第218話「北か東か」 ロセア

 ポーエン川の決壊した堤防の補修、道路舗装、橋の架橋工事に、凍え死ぬに十分な川にそのまま入れる戦列装甲機兵を用いることにより素早く工事を完成させた。これにより物資も補充兵も次々と前線へ順調に送り込めている。

 人も装備も取替え可能な部品と見做すことにより、従来より遥かに人数あたりの兵力投入率が向上している。装備の一部分が壊れたらそこだけ取り替える。人が壊れたら人だけ取り替える。人も治療の呪具で壊れた部分を直し、直ったら前線へ出す。装甲戦列機兵も同じ。

 とにかく再利用率を高める組織を作り上げた。前へ出すのと同じだけ後ろへ退かせ、また送り出す。現在のロシエが発揮出来る最大戦力投入法は既に確立したと確信している。

 だが頑張っても帝国連邦軍というのは撃破出来ないようになっている。

 足の早い遊牧騎兵がいる限り、逃げられれば追えない。

 死を許容するのに疑問を持たぬ妖精兵は文字通りに最後の一兵まで戦える。

 奴等の本拠は遥か東方にあり、その策源地を攻略することは現在不可能。

 強力な遊牧帝国は過去、指導者の死亡とともに終焉を迎えてきた。何とかあんな挑発行動すら平気でやってのける指導者ベルリクを殺せれば光明が見える。

 死を恐れず、前線で勇敢さを見せ付けるあのやり方に敵兵は追従している。先頭に立つ指導者への崇拝、畏敬が篭っている。ある種の不死と見做されている。そこが覆されれば敵の旺盛な士気を挫くことが出来るように思える。

 ベルリクが挑発行動に出た。そこにいるはずの奴を狙い正面中央を突破したい。戦列装甲機兵四百機の投入すら跳ね返されたが、そこを突破したならばある種の帝国連邦軍不敗神話を崩壊させられる。崩壊させ、尚且つ指導者の首を獲れればこの勝利の見えない戦いの先が見えてくる。

 シトレの完全崩壊以降、あれ以上の侵略を受け入れられなくなった我々は攻勢に出るしかない。

 代王都オーサンマリンを戦場に出来ない我々には攻撃しかない。

 狙うはベルリクが挑発を行った地点、エムセンとパム=ポーエンの間だ。陣地構築が巧妙な帝国連邦軍が作った砲兵陣地を狙う。下手な都市、要塞より防御が固いかもしれない。


■■■


 前線より、アラック騎兵によるエムセンとパム=ポーエンの間、砲兵陣地に対する側面攻撃成功との伝令。報告内容で目に付くのは勿論”敵砲兵麻痺”の言葉。

 普段から命知らずだ、格好良いだのと調子の良いことばかり抜かすアラック人共がやった。やりやがった。

 今まで無数の兵士達の死体の陰に隠れていた無傷の予備軍を投入する。敵砲兵が麻痺したその場所に突入する。

 突入して敵防衛線を突破したならば部分的な包囲殲滅を狙いたい。不可能ならば敵後方への浸透。

 遊牧騎兵相手に追いかけっこをして勝つ心算はない。おそらく突破しても肩透かしを食らう可能性が高い。

 ただ絶対に倒せない敵ではないとロシエに、世界に知らしめる。帝国連邦相手でも部分的に勝利出来ると誰しもが知れば奴等は絶対強者としての振る舞いが出来なくなる。不可避の神罰ではない、ただの――高度な訓練こそ受けているが――人の集まりだということを認識させる。

 今は敗北するかもしれないが未来の勝利に繋がる。幻でも伝説にしたならば目指す者が現れる。これは西側世界の歴史が経験しなければならない部分的勝利だ。

 中央に理術軍団を配置し、両翼に助攻の近衛隊を中心にした精鋭の通常部隊を添えて攻撃を開始する。


■■■


 中央の理術軍団は、呪術式の物も混じる新式施条銃を装備させた軽歩兵、そして新造された曲面装甲採用の戦列装甲機兵三型三十八機を鉄と火力の盾として第一陣として先行させる。

 前線で戦い続けていた前衛部隊が壊走してくる。それを追う敵遊牧騎兵が見え、投入された予備軍である我々を確認したその敵はあっさりと後退を始めた。

 ロシエの兵士達の死体が無残に散らかされた地面を進む。恐ろしいほどの腐敗した臭気が今季の寒波で多少は封じられてはいるものの、恒常的に積雪するほどではない降雪、日中に雪が融ける程度の温かさで臭いものは臭い。死体の肋骨を踏み砕き、腰が抜けるくらいの腐った内臓の臭気で叫び声を上げ、動揺して足を止める者がいる。

 死体が並べられた地面は臭いも酷いが単純に歩き辛い。肉と泥に混じり我が兵士達から奪った銃剣や短剣が切っ先を上に立てられており、そこまで簡単に靴底を貫くことはないのだが脚に怪我を負う者が続出する。

 帝国連邦軍の残虐さ――残虐という言葉すら生温く、言葉が見つからない――はシトレとファンジャンモートで嫌という程見せられた。あの小さな悪魔達は虫のように人を殺して遊んでいるように見えるのだが、全て合理で行われていると考えてしまう。あの酷い笑い声も狙っているように思える。

 奴等の醜悪な心理戦には実際相当に参っている。喧嘩、脱走、自殺、無気力症、神経過敏、理性の脆弱化に我が軍は苦しんでおり、兵隊の質は下降の一途だ。

 第一陣の軽歩兵と装甲戦列機兵が敵の斥候を銃弾で追い払いながら前進し、敵防衛線の一線目の丘を越える。

 幾何学的にその丘には溝が掘られており素直に登れない。斜面を登る際に、溝を登ったり下がったりするのだ。そしてその溝を崩せばボロボロと崩れる坂道となり、脚がとられて登り辛い。天候によりそこが泥沼化しているので更に登り辛い。術士が凍結させたり、工兵が板や砕いた石で舗装する。

 度重なる攻撃で敵の地雷は払底したようで、第一陣はとりあえず妨害を受けることなく進んでいく。

 大型榴散弾による一斉砲撃、鉛の豪雨を降らせるあの恐ろしい敵の砲撃がやってこない。”敵砲兵麻痺”は真実か? まだ偽りの段階か?

 アラック騎兵の死を無駄にしてはいけない。また生き残りを助けなければいけない。そのような思考に至るが、カランが言っていた。”息子に弱さを捨てろと言われた”と。この思考は弱いな。

 そのカランの息子ポーリは装甲戦列機兵の稼働率を上げるために随伴している。

 自分の見る目に感動したのは久しぶりだ。これにガンドラコのダンファレルがいればと思ってしまう。


■■■


 先行の第一陣が一線目の丘を乗り越えた。続いて歩兵と砲兵を組み合わせた第二陣を前進させる。

 歩兵、砲兵は白兵戦に至ると想定している。砲兵にも小銃を配布してある。

 我々の火力では、敵の火力を伴った突撃を抑えられない。”敵砲兵麻痺”の報告を疑うわけではないが、しかし欺瞞はありうる。麻痺の終わりもあるだろう。予備砲兵、予備兵力の到着もありうる。何にしても砲兵が麻痺をしていない前提で戦う。戦うしかない。

 帝国連邦軍と比べれば我が軍の大砲はどうしても射程距離で劣る。呪術式の大砲の加速弾でも劣ってしまい、対砲兵戦では勝ち目が無い。ならばいっそ歩兵の一部にしてしまう。

 歩兵より劣る砲兵の機動力の問題は馬やロバに力自慢達、特にビプロル人を多く使って大砲を運ばせることで解決する。装甲戦列機兵を使う案もあったが脚部への負担が強いので却下だ。自重を動かすので精一杯なのだ。

 第一陣を後追いする第二陣が前進。一線目の丘を続いて越える。

 二つ目の丘で第一線の部隊が敵からの銃撃と、そこに配置された大砲から砲撃を受けつつ前進し、応戦する。

 砲弾の直撃を受ける装甲戦列機兵。脚に当たれば転び、整備部隊が駆けつけて修理して復帰。胸に当たれば曲面装甲が時に弾いて持ち応え、時に操縦手ごと潰される。これもまた修理と操縦手の入れ替えで復帰。

 地雷や敵砲兵の豪雨のような間接射撃が無い分だけ相当に負担が軽い。大きな難も無く二線目を装甲戦列機兵が、呪術式斉射砲で掃射を行いながら踏み潰して乗り越え、軽歩兵が残敵の掃討に移る。

 遂に、帝国連邦軍の残敵掃討という仕事に掛かれる日がやってきたのだ。今までは一方的に押し込まれるか、マトモに近寄れもせずに整然と撤退されるかしか無かったと言える。

 ここで敵の毒煙幕兵器が使用される。硫黄や石油が主成分だが詳しいことは判明していない。

 香水をつけた襟巻きを各自に配布しているが効果は薄い。飲料以外に洗顔用の石鹸水を持たせてある。後は効果が切れるまで待つしかない。

 敵が持っている防毒覆面は多少鹵獲しているが皆に配る分は勿論無いし、複製して大量生産するような工場を造るにはかなり時間が掛かる。

 装甲戦列機兵は、とにかく操縦手が耐えてひたすら前に進むように指導してある。銃手は目鼻の痛みに耐えつつ盲撃ちを行う。

 第一陣と第二陣は煙に耐え、毒煙幕に乗じた敵の逆襲を迎え撃つ。皆には仲間への誤射を恐れない反撃をするように命じている。

 煙の中から激しい銃声と砲声が鳴るが、主に敵の小銃の銃声が中心だ。言葉で毒煙幕に耐えながら戦えと言っても実際やれるものではない。咳き込み、苦しんで呻いて咆える声が響く。

 毒煙幕は濃厚で長時間続き、咳き込んだり苦しむ声も段々と小さく、消えていく。

 妖精共の言葉は知らないが、やけに楽しそうに笑って殺戮しているのは耳で分かる。ここで焦って助けない。

 次の行動に移りたいと逸る将校達を宥め、敵の毒煙幕の投射が収まった頃合を見計らってから、その多少鹵獲をした防毒覆面を装備した術士を出して風の魔術で煙を払わせる。

 投射が開始されてからではない。第一陣、第二陣は被害担当の囮でもあるのだ。それなりの規模を揃えて前に出さないと敵も使ってくれない。


■■■


 毒煙幕が去った。装甲戦列機兵の半数は転んだり、止まったりしているものの一部は前進を止めておらず、闇雲に斉射砲を撃っては運の悪い敵をバラバラに粉砕している。

 第一陣の軽歩兵、第二陣の歩兵砲兵は毒煙幕にやられて苦しみ、一方的に防毒覆面姿の三角帽子を被った妖精共に小銃と拳銃、銃剣と棍棒で虐殺されている。

 予定通りだ。第三陣、非金属歩兵が前進を開始する。

 第三陣における軽歩兵はペセトト兵を参考にした呪術投石兵だ。

 投石紐に相手を追尾する呪術刻印を刻んだ石を入れてくるくる回して投げ、当たる。非金属でなければいけないので鉛玉を使えず威力はペセトト兵より劣るが、一撃で肉を裂いて骨を砕くのに十分。

 毒煙幕で弱った第一陣、第二陣の兵士を殺すのを敵はある程度中止。第三陣に向けて銃撃を開始するが、飛んでくる弾丸を反らして無効化する。

 金属を磁力で反らす呪具だ。実験では呪具を持っている者が密集すれば砲弾も、五人は身体を引きちぎられるところを一人の骨折で済ませられるくらいに威力を抑えられる。

 敵が発射する鉛弾が反れて非金属歩兵を避ける。煙や埃がおかしな弾道で飛ぶ高速の銃弾が空中を通った跡を見せる。

 ただこの便利な磁力の呪具、当然限界がある。この呪具でも銃弾の勢いを止められない距離まで、無効化されても諦めずに敵が前進して小銃を連射して対抗し始める。呪術投石兵が死に始める。

 呪術投石兵を下げ、後方の非金属槍兵の密集隊形の両側面へ移動。

 非金属槍兵の密集隊形は基本的に、前時代に無類の強さを誇った長槍兵の密集隊形とほぼ同じである。

 少数の投石兵、多数の槍兵が交互に組み合わせた横隊形が整えられ、太鼓の音に合わせて前進。林立させた長槍がぶつかり合ってカタカタと鳴る。

 密集隊形を取ることにより磁力の強さが相乗され、呪術投石兵が射殺された距離でも銃弾を反らす。また側面に移った呪術投石兵も強い磁力に守られながら、密集するので自由に投石こそ出来ないが、攻撃を繰り返す。

「第一、第二列構え!」

 歩兵指揮官の号令で第一列が腰だめ、第二列が肩の高さに槍先を前に突き出して構える。槍の林の前部が倒れる。前時代的に見える。

「列を詰めろ!」

 呪術投石兵が下がり、非金属槍兵の各横隊が間隔を詰めて隙間を埋める。

 兜を被った敵が両手に拳銃を持って連射しながら突撃してくるが全て反らす。拳銃を捨て、棍棒に持ち替えて来るが、密集隊形に近寄るほどに脚が鈍り、身体に装着している金属部分が外に押しのけられて身動きがおかしくなる。

 そして磁力で兜ごと首が曲がって姿勢がおかしくなった敵を槍兵が槍で刺す。

 彼らの槍は両手で使う対騎兵用の長槍と同型。ただし木製で先端を尖らせた細い杭のようなものである。しかし呪術強化によりその先端は鉄のように固い。固くせずとも棒で殴って突くというのは十分に敵を殺せる。

 第一列が腰だめに敵の腹や胸を刺す。第二列が、身長の低い妖精に合わせて降ろすように胸、肩を刺す。槍襖が敵の突撃を押し止めて刺し殺す。

 呪術で強化した木の槍が折れる程の衝撃で兜を被った敵が突撃してくるが全て防ぎ切る。

 敵が手榴弾を投げてくるが磁力に押し返されて無効。

 敵が至近距離での発砲を試みるが密集隊形により強化された磁力に反らされて無効。

 そして敵方からラッパが鳴り響き、敵が一斉に背を向けて逃げ出した。先程の猛烈な前進が嘘のように、振り返りもせずに全力疾走だ。呆気に取られるほどくるりとあっさり踵を返した。頭に血が昇るということを知らないのか?

「列を開けろ!」

 先程の列を詰めろの逆で、非金属槍兵の各横隊が間隔を空けて隙間を作る。その隙間を呪術投石兵が通って追撃を行う。

 行うのだが敵の逃げ足が早過ぎて、何とかその背中に追いすがって走りながら投石するのであまり上手くいかない。

 これで毒煙幕に乗じた敵の逆襲を撃退出来た。勇敢で撤退判断も早い敵の後退を撃退とするのならばだが。

 第三陣の前進は止まらない。敵の撤退に乗じてもっと戦線を押し上げる。

 頭を押さえつけられるような衝撃が走った。追撃に出た呪術投石兵の多くが跳ねた泥に包まれながら血煙を噴出した。

 敵の砲撃が再開される。おそらくアラック騎兵が突撃しなかった場合より投射量は遥かに少ないのだろうが、それでも圧倒的。

 鉛の豪雨。鉛弾の雨で空が少し暗くなり、一気に地面が沸き立つ。散開していた呪術投石兵が密集隊形に逃げ込もうとしてこちら側を向き、倒れて身体が融けるように崩れる。

 非金属槍兵の密集隊形が上空で炸裂する榴散弾とそこから降り注ぐ子弾を防ぐ。効力範囲外に子弾が流れ、地面を穿って掘って黒い泥が跳ね続ける。

 普通は死ななければ見られない榴散弾の雨の下だ。長いこと生きているが流石の自分も始めてみる光景に心が奪われる。

 気がつけば遠くにまで闇雲に進んでいた装甲戦列機兵の背中が見えなくなっている。直接射撃でやられたか?

 敵砲兵の復活だ。

 降り続ける鉛の雨の下、磁力に守られながら前進を続ける。


■■■


 敵砲兵はまだ万全ではないらしく、先の榴散弾の雨が去って晴れ間が見えた。

 榴散弾の炸裂音、子弾の着弾音が消えてから出せるようになった指示を出す。ここで手を緩めない。非金属騎兵を投入する。第四陣だ。後退する敵を騎兵が追撃するという定石でいく。

 非金属槍兵と同じような、形状は違うが作り方は同じ木製の呪術で強化した騎兵槍と、同じく強化した石の棍棒を持って騎兵が前進する。

 密集隊形を取る非金属騎兵が行く。散発的、時に集中的に榴散弾の雨が降るが磁力の呪具が非金属騎兵を守る。

 射撃をほぼ無効化する非金属騎兵の突撃! 非常識過ぎて夢想すらされてこなかった戦法が実現した。

 非金属騎兵は馬に乗っている分、余分に装備が積めるので実験的な呪具を持たせている。

 正面にのみ発光する呪具だ。見た目は多少奇妙だが、鳥の翼に似た形状で背中につける。敵の目を白い光で潰せる。

 逃げる敵に非金属騎兵が追いつき『ギーダロッシェ!』のアラック風の喚声を上げ、槍で突き倒して馬で踏み潰していく。

 迎撃するように逃げる敵の一部が小さい戦列を作って一斉射撃を行おうとするが、白い光に目を潰されてマトモに射撃できず、射撃しても磁力に反らされて無効。

 磁力を伴った非金属騎兵は銃器、銃剣も押し退けて敵を槍で刺し殺し、棍棒で殴り殺す。

 追撃が続くと密集隊形が崩れ始める。遠距離の銃弾なら反らし、中距離なら被弾しても痛い程度、近距離なら撃たれるところが悪いと死ぬ程度に磁力が分散し始める。味方への被害を恐れない砲撃もあって被害が多少出てくる。それでも多少だ。白い光の目潰しと、絶対ではないが銃弾や砲弾の破片から守ってくれる磁力が非金属騎兵を生かして走らせ続ける。

 そして遂に敵砲兵陣地にまで非金属騎兵が突入した。敵の砲列が見える場所まで到達したのだ。アラック騎兵が行った敵砲兵の麻痺をもう一度。

 第四陣に追い越され、そして今追いつこうとする非金属槍兵が続く。砲弾が降らない中前進する。

 そして決定打を与える第五陣、近衛兵が無傷でその後に続く。修理されて操縦手が補充された装甲戦列機兵も伴って進む。

 遂に勝てるぞ。更に前進する。


■■■


 非金属騎兵が敵砲兵陣地内を駆け回り、敵を順次殺している。金属を封じる足の早い騎兵というのは現状、全てを優越する。

 そこでは激しい銃撃で死んで肉屑になりかけの馬を盾に円陣を組んだ、姿も無残なアラック騎兵軍がいた。全員下馬し、千人いるか? いない。死体だらけで見た瞬間把握が出来なかった。三百人いれば良いほうだ。

 円陣に騎乗したまま跳び入り、折角生き残ったアラック兵を守るために磁力の魔術を展開して彼等を守る。

「レイロスは生きているか!?」

 声を掛ける。

「ジジイが、遅いぞ老いぼれめ!」

 何か祝福でも受けているのか、これほどの激戦でも戦塵に塗れた感じがしない派手な雰囲気の、カツラでもないのに長髪巻き毛のレイロスが刀を片手に言う。

「うるさいわクソガキ!」

 このガキとはアレオン戦線で知り合ったのだが、まあ何というか、アラック人を煮詰めた感じだ。

「俺らのケツ堀りやがった騎馬蛮族部隊が南にいないか? 突っ込んだはいいがジジイ、お前そのまま包囲されてるぞ」

「かもな」

 敵の砲兵、人と妖精に混じって鹿頭の巨大獣人に、怪物のような山羊頭、ちょっとひょうきんで可愛らしさすらある地リス頭の獣人チェシュヴァン族も見える。

 金属装備、金属武器を使う者達は磁力の壁に押されて姿勢もままならず、一方的に木の呪術槍で刺して叩かれて殺される。白い光もあって正面から戦えば一方的にも見える。

 磁力の仕組みに気付いていない敵は戦意旺盛に反撃を試みるが手も足も出ない。

 武器を捨てて素手で立ち向かう鹿頭に殴られ、引きずり降ろされて殺される非金属騎兵も出てきた。

 敵は狂気的に士気が高く、手も足も出なくても後退しない。素手が有効と別れば素手で挑み、寄って集って馬を止め、騎手を引きずり降ろして殴り蹴り殺す戦法に切り替え始める。

 正確な把握はしていないが、これでもう磁力の仕組みを本能段階で理解された。仕方が無いわけだが。

 レイロスが非金属騎兵を指差す

「何だ光ってるアレ! よこせジジイ」

「後でアラック軍にも送ってやる」

「赤が、赤がいい!」

「赤? 白い光が一番強い。赤じゃダメだ」

「カッコ悪ぃだろうが!」

「そうでもないだろ。あー、お前のだけ赤にしてやる。生き残ったらな」

「ジジイ約束だぞ」

「はいはい」

 装甲戦列機兵に非金属槍兵が到着すると敵は未だに戦意旺盛だが、ラッパの撤退合図を機に統制されたまま、磁力も気にした様子も無く猛烈に射撃を行いながら逃げ始めた。妖精だけだと思ったが他の種族も機械のように動くか。

 各大砲が冷静に爆破処理されていって鹵獲を妨げられる。負傷した敵は逃げることはせずに自殺同然に突っ込んでくる。高い声を上げる女兵士も混じる。

 追撃したいところだが、今度は撤退支援を行う敵の遊牧騎兵が駆けつけて銃撃や弓射を始める。

 磁力の呪具の発動時間にも限界がある。今なら撃てば殺せるとバレる前に非金属騎兵、槍兵を下げる。

 毒煙幕にやられて操縦も射撃も不確かだが、呪術式斉射砲が斉射を行うと敵遊牧騎兵に死傷者を出て、嫌がって射撃の手が緩む。

 近衛兵の歩兵戦列、重装槍騎兵、軽騎兵が姿を見せ始めたら、敵遊牧騎兵は躊躇せずに逃げ出した。その方角は北東である。

 その後も、この場に残った敵負傷兵が抵抗を止めない。腕が無事なら死体を盾に射撃を繰り返し、足が無事なら口で導火線に火が点いた爆薬を噛んで持って体当たりを敢行する。

 戦術戦略的にも意味の無い負傷者の最期の抵抗で我が軍に被害が出る。

 自殺は禁じられているらしい。死んだフリをして死体突きを行う我が兵士に短剣、拳銃で襲い掛かることが状態。それから腹いせに嬲り殺されるのだが、それを恐れて死んだフリを止める者は女でもいない。

 降伏勧告。降伏すれば真っ当な捕虜として扱うと言っても無反応だ。

 正直、ロシエにそこまで恨みも無いような彼等がここまで意固地になって死んでも殺しに来ることが理解出来ない。

 確かに文化は違うが、ここまで有り様が違うのはおかしい。妖精がそのようになるのは分かるのだが、人間、獣人までそうなっているのが分からない。

 教育の違いで済まされるのか?


■■■


 戦線突破と言いたい。パム=ポーエンとエムセン間の敵の砲兵陣地を制圧した。

 敵軍の後退に伴い、拠点は未だに固く守られているが助攻軍とも合流して兵力は十分にある。

 またモズロー中将がオーサンマリンに到着して新装備を受領したとの伝令も受けた。先に敗走した前衛軍の一部や、ポーエン川を渡河している右翼軍が合流して再編制されており、後詰の兵力も整いつつある。

 今なら何でも出来るが、しかし何でもされる状態。敵中に突っ込んだのだ。

 好機と危機が混じる情報が入っている。

 左翼軍がエムセン以北の敵軍を圧迫して東へ前進することに成功した。ただし、北側からストレム軍が南下しているので危機的状況にある。我が予備軍が素早く北上して左翼軍が正面にする敵北翼の側背攻撃を敢行して包囲殲滅するのは良手に思える。騎兵ばかりで構成されるイラングリ方面軍が相手であるので逃げられると捕捉が困難ではあるが。

 エムセン、パム=ポーエン、ヴィットヴェルフィム、ブレンゲンの攻城戦は時間を取られ過ぎると想定している。放棄を前提にしたファンジャンモートであれほど苦戦したのだ。決死の抵抗をするこれら拠点を攻略するために戦力を拘束されたなら何も出来なくなる。半端に兵力を包囲に割けばその拠点からの逆襲で壊滅するだろう。一つ拠点に拘って包囲すればその間に敵の他の兵力が自由に動き回って我々の突破の意味が無くなる。今の勝ちを捨てることになる。

 拠点攻略に時間を費やす価値があるのは敵の後方支援拠点、前線の近くで武器弾薬を製造している前線工廠だ。ここを破壊出来るのならば皆殺しになる価値すらある。敵の砲兵を長期に渡り麻痺させられればこれからの戦いを有利に運べる。ただしバルマン軍との正面衝突や、撤退した敵軍からの側面攻撃を覚悟しなければならない。

 東側に予備兵力として待機しているバルマン軍は血塗れになったとはいえ未だに十万近い兵力を保っており、今までの波状攻撃への防御には参加しておらず疲労も少ないと見られる。加えて彼等に攻撃を加えるとなると自然と国土防衛戦に発展するため、帝国連邦軍より弱いとしてもその抵抗は苛烈になるのは必須。この戦争を決定付ける一撃を加えるのなら東へ行くべきだが。

 南側のゼクラグ軍はいつまでアラック軍と新編革命軍が抑えられるか分からない。陽動とはいえ実施した攻撃が徒労に終わったそうだ。彼等を救出する必要性は薄いが、彼等が敗退するとまた敵の侵略を受けて国土の荒廃が広がるだろう。

 比較すれば東方への突破と前線工廠の破壊が最優先事項であろうか?

 力を喪失した帝国連邦軍の恐怖から解放された聖戦軍が立ち上がる可能性がある。立ち上がらないかもしれないが、両者の歪な関係が解消されるかもしれない。

 無敗の帝国連邦軍の印象が払拭された時、東方の脅威が去る。中立標榜のバルリー大公国はともかくとして、そこの西方辺縁部の領土を強請って奪って敵対感情を煽ったことを失敗にしてやれる。聖都で活動中のマリュエンス外務卿が交渉する上での良い材料になりうる。

 優先順位的に南は除外し、北か東か迷っていると何やら騒ぎになる。

 何かと思っているとお付きの士官が「元帥、外へ!」と急かす。

 余り慌てることのない彼に言われるまま、司令部の天幕から出ると、遊牧騎兵が一騎見えた。帽子を片手に腕を上げている。

「ロシエの諸君、まずは防衛線の突破おめでとう! 死ぬべき私の可愛い兵達を良く戦って殺してくれた。礼を言おう! さてもう覚えてくれたかな? 私が帝国連邦総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンだ! 壮観だね。これが君達が持てる精鋭の予備軍か。非常に強そうだ。面白い装備も持っている。そしてこの軍を指揮するのは名高いロセア元帥かな? ジャーヴァルでの戦い以来だ。あの時は私が勝たせて貰ったね。さあ君達、頑張りたまえよ。君達は我々の陣中に突っ込んだ。どこへでも攻撃出来るし、どこからでも攻撃される。このドキドキ感を存分に味わってくれ。たまらんだろう? 羨ましいくらいだ。では諸君ご機嫌よう! ホゥファー!」

「ごきげんよー! ホーハー!」

 本物か偽者か? 指導者が持つ独特の雰囲気は感じ取れた。流暢なフラル語は貴族が使うものだ。

 それから何故か小さい女の子も声も聞こえた。何なんだ? ベルリクの腹の前に変な帽子を被った子供が見える。

 この大胆不敵さは本物に思える。堂々として、そして遊びに来たような気軽さで敵意も感じ取れず、呆気に取られている内に逃げられた。

 ……岐路に立たされている今、ここで挑発にやって来るか!?

「奴が出ただぁ!?」

 疲れて寝ていたはずのレイロスが半裸で、馬に乗って遅れて現れた。手には刀を持っている。

「ジジイ、奴を逃がしちゃダメだ! 今回だけじゃなくなるぞ!」

 ベルリクの首を取って今回の戦いに勝てるかは正直分からないが、今回のような侵略は長期に渡って防げる。あれほどの攻撃的な指導者が簡単にまた現れてたまるか。

 ベルリクが去ったのは北東の方角、左翼軍が危機的状況ながら前進している北側でも、敵軍の継戦能力を担う前線工廠がある東側でもない。

 北か東か、北東か?

 どうしたらいい?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る