第219話「天地の差」 カラン

 後方で新編制中の予備部隊へ敵が攻勢を開始したと伝令が入った。同時にその予備部隊からの救援要請も出される。

 ロセア元帥の予備軍による中央突破を合図にしたかのようにパム=ポーエンにて防御を固めていた敵軍が拠点を放棄して攻勢に出たというのだ。ポーエン川にいる敵河川艦隊が水陸戦に強いヤシュート兵を運用して縦横無尽に動いており、劣勢とのこと。

 撤退中だがいつでも反転攻勢に出られるイラングリ方面軍が我が左翼軍の目の前にいる。奴等を無策に追ったせいでこの問題に対処する時間を奪われた。逆に奴等は突出したロセア元帥の予備軍の側面を取る距離を稼いだ。

 ロセア元帥の中央突破と連携せず前進を止めていれば良かったのだ。中央突破からの片翼包囲殲滅という餌に釣られてしまった。包囲殲滅という魅惑の火に引き寄せられ、羽虫が焼かれる。

 エムセンを包囲中の軍からは捨て身に突撃しても攻略不能との見立てが出ている。包囲は無駄だと判断して引き剥がすとそこに篭るワゾレ方面軍が攻勢に出て現状が更に悪化する。いや、伝令の時差があるだけでワゾレ方面軍は今攻勢に出ている可能性もある。野戦に参加せず拠点に篭って戦力を温存……あり得る。いや、やっているな。

 そして北からストレム軍が急行中である。事前に聞いていたが、実際に迫ってくるとなれば背筋が凍る。十万規模の損傷軽微で自由に動き回れる敵別働軍の存在……前時代なら降服しても許されたか?

 ストレム軍は、イラングリ方面軍に東へ我が左翼軍が誘導された分、悠々と我々の背後を素通りして新編制中の予備部隊を攻撃するだろう。そして数だけまとまった指揮統制も危うい部隊は確実に粉砕される。

 後方が脅かされている。我が軍が東西と南に分断される危機が訪れた。

 イラングリ方面軍を追う前進を停止し、予備部隊の救援に向かわなければならない。戦線の形状に大幅な変更が発生するがどうしようもない。ここが我々の攻勢限界だ。

 新編成中の予備部隊、ポーエン川を渡河中の右翼軍が粉砕されれば我が軍は瓦解する。また後退するとして、その時の殿部隊すら用立てることが出来なくなる。新兵の補充はまだ出来るが、基幹になる熟練兵がほぼ消滅する。

 そのように導く為には、無用かもしれないがロセア元帥に伝令を出す。この事態に気付き、反転して予備部隊へ攻撃を行う敵の後背を突いて合流して貰うしかない。弱さを捨て、劇的だった中央突破という大戦果を捨てなければならない。

 やろうと思えば奴等に戦術的勝利を得られることは証明された。これだけを戦果として持ち帰るべきなのだ。一度やってやれたことはもう一度出来る。本当は出来ないとしても出来ると話を広めて不敗神話を破る。

 モズロー中将の新大陸軍の別働軍が到着すれば立て直せるはずだ。その軍がロセア元帥の予備軍と合流すれば逆襲の好機も掴めるかもしれない。

 ロセア元帥に伝わって欲しい。イラングリ軍の南側に撤退したベルリク軍の追撃など愚の骨頂。東側にあるという前線工廠の破壊も無謀。そこを守るバルマン軍は国土防衛戦に至って今や死に物狂い。今、押されたように見えているイラングリ軍も攻撃してはならない。正面、側面から攻撃できそうに見えるがそれは偽り。これは誘導された罠だ。

 全てに負けている。ポーリの言う通り、弱さを捨てて人質やロシエ東部の壊滅的な荒廃など許容して、怠惰な南部軍が引きずり出されるまで好き放題させてやれば良かった。戦力が整うまで防御を固めて、理術式部隊と通常部隊を混成した軍を大規模に編制して訓練してから攻撃すれば良かったのだ。

 馬鹿な年寄りはこの戦いで死ぬべきだな。


■■■


 軽装のフレッテ軍二万を先行させ、ストレム軍を夜襲に向かわせる。

 ストレム軍の方はまだ昼間の活動に支障が出るほどの夜行性のフレッテ兵との戦いに慣れていない。情報共有はしているだろうが経験は無く、緒戦の有利は狙える。

 左翼軍本隊五万は、前衛に軽歩兵や騎兵を集めて四万、後衛に重装歩兵や砲兵を集めて一万にし、ストレム軍の迎撃に向かう。

 我々がストレム軍を防ぎ、イラングリ方面軍も引きつけられれば大成功。その間に予備軍に後退して貰わねば。

 出発するフレッテ軍と、指揮官のフレッテ侯ウィベル・ジュットパリテを見送る。夕方、寝起きの彼らが食事を済ませてからだ。

「悪魔共をぶっ殺せ!」

「ギー・ドゥワ・ロシエ!」

『ギー・ドゥワ・ロシエ!』

「頑張れぇ、猫目共!」

「ラッソールフレッテ!」

『ラッソールフレッテ!』

 見送る将兵は寝酒も入って馬鹿に騒いでいる。軍楽隊も陽気な曲を演奏している。

「悪足掻きだなカランよ。スパっと玉砕せんか? 面どっちぃんじゃ。ワシのジジイはマリュエンス三世との一騎討ちでくたばって臣従決めたんだ。同じ三世のお前も見習わんかい」

 夕日を背に顔に陰が落ちるとフレッテ卿の金の目が猫のように輝く。

「うーむ、一騎打ち受けてくれるのか? そもそも臣従させてくれるのかあいつ等?」

「遠隔地だから管理も面倒だ。無理だな。あ、いや、正直分からん。奴等の脳みそなんぞ分からんわ。案外よろしくやってくれたりしてな」

「そうだな。一緒に死んでくれ」

「しょうがないにゃあ」

 齢二百に迫るジジイが、握り拳を作って手首を曲げ、胸の前で若干回す。

 黒頭巾、黒外套の猫目のフレッテ兵達が武器を担いで夕日に向かって進み出す。

「早く行けよジジイ」

「じゃあ豚さん行ってくるにゃあ」

 にゃにゃにゃとフレッテ卿のアホが自分の腹をふにふに押してから行軍の列に加わる。

「行くぞ同胞! 一緒に死ぬぞ!」

『ラッソール!』


■■■


 行動を開始した。そして後退を続けていたイラングリ方面軍が我々の動きを見て反転、追撃に移る。

 前衛四万を予定通り先行させ、後衛一万にて迎撃に当たる。前衛の諸侯の常備軍や革命軍の新兵達の士気はビプロルの兵より低く、悩んだが、彼等に我々の決死の覚悟を見せて鼓舞することにした。

 彼我の火器性能、射程の不利は丘に隠れて補う。丘の頂点より背後に後衛を配置して反斜面陣地で迎撃する。

 ビプロル重装歩兵が丘の頂点の直背、先頭にて方陣を組む。直接率いる。

 被害を担当する。まずは我々が死ぬ。ただし、銃弾対応の全身甲冑に衝撃吸収の布鎧も重ねているのでそう簡単に死んでやらん。道連れだ。

 火器は携帯砲とその砲身を支える又杖。我々にはとっては少々重めの小銃といったところ。施条しているので正面から平地で撃ち合っても一応は火器性能で帝国連邦軍の東方風の変わった形状の長銃身小銃と張り合える。しかし射撃の腕、具体的には視力で負けるので地形を利用せざるを得ない。ビプロル人は背が高いので、騎乗射撃をする敵遊牧騎兵と発射位置の高さでは負けないのだが。

 ただの方陣は組まない。防御装備、盾としてその辺の雑木林で伐採した木や枝に解体した荷車、箱、天幕の骨組、枝等の手近な木材を縄で縛った物を使う。

 更に方陣には歩兵砲を組み込む。足の遅い砲兵には活躍出来る時に死んで貰う。ストレム軍を迎撃するに、彼等を連れては機を逸する確率が大に上がる。

 この先頭に立つ方陣の更に背後に、軽装のビプロル兵と、砲兵の護衛部隊に通常の砲兵の砲列を配置する。いざとなれば我々ごと砲撃させる。

 イラングリ方面軍の無数の遊牧騎兵を待ち構える。

 攻撃して撃破は望めない。防御で時間をひたすら稼ぐ。

 正面の丘を敵は安易に登って来ない。側面からこちらの様子を伺いに来るので携帯砲と歩兵砲による一斉射撃を行う。距離のせいで命中率は悪いが、敵の馬を二頭ほど殺したのが見えた。

 敵騎兵は落馬した仲間を助けると同時にこちら側へ長距離射撃を行う。減衰した銃弾が重装歩兵の甲冑に当たって火花が散って跳ね返る。当たった兵士が笑って皆もつられる。

 ストレム軍の遅参と、ロセア元帥の予備軍の反転を祈る。自分の手が届かぬ向こう側の出来事に対しては聖なる神に祈るより他無い。

 斥候が良くない情報を持って帰ってくる。イラングリ方面軍が我々を牽制するには十分な程度の、一万人隊のみ残して撤退した。一斉射撃一回で馬二頭殺す程度で一万も相手に出来そうになかった。

 これは勝利ではない。数万騎の本隊はおそらくロセア元帥の予備軍への攻撃に参加するのだろう。

 危険な丘の正面を避けた敵騎兵が遠巻きに遠距離射撃を行い、こちらは携帯砲と歩兵砲による一斉射撃で返す。互いに銃砲弾の投射量に見合わない一桁台の被害を出し合う。

 イラングリ方面軍と遊んでいる場合ではない。ストレム軍の迎撃に向かう。

 状況が変化した。まず砲兵と護衛部隊には死んで貰おう。彼等に居残って敵の牽制部隊を牽制、救助の見込みはない。防御装備を彼等に預けてビプロル軍は前衛を追うことにする。

 前衛を追うだけではなく、敵を誘き出す策でもある。移動するビプロル軍を、砲兵を無視して敵の一万人隊が追撃してきたら挟み撃ちに叩く。その計画を砲兵指揮官と調整してから行った上で軍を分けてストレム軍の迎撃に向かう。必要があれば磨り減り切るまで分ける。

 帝国連邦軍のような練度があれば、シトレからの東進時のように砲撃と後退を組み合わせられるのだろうが……組み合わせても有効利用出来るかわからんな。猿真似と嗤われる。

 これしかない。


■■■


 砲兵と護衛部隊を置いて西進。不気味なほどに妨害も無く無事、前衛とフレッテ軍と合流する。

 夜襲の手応えを聞こうとフレッテ卿に話しかけると、ご自慢の牙が一本無かった。

「歯抜けですね」

「やっぱ歳だ。喉笛噛み千切ったら根から牙折れた。カッコ悪いわ、早く死にてぇ」

「手応えは? 大分数は減ったようですが」

 フレッテ人は耳が敏感で火薬武器を好まない。装備は毒塗りの斧槍や石弓、そして威嚇用の使い辛い大鎌。夜間、白兵戦に持ち込めば夜に適した猫目と鋭い聴覚で大戦果を挙げてくれそうなものだが。

「奴等、夜間警戒に隙が無くてな。雪に乗じて突っ込んだんだが、照明弾上げるわ、襲撃に備えて事前に照準調整してある大砲で撃ってきやがった。砲弾だけで前後分断されたわ。おしっこ漏れた」

「事前に?」

「ちゃんと確認したわけじゃあないが、警笛鳴ってから十数えるより早く野営地を砲弾の壁で覆ったな。攻撃した方向以外にも撃ってた」

「で、戦果は?」

「二千は殺した手応えだが、半分死んだな。民間人縛りつけた柵が無かったらもう少し行けた。あいつら、言っちゃあれだが邪魔だなぁ。無視しろって言っても兵が救助に走る。百人くらい無駄に救ったわ」

「要塞突撃でその戦果ならそこそこですね」

「そこそこ!」

「そこそこ」

「要塞でそこそこ、笑える」

 牙の折れた口に指をしきりに突っ込むフレッテ卿と、竜の尻から出たと云われるとっておきの高級珈琲を先に鼻の良いフレッテ人のジジイに由来を伏せて飲ませ、「臭い泥水の割りには随分美味い」と感想を言ったのを聞き届けてから飲みつつ斥候、伝令の到着を待つ。ストレム軍の進路の最終的な割り出しが済んでいないので迂闊に動けない。

 まずは伝令が到着。我々が放った者ではなく、南の方角からやってきた。

 南の近況を教えてくれた。まず、敵の攻勢が始まって道中は敵味方入り乱れている。そして敵の得意な斥候伝令狩りがうようよしているそうだ。

 ワゾレ方面軍がエムセンを捨てて攻勢を開始。当該の我が包囲軍は大規模な地雷攻撃を皮切りに壊走とのこと。狙う先は新編制中の予備部隊。

 次いでゼクラグ軍の一斉北上。それに合わせてアラック軍、新編革命軍が攻勢に出るはずだったが、ポーエン川が増水を始めて大規模に渡河が出来ないらしい。

 放水路が全て閉ざされた場合よりも遥かに水量が増えているそうだ。ウルロンの山の方で敵の術士が大量の山の積雪を溶かしている湯気が目撃されたという未確認情報があるとか。

 この情報、ロセア元帥に伝わっているだろうか?

 西への道がゼクラグ軍に閉ざされる前に戻ってくれることを祈る。

「カランよ、こいつは何のお茶だ?」

「竜が珈琲豆食った糞だそうですよ。発酵食品の一種ですな」

「糞の絞り汁か」

「まあ、そのような感じで」


■■■


 ストレム軍を効果的に迎撃するために良い地形を取らなくてはいけない。先の反射面陣地が構築出来るような丘の陰が良く、そして何より敵軍の進路遮る形で、そして無視したなら優位な場所から側面攻撃が出来るような地形だ。

 フレッテ軍は夜襲向けにそういった地形は確保しておらず、森林部に潜伏していたので良い位置ではない。

 そして今そんな良い地形を取ろうにも、敵の騎兵隊があちこちに先行して抑えているために容易に奪取出来ない。斥候は悪い情報だけを届ける。

 敵騎兵隊の素早い排除と、そこからの野戦陣地構築を行いたいところだが、ストレム軍の動きは早かった。悠長に構える隙を与えてくれなかった。

 そして考える暇も無く敵が一挙に突っ込んできた。有利な地形を与えぬということだ。中央突破前にイラングリ方面軍さえ追ってなければ取れたはずなのに。

 本隊から少し離れて周囲を警戒する斥候部隊が慌てて戻ってくる。敵からの遠距離一斉射撃を受けて半壊している者達もいる。

 敵勢は、北から補助歩兵、騎馬砲兵を伴った軍が三万。東からはイラングリ方面軍の一部、一万。砲兵は破れたか? 西からはヤゴール方面軍の騎兵五万余り。

 こちらの現有兵力は約五万五千。倍に迫る戦力差で、三方を囲まれていることになる。多くが騎兵で、しかも替えの馬を多数保有する遊牧騎兵に機動力で勝てるはずもなく、あっさりと危機に陥った。遠出をさせていた斥候部隊はほぼ未帰還である。

 軍規模で方陣を組ませる? 騎兵に一転突破を狙っても逃げられるか?

 いや、これはもう開き直ってストレム軍の砲兵を狙って突っ込むしかない。包囲されてもおそらく遠巻きにされ、いずれ到着する砲兵に粉砕される。ならばいっそ全力で正面からぶつかってストレム軍の戦闘能力を削るしか無いだろう。

 北西、正面へ全軍突撃準備命令。隊列は攻撃縦隊……と言いたいところだが、整列している時間も惜しいくらいに敵が迫っている。とにかく直進に死んでも突っ込んで敵砲兵を少しでも削るように最低限整えさせる。

 父祖伝来の至近距離で戦列歩兵からの一斉射撃も耐えた甲冑を来て自分が先頭に立ち、我がビプロル軍が先駆け部隊を務める。一薙ぎで三つの馬の首を撥ねた薙刀にビプロルの旗を付ける。

 ポーリにはこの鎧を残してやる必要は無い。あいつは自前でもっと凄い鎧を作れるからな。

 軍楽隊が国歌”マリュエンス三世よ永遠なれ”を演奏する。革命軍だのとあんなものは国歌ではなく、精々が党歌だ。

 薙刀を掲げ、旗をなびかせて前進。後ろの士官達が「前へ進め!」と号令を掛ける。

 フレッテ卿は一緒に死んでくれると言ってくれたが、どれだけ後ろの将兵がついて来てくれるか。


  マリュエンス三世よ永遠なれ!

  この英明なる王は

  飲んだくれの女たらし

  犬のように食い、馬のように飲む

  この英明なる王は

  飲んだくれの女たらし

  犬のように食い、馬のように飲む


 歌いながら一塊となって進む。敵騎兵からの遠距離射撃が、左右から槍で突かれる中を走り抜ける刑のように行われる。怠慢、弱さへの罰。それがこの状況を招いたのだから比喩でもない。

 歌と演奏に兵士の悲鳴、士官の激励が混じる。演奏が無かったら直ぐに崩壊してしまったかもしれない。

 敵騎兵の包囲陣形が徐々に変わる。我々の進行方向以外を、敵騎兵が全て列を作って囲む。射撃がほぼ全周囲から行われる。

 正面にいたはずの、補助歩兵、騎馬砲兵を伴った軍三万の攻撃が見当たらない後退したか? こちらの行動を見て対応を変えたか。素早い連中め。


  国歌を歌おう、千年先まで

  神の世が続くまで

  ギー・ドゥワ・ロシエを唱えよう、アラック人のように

  ギーダロッシェ!

  ギーダロッシェ!


 正面から敵騎兵隊の一つが突撃してくる。動き易い雁行ではなく、綺麗に横隊で揃えている。

 しかしこの絶対優位な状況で自殺覚悟の正面からの騎兵突撃? 何を考えている。

 初めに敵騎兵は小銃を一斉射撃。ビプロル重装歩兵の甲冑すら容易に貫くこともある。ただし、我々の巨体は致命箇所に着弾しない限り耐えられる。

 次に激しい弓射。いかに強弓でもこの厚い甲冑は貫けない。それは敵も分かっているようで、先頭の重装歩兵を通り越して曲射でその背後の部隊に矢を浴びせる。徴集兵のビプロルの軽装歩兵は頭に刺さらない限りはそのまま進み、そして倒れて毒が回って口から泡を吹いて痙攣し出す。

 被害をまず受けるのは我々だ。

 歩きながら――又杖で支えないと命中し辛いが――携帯砲一斉射撃を行う。砲身が跳ねてしまったが敵騎兵を多く倒す。それだけ近い、迫っている。


  マリュエンス三世よ永遠なれ

  この勇敢なる騎士は

  悪魔との戦争で負けは無し

  剣は太陽のように、槍は風のように

  この勇敢なる騎士は

  悪魔との戦争で負けは無し

  剣は太陽のように、槍は風のように


「ホゥファーウォー!」

『ホゥファーウォー!』

 小銃、弓射に続いて拳銃の一斉発射、そこからの抜刀突撃に敵が移る。器用だ。

 薙刀で、横隊からはみ出して先頭を走る騎兵、高貴そうな老人が突き出す刀ごと腕、胴を袈裟に真っ二つに裂く。突撃する騎兵隊の長に違いない。

 続いて迫る敵騎兵を馬ごと薙刀で両断し続ける。短い、非力な人間の振るう刀等脅威ですらない。

 敵の勢いが一端消えるまで斬殺して周り、それから騎兵隊の長の頭と肘先の無い右腕がついている胴体上半分を薙刀で刺して掲げて、大将首を獲ったと知らしめる。

 これが一騎打ちで、これで終わりなら世界は幸せだろう。

「敵将獲った!」

 兵士達が『グォー!』喚声で答える!

 敵騎兵も――良く見れば全て老人か負傷兵の様子――大喜びの顔で『ウォーブンシク!』と喚声を上げる。

 こいつら喜んで死にに来たか!

 老人騎兵達を、重装歩兵が携帯砲に着けた大型銃剣で白兵戦で皆殺しにする。敵騎兵の射撃は非常に高度だが、白兵戦となれば甲冑で固めたビプロルの我々に敵わない。中小馬の体当たり程度なら踏ん張れる我々には。

 騎兵突撃を受け止めて粉砕しているその間、足が止まった。止まっている間、周囲から一方的に撃たれて被害が続出する。雑な我々の攻撃縦隊の側面を守る兵士達の反撃の銃弾はほぼ意味が無い様子で、追っても逃げられる。雑な隊列が更に崩れるので逆襲部隊などは出していない。


  国歌を歌おう、千年先まで

  神の世が続くまで

  ギー・ドゥワ・ロシエを唱えよう、フレッテ人のように

  ラッソールローシィ!

  ラッソールローシィ!


 薙刀、旗を掲げて前進を再開する。

 歌詞は咄嗟に変えられるものだ。

 フレッテ兵もついてきている。冬の曇り空でそこまで明るくないが、彼等は黒頭巾で目を光から守っている。突撃縦隊の殿を、督戦を異形で務めている。どれほど脱走兵を切り殺しているか。


  マリュエンス三世よ永遠なれ

  この偉大なる父は

  私達の最愛の友でハゲ親父

  下手な歌は耳障りで、はばからずご用する

  この偉大なる父は

  私達の最愛の友でハゲ親父

  下手な歌は耳障りで、はばからずご用する


 火箭が飛んでくる。たぶん火箭だ。話でしか聞いたことがない。

 無数の煙の壁が上空に伸びて、変な飛翔音、いい加減な軌道、地面でのたうったり、突っ込んできて大きな弾頭が爆発。破片に棒が飛び散る。

 ザシンダル、ジャーヴァル会社軍の兵士が凄いと言っていたやつだ。命中率は低いがかなりの数が一斉に飛翔し、尚且つ見た目も音も破壊力も抜群だと。

 隊列、統制が明らかに崩れる気配がする。統制を回復している暇はない、とにかくビプロル兵が先頭になって先へ進み、背中で引っ張るしかない。


  国歌を歌おう、千年先まで

  神の世が続くまで

  ギー・ドゥワ・ロシエを唱えよう、ビプロル人のように

  チュアーゼレシエ!

  チュアーゼレシエ!


 歌声がビプロル兵だけになったようだ。曲も止まった。

 敵騎兵に万と射殺され、火箭に耕されながら遂にストレム軍の本隊を正面に捉えた。いや捉えられたか?

 正面、ガッチリ固めた歩兵、砲兵の戦列は丘の段差を利用して縦横に。射撃体勢は万全だ。小銃や小型の旋回砲から、大砲、噂の巨大な重砲の砲口までもがこちらに向けて暗い穴を向けている。事前に照準調整が済んでいると門外漢でも悟れる堂の入り方だ。

 誘い出されたのか? いや、どうやっても奴等は勝てるように動いているんだ。火力と機動力に天地の差があればどんな名将、大軍を揃えたってこうなるのだろう。

 後背にいた敵騎兵の列が左右に散ったようだ。

 死を厭わぬ強引な突撃さえ出来れば、昔は負けても敵に大損害を与えられたものだ。

 砲弾が横殴りの嵐になって襲って来た。

 幸か不幸か、放たれた砲弾は全て自分の横や頭上を通り過ぎていった。

 振り返れば、白い雪に囲まれて鉄と肉と泥の混ぜ物の絨毯が、白い湯気を上げて千歩以上の距離に渡って伸びていた。

 殿の、最後尾のフレッテ兵の中に立っている者がいない。彼等は見れば分かる。あのジジイもいない。

 前進。続く者はいない。皆死んだ。こんなところで奇跡のような幸運が訪れても意味が無いのに。

 薙刀の旗を外して走る。

「グヒィ!」

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