第223話「成した結果」 大尉

 ”馬”の荷物袋に入っている白骨化された”狼”の頭蓋骨を手に取って眺める。保護剤が厚めに塗ってあるようで手触りが滑らか。長い間体を酷使してきたことを証明するように歯が磨り減り、奥歯は扁平で犬のようだったはずの犬歯も人並みに近い。”馬”が丁寧に処理したようで出来栄えは良い。

「ぎにゃー! もちょこい!」

「よいではないかよいではないか!」

 諸任務を終えてヘルムベルに戻ったは良いが現在、案内役の同志スカップが不在で困っている。敵対勢力に囲まれた中で待機となると安らげるものではない。

 我々は現在ヘルムベルの城に軟禁状態である。武器に薬物は没収されず、”鳥”が近場で鹿猟を行えているので軟禁とは過剰な言い様かもしれないが。とにかく、城の外へは基本的に出られない。

 出ても危険である。どこに復讐部隊が潜んでいるか知れず、この地方で通じるバルマン、ロシエ、エグセン等の言語に堪能な者は仲間にいないので情報不足。同志スカップがいないと周辺の確認も危ういところ。

「インチキが、甘くしてやりゃあつけあがりやがって!」

「ヤンちゃんヤンちゃんみみみみぃ!」

 廊下の方から二人の声に足音がどったんばったんと騒がしい。段々と遠くへ去っていく。

 ”鳥”と共に空を飛んで回って定期的に周辺情報を目視で入手しているが、帝国連邦軍が早くも撤収して、代わりに聖戦軍が前進して前線配置となったこと以外に目ぼしい情報は無い。

 城の主であるダンファレル王子の個人的な好意によって歓待されている状況だと”猫”本人から聞かされている。好意一点、利害も無しに構築された関係は危うい。近所の友人程度ならそれで問題無いが、ここは異郷の異文化異種族の真っ只中。

「何だぁお前!」

 後頭部を軽量の柔らかい物体で叩かれ首に衝撃。無遠慮にこういうことをするのは”猫”。”馬”から逃避した後、手に持った帽子で行為に及んだもよう。

「勝手に人の部屋に入ってんじゃねぇよ」

「この部屋は君達の財産ではないだろう」

 この部屋は”猫”と”馬”が寝泊りをしている場所だ。借用者の不動産ではなく、所有者であるバルマン王ヴィスタルムの私有不動産であり、その元は人民から搾取した税である。

「そういう意味じゃねぇよ。インチキの道具袋も勝手に開けてるしよ」

「”狼”くんの頭蓋骨が見たくなった」

「あーはいはい」

 ”猫”は妙な格好をしている。いつもは延ばしたきりの髪が整髪されて隠れた猫科動物っぽい耳が出て、現地上流階級の若年女性の服装。スカートには穴が空いており、いつもは隠している尻尾がそこから飛び出して揺れて動いている。それから常人と異なる出し入れ可能な猫科の爪を持つ手は手袋で隠している。ヘルムベルに到着した時からこのような服装である。まるで都市住民のようでいて奇妙。

「その変な格好は気に入ったのかい?」

「うるせぇ猿。ここの変態王子の趣味だっての」

「嫌なら前の服に着替えれば?」

 前のは服というか、毛皮を縫い合わせて四肢用に穴を開けた成り損ないの外套もどきという様相であったが服で良いはず。

「あれ着てるとここの働き雑魚共が何かピーピーパッパッてうるせぇんだよ」

「見た目は虱や蚤等の害虫が巣食ってそうだから嫌がられるだろうね」

「うっせぇ」

 また帽子で頭を叩いてくる。その帽子には二つ穴が空いており、どうも被った時に耳が出るように工夫されている。人外の姿を隠すための服装ではないと見える。ダンファレル王子の特異な趣向、”猫”の言うところの変態の一環であろうか。

 耳は聴覚、そして尻尾は平衡感覚を調整するためにあるらしいので趣味と言うよりは合理に思える。ただ無用な身体からの突出部分というのは負傷しやすいので過剰な突出は非合理である。”猫”は耳や尻尾を隠して来た。今作戦では不幸にも銃弾を胴体に受けてしまったが、今までは突出部分を隠して来たことにより負傷を避けてきたのではないかと思えてくる。

「何ジロジロ見てんだよ、猿も変態かよ」

「その服装は動きやすい?」

「全然」

 では非合理、変態趣味か。何が特異なのか不明だが。

 ”猫”が頭蓋骨を手に持って、上に放り投げては落ちてくるのを掴む。時々天井に当たる。

「老いぼれの冒険野郎、猿のイカれ任務に付き合いたがった。死んで当然、骨拾われただけ幸運だな」

 ”狼”と”猫”に対しては以前から高額報酬を支払っていたが、しかし彼等の家の様子を見れば裕福な生活を送っているわけではなかった。冒険が報酬だったか。

 ”馬”が奇声をあげて部屋に入ってきて”猫”に跳びつこうとして避けられる。反射的に放り投げられた”狼”の頭蓋骨を掴む。

「何だインチキてめぇ!?」

 ”馬”がまた跳びつこうとし、”猫”は壁を蹴って背の高い衣装箪笥の上に跳び乗り、また何時でも跳び出せるように四つになって構える。非常に俊敏な動きで銃創が癒えたばかりとは思えない。良く丁寧に治療して貰ったことが伺える。

 ”馬”が興奮した様子で、言葉にならずアワワといった風に口だけ喋る形になっている。”狼”の死の衝撃から立ち直りつつあるように見える”馬”だが、精神不安定のようにも見える。”猫”を追う目は血走っていると言えよう。まずは穏当に話しかけよう。

「どうしたの?」

「ヤンちゃんが何喋ってるか聞こえた!」

「あの牝馬、さっきから盛った雄みてぇにうるせぇんだよ」

 帽子で叩いてきたのは八つ当たりか?

「口悪っ!? ちょっと、誰が牝馬よ!」

 ”猫”の言葉が分かるようになったらしい。

 ”馬”が背伸びをして衣装箪笥の上の”猫”を掴もうとし、跳んで避けられる。部屋の外へ逃げていった。

「待てー! おしおきじゃー!」

 騒がしく”馬”も追って部屋の外へ出て行く。

 窓の外を見れば雪を被った白い城下町に青い空が映えている。”狼”の頭蓋骨を袋に戻し、窓の外へ。窓枠を手掛かりに屋根の上に昇る。

 ヘルムベルの城下町は防御施設に囲まれ、人口比に対して若干手狭に見える。冬場の炊事暖房の白煙が至るところから上がっている。

 屋根から屋上広場へ移る。

 空から鹿が降ってきて、広場にバンと叩きつけられて雪が舞って、「ギュム」と衝撃で息が口から押し出された。

 短剣を手に鹿へ止めを刺した後に解体へ移る。

 ガチっと爪を鳴らして”鳥”が着地。冷えた羽毛の体を擦り付けてくる。

「大尉さんお腹空いた?」

「うん」

「うふーん!」

 ”鳥”が得意げに笑う。とても良い。

 皮を剥いで内臓を切り離したところで屋上の扉が中からガリガリと引っかかれる音が鳴る。

 解体する手を止め、”鳥”に肝臓を食べさせてから扉を開ける。中から、体の大きさからは想像出来ないやや小鳥じみた「ミキャア」と高く細く鳴く大猫のヴェルフィーナが外に出てきた。

 一度自分に体を擦り付けてから解体中の鹿の前で行儀良く座る。ヴェルフィーナに肉を切り分けて与えると食べる。自分も肉を切って食べる。

 尻尾に何かあたる。揺れている自分とヴェルフィーナの尻尾が触れただけだ。

 しばらく肉を食べていると城の召使いと兵士が屋上にやってきて、バルマンの言葉で何か言う。何を言っているかは不明だが、鹿を指差しつつ抗議している様子。

 ”鳥”が彼等にクルクル踊りながら近づくと露骨に怯え、警戒され、口に咥えた肉を差し出せば手を振って”要らない”とやりつつ溜息を吐いて引き下がる。ヴェルフィーナとはこれで友好関係に至った。人間は分からん。

 食べ残しと骨などの廃棄物は剥いだ皮に包んで”鳥”が郊外へ持って行く。食べ残しは木に吊り下げて保存食とし、緊急時に備える。城に持ってくる獲物以外にもしばらく食いつなげるだけ保存してくれているはずだ。

 食後は割り当てられた寝室へ行って昼寝。ヴェルフィーナも一緒、懐かれている。


■■■


 夜の城内に女の悲鳴が響く。衛兵達がドタドタと走る音が聞こえ、言葉は不明だが”何だこいつかよ”というような嘆息混じりの声があって騒ぎが収まる。

 以前から何度も同じ騒ぎが起こっている。”鳥”だ。夜間にあの恐ろしげな姿を見ると人間の、特に胆力に乏しい女は思わず悲鳴を上げてしまうようだ。強い肉食の猛獣と闇夜で接近してしまう恐怖を抑え込むのは難しいだろう。それと人面も恐怖の象徴らしい。

 廊下に出ると、経緯は不明だが”鳥”が同志スカップの襟首を噛んで持ち上げて運んでいる。自分の目の前に同志スカップを置く。逸早くこちらに連れてこようとした結果だろう。

 ”鳥”がこちらに頭を突き出してくる。

「うむ?」

 少し考え、合点がいってその頭を撫でる。

「うふーん!」

 ”鳥”が嬉しそうな声を上げる。とても良い。

 ”鳥”はくるくる踊りながら去って行って、通りがかりの衛兵が「オワ!?」等と驚きの声を上げていた。今晩もまた狩猟に出向くことだろう。非常に勤労的で素晴らしい。

「私が寝泊りする部屋で話そう」

「はい」

 同志スカップのための客室も用意されている。ロシエから神聖教会勢力に乗り換えたバルマン王国だがランマルカ革命政府との繋がりも確保しているようだ。そのお陰で我々も助かっているが。

 その客室へ行き、直立して気をつけの姿勢。同志スカップが椅子に座ってから帳面を捲りつつ話を始める。チラと文章が見えたところ、自分の立場では一見して分からない暗号にて書かれていた。

「休んでくれ。まずはおめでとう」

「ありがとうございます」

 休めの姿勢を取る。

「革命英雄勲章が同志大尉へ授与されることが内定した。詳しくは本国に帰還してからだ」

「はい」

「さて、ヘルムベルに居ては分からなかっただろうが、我等が同胞達が挙げた戦果を伝える。まずユバール島嶼部のヘンセイグ島とロンヴォル島を第二次上陸部隊が強襲制圧。島嶼拠点の確保により、今後我がランマルカの北大陸活動はより効率的に行われるだろう。またユバール大陸部ではユバール革命戦線が各地で、人間主導の革命ユバール政府の陰で勢力を拡大、蚕食中だ。上手く共和革命派と王党派やロシエ派の人間が今も殺し合っている。その上で帝国連邦軍より撤収時に破棄した余剰装備や設備を受領しており、我が方からの武器供与が無くても当面の武装問題は解決され、内陸側からの攻勢は順調だ。沿岸、内陸より戦略的に挟撃状態を成している。今後の予定としてはゼーバリをユバール革命戦線の拠点として引渡せる状況に持って行くことだ。まだ革命ユバール政府という旗を降ろすことは脅威回避のために出来ない。また制海権を確かにするためゴアレンテ島の制圧が必要だが、第三次上陸部隊の編制を待たなくてはならない。この冬が過ぎて春になってからだろう。ここを陥落せしめればゼーバリの安全が確保され、ユバール革命戦線の旗を翻し、革命の狼煙を上げることが出来る」

「ご説明ありがとうございます。次に私はどの目標を撃てばよろしいでしょうか?」

「いや、これは同志大尉が成した結果を報せたいと思ってのことだ。状況を把握して貰うためではない。諸目標を抹殺してくれたおかげで諸勢力の目がユバールから離れた結果を聞かせたかった。勿論、その銃弾だけがこの結果に至らしめたわけではないがその一助となったわけだ。特にロセア元帥の抹殺は大きい。ロシエがロシエ以外に気を配る余裕が消失した。セレル八世の抹殺に関しては、うむ、どうだろう、ルジューが王太子になるよりはロシエ内紛が速やかに団結、沈静化したのかもしれない。そのような危険な未来を断ってくれたわけだ。実に素晴らしい、わざわざ新大陸から召喚した甲斐があった」

 同志スカップがゆっくりと拍手をする。機密情報もあるだろうに、わざわざ賞賛のために報せてくれるとは何とも筆舌にし難い。

「人間共がロシエ問題で気が反れている内に同志達は北大陸に確かな橋頭堡を築いてくれた。もう一度言うが素晴らしい働きだ。今まで連携が余り取れてこなかった同胞達もユバール革命戦線という重力に引かれて集って来ている。いずれも放浪生活が習慣になっていて野外活動でたくましく、傭兵が多くて練度にも期待が出来る。人間社会からのはみ出し者達が新たな故郷を目指して神聖教会圏中から集っている。マトラの同志達は奴隷の買取という形で人数を集めていたが、独立した放浪集団の同胞達にはあまり関心が無かったようだ。全数の把握、連絡の徹底、行動の追跡、いずれも不徹底。マトラの同志達の考えは窺い知れぬが、そう、あまりにも各地に薄く散らばっていたせいで表面的な接触だけで全てと思い込み、それ以上は実り無しと勘違いして費用対効果に合わぬと等閑にした様子。私の算術ではまず集るだけでも二百万は固い」

「そんなにもですか?」

 近代に入り神聖教会圏には土地を持って自立している妖精はおらず、およそ全てが奴隷身分だった。そこで何か事件があって脱走したり主が死亡して自由になる者達が現れ始め、そういった者達が身を寄せ合って放浪生活をしながら傭兵や売春や盗みに大道芸や日雇い仕事をしながら同胞同士で数を増やしつつ集団を形成していると聞くが、国家形成に十分な人口を有しているとは驚きだ。

「妖精種というだけのまとまりの無い少数集団を一括りに数えればそれぐらいの数値は出るものだ。偉大なる祖国の創造という大事業をそんな同胞達へ報せて回った甲斐がある。噂が連鎖し、計算外の者達も集ってくれるのではないかと淡い期待もしている。帰属意識先の調整も良好だ」

「僕は新大陸に戻るのですか?」

「非常に困難な任務を任せるために同志大尉を呼んだだけだ。その真の実力は新大陸で発揮されるだろう。新大陸には遠方の存在であった龍朝天政なるいかがわしい連中が上陸してきていることだし、新たな命令はそちらで下される。小用を足したらこのまま君達をゼーバリまで案内しよう。私も一度本国と連絡を取りたいし、船に君達は乗って帰りなさい」

「はい」

 同志スカップが立ち上がり、右手を出した。休めの姿勢から直立に戻し、右手を出して握手する。

「そうそう、同志大尉、見せたい物がある。同胞達はちょっとした小商い、行商もやっていてね。面白い物を持っていたんだよ」

「見せたい物ですか?」

 同志スカップが自分の目前に、名状し難いが、鳥の羽数枚をしなやかな棒の先端部に括りつけたハタキもどきを突きつける。

「同志?」

 ふわふわした羽先がゆらゆらと振れる。

「何事でしょうか?」

 ゆれる。何だこれは? ちょっと、気が散る。

「同志、止めて下さい」

 何だこいつめ? 手で振り払う。手応えが軽く、また目前でふわふわがゆらゆら。

「何の真似ですか。止めて下さい」

 ゆれる、ゆれる、ゆらゆら、ふわふわ。手で振る、軽い。

「同志スカップ、止めろと言った!」

 ふわふわが右、振る、軽い!

「止めろ!」

 ふわふわが左、振る、外れた!

「ふわ、おふ!」

 ふわふわが遠ざかる。前へ!

「うぉ、ほぉ!」

 ふわふわが消えた。消えた!?

「消え?」

 同志スカップが咳払い。

「何故消したんですか?」

「ああ、ダンファレル殿下。こちらを殿下に差し上げようと思ったのですが、あの大猫相手に使うとおそらく怪我をしますので止めました」

 振り返れば、この国の第一後継者ダンファレル・ガンドラコである。

 ダンファレル王子がバルマン語で喋り同志スカップが受け答えをし、何度か繰り返してからこちらに要旨を伝えてくれる。

「ダンファレル殿下は君の言う獣憑き”猫”との会話を所望されている。君と私で通訳してその会話を成立させる。小用とはこれのことだよ。この部屋で待っているから連れて来てくれ」

「了解しました」

 敬礼。ダンファレル王子が頼むといった感じに頷いた。意図不明だが断る類ではなさそうだ。

 しかしあのゆらふわ、一体何だったんだ?


■■■


 命に従い”猫”を探す。まずは”猫”と”馬”の部屋へ行く。

 中には”狼”の頭蓋骨を抱え、布団の上で丸くなってすすり泣く”馬”がいるだけ。

「”馬”くん、”猫”くんは?」

「……うぇっ、嫌われちゃったかな?」

 精神不安な人間に期待することはない。

 単独で探す。鼻に意識を集中しつつ、物静かそうな場所を選んで進む。

 ”馬”から逃げ回っていたことを思い出し、彼女には到達出来そうにない場所がある箇所を想像して城の礼拝堂へ行く。緊急時に備えて城内の間取りは頭に入れてある。

 天井が高い礼拝堂に入ると”猫”のにおいがする。壁際の像、彫刻、飾り窓を手掛かりに登り、柱の裏を見て回れば暗闇に目を光らせていた。柱と壁の間にある装飾的な梁の上に毛皮の外套もどきを布団に横になっている。

「何か用か?」

 日中の睡眠不足によるものか追いかけっこによるものか疲れている様子。暇さえあれば寝ている”猫”だ、精神不安の”馬”相手は辛かっただろう。

「ダンファレル王子が君に話があるそうだ。僕と同志スカップが通訳を行う」

 ”猫”の言葉は自分が分かり、自分の言葉は当然同志スカップが分かり、同志スカップがバルマン語にしてダンファレル王子に伝える。

「変態と? しょうがねぇな。インチキどうしてる?」

「先程確認したところ”狼”くんの頭蓋骨を抱えて泣いていた」

「かぁ、面倒臭ぇ女だ」

「大人しくしているから手間は掛からない」

「……猿はそういうのダメだよな」

 ”猫”が四つになって体を伸ばして柔軟運動。

「まあ、俺が我慢して何とかするっきゃねぇな。糞、あのくたばりデカブツが、とんだ置き土産だぜ」

「呪術療法で治療するのかい?」

「あ? あー、そんな感じだ。後は時間だな、そういう風に人間様は出来てんだよ。妖精にゃあ分からん」

 ”猫”が欠伸を一つしてからあの耳が外に出る帽子を被る。

「やっぱ気持ち悪ぃな」

「では脱げばいい」

「くれたもんはつけて見せるだろ、まあ恩人だしな」

「なるほど。命を救ってくれた相手に敬意を払うんだね」

「うー、まあそれだな、たぶん」

「この保護されている状態もダンファレル王子の”猫”くんに対する好意があってこそと聞いている。周囲に敵が多い状況下で現地人を精神的に取り込む行為は推奨される」

「うっせぇ猿、そんなじゃねえよ」

 ”猫”が柱と壁の間を身軽に跳躍を繰り返して床まで降りる。こちらは像、彫刻、飾り窓を手掛かりに壁を降りた。

 ”猫”を同志スカップとダンファレル王子がいる部屋まで案内する。道中のその尻尾は早めに揺れていた。

 ゆらゆら、ぺったり。ふわふわ毛並みではない。

 ゆらゆら、くねくね。

「猿!」

「何?」

「ボケ」

「何故」

 理解不能。”猫”は「むう」と唸って被った穴あき帽子を心地悪そうに触っている。脱げばいいのに。

 部屋に到着する。どこか無感情めいたダンファレル王子の顔色がパっと赤くなった。血圧が上昇している様子。

「だあ、やっぱダメだこりゃ」

 ”猫”がダンファレル王子の目前で帽子を脱いだ。乱暴にしないでゆっくり脱いだのは恩人への敬意であろうか。その際に左右の耳が片方ずつ動く帽子に潰れ、ぴょこんぴょこんと解放されて跳ねた。

 ダンファレル王子が胸を押さえる。心臓に負担が掛かったようだ。

 しかしなるほど。王子が人間が表現する変態かどうかは確信に至らないが、あの反発動作に心動かされるものがあることを認めよう。

「同志大尉、”猫”を救ってくれたダンファレル殿下は、その”猫”との会話を望んでおられる。これは救命の謝礼であると取って差し支えない。協力して欲しい」

 同志スカップが改めて申し出る。拒否する理由は無い。

「”猫”くんは?」

「まあ、しゃーねーだろ。変態には世話んなったからな」

 ”猫”は頭をむず痒そうにしながら答えた。

「”猫”くんはダンファレル王子と会話します」

「よろしい!」

 自分と同志スカップとで通訳して会話させる。

「ダンファレル殿下は”猫”と結婚したいと仰られている」

「”猫”くんはお前の脳みそは糞で出来ているのかと言っています」

「ダンファレル殿下は貴女がバルマン王国で暮らすのが嫌なら身分を捨て、亡命して新大陸へ行くと仰られている。尚、ランマルカ革命政府としてはその高い医療と呪術の知識を高く評価しており、亡命を大陸宣教師権限で許可する」

「亡命させるとなれば敵中突破の様相となるでしょう。”鳥”くんが郊外で備蓄中の保存食糧が役に立ちます。”猫”くんは変態なだけじゃなくて馬鹿とはびっくりだと言っています」

「素晴らしい働きだ。敵勢力に勘付かれない経路での物資供給は隠密作戦の肝である。ダンファレル殿下は私を馬鹿にしたのは君だと仰られている」

「”猫”くんはお前の馬みたいにデカそうなチンポ突っ込まれたら股が裂けて死ぬ、お前が死ねと言っています」

「ダンファレル殿下はその様に例えられる程の大きさはなく正常に機能する。それから成長するまで待つと仰られている」

「”猫”くんは化物の身体が大きくなる保証は無いと言っています」

「ダンファレル殿下は自分が我慢するだけだから一向に構わないと仰られている」

「”猫”くんはマジかよ、しょうがねぇなと言っています」

「ダンファレル殿下は愛していると仰られている」

「”猫”くんはイカれてると言っています」

 そうか。

「おめでとう」

「うっせぇ猿」

 肩をバシッと叩いてくる”猫”の顔色も赤みを増した。高血圧だ。

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