第211話「王都最終防衛線」 ヴィスタルム

 バルマン王国軍と呼べる軍の編制が完了した。

 内戦という不幸な形で完了してしまったことが気に掛かるが、逆らわれたのに鉄槌を下さぬことなど出来ない。

 幾多の戦友を殺した。捕虜にしたのならばこの手でその首を撥ねた。一昔前なら身代金を要求するために生かしてなどということはあったが、もうそんな時代ではない。

 強い指導者でなければ生きる権利すら与えられない。

 大昔から強い指導者でなければならなかったし、必要に応じて残酷に振舞わなければならなかったから今更かもしれない。敵指導者一家皆殺し程度は良くある話だった。財産没収も良くあった。

 反乱領主とその一族は全て処刑にして、財産領地は全て没収の上に王の物とした。ここで分け前を配るのが昔だが、これらは全て王国の物になる。贅沢をするわけではない、全て軍事費に投入される。

 軍を出している各領主は明らかに不満な顔をした。文句を言う者はその場で切り殺して、一族を皆殺しにして財産領地を没収した。

 必要があれば死んだ領主に忠実だったような連隊は解散して丸ごと処刑した。

 内戦から新たな身内殺し、処刑の連鎖、これを終えて再編とした。そして民兵も総動員をして総勢十二万。躊躇わずに従う忠臣達が多かったので素早くことが済んだ。領地から諸侯に軍を引き離していた上での再度の粛清で、本格的な攻城戦が行われなかったことも要因。

 目まぐるしく消滅し、そして作られた部隊を組み合わせた新しい軍の編制表は息子のダンファレルが作り上げた。あえて旧来のバルマン諸侯連合軍のような家や領地の関係を重視した秩序だった編制ではなく、完全に国王が全軍を束ねる長として絶対的に指揮をする前例の無い混沌とした――現在では――編制だ。しかもその新バルマン軍に合わせた軍法まで編纂し、印刷機で増刷して冊子にして揃える程。

 おそらくこの軍は今までのバルマン諸侯連合軍より弱い。指揮も連携も悪くて死にまくるだろうがそれで良い。古い人間は殺さなければならない時代に入った。既に王の統帥から外れれば皆殺しにして良い状態になっている。ここまで粛清されなかった諸侯は既に了解していることだろう。良く戦って死ぬだろう。

 息子は全く無駄の無い奴だ。医学書や解剖書に治療の呪具に看護組織の設立だの何だのと一年で天才の五十年分の成果を生み出している。この戦で自分が死んでもあまり心配が無い。むしろ早く死んでやるのが奴のためとすら思える。

あの根性だ、親の死程度で手が止まることはなさそうだ。

 全く、趣味以外は完璧だ。下手に庶子でも作られると困るが、女っ気がまるで無いのが逆に心配だ。

 猫みたいな女……いるかぁ?


■■■


 十二万のバルマン王国軍を引き連れ、ベルリク=カラバザル総統の下へと進む。

 フラル会社の商人がせっせと帝国連邦軍への物資を運んでいる。狐頭を筆頭に異人達もいるが、南部で雇われたような者達も多い。改めて異境から来た連中なのだと再確認させられる。

 進めば進むほど良く知っている自領の風景に変化が見えてくる。

 道や橋が強く広く補強されている。定間隔で駅やロシエ、バルマン語以外の標識が設置されている。要塞に煙を吐く工場もあって、兵舎に馬屋に監視塔が合わさった駐屯地が大軍の寝泊りをさせられるだけある。そして長く続く野戦陣地が見えてくる。

 中央同盟戦争で相当痛い目にあった。歩兵、砲兵、騎兵、工兵いずれの点でも全て敵わなかった。兵力も当時は五万程度だったか? それが今四十万の大軍を数え、しかもその大軍の全てが高水準。我々が如何に怠惰だったかを教えられている。

 兵士も色んな民族が居て、妖精にネズミ? や鹿、怪物のような山羊の頭の獣人までいる。黒い犬は前にも見たが。

 馬が急に暴れて、怯え出す。

 ヴォワッサ! と聞いたことの無い音が聞こえ、空を見れば伝説の竜が羽ばたいていた。馬具のようなものをつけて何人か乗せており、竜が言語は不明だが喋っている。

 無知と憧れから家紋に竜を描く貴族はいるが本物を見ることはほぼ無い。伝説を目の前にしているような気分だ。

 以前より遥かに利便性の良い道を進み、砲弾――時に大きな――に抉られた地面、戦場跡を見ながら進む。妖精がその辺でちょこまかと、しかし一心不乱に道を整備する等して働いている。手を抜こうとかそのような気配は一切なく、休憩の合図とともに休憩し、仕事の合図とともに仕事を再開する。一人として集団の秩序から離れるような行動をしない。一人としてだ。ちょっとあくびをして立ち上がるのを一瞬遅らせることすらしない。こんな兵隊がいたら世界が征服出来る。

 ……するのか?

 段々と整備されている道ではなくなってくる。血と火薬の臭いが薄まっていない土の臭いが漂ってくる。そして遠方から砲声の響きが聞こえてくる。

 前線が近づいた。非武装の者が目立つくらいに武装した兵士が多い。遊牧騎兵の集団が駆け回る。

 そして道の検問をしている士官に呼び止められ、軍の前進を停止するように言われる。

 軍を停止。名乗りを上げ、ベルリク=カラバザル総統への面会を申し出ると、最小限の人数で来るようにと案内される。

 案内されたのは最前線、どうやって作るのか分からない程に大きな大砲が砲弾を放っている最中だ。放つ先は丘の向こう側だ。かなり遠く、普通の大砲では半分も届かない距離に見える。

 もうあの向うはロシエとの国境だな。

 総統がいるという天幕までに、戦闘隊形になっている三角帽子を被った妖精達の前を通る。顔は動かさず、目線すら追って来ない。不気味。

 そして遊牧騎兵。こちらは完全に無遠慮に見てくる。

 天幕の近く、妖精の、どう見ても人の革で加工した服を着る兵士達。顔の革、手の平、女性の乳房、男性器、目玉、頭蓋骨を抜いた干し首に混じって木や石に宝石で加工した一目で素晴らしい分かる装飾品が混じる。

 そして天幕の前には人の革装飾の兵士の長のような、一際凶相な妖精が立っていた。

「用件は」

「バルマン王ヴィスタルム・ガンドラコ。ベルリク=カラバザル総統に面会を求めます」

 その妖精、こちらを見て微動だにしない。二の句も告げず、案内役も何も言わない。

 総統の居る天幕から先客が出てくる……プリストル国防卿!?

「国防卿! ご無事で!?」

 と思ったら、違う。プリストル国防卿は微動だにせず、そして妖精が「うんせ、うんせ」と言いながら直立不動の彼を運んでいる。

「あれは剥製だ。一人だけで入れ」

 兵士の長に天幕に入れと顎でしゃくられる。

 剥製? あの高貴で勇敢で聡明なあの方が剥製? いや、ここで思考を止めてはいけない。彼は死んだ、それ以上は考えても今は無意味だ。害悪ですらある。

 総統が居る天幕に入る。中には椅子に座ってにこやかに機嫌良さそうなベルリク=カラバザル総統、黒兎に草を一本一本手で食べさせている彼の娘ザラ=ソルトミシュ、半分閉じたような目をした目蓋の重そうな彼の妹で秘書のアクファル。

「やーやー、ヴィスタルム王、ほんのちょっと久しぶりですね」

「はい」

 秘書のアクファルが出した椅子に座る。卓が置かれ、お茶が出される。

「バルマン軍十二万、何時でも戦えます」

「ほお! この短期間にあれだけ身内をぶっ殺して十二万も揃えましたか。鉄腕王などと呼ばれるか残虐王などと呼ばれるかの境目ですね」

「ごもっともです」

 流暢にフラル語を話すこの東の異人顔の男、やけに楽しそうであるということ以外分からない。プリストル国防卿の剥製を見て笑っていたのか?

「王は今、とてつもない裏切り者で、酷くみっともない。走狗王と呼ばれたガートルゲン王の方が今では余程に”男”です。ポーエン川上流での戦いの話は聞きましたか? 四万いたガートルゲン軍が勇敢に戦い、一万五千に軍が縮小するまで血塗れに囮の役目を果たしました。とても感動的だ。良く頑張ったガートルゲン王の戦いぶりを私達は喧伝しております。まだ始めたばかりなので噂の広がりは弱いですが、その内に広まるでしょう。オーボル川以東に引き篭もっている軟弱者達は、まあバルマン軍に撃退されたこともありますが、とても情けなく見えますね。南部国境で遊んでいる軟弱者も同様。どう思われます」

「格が違って見えます」

「そう。ならば死に物狂いで先陣を切るべきでしょう……」

 総統が席を立ち、自分の両襟を掴んで額が付くまで顔を寄せてきた。

「……オカマ野郎じゃないならな。バルマン兵にはチンポが無いと言われたくないなら死んでも戦え。俺がそう言ったらそう広まるぞ。分かるか? やることは一つだ。男らしく死ね。たかが十二万、少し頑張らせれば直ぐに生まれる。損害など杞憂だ、大したことはない」

 言っていることは滅茶苦茶で馬鹿らしい。なのに、なのにこの言葉に逆らえない。

「ヴィスタルム、お前のチンポを見せてみろ」

 まだ砲声が響いている。攻撃準備射撃のはずだ。あれの後に我が軍が突っ込むぞ。席を立つ。

「分かりました」

「え?」

 え?

「とーさま、わたしお外?」

「え?」

 え?


■■■


 総統の天幕を離れた。まさか女子の前でズボンは下ろさない。

 司令部となっている大きな天幕へ向かって、そこで一つ役目を負った。今行われている攻撃準備射撃の後の攻勢ではない……ロクに隊列を整えているわけでもないので当たり前だ。頭に血が昇りすぎた。

 説明を受けている内に巨大な大砲の砲撃が終わり、攻撃が始まって、我がバルマン軍を移動させる頃にはロシエ王国軍はロシエ国境の内側に押し返されていた。

 ロシエ王国軍の損害は計上が難しく、息子ダンファレルが確立した治療体制があるので考えられている以上に負傷者が復帰している。確認した死者そして、やはり行っている目玉を抉って送り返した人数を合わせれば五万程度らしい。その内、エムセン市に立て篭もってしまって逃げ道を失った兵士が一万五千もいるようなので、野戦だけだと四十万軍をさほどには削り切れていない。

 これに対して帝国連邦の損害は死傷者は一万程度、その内の負傷者はアタナクト聖法教会などの支援でかなり早期に復帰していて損害微弱。お互いに押す、退くだけの戦いが多くてその程度らしい。

 ロシエが東から攻め込まれ、バルマンが失陥した時の王都シトレを守る運河防衛線の攻略の一端を我々が担う。

 運河防衛線は国境を東から西に抜けるポーエン川を南端として、ファンジャンモートから北へ伸びてヴァイラードエローまで続く。ここを突破されたらシトレまで妨害するような拠点は現代軍の規模では皆無であり、王都最終防衛線でもある。またシトレは交通の要衝で、ここを抑えられるとロシエはその広大な国土に広がる総力を結集するのが困難になり、形勢は不利へと傾く一方になる。最終的には敗北に繋がる可能性が非常に高い。

 起点はポーエン川南岸のデュアルニー。ここより南から迂回してもポーエン川は遥か西のランブルールまで流れていて防衛線は容易に再構築出来る。これは南部にいるガートルゲン軍も含むゼクラグ軍が攻略する。

 その対岸のファンジャンモート。最終防衛線で最も頑強に作られている。南をポーエン川、東を運河、北を後方に敵を迂回させないためにある要塞インヴィモートに繋がる小運河に囲まれており鉄壁。

 そこから北へ、運河沿いにカレロブレ。拠点だけで見ればここが一番脆くて弱点。ただしこの周囲は鬱蒼とした原生林のままでカレロブレを無視して大軍を進めることは不可能。

 そして運河の終点ヴァイラードエローに至る。ここまで来れば深い森も無いが、シトレを目指すのならばかなり大きく迂回することになる。

 我がバルマン軍は帝国連邦軍の砲兵支援を受け、皆殺しを覚悟でファンジャンモートに突撃する。

 弱点ではなく敵が最も頼る”最強”を破壊し、残る補助的な施設、拠点を形骸化するという戦術でこの攻撃は行われる。

 ファンジャンモートとデュアルニーに対する砲撃が始まる。それぞれに帝国連邦軍二個砲兵師団や抽出された砲兵連隊が大砲を並べて一斉に砲撃を行う。敵予備兵力を分散させるために両拠点に対しては同時に砲撃が行われ、砲撃の成果次第で突撃が敢行される。

 並んだ数百の砲門が文明すら破壊しそうな鉄を降らせる。要塞という山が崩れて低くなる。

 堡塁の施設が崩れて飛び散って運河に雪崩れ込む。

 砲台が落ちる。人や重たいはずの大砲が跳ね飛んでいる。

 砲弾に強い分厚い土塁が補強材毎崩れて変形する。

 人を登攀させない角度の要塞基部、斜堤が崩れて段差が出来上がる。砲弾が地面にめり込んでから爆発している。

 砲弾の種類が変わったか更に爆発が派手になり、既に砕かれた破片や人間を掃除するように吹き飛ばす。

 これに突撃して名誉が得られるのか? 帝国連邦軍の砲兵がもう既にこの要塞とロシエ王国軍を半死人にしてしまっているではないか。

 騙されているのかもしれない。しかしどこか否定出来る何かは見つけられない。

 良いように利用されている。しかし利用すらされない連中と比べてどうだ?

 もう出るしかない。ここで退けばオカマ野郎といくら言われても言い返せない。

 ファンジャンモート要塞は乾いた土が吹っ飛んで、湿った黒い土が掘り返された無残な山に見える。石や木で作られた施設は跡形も無いかのよう。

 これでもその向こう側には何万、何十万と待ち構えているだろう。

 かつて忠誠を誓ったセレル七世も、あの人の性格ならば最前列ではなくても、ファンジャンモート付近にはいるはずだ。

 帝国連邦砲兵司令ゲサイルより、突撃準備射撃終了と通達が来る。砲撃はまだ続いているが敵要塞後方に対するものである。

「全軍攻撃開始」

「は! 全軍攻撃開始」

 副官に命令。攻撃開始を告げるラッパが鳴り、軍楽隊が――バルマン人作曲家の行進曲――演奏する。全軍が前に出る。

『グータァバルマン!』

 ファンジャンモート要塞にはポーエン川から水が引かれた水濠に囲まれた、東に突き出る外塁がある。

 突端部分は五つ。それら全てに歩兵が向かう。

 水濠は小船を連ねて固定して作る浮き橋で繋ぐ。激しい砲撃で敵の守備隊など消え去ったように思えてしまうが、各堡塁の避難壕に隠れたロシエ兵が姿を現して作業する工兵、待機する歩兵を銃撃する。小銃だけではなく擲弾銃や、小型の砲弾を発射する携帯砲など多様。

 黙って待っているわけもなく、歩兵達は小銃で撃ち返し、砲兵は直接照準で砲弾を撃ち込んで牽制する。

 外から見える場所に設置された砲台は軒並み破壊されたが、堡塁の中央か後方か、そこに設置されている臼砲が砲撃を行って我が兵士を叩き潰し、炸裂してバラバラに吹き飛ばす。帝国連邦軍の大砲に比べればささやかなものだが、確実に我がバルマンの兵を果実みたいに潰す。

 浮き橋が繋げられ、歩兵が前へ進む。梯子や鉤縄で堡塁を上っていく。敵兵が小銃で撃ち降ろし、手に瓦礫を持って投げ落として防ぐ。隠れていた敵は多く、簡単に登れない。

 兵士達が登っては撃たれ、刺され、殴られて落ちる。落ちたら別の兵士がまた登る。妨害する敵兵を下にいる兵士達が射撃を繰り返して牽制する。

 擲弾兵が手榴弾を投げ込み、堡塁の上の覆道に陣取る敵部隊を殺して突破口を開いて遂に登る。

 突破口から歩兵が次々とよじ登る。登った兵士が別の位置にいる敵兵を至近距離で撃って、銃剣で刺して排除し、他の兵士を更に登らせていく。

 全正面に我が兵士が取り付き、崩れた山のような要塞を上っていく。

 梯子がいくつも渡されて階段になり、不安定な足場に板が敷かれる。

 正門入り口の跳ね橋は破壊されていたが、こちらにも浮き橋が遂に架けられて渡れるようになった。更に兵士達が乗り込んでいく。

 ようやく負傷兵が後送される余裕が出てきた。生きている者は息子が作った治療組織とその術で復帰出来る。

 次への進出が遅れている。

 水濠を渡り、斜堤を登り、そうしたら次は臼砲や塹壕が掘られた敵の陣地で、銃剣を前に一歩ずつ制圧するような場所だ。激しい白兵戦が展開される。

 その陣地は、水濠に囲まれた正面が三角状になった三日月堡が捉える位置にある。その堡塁に据えられた砲台、銃眼付きの壁からの激しい射撃で、苦労して登った兵士達が銃弾砲弾を受けて散っていく。

 その三日月堡の更に後ろには、また登りづらい斜堤があり、その上の砲台から大砲が歩兵を狙い、銃眼付きの壁から狙撃が行われる。

 一段階登ったところで正面と上の方から銃弾砲弾が浴びせられ、足場は塹壕のせいで素早く動けず、上から覗かれれば隠れられず。それでも我が兵は前進して、砲台と銃眼に分の悪い銃撃を浴びせて牽制しながら仲間の死体を踏んで前へ出る。

 水濠を泳いで渡り、三日月堡に飛び込んでそこで守りを固める敵兵に肉薄して動きを止め、後続の兵士達が次々と渡り始める。分の悪い銃撃でも敵兵は時に当たって倒れる。

 形勢が少し傾き始めれば工兵が梯子や船を運び込み、水濠を船で渡り、新たな浮き橋を架けて前へ進ませる。

 二重の水濠も渡り、二つ目の斜堤も砲兵が砲撃で突撃準備を整え、歩兵が突撃する。

『グータァバルマン!』

 ほとんどが崩れた稜堡塔、城壁からの銃撃と投石に頭や肩を砕かれながらも歩兵は登攀して前へ進み、梯子や鉤縄を設置して後続の進出を加速させる。

 崩れたとはいえ城壁の線を越えさせまいと『ギー・ドゥワ・ロシエ!』の喚声とともに敵兵が雪崩れのように突撃を敢行してきた。

 我が兵士を斜堤の下へ落とし、自らも飛び降りて銃撃しつつ銃剣突撃を行う。この落下でそのまま死傷する敵味方も無数。軍服が染めていた斜面が一気に塗り変わる。

 歩兵は常に投入を続ける。逃亡兵は下士官が斧槍で刺し、叩き殺す。

 同士討ちも恐れない銃撃戦の中で、味方と敵と肌擦れ合うような白兵戦が続く。

 これで歩兵が枯渇するようならば騎兵も下馬して突撃させよう。

 城壁が崩れた場所から侵入しようとしている部隊は、ロシエ王国軍の斜面から落下死を恐れぬ雪崩れ落ちる反撃で進出は停滞中。

 停滞している間にも水濠に掛かる浮き橋は強化され、板の橋が各所に設置され、我が軍の追加の歩兵だけではなく砲兵も前進。こちらの臼砲が要塞内部を砲撃。

 遂に崩れた正門への突入が開始される。死傷者は増加する。

 いつまでも要塞の下で総大将が眺めていても仕方がない。

 正門へ行く浮き橋から近衛隊と供に前進する。

 正門側から突破した部隊が進出、敵兵の逆襲部隊を抑える。その影響で崩れた城壁側から突破を試みるこちらの部隊が優勢になって前線を押し上げる。

 次にまた仕掛けがある。城壁、城門を突破したら、横八列のレンガ造りの壁が繋がった建物とその隙間を埋める土嚢の壁だ。建物の窓が全て銃眼と化し、崩れてはいるがわずかに残る屋根の上には狙撃兵がいる。

 歩兵を投入し続ける。物陰に隠れる敵と銃撃戦を行い、擲弾兵が手榴弾を投げて突破口を開こうと突っ込んで一斉射撃を受けて皆殺し。

 屋根の上から梱包爆薬が投げられて部隊ごと吹っ飛ぶ。

 各堡塁で最後まで抵抗していた敵兵が爆薬に火を点けて自爆する。

 城壁や稜堡塔に潜んでいる敵の抵抗は頑強で、またそこで自爆攻撃。

 土嚢の壁を越え、絶叫して火の付いた導火線付きの火薬樽を持ってまたまた自爆攻撃で部隊ごと吹っ飛ぶ。

 大砲が運び込まれ、通路を埋める我が兵士をぶどう弾で何十とまとめて殺す。

 建物一つ一つを制圧しながら前へ進む。板や家具でふさがれた窓を爆薬で、時に混雑して味方も巻き込んで吹っ飛ばして穴を開けて歩兵が突入する。

 突入して銃剣銃床で殺し合い、こちらが制圧したと思ったら放火されて建物が火に沈む。それで火薬に引火してまた大爆発。

 幾度と無い爆発に恐れず、銃弾を最前列の兵士が受け止めて死んで、続く兵士が銃剣で小さな防衛線を突破。

 突破するとまた建物と建物の隙間を土嚢の壁が塞いでいる。敵銃兵、砲兵が待ち構えていて銃弾に散弾にぶどう弾に釘でもガラクタでも無数に発砲してくる。

 鉛と鉄の雨で死んで、死ななかった者が前に出れば今度は縦だけではなく横にも並べられた土嚢の壁から銃撃に砲撃、武器弾薬が無ければ石でも木材でも飛んでくる。

 死体と瓦礫の中で更に死体を積み上げる戦闘が延々と続く。

 どれだけ前に進んでも鉛と石が殺しにくる建物の迷路で、土嚢で仕切られ、屋根には狙撃手と擲弾兵。下水道からも敵兵が汚物臭い形で突撃してくる。死体に偽装した狙撃兵などいくらでもいる。

 ロシエ王国軍は次々と負傷兵を後方に下げ、新手をどんどん前に出してくる。こちらも同様に負傷者は後方に下げ、治療が終わったら戦線に復帰させている。

 名も顔も知っているかつての戦友諸侯とも戦う。知った顔もたくさんいた。

 帝国連邦軍がファンジャンモートの後ろを守るはずのインヴィモートを攻撃していると報告が入る。

 我々がファンジャンモートで何万と互いに銃剣銃床で殺し合っている中、あちらは大砲と毒の煙でほとんど被害も無さそうに戦っているらしい。こちらにそんな装備は無い。

 敵も守ってばかりではなく、部隊を集めて道幅一杯に突撃してくる。射撃で止まらず、銃剣で止まらず、道を一気に押し戻されたところで新たな歩兵を突っ込ませてまた押し返す。

 足場が死体と落ちた武器で無くなってくる。死体を集めてこちらも土嚢代わりに胸壁を作って敵を撃つ。


■■■


 いつしか日が暮れる。そして戦いを止めるなと帝国連邦軍が照明弾でファンジャンモートを照らす。

 デュアルニーに配置されたゼクラグ軍の砲兵が、我々が戦う敵軍の後方を砲撃し始めた。

 そして多少の時間差でもってインヴィモートに配置された砲兵も敵軍を砲撃し始めた。

 ファンジャンモートより西側にはまだ何十万とロシエ兵がいるのだろうか? それとも逃げてシトレにまで後退したのだろうか? 分からない。

 交代で休ませ、帝国連邦軍が運んでくる香辛料がたくさん入った貴族でも食べられるか分からない食事が配給される。砂糖菓子もあってお茶もある。

 蛮人で内心皆が馬鹿にしていた帝国連邦軍の食事の豊かさに肝が抜かれそうだ。蛮人はどちらだ?

「スゲェ良い匂いだな!」

「いいだろ!」

「食わせろ!」

「こっち来い!」

 敵味方での会話は今に始まったことではない。ちょっと戦闘を中断して本当に食わせに貰いにくるロシエ兵がいて、受け入れられている。

 火事の灯り、照明弾の灯り、小銃と大砲が発砲する時のわずかな明かりに、敵位置捕捉と焼討ちのための松明を投げ合いながら戦闘は続く。

 暗がりで敵味方の区別が付かなければ銃剣一本を手に相手を刺しに行く兵士が無数にいる。

 暗くなってからは白兵戦訓練を良く積んでいる下馬させた騎兵を投入する。剣と槍の名手の彼等は要塞市街地の制圧を一気に押し進めた。歩兵と違って疲労していなかったのもある。

 火力より筋力が優勢になりやすい夜間に一気に攻める。形勢が傾いたと感じたら休んでいる歩兵も全て突撃させる。

 砲兵は大砲を押して古の破城鎚のように前進、敵前まで近寄って至近距離から散弾を放って防御体勢にある敵部隊、肉の壁を粉砕する戦法をやり始めた。敵も真似るので強烈。互いに更に死傷者を出す。

 暗闇だと死者、負傷者の区別がつかないので助けられない者が増えてくる。


■■■


 深夜になり、帝国連邦軍の騎兵が怒涛のように走る音が聞こえる。激しい戦闘が続いている中でも聞こえるとは相当だ。

 ファンジャンモートとインヴィモートの間を走っている様子だが、暗いのもあるが一旦何万いるのか分からないくらいの騎兵隊だ。

 夜目が利くと言われる獣人騎兵が先導しているのだろうが、あの数で統制が取れるのか?

 市街戦はまだ続く。

「足動かねぇ」

「撃たれたか?」

「疲れた」

「ああ」

 こんな兵士の会話が聞こえる。

 まだまだロシエ王国軍は粘る。


■■■


 朝になり、戦いたくてもその場で転んで眠り出す兵士が互いに出てくる。

 日出時の太陽の輝きが眩しくて、どの程度の長さか忘れたが互いに戦闘を停止してしまった。

 銃声は無く、いびきすら響いてきて笑えてくる。

「誰だよ寝てる奴は!」

 両軍から笑い声が聞こえてる。

 笑い声が途絶える。そして何やら騒ぐ声が聞こえる。

 騒ぐ声に泣き声が混じってくる。

『セレル七世討ち取った! セレル七世討ち取った!』

 要塞の外からそう叫ぶ声が聞こえる。

 セレル七世が戦死した?

 戦闘をする雰囲気でもなくなり、そしてファンジャンモートで勇戦した要塞司令官の降伏を受け入れる。

 戦場の後始末を指揮しながら、話を聞くに旧アッジャール朝の大王イディルの息子でケリュン族のクトゥルナムとかいう名の王子? では今はないらしいが、そんな良く分からない奴が重傷を負いつつも討ち取ったらしい。そんな話題で帝国連邦軍は騒いでる。

 二万人近く死傷者を出した我が軍は、例えセレル七世ではない憎い誰かだったとしても何か反応をする元気も無いくらいに疲れた。動けない兵士はその辺に好きに寝かせてやった。

 事実確認のためにベルリク=カラバザル総統を尋ねた。国家指導者であるにもかかわらず、服からは咽るぐらいの血の臭いがして黒くないところはほぼ血染め。朝の挨拶に「おはようございます」と言ったら、震える右手を見せて「今日程敵をぶった切って回った日は無いですね! 逃げる背中が幾千幾万、握力戻りませんよ! 刀も骨切り過ぎてなまくら! 力入れすぎた、ハッハッハッハー! そうそうヴィスタルム王、良い攻めっぷりでしたね。惜しいのは王が血塗れじゃないのが、まあ、こればっかりはね、ちょっと時代じゃないですから。でも良いですよ、バルマンのチンポ見せて貰いました! 名誉をお守りしましょう!」とすこぶる饒舌でご機嫌であった。

「ご遺体をどうされるのですか?」

「ご遺体? ご? ああ、セレル七世ですね! 剥製にして飾ります。プリストル軍務卿? ああ、国防卿か、と並べます。まだバルリー大公ぐらいしか飾るに値する剥製が無くて、寂しくて困ってたんですよ。あの爺さん一体じゃおかしな趣味な上にみすぼらしいですからね!」

 そうすると思ったが、そうすると聞けば……。

「ブリェヘムの狂王のようにですか?」

「まあいずれは、噂のほどの量が集ったらいいなぁって思ってますが……しかしあのヴェージルのおっさん面白かったなぁ。埋めないで剥製にしてやれば良かった。骨は間違いなく残ってるんだよなぁ」

 行方不明と聞いていたが、この男が誘拐していたのか。


■■■


 運河要塞線を突破し、壊走するロシエ王国軍を追撃しつつ遂に王都シトレを包囲する。壊走した大部分のロシエ兵があの中に逃げ込んでいる。

 我々が途轍もなく、歴史にも例が無いような熱戦を繰り広げていたような気になっていた。だがあの夜、帝国連邦軍は十万近い騎兵を夜襲に投入し、まだ三十万は残存していたロシエ王国軍を壊走させたのだ。集計はまだだが、ロシエ側の捕虜死傷者は十万以上らしい。我が軍の成果は、捕虜死傷者合わせて三万である。

 幾度となく東から来て西に見えるシトレを見たものだが、攻撃する側になって見るのは初めてだ。

 砲兵はシトレの城壁にある砲台を狙って破壊し、そして帝国連邦軍の術使い達と工兵が周辺で土を掘っている。坑道作戦にしては穴が浅過ぎる気もする。何をする気だ?

 王都シトレを地面が震え続ける程に砲撃中だというのに、野原でベルリク=カラバザル総統は石を枕に昼寝中。

 幾度と無くシトレから降伏申告の使者がやってきた。どう考えても好機なのだが、ベルリクという男は拒否した。使者を送り返す時だけは砲撃を一時中止し、ちゃんと入門してから砲撃を再開させるという変な律儀さを保っていた。

 そして各国報道記者が取材にやって来ていた。どうも事前に呼んでいたらしい。

 そういった耳目集める状況であるのにもかかわらず、シトレから逃げ出した者達は追い返し、集めた周辺住民を砲撃中のシトレへ行けと追い込んでいる。兵糧攻めだ。

 シトレ包囲の記事を記者達が書いている。包囲中のシトレを描く画家すらいる。安全を保障して招かなければ集まらないと思うような連中がいる。

 この包囲は歴史的で、戦後も長く人々の関心を得るようなものになるだろう。

 何か違和感がある。悪魔大王は最終的に何を見せるつもりだ?

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