第209話「ジュオンルーの戦い:前編」 ストレム
ユドルム方面軍は強行軍でジュオンルーへ前進。
進路は第四一騎兵師団”東トシュバル”と第四ニ騎兵師団”西トシュバル”が歩兵部隊を切り離した上で切り開く。
敵正規軍の目撃情報は小部隊に限った上で少ないが、小銃から農具程度の武装をした民兵やそれ以下の煩わしい非正規部隊は住民一丸となって抵抗するのである程度数がまとまっており、多少の犠牲は払って撃破して回らなければならなかった。歩兵だけでは手間取る相手で、足の早い騎兵の活躍どころだ。
親衛ウルンダル一万人隊には歩兵、砲兵等の足の遅い部隊を全周に渡って守って貰う。彼等も非正規部隊と交戦することはあるものの、足の遅い部隊の進行を妨げないように工夫してくれている。
ラガ王子率いるヤゴール方面軍には、ヘリュールー方面から南下中のロセア率いる遠征軍、ロセア軍の足止め、兵力逓減、ジュオンルーとヘリュールー間の焦土作戦を命じた。
補給は進軍して来た東の街道経由、北東のユバール系都市のトトリダット経由、そして現地での略奪分があるので不足は無い。逆に余るぐらいで補給を担当する商人達が南にいる各軍へ分配している。
■■■
ラガ王子と連絡を取りつつ、ロセア軍の進行状況にあわせて強行軍を止め、通常通りの行軍に移ってジュオンルーに接近。
ロシエ軍主力の大半が総統閣下やゼクラグ将軍の方へ引きつけられているお陰か進路を決定的に妨害する兵力は一度も現れなかった。
ジュオンルーはロシエ軍がユバール侵攻、逆侵攻からの防衛に使った拠点で防御工事は中々に進んでおり、比較的頑丈である。
まず東西トシュバルの二個師団は切り離した歩兵部隊と合流して、ジュオンルー周辺の町や村を制圧して貰う。重砲こそ持っていないが砲兵、騎馬砲兵、工兵連隊が組み込まれているので地方を代表する大要塞のような拠点でなければ問題なく攻略出来る装備を持っている。
騎兵主体のウルンダル一万人隊には、攻城戦に集中する部隊を守って貰う。
城攻めは定石通りに敵要塞砲の射程圏外からの砲撃から始める。
組み立て式重砲を地盤固めの工事を行った場所に設置してから観測射撃を敢行する。
一門ずつ発射して弾着点を観測し、狙った地点に着弾するまで照準を調整する。測距儀導入以来の照準調整はとても素早く、無駄弾が減少して効率的。
破壊射撃には最大三発程度で移行出来た。砲台、稜堡塔を優先して破壊させる。
湿地帯ではなくても水溜まりの多いこのユバールの地である。重砲がその水溜りを振るわせる。
西マトラ奪還の際に問題となった重砲の砲身寿命の短さは予備砲身の多さで今は対応している。幸いと、元から組み立て式だったので砲身交換は容易だ。
ただ非常に重いので運搬には苦労している。大抵の橋なら補強しなければ渡れないので手間だ。工兵の術士に一時的に土や氷の術で橋や浅瀬を固めさせて渡るという工夫が無ければロセア軍とここで鉢合わせていたかもしれない。橋の補強が確実であるが、迅速な移動が求められる時に彼等は有用。
破壊射撃でジュオンルー東側の防御設備をほぼ無力化。通常の大砲を前進させ、適度に接近したところで突撃準備射撃を行わせる。曲射にして市内へ榴弾を降らせる。
次に重砲は配置転換、砲撃している間に地盤を固めた場所に前進させて組み立て直し、突撃準備射撃を行わせる。
重砲の射撃が再開されたところで大砲は榴散弾を発射する。固い”屋根”を破壊したら、その下にいる柔らかい”人間”を殺す。
城壁、城門が崩され、突入箇所は既に破壊射撃で開かれている。
突撃準備射撃で敵が市内で死んで、動きが牽制されている内に突撃兵を先頭に市内へ突入させる。
今日は対ロセア軍戦に備えて被害を抑制させる作戦を取る。道中で捕まえたロシエの人間を盾にして前進する。
優れた大砲と砲手による砲撃とはいえ、それだけで全ての敵を屠ることは出来ない。
突撃兵が使い捨ててもよい雑な杖でロシエの人間の背中を突きながら前へと進ませる。
「つんつん、つんつん」
「つんつくつん」
進ませる人間はそれぞれが子持ちで、子供を人質にしているであまり突かなくてもせっせと歩く。
ジュオンルーの守備隊の生き残りが抗議の声だとか、射撃しても他の兵士に止めさせられたりだとか、色々と苦悩している様子が見られる。
突撃兵、後続の銃兵と随伴工兵がジュオンルーにかなり接近する。
砲兵隊には突撃準備射撃から追撃射撃に移行させ、砲撃地点を我が軍に対してジュオンルー後方、市内西方を砲撃する。
「化学戦用意!」
「化学戦法毒瓦斯弾!」
盾にした人間の後方から悪臭弾の投射が始められ、目と鼻を潰す毒瓦斯が広まったところで防毒覆面をつけた突撃兵、銃兵が突撃を敢行する。
「吶喊! 吶喊! ホーハー!」
『ホーハー!』
無用になった盾の人間の頭を棍棒で叩き割り、砲撃で開かれた城壁の穴や、崩れた城門へ突撃していく。進路を単調にしないために梯子や鉤縄を使って城壁の上にも攻め入る。
盾や陽動に使えるロシエの人間はまだ多く捕らえてある。ロセア軍との戦闘にそなえて生かしておく。道すがら捕らえてきたロシエ人と、この陥落寸前のジュオンルーで捕獲出来る量も合わせれば多少雑に使っても余るだろう。
突入部隊から東側の制圧の報告を受けてから、砲兵、工兵を市内に入れる。
要塞の補修や砲台の設置があり、ロセア軍が迫っているので忙しい。同時進行に作業を行って時間短縮を狙う。
■■■
ジュオンルーを占拠し、要塞を修復して砲台を新たに設置し、塹壕線を張り巡らす等の工事を行っていると悪い報告が上がってきた。
ヤゴール軍が大損害を受けたそうだ。敵の新型火器により短時間で、間合いが悪かったらしく五千騎近く死傷して戦闘不能になったと言う。
相手は矢も銃弾も効かない鉄の巨人で、勿論騎兵の刀など通用しない相手とのことだ。姿は恐ろしく、近寄れば馬の制御も利かないとのこと。
戦場伝説から飛び出たような証言だが、ラガ王子名義の報告書なので疑うところはない。
ヤゴール方面軍には無理攻めはしないようしつつ、任務は以前の通りに実行するように返事を出す。
どう攻撃するかは敵の能力が分かってから判断する。
その鉄の巨人について調べようかと思っていた矢先に大陸宣教師のスカップが尋ねてきた。
「同志ストレム将軍、お困りのようだね」
「同志スカップ、良く分からなくて困っています」
「実は私も少々困っていてね。お互いに助け合おうじゃないか」
「こちらは鉄の巨人、というよりはロセア軍の優秀な、短時間で騎兵を五千も倒してしまう火器についてです」
「こちらはこちらの同志達と戦場を進むのに難儀していることだ」
「道案内、通行権というところですね。助け合いましょう」
「よろしい。鉄の巨人とは装甲戦列機兵という兵器だ。旋回能力は低くて小回りは聞かないが、割と早く二本足で歩行する」
「少々お待ちを、記録を取ります」
筆記用具を用意してスカップの発言を記録する。
「おっと失礼。いいかな、続けるよ。二本足歩行の補助に棍棒、というか杖だね、それを持っている。腕は割りと器用に動くようだ。接近すれば敵を杖で殴り、腕で払いのけるような接近戦能力を持っている。転倒したらお互いに腕を引っ張り合って起こすことが出来る。単体では起き上がるのは難しいようだ。動力はポーリ機関という蒸気機関を呪術によって強化した物を使っていて、稼動時間も不都合するほどに短くない。それでも大規模会戦以外には使えない決戦用兵器という扱いにはなるようだ。操縦手が胴体の胸部辺り、心臓や食道気道の位置に居て正面装甲に守られている。砲弾か近距離からの大口径弾射撃ではないと操縦手を殺すのはむずかしい。搭乗口は頭の方にある。頭に当たる部分は銃座、いや砲座と言うべきかな。そこにその優れた火器が搭載される」
発言を記録する手が口に追いつかなくなったのでスカップが口を閉じる。そして帳面に記録した文章を見て頭を小刻みに縦に振っている。間違いないということだ。
「砲座に乗せているのは斉射砲だ。砲身は十四本。銃手と彼等は呼ぶが砲手だね、まあそこはどうでもいい。十四本でもかなり重たいが、上下は無理だけど左右に照準は調整出来るようだ。左、中央、右に三段階。砲に穴一つ、砲台に穴が三つあって固定する時に鉄の棒を挿して固定する。個別の目標を狙うのではなく、複数体が敵の大きな部隊目掛けて一斉に発射する。大砲と似たような運用だね。今は十四門の斉射砲だけど、頭に乗せられて、機体が反動で転倒しなければいいからこれだけには限らないはずだ」
記録。しかし斉射砲はそんなに強かったか?
「さて斉射砲だがこれは呪術式の斉射砲だ。加速の呪術式弾と炸裂の呪術式弾を使用している。加速の方は施条砲並みの射程があり、それだけ高速に運動するから威力も高い。土嚢くらいなら貫通。炸裂の方は施錠銃程度の射程だが、これが凄くて、榴散弾のような導火線の時限信管ではなくて、生物を感知したら炸裂する方式だ。これを複数の地点から一斉射されたらその一度に五千騎も死傷するのはあり得る話だ。あれは後装式で、弾薬板の取替えだけで撃てるから遊底式小銃より少し遅いくらいの頻度で連射出来る。故障率も低め。歩兵騎兵の柔らかい部隊だけで倒すのは困難だと評価するよ」
「要塞攻略の能力は?」
「多少の塹壕なら踏み潰して進んでくる。体高は三・六イームもある。ただ自重もそれなりだからこのユバールの泥には弱いだろう。もうそろそろ秋になるが、雨の時期になったら少し難しいのではないか? ただそれは今の装甲戦列機兵の話だ。ロシエ人は科学史を嘲笑うかのように突然この鉄の巨人を生み出したんだ。次に何かもっと凄い物が現れても不思議じゃないよ」
普通の人間よりは遥かに突破能力があるのは分かった。砲撃でその大きな体を狙って撃てば破壊出来るだろう。地雷で転ばせるのはどうか? やってみなければ分からない。接近するまでに被害はかなり出るが、火炎放射器や爆弾を持っての自爆戦法も有効か? 後で全軍に手紙を書いて報せよう。
書いた帳面をスカップに見せ、間違いや不足が無いか確認して貰う。
「協力感謝します。それで盟友は何人ですか?」
「五人だ。遊牧騎兵と追いかけっこしながら移動したくないのでね」
「先導の騎兵を用意しましょう。掃討したつもりですがまだまだ非正規兵がいます。それから馬を乗り捨てるのなら回収役が要ります」
「ご協力感謝する。やはり持つべき者は同志だ」
スカップに頭を撫でられる。懐かしい。
数多くのランマルカ留学生をマトラに帰還させた男。出産者の故地マトラへ行く道中は良く世話をして貰ったことを覚えている。
■■■
北部からのロセア軍接近の報せ。ダッセンに到着し、我々との戦闘に備えて休み、装備を整えているという。
西部から来る新大陸軍はまだ時間が掛かる。両軍の足並みを途中で揃えるかどうかも気になるところ。新大陸軍が移動している間に十分に休んだロセア軍が準備万端整え、同調して北と西から同時攻撃を仕掛けられると苦戦が予想される。遅れる分はジュオンルーの工事に時間が割けるのだが。
あまり長いと人間共に餌をやらないといけないのも気になる。とりあえず我々も食べないような捨てる人間肉でも食わせておけばよいか。生物は腐り易いから早く処分しないとダメだし、今は燻製を作る燃料を確保している余裕はない。将兵への炊事優先。
臨時司令部の市庁舎でジュオンルー周辺の制圧状況を聞き、今以上に範囲を広げるか検討していると銃声が聞こえたきた。
当直士官が敬礼して入ってくる。返礼。
「どうした?」
「潜伏していた敵特殊部隊を発見、捕縛に当たっています」
「うん、使える。捕縛が終わったら教えるように」
「は」
ロセア軍との衝突に備えて東西トシュバル騎兵師団は戦力としてジュオンルーの南まで戻そう。ウルンダル一万人隊がジュオンルー周辺を警戒しているが、疲労もあるだろうし、トシュバルの騎兵が戻って休んでから交代させよう。ヤゴール方面軍はもう少し頑張って貰いたい。
命令書を作成。当直士官が呼びに来る。
尋問室にて捕縛した敵兵に対しての尋問は、通訳の話では人間に対する扱いに激怒していて話にならないらしい。
有用な情報を吐いたらまた呼ぶようにと軍務に戻った。
それから少しして、食事を一度挟む程度の時間が経過。
情報が得られた。方法は尋問対象者の健康を保った上で吐かせる保安隊の、関係の無い女の子人間を目前で拷問する手法でだ。主要な情報が三件出てきたそうだ。
まず今回のような潜入攻撃はジュオンルーの市内排水設備を通って行われたということ。早急に工兵隊に対処させる。
ロセア軍の軍容。新大陸軍、革命軍、理術軍団なる部隊の混成であること。そして装甲戦列機兵は稼働率が落ちて今は二十五機あり、銃弾が効かない騎兵と槍兵部隊がいること。
そして聞き捨てならないのはジュオンルーを無視して迂回突破する作戦である。
要塞戦はともかくとして野戦では絶対に勝てる自信があるようだ。その装甲戦列機兵とやらがいるからか? 単純に自信があるからか。
ユバールは湿地帯が多い地域とはいえ、街道を無視しての行軍は苦労するが出来る。ユバール方面を捨てると判断するならこの交通の要衝であるジュオンルーでも無視して構わない。
これは負けた。第一段階では負けた。
だがこちらにはやれることがある。
情報を吐かせた連中の指を切り落として戦線復帰出来ないようにして、そいつらの背中に拷問に使った女の子人間共を、目玉を抉った上で縛り付ける。背中には焼印で、捕縛している人間の数が現時点で約一万名――比較して人質としての価値の低い男は南部に向けて目玉を抉って送り出してある――いて、全て女であると記載した。証拠に首には男とは思えない細い小指五十本で一つの首飾りにして首に縫い合わせた。
第二段階の勝負。迂回が出来ないようにしてやればいいのだ。
■■■
ヤゴール方面軍がジュオンルーまで撤退して来た。命令あるまで郊外で安全を確保した上で待機、休憩を命じる。
そして怒りのロセア軍が接近。迂回を防ぎ足止めすることに成功した。
今日まで目玉を抉って手首を落とした女の人間を定期的に送り出していたので効果があったのだろう。
人数は一万から多少減ったが、不足した騎兵を出して狩って来て貰えば良い。あまり多めに捕獲しておいても世話が掛かるのだ。
しかしこの第二段階、半分負けかもしれない。斥候や誘拐した敵斥候の証言によると、ロセア本人や理術軍団の中核人物達は先行して迂回し、街道を外れてシトレまで行ってしまったそうだ。
我々は最悪、ロセアの抜けたロセア軍と新大陸軍を釘付けに出来れば良い。
総統閣下の主力軍と対決する敵軍の一部でもひきつけられれば更に良い。
その上で勝利して大戦果を挙げればもっと良い。
首を狩るというのは難しい。総統閣下の傍に前に居たシゲヒロという人間は中々斬新なことをやったのではないか?
城壁の上から敵軍を見下ろす。
敵は怒りながらもこちらを警戒して砲の射程圏外にまず軍を展開している。騎兵は少なく、砲もわずかで装甲戦列機兵が目立つが八万程度。
休ませているヤゴール方面軍は東の平原地帯にいる。損耗したとはいえ五万騎以上が戦闘へ即座に参加出来る。
西側には東西トシュバルの騎兵師団が待機中。歩兵、騎兵合わせて二万。敵軍八万と言えどジュオンルー要塞もあって容易に撃破は出来ない。
南側にはウルンダル一万人隊。騎兵だけなので足が早い予備兵力としておく。また南から敵が攻めてきた時のためにも配置。
北側には最低限の部隊しか配置していない。いない兵士の分は塹壕もとい空堀が役目を果たす。偉大なるラシージ親分が”足の下にある土こそが唯一期待を裏切ることのない援軍である”と言っていたのを思い出す。我々は円匙を振るうだけで万に値する援軍をジュオンルーで掘り出した。
ロセア軍は東西正面どちらから攻めるか悩んでいるだろう。
東から攻めればジュオンルーの砲台から撃たれつつ、五万の騎兵を相手にする。
西から攻めれば同じく砲台から撃たれつつ、二万の混合部隊を相手にする。
東西どちらを攻めても隊形は伸び切り、他の騎兵からの側背面攻撃に弱くなる。
では配置兵力の少ない正面か? いかに怪しくて攻め辛い。
無視をすれば良かったのだ。だが出来なかった。そして軍を並べてしまった。
「あなたの名前は作戦だ!」
立ち止まる敵に選択肢を与える。
高い声を出してくれる女の子人間を一人、兵士と通訳が連れて敵の空堀の中部あたりくらい、声が届くところまで連れて行く。
「あなたの名前は?」
城壁の上では聞こえないが、微妙に動く姿を見るに女の子人間は返答出来ている様子。
敵兵を見ると望遠鏡を持っている者はその様子を見て騒いでいる。
「ダッセン出身のメリーヌちゃんって言うんだね! お父さんはどんな人かな?」
通訳が拡声器を使い、会話を毎回敵軍側に伝える。
「お父さんは戦争になったから兵隊さんになったんだ! ロシエの悪い兵隊さんがやってきたから! お父さんに会いたい?」
女の子人間が手を顔に当てているようなので泣いている様子。
「また会いたいよね!? どこ行っちゃったんだろうね? お母さんはどこにいるの? え? 病気で死んじゃったんだ! 妹がいるの? どこにいるの? 分かんないんだ。また会えるといいね! そうだ、好きな食べ物は何かな! 去年の誕生日に食べた栗の砂糖漬け? 僕も甘いの大好き! これあげるよ!」
通訳が懐から何か出して食べさせる。配給した砂糖パンだろう。
「美味しい? 良かったね! もしかしたらお父さんがあっちにいるかもしれないよ! ほら、これに口を当てて思いっきり声を出して!」
拡声器を受け取った女の子人間が絶叫するように「お父さん、デュシー父さん! 何処にいるの! 私メリーヌだよ! どこ!?」と悲劇的に叫んでいる、と傍に置いた通訳が言う。
敵兵から同情の雰囲気が見られる。少し遠くて声が混じっていて聞き取り辛いが「今から助けてやる!」「俺の娘も同じ名前だ!」「行く所が無いなら俺の家に来い!」などと言っているらしい。
思った以上に反響が大きい。
兵士がその皆の耳目を集める”メリーヌちゃん”を羽交い絞めにして、研いだスプーンで目玉を抉る。拡声器が不要なくらいに甲高く悲鳴を上げ、望遠鏡無しでも足をバタつかせているのが見える。
敵兵の態度が更に怒りに満ちる。
”メリーヌちゃん”は指の切断で失神。水筒から顔に水を掛けられて覚醒、続いてと解体が続き、ついには起きなくなる。
声が出ないので拳銃で四肢を一発ずつ撃っていく。ここまでくれば敵兵の一人が叫んで我慢できずに突撃を開始し、それから他の兵士も続く。
通訳と兵士が撤退。何人か続けてやらないと誘引出来ないと思っていたがたった一人で十分とは、高い声を出す女は効果的だ。
十分に引き込む。
しかし無策無謀である。そして敵の士官、理性の利く奴がいてそれを止めようとするが逆に殴られるような状況だ。士官という理性を殴るのが正義とそれで彼等は思ったようで、そこから更に突撃に歯止めが利かなくなる。
なんて愚かだろう。人間の統率は大変なのだろうか。我が軍にいる人間達はあんな面倒が掛かりそうにもないのだが。うーん?
隊列もバラバラに、怒れる敵軍の多くが何本もの深い空の塹壕を乗り越えてくる。装甲戦列機兵も前進を始めた。
失血か衝撃死しているだろう”メリーヌちゃん”が救助される。
もっと近くに寄って欲しい。城壁手前に寝かせていた十字架を引き上げて立たせる。縛り付けられていた女の人間の姿が敵兵の目に入る。足を銃剣で刺すと悲鳴を上げる。敵がもっと前に突っ込んでくる。
遂に装甲戦列機兵が重砲の効力射範囲内に入る。
塹壕をいくつか跨いだことを確認してから罠を動かす。
「泥んこ作戦だ!」
信号弾を発射させて合図を送る。工事して作った溜め池、川に設けた水門を開放し、敵が無数に展開している無数の空堀に見せた水濠が泥水に沈んでいく。
底は深く、入ってしまうと頭の天辺まで沈む。装備を整えた兵士は裸身ではない。簡単に溺れる。
装甲戦列機兵、いかなる技術か割と素早く前進はするが、塹壕から泥沼と化した地面に沈み、転ぶ。互いに腕を引っ張りあって巧みに起き上がる。
防水性を考慮したせいであまり多く掘れなかったが、各坑道の地雷を起爆する。
黒い泥と茶色い泥水が大きく噴出し、一緒に敵兵を吹き飛ばす。一部、浸水の影響で不発したようだが、泥沼を爆発が掻き回して更に泥沼を強化する。
流入する川の水が泥でグチャグチャになっている箇所を段々と水面で被って平らにしていく。その中で敵兵が蠢く。
そして砲兵、砲撃開始。
重砲は予め観測射を行って諸元を調整しており、砲撃範囲を決めておいた。そこに装甲戦列機兵が横隊一列になって見事に入り込んだのだ。もっと数が揃っていたら分からないが、所詮は二十五機だ。
重砲弾が装甲戦列機兵を破壊、部品と泥と水が吹き上がる。初めから行われた効力射が二十五機を瞬間的に金属屑に変え、その弾ける金属屑が泥沼で苦しんでいる敵兵達を切り裂いていく。
通常の大砲も敵兵を撃ち降ろして粉砕して、血肉を泥に混ぜた上で掻き回してブチ撒ける。
砲撃でさらに泥沼化させる。死体も練りこまれたので少ししたら腐敗して毒の沼のようになるだろう。
だが全てが泥にはならない。空堀の数は努力したが広大な土地全てがそうはならない。敵の一部が走って前進してくる。特に騎兵は良く前進している。
「人間の盾作戦だ!」
生きた女の人間を縛りつけた肉の柵の覆いを取って敵兵に見せ付ける。一人に銃剣を軽く刺せば共鳴するように叫び、撃つな助けろと意思表示をして敵兵を困惑させる。
これは城壁にも設置しており砲撃を精神的に防御する。戦列装甲騎兵の加速の呪術弾対策に設置したが、出番の前に撃破してしまった。
柵の木枠、人間の頭と頭の間に小銃の銃身を乗せると手振れを抑えて良く狙撃が出来て当たる。そして敵は撃てないので一方的に射殺出来る。騎兵も突撃を躊躇して棒立ちになり、良い的になって撃ち殺せる。
精神学的な呪術も侮れない。銃弾避けのおまじないだ。ロシエが呪術で凄い兵器を作ったらしいが、この呪術の方が防御面では優れている。攻撃時にはちょっと扱いに困るが。
泥沼の衝動的な攻撃をようやく後悔した敵兵は壊走を始めた。
追撃には湿地作業に適した平底舟を装備した歩兵が追撃をする。
沼地でも快適に動ける平底舟は素早く追い立て、時に降りたりしつつ歩兵は敵を小銃で撃ち殺す。
地形が敵を溺れさせ、泥に嵌めるので撃たなくても殺せるし、足が止まれば簡単に銃弾が当たる。
先ほどまで怒り狂って元気一杯だった敵が泥に濡れて哀れになり、消沈した様子で泥沼から撤退する。
敵は後退し、生き残りは疲れ切っている。理性で突撃しなかった敵兵も、一連の出来事に精神的に参っている様子だ。戦力三割減と、精神力に至っては更にもっと下か?
試しに”メリーヌちゃん”を踏襲した陽動を試みてから半殺しの女の人間を平底舟で途中まで送ってみたが、回収して救出はするものの、先程のように突撃は行わない。
夜を待つ。
■■■
夜を待ってラッパ手に突撃ラッパを吹かせる。
これを合図に、泥沼地帯の外で個人塹壕へ偽装して地下に潜んでいた復帰の見込めない負傷兵達がそこから疲れ切って寝ているロセア軍を射撃する。狙いが定められなくても銃声だけ鳴らせば良い。敵が迫れば地雷を起爆して敵毎爆殺する。
敵軍は大混乱に陥った。遠目から見ても暗闇の中で同士討ちを始めている。
足元から夜襲を受けたのだ。幻の敵の位置も、本当の敵の位置も分からなくなっているだろう。
さて、ロセアのいないロセア軍はこれで持久戦に入るだろう。
今の士気も組織も装備も酷い状態で迂回路を進めるだけの体力は無いように思えるし、そうするのなら我が軍が攻撃する。
これが分かる指揮官ならば西から来る新大陸軍と合流して活路を見出すはず。
南の方へ伝令を出して援軍を要請するのも良い。そうなれば総統閣下の主力軍の一助となる。
次は西の新大陸軍へ目玉の無い女を送る。半壊したロセア軍に奴等が加わっても今なら対応出来る。ジュオンルーの要塞を使って消耗を抑制しつつ敵新大陸軍を撃破し、敵主力軍攻撃に移る。
このジュオンルーの戦いで勝って、それからもっと頑張ったら総統閣下はまたチューしてくれるかな?
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