第208話「ポーエン川の戦い」 マロード
帝国連邦軍がロシエの大軍と戦っていると聞いた。敵と蛮族が殺し合ったところで何も痛くはない。
バルマン軍の再編が遅れていると聞いた。昨今の戦争と比べれば非常にあっさりとした内戦が短期で終結し、内戦の勢いを借りた動員でその遅れが否応なしに縮まったそうだ。自領内で戦闘行為が行われている以上、再編が完了次第彼等は名誉も無さそうな戦いに出るだろう。
聖戦軍とは名ばかりの連中は動く気が無いと知った。中部も南部もだ。南部は名目だけ軍は出しているが遊んでいるらしい。聖女猊下も呆れていらっしゃるだろう。
人格は名前に影響するとも言われる。神聖教徒に成り切れていないエデルト人で、しかもあちらの現地宗教で崇められる極光修羅ヴァルキリカ女神と同名の聖女が血を流すことを厭う者を好ましく思うはずはない。
正面で激戦を続ける帝国連邦総統、中央同盟戦争に現れたあの悪魔のような蛮族王に手紙を出した。
”全軍散る覚悟があります。ガートルゲンの手が要る戦場を示して下さい”
返事は直ぐに返ってきた。
”ポーエン川上流にて我がマトラ、シャルキク方面軍が戦闘中。アラック軍の到着も近い。そこならばよろしいかと。総指揮を行っているゼクラグ将軍に通達をしておきましょう”
彼の軍から見たら我々の軍など子供の遊びである。数も装備も戦術も、士気から体力、組織に才覚まで何もかも劣っている。巡ってくる幸運の量と質もあちらが上だろう。
邪魔だからと言われる恐怖があった。血を流す機会すら与えられない雑魚に価値は無い。
だが場所を示された。当然のようにゼクラグ将軍の指揮下に入れという文面である。他の諸侯なら怒っただろう。だが自分はわきまえている。
走狗の意地を見せてやろう。千切れるまで尻尾を振り、聖女猊下から最大限の便宜を引き出してやる。猟犬でも愛玩犬でも何でもやってやる。
何もしないで王冠を被り続けられる時代などとっくに過ぎた。働かぬ走狗など食うにすら値しない。煮る燃料も勿体無い。
問題は臣下のデッセンバル公とオロム公のやる気の無さをどうするべきか、だ。先見の無い二人は――デッセンバル公は代替わりしている――中央同盟戦争で自分が裏切ったことを恨んでいる。家族を王都に住まわせ人質に取っているから言うことを聞いているようなものだ。さて、どうするか?
■■■
歩兵三万、騎兵一万、大砲四十門の軍を率いてゼクラグ将軍がいるポーエン川上流にある都市ブレンゲンに到着した。軍は郊外で待機。
そこでシャルキク、マトラの両軍十万を指揮するゼクラグ将軍を尋ねる。
髭の生えた古傷だらけの妖精。美少年風の妖精とはかけ離れた外見である。
「うーむ? 見た記憶がある」
顔を合わせるなり唸って首を捻られた。
「ガートルゲン王マロード・フッセン。中央同盟戦争以来だ」
「名前は覚えてる。フラルの人間は見分けがつかんが、あんたは、うーん……」
うーん?
「首から上の毛の具合だ。前より」
ゼクラグ将軍が人差し指と中指だけ立てて、揃えて見せる。
「額が後退したな」
「死んだ父も同じようなハゲだった」
「大体見分けはついた。戦場で会っても分かる。さて我々と共同して戦いたいとのことだが、こちらの指揮下に入る形以外ではお断りするが?」
「従う」
「では……」
ゼクラグ将軍が早速命令文書を書き、蝋で封をして手渡してきたので受け取る。
「これをヴィットヴェルフィム城にいるボレス将軍に渡すように。具体的な指示は彼がする。以上だ」
話し合いも簡単に終わった。頭の毛抜け話は冗談でも雑談の一部でもなく顔を見分けるためのものだ。
冷たくあしらわれるというよりは無駄が無い、そんな雰囲気だった。
軍のところへ戻ればオロム公は「妖精の命令を聞く日が来るとはな」と言い、デッセンバル公は「私の考えた作戦ならばロシエ王に痛撃を食らわせられる」とぼやいていた。
反抗心を隠さぬ程度に愚かと来たら指導者としてどうしたら良いか?
■■■
ポーエン川の下流側にあるヴィットヴェルフィム城へ向かった。
道中、地図によれば川の向こう側にあるはずの村や街が見えなかった。話が通じそうな通りがかりの商人に聞いてみれば「ロシエ軍が来る前に全部破壊しましたよ」とのことだった。新バルマン王に許可を取ったような感じはしない。
マトラ方面軍司令のボレス将軍を尋ねる。
太った妖精。太った妖精など見たことはないが耳は人間ではない。
ゼクラグ将軍の手紙を渡し、読んでから将軍は「迷いの多い人間にしては精勤ですな。よろしいのではないですかな」と言った。
一応歓迎されている。
「ガートルゲン軍にはポーエン川を敵前渡河して貰います。最悪、渡河は失敗しても構いません。とにかく敵軍を引き付けて下さい。渡った場合もとにかく目立って敵を引き付けて下さい。これは陽動ですな。複雑な機動はしなくて結構ですので、練度に自信が無くても気合でどうにかなりますよ」
ゼクラグ将軍と違ってこちらは嫌なことを言う。
「引き受ける」
「おや、よろしいので。ならば早速案内させましょう。準備整い次第作戦を開始しますので軍も一緒に向かって下さい」
「分かった」
■■■
妖精の士官に渡河地点まで早速案内される。
地点は北の下流側、ワゾレ方面軍駐留のパム=ポーエンと、南の上流側のかつては関税を徴収していた両岸に跨ぐヴィットヴェルフィム城の中間地点。
ここに至るまであの遊牧騎兵達をあまり見なかったが、別行動中か?
架橋資材が既に準備されており、我々とは別に渡河する予定だった歩兵隊が待機している。
架けられる浮き橋が一本か二本かと思うと連れて来た四万の軍は多い感じがするが。
対岸には思ったより川沿いより距離を取っている革命軍が見える。旗が無ければパっと見た感じ草木に紛れそうなくらい遠い。
「概要を説明します! ガートルゲン軍は工兵隊による浮き橋での架橋が完了次第渡って貰います! 渡河をする時にはヴィットヴェルフィム城からの砲兵による射撃支援があります! 渡った後は出来る限り敵軍を引き付けて耐えて下さい!」
元気良く喋る妖精の士官から説明を受ける。馬鹿にされていないのは分かるが、子供のごっこ遊びに付き合わされているような感じが否めない。
「耐えた後の指示はあるか?」
「ふうん?」
想定外の質問なのか妖精の士官はきょとんとした子供のような顔になって首を傾げた。
「渡った後は出来る限り敵軍を引き付けて耐えて下さい!」
「分かった」
それ以降の指示は明かされない。敵に作戦がバレるといけないからだろう。信用はされていない。
だが狗ならば理不尽でもやってみせる。
砲撃が始まったら渡河するようにとのことだが、妖精達の大砲だけを当てにしていられない。砲兵隊を川岸に並べる。案内の士官を通訳に、作戦の邪魔にならない箇所を教えて貰う。
本来ならそんな仕事は司令官の王がやることではないが、オロム公にデッセンバル公以外にも任せ切りにすると問題を起こしそうな臣下がいるので目を閉じてはいられない。
架橋地点に、いつでも前進出来るように軍を行軍隊形で整列させた。後は待つだけ。
待っていると楽しげな妖精の一隊が現れ、整列して楽しそうに短く歌う。
暇なので聞いてみた。
「あれは何と歌っているのか?」
妖精の士官が急に嬉しそうな顔をして、体を揺らして調子を取って歌ってくれた。
「ちっつ序を守るよ憲兵たーい! 逃亡兵をぶっ殺せ!」
聞かなければ良かった。
■■■
待つこと少し、日も暮れていない。伝令の行き来が激しくなって上流側から信号弾が打ち上がる。ポーエン川の戦いの始まりだ。
工兵隊が船を川に出し、浮き橋を作り始める。妖精とネズミかモグラみたいな獣人が共同で作業しているがかなり早い。
対岸の遠い向うの敵軍が動き始める。旗が揺らいで、太鼓と笛の音が鳴っている。
そしてヴィットヴェルフィム城からの砲撃支援が始まるのだが、まるで次元が違う。
地面が噴き上がったように敵軍が煙にまみれ、旗も見えなくなる。砲声と爆音の繰り返しが地震も起こす。
遠くからでは煙の壁が出現した程度にしか見えないが、あの中では一体どれだけのロシエ兵が砲弾に潰されて千切られているのだろうか。
凄まじい音に呆気に取られている内に船を並べ、その上に板を並べて固定された浮き橋が一本完成する。
砲撃で対岸の敵が混乱している内にオロム公の軍から渡らせる。グランデン大公に忠実なオロム公は方伯時代を忘れられない老人だ。勘も動きも鈍いから最前線に立たせるべきだ。
ならず者や罪人、浮浪者ばかりで編制したやる気の無い歩兵連隊ばかりで四千。郷土の健全な若者を集めて作った連隊ではない。オロム公は最後尾でグチグチと文句を言っている。
オロム公の軍が浮き橋を渡る。その間にも新しい浮き橋が、作った橋を基点に更に素早く組み立てられる。帝国連邦軍に人を派遣して勉強させて貰うことは出来るのか?
敵は盛大な砲撃でも士気が崩れない。人を減らして土に汚れたようには見えるが、隙間の空いた戦列を後列が埋めて整えながら敵軍が前進してきている。革命軍の歌も聞こえてくる。
さあ鉄の隊列を組もう
守るは革命の種火
暴君を除く運命の下、
革命旗は掲げられた!
立ち上がれよ
武装する市民よ
進むぞ家族のため
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
こちらの砲兵も射程距離に入り次第迎撃の砲弾を放つ。効果はあるように見える。
戦闘が始まってオロム公軍も浮き橋が二本目になり、その間に更に板が渡されて一気に西岸まで到達してしまったのだが、オロム公は軍の指揮を己の副官に任せて東岸に残った。説得している時間はない。後で法に照らし合わせて処刑しよう。
次に腰はそこまで重たくないデッセンバル公の軍歩兵五千。騎兵一千を渡らせる。浮き橋は段々と頑丈で太い物になっていく。術使いが川底を術で掘り、あっという間に丸太一本だが橋脚まで挿し込まれた。
代替わりしたデッセンバル公は己の軍を率いて戦ってみたいと顔に書いてあるような若造だ。ただ王である自分に指示されるのを嫌がっているのでやはり最前線に立たせるべきだ。
若いのが取り柄か、敵を前にしたら積極的に攻撃に出て情けないオロム公軍を追い越し、連携はしていないが前進を始めた。突出した騎兵の一部が敵の軽歩兵からの射撃を受けて早くも動揺して混乱している。
攻撃じゃなくて防御陣形を整えて欲しかったが、それ以上は贅沢だ。
その他、反抗的ではない臣下には両公軍が敵にやられている内に防御陣形を整えるようにと命令して歩兵九千、騎兵三千を渡らせる。
両岸で、術使いも使って穴を掘った工兵隊が行ったのは支柱を四本立てて綱を渡して吊り橋に仕立てあげたことだ。魔術よりも魔術である。川に挿し込まれた丸太は橋脚は中間で吊るために使ったのか。
船の浮力と綱で吊る力をどのように調整しているかは分からないが、浮き橋の揺れ方が変わって大人しくなっている。
最後に王の直轄軍を渡らせる。常備軍として恥ずかしくないように訓練した心算だ。
一応オロム公に「指揮官が何をしてるのですか?」と聞き、フゴフゴと分からない返事を聞いておく。これで聖戦法第二条、邪悪なる者との闘争義務に違反するとして絞首刑に出来る。まず一人。この機会を待っていたのかもしれない。
この爺が憎たらしい。前グランデン大公アルドレド・コッフブリンデが逝去してからボケたというか心が折れてしまった。昔は先輩領主として色々と教えて貰い、尊敬していただけに更に憎たらしい。
渡河作業、砲撃支援、そして支援開始されてから始まったヴィットヴェルフィム城の西岸側の要塞からの攻撃が敵軍の北半分を拘束し始めた。
渡った先の敵軍の数はそこまで多くないように思えた。渡された橋が立派なので砲兵も少しずつ西岸へ渡らせる。
崩壊しつつあるデッセンバル公軍の騎兵隊を救うべく前に出た同歩兵隊が早くも敵の戦列からの反転行進射撃の激しさに崩壊寸前だ。
主人に似てまごまごしているオロム公軍を応援に向かわせる。向かわせるのに優柔不断な副官へ抜いた剣を振りかぶって脅さねばならなかったぐらいだ。
そうして両公の軍を革命軍という化物の生贄に捧げている間に、他臣下と直轄軍に川を渡らせた砲兵を組み合わせ、川を背にした横一列の陣形に整えた。
背水の陣にして覚悟を決めさせ、その後ろに騎兵隊を集結させて持久する以外の選択肢を広げる。
陣形左端、南側からの攻撃には最小限の部隊配置で済ませる。川があるので敵も大部隊をこの左側面に展開出来ない。
陣形右端、北側はパム=ポーエンにいるワゾレ方面軍の大砲の射程圏内らしく、激しい砲撃を受けた経験からか敵が部隊を配置していない。騎兵隊はここから動く。
望遠鏡でパム=ポーエンを見るにあちらの砲兵はこちらを、砲口を向けた上で観察している。偵察を出して北の地面を観察させたら激しい砲撃の痕があった。
デッセンバル公軍とオロム公軍は消耗させるまま、革命軍が接近してくる。
歩兵の間に挟まれて砲兵が、マトラ方面軍の工兵隊から分けて貰った土嚢を積んで作った簡易砲台から砲撃する。
砲弾は一度地面に当たり、跳ねて転がって敵兵の手足と胴を何本も千切り落とす。それと減速した砲弾が目に見えるので反射的に逃げる敵兵がいて隊列が良く崩れる。高い火薬を無数に使う訓練の成果か跳弾射撃が上手くいっている。
この砲撃と、戦列を並べた歩兵の撃ち合いが始まる。敵は反転行進射撃が出来るまで訓練された熟練兵を横隊中央に据え、その側面には遠目にも分かるくらいに小銃の扱いが粗雑な新兵を攻撃縦隊にして配置。
装填射撃訓練を厳しく行ってきた我が歩兵は号令に合わせた一斉射撃後、個々の技量に合わせてとにかく連射をしまくる。敵の熟練兵が短い間隔で一斉射撃を繰り返す。
乱れた白煙とある程度整った白煙が両者の間を生める。大砲の射撃が加わる分、数で劣っていても火力で負けていない。
歩兵同士が銃弾を互いに撃ち合っている間に騎兵九千を縦隊にして右、北側から抜ける。
敵軍の側面、背面を取りに馬を走らせる。
側面を取りに行けば、我が軍の歩兵が相手にしている敵部隊の予備、膨大な予備が側面を守るために方陣を作って並べている。
この方陣に突っ込めばいくら九千もいるとはいえ砕け散る。
我々の任務は耐えること、そして陽動すること。これで陽動の役目は十分果たしている。
突撃しないで側面に待機して敵を拘束するのが仕事だ。
背水に陣を構える歩兵がいる渡河地点の東、敵がいる南に西に、どちらにも逃げられなかったデッセンバル公軍とオロム公軍が北のこちらの方へ壊走してくる。
「敵前逃亡は死刑だぞ」
やってきたデッセンバル公にはそう声を掛けた。
「聖戦法第二条を知っているな」
「二条? 相手はロシエです。邪悪なる者では……」
「聖なる神を蔑ろにする共和革命派の連中が邪悪ではないか?」
「いえ」
聖戦軍としての我々は突撃するより他はない。名誉に関わる。
そして撃ち合う歩兵達がどこまで耐えられるかも分からない。もし壁となって敵を引き付けて防いでいる歩兵達が壊走したならばあの頑丈な橋は爆破され、我々は孤立し、逃げ場も失って全滅すると考えられる。
無理に川を泳いで逃げても秩序を守る憲兵隊とやらにも激しく銃撃され、刃向かったならば砲撃もされるだろうし、反乱を起こしただとか怖気づいただとか悪い評判がつく。退却はありえず、死にたくなければ死に向かうしかない。
騎兵九千で突撃する。密集縦隊三本は先頭が重騎兵、中列軽騎兵、後列銃騎兵。一本は王である自分、もう一つはデッセンバル公、もう一つは自分の副官を使う。心の折れる前のオロム方伯がいればどれだけ心強かったか。
狙うのは五つ並んで見える方陣の、東側の川寄りの三つ。方陣を突破し、我が軍の歩兵と撃ち合う敵歩兵の背中を攻撃する。
剣を抜いて掲げる。国王は先頭へ。そうする馬鹿が評価される時代に戻りつつあると感じる。良くも悪くもそういう実例を帝国連邦軍という衝撃がもたらしている。
「聖戦軍の働きは聖なる神が見ているぞ! 聖王陛下、聖皇聖下も此度の戦いをお知りになられる。軟弱者と言われるな! 男であると知らしめろ! 全隊前へ!」
『全隊前へぇ!』
デッセンバル公と副官が復唱。
馬を常歩で進ませる。重騎兵は剣、軽騎兵は東方風の刀、銃騎兵は騎兵小銃を手に取る。
早歩で進ませる。剣に刀をそれぞれが馬を切らぬよう肩に担ぐ。
方陣との距離が縮む。敵歩兵が小銃を構えて良く狙っている。
駈歩で進ませる。馬が大きく揺れて装具が鳴る。
気の早い敵の一部が発砲する。一騎、命中して転倒。釣られて撃ち出す敵兵が出てくる。命中率は悪く、大した被害はない。
「突撃ラッパ!」
ラッパ手が突撃ラッパを吹奏。襲歩に進ませる。
「突撃ぃ、フラー!」
『フラー!』
剣を前へ突き出し、方陣に迫る。
まずは迎撃の三段に構えた一斉射。
無数の銃声、白煙に敵の姿が一瞬消える。
重量馬と体格に優れた男と言えど銃弾を受けては転倒する。自分は先頭だが当たらなかった。
銃弾を受けて転ぶ音と馬の悲鳴が無数。どれだけやられた?
次は銃剣の壁。切っ先に馬が怯えて棹立ちになるものだ。
馬には自分の勇気が伝わったか、長年連れ添っている年寄りなので半分ボケているか、とにかく恐れずに前へ進んだ。少し馬首を調整し、迫れば怯える顔をしている若者を狙った。
敵が己から引っ込めた銃剣の壁に馬を突っ込ませ、勢いに乗せた剣で撫で斬る。
多くの馬は銃剣に怯えて棹立ちになったり立ち往生をした。苛烈な馬は銃剣に刺さるのが分かってそのまま敵を押し潰した。
馬の壁が出来ても密集しているせいで横にも逃げられずに勢いそのまま、前が見えない馬が停止も出来ずに突っ込み、銃剣を身に受けながら速度と体重で方陣の、人と銃剣の壁を重量馬の体当たりで崩して踏んで殺し、頭から正面に倒れて死ぬ。
倒した人と銃剣の壁、死んだ騎手、馬を越えて後続の騎兵が突っ込んで崩れた方陣、敵兵を剣で刺して叩き斬る。
後続の軽騎兵が突破口に入って敵を刀で斬って、拳銃を撃って回る。
最後尾の銃騎兵が残る敵を撃ち殺しながら進む
このように成功すると気分が良くなってそのままイケる雰囲気になるがそうはいかなかった。
方陣を砕いてから背後を攻撃しようとするが、敵の歩兵部隊は熟練兵の横隊をそのままに、側面の攻撃縦隊を変形させて方陣と化していた。
熟練兵ほどではないが突撃後、脚が止まっている状態で一斉射撃を受ける。
粉砕しないであえて無視した他の方陣二つからも射撃が始まった。
「引け! 撤退ラッパ!」
ラッパ手が撤退ラッパを吹奏。
撤退、北へ下がる。
敵の、南の上流側に配置されていた予備部隊がこちらへ向かっているのも見えた。陽動が良く成功している証拠だ。
散々に撃たれ、倒れ、馬は無くとも生き残っている者を見捨てて逃げる。
逃げた後に、陽動で誘き出された敵の予備部隊が我々が破壊した側面を方陣で再度補強する。背水の陣を構える歩兵砲兵の混合部隊と撃ち合いをする敵部隊へ増援を派遣した。
我が軍だけを見れば絶望的状況。攻め手が無くなったに等しい。逃げられず、防戦一方で死を待つのみ。
しかし主力はゼクラグ将軍の軍である。我々の陽動の成果かどうかは知らないが、一つ節目になったらしく信号弾の発射を確認した。
そしてポーエン川の上流から河川艦隊が現れ、敵前の西岸に取り付き始めた。そして東岸と綱を渡しあって一気に船を渡して浮き橋を作る。
ここより視界外の遠くから渡河して来た様子の遊牧騎兵隊が河川艦隊の架橋作業を支援するように西岸沿いに北側、下流へ下っている。それをブレンゲンの砲兵隊が砲撃で支援している。
遊牧騎兵隊に対しておそらく意図して少し遅れ、敵部隊が前進を開始したところで別働隊が南から現れ、ブレンゲン正面の敵部隊南、右翼側面を取る。動き出した部隊を急に止めて方向転換するのは困難だ。絶妙な攻撃。
更にもう一つの別働騎兵隊も現れて敵軍全体の背後を駆けて脅かす。
敵軍は川沿いに待ち構えているはずがあっという間に半ば包囲され、浮き足立っている内に浮き橋が完成し、歩兵隊が渡って対岸を確保する。術使いが土の胸壁、塹壕を作って防御を固める。
河川艦隊と遊牧騎兵隊は南から下流へ、砲撃支援の地点も一つ下流へ、同じ手順で浮き橋が完成して歩兵隊が渡る。
合計五箇所。我が軍が渡った浮き橋を作るより素早い。妖精歩兵達は揺れに慣れているようで渡る足も素早い。
我々が予備兵力をこちらに引き付けていなければこう上手くはいかなかったかもしれない、と思いたい。
渡河した場所で防御の固まった部隊から順次攻撃に移り、敵軍の正面側面背面を攻める。
上流側は優勢。
下流側のこちらは劣勢。先ほどの突撃で半数が死んだ騎兵隊の評価が攻めれば倒せると判断されたようで、側面を固めた敵の予備部隊が攻撃に前進して来た。
そして斥候が西側から王国軍の騎兵隊が接近しているとのことだ。マズい。
疲弊した騎兵五千以下を川沿いに後退させる。パム=ポーエンの砲兵を当てにするしかない。
敵予備が迫ってくる。徒歩なので遅いが。
川まで後退して追い詰められるような形になると、架橋を手伝っていた河川艦隊が背後で止り、口径は小さいが艦砲射撃で敵予備を砲撃する。何時の間にか我々の渡っていた浮き橋は可動橋になっており、中央部が開閉式になっていた。
艦隊からは兵士が続々と降りてくる。遊牧衣装のような帝国連邦軍の騎兵服で、小銃や弓矢などで武装している。
族長風の身形の男がこちらの血塗れの様を見ても何でもないように挨拶をして来た。
言葉が分からないのであちらの通訳が「我がヤシュート王アズリアル=ベラムトは、聖戦軍は腰抜けばかりと聞いていたが、気骨のある者もいるようだ、と仰ってます」と言った。良いぞこれは。
挨拶をしている内に敵予備が接近し、足を止める。パム=ポーエンの射程距離内には近寄れないらしい。
ただ不気味に隊列間を広げていた。理由は直ぐに分かり、先ほど斥候が視認した王国軍騎兵隊の突撃進路だ。
騎兵隊を大体整列させる。ヤシュートの歩兵も隊列を整え、まだ距離が遠いというのに小銃射撃を開始して敵騎兵を落馬させ始める。
ロシエの象徴とも言える重装槍騎兵が先頭になって槍を構え、巨大な馬に乗って突撃してくる。
『ギーダロッシェ!』
こちらも突っ込む。
『フラー!』
互いに騎馬で迫る。あっという間に近づく。
敵と拳銃を撃ち合う。互いに倒れる。
槍の間合いは遠い。抜いた剣では敵わず、先制されて多くの騎兵が槍に貫かれて吹っ飛び、柄が折れる。
槍の柄を剣で打ち、滑らせて避けて敵騎兵の喉を刺して切る。これくらい出来る奴はそういない。出来そうな我が軍の重騎兵はもうほとんどいない。
敵は折れた槍でも尚振るう。棍棒になっても突かれれば重騎兵の勢いと体重が乗っていて一撃で胸骨、頚骨、頭蓋骨を粉砕するのに十分。むしろ槍が折れた後の接近戦はその棍棒が威力を発揮する。
折れた槍を捨てて剣を抜く敵と打ち合う。相手はロシエが品種改良で作った特別な重量馬。
馬同士ぶつかれば重たい相手が勝ち、こちらの軽い馬が揺れ、体勢が崩れて落馬。落馬しなくてもその隙に斬って刺されて殺される。
ロシエの馬は背が高く、高所を取る敵が剣で切り降ろしてくる。剣で受けても途轍もなく重たい。受けて剣が押されてそのまま頭にめり込んで死ぬ騎兵もいる。
戦いは不利。かなり殺される。それでも騎兵を騎兵で受けて勢いを殺した。
敵騎兵の勢いが削がれたところでヤシュート歩兵が近づいてきて、我々への誤射など全く恐れない様子で重装槍騎兵を射殺し始める。銃はともかく弓矢だが、毒矢なので人も馬も刺された直後はある程度動くが少ししたら苦しんで泡を吹いて痙攣して死ぬので恐ろしい。
しかしこの強い敵騎兵を殺してくれるならば誤射でも良いから撃って欲しい気分になれる。
折れた槍の殴打も、剣の斬撃刺突も、技術に体力の上で重装槍騎兵に我々は敵わない。その頑丈な兜と胸甲を叩いても効かないし、急所だけを狙うこちらの剣捌きは読まれて防がれて反撃で殺される。
馬で劣るならまず馬を殺してやろうかという気分にもなって来るが、そんな隙を見せたら先に相手に殺される。それにロシエの馬は大きいだけあって人間の腕力で振るう剣では簡単に死なない。
折角生き残った騎兵が半分の更に半分になるのも時間の問題に思えたが、ヤシュート歩兵の射撃でその危惧も失せてきた。
重装槍騎兵に続いて敵の軽騎兵隊が拳銃を構えてやってきたが、誤射が恐いようであまり撃てていない。
そうこうしている内に渡河支援を終えたヴィットヴェルフィム城の砲兵が王国軍の騎兵と、革命軍の予備を砲撃して蹴散らしてくれた。我々はどうでも良いが仲間のヤシュート歩兵が危機に遭っては支援せずにいられなかったのだろう。
目の前の敵軍が撤退を始めた。上流側を見れば渡河したシャルキク、マトラ方面軍の歩兵隊と、遊牧騎兵隊が革命軍を壊走に追いやっている。不利を悟ったのだろう。
逃げる敵を追う体力も気力も我が騎兵隊には無い。
今まで撃ち合いに耐えていた歩兵を見れば、絨毯のように死体が転がっていて、隊列は補充要員がいなくなってまばらになり、厚みが一人になっているところもある。
我が軍は血塗れ。だが勝った!
■■■
勝利の後、デッセンバル公の戦死を確認した。供に戦った者が死んだ姿を見るとどうも、仲間意識が沸いて来る。
そうではないオロム公には聖戦法第二条によって絞首刑の執行を言い渡した。
我が軍は半減以下の一万五千にまで減ってしまった。代わりに敵軍の捕虜、死傷者――怪我人は殺し、歩ける者は全て目玉抉り――は全体の半数以上になったらしい。
そして本国へ手紙を出す。内容は両公の家族の皆殺しだ。デッセンバル公の家族は助けたい気もするが、そんな甘さでは走狗王をやってはいられない。
ゼクラグ将軍には「人間の旧式軍の割りに立派だ」と褒められた。
しかしあの革命軍、新しく編制した部隊というのは聞いていたが騎兵も砲兵もほとんどいなかった。馬も大砲も用意出来ず、扱える騎手も専門家もいないということだろうか? 意外と底が浅いのかもしれないぞ。
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