第206話「ロシエ侵略の始まり」 ベルリク

 帝国連邦からオーボル川沿いまで、モルル川沿いを基本に二線で西進。ヤゴール方面軍はオルフ経路、イラングリ方面軍は中大洋北岸経路を利用。旧中央同盟諸国との摩擦以外は大きな問題は無し。

 補給線への負荷を軽減する試みは成功した。一応の友好勢力圏の通行なので、本国から送る物資の他に他国商人から道中で買い付けが可能であり、飢えとは無縁。

 オーボル川東岸からバルマンへ王領から六軍並列し――ワゾレ方面軍の背後にイラングリ方面軍が続く形なのが一つ例外――それからバルマン領内に入り、いつでも戦闘に入れるように各軍を合流させた。

 北部でユドルム、ヤゴール方面軍が合流。ストレムが総指揮。

 中部で中央軍とワゾレ、イラングリ方面軍が合流。自分ベルリクが総指揮。

 南部でマトラ、シャルキク方面軍が合流。ゼクラグが総指揮。

 アタナクト聖法教会の情報網が捉えた情報だと、ロシエ軍の動員の程は、人員の集めやすい防衛戦争の傾向があるとはいえ驚愕の数値と言って差し支えない。

 まず王都シトレ方面から、我が軍を迎撃しようと動くセレル七世率いる王国軍が四十万。国内兵力全てで四十万ではなく、一方面軍である。

 またその王国軍を補強するためのフレッテ侯主導の予備軍が北部の兵士を掻き集めながら現在五万名に達し、別のビプロル侯主導の予備軍が南部の兵士を八万も集めてシトレを目指しているという。兵士の練度と装備は悪いらしいが、この人数を脅威ではないと言う心算はない。

 これとは別に共和革命派支持者の多いロシエ南東部からは、愛国募兵法によって召集された革命軍が訓練を終えて二十万という大軍に編制されて王国軍の南翼を補佐している。民兵に毛が生えた程度とはいえ二十万という数値は無視できない脅威だ。

 それから聖皇派になったと思われていたアラック王国だが、ロシエを支援して軍を派遣している。十五万と見積もられているその軍はアラック、アレオン、南大陸殖民地軍で構成されており、歴戦の猛者が多いと言われる。これが二十万の革命軍に合流されたらかなりの強敵に成り得る。

 ロシエ内戦の一時終結の立役者であり共和国派の長のロセア大統領にして元帥の軍八万が、ランマルカ海軍と共同してユバール連合王国を降伏させてから南下し、別行動をしていた新大陸軍五万との合流を目指しているという。

 多少の誤差を含んで、戦闘要員だけではなく後方要員を含んでも神話に出てくるような”とにかくたくさん”を意味する百万軍隊の実現だ。こちらも遠征軍で四十万を実現しているあたり、結構なものだが。

 おまけのユバール戦線ではユバール連合王国は降伏したものの、エデルト軍を頼みに東部諸侯は降伏を拒否して共和革命派に下ったユバールとの対決姿勢を見せている。王のマルフレックは降伏で退いたのでユバール貴族派とでもいうべき勢力に落ちた。

 今回の友軍であるエデルト=セレード連合王国近衛総軍の兵力は第一から三軍までが出兵していて総勢十二万。シルヴがいることから砲兵戦はまず負けなしといった強力な軍であるのだが、降伏で発生した革命ユバール軍とランマルカ海軍の艦隊と海兵隊という圧力、そして役に立たない割りには守ってやらないといけないユバール貴族派がいて身動きが取れなくなっている。

 それから南部の中大洋沿岸の国境地帯では、ロシエ南部軍十二万と南部諸侯の聖戦軍十万がにらみ合っているのだが、兵士が毎晩酒を飲み交わしているようなお気楽な状況らしい。あの辺りは言葉が方言程度に違うだけで民族意識もかなり近い。


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 バルマン商人の商品在庫が乏しく物資の買い付けが現地で出来ず、友好勢力なので略奪も出来ず、荒野に進むような物資の消耗率となることが見込まれる。補給面だけで考えれば早く前進し、ロシエ領内に入って住民の口数を減らして根こそぎ略奪するのが最善。

 自領内に敵である我々を侵入させたくないロシエ軍としてはこちらの前進に合わせ、バルマン領内で戦いたがるだろう。積極的に軍を東へ押し出してくる傾向が出るだろう。傾向が予測出来る分、こちらに戦場を選ぶ権利が生まれる。はず。

 ブリス川を越えてからワゾレ方面軍とイラングリ方面軍と中央軍が合流した。

「嬉しい! 総統閣下のお近くで戦えるんですね!」

 ワゾレ方面軍司令ジュレンカが胸に飛び込んでくる。両手を自分の胸に当てて抱きつかず、上品に乙女っぽい。

 次にザラが「どーん!」と言って体当たりしてきた。ジュレンカではなくヤーナちゃんの真似っぽいが、めちゃくちゃ可愛い。どうしてやろうか?

 イラングリ方面軍の司令官、チャグル王ニリシュはこの二人のように親密な感じではない。辛気臭い。

 新任司令官のニリシュ殿だが、ここまでの行軍で何かアホなことはしていない。演習成果も良好。教導団からも優秀との評価を得ている。玉に瑕が無い。

「ロシエ軍との場所取り競争を頑張って貰いますよ。偵察伝令、そして斥候伝令狩り。これはしつこいくらい行って下さい。教導団からも指導されていたと思いますが、これで大勢が決まります。昼夜問わず、広く遠く密に、そして友軍攻撃に同士討ちも恐れず、同士討ちになっても情報が損失しないような規模で行って下さい。これを完璧に出来るのなら兵力を半減させたって痛くありません」

「はい、心得ました」

 何か固いな。

 補助軍としては多少期待はしているバルマン軍は編制中である。解体されたわけじゃないが、親ロシエ派の説得とか、王冠を認めさせるとかあるのだ。大変だね。参戦したところでどう扱ってやろうか?

 編制に手間取る程度にはバルマン諸侯は不穏である。中央に従わない諸侯というのは信用ならないものだ。敵対するのなら遠慮はしない。

「各所とバルマン王に伝令。敵対するバルマン諸侯は勿論のこと、態度を決めない諸侯も攻撃対象」

 これはオーボル川を渡河するときに喋っておけば良かったことだ。失敗だな。この伝令のやり取りで発生する齟齬で要らぬ敵が増えてしまったかもしれない。

 もしかしたらこの中途半端な時期に通達を出すことによりバルマン諸侯の離反を防いだ、みたいな流れもあり得るが。

 正解は歴史に聞こう。


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 バルマン王国を横断する。敵味方とわず妨害行為は粉砕し、予防する。

 我が軍には略奪暴行は許さないが侮辱されたら殺せと指導してある。

 権威の弱いバルマン王の警告が広まっていないせいか地元の住民、兵士との衝突があった。我々の目標は戦闘行為にあって、ロシエの撃破ではない。

 各隊には現地案内役のバルマン士官が随伴している。真面目で正直と評判のバルマン人は我々の正当防衛をきちんと認識してくれた。

 保安隊の妖精が「一列に並んで並んで! はい笑って! 皆、いーかおー!」と拘束した者達を整列させて銃殺して回っていたことには抗議が入ったが。

 親ロシエ派民兵は根拠地毎皆殺しにした。焼討にしようと思ったが、それは王の財産ということで出来なかった。

 同じく親ロシエ派反乱諸侯も皆殺しにしただけで、戦闘行為での建造物破壊以上の破壊は王の財産ということで出来なかった。

 これらの小競り合いでバルマン王直轄領が拡大する結果となった。領主が死ねば普通は継承権を持つ誰かが相続するものだが、反乱に対する罰ということで継承権は否定された。

 そうなるとまた反乱勢力が現れる。石を投げれば当たるような程度の下級貴族ならともかく、領主級の継承者ならば武力で訴えることが出来る。そういった反乱勢力はヴィスタルム王の願いもあって、バルマン王直轄のエルズライント軍が制圧に当たる。我々では皆殺しにしてしまうからだ。

 とりあえず挙兵してから譲歩を狙い、交渉に入る領主がいる。

 頭に血が昇りやすく、浅い考えでいきなり戦闘に発展させる領主だっている。

 ロシエ軍が西側で軍勢を揃えているというのにここぞとばかりに敵対領主を打ち倒そうと横槍を入れる領主もいた。

 ロシエ国境側ではロシエに鞍替えしようとする領主に、それを阻止しようとする領主もいる。

 戦火が連鎖してあっという間にバルマン内戦に至る。エルズライント軍だけでは手が回らなくなる。しかし時期が良かった。我が軍がバルマン領内全域に、既に攻撃態勢を整えた上で存在した。

 まとまらなければ弱小勢力の諸侯軍など相手にならない。実戦演習と考えればかなり良かった。実戦を知らない者達も結構いたので、度胸付けとしては最良の部類。

 戦いの手順としては、ルサンシェル枢機卿を使ってバルマン王に忠誠を誓うかどうかを確認してから、誓わない領主の軍を撃破。拠点に引き篭もったら降伏の是非を問う。降伏するなら随伴するバルマン士官に任せ、しないなら敗残兵共を駆り立てて砲弾を後追いさせつつ突撃させる。陥落したらこれもバルマン士官に任せる

 演習がてらの小規模戦闘を繰り返しながら西進し、領地財産の没収や、バルマン王に忠誠を誓う諸侯への没収領地の分与が行われ、内戦前よりバルマン王の権力は強化された。死を恐れて態度を中途半端にしていた領主もバルマン王に忠誠を誓う。

 ヴィスタルム王は仕方なく王になったと顔で喋っていたクセに中々、身内殺しをする姿が似合っていた。王の自覚はあるようだ。

 バルマン軍の再編は適当な言い訳で軍の召集を渋っていた諸侯がいたせいで停滞していたが、内戦で各軍は召集されてしまった後なので速やかに行われるだろう。

 友軍であるバルマン軍も強化され、我々とバルマン人の間にあった誤解も解かれて結果は良好だ。


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 ロシエ王国軍がシトレ方面から東進、バルマン領内に侵入しつつあると報告が来る。同時に新しく編制された革命軍も東進して同領内への侵入を試みているという。

 まずやることは敵軍の位置と地形を偵察してその情報を伝令が司令部に伝える。それと同時に敵の斥候、伝令を狩る。可能なら敵の先遣部隊も撃破する。

 そして敵主力と会戦する時に取るべき丘や橋などの要地へ暫定的に兵力を配置して確保させる。これは同時に場所の確保をしている敵を排除する行為でもある。

 ここまでやるのなら大兵力が必要。まずほぼ騎兵で構成されるイラングリ方面軍六万全体にその任務を任せる。複雑なことをしなくてはいけない。ニリシュ王のお手並み拝見だ。

 かなり緊張しているだろう。個人的な伝令を出して、一言耳打ちに「失敗してもいいからやれ」と囁かせに行かせた。これは演習で、帝国連邦の行く末を左右するわけでもなんでもない。

 こうしてイラングリ方面軍が先駆けとして戦場を調整する。

 その背後、南側をワゾレ方面軍、北側を中央軍が進む。そしてその中間に、任務に合わせて編制したレスリャジン軍を、両軍よりやや突出する形で配置する。内容は親衛千人隊に親衛偵察隊、親衛レスリャジン一万人隊の男女。予備兵力であり、それと自分が戦いたくなったらすぐ前へ出られるように。

 編制された革命軍も同様に東進してきており、ゼクラグが率いるシャルキク方面軍とマトラ方面軍が対応に回り、我々の南翼をアラック軍の到達を見込んで防御しつつ、可能ならばロシエ王国軍を半包囲すると報告が来ている。

 またストレムが率いるユドルム方面軍とヤゴール方面軍はロセア大統領の直轄軍と新大陸軍の合流を阻止するべく、推定合流地点のジュオンルーへ攻撃を開始するという報告が来ている。

 こちらが相手をするロシエ王国軍は兵力が四十万と多く、地の利はあるものの行軍は酷く遅い。早速イラングリ方面軍の斥候が入手した情報によれば、大軍を左右に展開して正面を広げた隊形を作っているという。

 ニリシュ王には、要地の死守には拘らずにロシエ王国軍の展開幅に合わせて従来の任務を続行する、ようにと伝令を出す。幅が広がればイラングリ方面軍も忙しくなる。そこで予備兵力である我々の仕事が始まる。

 軍全体の指揮は副司令のゲサイルにお任せして仲良く楽しく身内で騒いで進む。中央軍の騎兵戦力はニクールの黒旅団がいるので問題ないだろう。

 レスリャジン軍前進。道中すれ違うイラングリ方面軍の面子に挨拶しながら通過する。

 騎乗したまま、通り掛けに会ったニリシュ王の面を見に行く。

「やあニリシュ王。楽しんでるかな?」

 笑顔で挨拶したら、作り笑顔で返された。

「総統閣下、お疲れ様です。大きな問題は発生しておりません」

「それは良かった。でももっと、楽しんでやりましょう。部下から戦死者を出すことに躊躇う必要はありません、積極的にやりましょう。私は今からレスリャジンの連中と一緒に攻撃して来ますので。そちらも機会があったら適当に軍でも編制して一撃離脱でも何でもやってみて下さい。突けば敵の脚が止まってロシエの両翼展開も鈍るでしょう。結局何をしたら正解なのか分からないのが戦場ですから、まず主導権を握って、それから考えましょう」

 腹の前に座らせているザラも「かんがえましょう!」と賛同する。

「参考になります」

 固い。

「固いなぁニリシュくん!」

 ニリシュの近くに馬を寄せて、その腹の前にザラを乗せる。

「こんな戦争、真面目にやる必要はないぞ! 勝つためじゃなくて敵をぶっ殺して遊ぶために来たんだ! 仕事じゃない、遊べ!」

 ザラがニリシュの顔を見上げて「ニリシュさま、えへへ」と、とりあえず笑う。しかし女の子の笑いに釣られるほどにニリシュに余裕が無い。

「代理の指揮官はいるか?」

「はい、いますが」

「じゃあそいつに任せて付いて来い」

「え?」

 馬を前に、ザラは預けたまま進める。

「おーい、ザラこっち来い!」

「はーい! ニリシュさま、はやくいきましょう!」

 総統閣下の娘をそのままにしておくわけにはいかないとニリシュが苦い面でついて来る。

「横に来て並べ!」

 ニリシュ王の幹部達が後は任せろと頷いて、やっとニリシュが無駄に覚悟を決めた顔をした。

 カイウルクが口笛を鳴らして拍手して、お前らもやれ、と手を振ってレスリャジンの皆が拍手喝采で歓迎する。


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 レスリャジン軍前進。イラングリ方面軍の騎兵網を抜け、馬と寝て数日。

 道中にロシエ騎兵と鉢合わせること数回。魔神代理領で開発された強弓と新式の弾丸を使う施条銃により騎乗射撃で全て狩る。

「ありゃ農民馬だな。騎射もできねぇ農民が土穿るのに使う」

 悪い馬に乗った騎兵にはそんな感想が出る。

 ロシエ侵略の始まりにしては静かな立ち上がりかな?

 生捕りにした敵兵から情報を吐かせて記録を取り、吐いた奴だけ無事なまま、吐かない連中の目玉を抉って連れて帰らせる。記録は逐次伝令に持たせて後方に送って共有させる。

 前へ進む程にロシエ兵との接触の機会が増える。

 新式の施条銃は旧式大砲並みの射程距離があるが、そんな長射程を生かすのは普通は難しい。そんな遠距離まで良く見通す程に目が良い人間は少ない。

 だがこちらは遊牧民である。敵が騎乗の我々を視認出来ない距離から良い目で発見し、高い場所を馬の脚で素早く取って狙撃する。

 集団で街道沿いに敵の連隊が固まって行進しているときなど愉快な程。ノロノロと歩いているところを半包囲して一斉に銃撃を仕掛ければ混乱する。ロシエ語で「羊の方がマシな逃げ方をするぞ! ハーハハ!」と煽ってやれば、気を取り直して隊列を立て直すのでもっと良い的になる。皆笑ってしまう。

 雨が降っても小銃は雷管式なので撃てるが、敵の小銃は火打ち石式で不発が多い。一方的に撃てる。鴨撃ち以下だ。

 素早く逃げる敵の騎兵隊は、馬上から弓矢で射掛けながら追いかけた。いくら敵の馬が我々の馬より速くても矢よりは遅かった。走っている時に装填は困難だが、小銃で撃って当てるのも不可能な技ではない。矢は比較的遅くて敵の未来位置を予測しないと当て辛いが、銃弾は一瞬で着弾するので扱いによっては弓より当たる。

 時に待ち伏せのように敵軍が配置されていることがある。まずは射程距離外から銃弾と矢を浴びせる。敵が嫌がって部隊を前に出せばゆっくり逃げながら弓の背面騎射で矢を射掛ける。騎兵が素早く追ってくるなら素早く矢を射掛けながら逃げて、高所に陣取る味方のところまで逃げて、追撃で疲れている敵騎兵を一斉射撃で撃退。そこで撃退した敵騎兵を弓で射掛けながら追って全て狩る。

 捕虜にした敵兵は可能な限り目玉を抉って腕を潰して送り返す。最近のロシエでは重傷でも直ぐに治せるという治療の呪具が流行っているそうだが、丸ごと切除した器官を再生させるほどではないらしい。目玉は視神経からちゃんと切り離し、腕は手首を切断する形にする。以前まで目潰しは串を刺す程度で済ませたりしていたこともあるので要注意。

 ニリシュは、王とは最高の戦士であるという古くからの慣わしに則った若者だ。弓の扱いも小銃の扱いも相当なもので、拳銃の扱いぐらいしか自分は敵わない。

 拳銃といえば面白い戦い方を編み出した。編み出したというほどではないが、回転式拳銃を両手に、敵に接近して撃ちまくるのである。

 突撃兵の戦術を馬上でやった程度でもある。撃鉄を上げて引き金を引くという動作が片手で出来るので、他の余計な動作をしないで十二連射が可能だ。予備も合わせて今は四丁を持っているので二十四連射が可能。直接刀でぶった切る感触は無いものの、一人でロシエ騎兵を二十騎近く撃ち殺した時はスゲェ楽しかった。ザラも子供用拳銃の毒塗り弾で一騎仕留めた。

 ザラは天才なだけじゃなくて根性も座っている。三歳にもならない内に養子に出したリュハンナに”ほーはー”と声を掛けただけはある。

 皆でワイワイ楽しくロシエ兵を殺して回る。頭や気ではなく体を使うことに専念しているとニリシュ王も段々と解れて来て、自然に笑うようになってきた。自分から千人隊をいくつか借りたいと言い出すぐらいにまでなった。慣れないと話しかけ辛いむっつりアクファルとも雑談するぐらいになった。

 敵は雑兵ばかりではなく有名なロシエの重装槍騎兵と遭遇することもあった。

「見ろよあの馬、倍は俺達のより重いぞ」

「デケぇな、ラクダかよ」

 そんな感想が出るくらい馬の体格はすこぶるよくて筋骨隆々。走りは短距離ならば我々の馬より速かった。

 まずは走って逃げる。逃げながら背面騎射で小銃射撃。重装槍騎兵は射撃被害を軽減するために、広く散開する隊形を取っていたので命中率は比較的低かった。

 小銃の次は弓に持ち替える。重装槍騎兵とは言うものの、騎手は兜に胸甲を装備しているが、馬は大昔のように甲冑で身を固めているわけではないので矢は馬に抵抗無く刺さる。大型の馬なので根性がある馬や致命傷を免れた馬はそのまま突進を続ける体力がある。だが全て毒矢なので続々と死ぬ。

 しかし流石精鋭の重装槍騎兵、距離を詰めて拳銃射撃をしてきて被害が出る。その前にこちらも拳銃射撃で応戦するが、流石に雑兵の騎兵と違って死ぬけど動揺しない。回転式拳銃なのでかなりの数を撃ち殺せるが。

 矢は至近距離の方が距離で勢いが減衰しないので強い。槍の間合いへ入る前に矢を射て相手を倒す。槍の間合いでも、剣の間合いでも恐れないのならば弓で相手を射れる。

 重装槍騎兵の接近に気付けなかった部隊は結構な死傷者を出した。

 気付けた場合は偽装撤退からの待ち伏せ部隊による小銃射撃で撃退、弓を使った走りながらの追撃で殲滅。長距離を走る能力は我々の馬が優れているので上手い逃げ方が出来た部隊からは無傷で勝利したという報告も上がっている。

 精鋭騎兵の相手はかなり手古摺るものだが、そんな良好な騎兵隊ばかりなわけはない。密集しなければ射撃を受けると瞬く間に壊走してしまう敵の騎兵隊は多く、士官を狙って殺せばあっという間に瓦解してしまったという報告の方が多い。槍の扱いが下手で接近されても全く脅威ではなかったという報告もある。


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 日数も過ぎてロシエ王国軍主力が接近するたびに戦況は激しくなってくる。

 待ち伏せ部隊の密度が増えてきた。林に隠れた、施条銃を装備した散兵からの銃撃で被害が増えてきた。これは中央同盟戦争でもやられたので演習段階から注意を促していたが、やられる時はやられてしまう。

 前進を止め、後退しながらの戦闘に移る。

 基本の偵察は欠かせない。待ち伏せ部隊に最大限警戒しつつ、敵に遠距離射撃を加えながら情報を集める。

 情報を元に、まとまった部隊を出して撃破出来そうな敵部隊を襲撃する。

 目玉を抉った捕虜を使って囮とし、それに踊らされて救助しに来る敵部隊を襲撃する。これは大規模な敵相手でも、小規模な敵相手でも中々使える手だ。人間は優しい。

 初期には見かけなかった敵砲兵隊は襲撃対象として魅力的であるが、護衛の兵士が多いので手を出し辛いことも多い。夜襲や夜明けを狙った攻撃を上手く使うが、無理攻めはしない。

 一番大事なのは、バルマン人の畑や家を焼いて焦土戦を行って後退することだ。

 焼討しながら後退し、イラングリ方面軍の騎兵網に戻る。

 後方を退く前に、勇敢に先陣を切ってやってきたロシエ王国軍の歩兵師団を騎射で一方的に弱らせておき、連携したイラングリ方面軍の第六ニ騎兵師団”西イラングリ”の先頭を槍騎兵、後続を銃騎兵にした騎兵隊が『ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!』と三つ唱えてから『ラララララ!』と巻き舌で奇声を上げながら騎兵突撃を敢行。

 強く激しい衝撃力は馬も騎手も優れた槍騎兵が発揮。射撃でボロボロになった敵兵の隊列が崩れる。

 衝突後の敵兵の殺傷は騎兵小銃と刀を持つ並の馬と騎手が担当する。隊列を崩した敵兵へ小銃で騎射して確実に頭数を削り、刀に持ち替えて頭を割りに行く。

 第一陣がそのように衝突し、第二陣が後押しし、第三、第四と迂回した騎兵隊が統制が崩れた敵歩兵師団の各所へ『ラララララ!』と奇声を上げて突撃を繰り返す。

 衝撃と火力の経済的な組み合わせであろう。敵歩兵師団は、我々も手伝った追撃を行って殲滅された。

 ”西イラングリ”の弓騎兵はこの追撃時に出動し、戦いで疲れた槍と銃騎兵を組み合わせた騎兵隊はその場で残敵掃討に当たった。

 生捕りにしたロシエ兵は同じく、目玉を抉って手首を落として敵陣へ送り返す。こんな治療しても任務に使えない連中相手に、貴重かどうかは知らないが彼等は治療の呪具とやらを使い、無限に存在しない水と食糧を分けて、元気な正規兵より優先して雨露を凌げる天幕の下で寝かせるのだろう。

 プラヌールの族長カランハールが自分のところへやってくる。拍手で迎えると照れ笑いをしている。

「槍騎兵の質を下げないで補う戦術、良い感じですね! 追撃部隊も新鮮だ」

「はい。あれなら馬上で槍も弓も使えない連中でもそこそこの騎兵に出来ます」

「素晴らしい戦訓です。次の軍再編時に役立ちます」

「そうですね、ありがとうございます」

 その後、ニリシュとも別れる。存分に体を動かしたおかげかスッキリした顔になっていた。


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 前哨戦は終わった。これからはガッチリと組み合って殺し合う。

 イラングリ方面軍の騎兵網より後方に下がり、レスリャジン軍はしっかり雨露の凌げる幕舎で休む。鍋で煮て飯を作って食う。

 負傷者は重傷者を優先にアタナクト聖法教会から派遣された治療奇跡使いと、グラスト分遣隊の治療魔術使いが治している。率先して先頭に立つよう奨励、指導している老兵達が目立つ。ちゃんと言うことを聞いている証拠で何よりだ。

 この戦闘は何日も断続的に続く。一日の決戦で終わる軍量ではない。

 騎兵網が作った対ロシエ王国軍の陣地をゲサイルに教えて貰う。

 我々レスリャジン軍がロシエ王国軍の中央を攻撃し続けたお陰でこの地点は非常に良い地形を取れた。中央軍がこの地形で陣を構える。

 中央軍と連携出来る距離で、都市とポーエン川を防衛線に出来る場所が確保出来たのでここにワゾレ方面軍が陣を構える。

 ここまで問題無し。非常に防御が固く、四十万の軍だろうと抑えられる。

 問題は北側、イラングリ方面軍が配置されているのだが、昼夜問わずの強行軍で突進してきたロシエ王国軍の一個師団一万五千が、中央軍との連結地点にあるエムセン市を素早く占領した。ここを橋頭堡にされると中央と北側が分断される。またそんな好機を確実にすべくロシエ王国軍は後続部隊を続々と派遣しており、その迎撃にイラングリ方面軍が部隊を出しているが守りを疎かにできず大軍が出せない。

 イラングリ方面軍は最北翼での陽動作戦に引っかかってこの突進を許したそうだ。丁度、騎兵網を畳んで後退する時にやられたのでその場にいた部隊への救援も遅れたらしい。そこのエムセン市の非協力も原因に含まれている。まともに戦わずに降伏した様子らしい。

 既に北から南までロシエ王国軍は長大に部隊を張り付かせつつあり、防御が一番弱い北に陣取るイラングリ方面軍が弱点になっている。レスリャジン軍が前線に出ていなかったら即時対応出来たかもしれない。

 まずは男女のレスリャジン一万人隊をカイウルクに指揮させ、エムセン市目掛けて集結中の後続部隊を攻撃させて敵の増量、集中を防ぐ。

 そして素早い都市攻略に主眼を置いた分遣部隊を作ろう。

 親衛千人隊と親衛偵察隊はお馴染みに、大砲を運ぶと鈍足になるので代わりのグラスト分遣隊五百、そして脚の早い第ニ山岳師団”ダグシヴァル”一万を率いて向かう。

 到着すると「主力軍来た!」「これで勝てる!」と、予備兵力代わりに出張り、エムセン市を監視中の”三角頭”の歩兵連隊が出迎えてくれる。

 攻略の段取りは奇をてらったものではない。

 グラスト分遣隊の集団魔術が発動。バルリー侵攻時に見せてくれた土砂津波で城壁を基底部から崩して崩壊させる。

 それから露払いの集団魔術に移る。”火の鳥”のような火の鳥が出現したと思ったら、姿を徐々に薄らせつつ、しかし熱気で空気を歪ませながら倒壊した城壁部分を中心にエムセン市を通過。音も無く、そして熱気に焼かれる敵と住民の悲鳴、誘爆する小銃火薬の破裂音が連続して響く。

 ダグシヴァル王変なデルムがこっちを見て、あそこに突っ込むのか? と視線を送って首を捻る。

 その心配はご無用で、三度目の集団魔術ではただの突風が吹いて熱気を飛ばす。

 手を振り、変なデルムを先頭に”ダグシヴァル”が『グベェ!』と山羊頭の不気味な鳴声、喚声を上げて倒壊した城壁へ突っ込む。

 ダグシヴァル族は岩山も苦にしない健脚で進み、集団魔術で混乱している隙に市内に突入して高所を取って銃撃と、槍や棍棒を使った白兵戦で制圧区域を広げる。

 家の屋根どころか塔や内城壁も、煉瓦等のわずかな出っ張り、ひびのへこみを蹄で蹴って道具も使わないで登攀するダグシヴァル兵は複雑な地形でこそより実力を発揮する。市街地もその範疇。

 ”ダグシヴァル”が市内への突破口を開いたところで親衛千人隊が突入。市内の道沿いに一通り掃除して回りつつ、要所要所で下馬して歩兵になって敵兵と撃ち合う。後から続いて歩兵連隊が突入し、突撃兵を先頭にして建物に篭る敵や、敵と同等の住民を制圧する。

 住民がバルマン語で命乞いをしているが、何を言っているかほとんどの者が分からないし、さして聞く耳も無いので殺していく。

 跪いて手を組んで涙ながらに何か訴えれば命乞いと分かるが「丁度良い位置に頭があるよ!」「変な人間!」と突撃兵が棍棒で叩き割るのが常。

 ダグシヴァル族は見慣れぬ住民とロシエ兵の区別などしないで皆殺しに掛かる。その恐ろしい、神聖教徒が絵本で知るいい加減な悪魔の想像図にそっくりな姿に住民もロシエ兵も怯えて竦み「グベェ!」と一声咆えれば戦意喪失する。怯える相手に容赦することもなく高い筋力で振るわれる棍棒に住民の頭が砕ける。

 ダグシヴァル族伝統の、エルバティア族との戦いで培われた槍で死体を貫いてそれを盾にして突っ込む戦法もかなり精神的に敵を追い詰めている。

「親父様よ、冗談ではなく奴等の見分けがつかん。同じ顔と服に見える」

 変なデルムがちょっとマズいと思ったのか言い訳をする。バルマン住民は一応味方である。敵のロシエ兵に市を明け渡している時点でそう判断する気はないが。

「しょうがない。全部殺せ」

 ここの敵は民兵の比率が多く、民兵服は住民の平服に似ていると言えば似ている。遠目だと我々でも区別は難しい。

「そうだな! さっき市長みたいな奴を殺しちまったけど、しょうがないよな!」

 降伏勧告を出す相手を殺して流石にマズいと思ったようだ。誤魔化すような感じの割りには正直に喋って「ゲバババ!」と凄い声で笑っている。うーん、ま、いいか。

 市内制圧で塔や城館などの市内拠点、砲兵無しだと手古摺るところはグラスト分遣隊を呼び集団魔術で突破口を作って貰い、それから歩兵が突入して制圧した。

 下手に騒がれると面倒なので住民も敵兵も皆殺しにした。親ロシエ派民兵と化していたことにしよう。実際にロシエ兵が市内へ受け入れられていた様子なので誤った認識ではない。ここに中立は有り得ない。

 エムセン市の守備につき、男女レスリャジン一万人隊から後続部隊を撃破し、追加投入を諦めさせた報告を受け取り、イラングリ方面軍からの部隊抽出と現地到着を待って中央軍へ戻った


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 イラングリ方面軍による場所取りを行ったおかげで縦に深い陣地を造る余裕を得ている。今は最前線の防御を固める工事に注力中。自然地形利用だけでも段階的、計画的に後退出来る余裕が出来た。

 中央正面。まずは足止めの防御陣地で、散兵隊形を取る第一古参親衛師団”三角頭”の歩兵が施条銃、随伴工兵が迫撃砲や重火箭を使って本格的な攻勢以外の攻撃を捌く。

 広い正面を取る総攻撃規模の攻撃が敢行されたら、荷物になる手持ちの重火箭を全て発射し、適度に射撃しながら後退する。無理に支える必要はない。

 歩兵は後退射撃を行いながら敵の密集隊形を引き込む。ある程度引き込んだら全速力で後退。後方の塹壕線まで逃げ込む。チェシュヴァン族の早掘りのおかげで短期間ながら十分に掩蔽出来る深さと幅がある。

 後退を脅かすほどに前進する敵部隊がいたらここより後方の、遥か遠くまで見下ろせる絶好の位置にある丘に並べられた”三角頭”の師団砲兵の砲列が砲撃で粉砕する。

 十分に敵部隊を引き込んで、塹壕からの銃撃で前進を抑えてから、筒に収めて地面に埋没させた導火線に点火。坑道を掘った時程の規模ではないが地雷が炸裂して敵部隊を前後に分断。

 直前まで部隊の前進を隠蔽出来る丘から男のレスリャジン一万人隊が突撃し、地雷で混乱している敵部隊を粉砕して足止めの防御陣地の向うまで押し返す。

 ”三角頭”もその突撃に従い、突撃兵を先頭に残敵を掃討しつつ足止めの防御陣地まで戻る。

 ここは安定して防御を継続出来ている。

 親衛偵察隊が前に出て逐次敵の攻撃情報を送っており、男のレスリャジン一万人隊とは気心が知れてる親衛千人隊が予備兵力として待機中。

 敵がかなりしつこく突撃を仕掛ける時は温存させておいたグラスト分遣隊を出せばほぼ撃退出来る。連続出動させると魔術の消耗で倒れてしまうのが欠点だが、それは運用次第である。

 北の右翼正面。ここの丘陵地帯、戦時でなければ石が切り出されている採石場を確保出来たのは非常に良かった。

 山と言うほどではないのだが岩場だらけの崖だらけで、正に第ニ山岳師団”ダグシヴァル”のためにある地形だ。砲弾を撃ち込んでも破壊不能な難攻不落の要塞である。

 悪路なので敵もあまり侵入したがらないが中央正面の側面を取るために敵部隊が進出してくる。それを高地から隠れつつ銃撃して撃退する。大砲代わりに持ち運び容易な重火箭を装備させているので単調な銃撃戦以外も行える。

 多少強引に敵が進んできたこともあるが、側背面を常に脅かされながらの攻撃は出来ずに後退してしまう。

 北のイラングリ方面軍と連携する場所でもあり、難攻不落の要塞を利用して攻撃と撤退を繰り返してロシエ王国軍の攻撃作戦を妨害している。

 南の左翼正面は、更に南にいるワゾレ方面軍と連携出来る地点であるが、丘や林、沼などの防御に使える地形に乏しい。逆に言えば見晴らしがかなり良く、敵の捜索に困らない。砲弾が真っ直ぐ通る。

 ワゾレ方面軍の北側の側面が取られないようにするのは第三砲兵師団”フレク”と第四建設師団”チェシュヴァン”が作る大掛かりな砲兵陣地。その完成まで両師団の歩兵部隊に加わる形で女のレスリャジン一万人隊が旋回砲を積んだ荷車を使って防御戦を行う。

 ロシエ王国軍の接近前にある程度の規模の陣地は完成しているのでそこまで彼女達に負担を強いるわけではない。その上で女一万人隊のトゥルシャズが耐えず激励して回っているので士気は高いまま。勇ましい女の上手な鼓舞は男には無い力がある。

 まとまった数の密集隊形による突撃ぐらいなら一斉砲撃で粉砕出来る砲列は整っている。丘が無い分は土塁を築いて高所の利を確保している。

 またここには組み立て式の重砲が多めに配置されており、視界外からの遠距離砲撃で敵の隊列を粉砕出来るので容易に接近させない状況も作り上げられている。弾着観測には竜跨隊が協力。

「あきらめないで。頑張って。大砲は撃ったとおりにしか当たらない!」

「もう一回! もう一回!」

「頑張れ、出来るよ!」

『がーんばれ! がーんばれ!』

 比較的大砲を操るのが下手で「妖精にしか出来ない」と落ち込む人間の砲兵を励ます妖精の砲兵達を見ることが出来た。その背中をフレク族がデカい手でドンと叩いて励ましている。”フレク”には人間も妖精もフレク族も色々といるので時々覗いてみると面白い。

 砲兵師団長ながら大砲に詳しくないリョルト王は、黙って座ってひたすら作業を見ている。分からないなりに口を出さず、兵士同士で諍いがあれば睨んで止める。

 建設師団長としては名ばかりではないマリムメラク王は砲兵陣地の図面を見ながら、適宜指示を出している幹部達を監督している。

 後方支援、整理は統合支援師団”第二イリサヤル”がこの前線までの補給線を確保し、また弾薬製造をしてくれているのでかなり激しい射撃を繰り返しても今のところは弾薬不足に陥らない。

 野戦工房が武器の部品を作っているので撃ちまくって故障しても直せる。

 白兵戦で折れた銃剣、曲がった銃身の替えが直ぐに手に入る。

 命中して潰れた弾丸、敵の球形弾丸を鋳潰して椎の実方の新式用の銃弾を作る。

 馬防柵や塹壕を補強する為の木材の製造もされて日に日に防御陣地は強化される。

 穴の空いた鍋の替えを作り、裂けた軍服を繕う。

 発砲する度に削れて暴発率の上がる砲身まで作り出す。

 中央軍だけではなくワゾレ方面軍にイラングリ方面軍用にも作る。注文がくればシャルキク、マトラ方面軍にまで物を送る。

 セルハド大統領は消耗品の種類と量を良く把握して拡充すべき工房を的確に増設している。”チェシュヴァン”とも協力して要塞に囲まれた工廠を作っている。長期戦になれば都市だって作る。

 そして忘れてはならないのが場所や空間ではなく時間を埋める、夜襲を得意にする黒旅団。僕等のタンタン、ニクールの活躍だ。

 夜襲は難しい。少数精鋭部隊でもないと統率が取り辛く、奇襲に成功してもそれから戦果獲得につなげるのは難しい。味方を敵と誤認する可能性がかなり高い。練度差が激しい様子のロシエ王国軍には中々難しい攻撃だ。大軍でやったらどれだけ同士討ちが発生するか分からない。

 生捕りにした敵は目玉を抉って送り返し、死体は妖精なりに面白く弄って敵の進路上に飾られている。敵もいくらかやり返してきているが大したことはない。精神的にこちらは有利と見ている。恐怖を覚えた雑兵の群れで夜襲は困難だろう。尚更同士討ちが発生しやすい。

 そんな負の要素が全くない黒旅団は襲撃地点を限定せず、夜になればロシエ王国軍に攻撃を仕掛ける。正面だけではなく、長距離浸透して襲撃は有り得ないと思われる場所に攻撃を仕掛ける。

 いつでもどこからでも攻撃されると錯覚させた時からロシエ王国軍の動きは徐々に硬直を始める。後方の夜襲以来敵軍の攻撃頻度が鈍ってきている。

 王国軍は精鋭は訓練が行き届いて誇りも度胸もあって精鋭だが、数合わせの正規兵ではない民兵連隊が多数だ。正規兵は正規兵でも訓練十分な連隊とそうではない連隊もいるのは大体世界共通だが、ロシエも士気が一律に高くはない。

 脱走兵はまだ目立って多くはないが、こんな戦闘が長く続くと神経衰弱を起こす兵士は必ず出てくる。その神経を夜襲で持って黒旅団は削り続ける。勿論、まとまった数の威力のある夜襲なので兵数も確実に削っている。


■■■


 防衛線を構築し、来る敵を迎撃して撃退する。これを何度か繰り返す内に単純な力押しでどうにもならないと悟ったロシエ王国軍が攻撃を手控え始める”気配”が漂い始めた。この”気配”が”実体”になる前に反撃に出る。ガッチリと足場を固める前に殴ってグラつかせる。

 親衛偵察隊がロシエ王国軍の前線司令部に相当するものを発見した。そして第二回偵察の結果、そこには王国軍内部ではセレル七世に次ぐ軍部の大物プリストル・カラドス=レディワイス国防卿がいて、前線各所に伝令を飛ばしている姿があったという。絶好の狙撃の機会と見て射撃したものの、ロシエで流行っている呪具によるものか銃弾を弾かれたという。

 その報告がつい先ほど、大急ぎで戻ってきた親衛偵察隊からもたらされた。

 即座に攻撃作戦を発動する。書類や地図を持って逃げられる前に攻撃する。

 慌てて前線で司令する人間が逃げたら士気に関わるだろうから、優雅にさりげなく逃げるか全く逃げないか、選択肢はあるだろうが、最悪を想定する。これで慌てて逃げていても、我々に国防卿とあろうものがビビって逃げたと噂になれば士気が低下することは間違いないし、どの道攻撃を仕掛けたかった頃合なので丁度良い。

「お前、首狩隊やれ」

「はい」

 クトゥルナムは口も顔も素直に即答した。

「ケリュン族は小賢しく立ち回りが上手いと云われます。否定しません。しかしそれだけではないことをご覧に入れます」

「そうか」

 前からこの機会は伺っていた腹の据わり方をしている。

 まずは陽動攻撃で予備兵力を誘引して前線司令部の防御を手薄にする。イラングリ方面軍から中央軍、ワゾレ方面軍まで全軍に後退を前提にした攻勢を指示する。

 次に重砲による弾幕射撃を開始して、待機状態の敵部隊を破壊して進撃路を切り開く。開始時刻は昼の後。

「ぼっくらは古参親衛師団!」

『今日も軍務を頑張るぞ!』

「マトラの大地を守るためー!」

『敵ぃを発見、ぶっ殺せ!』

 弾幕射撃に呼応して”三角頭”が前進し、弾着跡地を踏んで進む。重砲砲撃でボロボロになった敵兵を銃撃、銃剣で蹴散らして進む。

「化学戦用意!」

「化学戦法毒瓦斯弾!」

「もくもく作戦だ!」

 重砲射程圏外に到達したら”三角頭”は防毒覆面を被って化学戦の用意を整え、悪臭弾頭の火箭と迫撃砲、そして手榴弾で自分達と敵部隊を悪臭の煙で包んで目と鼻を潰して進む。

 砲撃が収まったと見て攻撃を仕掛けてくる敵騎兵はあっという間に悪臭で馬をやられて戦闘不能になる。

 この悪臭は即死こそしないが肺が弱いと窒息する程度の毒性はある。鼻が敏感な動物なら発狂させるぐらいに痛烈で、小動物なら死んでもおかしくない。

 煙に包まれながら”三角頭”は突撃兵を突っ込ませ、咽たり顔を引っ掻いて苦しむ敵兵を拳銃連射で撃ち殺し、弾が切れたら棍棒を振るって殴り殺す。

 銃兵は突撃兵を支援するように小銃射撃を行い、突撃の機会があれば銃剣でも刺し殺す。

 これらの攻撃はじっくりと夜まで行われる。暗くなるのに従って第二次攻撃用に悪臭弾の使用は控えられる。


■■■


 深夜になって”三角頭”は撤退。

 敵が出した追撃部隊は重砲による撤退支援砲撃で半ば粉砕され、反転した”三角頭”に撃退される。帰還した彼等に暖かい飯が用意される。

 ここで一旦攻撃は終了。夜遅くまで戦闘を続けた中央正面の敵軍は疲れ切る。また北と南の方では夜になっては騒乱攻撃に移行しつつも攻撃続行中。

 そしてたっぷりと飯を食って深夜まで寝ていた黒旅団先導による親衛千人隊と男のレスリャジン一万人隊が十六段の多重横隊を編制し、”三角頭”が崩壊させた場所へ進む。

 暗い中を馬に乗って進む。馬上から矢を放って疲れ、隊列を整える気力も無い敵兵を屠りながら十六段一万七千騎が前へ進む。

 最前列とは別に各横隊の端には夜目が利く獣人騎兵がついており、暗くて見えない者達に射撃位置を指導する。

 一万七千騎が弓矢の直射と曲射を繰り返し、敵兵を掃討しながら前進する。敵兵の悲鳴が四方八方から聞こえてくる。もう敵陣地の奥まで入っている。

 ”三角頭”の深夜までに至る攻撃で敵の動きは疲れ切って鈍く、その軍容に対して設置している篝火が少なくて暗い程に統制が緩んでいる。

「敵前線司令部を直線上に捉えた。その線上に戦闘隊形の敵多数。およそ四百歩前!」

 ニクールの目が攻撃地点まで導く。

「全隊ぃ……射撃、前へ!」

 号令を出し、後続の隊列でも復唱され、四方へ発射されていた矢が進行方向、前方へ曲射に投射される。側面防御担当の騎兵は別。

 暗闇の中で矢の雨が降って敵を貫き、それで死ななければ毒で苦しませて殺す。

 矢に射られて死んで、毒で苦しんで、わずかに生き残る敵兵を蹄で踏み潰しながら軽やかに進む。

 暗闇でデタラメに発砲する敵兵が怯えた声を出していて中々可愛い。夜更かしは子供に悪いのでザラは連れて来なかったが、感想を聞いたらなんて答えるか面白そうだ。順当に、可哀想、かな?

「およそ二百歩前!」

 ニクールが目測で測った直射距離に至る。

「全隊ぃ……鏑矢用意!」

 号令をし、後続の隊列でも復唱される。

「放て!」

 各隊は射角を下げて、中央の者達はある程度高めに、万遍なく敵軍の全体の頭上を飛ぶように鏑矢を一斉に放った。数が一万本を越えるだけあってとんでもない異音。

 中央同盟戦争でも夜間に使ったが、冷静な者でもこの鏑矢の甲高い異音を聞くと平静を欠く。訓練されていない馬は暴れ出し、迎撃に騎兵を出そうとしても上手く働かないだろう。

 敵陣の中を馬が暴走する音が聞こえる。

 鏑矢に続いて矢の直射が行われ、邪魔な敵兵を射殺していく。後続の十五段の曲射で矢の雨が敵前線司令部に向けて放たれる。

 敵の前線司令部は巨大な野営地の一番、我々の軍がいる場所に寄って設営されている。

 逃げたり、立ち向かう前に矢で射られて倒れる敵兵を見送りながらおよそ五十歩の距離。無数に矢に射られて隊列の維持もままならぬ最前列の敵兵が何とか銃撃を放つ。数騎に当たったかどうか。旧式小銃を使っている部隊でしかも夜間とはいえ狙いが下手糞。

「突撃ラッパを吹け!」

 親衛隊ラッパ手が突撃ラッパを鳴らす。馬を走らせる。

 左手に持った拳銃を撃ち鳴らして殺しながら前へ。

「突撃! 止まるな! ホゥファー!」

『ホゥファーウォー!』

 右手に持った”俺の悪い女”で殺し漏らしの敵兵の頭をスルっと切り落とす。骨の感触すら感じさせない。

「親父が先頭だ! 出ろー! 前へー! ホゥファーウォー!」

『ホゥファーウォー!』

 クトゥルナムがケリュン族の騎兵を集めて作った、兜に胸甲装備の首狩り隊重騎兵百騎が真っ先に前線司令部に突っ込み、突撃兵に範を取ってか両手に回転式拳銃を持って連射して数百規模の衛兵をあっという間に撃ち殺す。

 これに加えてアクファルが気持ち悪い速度で支援に矢を射掛けまくるので驚きの殲滅速度であった。また首狩り隊の陰になった敵兵を、矢が横に反れたと思ったら反対に曲がる曲芸射撃で当てまくるので味方が邪魔で殺せないなんてことがない。真上に矢を放ったと思ったら、時間差で現れた敵の脳天に当てた時は目を疑った。敵の相手を全て首狩り隊に任せた上での射撃ではある。

 早くも生捕りか? と思って前線司令部で馬を止めると「プリストルどこだぁ!?」とクトゥルナムが珍しく大声を上げている。ご不在らしい。

 前線司令部の天幕をちょっと覗くと、散乱する書類に地図、飲食物の放置具合から遠くには逃げていないと見た。茶なんぞ湯気が立っている。

「逃げて間もないな。まだ近くにいるぞ」

「はい、速やかに! 続け!」

 首狩り隊が元気に駆け出した。前線司令部がちょっと気になって、自分の騎馬突撃の勢いを消してしまった。

 自分が止まってアクファルも止まったが、以前として十六段一万七千騎の突撃は敵の野営地を突っ切って、休憩中だった敵兵を矢や小銃で撃ち殺して刀で切り、馬で踏んで殺して回っている。

 火が無数の天幕に回って燃えて明るくなり、空の方も朝焼けが始まろうと青くなってきている。

 折角の機会をふいにするのも勿体無いので生き残りの敵を見つけては拳銃と”俺の悪い女”で殺して回る。俺の可愛い子ちゃんことアクファルが「あそこにいます」「あの辺がそこはかとないです」と敵を見つけてくれるので結構な数を殺した。

 遊んでいるとクトゥルナムが戻ってくる。あまり首狩り隊の数は減っていない。

「総統閣下、取って参りました」

 腕が折れて肩が外れて壊れた人形な雰囲気を醸す、軍装が裂かれて血混じり泥だらけな若作り男をクトゥルナムともう一騎が掴んで持ってきた。羊取り競争の羊のようにボロボロだ。

「うん、良くやった。軍装は勲章の数が凄いから当たりっぽいな。一応後でルサンシェル枢機卿に確認を取るぞ。影武者ってのはある話だ」

「はい、確かに」

「国防卿? お返事出来ます?」

 声を掛けたが失神しているようだ。

 朝焼けが出て眩しくなってくる。そろそろ引き際だ。

 撤退のラッパを鳴らさせた。


■■■


 折角昼夜通して痛めつけ、前線を監督する国防卿――ルサンシェルが確認したところ間違い無し――を生捕りにして指揮系統が崩れているので早朝から攻撃を断続的に行う。

 歩兵、騎兵、砲兵が連携して前進。大まかな目標としては丘を取りながらの圧迫だ。砲列を敷く位置を前へ前へと持っていく。

 その前進の先頭に立つ。”俺の悪い女”を抜いて地面に突き立てる。愛用の低い椅子に座って朝飯を食う。焼いたパンに目玉焼きと切った玉葱を乗せ、分量間違えてるんじゃないかというぐらいに塩と油が掛けられている。油と塩が付く指をしゃぶりながら射撃戦を観戦。

「おいロシエ人、お前らの指揮官誰だ!?」

 飯を食いながら手を振って聞いてみる。傍を通る銃弾がチュンチュン鳴ってる。

 敵の指揮官が負けじと前に出て、名乗ろうとしたら撃たれて倒れた。

 親衛偵察隊の連中がこっちに向ける銃口を察知して全部仕留めているような気もした。

 度胸試し合戦に負けたような感じになり、向かいのロシエ兵の戦列が動揺を見せる。背後の”三角頭”の連隊長はその機を逃さずに「総統閣下のために突撃に進めぇ! ホーハー!」と銃剣突撃を開始した。ほーはー?

「銃剣銃床嘘吐かなーい!」

「アレが僕等のお昼ごはーん!」

『ホーハー! ホーハー!』

 中には撃たれて腕が千切れても銃剣を持って突撃する妖精もいて、刺して噛み付いて敵を殺していた。

 睡眠時間がちょっとズレたせいか眠いな。

 その場で寝転がって両手両足を広げて日光を浴びつつ、目を瞑って日向ぼっこ。眠気が去るのを待つ。シルヴみたいな化物と違って寝ないと辛いのだ。


■■■


 昼前に起きる。起きた時には何とザラが膝枕をしてくれていたのだ。

「足痛くないか?」

「ちょっといたいです」

 可愛いので抱きついてくすぐると「キャーキャー!」と言った。ほーはーとは言わない。

 うーん、マンギリクでザラが掛け声をやったのを妖精が真似しているのか?

 ゲサイルから説明を受ける。

 ロシエ王国軍の大軍は一度に兵力は前線に集結出来ておらず、後続が次々とやってきて兵力を補充して隊列を整え、南北に延翼して包囲を狙いつつも余りある兵力で後退地点の確保、野戦陣地の縦深化を図っているそうだ。攻撃をしながらそんなことをする余裕すらあるとは驚異的。後続の軍に託して全滅してでも我々を消耗させる気迫を感じるな。

 思っているより国防卿襲撃の余波が強いか前線がかなり前へ進んでいる。歩いて見に行く。

 大砲を並べて丘をとって、次の丘を大砲で撃ち、突撃兵を先頭に歩兵が突っ込む。防御陣地が築かれていたら悪臭弾を撃ち込んで突っ込む。村や町が拠点なら火炎放射器で焼いて回る。

 男のレスリャジン騎兵隊も前進。片翼が停止して小銃による長距離射撃を行い、もう片翼が弓を構えながら前進して騎射をする行為を互いに繰り返して移動と攻撃を絶やさずに敵を追い、隙あらば突撃を行って粉砕。

 突撃兵は拳銃を撃ちまくりながら重装備で走るので見ていて大変だ。他の兵士より多く持っている水筒から水を飲んでいる姿が良く目に付く。

 指揮系統が乱れていても働く敵はいる。突撃兵の突撃に、林に隠れていたロシエ騎兵が突撃を仕掛けて直撃することがあった。ただそれに全く怯まずに直前まで発砲を続けて数を減らし、馬と衝突する時は集団で「来るぞー!」『ヨイショー!』と受け止めて勢いを殺していた。

 人間にあれは出来ない。もし重装槍騎兵だったら受け止めても吹っ飛ばされて死傷者続出だったろうが。

 我が軍は敵の縦深陣地化した場所を突破していく。

 イラングリ方面軍とワゾレ方面軍の方は国防卿の代理となる指揮官がいるのでこのような大突破は出来ていない。

 ”ダグシヴァル”はイラングリ方面軍の支援で忙しいそうだ。

 ”フレク””チェシュヴァン””第二イリサヤル”はこの押し上げた前線の補強に回っている。

 黒旅団はもっと後方の敵を夜襲で脅かすべく長距離移動中。

 途中で死んだフリでもしていた様子の敵兵に向かって走り「どーん!」と言って蹴りを入れると肋骨がいくつも折れた音がして転がって倒れた。止めに拳銃で撃つ。

 空を見上げる。蒼天の下、他所の皆はどんな風に戦っているかな?

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