第210話「ジュオンルーの戦い:後編」 シアドレク

 ブリス川を挟んだ西の革命ユバールと東のユバール貴族派の対立は、その状況を作ったエデルト側でも完全に把握が出来ていない。

 西はマルフレック王の降伏と合わせて共和国議会による統治が始まったらしいが、西側貴族の全部がそれを受け入れたのかどうかは報せが無い。民衆もどこまで従っているのかも不明。そもそも議会が動いているという話も無い。

 エデルト軍の武力に頼って一応はユバール連合王国の看板をそのまま掲げている東は、何をして良いのかも分からずに自領に引き篭もってただ静かにしている。彼等も何をしていいか分からないのであろう。我々に物資の供給はしているのでその点は評価するべきか。

 ランマルカ海軍は強大である。ゼーバリの被害は伝聞でしか知らないが、ヘリュールーの砲撃時は同市に居合わせたので良く分かる。天地が引っ繰り返る、空が落ちてきた、そのような衝撃だった。

 こちらでも蒸気船ではないが施条砲を装備した装甲戦列艦が続々と就役しており、従来の船も大砲を積み替えてランマルカ海軍と対抗しうる、と海軍省の発表があったが、ユバールの海域に艦隊が派遣されたとは聞いていないのでそこまでの自信は無さそうだ。

 ブリス川を挟んで革命ユバール軍と近衛総軍三個軍は睨み合っている。戦えばまず負けないのだが、敵の背後には常にランマルカ海軍とその海兵隊がいる。

 エデルトとしては最低でもザーン連邦を共和革命派に落ちないようにするのが目的だ。ザルス川南部の我がニェスレン領がそんな不埒な輩と領域を接するのは個人的にも困る。

 今のこの、ブリス川の線でもって東西を分けている状況はエデルトにとっては割りと理想の状態。無理なく西まで勢力圏が広がっている。

 後はこの状況の固定を目指すのだが、それはロシエの敗北でこの戦争が終わらなくてはならない。東ユバールが分断されたまま、エデルトに共和革命派を隣接させないための盾として存続して貰わないとならない。

 取りうる行動は限定される。状況が好転するかは別として自分には予知能力がある。魔術か奇跡かは知らないが、閃きや思いつきや夢とは明確に違う絵が頭に流れる。初めの頃は頭に入った無数の情報が結晶化したようなものと思っていたが、明らかに知りえないことまで見通せるようになってから予知と認識している。

 行動すべき予知が得られたので近衛軍大元帥であるヴィルキレク殿下に許可を求めにいく。

「殿下、第三軍を動かす許可を頂きたい」

「ニェスレン卿の予言か。良いことか、悪いことか?」

 殿下は鏡を前に、研いだばかりの斧で顔の古傷に当たらないよう髭を剃っている。最新の鋼鉄を使った薄い刃の穴空き斧で、何とも奇抜な得物である。そして暇だと変な遊びをやる方だ。

「ジュオンルー北部、ロセア軍が酷く消耗した状態でいました。恐らくは帝国連邦軍が異例の速さでジュオンルーを奪取し、そこを無理攻めして失敗したものと思われます。今ここで挟み撃ちにすれば壊滅させられます。帝国連邦軍がそのまま攻撃しても勝つでしょうが、敗残兵がユバール領内に散ってしまい、後々に禍根を残すかと」

「君がそう言うのならきっとそうだ。新任のバルマン王もやっと軍を出したと聞いている。エデルト軍が戦中はずっと遊んでいたと噂されるのも癪だ。それにヘリュールーの防衛失敗は何であれ失態だ。獅子公の名に恥じぬ戦いをして来てくれ」

「は」

「戦力が足りないようなら遠慮無く救援要請を出せ。ここは正直、ベラスコイ元帥と第二軍がいれば事足りる。妖精の装甲艦がこちら側まで来ないくらいだからな」

 ゼーバリとヘリュールーに行われた衝撃的な艦砲射撃もその二都市に限定され、ユバール貴族派の暫定首都でありゴアレンテ水道沿いにあるサンバーフ、東の重要な補給拠点の一つで大きな港があるハリーヘイムへ一発も砲弾が放たれていない。意外と余力が無いのか、あるけども次の計画のために残しておいているのか、全く妖精の考えは読めない。

「分かりました」

 殿下が洗面器の水で顔を洗い、手で撫でて剃り残しを確認。

「やっぱりダメだな。剃れ」

 先の聖戦以来付きっ切りの黒人奴隷が剃刀を持って髭剃りを始めた。


■■■


 南西にダッセンを無視してジュオンルーに入る街道を、ブリス川を渡って進む。

 先行した軽騎兵隊が敵補給隊の車列を降伏させた。尋問すると、ジュオンルーを攻めているロセア軍へ補給物資を送るところだったがここまで街道警備がいなくて恐かった、だそうだ。

 共闘する味方の方が明確に悪なのかと思いながらもジュオンルーへ南下する街道に入る。

 街道警備の敵部隊を見ない。逃亡兵らしき者が傷から見て銃や矢で殺された姿なら見かける。馬の蹄の跡が地面に大量にあるが死んだ馬はほぼ見かけない。

 護衛の部隊もつかない北へ向かう不気味な車列と遭遇する。馬車を操る御者はロシエ兵だったが、荷車には目玉を抉られ手を潰された兵士と、同じ有様の女ばかりが乗せられていた。敵の部隊の一部であることは間違いないのだが手を出すことは出来なかった。これが我々が倒すべき敵だと言うのか?

 ジュオンルーが近くなってきたところで酷く消耗した様子の、軍毎巨大な方陣形のような陣を組んで、中央に野営地を築いているロセア軍を発見した。

 戦場掃除は定期的に行われているようだが、地面に矢が突き刺さったままであったり、泥や血に汚れた装具、回収し忘れの千切れた耳や手が落ちており、人の足と馬の蹄が地面を激しく引っ掻き回した後が見られる。良く見れば銃弾が潰れたり砕けたりして落ちており、勿論弾痕もある。雨に泥が流されて死体が地面から露出している浅い集団墓地もある。

 様子を伺うにジュオンルーで撃退された後は撤退することも出来ず、遊牧騎兵に連日連夜嬲られていたようだ。

 戦争の虚しさを感じる。

 まずは白旗を掲げた使者を送り、ロセア軍に降伏を勧告しに行かせる。

 そして戻ってきた返事が”見ての有様なれど、五万の兵を抱えたまま降伏は出来ない。最後のお相手がかのニェスレン公爵ファルブス家のシアドレク四世獅子公とは不幸中の幸いであり、聖なる神に感謝する”とのことだ。

 ロセア元帥は既に南へ脱出されて不在。今指揮を執っているのはスコルジャン准将という人物らしい。ロシエ貴族にスコルジャンなる家名は無いから新大陸で昇進した人物だろうか。叩き上げなのだろう。

 軽騎兵と軽歩兵を前に出しながら全軍を戦闘隊形へ組み替える。

 両翼に胸甲騎兵二千、乗馬歩兵四千、騎馬砲兵十六門ずつ。

 中央に歩兵が前列一万、後列一万。

 両翼と中央の間に砲兵三十二門ずつ。

 隊形を組み替えている間は軽歩兵四千が軽騎兵二千の護衛の下にロセア軍の軽歩兵と撃ち合う。ロシエの軽歩兵、猟兵は優秀だと評判だがどうにも冴えが無い感じがする。

 ロセア軍は軍丸ごとの大型方陣から戦闘隊形へ展開中。また我が軍以外の遊牧騎兵の襲撃を警戒しているのか側面、背面への部隊移動を行っている。

 砲列を並べた我が砲兵隊の大砲は榴弾砲に統一されている。榴弾はランマルカ製に比べれば不発率は高いが十分に使える。

 六十四門の榴弾砲が観測射を行い、陣形を動かす敵軍に砲弾を散らばった形で曲射で撃ち込む。軽歩兵達の頭を飛び越えて敵を撃つ。それから弾着修正を行い、砲撃効果が最大限発揮出来る位置の諸元が得られたらその数値を基準に連続発射、効力射に移る。

 ロセア軍は砲弾を撃ち込まれても不気味に冷静である。弾けたり不発だったりする榴弾は確実に敵兵を粉砕して、泥に血肉内臓を混ぜこねている。帝国連邦軍の砲撃に比べたら子供の遊びと思って、疲れもあって冷え切っているのかもしれない。

 ロセア軍は大砲で撃ち返してこない。ベラスコイ元帥がヘリュールーの戦いで観測した限り全てを破壊してしまったので所有していないのだろう。

 彼等が奪ったヘリュールー市内に在庫があったと思うが、南進を最優先にして大砲は捨てたかもしれない。雨が多い秋に入りつつある。我々はここまで天候が良かったので大砲の軽量化に成功したこともあり、苦労は少なかったが、大砲と泥の地面の組み合わせは素早い行軍の大敵だ。

 歩兵の前列を前進させる。同時に両翼の騎兵に、敵軍の両翼を捉えるように迂回させる。ロセア軍は方陣形を基本にしているので側面は固い。

 前進した歩兵前列の、連隊属の歩兵砲隊が車輪防盾付き後装式軽砲を敵軍に向ける。こちらの軽歩兵が歩兵前列の前から立ち退くのを待ち、直射で砲弾を撃ち込む。施条式なので狙ったところに当たる。

 一千の連隊毎に交互に砲撃を行いながら前進し、前進と射撃の隙間を作らない。

 ロセア軍の軽歩兵、猟兵は果敢に前進して歩兵前列を射撃してくる。命中率は良くて練度が高いが、やはり冴えない。何というか、避けるのが下手?

 歩兵が一斉射撃で撃ち返す。敵の軽歩兵、猟兵がまとめて倒れる。

 歩兵砲隊のもう一つの装備、車輪防盾付き四連斉射砲を連射する。同時発射数は四発だが威力射程は十分で、軽い分狙いを変えやすい。当てやすい敵の戦列を撃てば数人貫通する。丁寧に撃てばかなり倒せる。

 ロセア軍が陣形を整い終えて前進を開始した。幅を取った縦隊が三つでその隙間を軽歩兵や猟兵が埋めている。

 どうやら軽歩兵、散兵隊形で戦う訓練を受けていない兵士のようだ。撃つ時にしゃがんだり、移動する時は岩の陰、地形の起伏に隠れるとか、そういう発想が薄いようだ。それと疲れて動きが鈍く、意識が少し遠い感じがする。

 両翼に展開した騎馬砲兵隊が砲撃を開始する。歩兵砲隊のと同じ車輪防盾付き後装式軽砲。左右の巨大な縦隊に撃ち込めば敵兵を砲弾が千切って隊列内部で破裂して無駄なく効果を発揮して殺しまくる。人の破片がかなり吹き上がる。散った金属と骨の欠片が周囲に突き刺さっているだろう。

 質の悪い馬に乗っている乗馬歩兵が下馬し、騎兵銃を構えて一斉射撃を繰り返す。

 ロセア軍は今、我が第三軍が作った銃弾と砲弾が正面左右から密に飛び交う囲いへと向かって来ている。これ程勇敢な軍隊を退けたジュオンルーにいる帝国連邦軍は一体何なのだ?

 敵の三列縦隊に隠蔽されていたというべきか、突然中央部から騎兵隊が出現した。覆い布と掲げた銃剣付き小銃で馬を隠し、距離が縮まったところで乗馬して突撃。

 縦隊の間、道を空ける軽歩兵の隙間を縫って騎兵隊が馬上から小銃射撃を行い、刀や手斧を持って走ってくる。

 歩兵の一斉射撃、軽砲の砲弾、斉射砲の大口径弾、無数に受けて玉砕する。

 ここで閃きが来る。彼等を迎え討つように歩兵と騎兵を突撃させようと思ったが、ダメだ。

 ロセア軍背後から騒ぎの音。無数の銃声が遠くから聞こえた。

 後方にいたロセア軍の部隊がこちら側に向けて壊走を始めている。何事かと思い望遠鏡で良く見ると、細くて黒い線、矢が壊走する敵に無数に飛んでいる。

 そして地形の起伏の向うから、一気に騎兵の壁が押し寄せてきた。

 帝国連邦の遊牧騎兵が前進しながら矢を射掛けて来る。

 先頭の部隊が横へ流れるように前進し、後続部隊に道を空ける。道が空いたその後続部隊は小銃を射撃して先頭の逆方向へ横に流れながら矢を射掛けて後続部隊に道を空ける。これが繰り返されあっという間にロセア軍は銃弾を背に受け、包囲されながら矢の雨を浴びる。

「射撃中止! 射撃中止!」

 士官たちが自分に倣って『射撃中止!』を連呼。射撃に夢中で命令の利きが悪い。早めに指示して正解だ。

 ロセア軍の三つの縦隊は前進を止め、部隊割りもそこそこに急いで方陣を組み始める。

 遊牧騎兵はロセア軍が萎縮して戦意を喪失しても矢を浴びせ続ける。包囲して停止する場所を見つけた遊牧騎兵の一部は弓から、銃身が長く銃床の曲がった小銃に持ち替え、馬上に座って落ち着いて装填と射撃を繰り返す。銃は長く、馬は背が低いので銃床を地面に立てれば丁度銃口から弾薬を突っ込める高さ。

 我々は各部隊に落ち着いて戦闘停止、後退するように伝令を出す。

 遊牧騎兵が笑う。言葉は分からないが笑ったり、雑談をしながら方陣に矢と銃弾を浴びせる。

 ロセア軍の反撃は牽制になりはしない。旧式小銃の射程範囲外からの射撃なので、多くの兵士が持つ小銃が発射されても届かず、届くような施条銃でも距離があってあまり当たらない。

 射撃が上手そうな兵士は真っ先に銃弾を撃ち込まれて倒れるのが見られる。馬上から小銃で撃つ騎兵は狙撃手狩りをしているようだ。あの無数の兵士と死体が密集する方陣の中から良く見つけるものだ。

 遊牧騎兵、いずれも残虐ながら優れた兵士だ。こんな精鋭がいたら戦争も楽だろう。丁度、第三軍では預かっていないがセレード騎兵は敵にしたくないと思っている。

 帝国連邦騎兵はセレード騎兵と同等かもう少し優れているだろうか?

 だがその真価はそこではないようだ。ロセア軍を包囲する騎兵がどんどんと増えてくる。一体どれほどの騎兵を抱えているのか分からないが、既に一万騎は越えており、射撃する隙間が無いので手持ち無沙汰に我が軍の兵士に気楽な様子で話しかけている者すらいる。

 一体何万の騎兵がいるんだ? 二万、三万? こんな軍があと他にいくつもあるということか。十何万という規模か。

 武器を捨て、方陣を崩してロセア軍の兵士がこちらに雪崩れ込み始めた。

 遊牧騎兵からの誤射の恐怖が一瞬走ったが、ラッパの号令一つで何万といる遊牧騎兵の射撃が一瞬で止まった。号令に間に合わなかったものの、狙いを反らして地面を撃つ者が見られた。

 しかも統制が完璧に利いているというのか。


■■■


 戦場掃除と、兵士達に手当てや休憩をさせる。

 スコルジャン准将なる人物は行方不明である。新大陸軍の将校は狙撃されるから派手な軍服を着なくて良いという不文律があって、地味な服を着る人物らしい。射撃の名手とのことで、遊牧騎兵に狙撃手の一人として顔でも撃たれ、混乱の中で踏まれて分からなくなったと思われる。

 遊牧騎兵はヤゴール方面軍の所属。司令官はオルフ王国の東隣ヤゴール王国のラガ王子という酷薄そうな青年だった。戦闘終了に互いを称え合うこと以外に話し合うことがある。通訳を間に入れて話す。

 今回の降伏で獲得した捕虜と鹵獲装備の所有権はどちらにあるかということをだ。帝国連邦とエデルトはその点について協定を結んでいない。

 捕虜は身代金となり、装備も転売したり自軍で使ったりと資産として価値があるので重要な問題だ。聖戦軍内の規定では、先陣を切った方に所有権が二倍認められる。また決定的な役割を負った方にも二倍認められる。

 先陣を切ったのは我々である。ただロセア軍を降伏に追い込んだのはヤゴール方面軍。ということで同倍率、等分となる。

 通訳を通しての会話ではあるが、その点についてラガ王子は不服そうにはしなかった。常識も通じない蛮人という先入観がどうにも抜けず、その顔の動き一つ一つが恐ろしかった。

 それでどう分配するかだが、帝国連邦軍の装備基準だとロセア軍の装備は質が悪いものばかりだそうだ。ただし一部、新大陸軍が扱う呪具など有用なものがあるので欲しいらしい。

 捕虜に関してだが、帝国連邦は身代金要求などしないそうだ。価値が無いかと言えばそうではなく、噂の目玉抉りを行ってロシエへ送り出す必要があるので確保する必要があるらしい。

 ラガ王子は一部有用な装備と捕虜の大半を要求した。都合が良いといえばそれまでだが、要求する取り分は正当で理不尽ではないのだ。

 こちらは捕虜全てを要求した。迷う必要など無い。戦いは終わったのだ。

 ラガ王子が捕虜は絶対に必要だと不機嫌な顔になる。

 ユドルム方面軍のストレム将軍という人物がヤゴール方面軍も統括して指揮していると、役立つかと思って同席させていた情報将校から聞く。

 そしてストレム将軍との直接交渉を要求すると、ラガ王子は嫌な顔をしながらも上の名前を出されたら従うしかないと納得した。

 序列もきちんとしている。鉄の規律の大軍精鋭なのか。

 絶対にセレード人と彼らを会わせてはならない。エデルトが”所詮”と呼ばれるようになる。


■■■


 ラガ王子とジュオンルーへ向かう。

 軍はジュオンルー郊外で待機。周辺には帝国連邦軍が駐留しているし、都市内も部隊が配置されていて中に入れる余裕は無いとのこと。

 ジュオンルーに入る前に通りがかった北の沼地は酷かった。泥に死体が大量に混じって腐っており、異臭に蝿に、とにかく酷い。どうやってロセア軍将兵はわざわざあの沼地に鉄の巨人と供に入り込んだのか? そもそも街道を塗り潰すようにどうやって沼が出現したのか? 帝国連邦の土木技術は優れているとは聞くが。

 市内に入り、妖精の士官が「ご案内します!」と付いた。奴隷の妖精はある程度知っているが何故揃って子供のような発声の間延び、微妙な遅さで喋るのか?

 そんな幼げな声を裏切り、返ってそのままの姿を現しているのか?

 女性ばかりが中央広場に作られた囲いの中に数千、もしかした万と集められている。人間の行いではない。

「これは一体何事ですか?」

「はい! これは精神効果を狙った装備です!」

 と答えた。何だと?

「装備ですと? 人間ですぞ!」

「ふうん? はい、人間です!」

 何を言われているか分からないと妖精の士官が鼻からあどけない疑問の声を出して首を傾げる。

 ここに通訳と伝令に書記官だけを連れて来て正解だった。護衛など連れて来たら争いが始まっていたかもしれない。

 我々を見た女性達が助けを求める声を上げる。

「そこの兵隊さんここの奴等と違うんでしょ!?」

「助けて! もうあんなの食べたくない!」

「子供もいるのよ! 何でもするから助けて!」

 騒がしくなり、妖精の兵士が見せしめに一人を撃ち殺し、悲鳴、女性達が黙る。

 死体が回収され、どこにいくかと思えば野外の調理場で家畜のように解体されている。

「あれは?」

「はい! 生鮮食料はすぐに消費しないと腐敗してしまいます!」

 あんなの食べたくない、とはこれか!

「ラガ王子、あなたはご存知なのですか?」

 流石に野蛮と言われる遊牧民でもあの女性達を見る顔は機嫌が良いものではなかったが、通訳が言うにはこうだ。

「非難したいのは分かるが、それでどうする? と仰ってます」

 どうする? 答えられない。

 ジュオンルーの市庁舎にいるストレム将軍と面会する。

 悪事など一度もしたことがないような美少年じみている妖精だ。人間の行いではないのは当然なのか。

 まずは本題のロセア軍の捕虜、装備の取り分について通訳を挟む。会話を始める前にラガ王子が将軍に事情を説明した。

「まず捕虜をそちらが取るとして、解放は戦後ですか? と仰ってます」

「捕虜交換などの申し入れが無い限りはそうなります」

「捕虜全てとなると、聖戦軍規定に則ればあまり有用ではない装備ばかりで困ると仰ってます。その分は火薬が欲しいそうです。大量に使うので多くて困らない、と。武器弾丸は規格が合わないからいらない。食糧ではそちらが困ると仰ってます。不足分があればこちらから食糧については多少の援助は可能だそうです」

「金銭ではダメなのですか?」

「金銭に困ってはいないそうです」

「火薬でお支払いします」

「了承されました。ただラガ王子の面子が問題になるそうです。我々妖精……はどうでも良いらしいですが、王子はヤゴールの代表であって外国人にいいようにされたとあっては名に傷がついてしまうそうです」

「確かに分かります」

「高級将校だけ引き取れないかと仰ってます。戦いに負けた責任を取っていう名目だと人間は納得しやすいか? とのことです。兵卒はともかく高級将校をラガ王子が手に入れたとあれば伝聞もよかろうとのことで、いかがでしょう?」

 論理は正しいような気もする。将校が責任を取るのは当然で、何も知らぬ兵士達に罪は無い、か。

「それではこちらからも。あの広場の女性達、子供だけでも解放出来ませんか?」

「ええ、はい。将軍はそちらが差し出す高級将校の人数分を差し出すとのことです」

 これ以上交渉しても差し出すものが無いか。前線に出てる一将軍ではここが限界だ。

「こちらもそれで結構です。ラガ王子も良いでしょうか?」

 ラガ王子が通訳から話を聞き、しかめていた顔が若干緩くなる。

「誠意ある人数を望む……だそうです」

 確実にそんな穏やかな言葉じゃなかったし、エデルトなんとかと言っていたのだが、一応そんな感じらしい。直感で正しくないだろうが、舐めた真似をしたら殺すぞエデルトの農民野郎、ぐらいに聞こえた。

「分かっています」

「ニェスレン卿、将軍が……」

 ストレム将軍が席を立って手を差し出していた。握手をする。

 これが悪魔の取引か。


■■■


 ジュオンルーの戦いは圧勝と言って良いが、そんな気分は起きない。

 こんな戦争の片棒を担いでいたのかと心が痛い。帰りに市内を通るときに女性達からは諦めたような目で見られた。市内には辛くて居られない。

 捕虜のやり取り、装備や火薬のやり取りを終える。今後の戦闘に差し支えるからと渡す火薬量は少なめにしたがその点はストレム将軍も「意地悪はしません」とのこと。

 ラガ王子が納得するよう、どのくらいで機嫌が悪くならないか分からないから高級将校は新任少尉以外の少尉と中尉以上の者を全て引渡した。千人以上の軍服に装いに髭も立派な連中に王子は納得して頷いていた。

 兵士の捕虜は収容所に入れればいい。しかし救った罪も無い、千人以上の外国人の女達をどうすればいいか難題山積だ。ロシエ人とユバール人が混じっている。ユバール東の前線から遠いところに連れて行くしかないか。

 救った女達のことも含め、殿下に早期講和を願う手紙を書く。聖戦軍指揮官は殿下の姉であるのは今更だが、今回はその繋がりに期待したい。

 非力が恨めしい。あのような悪魔の軍団を呼び込んだのは聖女猊下であるが……やはり非力が恨めしい。

 聖なる神よ、早くこの恐ろしい争いを終わらせて下さい。お祈りします。

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