第224話「仕える覚悟」 ポーリ


 オーサンマリン発行、新聞”長い耳”の見出し。

 ”ベルリクの豚、毒牙を剥く”


 帝国連邦軍はあっという間にやってきて、あっという間に去った。秋口に来て、恐ろしい破壊と殺戮をもたらし、冬になったと思ったらもういなくなった。一時の悪夢のようだった。

 悪夢より覚めてまだ状況の悪いロシエの未来をどうする? 自分がやらずに誰がやるというのだ。

 議会も閣僚会議も手中に収める。収めて国を治め、国民を守り、国体を守る。

 人食い豚の背に乗せるのは分け隔て無く全ロシエ国民である。思想の違いなどあの悪魔の軍勢の前では意味が無かった。違いを見出すのなら実力の違いを見出す必要がある。

 オーサンマリンの奪還は簡単だった。モズロー中将がいなければただの烏合の衆だ。

 野戦にて補修した装甲戦列機兵による戦列行進を見せただけで相手は逃げ腰になり、威嚇の一斉射撃で敗走。

 それからオーサンマリンを包囲し、女の下着を従軍してきた女達に振らせて「オーサンマリン大学術士連隊連隊長ポーリ・ネーネトだ!」と一言入れてから降伏勧告をしたならば、街の女達が騒ぎ出して相手は受け入れた。

 軍を引き連れて街に入る。近くで議会軍兵士の顔を見れば子供や老人ばかりで民兵の衣装すら丈が合っておらず、頭の大きさが合わない革命帽がずり落ちそうになっている。彼等は街の住人に叱責されたりしている。彼等も背中に乗せる国民である。少年兵の一人を担ぎ上げ、肩に乗せて進む。議会軍兵士達がその姿を見て行進に参加し始めた。

 街の人々は新聞の内容と違って大歓声で我々を歓迎している。自分のことを「あんた覚えてるよ!」「暴動の時に助けてくれた!」などと女達が高い声で喋ってくる。

 広場に通りかかれば断頭台がこれ見よがしに立っており、いわゆる”処刑議員”と思しき紳士達の首が吊るされ、その上長い棒で叩かれている。

 大学で局長として勤務していた時には広場に断頭台は無かった。我々が反旗を翻した時に、治安維持のために引っ張り出してきて稼動させていたのだろう。

 ここで恐怖政治の破壊という大義名分を獲得出来た。多少は大袈裟にした方が良いと思い、魔術の金属で棍棒――斧は首切りを連想させる――を作り出して断頭台を叩き壊した。更に人々から歓声を浴びた。今は人気があればある程良い。

 人々から「あの棺桶の中は誰だ?」と声が聞こえてくる。歓迎の騒ぎは最高潮だが多少細かいところに目が行くようになってきた。

 兵士達が大事に抱えている棺桶にはロセア元帥が入っている。議会側でも宣伝されていた英雄ロセアだ。兵士が「悪魔に一撃を加えて撃退したロセア元帥だ!」と言えば、一瞬静まって今度は泣き声と怒号が聞こえ始める。

 オーサンマリン宮殿の劇場を流用した議会を目指す。宮殿周辺を軍で囲む。大学の方から職員達が歓声を上げている。

 肩から少年兵を降ろし、棺桶を担いだ兵士達と共に劇場へ入る。宮殿を守る兵士は一人もいない。

 空席があるのは小賢しい議員の席。席に残った馬鹿、そして胆力のある議員は選別する。何やら野次が飛んでくるが銃弾でもなければ糞でもない。劇場なので声は良く響くが。

「この議会にただの軍人が何かようかね?」

 議長席にいる、見覚えの無い男が言う。

「ビプロル侯爵にしてルジュー王太子殿下より推挙されたロシエの宰相ポーリ・ネーネトである」

 前へ足を止めず進んで、議長らしき男の顔を掴んで脇に放り投げる。首が折れたようだが。

 兵士達が棺桶を開け、空いた議長席にロセア元帥の遺体を座らせる。遺体は内臓を取り除き、薬品で保存処理を施し、金属の魔術で損失した箇所を補修してある。

 答弁台に立つ。議員一人一人の顔を見る。根性がありそうなのと無さそうなのが混じっている。

「私はロセア大統領の遺志を継ぎ、統一されたロシエを宣言する。この戦いで意見の対立以上に注力すべき問題を皆は知っただろう。国防第一、それ以外に無し」

 抗議する議員が一気に減ってきている。まだ野次を飛ばしているのは根性のある奴か?

「我々は敗北を受け入れない。マリュエンス外務卿が獲得した一時の停戦合意は非常に我々に優位に働いた。これから勝利に導く」

 野次を飛ばしていなかった議員の中から「どうやってやる?」などと多少は建設的な声が聞こえてくる。

「ロシエの勝利に賛成の者は起立。反対の者は座ったままでよろしい」

 立つ者、立たない者、野次を飛ばし続ける者に左右を見渡す者と選別のし甲斐がある。

「立った者はそれぞれどのようにして勝利するか述べよ。無能な議員は要らない」

 選別する。敗北主義者、愚か者、反乱分子、ロシエに必要な人材を見極める。

「ロシエを動かすのは鉄の腕のみである。お前達は弱い。強くなりたければ鉄の手袋を嵌めて口を動かせ」

 議員達がまた騒がしくなる。答弁台を殴って潰す。

「今は私がロシエのカラドスだ!」


■■■


 議会の掌握と議員の選別を終えて、市内の安全を確保してからルジュー王太子殿下が入場した。人気の無さと一度大いに騒いだ後なのであまり反応は芳しくはなかったが、ビプロルの王を背に乗せる豚の旗を掲げた上で自分が肩に乗せて見せたら盛り上がった。

 次にオーサンマリンに残らず地方に派遣する軍の再編と武器の受領を行った。騒動の最中でも工場は稼動し、新兵器を生み出していた。

 モズロー中将改め、元帥には東部バルマン国境に戻って聖戦軍を抑える役目を任せた。

 レイロス様にはアラックに近い南部へ行って南部軍を監督し、シェルヴェンタ国境で聖戦軍を抑えさせる役目を任せた。

 北部の革命ユバールは……手を出せるだけの余裕が無い。前政権の時なら志を同じくする革命勢力仲間であったが今は解消されていると見て良い。ロシエの再興まで北進は有りえないか、

 それから閣僚会議の面子を集めて具体的な施政方針を固めるために召喚状を出す。革命騒ぎで地方に引っ込んだままの各公が応じてくれるかどうか。応じないのならいないものとして考えるが。

 ビプロル人は五十、六十を過ぎると心臓病で死に易い。七十まで生き残れるのは女の中でも小柄な者くらいだ。自分に残された時間は少ない。激務に身を費やすビプロル人は五十を手前に死ぬことが多い。かと言って長寿のフレッテ人のようだと進化する気力もあまり沸かないらしいが。

 死ぬ前に成せることを成す。


 オーサンマリン発行、新聞”長い耳”の見出し。

 ”ルジュー王太子万歳! 救世主ポーリ・ネーネト宰相閣下を引き連れ身中の虫を退治”


 施政方針を示し、選別した議員と新たに登用した議員を使って国政を動かす。

 閣僚会議の宰相席に座る。君主席にはルジュー王太子殿下。戴冠はまだだ。

「亡きロセア大統領、元帥の後を継いだポーリ・ネーネトです。またルジュー王太子殿下の推挙を受けて宰相に就任しました。宰相就任に異議はあるかと思いますが、あなた方の推薦を受けるつもりはなく、支持も必要ありません。私が鉄の腕でロシエ帝国として再建する覚悟です」

 旧王制時代の閣僚会議の面子が集結した。

 国防卿ノーシャルム公。戦死したプリストル・カラドス=レディワイスの息子。

 外務卿プリエヌ公の代理。王太子殿下の叔父のマリュエンス・カラドスは聖都にいる。

 財務卿クォルン公。

 内務卿ラサーリン公。

 司法卿マンヴェロー公。

 宮内卿ポタルド公。

 文部卿ダウフェニス公。

 産業卿アマンジュー公。

 殖民卿パドリョン公。

 いずれも王族。能力ではなく各公家の当主であるかどうかでこれらの地位に就く。幼少の頃より未来の地位が決まっているため専門の英才教育を受け、それに適した人脈も築ける。能力によって選抜されてきたわけではないが馬鹿にしたものではない。自分としては頼りにしている。

 因みにオジュローユ公領についてはルジュー王太子殿下が一時継承している。次男がお出来になったらそちらに爵位が移る予定。

「ここにお集まりいただいた方々でもって臨時内閣とします。新しい国防卿に関してはプリストル前国防卿の教育が生きているものと信じて任命します。マリュエンス外務卿の代理の方には決断をして頂きたい。能力に疑いは今のところは無いので罷免しません。国のため全力を尽くして貰いたい」

 各公と代理は抵抗も無く速やかにオーサンマリンに結集し、こちらの高圧的な態度にも眉一つ動かさない。

「三部会や革命の騒ぎで本来の要点を忘れている方がいるかもしれませんので、前置きに一つ。思想信条など右左の違いで、所詮は正義に悪と口にする立場の違いで下らない。強いか弱いか上下の違いこそが国家の趨勢を決めます。ロシエが目指すのは上であって右の神聖教会でもなく、左の共和革命派でもありません。上下の違いこそが要点。強ければ右左の思想信条など使い分ければ良いだけのこと。弱い者は何かに拠らねば己を保てず、何らかの思想信条に頼ります。ルジュー殿下を我等がお守りするためには上の強さが必要です。左右に振れては一々首を撥ねて回らねばなりません。それはとても弱い。己、自国すら律することが出来ない国が強いはずがありません」

 書記が会話記録を取る以外に音もしない。かえって騒ぐ議員の方が相手をするのに楽だ。

「今から話す内容を基準に国政を進めて下さい。まずはマリュエンス外務卿が取り付けた講和条約における、我がロシエを害する条項を拒否します。共和革命派への攻撃はしません。恐怖政治は我々が終結させます。反乱分子の処分は適切に行い、決して過剰に行ってはなりません。死刑は極力避けて下さい。人的資源こそ今は至上であります。講和するにあたって敗北を認めません。我々は敗北したのではなく敵の侵略を撃退したのであります。ユバールの独立を認めません。しかしかの地は現在エデルト軍に対する防壁となり、そしてその防壁の役割をランマルカが代わりに担っている状況下にあり、有効活用します。バルマンの独立を認めません。我々が実力を取り戻した段階で奪還作戦に踏み切ります。今は雌伏の時です。聖戦軍指揮下に入ることはなく、今後それとは決別します。聖戦に参加する時があるとすればロシエの国益に適う時のみであり、神聖教会の思惑に左右されずに参加します。ロシエの聖職叙任権を聖皇に引渡すことはありません。改めてカラドス聖王教会を国教とし、神聖教会へ利する条項を撤廃し、ロシエ国民のための教えへと昇華します。神聖教会とは決別します。尚カロリナ挺身修道会派の存在に関しては今戦争での支援もあり特に排除するような措置を取らない方針でいきます。アラックの王冠は返還しません。ロシエ帝国建国の声明を出す時にアラック王には改めて我々から王冠を授けます。貰った神聖教会の黄金の冠の処分はアラック卿に任せます。関係各国への賠償金の支払いは有りえません。むしろ被害額を算定してから賠償金を請求するものとします。状況が許せば聖戦軍とそれに参加する諸侯、神聖教会勢力に対して担保を確保します。聖都にある王冠、王笏、王剣、宝珠の返還を求めます。講和に関して以上です」

 状況が混乱していて忘れられていたがロシエの王冠、ユバールの王笏、アレオンの王剣。それとパシャンダの宝珠エブルタリジズをルジュー殿下は持たずにロシエに戻って来たのだ。

 あの四点を託された時はそのカラドス王朝の正当性を保持する霊力に圧倒されたものだが、今になっては都合の良い道具としか思えない。これがあの穢れた聖女の手元にあれば何時でも卑劣な泥棒として宣戦を布告出来る。ロシエ王権の霊力の写し身であり、ただの骨董品であり、神聖教会に繋げた楔。これを話題に乗せるだけで簡単に国内の団結を図る工作に使える。そこを悟ってあっさりと返品するかもしれないが、そうしたら神聖教会は弱体の言いなりだとでも宣伝して国威の発揚に繋げられる。

「北部及び東部の戦災空白地への入植と帰農ですが、流民や失業者に徴兵された者の中から入植希望者を募ります。従軍の報酬という形で戦後の不満を縮小します。また将来的に再度戦地になる可能性があるので郷土防衛軍組織を併せて作成します。既存の地域共同体に限らない共同体にします。特に共和革命派の国民を多く入植させます。開拓復興で革命騒動どころではなくすることと、もともと貧困、飢饉で立ち上がった者達が多いからです」

 畑を弄らせれば不満も無くなる。革命騒ぎの一端は農地を継げない次男坊、三男坊の増加も一因だ。

「西部及び中央部を重工業地帯として集中投資します。最前線より遠く、また防衛戦争に至っても継戦能力を保持するためです。人口減による労働力と戦力不足は機械で補助します。例えば装甲戦列機兵ですが、あのような兵器がいくつもあれば十倍の敵に対して勝利することも不思議ではなくなります」

 ロセア元帥が遺した理術の知識と技術に思想、必ずや傷つき片輪のロシエを補って救う。

「地方自治権の廃止と郡県制度の導入を同時に進行します」

 これには冷静に話を聞いていた各公も顔色を変える。しかし立場が分かっているのか反論は出ない。論理が通って力を知る人間は手間が無い。

「これに反発する地方領主の方々はいらっしゃるでしょう。ですからあなた方がまず賛成してください。アラック卿は賛成しております。王太子殿下の各王領にオジュローユ公領とモンメルラン旧枢機卿管領、そして私のビプロル侯領も確定しております。これに加えて卿等の公領となればロシエの大半がそれを受け入れたことになり、残る領主の方々に簡単に文句は言わせません。穏便に、反乱を勃発させることなく数の圧力でロシエの統一をするためにご協力下さい」

 流石に考え込む各公。それとそのような重大案件を独断で決めて良いのかと頭を抱えそうになって止める外務卿代理。

 若き国防卿が「はい」と手を上げる。

「どうぞ」

「国防卿という職責の観点から、国内資源を最大効率で運用出来る制度と見て賛成します。南部軍の過ちを繰り返さないと考えます。また我々公家は王本家を補佐する為にあり、王の、皇帝でしたか、そのためならば身を投げ打つことが出来ます。プリエヌ公爵としても賛成します」

「分かりました」

 感嘆の唸り声をあげて”ありがとうございます”と思わず言いそうになった。

 この言葉を前に賛成しないわけにもいかず各公は賛成した。最後まで返事が出来なかった代理だが「首を掛けます」と賛成に回った。

「では改めまして、国家資源を最大効率で運用するために地方独自の権限は撤廃して郡と県を設置します。県は旧領域に拘らずに地方毎に設置し、郡は県の下位組織として細分化して設置します。貴族制は廃止しないが私的な財産以外は没収します。家に属する財産は没収せず、領地に属する財産は没収する形です」

 地方自治権の廃止とは公的財産の私物化の停止でもある。領主の家と領地の金庫に違いが無かったのがこれまでの地方自治だ。

「尚貴族の方々に関してですが、戦前よりそのような流れとなっていましたが高い教養を生かして軍人、官僚として活躍することを期待します。領地経営が出来なくても貴種の務めは依然終わりを見せておりませんので」

 これには各公と代理も頷く。時代の変化は昨日今日のものではない。

「幾度か帝国と皇帝の名が出ておりますので、各公と代理の方々には今更の解説とは思いますが。国王とは聖皇に認められ、聖なる神の名においてカラドスを模範とし冠を被せられた者です。諸部族の王、諸侯をとりまとめる責任者との意であり、各領主に地方自治をさせる前提の称号です。法を定めて各領主の紛争を仲介して平穏に務め、有事とあれば連合軍を組織して侵略者に対抗する保護者でした。直轄領の民こそいますが、基本的に庶民のための王ではなく諸部族長のための王です。これと違うのが新しいロシエ帝国と皇帝陛下となります。帝国は全国民の保護者を意味します。そこに神や聖職者に諸侯は挟みません。領主の権利ではなく国民一人一人の命と財産を守るのが帝国で皇帝です。神聖なる国王を廃止し、守護する皇帝を戴きます。神の下から離れ、皇帝は国民に仕え、国民は帝国に仕え、帝国が皇帝を保証する国体にします。ルジュー王太子殿下には王冠ではなく帝冠を戴冠して戴きます」

「う、うむ」

 自信無さげにルジュー王太子殿下が答えた。うーん……ただこれがセレル七世陛下みたいに熱量に溢れていたり、セレル八世陛下のように人徳が有ってお優しい方だと今のロシエには向かなかったかもしれない。

「売官制度の廃止と実力試験の導入をします。これのおかげで出世する道を拓いた自分でありますが廃止します。安定的に官僚や軍士官を供給する元としては頼りない物ですし汚職の温床です。官僚及び軍士官は実力試験でもって登用するか判断する制度を作ります。試験料は無料として才能があれば貧民からでも掬い上げられるようにします。費用は国が負担します。売官制度の優れていた点として、試験などの手間を省いて人物を速やかに登用できた点があります。試験とは別に優秀な人物を臨時登用する制度を別に設けたいと考えます。臨時登用期間を制限して設け、期間内に的確と認定されれば本採用とします。ここを抜け道にして汚職に走る可能性はあるので評価する第三者委員会の設置が必要と思われます」

 臨時登用制度には試行錯誤がいる。そしてあまり平時向けではない。

「軍の改革ですが、理術兵器を主力とした精鋭主義を取ります。職業軍人を専門化して悪戯な徴兵軍による戦争を回避します。少数の理術軍団が帝国連邦軍の防衛線を突破し、無数の徴兵軍が打ち砕かれた戦訓が我々にはあります。勿論のことある程度は物量を伴わなければ戦争どころではありませんので少数精鋭ではありません」

 戦力と経済の均衡を立て直す。悪戯に徴兵を行って労働人口を減らすべきではない。

「南大陸における総合的な資源の探求をします。これは少数精鋭の再軍備中の軍に出来ることです。人や金属に食糧、あらゆる物を未開拓の狭い海を挟んだかの大陸に求めます。アレオンの奪還も忘れませんが、しかしこれもユバール、バルマン問題と同様に雌伏の時を待って行動に移すものです」

 ユバールとバルマンと新大陸を失った分を取り戻すのならば南大陸からだろう。死刑に処すべきではない程度の反乱分子の流刑地としても使える。

「最後に国体や歴史に囚われぬ貿易が必要です。これはランマルカ革命政府や帝国連邦とすら必要があれば貿易を行うということです」

 各公と代理の顔が歪む。しかし精神は尊いものだが実物には変えられないのだ。

「これより良い方法があればあらゆる手段を講じましょう。例え売国のような行為、国民の命を切り捨てる行為、名誉を著しく損なう行為であっても合理に適うのならば手段を選んではいけません。意見があれば臆せず述べて下さい。意見と反逆は違います。悪意ある沈黙こそ首に掛かると心得て下さい。これでも先達の意見は重要視しております」


■■■


 連日閣僚や議員との会議が続く。目指す理想は示したが、実際に何をするか細かく決めて法としてまとめて裁決するのは難しい話だ。方針を示した後はそれに沿って法を作らせ、多角的、合理的に判断して裁決するか決めている。

 単独で裁決可能な独裁する宰相の地位は重い。己がやらねばまたこのような侵略を受けると覚悟が決まっていなければ重圧で発狂していただろう。

 しかし気分転換は必要。空いた時間を見つけて変装して街へ出る。この身体だから目立つかもしれないが、父が連れてきたビプロル人達全員が帰郷しているわけではないので埋没は出来る。

 宰相就任以来の行動と言動はロシエのためになる合理的なものと確信している。正しいとは思うも、議員にしても閣僚にしても相手をすると精神力の磨耗を感じる。

 通りがかったロシュロウの家は空き家になって不動産業者の手に渡っていた。売値はどうもオーサンマリンが帝都確定と見たか大分高かった。オーサンマリン入城の様子を見て高値にしても焼討に遭わないと判断したかもしれない。

 ロシュロウ夫人は聖王親衛隊の組織改革で忙しいのだろうか。シトレでの活動があったから撤退したわけではないだろうが、拠点は移動したに違いない。

 セレル様とアシェル=レレラ様、それからユキア様のお子様が暗殺された。尊敬しそして見知った方、これから生まれるはずだった子供が永遠に戻って来ないというのは理解しても確信し辛い。ウォルも今回も死に損なったと現れそうだし、ベフーギン中佐もオルフ人はしぶといと言ってくれそうだ。リンヴィル海尉もちょっと時計が壊れて遭難していただけなどと。

 講和条約が締結されていないせいで三方のご遺体は聖王陛下の手元にある。ユキア様の様子は伝えられないが、あのお方なら手厚くしてくれているだろう。

 ご遺体を取り戻すという話になるのは講和会議が開かれるような状況になってからか。この件に関しては無碍に扱われないと思うが。

 広場を通れば処刑議員の死体は回収されて見えない。

「無敵のロシエ陸軍大勝利! 悪魔のような帝国連邦軍はロセア大統領決死の突撃により撃退されました! 後は悪魔を嗾けてきた神聖教会の悪徳聖女、腐敗の巨人ヴァルキリカに操られている愚かな聖戦軍を残すのみ!」

 先触れが勝利を喧伝している。嘘の無い虚構であるが、見方を変えれば真実でもある。

 我々は敗北を認めない。敗北を認める流れになればロシエは聖女ヴァルキリカの傀儡に成り下がる。

 そしてあの新聞屋の小僧が販売をやってる。

「新聞、一つ下さい」

「ビプロルのお兄さん! また買いに来てくれたんだね。戦地から戻ったばかり?」

 オーサンマリン発行、新聞”長い耳”の見出し。

 ”正義は勝つ! 君達は悪を滅する光の剣を見たか”

 聖戦軍の――可能性は低い――攻勢に備えて陸軍の士気を高めなければならないのでそのような記事を書けと指示が出している。しかし、光の剣?

「行ったり来たりだよ」

「どうだった? 悪魔は?」

 火力と機動力と工作能力に優れた遊牧民と妖精と獣人達による極めて精強で意思統一がされた仮借なき大軍勢。何だそれは? これに勝ったのか?

「戦争はね、しなければ良いに越したことはないよ」

 小僧が新聞売りの手を止める。

「ふーん。僕も出兵しようと思ったけど年齢が足りなくてダメだったよ。誤魔化してもこの身長じゃバレるし。戦地取材とかしてさ、本書こうと思ってたんだ」

 従軍記事を書いていた報道関係者は、あまり気に留めている余裕が無かったが見た記憶はある。手帳に日記を書いている兵士も多かったかな。

「戦地での話なら帰還兵がたくさん書くし、それをまとめたがる従軍記者はきっとたくさんいる。新聞屋なら戦時に発行された各社の新聞記事を取りまとめてどんなものだったとか、出来そうじゃないかな」

「うーん、でも情報統制入ってるのばっかだから右へ倣えの内容なんだよね」

「地方で違うんじゃないか? それにその右へ倣えの記事もまとめて並べれば面白い差が見えるかもしれないよ」

「うん、そうだけど、誰がそんなの読むの? 派手な方がウケるじゃん」

「平和になって、皆がこの戦争を客観的に見たくなってからじゃないかな」

「それじゃあ大分後だよ。僕は今出来ることがしたいの。若い内に目立たないと埋もれちゃうよ」

「資料集めは膨大だよ。今からやっとかないとね。それに時代が経つと消える物が多いから処分される前に保管しないとね」

「うーん……ま、考えとくよお兄さん」


■■■


 散歩を続けてオーサンマリンの郊外、北の王の森の小川のほとりへ到着した。

 寒波は過ぎ去ったのか平年並みの冬の寒さに戻り、川縁や水面から出た石の回りに多少の氷は付いているもののコロコロと流れが音を立てている。

 戦車に乗ってこの辺を突っ走ったのがかなり昔に感じる。良く平気で自分を生かすために皆は死ねなどと命令出来た。

 渡った小川の橋の上に乗るとギィと音を立てて軋む。もう一度鳴らすとバキッとどこかが折れた。

 橋から退く。渡った時よりはるかに小さく頼りなく見えるし、もしあの時折れていたらと思うと、未来が違ったかもしれない。

「お供も連れずに川遊びですか?」

 少し笑った声で話しかけてきたのはノナン夫人だ。職業柄か接近に直前まで気付けなかった。

「まあ、そうですかね」

「ご報告に。廃民院を各地に設置する準備が出来ましたので後はご予算を戴くだけになりました」

「仕事が速いですね。臨時予算からの確保を検討させましょう。予算案に組み込むことになった場合はそうですね、家の私費から臨時予算を出そうと思います」

「はい。彼等には安らかに速やかな眠りを……汚いことはお任せ下さいな」

 ノナン夫人の笑いが自嘲気味である。

 廃民院は主に帝国連邦軍によって身体や精神を壊された者達を引き取って余生を過ごさせるという名目で、帝国に負担が掛からぬよう速やかに殺処分をする場所だ。入院する者達はどのような反応を示すか分からないが、生きる苦しみに生涯苛まれるよりは幸福と考える。何より介護者、国の負担が減る。

 弱さを捨てる必要がある。おぞましき人食い豚と謗られようともだ。

「素晴らしい働きには感服します。しかし貴女は、リュゲール殿下とは?」

「仮面夫婦だとか、何か普通の関係ではなかったかとお疑いですね。当初の予定では夫のリュゲールが戦場で血を、私が裏で血を、と輝く前王陛下の代わりに汚れ役をする構想でしたの」

「それは、なるほど」

「陰働きは潰しが利きません」

 ロシュロウ夫人も陰働きであった。しかし商人として成功していたように見えたが。

「出来ることが多くて、マトモな仕事でやってはいけないことを禁じられてしまうと苦しいのです。相手を打ちのめす拳さえ禁じられるのは死より辛い。汚いことも誇りあってのこと。名誉を犠牲に国家に仕える覚悟あってのこと。どうかお使い潰し下さいませ」

 ノナン夫人が貴婦人の礼のように頭を下げたと思ったら地にまで膝を付けた。その小さい肩を、力加減を間違えぬように抱える。

「お召し物が汚れます。立って下さい」

 立たせる。小さい顔が近い。

「ノナン夫人」

「はい」

「では人間を裏切って頂きたい」

「はい」

「ランマルカの者と連絡を取って下さい。大陸にて手を取り合う可能性について話があると」

 ユバール問題については良い解決案がある。表面上はユバールをロシエの物とし、実質はランマルカの物とする方法だ。エデルト軍牽制のためにランマルカ軍を利用しつつロシエとしての面目を保つのならこれしかない。

 ユバールの資源に関しては貿易と同盟関係の調整により実質ロシエの物に出来る。その分差し出す物こそ出てくるが、利害が深まれば深まるほど切り離せない同盟となり得る。感情としては認められないものの、合理としては認められる。あちらにそれが通じるかは話さないと分からない。

 迷いが生まれる。しかしそれを殺さねば強くなれない。皆の死体を踏みつけて上を目指さなければならない。汚いことも誇りあって、名誉を犠牲に国家に仕える覚悟あって、か。

「妖精さん? それはまた正気ですか?」

「ロシエを導く者としての命令です」

「まあ……素敵」


■■■


 春を迎える。冬の寒さは致命的で、その時期にやって良いこと悪いことがある。おめでたい行事で人死を出すわけにいかない。

 戴冠式が執り行われる。開催場所はオーサンマリンのカラドス聖王教会。

 大きな式典を執り行うには少々では済まぬ手狭さ。シトレの崩壊で大きな大聖堂が軒並み焼失してしまったせいだ。

 他の都市にも大規模で王位に関わりがあって由緒正しい聖堂はあるが、帝政発祥の地とすればここが最適である。カラドス聖王教会派の本山、リュムラン大聖堂が候補に挙がったが帝都を留守に出来ない。

 この戴冠式では聖皇ではなく宰相が金属の魔術で帝冠を作り被せる。これは神聖教会との決別を示す儀式である。神やその代理人の手ではなく、俗世の俗人により神聖教会の嫌う魔術で出来た冠を被せるのだ。神聖なる霊力ではなく、俗なる筋力や術力がその権威を生み出した。

 カラドス聖王教会が独立した存在して立ち上がるが、具体的に聖職者序列は決まっていない。神聖教会との決別というのが混乱要素になっている。

 帝冠に霊力を宿すための祝福は、論議があったが省略されないことになった。国民の多くはまだ聖なる神を崇めており、我々も神聖教会とは違う方向で崇めようと試みている。信仰の有り方を変える。

 とりあえずはこの建物の管理人、教会の司教――準備が始まる前までは平の神父――に祝福をさせることにした。直に彼が序列の首位になるかもしれないが、神学の教養の具合がどうも平の神父らしい。個人的にはとても的確な助言を戴いたので評価したいが、宗教組織の長としてはどうも、まあいいか。

 参列者は教会の大きさから国内要人と各国外交官に限った。戦災のせいで一部、礼装が間に合わせの者もいる。自分は父が残した礼装を使用人達が持っていたので忙しい仕立て屋の手を借りずに済んだ。

 出席するはずだった南部諸侯の一部は国家元帥となったレイロス様が討伐したので欠席。

 外には街の人々が長大に集っている。

 許されればダンファレルにも出席して貰いたかったがそれは叶わない。一応、私的に戴冠式があったぞと手紙は出すつもりだが返書は期待しないでおこう。バルマンの立場は難しい。

 中にはルジュー陛下の婚約者、レイロス様のご息女もいる。かの御仁に似てお美しく、またらしからぬ淑やかさである。男女で教育が違う。庶民となるとアラックの男も女も血の気が多いそうだが。

 ご結婚は講和後に平和の象徴として執り行われる予定だ。もしくは講和同然の状態か、時期が経って待つ必要が無くなる時に至れば執り行われる。この結婚は焦らなくて良い。

 戴冠式の出席者は少ないと思われたが、思ったよりも集った。聖戦軍は変わらず国境近辺で待機しているものの、この一時的な停戦を正式な講和に持ち込もうという意志は神聖教会から感じる。力があれば平和も戦争も調整出来る。

 力さえあればユバールの分断と内紛も解決出来る。バルマンとの関係も戻せる。取り潰した南部諸侯や離れた一部の民心も覆い潰してただの愚痴に出来る。聖皇の破門宣告もただの口喧嘩に貶めて、閉ざされた貿易港だって開港出来る。

 手に金属の魔術で冠を作り出す。単純な環状に”皇帝は国民に仕え、国民は帝国に仕え、帝国が皇帝を保証する”と刻む。過剰な装飾は旧体制的だ。

 その帝冠へ、司教が聖油を掛けて「我等の次代のカラドス、聖なる神の息子よ。新たに我等とその母なる帝国を守りたまえ」と神聖教会の影響を排除した聖句で祝福。

 そして跪く、セレル七世が使った衣装を手直した物を着たルジュー王太子殿下の頭の上に帝冠を掲げる。これを降ろせばロシエ帝国初代皇帝ルジュー一世の誕生だ。

 あの時、ベルリクを撤退させる言葉を自分が紡げなかったらどうなっていたか

 手が震える。上目でルジュー王太子殿下が心配そうに見る。守るべき子犬にそんな目で見られる筋合いはない。笑えてくるのでそれを微笑みに抑える。

 震えを止めて戴冠。立ち上がり、参列者に振り返って手を上げる。

「ギーダゥワ・ルジュー!」

 レイロス様がギーダと言いかけて第一声を上げる。

『ギー・ドゥワ・ルジュー!』

 歓声に合わせて外で祝砲が連射される。教会の窓に解き放たれた鳩の影。オーサンマリンには少ないが各所で教会の鐘が連打される。

「ギー・ドゥワ・ロシエ!」

『ギー・ドゥワ・ロシエ!』

 新国歌の伴奏が始まる。

「アッララレーイ!」

 興奮したレイロス様がアラック風に叫び、連れて来た九歳の娘を抱き上げて回ってやらかす。皆がやっぱやったと笑う。


  ロシエの帝国は我等の為に生まれた

  勝利と自由を約束する

  国境から家まで戦いの号砲が響き

  勝利と自由を実現する

  覚悟せよ、侵略者よ

  侵略者は血に飢えている

  我等は武装して怯まず

  侵略者を血泥に沈める


  ギーダロッシェ! ギーダラック!

  アラック人は自由に生き、勝利の為に死ぬ

  アラック人は自由に生き、勝利の為に死ぬ


  勇敢な我等に燃え尽きる日が来る

  母の涙を恐れるな

  女達の涙の時を耐えて勝利する

  次に溺れるは侵略者

  女達は腹に復讐者を宿す

  我等の命は我等のものではない

  女達が生み出すのは我等

  我等は全て帝国の子供


  ラッソールローシィ! ラッソールフレット!

  フレッテ人は自由に生き、勝利の為に死ぬ

  フレッテ人は自由に生き、勝利の為に死ぬ


  恐れず戦う者を我等は尊敬する

  恐れず死んで勝利を得る

  恐れる臆病者に魂は無く

  不浄の恥である

  死者は我々の為に死んだ

  死者は勇者で、我等も勇者となる

  死者よ我等の先導となれ

  侵略者を滅ぼす魂よ


  チュアーゼレシエ! チュアーゼビプロゥ!

  ビプロル人は自由に生き、勝利の為に死ぬ

  ビプロル人は自由に生き、勝利の為に死ぬ


  皇帝陛下と帝国に我等は誓う

  父と母、兄弟妻子にも

  母なる国土、同胞たる国民に誓う

  我等は死しても侵略者を破滅させる

  雪が降り、泥に塗れても

  夜が訪れ、光が見えずとも

  国と仲間と家族を守る

  勝利と自由のため


  イュユートルーシャ! イュユータレオン!

  アレオン人は自由に生き、勝利の為に死ぬ

  アレオン人は自由に生き、勝利の為に死ぬ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る