞ。それまでに議員を各自選出しろ。これは各自の、地方が持っている意見だとかやりたいことだとかを拾い上げるための議会だ。こいつに参加しない、議員を出さないってのは、自分は目も耳も口も閉じて全て言いなりに動かされるという意味になる。成文化された帝国連邦法はこれからお前らが議会で作る。廃案にされることも修正されることも多いかもしれないが懲りずに作れ。最初は国家精神が宿る憲法の制定になるだろうな。その時は俺の作った草案もあるがそれに拘らないで議論、作成、修正するように。何にしても議会が開催してからの話、東方遠征が終了してからの話だ。欠席者だらけでやるわけにはいかん」
セリンにダーリクを寄越せと手を伸ばし、受け取る。
「もう長女のザラ=ソルトミシュは皆知ってるな。このちっこいのが長男のダーリク=バリドだ。お披露目する機会があまりないからこの場を借りる。勘違いしないで欲しいがダーリク=バリドはグルツァラザツク家の後継者だが、帝国連邦総統の後継者ではない。勘違いしている奴もいると思うが総統は選出制だ。皆をとりまとめ、常に戦場の先頭に立てる強い指導者が相応しいと考える。しかし時代が変わって、まあ俺が死んだ後か、その時にはそんな総統じゃなくても良くなっているかもしれない。それを話し合って決めるのが帝国連邦議会だ。年寄りはもう難しいかもしれないが若いの、お前等だって総統になれる可能性はあるぞ。血ではなく実力だ、獣人だろうが魔族だろうが妖精がなっても良い。そのために皆に選ばれるような男にならんとな。おっとそうそう、実力さえあれば女でも良いぞ。要は戦いに強い誰かだ」
酔っ払い共の競争意識が昂ぶったのが感じられる。そんな妙な雰囲気になったところで議場の準備が完了したらしく、係員から話を聞いて皆に議場に入れと促す。
中に入れば議場が宴会場になっている。普通こんなことはしないだろうがまあいい。
議場中央に覆い布が被された見世物がある。とりあえずデカい。それが北方探検から帰ってきたフレクの王子の手によって剥がされた。
蛇のような長大な胴体がとぐろを巻く、手足か胸鰭背鰭かは分からないが胴体に対して短めの四肢があり、鹿のように幾又か分かれる二本角のある蜥蜴のような頭蓋骨。化石ではなく骨である。クセルヤータの頭よりは小さいので超巨大とまではいかないが、胴長の体型がとぐろを解けば超巨大に見せるのかもしれない。一応、学者じゃないが生物としておかしくない大きさに思える。水棲生物ならそんな驚く大きさではないのではないか。
触って良いので皆が、何だコレ? すげぇ、とペタペタ触る。それからあまり数を発見出来なかったそうだが鱗が三枚、大分磨耗した感じで残っており、触ると妙に温度を感じない石のような手触りと重さだった。
水竜ヒュルムの断たず折れずの竜角なんてものがあるぐらいだから偽物とは思わない。たぶんそのヒュルムの方が遥かに大きかっただろう。実物が無いので比較しようが無いが、角一本でこの角蛇もどきの半分の長さはあった。
「おいお前、俺を高い高いしても良いぞ」
「総統閣下? はい」
ちょっと困った感じのフレクの王子が脇に手を差して持ち上げてくれる。何か意識より体の方が持ち上がるのが早く眩暈がした。フレク族はデカいから本当に高い。
「おー! 高い高い!」
笑える。妖精がして貰いたがるのも分かる。
骨見物と高い高いの後は飯と酒、楽器演奏が得意な奴は楽器弄り。それから思い思いに遊びまわる。
議員席の上をうさぎ跳びで「ぴょーん!」と跳んで回る。ストレムと競争だ。途中で爺さんも加わったが腰を痛くして退場。最初の内は面白いが何百席とあって息が切れてぴょんと喋るどころでなくなる。
空いた酒瓶を手に取り、目の合った奴と息を合わせて投げ合って空中で衝突、割る。誰だと思ったらケリュン族のバルダン。やっぱり小賢しい奴等だ。
野郎共が議会ごっこを始める。最初の議題は「俺のチンチンが痒いんだけどどうしたらいい?」からだ。
議長は誰かが連れ込んできた馬で、その場で糞と小便を垂れやがった。
掻く、俺が掻いてやる、去勢、焼き鏝、酒で消毒、色々と案が出るが、とりあえず陰毛の先に火をつけることになった。蒸留酒がそこに垂れていたせいで火が広がって燃やされた奴がのた打ち回り、メロンを押し付けられて消火。
床に座ってザラとダーリクに飯を食わせているセリンの脇とふとももの間に頭をねじ込む
ザラがダーリクにロシエでの自慢話をしていて、理解しているかは不明だがダーリクはジっと聞いている。
ふと、何気なくアクファルが回転式拳銃を手に取り、弾倉に一発装填してそれを何度も回転させ始めたのが見えた。
そして議場の隅で静かに飲み食いをしていたクトゥルナムに銃口を向け、警告とか何もしないで撃鉄を起こして引き金を引き、カチっと鳴る。
「警告くらいしろよ」
「いいじゃん別に」
既に紙一重に手斧やら鉛弾で参加者が口を付けようとした杯とか肉を吹っ飛ばしているセリンが言う。
事態に気付いたクトゥルナムが議席の陰に隠れる。それを銃口が追って、次は発砲。椅子の背もたれに穴が空いた。まだ未使用だ。
舌が吹っ飛んだとはいえ、甘い顔に親衛千人隊で高い地位につくクトゥルナムはこう、いけ好かないとかいうか、痛い目に遭うと愉快な存在であって皆がゲラゲラ笑っている。
「私、酔っちゃったみたい」
今日は酒の入りが多いアクファルはそう平常に言って、フラフラしながらしかし確かな手つきでまた弾倉に一発装填、クルクル回しながら逃げるクトゥルナムを銃口で追って不発、不発、発砲と繰り返して遊ぶ。
クトゥルナムの叔父のバルダンが「ほら頑張れ!」と声援を送り、舌の無いクトゥルナムが「うー!」と唸って返事。また笑われる。
しかしあの野郎の必死に逃げる顔と姿は何とも気分に爽やかだな。
「とう様とう様」
ザラが袖を引っ張る。
「ん?」
「どうしたら私はウルンダル王になれますか?」
総統ではなくウルンダルの王ときたか。考え無しではなさそうだ。
「勉強は良くしているな」
「はい。言われた通りだけじゃなくて自分で探してます」
えらい! 本当に偉いな。凄く優秀だな。誰の娘なんだ? 親の顔が見てみたい。
「勉強も大事だが色んな人とたくさんお話をすることだな」
「お話ですか?」
「口を使って耳で聞いて相手の顔を目で見て話すことを欠かしてはいけないな。相手の考えていること、言いたいこと、相手でさえ気付いていないことを理解するためには何度も回数をこなさないといけない。上に立つ者には絶対に必要な能力だ。まずはそこから始め、見識を広める。そうすればウルンダル王になる方法も分かるようになるし、王にならなくても同じようなことが出来る方法、それ以上に大きなことが出来る方法だって見えてくるかもしれない。勉強しながら色んなお友達を作ることだ。それが次に繋がる。文通相手もヤーナちゃん以外に増やしてみろ。考えていることが違う外国人相手だともっと世界観が広まるぞ」
「はいとう様」
ちょっと説教臭いかなぁ。歳だな。
セリン枕から頭を離して立ち上がる。
「どったの?」
「小便」
「ほらほら!」
セリンが空の酒瓶を出す。これに入れて誰かに飲ます気か? それとも頭上で粉砕して小便塗れか?
「馬鹿おめぇ、アホこの」
「えー? 総統閣下のお小水が飲めんのか! ってやりたいのに」
「やるな」
セリンの顔に屁をこいて「くっさ」と言われつつケツを叩かれ、議場を後にする。くっそ痛い。
■■■
小便次いでに宴会に参加しない不届き者を当たって回る。
内務省長官執務室に入ろうとすると花瓶が飛んできて開きかけの扉に激突、閉まる。鈍いだけの音からして頑丈なので割れなかった。
心が大分傷ついたので次は秘書局長室に行く。ババアにめんこめんこしてもらうんだ。
「入ります」
「入れ」
ルサレヤ先生は机に向かい、雑用紙に目を落として本人以外には分かりかねるような順番で字句を書いて並べている。どこか悩みどころらしくこちらに顔は向けずに腕を組んで頭を少し傾けている。それから痒いはずもない絨毯を翼の指で掻いている。
「宴会来ないんですか?」
「セリンが猫被るだろ。それに私は場を白けさせる」
「いやあいつは大人しい時がめちゃくちゃ可愛いので丁度良いんですが」
「好きにさせてやれ」
「そうですかね」
「お前は忙しい男だな」
「まあ」
遠征終わった直後にまた遠征。歴史上の遠征大好き大王と肩を並べても良いと思っている。
「畜害風に世界的な大寒波からの不作。気候変動の波が大体百年単位で表れているから突然のことだと驚く者が多いが、この程度のことは前からあった。私が人間だった頃くらいから明確に気温が下がって、太陽が暗くなって、五十年くらいかけて途中で認識出来るくらい悪くなって、飢饉で騒乱が起こり、また五十年くらいかけて戻って今度は逆に暑くなったりしている。その時に海面の高さが変わり、山の氷河が溶けて洪水を起こす。寒くなれば凍って水不足。これで大河の流域が変わると凄いことになる。火山活動は長期記録があるが、これとは別の周期で活発化している。その周期も火山灰の堆積から測定したものではあるが。今期は寒冷と火山活動が偶然重なった悪い時期だ。雨季の豪雨、乾季の日照り、冬季の寒波、夏季の熱波。良くあることだ。東大洋の方では火山噴火の当たり年だったらしい。噴火があると灰が空に舞って暗くなって日照量が減るんだ。植物に、いや人間の都合に合わない被害が出る。南大陸の方でも蝗に冥蛾が例年の行動範囲から北上して畑を荒らしていると聞く。迷惑この上ないが長い期間で見ると良くあることだ。五十年周期と言ってしまったがもっと短かったり長かったり、記録は長く取らないと大自然の動きは把握出来ないと痛感……ああ、立ってないで座れ」
「うん、はい」
酔っ払い頭に年寄りの長口舌は入ってこないな。
「ルサレヤ先生、それあの異様に壮大な恋愛小説ですか?」
机の対面に座る。酔ってるのであまり頭に入って来ないが、恋愛小説にしては地名、人物名が多いような。
「あれはいつでも書けるから後回しだ。これはまだ構成段階だ」
「何です?」
「小説じゃない。お前は面白い奴だ」
「何です?」
ルサレヤ先生に鼻先をちょんちょん突かれる。
「この十六年、お前の関わった戦争記録は膨大だ。長期の移動期間こそあれ休まず戦争続き。魔神代理領として干渉していない戦争にまで首を突っ込んでいる。国家を主体にして記録を取ると虫食いになる戦争も、お前を主体にすると話が繋がって理解がし易い。先の大戦、いや先の聖戦とか今は言うのか? 我々の記録上だと第百二十四次対聖戦軍戦争だが、それを発端にした一連の記録となるとお前を追うと整理がつく。後世、教科書になるように仕上げたい。当事者達が生きている内に具体的にな」
「俺が主役?」
「半分正解だ。自軍がいるということは敵軍がいる。こちらがこう動いて、相手がこう動き、どのような戦争準備がなされ、そして衝突に至って勝利したかまで網羅する必要がある。教科書だからな。どんな武器や戦術を駆使したかだけでは片手落ちも良いところだ。どんな武器や戦術を駆使する敵にこんな武器や戦術を駆使して対抗したと解析しなければ十分ではない。戦争の準備段階、準備に至る経緯から語る。政治的背景を抜いた戦争は戦争ではない、ただの戦闘だ。政治的背景から説明し、後世に教訓を残す」
「壮大過ぎますね」
「世界中の戦争を完全につなげる努力はこれも後回しだ。私が取れない記録は別人が作ってくれることを祈る。出来ることをする。まずは身近な、主軸における人物を設定して因果が連続する戦争の記録を取り、背骨となる本を作る。それから別人の記録を掻き集め、整合性を取って全体を作り上げ、世界史を編纂したい。最終的には、私の寿命でも足りなかったら後代に託すが世界史全集を編纂したいな。ルサレヤの世界史叢書、完全にまとめなくても連作のように出し続けるのもいいか。この本はあの本と関連するとか注釈を入れておいた方が困らないだろう」
「寿命が短いせいか想像するだけで挫けそうな話です」
「うむ。この長い寿命の使い道は常々考えてきた。そして自慢だが私の筆記は相当に早い。本を捲りながら手元を見ないで一日に十冊の写本も出来る」
「おお、すげぇ」
「第百二十四次対聖戦軍戦争は歴史の節目として十分な影響があった。着手するのに十分な節目だ。中央には戦時平時問わずに記録を送らなければならないから完全に無の状態から作るわけではない。要注意人物のお前に関する記録もある」
「あるんですか、あるでしょうね。やっちゃってますからね」
「まず最初に主軸となるベルリク=カラバザルの話から聞きたいが、酒酔いではな。また後日。魔都への船旅の間は暇だからな」
「はい。あ、その題名は?」
「ベルリク戦記」
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