第217話「畜生ボケ」 ウォル=バリテス

 アラック人は頭は良くないが情がある。情は厚く情熱的で、後先考えるのは後だ。

 赤い片側に掛けるマントは格好良い。家の紋章が入っていて誇らしい。母上が縫った。

 しかし寒い。異常気象だ。寒波が早くもやってきてもう雪が降っている。山岳部は除いてアラックからロシエ南部に掛けては真冬でも雪が降らないのが普通だ。

 寒い時は何でも煮て汁物にして食うのが一番だ。ネズミでもカエルでも虫でも木の根、草の根でも集めて味付けて煮れば美味いのだ。虫は見た目がアレだから大体別にして料理するが。

 一方、革命軍の兵士共は火の熾し方から料理の仕方までまるでなってない。焼いたと思ったら折角の肉も焦がしてやがるし、パンが無いとうるさい。野草食ったら下痢したとか、虫は気持ち悪くて食えないとか何とか。壁入り馬鹿はいかんともし難い。字が読めても飯も作れないのでは農民以下だ。

 聖領騎士の海賊どもが沿岸部を略奪したせいで食糧が足りない。海路が使えなくなってアラックから遥々陸路で送られて来るが、全体的な量よりも到着が遅くて実質足りていない状態。

 この前は食い物が無いから農場から貰った油をそのまま飲んだ。変な糞が出た。何でもその辺にいる蛇でもミミズでも食わないと動けない。ミミズは中の糞を取り除いて臭みをとれば案外食えるものだ。

 しかし寒い。馬に抱きついていれば暖かいが家に帰りたい。春になってから戦えばいいじゃないか。

 そう言えば母上が生きて帰ったらとびきりケツのデカい嫁さんを見つけてやると言っていたが。


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 ロシエ軍と同時に帝国連邦軍がバルマン領内に築いた防衛線に攻撃を仕掛ける。

 ロシエ軍はパム=ポーエンで西に屈折するポーエン川より北、アラック軍とおまけの新編革命軍はそれより南を担当する。

 以前に川の南側にいたロシエ軍部隊は北側へ移動する予定だ。それから相当無茶な攻勢に昼夜連続で参加するだろう。敵の過度な疲労は間違い無さそうだが、その犠牲の程は十万の大台に乗ると思われる。

 酷いものだ。ほんの少し昔までは十万の軍勢を集めて凄いと言われていたのが、今では死傷者十万でまだまだ戦いはこれからだというノリだ。世の中絶対に間違っている。

 戦争は糞だ。一騎討ちを望む騎士の中でも古い者達の古典時代をアホマヌケと言う輩もいるが、案外その程度が適切なのではないか?

 アラック軍の歩兵砲兵と補助の二線級の騎兵が新編革命軍と、パム=ポーエンからブレンゲンまで、ポーエン川西岸へ配置について牽制。本来ここは新編革命軍だけに抑えて貰いたいところだが、以前は二十万の大軍でも川越しの敵の攻撃に持ち応えられずに壊走したことがある。とてもではないが単独で任せていられない。

 日が落ち初め、西日になり始めたころに攻勢を開始する。我が軍は夕日を背負って戦い、これは夜通し行われる。大量出血覚悟の作戦だ。

 西岸全域に軍が張り付き、橋のあるヴィットヴェルフィム城の西側に兵士達が殺到する。そして、ロシエ全軍の砲兵を掻き集めても負けるような激しい砲撃に散っていく。

 ポーエン川は、既に積雪の季節になっているのに増水している。船を出すのも架橋するのも難しい。攻勢ながら、渡河もせずに川を挟んでの射撃戦になった。土嚢を積んでの野戦陣地構築程度は行われるが、ほぼ一方的に殺されていく。


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 夜通し戦闘が行われ、地面が暗く空が明るくなってきた頃合に集団魔術によるポーエン川の一部凍結が行われる。術使いとして自分も参加する。

 平行して、先行する騎兵隊が浅瀬に相当する地点を見つけ、水泳巧みな騎兵が泳いだり歩いて対岸に渡る。

 ポーエン川の有名な浅瀬は大抵敵が警戒施設を建てていて渡河不可能。馬に乗り、増水が無ければ浅瀬と言えなくもない場所を渡るのだ。

 両岸に綱を渡して渡り易くしても渡河は容易ではなく、また今年の寒波のせいで川の水があまりにも冷たいので体力の消耗が激しく、推奨されない。

 素早く騎兵の大軍を送るために氷の橋を架ける。川にただ氷を張るだけだと上流から流れてくる水が上を覆って濡らし、非常に滑りやすくなる上に流水で溶けやすくなるので工夫がいる。

 まずは一回、岸から対岸まで氷の橋を架ける。その際に鉄杭を順に刺して綱を張って手摺りを作る。

 それからは氷を積層に重ねて橋を高くする。その間、川の水が溢れて両岸を水浸しにしないよう、氷の橋の下に水が流れる隙間があるか確認し、強度との兼ね合いを考えて隙間を広げる。それから橋を架けてから掘った放水路に水を流して水位を下げる方法もある。

 自分が今回の氷の架橋で担った役目は、橋に水を掛けて積層に強化する時の水掛け役だ。風で上流から水を煽って橋の上に到達するようにして送り、橋上の他の術士達がそれを凍らせ、時に成形、一部を崩す。崩した氷は勿体無いので橋の上に置いておき、次の水掛けの時に水と混ぜてから凍らせる。

 高い橋を早く作るコツは初めに下流側に氷の段差を成形して、そこで煽った水を受け止めて逃がさないようにすることだ。

 そして最後に橋の上に砂利を撒き散らし、非常に薄い氷で風に飛ばされないようにする。どうしても水気が取れなかったり雨が降っている場合は砂や土を多めにする。

 砂利は騎兵が踏み鳴らしている内に散ってしまうので更に板を並べて完成。板の上に浸水しない程度に水を入れて凍らせて固定すると尚良いが、これは時間が掛かりすぎる。

 こうして出来た氷の橋の上を、先行した騎兵隊が対岸を警戒する中、アラックの格好良い騎兵軍は騎馬砲兵を優先して一気に渡った。二万五千騎の――去年か一昨年くらいまでなら――大軍だ。

 地点はブレンゲンより南方の上流側。

 敵も防備の固いパム=ポーエンからブレンゲンの線を渡って来ないと考えて監視の目は厳しいし、河川艦隊も動いていた。陽動攻撃である程度戦力を北方に向けることにより、監視の目は排除出来なかったが一時的な空白を作れた。


■■■


 ポーエン川を渡河し、まずはブレンゲンを素通りする。

 ブレンゲンからの砲撃は陽動攻撃のお陰で、背後を素通りする我々に対する即応射撃のようなものはなかった。やってやったぜ!

 そして、おそらく我々の渡河は想定内であったのだろう。東側から遊牧騎兵隊が側面攻撃を仕掛けてきた。

 こっちだってそんなものは予測済みだ。騎馬砲兵隊を中核にした牽制の乗馬歩兵隊、その両側面を守る軽騎兵隊も牽制に出す。

 格好良いアラック騎兵は命なんか惜しまない。数合わせで調練がなってない騎兵もどきの乗馬歩兵とはいえアラックの男である。格好良く死んで後悔は無い。

 乗馬歩兵隊が下馬し、騎馬砲兵隊が展開してその両側面を軽騎兵が守って敵遊牧騎兵を迎撃する。

 この敵を背後に残置したまま突っ込めるほどアラック騎兵は強くないというか、物理限界というか。十個騎兵連隊規模に迫る一万騎をここで一気に抽出する。

 大砲を撃つような距離から敵遊牧騎兵が小銃で狙撃している。騎馬砲兵が撃ち返す。乗馬歩兵は撃てる距離ではない。軽騎兵は襲撃する機会を伺う。

 勝てなくていいから持ち応えてくれ。


■■■


 ヴィットヴェルフィムを素通りする。駆歩で一気に一万五千騎で長距離を突破する。そういうことが出来る馬ばかりだ。

 先頭に立って我々を先導するのはレイロス王その人。我等の誇りである。格好良い。

 城の方から砲弾、銃弾が飛んできて我々を殺す。

 砲弾は鉄球じゃなくて炸裂する物で、一発の爆発と破片で十騎近く吹っ飛び倒れることがある。

 銃弾は距離があっても減衰も僅かで、頭が砕けて腕が千切れる威力がある。

 勇気に勝っているがこう兵器に差があると絶望的な戦闘を強いられている気分になりそうになる。アラック人だからならないが。

 城だけではなく、道中の茂みや林から敵の、背の低いチビ妖精共の軽歩兵が現れて小銃で撃って来る。いやに精確だ。

 行きがけの駄賃に敵軽歩兵に襲撃を仕掛ける。

 刀を抜いて真正面から突っ込んでも妖精共、全くビビらねぇ。どうなってやがる?

 奴等は衝突直前まで装填作業を行う。

 向ける銃口の黒い穴が見え、撃てば顔に当たるということだから身体を横に倒して直前で避ける。

 そうすると突っ込む馬の目に銃剣を冷静に突きつけてくる。馬に銃剣が刺さらないように進行方向を微調整しつつ刀で切りかかれば、振り下ろす直前に横へ動いて避けた。

 あいつら、勇者が抑え込む恐怖すら感じないのか?

 思うように敵軽歩兵は殺せず、速度重視で目的地まで突破することを優先して通り過ぎた。背後をしこたま撃たれた。


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 パム=ポーエンに到着した。とりあえず一万二千騎は残っている。正確な数は分からないが、アラック騎兵は細かいことを気にしないのだ。

 ヴィットヴェルフィムからの砲撃はしばらく我々を吹き飛ばし、軽歩兵による銃撃はしつこく行われた。またブレンゲンで牽制に出した十個騎兵連隊が撃破されてしまったのか、多数ではないが途中から遊牧騎兵からの騎射が背後から行われるようになった。

 これから帝国連邦軍本隊の側背面を取る。正面からはロシエ軍が血塗れになって攻撃中だ。

 帝国連邦軍の砲兵陣地が見える。とんでもなくデカい大砲がアホみたいなデカい音鳴らして砲撃してやがる。なんじゃありゃ? 普通の大砲も何百と並ぶ。なんじゃありゃ?

 砲兵陣地の側面に荷車が並べられ、ちょっとした防壁になっている。その背後に馬だけじゃなくて駱駝もいやがる。駱駝は背が高いし臭いし、馬も嫌がるしで嫌なんだよな。

 荷車防壁の陰、馬や駱駝の上の騎手からギラギラと光る何かが見える。顔半分を隠した仮面?

 荷車防壁には小銃の銃口、旋回砲の小さめの砲口、何千と並んでいる。少なく見積もってそれぞれ三発撃ったとして我が軍の一万以上は道中で死ぬかなぁ。大したことねぇな。

 あの砲兵陣地を粉砕したとして、東にいるらしい予備兵力のバルマン軍九万がぶつかってきたら耐えられないだろうなぁ。大したことはないな。

 レイロス王が叫ぶ。王は超絶カッコいい。何がどうとか説明不要だ。カッコいいと感じられるからカッコいいのだ。理屈は要らない。あんな男になりたいが、なれるのは真に選ばれしアラック男だけなので憧れとしておく。

「飛天騎士リデュエラ・バショーゼの如く進む! 足、揃えろ!」

 一万二千余の騎兵が雁行隊形を組みつつ、幅を非常に広く取って、進みながら隊形を組む。左の斜陣は右を、右の斜陣は左を見て、先頭のレイロス王の”俺についてこい”と魂に言葉が刻まれた背中を見ながら、刀を担いで前へ。

『ギーダロッシェ!』

『ギーダラック!』

 臆病者のヘッポコ騎兵ってのは密集隊形を取らないとビビってケツ捲くるオカマ野郎なのだが、アラック騎兵は男なので問題無い。ハナからケツまで男だ。

 荷車防壁の方から銃弾、砲弾が雨霰と放たれる。

 走るアラック騎兵達が次々と撃たれて倒れる。騎手だけ落ちたり、馬だけ死んだり。

 密集隊形を取っていたらあっという間に薙ぎ倒されて、仲間の死体を跳び越える間もなくすっ転びまくっただろう。

 先を走る、銃弾に倒れた仲間の騎兵を跳び越える。

 我等がアラック騎兵が荷車防壁に迫る。敵が旋回砲から散弾も発射し始め、死んで転ぶ騎兵が続出する。

「アッララレーイ!」

『アッララレーイ!』

 レイロス王の掛け声に合わせて馬を全速力、襲歩に加速。

 魔術使うか? いや、今興奮し過ぎて無理っぽいな。

 拳銃を構えて荷車防壁の仮面兵へ発射。まあ当たらんだろうな!

 馬があの仮面を気持ち悪がっているのが分かる。直視したくないように首を振る。無駄にビカビカ光りやがって。

 荷車に全速力で突っ込み、馬に合図をして跳んで越える。アラック馬は超最高なのでこんな障害物なんぞ屁でもないのだ。

 宙を駆けるアラック騎兵達。荷車を跳び越えたり、し損なって衝突したり、立てられた槍に腹を裂かれたりする。とにかく突っ込んだ。

 仮面が気持ち悪い仮面兵の頭を宙で刀で割る。

「キャア!?」

 仮面が割れて落ちて、女!? キャア?

「女かよ!?」

 駱駝騎兵に身体を擦りながら着地。臭ぇ。その騎手を素手で押して落馬させる。軽め、柔らかい、ちょっと良い匂い、嘘だろ?

 アラック騎兵は間違いなく男の中の男なのだが、女の子相手に光り物を振り回すような男ではない。もし振り回すとしたら別の武器だ。

 嘘だろ? 今、女を殺したのかよ? 母上に怒られるじゃねぇか!

 ダメだこれは。仲間達も敵が女と知って動揺している。

 もう一丁の拳銃を手に取って、右にいる、今落馬――落駱駝?――銀仮面の女に向けてみる。引き金が引けない。

 その仮面女、持ってた小銃を捨てて刀を持って迫ってくる。

 おいなんだよ、何でそんな勇敢なんだよ? 女は家で裸前掛けで待ってればいいんだよ。お前なんて背の小さい、見ればお下げ髪の可愛い、ぷっくり唇桃色の可愛い子ちゃんじゃねぇか。

 グラっと来た。右に落ちそう。

 気付いたら左側、馬に乗った仮面の熟女が自分の左脇を槍で刺しやがった。走った勢い、馬の体重が乗って、肋骨どころか内臓が潰れる音が身体を通して聞こえてきた。

 落馬。可愛い子ちゃんが「ギャー!」と似合わない声を出して刀を振り下ろした。

 嘘だろ、肩を叩きやがった。あまり切れて無さそうだが痛ぇ。折れた骨と潰れた内臓に響いてヤバい、動ける気がしない。息は? 無理だ。

 ちゃんと殺せよ下手糞!

 女の「ギャー!」「キャー!」という悲鳴じゃない掛け声が聞こえる。やめろよ馬が嫌がるじゃねぇか。

 糞、女なんざ殺せるか畜生ボケが。

 暗い、影? 駱駝の蹄かよ汚ねぇ、踏まれ、避け……?

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