第207話「ヴェラコ略奪」 イルバシウス
本国の中大洋艦隊が爆発炎上させた巡洋艦の横を通り過ぎる。潮風に混じった熱風を浴びる。
革命の混乱でロシエ海軍が弱体化したと聞いたが噂は事実だった。予測されたより遥かに敵艦の出撃数が少ない。
太鼓の連弾に合わせて櫂船が進む。腕の太い男達が汗と潮に塗れて大きな櫂を複数で掴んで激しく漕ぐ。
流れる敵艦の破片が船体にぶつかってガラガラと鳴る。溺れる敵水兵の顔が波間に浮いたり沈んだりし、時々その浮いている頭に船がぶつかって鈍く鳴る。
目指す先のヴェラコ港の沿岸要塞から砲弾が放たれて着水する。今のところ距離があり、速度を上げているので命中弾は無い。
先頭の旗艦である櫂船の船首へ器用に立ち、拡声器を口に当てて、船が切る風と更に風の魔術に乗せて我が島のヤヌシュフ様が後続の船にも聞こえるように大声を上げる。
「お前ら、分捕り放題だ! 島で使いまくれ! 皆を金持ちにしろ!」
『オーホウ!』
「聖女に血と金を捧げろ!」
『聖マルリカ! 偉大なるシルヴ! 女神ヴァルキリカァ!』
この掛け声がシルヴ様が島を出て行かれた原因だと思っている。毎度この言葉を聞くたびに眉毛がピクっと動いてらした。娘の軍嫌いもこれかもしれない。
戦いの際に聖人の御名を唱えて士気を高めることは聖領騎士団では一般的だ。アソリウス島騎士団は解散こそしたがまだ伝統に残る。
一時は島民の勘違いでシルヴ様を聖女と持ち上げたことはあれど、あれはもう取り消された話なのだ。しかし頑なに生き残りの旧騎士達がシルヴ様の名を口にする。
アソリウス島の聖女マルリカにあやかってその名を口にするのは否定出来ないが、シルヴ様の気分に同調してか娘のマルリカがこれを嫌がっている。同じ名の島内の娘子に年寄りまで嫌がっているわけではないのだが。
「早いもの勝ちだ! 槍と秘跡探求修道会、聖都巡礼守護結社、穢れ無き聖パドリス記念騎士団、スコルタ島浄化救済の尖兵修道会、全てに先んじろ! 奴等にくれてやるのは俺たちの食い残しで十分だ! 行くぞ行くぞ行くぞ!」
『オーホウ!』
島民移民が自然に作った喚声を上げる。兵士達は伝統に則った騎士適格者から、蛮人のようなエデルトとセレードの故郷にいられなかった上に遠い本国基準で入隊してきた連中までいる。獣みたいな奴等ばかりだ。
「聖女マルリカに金! 母シルヴに名声! 女神ヴァルキリカに血を捧げろ!」
『オーホウ!』
どう考えても神聖教徒ではない連中が軍に混じる。ヤヌシュフ様お気に入りの人狼大隊の連中は特に目立つ。アソリウス島に人狼なる言葉はないのだが、その凶悪な面を見てると何となく理解する。
これからこの者達と供に、聖王聖下から王冠を受け取ったがしかしロシエに組するアラック王国軍の北進を足止めする。
アラック軍の妨害をしつつ、余裕があったら命を張った代償に幾ばくか頂戴しても目を瞑る、というのが本国そして聖皇聖下のご意向である。
アソリウス島嶼伯軍として独自に持っている船は全て櫂船である。帆船を使った海戦は本国属の中大洋艦隊に完全に任せることで単純化されている。
昔とは比べ物にならない数の兵士、櫂船を操る水陸両用の兵士八千が水兵そして陸戦兵として進む。
このような軍に編制をされたのはシルヴ様である。島の規模に合わせ、小規模勢力でも他の軍と比べて色褪せぬようにと考えて下さった。万全が不可能なら一芸に特化するのだ。
櫂船船団が接近するたびにヴェラコの要塞砲の命中率は上がり、重砲弾に船体を圧し折られる船も出てくる。
「砲弾だ! 当たれば死ねるぞ! 突っ込め!」
『オーホウ!』
「烈風剣一閃!」
旗艦に直撃するように見えた砲弾をヤヌシュフ様が変な名前の魔術で切り裂き、船首近くに二つになった砲弾が着水。海水を浴びた現島嶼伯にしてアソリウス軍司令官は大層ご機嫌である。
副長として自分も声を掛ける。
「ヤヌシュフ様」
「分かりました」
自分の声を魔術に乗せて皆に聞こえるようにして貰う。妙なところで器用な方である。
「イルバシウスだ。各員、装具最終点検! 銃に弾薬が装填されているか確認しろ! 漕ぎ手の分も確認しろ! 命を捨てろ! 捨てた命は勝利した後に拾え! 聖なる神、聖女マルリカ、先代シルヴ、蒼天の神に極光修羅ヴァルキリカ、各々信じるものに恥じぬ戦いをしろ!」
『オーホウ!』
四十隻から減じて三十八隻が進む。目指すヴェラコの港から警鐘がガンガンと鳴らされているのが耳に入ってくる。
また要塞砲に撃ち抜かれて一隻が砕け散って海の屑になる。三十七隻。
砲弾と弾かれた木片、走る船に撥ね殺されなかった兵士達を救助している暇はない。要塞砲の的になってはいけない。こういう時は潜って泳いで進路から外れろと指導しているし、その訓練もしてある。これで死ぬならそれまでだ。
要塞砲の死角へ先頭の旗艦が入り、至近距離から放たれた要塞砲が後方の船をまた爆散させる。三十六隻。まだまだ七千二百の兵力がある。泳いで上陸する兵士も含めれば損害を受けたと言えない程度。
櫂船が港内に突入する。ヴェラコの港は係留された商船に、陸揚げしたばかりの荷物が溢れている。アラック軍の物資が山積みになっている。
岸壁や船上へ分かれて整列するヴェラコの守備兵から一斉射撃を受ける。
仲間の兵士達が小銃、船の旋回砲で守備兵に撃ち返し、死んだ漕ぎ手と交代する。射撃戦を行いながら岸壁、桟橋、船舶に取り付き、船同士綱で絡めあって連結。
水夫全てが陸戦兵。田舎騎士団の成れの果てと言わせるわけにいかない。
「ヤヌシュフ様と先駆けの上陸を優先しろ! 漕ぎ手一休みしてから後詰で上陸だ! 焦らず! 休んでから進め!」
刀を振り上げ「我に続け!」と烈風剣にて敵兵を派手に切り刻み「我が名はアソリウス島嶼伯ヤヌシュフ・ベラスコイ! 腕に覚えあらば掛かって来い! 大将首が欲しくないかぁ!?」と耳目集めるヤヌシュフ様を先頭に、漕ぎ手ではない元気で疲れていない兵士から上陸する。
漕ぎ手は汗だく。水を飲み、息を整える。一斉には上陸は出来ないので、上陸待ちの兵士達は引き続き射撃を続ける。
上陸しても守備隊が用意した大砲が放つ散弾で兵士達が布片混じりの挽き肉になる。この程度で引き下がるような教育はしていないので兵士達は突撃して砲兵を銃剣で刺し殺す。
銃弾散弾にも一切怯まぬ超人的な人狼大隊が物資の入った木箱で応急に作られた壁へ突っ込んで、その陰から一斉射撃を行う守備隊にバタバタ殺されても笑い、仲間の死体を踏んで足場にして剣に斧、棍棒を手に敵を叩き殺す。敬虔な旧騎士の中でもあれほどの男達はそうはいない。義父ガランドでも奇跡無くしてあのような勇敢さを発揮出来たであろうか?
エデルトとセレード移民の兵士は命を知らぬように前へ出る。小銃での銃撃もそこそこに銃剣を構え、悲鳴を上げる守備隊を追い掛け回す。
一休みした漕ぎ手達が武器を持って上陸する。突撃で死に過ぎたところ、攻撃が出来ていなかったところを攻める。
港で迎撃に出ていた守備隊の数は、殺した以上に恐怖で逃げ散って減っている。
守備隊の撃退後は、兵士達は家々に入って金目の物を路上に放り出して略奪した目印に火を放つ。
興奮した人狼大隊が上げる犬の遠吠えを真似たような奇声を上げる。
船の見張り番を残し、最後に自分が率いる精鋭の胸甲歩兵隊を率いて上陸する。
ヴェラコの守備隊が非番も集めたかまとまった数で大通りで戦列を組んで前進してくるのを確認する。
「整列!」
その敵に合わせて胸甲歩兵も薄い戦列を道幅一杯に組む。
「聖なる神よ、聖マルリカよ! 命を捨てる我々を見届けたまえ!」
『聖マルリカ!』
「前へ!」
我々は銃剣付き小銃を構えながら歩く。敵の戦列も道幅一杯になって、旗手が革命旗と呼ばれる旗を掲げて歩いている。太鼓を鳴らし、良く分からない歌を歌ってる。
「早足!」
早足で進む。敵の戦列はまだ歩いている。距離が縮まる。
百歩の距離になって敵の戦列の動きが止り、太鼓も歌も止る。
「駆け足!」
駆け足で進む。胸甲、兜をつけてこの程度で息を切らす者はいない。
「構え!」
駆けながら小銃を構える。敵の戦列を指揮する士官はようやく小銃を構える号令を出している。
「撃て!」
七十歩の距離で駆けながら足を止めずに撃つ。小銃は新式の施条銃、照準のズレを考慮してやや下、各敵の腹を狙って一斉射。敵の士官も含め、その最前列のほとんどが倒れる。
「投擲用意!」
五十歩の距離に至り、ここから駆け足の勢いのままに投擲の足取りに移る。敵の戦列は士官を失ったが小銃を構える。
「投げろ!」
銃剣付き小銃を投げた後に敵の驚く顔が見えた。奇抜な行動であると分かっている。しかしそれで一瞬でも動きを止められたのなら十分だ。
投げた銃剣付き小銃が敵の戦列に突き刺さり、刺さらずとも構える小銃を叩いて狙いを狂わせる。
「駆け足前へ! 拳銃用意!」
投擲から直ぐに駆け足に戻りながら各自拳銃を手に持つ。
敵の乱れた銃撃を受ける。厚く重い兜と胸甲は真芯に捉える銃弾以外は弾き、勢いが悪ければ凹む程度。脚に受ければ倒れるが、片腕程度なら反対の腕を使えばいい。銃弾の衝撃で胸骨が砕けて動けなくなる者もいるが。
「撃て!」
三十歩の距離でほぼ外しようの無い拳銃射撃で今の敵前列を撃ち倒す。
「抜剣! 突撃に進めぇ!」
『聖マルリカッ!』
拳銃を捨て、長剣を抜いて肉薄する。敵兵が突き出す銃剣付き小銃の銃身を叩き落とし、やや振り上げると同時に腹を刺し、同時に素早く抜く。我々の剣術の基本は腹を刺し、抜くことに始まる。
各自敵の腹を刺すことを基本に攻める。槍のような銃剣付き小銃は間合いが遠いので銃身を叩いて落としてからが戦い易い。
突き出される銃剣は剣で払うも良いが、あえて胸甲で受けて同時に剣で叩き殺してやると攻防合わさって効率的。
初めは銃剣の槍襖で戦い辛いが、押し込んで乱戦になってくるとこちらのものだ。
乱戦になったら目の前にいる軽装の敵目掛けて力任せに剣を上下に振って叩きまくるだけでバタバタと頭に肩を斬って割って殺せる。こうなると高度な技術を見せるよりも一心不乱に叩き殺す気迫を見せて押し込んだ方がかえって良い。日頃の修練があれば無心になっても自然と刃は急所を捉え、銃剣を弾いて次の攻撃を繰り出す。
たまに身を合わせるように接近することもあるが、その時は片方の手に持った短剣で腹を刺して大きく回して抉る。
蹴りも大事だ。振る長剣で敵の視線を上に持っていき、その隙に鉄で固めた長靴の踵で蹴る。膝も脛も我等の鍛えた蹴りなら一撃で砕ける。腹なら跪かせる。頭なら殺せる。倒れた敵はまだ生きているかもしれない。その腹や胸に首、顔を強く踏み込んで前へ出る。
無心に敵を叩き切り、蹴って潰し、時折腹への刺突も交えていると目の前に敵がいなくなり、しかし側面にはいるようになる。横から無防備な敵を斬り殺す。
段々と敵は減る。他所の戦いを終わらせて駆けつけてくる他の兵士が参戦する。
守備隊の主力を壊走させた。
負傷兵の後送と敵生存者の殺害を兵士達に命じてから、ヤヌシュフ様がどこで暴れているか探す。
「お前童貞か? 童貞だろ!? 女神が喜ぶ!」
と男にしては長めの金髪が美しい少年の頭皮を生きながら剥いでいる人狼兵に尋ねる。
「ヤヌシュフ様を見なかったか?」
「えっと、砲台なら一人で十分だって、確か言ってましたよ」
「お前、単独行動を許したのか?」
「あ、いや、その、ご領主なら大丈夫かなって、へへへ。マズいっすか?」
「馬鹿者。お前も来い」
「あの、これ」
「後にしろ! 誰が横取りするか」
「はい」
ヤヌシュフ様が供もつけずに突入したらしい沿岸砲台の裏側の方へ走って向かう。胸甲歩兵が減ったので道中適当に兵士を選んで引き連れて行く。一人で落としてやるとばかりに暴れている姿が目に浮かぶ。
ヤヌシュフ様の烈風剣とやら、気違いに何かという程に切れ味恐ろしい。砲台に近づく度に、骨肉だけではなく武器装具に地面や壁の石まで丸ごとズタズタに引き裂かれている死体が転がっている。
海を向いた砲台の裏側から入る。その内部は血塗れの肉片だらけで、わざと塗装でもしたかのようだった。
「ヤヌシュフ様! 戦死してないならお返事下さい!」
「ご領主! 生きてます!?」
「あ? どうしたぁ?」
ヤヌシュフ様が樽を担いで奥の方から現れた。
「何故一人でおられるのですか!」
「いや、副長、その、ごめんなさい」
非を指摘するとすぐにしょんぼりして謝るので非常に追求がし難い、そういう顔をする。シルヴ様に似てらっしゃるので言葉がいつも続かない。
「何を担いでいるんです?」
「火薬です。ここの要塞砲は大きいから火薬も一杯ありました!」
「そんなものは指揮官が運ぶものじゃありません。お前」
と人狼兵を指差す。
「が船に運べ」
「へーい」
「ヤヌシュフ様行きますよ」
「はーい」
高台にある砲台から港の方へ降りようとしたら丁度、聖皇聖下の御名の下に派遣された槍と秘跡探求修道会、聖都巡礼守護結社、穢れ無き聖パドリス記念騎士団、スコルタ島浄化救済の尖兵修道会が上陸を始めていた。こちらに比べれば各騎士団は千人以下で慎ましい。
既にヴェラコの町のほとんどから火の手が上がっている。制圧した地区がかなり広がっている。
襲撃も大体終わりだと思ったが、何とその四騎士団が荷運び中の我が兵士に文句をつけている姿が見える。
「ヤヌシュフ様、後乗り騎士団の盆暗どもが我々の成果にケチをつけてます!」
「何ぃ!? あれは私に任せて副長は荷の収集を急いで下さい。時間を稼ぎます」
「分かりました!」
ヤヌシュフ様は高台の要塞から身を投げ出し、養子とはいえ親類か、風の魔術で半ば飛行するような、滑空に近い形で港の方へ降り立つ。あの才能がもう少し統治者として相応しい態度に向いていれば!
「副長! この大砲、金になりますかね!?」
「こんなの船に積めるか。いいから火薬だけ運べ!」
「へい」
港を見れば兵士達は順調に船へ積載している。
それに対して四騎士団の連中が指差して怒鳴り、あまつさえ妨害さえしようとしている。
「聖なる軍務を忘れて略奪に走るとは恥を知れ!」
「聖戦を知らぬか蛮族が!」
盆暗共の言葉は全てフラル語なのでエデルトとセレードの兵士達には通じていない。
ヤヌシュフ様が彼等の面前に立って、支離滅裂ながら「これは軍事費の補填である!」と正論のような弁舌を始めた。
「横着しないで外側の船から積め! 後から積む時、苦労するぞ!」
「了かーい!」
エデルト人もセレード人も野蛮人だが金の大切さは心得ている。ヤヌシュフ様が口で四騎士団を抑えている内にも収集を止めない。
どんどん積みなさい。シルヴ様の艦隊を維持するには我が島の義務である。油断せずに資金を確保しなければいけない。
略奪品は洋上で魔神代理領のフラル会社に売却する。そして売られた品々は帝国連邦軍に卸されるか、換金されてその金で諸々の物資となり同じく帝国連邦軍に卸される。シルヴ様無くば烏合の衆同然だった我々だが今は違う。
砲台のある高台に上って気付いたが、町外れに教会が岬に建つようにしてあるのを発見した。岩場の陰にあって気付かなかった。
「あの教会へ急ぐぞ! 信仰に必要な物だけは残すようにな!」
華美で堕落した教会を本来の姿に戻しつつ我々の艦隊を維持する助けとする。誰も損をしないのだから聖なる神も喜ばれるだろう。
この巡り合わせこそ聖なる神のお導きだ。聖なる種の形に指を切る。
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