第212話「高度な予測と先回り」 大尉

 改めて感じるが”鳥”の体力は並大抵のものではない。

 現在、上空から標的群と標的群が住んでいる屋敷周辺の地形と警備状況を調べている。

 この地点に来るまでは同志スカップに先導して貰った。道中、色々と彼の私用には付き合わされたが。

 ユバール、ロシエでは帝国連邦軍、それ以降は各地に潜伏する共和革命派の地下組織と馬や食料のやり取りを行い、高速移動を可能にした。

 この屋敷周辺は警備が厳重で下調べが難しい。

 まず自分と”鳥”が組んで、上空から全体を見渡して図を作る。この辺りには”鳥”のような大型鳥類は生息していないので、悪天候時に雲に紛れたり、日没後に調査を行う。亜神となったこの目は夜目も利くので問題は無い。

 地上からの調査は”狼”と”猫”が行っている。

 今日は運命的な巡り合わせが重なったような日である。

 まず数日前から秋の小麦の収穫が始まり、標的の動きが単調化したのだ。それまでは小さい山に登ったり、川へ泳ぎに行ったり、友人の家へ遊びに行ったり、などなど動きが変則的であった。第一、三標的は意識して屋敷の外には出ないようにしているのでまとめて始末する機会が伺い辛かった。

 今では第二標的は朝に出かけて畑で刈り取りを行い、第一標的は屋敷で家事に専念する。繁忙期は食事の量も洗濯物も増えて互いに重労働になり、何か別の行動を取る余裕を持っていない。また警備兵も一部もそれらの仕事を手伝ったりと、隙が多い。

 最大の幸運は、今日は警備の隊長が遠くへ出張してから二日目、その副長は警備隊の本部で何か仕事に掛かり切りだ。本来の仕事に集中しておらず、気が散っている。その二人の代理人が代わりに屋敷に常駐しているが屋外でも書類片手に注意散漫である。今年の秋の収穫の見込みが悪いと聞いているので財政で何か問題が発生しているのだろう。

 概念的な存在ではない神が起こす奇跡は信じないが、幸運が重なった奇跡は信じよう。

 今日まで押し込んで殺すか、遠距離から狙撃するかは考えたが、警備兵の配置状況から一瞬で数百名以上に包囲される状態なので狙撃を選択する。

 また次の任務もあり、ここの標的は戦略的優先度は一番ではない。やはり一撃離脱がし易い狙撃を選択する。

「”鳥”くん、皆のところへ」

「うん!」

 夜風を切って降下。暗い林の中へ降りる。

 発見されぬよう焚き火もしないで木の上で寝る皆が目を覚ます。

「朝に決行する。配置につく」

 ”馬”以外の皆が頷く。第一から第四標的を説明した時以来彼女は士気が下がっている。

 ”狼”が”馬”の肩を掴んで揺すると「分かった」と返事をする。

 スカップは脱出に備え、馬車の方へと向かう。

 ”狼”と”猫”は敵兵の巡回経路から外れたところへ罠を仕掛けに行く。今日まで発見されるのを警戒して場所だけ決めてあった。勿論、我々の行動に気付いた敵が追って来た時に引っかかるような位置である。

 そして自分と”馬”を狙撃地点まで”鳥”が空から順に運ぶ。

 場所は屋敷の南東側から四百三十イーム離れた、岩の上に土があり、草と灌木が生えた地点。

 大口径狙撃銃、狙撃銃二丁を用意して時間まで待つ。

 ”馬”は不服に「うー」などと唸りながらも、精神集中用の道具を出して離れた向うの屋敷を術観測で覗く。

「距離に問題は?」

「出来るけど」

「不安要素は?」

「遠いと疲れるから、長時間は。それと視野広げるともっと、キツい」

「例えば標的の行動から、次にどこの窓を通るか教えて。そこでその窓の中央より下の部分を狙う。そこに重なった時に撃つから、重なる時に合図。その要領」

「うん……」

「ダフィドルゴー、ゼーバリ、あの要領で間違いない」

「そういうことじゃ……」

 ”馬”と哲学的な問答をしてもどうにもならないので朝を待つ。

 ”猫”が合流し、我々の周辺警戒につく。”狼”は直前まで罠作りだ。


■■■


 日が登り、朝になりつつある。日光は背後の方角から昇ってこちらの目を潰すことはない。

 第一標的が外に出てくる。割ってある薪を手に持ち、屋敷に戻る。これから炊事だ。まだ機会ではない。

 鼻が朝食の匂いを嗅ぎ取る。今日は更なる幸運、風が弱い。”馬”が見ている風速計を見れば三から五イームで振れている。

 巡回している警備兵の姿が途切れなく見える。朝の交代を待ちわびているようで集中力が欠け、足で地面を軽く踏み鳴らしたり、欠伸を堪えたり、腕を組んでいる。

 第一標的がまた外に出てきて井戸から水汲み。警備兵が代わりにやると言い、第一標的がやんわり断る。井戸に釘付けだ。

「屋敷内の第二標的は?」

「うーん、二階寝室で着替えてる……あ、朝から?」

「朝から?」

「夫婦の……」

「交尾ね」

 壁、柱、寝台の低さ、悪条件が多い。

「うん……」

 第二標的が交尾中に第一標的は水汲みを終わって屋敷内へ。

 敵兵の交代が始まる。集中の切れた者から、集中力のある者達へ。

「あ」

「動いた?」

「第二標的、階段を下りてる」

 大口径狙撃銃を構える。銃身は二脚架が支える。右手は銃把と引き金、銃床は右胸に押し当て、左手は銃床の上に添える。呼吸を静かに。

 まずは玄関口に狙いを簡単に定めておく。事前に狙撃眼鏡の照準はあの玄関扉に合わせてある。基準と周囲の距離感覚が掴めていれば十分に勘で調整可能だ。

「階段を下りて……玄関に手を……開ける前に」

 玄関の扉が少しだけ開いて止まる。その隙間から黒い犬が出る。

「いってきます、かな。第一標的、台所から玄関の方へ」

 第二標的の番の女が方が先に屋敷から出て、背伸びをして深呼吸。黒い犬に抱きついて何か喋っている。

 第二標的が玄関から出て、女と同じように背伸びをして深呼吸。左、東側を見て手を上げて何か喋っている。

「標的、玄関入り口の右側の陰にいる」

「細かい位置は?」

「えー、えー?」

 ”馬”の声が焦っている。呼吸も荒い、集中が切れ出したか。

「扉の縁から拳幾つ分右?」

「えっと、おー?」

「肘から拳まで何個分?」

「ふ、二つちょっと!」

「風速」

「五、え、四、四!」

 大きな変化無し。尻尾で風向きを感じる。西風、ほんのわずかに手心を加える程度の調整で良さそうだ。

 標的の身長と、玄関の扉の底辺、床の高さを頭で想像して胴体の位置を想像する。

 喋って微笑む第二標的の目線の先が標的の頭。

 銃が振動しないよう、気付いたら引き金が絞られる程度に。

 屋敷の壁に穴が空く。加速の呪術弾、スカップがロシエから盗み出した技術の転用。”馬”が作り、試し撃ちもしてある。家の壁程度は余裕を持って貫通する。

 壁越しに、周囲の者の反応で命中確認している暇はない、大口径狙撃銃から狙撃銃に持ち替える。

 装弾の手間は省き狙撃銃で狙う。平和ボケしているのか第二標的は伏せもせずにボケっとしている。

 事前に置いておいた鞄に銃身を預け、右手は銃把と引き金、銃床は右胸に押し当て、左手は銃床の上に添える。

 こちらの狙撃銃の照準も玄関扉を基準に調整してある。実際に撃ったわけではないので大分誤差はあるだろう。距離感覚が同じ別な場所で撃った時は良好だった。

 心臓を狙う。異変にようやく動きだした警備兵達だが、肝心の第二標的が状況も警告の言葉も理解出来ていない。

 慌てず銃が振動しないよう、気付いたら引き金が絞られる程度に。

 第二標的が倒れる。白い肌着が勢い良く赤黒く染まっていく。心臓ではなくても太い血管に直撃している。番の女が首を傾げ、黒い犬がこっちを向いて咆える。

 警備兵が最優先に護るべき番の女の首を掴んで下げ、屋敷の中へ押し込んで行く。

「第三標的は狙えそう?」

 狙撃銃に銃弾を装填する。”馬”は涙に鼻水も垂らして泣いている。

「第一標的は死んだ?」

「うん……体、二つ」

 胴体に命中して両断したようだ。

「第三標的は?」

「赤ちゃん、助かんないよ」

「撃ってない」

「……破水した」

「なるほど」

 第三標的を腹に抱える女は屋敷内にいる。狙撃の現場を見て精神的に衝撃を受けたか、それと同時に転倒でもして物心双方に衝撃を受けて破水というところか? 第三標的はこの想定外の事態を生き残る事が出来ない程度の未熟児なのだろう。

 敵の警戒態勢を考慮して第四標的は頭から除外していたおかげで多少のゆとりも持てた。一度の狙撃の機会で四つも仕留めるのは流石に無理だ。第一標的セレル、第二標的アシェル=レレラ以外はおまけだったがこれで良い。セレルの直系の第一子も死亡見込み。やはり幸運か。

 二度の銃声で敵兵が武器を構え、警笛を鳴らし、警備犬を解き放って我々の捜索を開始している。

 自分は”鳥”に足で掴んで貰って空へ行く。上空から狙撃支援を敢行する。

 泣いている”馬”は”猫”に先導されて地上からの脱出路を行く。

 ”鳥”が「ルーラーラー」等と歌って警備兵の注目を集めて陽動。地上の二人が撤退する方角の反対側へ。

 彼等には聞いたことの無い言葉と声色。

 そして練習したエグセン語で自分が「血統断絶!」と挑発。

 ”鳥”は高度を微妙に落としながら旋回し、不規則に羽ばたきを入れて高度を上げて、進路を左右に変え、敵に進路を予測させない。

 散発的な射撃がこちらに行われるが当たらない。

 両足の親指の付け根辺りで銃身を挟み、右で銃把、左で銃床の底の方を掴み、顎でも抑える。今の体力なら小銃の反動程度で顎は痛めない。

 射撃の姿勢が様になっている警備兵から優先して、尻尾で銃身を微調整しながら撃ち殺す。一々銃口から装弾をしなくて良い遊底式小銃は連射が効いて良い。続々撃ち殺す。

 こちらを無視して”猫””馬”を追う警備兵には騎兵が混じる。”狼”が仕掛けた罠に引っかかっていく。

 悪態を吐く声は聞こえるが悲鳴はなく、あっても馬と犬の悲鳴ぐらいなものだ。士気が高い。

 罠は足狙いの浅い棘付き落とし穴、草に隠した低い棘柵のような現地の素材加工をした、足元を狙うものばかり。

 三人は合流してスカップが馬車を待機させるところまで走る。

 変な音がした。濡れたよう、叩いたような。

「”鳥”くん?」

「ラーラー、ん? 穴開いちゃったね! ちょっと痛い! 大丈夫!」

 大丈夫と言うのならば大丈夫なのだろう。続々と屋敷周辺に敵兵が百、二百と集まってくる。

 軍服を着た者が先に、それから近くの村や集落、聖王親衛隊の本部の方からは民間人と変わらぬ格好の者まで。千以上になるのでないか?

 数が多く、どれを優先的に撃てば良いか判断しかねる。軍服着用者を優先する。

 遊底式小銃が連射に耐えられず、撃針が折れる。空中で機関部を分解して交換を試みる。銃本体は邪魔にならないように尻尾で持つ。

 三人が遠くまで逃げる。スカップが馬車を隠蔽していた草木と覆いを外して出す。徒歩で三人に追いつく者はいないが、騎兵と犬は別だ。下を見れば何時の間にか騎兵だけが地上脱出組の方へ向かっている。判断が早い。

 また”鳥”の翼に穴が空く音。地上の敵は散発的な射撃を止め、密集陣形はそこそこにして号令による一斉射撃に移っている。

「飛行に耐えられなくなる前に言って」

「フールールー、へーきーへーき! ラーラー」

 今更ながら、”鳥”は元気なのか空元気なのかが分からない。無理をするかしないのかも分からない。

 足の早い”猫”が馬車へ先について”狼”と”馬”に早く来いと手招き。

 地上脱出組を騎兵隊は槍や剣、拳銃に騎兵銃と各々得意な武器を持って走る。その中の一騎は馬上で銃身の長い小銃を構えているのが見えた。手綱も掴まず馬を操り、射撃姿勢は堂に入っている。

 撃針交換完了。小銃を組み立てながらどっちを優先、下の一斉射撃号令を出す士官? 狙撃の得意そうな騎兵?

 スカップが馬車の荷台にある機関銃に取り付くのが見えた。

 一斉射撃号令を、剣を持って下そうとする士官を狙う。”鳥”が不定期の羽ばたき、少しの乱れた浮遊感の後に、一瞬落下する乱れぬ瞬間に撃つ。頭部命中、帽子が飛んで欠損した頭が露出。

「伏せなさい!」

 スカップが言って、背中に騎兵と犬が迫る”狼”と”馬”が伏せる。”猫”が弾帯が暴れぬように送り、荷台の機関銃をスカップが連射し始める。追撃する上で自然と一列縦隊になった騎兵隊が連射して撃ち出される大口径弾に馬も騎手もバタバタと倒れる。

 機関銃に撃たれて倒れる馬から飛び降りながら、銃身の長い小銃を持った騎手が撃った。”猫”が倒れた。

 まさか? いや、あることだ。

 低い姿勢になりながら”狼”が機関銃射撃を潜ってくる犬を手斧で叩き殺し、跳び掛かられれば逆に喉笛を噛んで殺す。”馬”が何か粉を投げつけると犬がキャンと鳴いて逃げる。後から追いついた犬も嫌がって距離を取る。

 ”猫”を撃った騎手が再装填をしている最中に”狼”が投げた手斧が当たって頭を割り、手元に戻る。その間も続々と迫る騎兵隊は機関銃が薙ぎ倒すが、”猫”の手が無くなって弾帯が暴れて機関部が食ってしまって詰まる。スカップが機関銃を諦めて馬車を走らせ始める。

「陽動終わり。馬車を追って」

「ルー、ばーしゃー、ラーラー」

 ”狼”と”馬”が走り出した馬車に乗り込む。

 ”馬”が”猫”に寄って、慌てふためいている感じはするが応急手当を始めた。

 迫る敵騎兵を先頭から準に、馬を狙って撃つ。馬が倒れ、後続の障害物になる。なるはずだが馬に騎手も飛び越え、避けてと器用に突破していく。馬術巧み、改めて精鋭だな。

 ”狼”が機関銃の詰まりを直し、片手で弾帯を捌きながら射撃を始めた。腕力があるので片手で機関銃の狙いを良く定めている。

 馬車が段々と加速を始める。馬は走っているが荷台は浮いている。引く重荷が無くなった分速い。そして道も途切れて目前が川になったところで馬車が空へ飛び立った。”鳥”と空を飛んでいる自分が思うのもなんだが、あれはおかしい。

 スカップは魔術で多少の物なら浮かせて長距離飛行が可能で、馬車と引く馬一、二頭程度なら術効果の範疇。通常の道は馬に馬車を引かせ、悪路は飛んで省略するという組み合わせで高速移動が出来る。

 この異常な光景にも動揺はさほど見せずに追跡してくる敵騎兵を狙撃して屠りつつ、空飛ぶ馬車に並ぶ。

「”猫”くんは?」

 ”馬”が何か言うが涙と鼻水でベロベロで要領を得ない。

「応急処置は済んだ。即死はしないが、腹を撃たれている。意識も無い。奴等に追われながらだと怪しいところだな。この空飛ぶ馬車も一日中飛んでられないんだろ」

 ”馬”が更に奇妙な顔になってワーワーと喋る。

 ”猫”は目を閉じて息も辛そうな様子。小柄ですばしっこいが肉が薄いのが弱いところか。

 馬も慣れて大人しく飛行中は手放しでも良いようで、スカップが荷台の方に来て”猫”の変装用の帽子を取って、髪の中から動物のような耳を掘り出す。

「世には様々な嗜好を持つ者がいる。そういうものを利用するのも私の仕事だ。任せたまえ。彼の氏猫大好き」


■■■


 我々は二手に分かれた。

 ”猫”を治すツテがあるというスカップと、怪我人と輸送手段に”鳥”。”鳥”も負傷者であるが、穴の開いた翼の皮膜をペロペロ舐めるだけで「大尉さん大丈夫!」らしい。

 こちら自分と”狼”に”馬”は西に逃走中である。服装はユバールの時からこの地方の平民が着るものに変えている。

 まず機関銃と馬車は見知らぬ川底に沈めた。あんなものがあると目立つ。

 馬は歩く携帯食糧とする。面倒を見ていると時間が掛かる。

 言語の問題がある。基本的に人を避けて動くのだが、”狼”の新大陸訛りのロシエ語が頼り。ロシエ中央の人間とも話せる程度の訛りなので大丈夫。”馬”の新大陸訛りのロシエ語はあちこち言葉が混ざって通じない可能性が大きい。喋りが必要な場合は”狼”に任せるしかない。

 動くのは夜間が基本である。夜中に歩いて回る人間は極少数なので目立つと言えば目立つのだが、見つかっても暗闇に逃げ込むのが容易である。我々三人は夜でも見える。

 我々の体力ならば日没時を歩き通しても体力が余るので日中は森や山を移動した。

 スカップから貰った地図と天測、通りがかる村や町の看板を読みながら進む。

 ここまで気を遣って逃げても聖王親衛隊の追跡は続いた。真っ直ぐ街道を進めない我々の足よりは、各地に部隊を配置した上で街道を走る伝令から指令を受け取る彼等の動きの方が先を行く。

 先を確かに行くのだが、怪しい者は全て捕縛するような総当り的な行動が見られる。強引な逮捕行動が散見された。

 西へ逃げてナスランデン領に近づく度に、敵も西に逃げると分かっているのか警備が厳重に思える

 イーデン川は夜間に渡る。秋の長雨で増水しており、船を盗んで流れに逆らわないように斜めに渡った。橋は検問が敷かれているので避けた。

 ナスランデン領に入ると聖王親衛隊の姿が無くなるのだが、軍服から私服に替えただけの可能性がある。ロシエ入りしたのならともかく、ここはまだ奴等の行動範囲内。

 人目のつかない湿地帯を抜けて一気にバルマン領との境にあるオーボル川まで移動する。ここまでに馬は二頭とも食べた。晴れ間より雨の日が続いた。

 これという危険も無くオーボル川に到達した。そしてイーデン川より増水しており流れがキツい。

 長い移動で体力を消耗しているので無理せずに橋を渡れるか検討する。衛兵がついていないような小さい橋は無いかと探したが、国境線となる川なのでそういう橋は無かった。全てに検問が敷かれる。

 闇夜に紛れて強行突破も考えたが、通った証拠を残すのはマズい。ロシエから寝返ったバルマン領内にまで聖王親衛隊が踏み込まない証拠は無い。

 橋に隙が無いか観察もした。帝国連邦軍の荷馬車の列が通ると、検問が停止される様子だった。

 潜り込めるかと思ったが、言葉が通じるか怪しいマトラ妖精に協力を頼む、騙すのも極めて難しそうだ。

 また船を盗んで、難破同然に対岸へ着くしかない。大分流されそうだし、事故を起こす可能性もあるが。

 孤立して目立たないような村を捜し、船が陸揚げされている船着場へ行く。川を前に日時を空費した。

 雨の中、村に入る。普段よそ者が立ち寄らないような場所なので目立っているが、雨なので外を歩いている村人はほぼいない。

 巡礼か何かか修道女が歩いている程度だ。精神世界に偏重している人間は更に理解し難い。

 ”狼”が突然倒れた。

 陰になって分からないが、何かされた!?

 修道女が手を上げる、瞬発で避ける。銃声。

 ”馬”が「キャア!?」と悲鳴、背後から両手剣を構えて近寄る修道士風の男が剣を振る手を止めて驚愕? ”馬”の吹き矢を食らう。

 小銃を構える、修道女が刺剣で突く、銃身で絡めて、防ぐ。無理、滑って切っ先が伸びてきた。強引に小銃を振りながら後ろに走る。

 ”馬”が仮面をつけ、数珠を手にジャラジャラ鳴らして精神効果を狙った呪文を唱える。

 修道士は”馬”を狙って剣を振るが空切るだけ。間も無くフラついて倒れる。

 修道女の注意が一瞬、”馬”や修道士に向いて乱れる。

 小銃を修道女に向け、相手は身を引きながら発砲!? 剣の柄からの散弾浴びる。威力は低い。小銃本体で目を護る、致命傷に至らず。

 ”馬”が修道女に粉を投げる、広がる、跳んで避けられるが、次に口へ粉を含んで女の顔に吐きかける。

 ”馬”が酷く咳き込んで悲鳴を上げるように吐き出す。修道女も顔にかけられて目が開かない。何とも言えない刺激臭が鼻につく。

 小銃を構えて撃つ、引き金を引く瞬間に修道女は動いて避ける。

 もう一度撃つ、修道女は避ける。目が見えなくても分かっているような動き、耳か?

 大きく息を吸い込み「キィイイ!」と奇声を上げながら撃つ、避けられるが前へ迫って、尻尾で銃剣を掴んで振る。

 腹を切った。修道女は背筋に引かれてのけぞって内臓が飛び出る。倒れる。トドメにもう一発撃つ。優れた刺客に油断してはならない。

 修道士風の男の方は吹き矢の毒の作用で口から泡を噴いて痙攣中。助かるまい。

 高度な予測と先回りだった。敵に説教するようなことを言えば、人数が少ない、であるが。予測逃走経路が絞り込めなかった結果かもしれない。

 目潰しの粉を含んだせいで声が出ない”馬”が”狼”に縋り付いて揺すって、声は擦れ切って出ないが空気を搾り出すような大声を上げている。

 ”狼”の体を引っ繰り返してみれば、心臓と顎下へ二度の突きが入っている。いくら”狼”が人より優れた獣憑きであろうと即死だ。

 銃声のせいで人が集まって来るかもしれないと周囲を警戒してみたが、村人は銃声に驚いて家の中に隠れ、わずかに窓から覗いてくる程度だ。

 ”狼”の手斧を取り、その首に三度振り下ろして断ち切る。筋肉の詰まった太い首だ。

 ”馬”が良く分からない表情で見てくる。何か言っているが声になっていない。取った首を差し出す。

「重くて全身は持っていけない。形見を取ったら船を出す。銃声で敵が集まってくる」

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