第214話「我々はここで踏ん張る」 ベルリク

 今秋の神聖教会圏での麦の収穫が悪い。そして穀物価格の値上がりは去年の比ではない。補給物資の提供を聖戦軍諸侯が渋り出している。

 聖王の婿が暗殺されたので喪に服そうという雰囲気があって、それだから渋っても良いでしょ? という便乗感もある。我が軍がロシエ軍相手に掛かり切りで後方で暴れることも無いだろうからと早くもなめて掛かっている。

 許し難い。もっと穀物を買い占めて値上げさせて苦しめよう。バルマン、ガートルゲン、マインベルトのような可愛い子ちゃん達には代わりに何か上げたくなる。

 想定より長いこと戦えないかもしれない。断続的に前進と後退を許容する戦いは来春まで、それ以降は物資が集まり次第動くような緩急のある作戦行動を予定していた。その予定は一季節手前にズレる見込みだ。

 冬になる前に雪が降る異常気象が訪れている。雪だけなら我々には大した寒さではないが、それに雨が混ざると草原砂漠の寒さとは別物で、イスタメルで味わえる気持ち悪さがある。

 気候の変動を恨んでも仕方が無いから利用する。後退をして今伸びている補給線を縮め、バルマン領へ移動してロシエ軍に消耗を強いる。彼等は自領ながら焦土化された場所を通ってくる。

 ロシエ軍がこの後退に反応しないで防御を固めてくる可能性はある。そうならないように人質を取って、”三角頭”が頑張ってシトレに置き土産を作った。あれは流石に見ていて気分が悪くなったが。

 そしてロシエ軍の総司令官ロセアがいかなる考えをもっているかは分からないが、こちらの後退に合わせて攻勢を開始した。

 シトレ東方より、歩兵騎兵が護衛する斜陣形を組んだ砲兵が砲撃しながら後退を行う。これが主軸となる。

 縦陣は勿論、横陣でもない。縦は前後、横は左右に機動する場合に渋滞と衝突を起こすから斜め。護衛部隊も伴うので配置と機動には配慮しなければいけない。

 まずは後退準備を整えた上で待ち構える。

「砲兵のお歌!」

『おー!』

「砲兵遠征歌!」

 軍楽隊が演奏して妖精達が歌う。


  大砲が作られ、あなたは行方を知らない

  マトラから送る先は、尾根を越える向う側

  戦果を挙げるあなた

  戦列砕く大砲で

  眠る工場、昼に戦い、

  戦い、戦い続けるのが砲兵だー!


  大砲! 大砲! 大砲は! 常に捉える!

  砲口は確かに敵を捉える

  大砲に砲弾が装填される

  大砲に砲弾が装填される

  大砲は、砲口は確かに敵を捉える

  射撃合図で、撃て! 撃て! 撃て!


 敵軍は既に我々の砲兵の恐ろしさを知っている。散兵陣形を取る軽歩兵、戦列を組んだ歩兵を広域展開してそれを盾に前進してくる。

 砲兵は密集している突破力のある戦列歩兵を優先して砲撃し、順次撃破する。軍服も不揃い、小銃に槍のような武器まで混在した、横隊を組む程度の訓練がせいぜいのほぼ非正規兵の塊。

 砲撃で始末し辛い散兵隊形の軽歩兵は砲兵を護衛する歩兵、騎兵が始末するのだが、敵も遂に椎の実型銃弾を撃ち出す施条銃を装備し始めたので被害が以前より大きくなっている。遠距離射撃をするには銃兵と小銃の性能が低いらしく、優位は保てている。軽歩兵は今のロシエ基準ではそこそこ練度が高いようだ。

 敵の砲兵、騎兵はこの盾にされている歩兵、軽歩兵の群れの後方で待機している。ちゃんと訓練を受けている貴重な兵士達は温存される。人命を軽視した良い戦法だ。大砲で勝てないところは有り余る歩兵で持って補うというところだ。

 敵歩兵群の前進は、兵士の数に限りが無く、いかに我が砲兵が優れていようとも単純に押し止められるものではない。斜陣形を組んだ砲兵が、歩兵騎兵に援護されながら射撃と後退を行い続ける。

 先頭の砲兵隊が後退中は、他の砲兵隊が射撃を続行。後退して先頭ではなくなった砲兵隊が射撃を開始したら、新たに先頭になった砲兵隊が後退する。この繰り返しが基本。


  重砲が作られ、あなたは行方を知らない

  シャルキクから送る先は、大河を越える向う側

  英雄になるあなた

  要塞砕く重砲で

  作る工場、夜に戦い

  戦い、戦い続けるのが砲兵だー!


  大砲! 大砲! 大砲は! 常に捉える!

  砲口は確かに敵を捉える

  大砲に砲弾が装填される

  大砲に砲弾が装填される

  大砲は、砲口は確かに敵を捉える

  射撃合図で、撃て! 撃て! 撃て!


 事前に後方陣地で構えていた重砲兵が集中射撃で敵の先鋒を潰す。

 攻勢中の敵というのは無防備。何も守るものが無いところを歩いて進むのが基本だ。

 貝の殻は固いが中身を出したら柔らかい。その柔らかい部分を潰す。

 ゲサイルが重砲兵を一律に指揮している。旗とそれぞれ異なるラッパの音で広範囲に設置された重砲群を統制する。勿論、観測班と連携する。

 合図の空砲で重砲が同時一斉射撃。腰が抜けそうになる衝撃である。

 突撃してくる敵の先頭集団の鼻先から後方まで一度に、わずかにズレつつもおよそ同時に榴散弾が炸裂。伏せるような防御行動をさせる間も無くまとめて雨のように子弾が降り注ぎ、無数の敵戦列が一瞬にして平らに、地面から泥が一斉に跳ね、赤い血と黒い泥が混じる。

 さしもの重榴散弾でも一度の斉射で制圧は出来ないのでそれから一度、二度、三度と繰り返す。死体と血と泥が混ざる。

 大量殺戮の後、それでも生き残った敵兵は腰を抜かしたり恐怖して壊走。督戦隊が壊走を防ぐも、これ以上近寄るとあのようになるのかと後続部隊も尻込みして行進が一時止まる。

 足が止まると良い的になり、重砲は射程を延伸し、その尻込みした後続部隊に向けてまた同時に一斉射撃した榴散弾を浴びせる。待ち構えている最中に、既にどの諸元で撃てば弾着がどこになるかを試射済みなので調整の手間が無い分早い。

 敵前列とその一つ後ろの列を砲兵で抑えたなら戦果拡張に騎兵隊を投入する。

 勿論自分はそれに参加するし先頭に立つ。中央の親衛千人隊だ。左翼には女一万人隊、右翼には男一万人隊。一気に進んで残敵を殺して敵の反撃体制が整う前に離脱する。

「お兄様まま」

「お?」

 横にいるアクファルが指差す先の方向から、クトゥルナムが騎馬した姿でやってきた。死に掛けだったのに、ヴィスタルムの息子が開発した治療の呪具とやらで、左肩が銃撃で肉がもげて上下の自由が多少利かなくなった程度に復帰した。

「やれんのか?」

「うぁい」

 それと真横から口を撃たれて歯と舌が吹っ飛んだので喋り辛そうだ。治療の呪具で頬から涎が垂れるような穴はふさがっている。慣れたら変な声で喋り出すだろうか? 声が戻らなかったら要職にはつけてやれんな。シゲみたいな鉄砲玉にはしてやれる。それと前歯は残っているので薬包は噛み切れるから小銃は扱える。

 左翼の方向、先頭に立っているトゥルシャズが銀の半仮面越しでも分かるくらいに見ている。お母さんはそれは心配だろう。息子さんは遠慮無く使わせて頂きます。

 一撃離脱で行くのだが、しっかりと手順を踏む。慢心せず火力を大事にする。

 まずは遠距離小銃射撃をしながら距離を詰める。分けた部隊毎に射撃と装填、前進を交互に繰り返す。残敵が反撃も出来ない距離から狙撃して撃ち殺す。優先するのは軽歩兵。

 適度に前進してから馬の脚を早めて弓の射撃に移って接近する。狙い射れれば狙い、そうでなければ曲射に敵全体へ矢を射り散らす。

 重砲砲撃の後の、約二万騎による銃弾と毒矢の十分な攻撃準備射撃で敵の陣形は崩れに崩れている。

「突撃ラッパを吹け!」

 ラッパ手が突撃ラッパを吹く。

「ホゥファー!」

 両手に拳銃を持って突撃する。アクファルの弓矢の連射は止まらない。

『ホゥファーウォー!』

『ホゥファーギィイキャー!』

 逃げる敵の背中、立ち止まる敵の胸を撃つ。戦列は崩壊して我々を迎え撃つような姿勢ではない。

 皆が刀に棍棒、槍で崩壊した敵を殺して進む。馬で撥ねて踏み潰す。

 第一列はとにかく前へ浸透して敵の動きを抑え、士気を挫いて壊走させる。第二列は第一列が殺し残した敵を良く狙いつつ、第一列の隙を埋めるように進む。第三列は突撃はそこそこに、後方で動き回って残敵を皆殺しにする。

 自分に首狩り隊の面々は両手の拳銃で敵を撃ち殺しまくる。拳銃の弾が切れたら刀を振り回す。

 研ぎ直した”俺の悪い女”は絶好調で、骨も筋の張った肉程度に切り裂く。

 今回は一撃離脱。深入りして背中を撃たれないように隊列最後尾の第四列、後退の隙を作るために年寄りの志願者、現場復帰困難な負傷兵による自爆騎兵特攻を敢行させる。

 自爆騎兵隊編制時に「馬上で死ね。まさかお前ら、地べたで死にたいのか?」と言ったらまだ生き残ってて欲しい若者まで志願したのだから吃驚だ。「もっと敵を殺して子供作ってから死ね」と説得する羽目になった。

 自爆騎兵は前進を続行、それ以外は背面騎射に移行して後退する。

 自爆騎兵が逃げる敵を馬で撥ねつつ導火線に着火。まだ戦列を維持している敵後方へ突っ込む。一斉射撃で一足届かず倒れつつも爆薬が炸裂。射撃を掻い潜った騎兵は敵戦列に突っ込んでから爆発。

 後退した我々はまた長距離小銃射撃を開始する。

 小銃射撃に耐えながら敵が前進を再開し、味方が後退したことを確認してから本格的に後退をする。踏み留まらず、後退を優先する。


  砲弾が作られ、あなたは行方を知っている

  前線工廠から送り、丘を越える戦場へ

  肩を並べるあなた

  大砲並ぶ陣地で

  燃える砲弾! 常に戦い

  戦い、戦い続けるのが砲兵だー!


  大砲! 大砲! 大砲は! 常に捉える!

  砲口は確かに敵を捉える

  大砲に砲弾が装填される

  大砲に砲弾が装填される

  大砲は、砲口は確かに敵を捉える

  射撃合図で、撃て! 撃て! 撃て!


 ロセアの人命軽視の歩兵を盾にする戦術は非常にしつこく続く。

 ヴィスタルムの息子が作った治療体制のおかげか、遠慮無く歩兵を潰してでもこちらの砲兵を疲労させに来ている。十人殺せる一万発の砲弾があるなら、十と一万の歩兵を投入して突破する勢いだ。

 流石の我が砲兵達も砲身寿命の到達や、砲弾の供給不足を訴え始める。また疲労で消耗してくる。

 ここで一度重砲兵群を後退させる必要性が出てきた。

 重砲兵群の後退には時間が掛かるのでその時間を作らなければならない。

 斜陣形を組む砲兵による後退射撃を開始したいが、重砲兵の撤収作業とぶつかって渋滞、衝突しないようにしなければならない。まずは後退射撃をしないで砲兵が射撃して敵の攻勢を抑制する。

 砲兵の通常の大砲だけでは勢いのある、人名を軽視する敵歩兵の突撃に対して決定的衝撃を与えられない。

 まず敵を待ち受ける前線の陣地に人質に取った女子供を盾に並べて柵を補強する。そして”三角頭”と”ダグシヴァル”と各師団所属の歩兵連隊を配置し、射撃続行可能な砲兵と射撃戦にて突撃する敵部隊を迎撃する。

 敵の軽歩兵は新式小銃を装備しているが、泣き叫ぶ女子供の人間の盾を前に射撃を躊躇して「卑怯だぞ!」などと今更な罵声を浴びせてくる。代わりに銃弾を浴びて死ぬ。

 噂の鉄巨人はまだ見えない。こちらの主力を把握し、決勝点を見つけてから投入するのか?

 人間の盾で時間を稼ぎ、砲兵は後退射撃に移行し、歩兵も追随。後退すると同時に後方から新しい大砲、弾薬が届くので消耗した装備は破棄される。

 軍が後退した陣地には敵軍が新たに入り、大喜びで旗なんぞを振る。

 そこで復帰見込みの無い負傷兵達が時機を見計らって地雷を爆破し、廃棄装備と共に喜んでいる連中ごと吹っ飛ばす。

 可能なら少し増水しているポーエン川の堤防も粉砕し、泥沼を作り出して道を脆弱にする。勿論、後退前に使われそうな建物や薪が取れそうな林は全て焼き、井戸には糞尿を入れている。


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 中央軍はポーエン川北岸沿いに後退している。その北の右翼はワゾレ方面軍、イラングリ方面軍の混合。南岸沿いはゼクラグ軍である。

 斜陣形を組んだ砲兵の後退射撃を主軸にして後退するのが三正面の基本。

 右翼側の迂回突破を試みる敵部隊を迎撃するのが主にイラングリ方面軍の役割で、担当面積も広く敵部隊も密集していないので忙しないそうだ。食糧弾薬が不足気味と報告があったので、中央軍からワゾレ方面軍に余剰食糧弾薬を渡し、ワゾレ方面軍から計算上発生する余剰食糧弾薬をイラングリ方面軍に渡す方法で短時間に解決してやる。

 現在の敵首都に当たるオーサンマリンからはポーエン川が一本あるせいで攻勢が若干緩い南岸側のゼクラグ軍は余裕がある。その内にアラック軍や再編制を終えた新編革命軍がやってくるから今のところだけの余裕だ。

 ユバールまで行った北のストレム軍はユバールとロシエの連絡線を切断中。それは止める頃合なので伝令は既に出してある。代わりにエデルトの第三軍が南下してジュオンルーに駐留しているのでロシエ軍の側面を突いて貰おう。

 十万程度の規模に縮小したバルマン軍だが、高度な連携が必要とされる後退攻撃中には不要なので運河防衛線の一角のカレロブレを攻撃させている。後退するワゾレ方面軍が挟撃することになっているが、まだ陥落の報告は無い。

 雨の日、雪の日と繰り返されているが、最近は雪の日ばかりになってきた。降雪量はそこそこ。川が凍るほどには寒くない。


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 ワゾレ方面軍のジュレンカより、カレロブレへの北の道は悪くて重砲が移動し辛いから預けると連絡。我が軍に第二四砲兵師団が合流する。

 署名ついでに口紅をつけて唇で押した跡がある。返書にこちらも同じように唇の跡をつけてやろう。口紅はアクファルが誰かから借りてきた。

 そういえばファスラの野郎がチンポの跡つけて手紙を送ってきたことがあったな。アホなことを思い出した。

 ここで単純に二倍となった重砲兵配置のための時間稼ぎが必要になった。火力の向上と機動力の低下は切り離し難い。

 敵の足を遅らせている内に焦土戦術を更に実行。壊すに惜しい施設はあるが、惜しんでも敵が使うので壊している。

 ポーエン川の堤防は氾濫しやすい箇所を良く壊して移動を妨害した。

 また道中、復帰不能な兵士を個人塹壕に入れて敵の背中を撃つようにさせた。

「化学戦用意!」

「化学戦法毒瓦斯弾!」

「だーんだーん!」

 新型兵器が投入される。”第二イリサヤル”のセルハドが自信ありげに前線まで持ってきた。

 大容量の悪臭剤が入った缶を投射する迫撃砲のような兵器だ。飛距離は短いが時間を掛けて広域に散布する。

 防毒覆面を持たない敵軍は悪臭煙幕が張られると前進が出来なくなる。そしてその煙幕の中を、防毒覆面をつけた歩兵が前進して目や鼻を潰されて苦しんでいる敵兵を小銃で撃って、銃剣で刺し、銃床で殴り倒す。

「歩兵のお歌!」

『おー!』

「妖精歩兵行進曲!」


  横隊整列、小銃構え、全隊一斉射!

  見えたか戦列崩壊、銃剣突撃だ

  銃剣銃床、接近射撃、敵をぶち殺し

  戦線突破、追撃戦だ、逃がすな一兵も


  攻撃せよ、銃兵隊よ、無敗の精兵よ!

  マトラ軍の銃兵隊は攻撃あるのみだ!

  攻撃せよ、銃兵隊よ、無敗の精兵よ!

  ワゾレ軍の銃兵隊は攻撃あるのみだ!


 悪臭煙幕の効果時間が延びたお陰で後退時間が稼げた上に、敵の掃討も丁寧に行えた。


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 後退後、新兵器の評価を偵察隊が行った。薬缶投射砲は従来の擲弾、火箭より遥かに広域、長時間に悪臭煙幕を張ることが可能になったのは現場で確認出来た。

 戦闘終了後の観測により、薬缶噴射では従来通りに対象の目鼻を一時的に潰すだけではなく、呼吸困難に陥らせて失神に至らせ、多少珍しい症例では窒息ないし衝撃死にまで達すると判明した。弱毒性ながら量次第では殺傷兵器に昇華した。

 良好な記録が得られ、次は応急処置を施したファンジャンモート、デュアルニーで迎え撃つ。デュアルニーにはゼクラグ軍が入城する。インヴィモートは既に利用できないように破壊済みだ。

 ファンジャンモートは東に守りが堅い要塞だが、西側からの攻撃も防げる。改修工事もしてある。

 敵軍と対峙する。化学戦で稼いだ時間で砲兵、重砲の配置は完了している。

 鉄壁に固めた守りの前に、いくら人命軽視とはいえロシエ軍は直ぐさま攻撃には移らず、縦に攻撃用の塹壕を掘って慎重に進んでくる。また堤防を爆破されて水浸しにされないように補強工事なんかも始める。それから破壊したインヴィモート方面に迂回も始める。

 敵が頑張って作業している間は、”三角頭”が女の人質に通訳を挟んで自己紹介をさせて、一人ずつ目玉を抉ってから殺さないで敵へ送り出し続ける。

 こうすると敵軍は統制が利かなくなって勝手に突撃を始める。

 兵士達に脅されたか一緒にブチ切れたか、その突撃を敵の士官が追認して塹壕掘りも中途半端に突撃を開始する。 今まで温存されていた砲兵も前に出てきてファンジャンモートを砲撃しようと前進して来る。

 十分に迎撃態勢を整えた砲兵、重砲がそんな情のある敵軍の突撃を砲撃で叩き潰す。十分に引きつけてから先鋒から後方まで榴散弾を撃ち込んで崩壊させ、そして歩兵を投入して追撃させる。


  縦隊整列、拳銃構え、吶喊吶喊だ!

  見えたか城壁崩壊、全隊突入だ

  棍棒格闘、擲弾爆破、壁を乗り越えて

  要塞突入、掃討戦だ、生かすな一兵も


  突撃せよ、突撃隊よ、無敗の精兵よ!

  シャルキク軍の突撃隊は突撃あるのみだ!

  突撃せよ、突撃隊よ、無敗の精兵よ!

  ユドルム軍の突撃隊は突撃あるのみだ!


 歩兵が崩壊した敵軍をある程度一掃してから騎兵隊を続けて投入し、以前のような一撃離脱で戦果を拡大して後退する。

 ロシエ軍が無尽蔵のように歩兵を投入するなら、その底が尽きるまで殺しまくる。

 その後攻撃用塹壕を掘った西側と、インヴィモートの北側からの同時攻撃が行われた。

 敵が広範囲に散らばっていて砲兵が敵を撃退するに十分ではなかった。

 また女の人質を城壁に、盾に並べたが敵はそれを無視して射撃するようになってきた。慣れたのだろう。

 敵の攻勢が辛くなってきたら薬缶投射砲で時間を稼ぎ、重砲の砲身交換を何度かするぐらい砲撃して二正面攻撃を撃退する。

 その後、女の人質達の腕だけ潰し、目と口は無事なまま送り返した。今回は特別に容赦なく撃ってきた味方の面を拝ませる。

 その拝ませた日から敵兵の自殺者や脱走者がやや増えた。

「戦えば罪を背負い、戦わなければ罰を負う」

 ちょっと調子に乗って言ってみる。

「お兄様語録に加えておきます」

「おい止めろ! そもそも何だそれは?」

 アクファルは無視した。


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 良い報せがヴィスタルム王からもたらされた。

 カレロブレの陥落である。ワゾレ方面軍と挟撃する前に、と俺は頑張ったんだぞと強調する連絡が来たのだ。

 よく頑張りました、だな。工廠設備とか、戦局次第だが破棄しないでくれてやっても良さそうだ。恐怖させるのは当然だが、手伝ってくれたらちゃんとご褒美を上げる帝国連邦と知らしめたい。

 カレロブレが陥落したので次の段階へ移行する。

 脱出のための時間稼ぎがまた必要になる。

 ファンジャンモート東側には既に砲兵でも迅速に脱出出来る架橋、搬出路が構築済みだ。

 重砲の脱出が最優先。残る砲兵は歩兵騎兵と共同してインヴィモート側から敵が運河を越えて攻撃して来ないかを警戒する。

 敵は盲目ではないのでこちらの後退を知って再度攻勢を仕掛けてくる。

 ファンジャンモートにはシトレに続く仕掛けがある。

 ”三角頭”の兵士達が壁の陰から、銃剣先に手に足に生首を刺して掲げて「当ててみろ!」と挑発。それから掲げた人間の体を使い、通訳がロシエ語を操って人形劇を披露。

「私、王妃ユキア! お腹が減ったわ!」

 銃剣に刺されて女の腰だけがくるくる動かされる。

「俺はセレル八世だ! 僕のチンチンお食べよ!」

 同じく銃剣に刺された男の腰だけが、女の腰に何度もペチンペチンと衝突。周囲にいる複数の生首が回転。

『すごーい! ロシエの伝統芸能だー!』

 パチパチと拍手。

 そして怒りに燃えた敵歩兵を要塞内に突入してくる。しかし酷い劇だな。


  歴戦の歩兵、”三角頭”、古参親衛隊!

  ラシージの息子、ベルリクの兵隊だ

  殺戮兵器、暴力装置、軍民皆殺し

  悪夢の軍団、虐殺機関、一人も残さない


  恐怖せよ、親衛隊だ、古参の老兵だ!

  ”三角頭”の親衛隊は殺戮あるのみだ!

  恐怖せよ、親衛隊だ、古参の老兵だ!

  ”三角頭”の親衛隊は殺戮あるのみだ!


 要塞の中には腕を潰した女子供がそこら中に縛り付けられ、土嚢を強化するための肉の壁、前進を阻害する肉の絨毯にされて配置される。

 女の盾を容赦無く撃てるようになった敵兵だが、泣き叫んで臭いがして足場が悪い上に体温を感じる肉の道を踏みつけるのには大層躊躇する。

「手榴弾ドーン!」

 躊躇している間に、手榴弾が口に突っ込まれた子供の生首が放られ、実害以上に敵兵が混乱する。

「燃えろ、人間女!」

 助けを求める、油塗れの服を着せた女を敵に返し、火矢で燃やして敵兵集団を火達磨にする。

 聖戦士の応用。「家に帰ろう、家に帰ろう」と通訳に言葉を吹き込まれ、麻薬で意識朦朧とした女が敵兵に送り出される。

 怪しがりつつも敵兵は同じロシエ人の女を哀れに思って手を取り、後方に送ろうとする。そして女の腹が爆発して上下に真っ二つ、手を引く兵は爆発で死に、周囲の兵は飛び散った内臓、飛んだ女の上半身に混乱して喚き始める。敵前逃亡も始まる。

「内臓爆弾内蔵!」

『ビッギャーギャッギャッギャー!』

 ”三角頭”は大爆笑。

 女の腹は一度切開され、爆薬が仕込まれている。導火線は衣服の下、気付き辛い。

 敵兵はこの非人道的な要塞内部へ次々と突入してくる。

 突入して混乱して、頭が狂って来る。中には正気を保っている者もいるが、そういう敵は優先して狙撃される。

 狂乱ばかりしているわけではなく歩兵同士の射撃戦は行われる。縛られているだけで五体満足の女子供達は泣き叫んだり助けを求める。人質を土嚢に縛りつけているのと小銃、技量の差で”三角頭”は圧倒し続ける。

「三八一番!」

「三八一番点火!」

 三八一と番号が振られた女を敵兵が救助しようとする。そうするとその女の腹が爆発、救助しようとした兵士が内臓を浴びて吹っ飛ばされる。

「内臓爆弾内蔵!」

『ギャーッキャッキャーアー!』

 ”三角頭”は大爆笑。

 腹の爆破は威力こそ減じるが、敵が血肉内臓を浴びて、それを見て精神に傷を負う。見ていられないと逃亡する兵士が目立ってくる。督戦する士官もその光景に呆然として逃亡を許してしまう。

 前線にいる敵は大層心を痛めているが、後方の敵は状況を理解していないようで続々と要塞に突入する歩兵を繰り出してくる。

 要塞内の建物には仕掛けがされ、仕掛けが動くと起重機から縄で吊るされた女子供が通路にひしめく敵の頭上に現れ、腹の爆弾が炸裂して血肉内臓を雨のように降らせて動揺を誘う。

 この戦いは時間稼ぎである。敵の全滅より時間を稼ぎ、そして敵兵に恐怖や狂気を伝播させて気力を削ぐためである

 戦闘中だが、交替で食事休憩を挟まないとならないぐらい時が経つ。

 妖精達が人間を野外炊事して食うところを敵に見せつけるる

「子人間の脛肉煮込みです!」

 廃材で作った投石器で敵に料理した人間を投げる。

 土嚢や建物の陰に隠れて敵が出てこない時は泣き叫ぶ子供を踊り食いにして挑発する。

 他の妖精達とは一線を画すのが古参のマトラ妖精達。人間に迫害されまくっていたのは分かっているが、お前らここまでやられたことはないだろうとも思う。

 他の妖精達とは違う。ほかの妖精はどんな残虐な命令でも素直にこなす。遊びの延長線のように面白がることもあるが「ビッギャーギャッギャッギャー!」みたいなドエラい笑い声はあまり上げない。

 他の部隊にも少し古参親衛隊みたいな奴は混じっているので皆無ではないが、全員が揃って大笑いする部隊は他に無い。

 古参兵達は明らかに好き好んで丁寧に面白がって手を掛けて残虐にやる。歌でも別格扱いされるわけだ。

 十分に時間稼ぎが行われたところで、随伴工兵が前に出て火炎放射で敵を焼き殺す。密集隊形なので良く焼ける。

「人間は良く焼けるね!」

 閉所戦闘なので火炎放射器が活躍する。ファンジャンモートの破棄命令を出し、”三角頭”も後退する。

 当初は要塞に油を撒いて焼いて後退する予定だったが、ここは新鮮なまま敵に引渡すと効力が高いと判断された。


■■■


 運河防衛線から後退する。前から工事していた仕掛けを一気に動かす。

 全軍が安全距離を取ってから、グラスト分遣隊が運河沿いに作った氷と大規模爆破の呪術刻印を発動させてファンジャンモート東側を爆破、破壊する。ポーエン川の水が運河へ流れる入り口が埋まり、川の水位を戻す。

 続いてファンジャンモート西と、ゼクラグ軍が撤退したデュアルニーが爆破されて沈む。両方とも地面の下を掘り、基礎を弱め、爆破と同時に一段沈むようにしてあるので施設は大地震の被害にあったように崩れる。同時に堤防も決壊させる。吹っ飛ばす点火役は復帰不能な怪我を負った兵士だ。

 少し時間は掛かるだろうが、運河に水が流れなくなった分、そして堤防が崩れて低くなった分、ポーエン川の水が流れ込んでこの辺りは泥沼と化すだろう。

 運河を掘って再び水を流せば氾濫も治められるだろうが、グラスト分遣隊が爆破した範囲、それと以前からせっせと”チェシュヴァン”が埋没用に掘っていた土があるので短時間で処理は不可能だ。

 それにファンジャンモート爆破を合図に、こちらの手中にあるポーエン川上流沿いの放水路は全て遮断される手はずになっており、更に増水する。

 お疲れであろうグラスト分遣隊の様子を見に行くと、皆が具合悪そうに座っていた。爆破の前に”三角頭”の治療もしていたはずだ。マズいかも。

「アリファマ殿、魔術の消耗のほう、傷の治療で大分やって貰ってますがどうです?」

 痩せたように見えるのではなく、痩せている。肉削って術を使っている様相である。まるで肉体そのものが呪具のよう……なのかもしれない。どんな秘術なのやら。

「あーうー、疲れます」

「アリファマ様、お疲れですか?」

 血の付いた白衣を着たザラがアリファマの肩をトントン叩く。まさかファンジャンモートでの精神攻撃を見せるわけにはいかないので、後方で怪我人相手に愛嬌振りまいて貰っていた。濡らした手ぬぐいで負傷兵の顔を拭いて回る程度のお手伝いはしたらしい。偉いね!

「うっうっう……」

 叩くのに合わせてアリファマの声が跳ねている。

「食事足りてますか?」

「あの、いえ、もっと」

「配給を増やしましょう。汁も、食ったら飲んで隅にまで詰めるぐらい必要ですね」

「あーはい」

 ヴィスタルムの息子の呪具も数が揃ってきたからグラスト分遣隊には一時休んでもらった方が良い。

 今回の運河爆破は火薬をケチっただけのこと、これならいっそ火薬を消耗した方がマシだった。シトレの爆破の凄まじさに酔っていたのが分かる。反省しよう。

「何かあったら、して欲しいことがあったら言って下さい。他の者に喋り辛かったら私に直接、何も遠慮は要らんのですから。あなた方が大事なんです」

「どうも」


■■■


 今回の戦いで最も頑強にした最初の戦線まで後退した。運河防衛線の逆利用で粘るかどうかは考えたが、敵の攻勢が思った以上に激しいので止めた。

 ヴィスタルムに許可を得て、バルマン住民避難からの焦土戦術を実行している。

 拒否したら敵対行為だ。代わりに戦争が終わったら持って行くのが面倒な物資だと食糧だとか色々、寄付してやろう。

 南、ゼクラグ軍がブレンゲンからパム=ポーエンのポーエン川の線で防衛線を再構築。

 その北、パム=ポーエンからエムセンの線で中央軍とワゾレ方面軍が防衛線を再構築。予備として再編制を兼ねるバルマン軍を後背に配置する。

 更にその北ではイラングリ方面軍が騎兵網で弾性のある防衛線を再構築し、ストレム軍と連携する。

 故セレル七世のロシエ王国軍攻勢時とほぼ同じ配置である。ストレム軍とバルマン軍とガートルゲン軍との連携がちょっと変わった程度か。

 損害を整理する。

 我が軍の損害は累計一万二千程度。流石に四十万軍との攻防戦では出血させられた。

 ゼクラグ軍の損害は累計三千程度。新編革命軍などの弱小軍との戦いばかりだったのでこの程度。

 ストレム軍の損害は累計六千程度。ほとんどが装甲戦列機兵の斉射砲による被害である。

 我が帝国連邦の被害は、ストレム軍を除けば騎兵による被害が大きかった。

 ロシエの誇る重装槍騎兵に討ち取られた者が割りと多い。後は施条銃を持った軽歩兵にやられている。

 負傷者の多くはアタナクト聖法教会の者による治療の奇跡や、ヴィスタルムの息子が発明した治療呪具や医療体制に救われた。救われなかった者は自爆攻撃や後方かく乱に使ったので損害の計上が高めになっている。同じく治療したグラスト分遣隊はしばらく、肥えるまでお休みだ。

 バルマン軍の損害は累計三万程度。ファンジャンモートとカレロブレ要塞への突撃で手酷く死んだ。

 ガートルゲン軍の損害は累計で同じく三万程度。損耗率四分の三という頑張りを見せた。デュアルニー脱出時にまた酷い被害を出したらしい。こちらはヴィスタルムの息子の治療体制の恩恵を受けていないので手酷いと言えば手酷い。

 しかしヴィスタルムの息子ダンファレルくんはとんでもない天才だ。親に、ちょっと記憶から薄れつつあるがあのファルケフェンにも似て良い体格で顔も良い。歳が合ってたら拉致して婿にしてザラと結婚させたいぐらいだ。十五歳くらい離れてるのか? 厳しいな。

 各所からの偵察情報を聞くに敵軍はこちらの、ブレンゲンからエムセン以北まで全域に延翼して前進して来ている。

 そして潜入工作員やランマルカ筋の情報で、後方には精強な予備軍が配置されているという。鉄巨人、装甲戦列機兵や理術で強化した部隊に各諸侯子飼いの精鋭部隊や近衛隊などなど。

 広く展開された敵の前衛軍は使い捨ての威力偵察部隊。決定的なところを探り当てたらその予備軍をそこへ投入するつもりだろう。味方を殺すことに躊躇が無い戦い方だ。


■■■


 戦線は広い。騎馬伝令だけだと時差が辛いので竜跨隊が伝令に飛び立つ。

 次々と巨大な、若い竜が飛翔していく光景は迫力があって、空へ行くせいか爽快感のようなものもある。敵の狙撃を警戒し、高度は十分に高く取る。そのため疲労が強いので頻繁に行き来させられない。背に乗った跨兵が次いでに上空から敵陣地を偵察する。

 これがウルロン山脈とかなら高低差を利用してもっと活発に行動させられるが、平地だと出番が少ない。

 長射程の小銃が出回る昨今、前線には決して出さない。

「小さいザラちゃんが乗ったら落ちて死ぬからアクファルに頼みなさい。それとまずお父様に許可を貰いなさい」

 等とクセルヤータが喋っている声が聞こえた。

「とーさま、クセルヤータに乗りたい!」

 そしてザラが、何やら昔を思い出させる我がままを言う。クセルヤータは緊急連絡要員として常に待機している。

「いいぞ」

「おばさま!」

 アクファルがザラを抱えて、紐で手放しても落ちないように縛ってからクセルヤータの首の根にある鞍へ跳んで跨った。

 ザラの偶像化計画なるものを考えている。皆の可愛いこちゃんにして命を更に軽くさせるのだ。帝国連邦の霊力を高めるために働かせる。

「空から皆に声をかけてやれ」

「はい、とーさま!」


■■■


 ズボンの泥汚れを落とす余裕も無い敵が、登り辛く加工した天然と人工の丘の第一線を疲れた足取りで乗り越える。この丘があるので敵は砲兵を使って、防御設備を整えた防衛線へ直接砲弾を撃ち込めない。

 塹壕を張り巡らし、砲眼銃眼付きの防塁を設置した第二線、丘の上から射撃する。敵を撃ち易く、こちらを撃ち難くしてある。

 敵は登った丘で的になり、丘を下る時も、下り終った時も的になる。苦労して歩いて来て、銃弾の一発も発砲することなくただ死体になる。

「整列!」

「構えー! 狙えー!」

『一斉射、撃てー!』

 敵歩兵の前進を支援する敵砲兵は丘に登った時点で優先的に砲撃を受けてほぼ出番も無く撃破される。また防衛線へ定間隔に配置された観測塔が敵砲兵の機動を監視しているので、丘の向うにいても重砲の間接射撃で破壊される。到達数も少ない。

「重砲に砲弾が装填された!」

「重砲は、砲口は確かに敵を捉えた!」

『射撃合図で撃てー!』

 頑張って到達したこちらの丘を登ろうとすれば急斜面で撃ち下ろされて全滅。

 非常に積極的に突破を試みてくる地点では、張り巡らせた坑道から地雷に点火がされて前進を阻止する。

 退却する敵には重砲による間接射撃が行われ、歩兵による逆襲で殿部隊を攻撃し、完全に壊走する敵がいれば騎兵が追撃を行い、逆襲に出た砲兵と歩兵が前進。

 そこそこのところで騎兵は撤退するか、前進した歩兵と砲兵と共同して敵の前線基地を襲撃するか判断する。襲撃困難と判断したら撤退。

 襲撃出来るだけ敵が消耗していると判断したら砲兵に攻撃準備射撃を行わせ、そこから歩兵が突撃する。その間は騎兵が側面防御に当たる。

「突入、掃討戦だ!」

「一兵も生かすな!」

『吶喊吶喊だ!』

 前線基地を破壊、物資を略奪するか焼き、生き残りの敵兵の目玉を抉って腕を潰して送り返す。その間に騎兵が更なる追撃へ移行し、安全確保を優先してそこそこのところで撤退する。


■■■


 リョルト王が防衛線の丘の高いところに立って見渡している。折れた角は新しく生えてきている。太い。

「お隣、お邪魔します」

 水筒に入れた酒を飲みながら、蹄の足元に座る。

「総統閣下? いえ、暇を持て余しています」

「そうですか?」

「手は動くようになりました」

 リョルト王はハマシ北方の敵対部族の長を一騎打ちで殺した際に指が折れ、変形したままに傷が塞がってしまった。そこでヴィスタルム王の息子に診せてみると、変形した骨を折ったり繋げたりを繰り返して、握力は元より減ったが日常生活を送る上で不便が無いように魔術で治療したのだ。

 ダンファレルくんを国に持って帰りたい。王太子だから無理だけど。

「前線に出られてるではありませんか」

「妖精に拵えて貰った大鉄砲で撃ちましたが私は射撃が苦手です。少し指は戻りましたが、装填も少し慌てると弾を落としてしまいます。砲兵の運用も分かりません。意見は聞きますが、好きなようにやれとしか言えません。まあ、意見がぶつかったら話合わせてますが」

「仕事になってますよ」

「喧嘩は確かに減ったようです」

 ”フレク”の親衛砲兵師団はフレク族だけでは定員に足りないので妖精と少し人間が混じった構成になっている。種族間で諍いが起きるのだが、リョルト王が上手く仲裁をしてきて、今では睨みを利かせるだけである程度仲良くやっている。こればかりは魅力の成せる業で、得難い才能だ。

「部族の者は良く働いていますが、私がその、怠けているようで」

「見守るだけで十分です。動きたくなったら前線に出てみればいいでしょう。死んでも代わりはいるんでしょう? 息子さんが送ってくる北方探検の報告を見るだけで分かります」

「そうですか」


■■■


 敵軍が一斉に全正面に対して何度も波状的に攻撃を仕掛けてくる。疲労を誘うと同時に、どこかで防御態勢の破綻が現れないかと探っている。

 今回は特に石切り場の山、以前にも”ダグシヴァル”が配置された岩場を中心に敵が猛攻撃を仕掛ける。

 相変わらずというか、敵は物量に任せて戦列歩兵を前進させる。歩く盾として運用しており、次々と投入してくる。

 高い位置を取る岩場からほぼ一方的に”ダグシヴァル”が射撃して敵を迎撃。岩場には山岳歩兵でも使い易い山砲や火箭が上げられているので火力は低くない。

 戦列歩兵が盾になっている内に砲兵が集中してきて、軽歩兵が混じって、激しい撃ち合いに発展。不利になってきたので好戦的な”ダグシヴァル”も流石に救援要請を出してきた。

 予備のバルマン軍を差し向ける。到着まで時間が掛かるので親衛千人隊と補助の工兵で陽動することにした。

 側面から敵へ陽動攻撃を仕掛ける。まずは皆で運んだ火箭を並べて一斉射撃を行う。大砲と違って軽いのでやろうと思えば、あまり重くない発射台さえあれば騎兵だけでも使えるのが良い。

 それから敵軽歩兵の遠距離射撃能力の圏外から、馬上から狙撃しつづける。アッジャール式騎兵小銃の形のまま新型銃弾対応にしたこの小銃は銃身が長くて良く遠くにまで届く。自分も撃ってみるが、遠過ぎて当たっているか分からない。他の皆は当たった、外れた、かすった、当たったけど死んでないとか一喜一憂している。広大な草原で生まれ育った連中より目が悪いのでこの点はいつも悔しい。

 望遠鏡みたいな光学照準器を付けて撃ってみると当たっている気もする。ただ皆、千丁近い小銃が絶えず発砲を続けているので自信が無い。

 バルマン軍が応援に到着する。ロシエ式の重装槍騎兵と軽騎兵が先着した。騎兵突撃を援護するために射撃を続行する。

 たまには友軍に花を持たせてやろう。折角応援に駆けつけたんだ、一発派手にやらせたいじゃないか。

 バルマン騎兵隊の突撃に合わせるように、その進路の先にいる敵を馬上から銃撃していく。

 バルマン騎兵にある程度併走するようにして銃撃で支援していくと、思ったより軽やかに敵の散兵線、戦列が崩れていく。敵砲兵に散弾を撃たせないように集中射撃を加えて砲撃を妨害してやったら重装槍騎兵は敵軍深くまで突っ込んで壊走させてしまった。軽騎兵が残敵を掃討に掛かり、岩場にいたダグシヴァル兵が逆襲に下りて攻撃を始める。

 我が軍でも槍騎兵と銃騎兵の組み合わせは良い戦果を挙げていたが、これはますます推進したくなる。

 親衛千人隊を追撃に回してやり、岩場から降りている逆襲部隊に「深追いするな! 騎兵の支援に徹しろ!」と攻撃を統制している変なデルム王のところまで馬を進める。

「やあ、どうだね?」

「親父! 戦争ってこんなに死ぬもんだったか!? イディルの魔神代理領侵攻以来の規模だが、開戦からもう二千は死んだな。人数増やさねぇと絶滅しちまうな!」

「女にも頑張って貰え」

「ゲバババ!」

「未亡人の再婚奨励と補助金策を取ってるの知ってたか?」

「あ? 何だそれ」

「夫が戦死した未亡人が再婚する時に申請すれば補助金出るんだぞ。金目当てでもいいから子供育てて増やせってことだ」

「そんなのあるのか! じゃあもっと死んでもいいか」

 全体に行き届いていない? ジルマリア宛ての手紙に書き加えておくか。この変な山羊頭が細かいことを気にしてないだけかもしれないが。


■■■


 バルマン騎兵が活躍した攻撃を最後に、敵が防衛線に対する攻撃を手控えするようになった。

 人質を使って嬲り殺しにして挑発してもいい加減慣れたか反応が鈍い。濫発し過ぎたようだ。残る人質の使い道は別に考えるべきだ

 というわけで前線へ挑発しに行く。

 丘を越え、臨戦態勢で配置に付く敵軍の前へ。

 丁度部隊の交代時間で、敵兵がバラバラと動き始めている。これから飯を食うのだろう、焼けた食べ物の香ばしい匂いが漂っている。

 可哀想だが空へ向けて拳銃を一発発砲、注目を集める。

 単騎なので使者か何かかと思っているのか、狙撃するような素振りは見せていない。死んだ女の髪の毛で作られた三角帽子を手に持って振り、耳目を集める。

「ロシエの諸君、私が君達を苦しめている悪魔大王、帝国連邦総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンだ! この名前と顔だけでも覚えて生き残ってみてね! 食事の時間に失礼する。そう長々と話すつもりはない。君達も疑問だろうから一つ教えよう。何故我々帝国連邦軍がロシエの君達をこんなにも苦しめているのかを! 余り難しく考えないで貰いたい。我々、そして攻撃を決定した私は別に君達は憎くはないのだ。戦う理由は一つ、ただ戦争がしたいから君達の祖国を侵略している! 君達を殺しまくるのは大層愉快で楽しい! 君達も楽しみたまえ!」

 ”俺の悪い女”を抜いて掲げ、馬を竿立たせる。

 帝国連邦の軍事力を見せ付けるとか、旧時代思想の年寄りを戦死させるとか、マインベルト王国みたいな味方を発見するだとか割りとマシな理由もこの遠征の目的には含まれているが説明しても仕方ないだろう。

「では諸君ご機嫌よう! 遠くの隣人帝国連邦をよろしく!」

 狙撃の一発もやって来ないな。望遠鏡で顔を確認している連中もいるが。

 罠か何かかと思っているかもしれない。心が閉じちゃってるなぁ。

 匂いを嗅いで腹が減ったから戻る。こちらもそろそろ昼飯だった。

 戻ると昼飯時である。

 今日は普通の肉の代わりに、わざわざ一度炙り焼きにして皮をパリパリにしたバルマン産の腸詰が入ったジャーヴァル風の香辛料たっぷり汁と、にんにく、牛酪、サフランで焼いた炊いた米だ。パンじゃないな。

 ダフィド用には切った野菜が出される。ナシュカのおっぱい女、おっかない顔してちゃんと兎用に餌を出すのだ。食用と愛玩用の区別がついているらしい。

「ナシュカのご飯、おいしーねー」

 ダフィドと一緒にご飯を食べるザラはご機嫌である。

「おいナシュカ聞いたかお前、おいしーねー、だってよ。照れろよ」

 肘で腕などではなく、わざとナシュカのおっぱいをぷよんぷよんと突く。

「触んな糞城主、てめぇの汚ねぇのが移る」

 一緒に飯を食うルサンシェル枢機卿は元気が無い。シトレに居た時は水を飲むのも辛そうにしていたが、今では普通に食べている。

 今、ルサンシェル枢機卿は仕事が無くて大層暇である。降伏勧告を出す先が無いのだ。ロシエ領内に侵入した時は、深刻そうな顔でこれも仕事かと気合を入れていたが、空振りになる。

 最近では前線見学の趣味も無いからか後方で、アタナクト聖法教会関係者と雑談をしたり、これから死に行く捕虜と精神的なお話をしたりと辛い仕事を自分で作っている。

 真面目なのも程度問題。あんな道具として扱われる連中と話をしたところでマトモな神経が病むだけだ。

 聖戦ながらもこちらの行為は聖職者界隈にはウケが悪い。先の聖戦も凄惨だったがこんなことは無かったと口々に上る。

 先の聖戦という言葉に時代を感じる。もう先の大戦ではもうない。あれからの年月、大戦と呼べる戦争が何度も起こった。紛らわしいな。

 飯を食って、ザラとダフィドとアクファルとその辺にいた偵察隊員をなでなでして、体を伸ばす。

 大砲の音は無く、散発的な銃声が聞こえる。忙しい時でも暇な時でもとりあえず敵士官を狙う狙撃隊を出しているのでそれだろう。

「ねー親父様ぁー」

 カイウルクが猫撫で声でくっついてきたので、脇に腕を差して膝で股間を蹴り上げて投げる。しかし体勢をズラしたカイウルクは地に足つけて踏ん張る。

 カイウルクは奥襟を掴んで来て、腰をこちらの股間にぶつけて前に転がそうとするから姿勢を低くして踏ん張る。

「どうした?」

「アクファル、結婚しないなら俺に頂戴」

 そういえばカイウルクと結婚させるという選択肢があった。ジャーヴァル遠征以来ずっとガキんちょだと思っていたが既に嫁は二人いて子供もいるんだった。髭が薄いのが悪い。

 カイウルクのズボン、膝のところと股座を掴んで強引に持ち上げる。あとこいつ身体が小さい。前へ、地面に叩き付ける。

「うわ、負けた」

「本人に聞け。相手は好きに選ばせてる」

 そこでアクファル、寝ているカイウルクの襟を掴んで起こす。いや、持ち上げた。

 相撲になるかと思ったらアクファルが一方的に引きずる。元気で筋肉モリモリの頃のシゲと羊の引っ張り合いをしていた握力が思い出される。

「おわっおわ!」

 カイウルクは姿勢を取り戻そうにも引かれ続けて足並み揃わず、そして片手で振り回されて宙に浮き、手を離されると転がっていく。

「あーフラれた、だっせー!」

「うっせー糞親父!」

 これから通りがかる兵を引きずりこんで皆で相撲をやった。

 全戦全勝無敗のクセルヤータに敵う者はいなかった。一番体重があるフレク族の砲兵でさえ、手加減された上で片手で転がされた。カイウルクは捕まえられて、お空の直滑降を味わった。

 飯食って運動して汗かいたら風呂! なんと一番近くの鉱泉からお湯を引っ張ってきている。

 計画に無かった風呂だが、マリムメラク王が得意の利水技術で作ったのだ。

「我々は抜け毛が凄いですよ?」

「そんなの気にしませんよ」

 マリムメラク王とご一行の地リス頭が並んでいる大浴場に入る。彼らは掃除前に入る。

 風呂は疲労回復、あと怪我に良いとのことで人気である。何十万名も入れられるだけの施設は無いので部隊毎に交代制ではある。


■■■


 挑発した次の日から敵の攻撃が再開された。

 まずは昼夜を問わず、小出しに数日に渡って擾乱攻撃が行われる。こちらを疲れさせるための攻撃だ。

 竜跨兵から報告が上がっている。敵の後方の予備軍がこちらに向かってきている。勿論噂の鉄巨人も前進してきており、総数は四百機と見込まれている。

 ランマルカ情報筋によると鉄巨人は現在も量産中であり、この四百機を撃破出来たとしてもまた投入されるという。

 遂に鉄巨人の戦列が到着。幌の頭を持った巨大な装甲戦列機兵の重厚な戦列は圧巻である。歩兵騎兵でどうにかなりそうにない。何の障害物もない平野で激突したら正直我が軍でも勝てるか分からない。そう思わせる。実際にそんな戦いは起こらないように工夫するし、今はそのようになっている。

 予備砲兵の集結を指示する。

 鉄巨人の戦列の前進は早い。早足に軽歩兵がその戦列に並んで進んでくる。それに追従して戦列歩兵も砲兵も前進してくる。その後ろには更に騎兵が追従。

 一気に突破してくる。

 鉄巨人の戦列が一線目の丘に迫る。

 足止めの地雷原が起爆、そして重砲による間接射撃開始。

 上下からの火力集中で鉄巨人への被害は多数確認出来るが、しかし予想以上に足が速く、重砲の射撃効果範囲から脱出して一戦目の丘を登って、下りに入る。

 重砲は鉄巨人に固執せず、後続の戦列歩兵や砲兵の制圧を続行する。

 防塁塹壕を繋げた二線目から砲兵が直接照準で砲撃開始。先制射撃で丘を降りる鉄巨人を撃破する。待ち構える歩兵も頭のような幌を射撃する。

 鉄巨人の頭から、報告にあった呪術式斉射砲の一斉射撃が連発され始める。加速の呪術弾が防塁の砲台を破壊し始める。

 防塁の二線目に鉄巨人が素早く迫る。砲台の大砲が撃破し続けるが、数が多く、また初めに撃破したはずの鉄巨人が修理され、人を乗せ換えて復帰してまた前進してくるので終わりが見えない。並の兵士ならこれで壊走することもあるかもしれない。

 二線目に到達するまえにまた地雷原で足元を吹き飛ばして転ばせる。転んでも鉄巨人同士で手を引っ張り合って起き上がってくる。

 足が壊れて立ち上がれない、歩けない鉄巨人も多いが、ある程度は復帰してくる。

 予備砲兵の集結が間に合わないか?

 鉄巨人は足の早さがある種、騎兵に迫る。襲歩のような急加速はないが、そこそこの移動速度を長時間維持していて悪路を突破してくる。

 足を止めるならストレムがジュオンルーでやったように泥沼を作り出すくらいしないとならないか。この土地は川より高い場所にあるので用意に水を引き込めない。場所選びに失敗したか。

 人質の女はほぼ使い尽くした。縛り付けた子供を塹壕の上に並べて盾にする。

 しかし鉄巨人に乗る敵兵は、塹壕に隠れる歩兵へ炸裂の呪術弾を発射。子供の盾も含めて小隊、中隊単位で壊滅するような被害が出る。慣れたものだ。

 敵の軽歩兵も接近。悪臭弾を放って容易に第二線に侵入出来ないようにしつつ、第二線放棄を決定。

 歩兵、砲兵は縦の塹壕線に沿って、身を隠しながら後退する。

 丘の陰に入るので直ぐさま射程から逃れられ、地雷による遅滞行動も合わせて後退は成功。

 鉄巨人だが、悪臭の煙幕を浴びると途端に動きが悪くなり衝突、転倒を始めた。中で操る人間は煙幕に対して防御する措置がされていないということか。

 第二線配備の部隊が後退するまで、到着した予備砲兵と重砲に射撃支援を行わせる。

 煙幕の向こう側は観測が出来ないので、敵の戦列全てを覆うように先頭から順に押し上げるように弾幕射撃を行う。

 前線工廠から出来立ての砲弾、大砲、重砲の各部品が送られて来るので多少撃ち過ぎてもすぐに補充可能。

 煙幕が晴れる頃には、無数の鉄巨人と歩兵がバラバラになって倒れている地面が遠くまで続く。

 敵が第一線を確保しようとしているので重砲が改めて砲撃を行って防ぎ、歩兵前進、後退した分を復旧する。

 転がっている死体は第一線の前に並べさせる。ある程度慣れた敵には死体をチラつかせたところで今更士気はあまり減じないと思われるが、単純に歩く邪魔になるので利用する。腐ってとんでもない異臭を放ち始めれば、いくら気合を入れても逃げたくなるぐらいに臭くなる。

 敵は攻勢を一時停止したようだが、また準備を始めたようだ。偵察によると、工場から直送されて来た鉄巨人が整列を始めている。


■■■


 鉄巨人の突進後、夜になっても敵の攻撃が続いた。今回の敵は諦めが悪い。射撃より白兵戦重視で全正面へ突撃して来ている。

 連日の波状攻撃で流石に全軍に疲れが見え、命令の誤解やど忘れ、武器の故障が頻発。

 態勢を立て直すために各国から集めた傭兵、浮浪者、罪人達が、メルカプールの秘術を持って命と正気を忘れさせられた聖戦士達に仕立てられたので投入する。精神効果を考え、皆には戦化粧をさせておいた。

「ビョッギャー!」

「ジャジャジャー!」

「オッギャーン!」

 と奇声を上げ、聖戦士達は変な姿勢で走って突っ込んで行った。対決する敵から困惑する声が聞こえる。

 我々は兵を休ませて明日も元気に戦わせたい。聖戦士を投入して死ぬまで戦わせる。

 夜戦の主役、黒旅団が長距離浸透から帰還。古参の給仕を頭にしがみつかせたままニクールが報告に来た。

「帰ってきたなニクール」

「タンタン!」古参の給仕がタンタンと呼ぶんだよと教えてくれる。

「タンタン?」ザラがタンタンって何? と聞く。夜中に「おしっこがしたい」と起きていた。

「タンタン!」ニクールはタンタンって呼ぶんだよと教える。

「タンタン?」ザラがそれに懐疑的ながら従ってみる。

「ニクールだ」ニクールが訂正する。

「タンタン!」でもやっぱりタンタンって呼ぶべきと古参の給仕が主張する。

「タンタン?」ザラがそれでもタンタンって呼ぶの? と聞く。

「タンタン!」でもでもやっぱりタンタンって呼ぶべきと古参の給仕が主張する。

「タンタン?」ザラがタンタンって呼んでいいの? と聞く。

「ニクールだ」ニクールはあだ名ではなくて本名で呼んで欲しいと言う。

「それで」

「後方を狙った夜襲を繰り返しているが、今までのような結果は出せない。原因は、夜戦が得意なフレッテ人が参加している。夜目が利き、耳が良い。鏑矢を使うと動きが鈍るから倒せなくはないが、奇襲性が損なわれている。混乱させられない」

「中々手ごわい奴等だな」

 各地から報告される死傷者数が増え始めている。敵軍の弱点が減っている。

 昼の攻勢で塹壕に篭っていた歩兵が二千はやられた。炸裂の呪術弾の威力は凄まじい。これがロシエの本気か。

「工作部隊から面白い武器が出来たと聞いている。今度使ってみたらどうだ?」

「面白い?」

「擲弾矢。導火線付きで点火して射る。飛距離は重いから短い。返し付きの鏃になっている。正直、手元で爆発させる奴が出てくるとは思うが、今のまま夜襲を続けるよりはいいんじゃないか」

「一撃離脱の擾乱攻撃には良いな。フレッテ兵の反撃を受けるよりは被害は少ないだろう」

 我々はここで踏ん張る。ストレムとゼクラグのお手並み拝見だな。

「とーさま、おしっこ」

「はいはいはい」

 ザラと手を繋いで便所天幕へ向かう。少数ならまだしも、大人数だと便所穴の統制をしないと疫病が広まる。

 少し離れたところにいたルドゥが随行してくる。

「大将、目の玉が黄色いフレッテ人? だったか。その暗殺者が増えている。もう五十人は始末している。奴等は夜目がかなり利く。昼が苦手なくらいらしい」

「おぉん、ニクールが言ってたなフレッテ人」

 ビプロルに並ぶ、ロシエの人間っぽくない人間。長寿で夜行性で、肉どころか魚も生で食っても平気な奴等らしい。人口は大したことはないらしいが。

「とーさま、暗殺だいじょうぶ?」

 ザラが心配してくれる。

「ルドゥがいるぞ」

「ルドゥ、やくそく」

 ザラが暗殺者から守ってね、と可愛く言った上に可愛く握手の手を出す。しかしルドゥは握らない。てめぇやんのかコラ。

「もうしている」

 さも当然だとばかりに言った。格好良いねぇ。

 小便の手伝いをしてから外へ出ると、ルドゥがザラの帽子を取って、何か被せた。兜?

「んー? なにこれ? あったかい」

 ザラは頭に被らされたものを触って、上を向いて一回転半、見えるわけのない被り物を見ようと少しだけ無意識に動く。

 夜に高い視点からだとよく分からないので屈んで見てみる。

 耳付きの帽子に見えたが、違った。内側に毛皮を張った頭蓋骨の兜? だ。下顎の骨を左右に割ったものが付いていて、組み合わせると顎紐になる。頭蓋骨は細かく分けられて上で裏地の布としっかり縫い付けられており、潰せば難なくぺしゃんこになる柔軟性を帷子のように確保している。頭が多少大きくなっても被り続けられるし、被っていて締め付けられず、落としても割れにくい。そして頭蓋骨の目の周辺が丁度、被ると眼鏡のようになっている。骨は綺麗に磨かれており、薄っすら透明な膜が掛かって要る光沢が見えるので保護剤が塗られているのだろう。

 ザラが兜……いや用途は帽子か。その帽子を取って頭蓋骨と睨めっこ。

「髑髏だ。とーさまだれの髑髏?」

「誰の髑髏だろうな」

 ルドゥの面を見る。ザラの帽子を手渡された。そう言えばこれ夏用の薄いやつだな。

「ちょっと時間が掛かった。お嬢、あんたが初めて殺した敵の頭蓋骨で作った。それと……」

 ルドゥがザラの持った髑髏帽子を手に取り、目の部分に針金の入った硝子板を嵌める。そして裏地を弄って展開し、化学戦用の濾過装置を嵌めた。

「これは化学戦用の防毒覆面にもなる。毛皮を外せば夏用にもなる。覆面の部分は気密確保に薄い革が張ってあるから、暑い時は蒸れる」

 ザラがもう一度髑髏帽子を被る。布地が黒いので、夜に見ると髑髏が浮いている見える。骨の部位が多少膨らんで離れ、黒い筋が走っているように見えるので不気味さが増している。これはイカしてる。

「壊れたり大きさが合わなくなったら言え。直せる」

 ザラが髑髏帽子の下顎の骨を外す。防毒覆面を顎下に下げる。留め金――骨製――と針金硝子を外し、帽子の耳に収納――そんな仕掛けもあったか――する。そして耳を両方上に畳んで、下顎の顎紐の根元の留め金を組み合わせて固定。上顎から目の部分の骨を捲くって鼻穴を頭頂部の留め金に固定。一度髑髏帽子を脱ぎ、防毒覆面部位を後頭部に回して――尻尾になって可愛いと同時に、厚い時は後ろに回しておけば革の蒸れが無い――被り直す。これで可愛いお顔が隠れない。

「それでいい」

 相当に凝った作りだ。頭の良いザラちゃんはその凝った構造をもう理解した。

 すっげー、お父さんも欲しーなー。

「ルドゥ好き!」

 ザラがルドゥの腹に抱きついた。

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