第205話「第二次ユバール侵攻」 ポーリ
エルズライント辺境伯領、現バルマン王領の首都ヘルムベルまで戻った。
新しい意匠の王国旗は見本と思しき一本がヘルムベルの城に翻っているだけで他では見ない。町の方では織り物屋や染物屋がとても忙しそうにしていたのは見かけた。
これは略式戴冠でなったという特異な形式だ。戴冠という重要な儀式に略式も何も無かろうと思うし、前例は無いはずだ。聖皇との関係が微妙とはいえ、手ずから戴冠されていないのなら現状を認めない者達も多いだろう。認めたとしても仮の王号と見做され、権威はそこまで感じない。
諸侯全員に王と認めさせるのはこれからという段階であろうか。苦労が多そうだ。わざわざ略式戴冠という良く無さそうな前例を作ったのは、聖女猊下がバルマンに重たい首輪を付ける必要があったからか。
バルマン諸侯は当惑し、一致団結して行動するということは無さそうだ。それが狙いか。
玉座と言う程ではないが、当主代理としてダンファレルが謁見の間にて当主の上座に座っている。威厳のある彼なので似合っていないことはないが、やはり違和感はあるものだ。
「良く訪ねてくれた。情勢の変化が激しいのは前からだが、私自身もこれでは戸惑ってしまう。正直何が何だか分からん」
「ダンファレル殿下」
「悪い冗談にしか聞こえないな。ピブロル侯がそう認めたならそう言えばいい。今はまだ我が友、私に君だ。ポーリ」
そう言うダンファレルの足元には巨大な猫が寄り添っている。南大陸産の大猫で、猟犬として使える程に賢いらしい。耳先から毛が長く伸びているのが特徴的。
「では君、ダンファレル、ロシエへ私が帰るに当たって何か役立つ情報を教えてくれないか?」
「うむ。まず既にバルマン領内に帝国連邦軍が入っている。父上が帝国連邦総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン閣下をお迎えに行った後だ」
外交的にここでレスリャジンの悪魔大王などとは発言出来ないな。
「のんびりしていれば君の背中にかの軍は追いつくだろう。行軍の素早さは世界屈指と評判だ。すべきことは一つに絞るべきだな。何が一番したい?」
「ロセア元帥に面会したい。私の能力を最大限に発揮出来る場所を教示して下さるはずだ」
「なるほど。ではシトレに向かえ。ロセア元帥が革命軍、新大陸軍に王国軍、これとは別の新機軸軍を編制しているという情報だ。きっと理術式の軍隊だろう……む、ん」
大猫がダンファレルの膝に両前脚を乗せて、その顔を舐め始めた。
「ありがとうダンファレル。次に会う時は敵かもしれん」
「そう……いう……ものだ……ヴェルフィーナ、舐め過ぎだ……どうした?」
顔に口を舐められ続けて喋り辛くなっているダンファレルに友としての軽いお辞儀をして去る。
■■■
大まかにロシエには三つの軍が存在する。
連隊制度によって編制された部隊、そして王や諸侯達の私兵部隊を合わせた旧来の王国軍。郷土的な繋がりが重視されている。
郷土に拠らず一から純軍事的に編制された新大陸軍。言語、民族的な連帯感は薄いものの百戦錬磨であり、郷士などの私情が挟まれていない完全実力主義で組織としての完成度が高い。
そして農地改革法で守るべき土地を手に入れた新興農民と一部の正規兵による寄せ集めながら革命の熱狂に当てられた革命軍。愛国募兵法により成人男性尽きるまで人員を充当可能である。後方要員として女達も積極的に参加している。
シトレの大統領官邸にはあっさりと入れた。「待っていた!」とロセア元帥が待ち構えていたのだ。周囲に視界を張り巡らす呪具によって自分を見つけたそうだ。
「お初に……」
ロセア元帥は早口である。
「挨拶無用! 大体分かっている。君の論文も死んだ学生の論文も全て読んだ。知は不滅と言いたい。君の鉄巨人案は採用した。もう作ったぞ」
「ありがとうございます。恐ろしく早い、のでしょうか?」
「研究の蓄積あればこそだ。水車を知っていれば風車も作れる。そしてペセトトの呪術も知れるとこまで知ったつもりだ。呪術人形のような物くらい、完全自律は無理だが作れる」
「なるほど」
「迷信塗れの錬金術を現代的理性で還元することにより化学が生まれ出でた。そして茫漠たる魔術と、迷信を極めて実体化した新大陸呪術の血統を交えることによって生まれたのが理術である! この確信に至ってより若さを取り戻し、気力も体力も漲ってきたものだ。睡眠も必要無い程だ」
「はい」
ロセア元帥は白髪の老人と聞いていた気がするが、黒々とした髪を生やす中年にしか見えない。
「君の呪術式蒸気機関だが、勝手にポーリ機関という名前で改造させて貰った。出力も燃費も重量も安定性も全部強化した。君の管理下でそうしたかったのは人情だが時間が無かった。もう特許登録を君の名前でしておいたぞ」
「ロシエのためならば」
「それだ。新大陸でも研究開発に製作までやる機関を作っておいて正解だった。こうも早く帝国連邦軍が進撃してくるとは予想外だが、ギリギリ間に合ったというところだ。それにしても大学に保存された論文は素晴らしかったぞ。あの短期間でよくあそこまでまとめた。寝る暇は無かったがそれだけで間に合ったのだ、十分だ」
「鉄巨人でありますが、私に何か任せて貰えるのですか?」
「うむそれだ、蒸気機関駆動の車は素晴らしかったぞ。あれを元に色々作ったし今後も作れる。装甲戦列機兵と名づけた。君にはその整備、管理を前線でして欲しい。その魔術による部品作成能力は前線で活かせるはずだ。個人的な兵士としての活躍は聞いたが今後あのようなビプロルの鎧武者の出番は無いと思ってくれ。危険になったら突撃せず、退却するんだ。君は君しかいない」
全身を魔術の鎧で固めて戦う戦法は禁じ手か。
「君なら現場で臨機応変に部品を作って修理してくれるからそれに集中してくれたまえ。おっと、現物も見ないで語るのはこのくらいにしておこう。ついてきたまえ」
早足のロセア元帥の後に続く。馬に乗って走る元帥の後を走って追いかけ、シトレ郊外に並べてある鉄巨人こと装甲戦列機兵を見る。
正に鉄巨人。背の高さは自分二人分くらいであろう。重量はもっとある。
「装甲戦列機兵は二足歩行で悪路でも前進出来るが腰周りを簡略したので小回りが利かない。弱い側背面は同型機による横隊陣形で補う。それに加えて歩兵を随伴させる。量産性を考えたのだ、小器用に動けはしないぞ。とにかく前へ進んで敵の戦列を粉砕する能力に特化している」
「理術的です」
「そうだ。背が高いだろう。そこには呪具の斉射砲を取り付けてある。砲弾に劣らぬ射程で大口径弾を一斉に発射する。加速の呪術弾を発射すれば施条砲にも劣らん射程だ。炸裂の呪術弾を発射すれば敵を感知して小型の榴散弾と化す。一斉射で連隊方陣程度なら崩壊させられる威力だ。これを高く射界が広く取れるところから放つのだ。望遠式の照準器も付いている。見てみろ」
膝を折って座り、小さくなっている装甲戦列機兵の頭は、銃手が装甲板に隠れながら斉射砲を操作出来るようになっている。まるで胸壁と銃眼、そして砲台。
「銃手には兜と肩当と胸甲を装備させるのですか?」
「それはいいな! 次に腕だ。この部分だけが呪術人形となっている。操縦手が腕を起動すれば、自動的に腕が目の前の敵を倒す。叩く物があればなんでも良い。丸太でも良い。そこの君!」
「は!」
「彼がポーリ・ネーネト大佐だ! 装甲戦列機兵の白兵戦能力を見せてやれ!」
「了解しました!」
座る一機の装甲戦列機兵に、頭の方から操縦手が乗り込む。そして長く待つことなくポーリ機関を唸らせる。
「操縦席の中から炉に石炭を送り、着火用の火を呪具で熾せるようにしてある。暖機運転を省略出来るように過熱する呪具もついているぞ。お陰で背面に装甲を張る余裕は無くなったがな」
ポーリ機関は余分な蒸気は噴出せず、全て呪術的に循環されているようだ。石炭の不完全燃焼による黒煙が多少出る程度。
歩き出した。大重量を支える脚が土の地面に対しても大きい足音を鳴らす。歩く速度は人の小走り程度か。戦列歩兵と考えれば十分に早い。
胴体と脚に比べれば長い腕が棍棒を振り上げ、藁人形の集団をまとめて叩き潰す。棍棒を持たない反対の腕で倒れた藁人形を薙ぎ払って吹っ飛ばす。
胸の部分の装甲の小窓を開け、顔を出した操縦手がこっちに向けて敬礼をする。返礼。
「あれに耐えられる人間も馬もいないでしょう」
「その通りだ」
「転倒した場合はどのように復帰を?」
「倒れたら他の機兵が腕で掴んで引き起こす。倒れた側も腕を地面に対して突っ張って起き上がる。仰向けなら手を繋いで引き合うわけだ。それとあの棍棒だが、杖になる。場合によって三本脚で歩けば転び辛い」
「理術的です。腕に銃や砲は持たせないのですか?」
「そうしたい外見だが、専用の火器を作らねばならない。それなら頭や胴体に、もっと言うなら機兵に大砲を引っ張らせて砲兵に使わせれば良い。そして今は大砲は馬に引かせるのだ。余力は少ないのだ」
「大型呪術人形は?」
「量産性を考えると非常に難しい。それにペセトトが一度としてもそれを試みてはいない以上、作るのは生半可ではないのだ。あの完全自律はまだ作り方が分からない」
「なるほど。ポーリ機関、水は解決しているでしょうが石炭の運搬車を相当に必要なのでは?」
「確かに石炭運搬車が大量に必要ではある。主戦場、決戦時にしか使えないといえばその通りだ」
「決戦兵器ですね」
「そうとも言う」
これらとは別に気になる話題があるのだ。
「失礼ながらロセア元帥。機兵とは別に疑問があります」
「うむ、出来る限り解決しよう」
「ルジュー猊下よりロセア元帥、バウルメアはロシエに対する忠誠心が純粋ではないとお聞きしました」
「あれか。何種類か風説が混じって確かに良くないな。下らない噂話と馬鹿にしていると思わぬところで足元を掬われる。事が落ち着いたら誰かに自伝を書かせようとは思っていたところだ。さて、説明するぞ」
「はい」
「私は現モンメルラン枢機卿領ヴァリディ地方のロシエ人だ。死んだ妻がサエル人。地元のヴァリディはロシエ人とサエル人が交じり合って区別がつかない程だった。地元の方言だとロシエが訛ってロセアになる。訛りを認めた上で、サエル人みたいなロシエ人をロセア人などと言う流行が当時あった。バウルメアはあだ名で、地元のロシエ化したサエル人方言的な意味で術使いを指し、尊称だった。本名はルアーヌ。姓は無いから、ヴァリディのルアーヌが初めの名乗りだ。それから術の才能が開花して大人になってからロセア人でバウルメアのルアーヌと改め名乗った。ロシエにいた時はバウルメアの称号がものを言ってこちらが有名になり、通称バウルメアになった。さて魔神代理領では術士だから何だ? ということもあってロセアのルアーヌと名乗り、略してロセアと呼ばれて今に至る。ルジュー猊下は警戒なさって、諸説ある中で一番警戒感を覚える話をなさったのだろう。現状、裏切り者であるにはある。的外れな話ではないかもしれないな」
「失礼しました」
「面白い話ではない。さてポーリ君、君、早速だが彼等とユバール戦線に急行してくれ。帝国連邦を迎撃する前にあちらを片付けないと勝てる戦いも勝てない。私も準備を整えたら向かう。各個撃破だ」
「はい」
「これからロシエ史上最も血が流れるぞ」
■■■
ヘルムベルからシトレ、そしてソエラン、ヴァイラードエロー。そしてユバール領に入り、ジュオンルーへとロセア元帥率いる新鋭の理術軍団は進む。
第二次ユバール侵攻の開始。
自分は理術軍団の装甲戦列機兵師団に所属する。
既に新大陸軍と革命軍が共同でユバール軍を因縁のダッセン付近まで押し返している。
セレル七世陛下の王国軍は東方国境で帝国連邦軍を迎え討つために全力を尽くしている。帝国連邦軍がバルマンを通り過ぎて、後退してしまったロシエ領内に侵入して乱暴狼藉を働くまでわずか。
ジュオンルーには各隊から術使い、呪具なら扱える者が集められており、理術軍団に転属する。
そこでオルフ人のセバイル・キリリィ・ベフーギン中佐と再会した。
「生きていましたか!」
痩せてしまって顔が骨ばっているが間違いなくオーサンマリン大学術士連隊の生き残りだ。
「私をどこの出身とお思いですか連隊長殿!」
「オルフ!」
抱き上げて回してしまった。
「世界一過酷なね。術使いの端くれ、お役にたってみせましょう」
「しかしどうやって生き残ったんですか? 死んだものと思っていました」
「実は言うとユバールの捕虜になっておりました。捕虜交換で何とか戻ってこれたのです」
「しかしあの時は、一時とはいえ我々が優勢で逃げる隙があったはず」
「どうも頭の近くを砲弾がかすめた衝撃で失神したのではないかと。かなり長い間失神していたようで。何度か目を覚ました記憶はありますが寝ぼけていた感じです」
「運が良いやら悪いやら、いやしかし、生きていて良かった」
作戦では再度ヘリュールーを目指す。降伏を狙うが、仮に降伏させられなくても継戦能力を奪って帝国連邦軍に集中する方針だ。
今はダッセンにユバール軍が集結中である。あそこはロシエ軍にとって不吉で呪われている。敵の士気があがり、こちらの士気が下がる。
一つ朗報とも言えぬ報告が届く。ランマルカ軍がゼーバリを陥落させたというのだ。
ゼーバリがランマルカの手に落ちたとなればヘリュールーまでの海路、陸路からの攻撃を防ぐ拠点はほぼ無い。ランマルカに虐殺されるぐらいなら我々に降伏するだろうという楽観論が流れている。
ランマルカとヘリュールー陥落競争になるかもしれないらしい。
誰かが野営地で「急げ、人間を妖精から救え!」と演説している。
あの革命の流れからユバール人を救う戦いになるとは、おそろしく奇妙だ。救うという意味も巨視的で、ひたらすら歪に思える。
人類の敵のようなランマルカと共和国派は敵対しない約束になっている。そしてユバール経由で彼等から支援物資が送られるという約束もあるそうだ。
今までの世界の常識が通用しないのだろう。
政治は政治家に任せるべきで、自分はロシエ将校ポーリの仕事をしよう。まずはダッセンのユバール軍を撃破する。
■■■
以前の包囲戦とは状況が違う。ダッセン南部に以前は無かった防衛線が築かれている。我々が包囲線を築いたところより南だ。
西の山林は崖と森の組み合わせのような悪路で軍隊の侵入は困難。少数部隊を送り込んでも罠だらけという偵察結果で、森を経由して突入するにしても地元領主の城館がその迂回攻撃から守るように建っている。そのように考えて建造されたのだろう。
崖のところから東へ二重の塹壕線が築かれており、中央西寄りの要塞に繋がる。前部に一万の正規兵、後部に一万の予備の民兵が配置されているらしい。
ダッセンの塹壕というと水浸しの思い出があるが、地元の人間が築いただけあってその心配は敵に無さそうだ。
中央西寄り、街道沿いの地点には以前は無かった土塁の要塞が築かれている。要塞内部には五千程度の正規兵が配置されているらしい。
この要塞の南北にはかつて単なる中継地点に過ぎなかった宿場町が残っており、障害物、兵舎、倉庫としての機能を果たしている。
要塞より東へ丘まで、こちらも二重の塹壕線が築かれている。ここは正面が広く、正規兵が二万程度、その後方に予備の民兵が一万配置されているらしい。
東の丘は下の方が塹壕と組み合わせた要塞となっており、ここの正規兵は一万程度。上の方には従来の大砲を装備する砲兵隊が集中配備されていて砲台と化している。大砲の数は詳しく調べられなかったが、とにかくたくさん。
仮に西側部分を制圧できても東の丘を奪取出来なければ砲の的になる。
丘より東の一帯に広がる湿地は半分湖のようなもので徒歩と騎馬での侵入は不可能、船を使うには葦が鬱蒼と生えていて、踏めば崩れる泥の足場が点々としていて航行も困難。また東の丘からは湿地を行く姿は丸見えでそこから迂回しても奇襲効果は無い。
これらの情報は諜報員、それと余人には察知不能なロセア元帥による呪具の偵察結果だ。東の丘の砲台の砲数に関しては雨露に濡れないように弾薬と一緒に覆いがされていて、流石に捲って回ることが出来なかったせいだ。侮れぬ程に大量と分かれば十分だろうか。
塹壕の全正面にはあの、ダッセンの戦いで瞬く間に戦列歩兵を薙ぎ倒した斉射砲や防盾付軽砲が配備されているという。
前は攻撃を仕掛け、隊形があまり整っていない状況で薙ぎ倒された。今度は隊形を整えて、迎撃準備万端のとこへ突撃しようというのだ。正気の沙汰ではない。
正気の沙汰ではない指揮を執るのはロセア元帥。
性格の違う軍を混ぜずに、左翼の理術軍団三千弱は西側を攻撃、中央の革命軍十万強は広い中央正面を攻撃、右翼の新大陸軍三万弱は東の丘を攻撃と分けた。
新大陸軍十万の内、別働軍七万は分散してこの主攻面以外からユバール領に攻撃をしている。ユバール連合王国は名の通りに連合であり、自分の領地が攻撃されているのを無視して軍を分散できない性格である。マルフレック王に決まるまで何年も揉めていたような不埒者共の連帯などその程度なのだ。
マルフレック王がこの要塞と化した町で陣頭指揮を執っているという。実際の指揮能力は怪しいところだが、士気高揚に役立っているという。
問題はエデルトから派遣された軍事顧問のシアドレク獅子公が補佐についていることだ。一時はロシエ領内にまで突入したユバール軍を、新大陸軍の反撃に合わせてほぼ無傷でこの要塞まで後退させた軍師だ。意表を突かねば噂の予言能力を前に作戦の意図を挫かれる。
こちらにとって悪い評価ばかりの敵だが、唯一戦いの欠点としてはユバールには騎兵隊が存在しないことだ。全て伝令や斥候、士官に馬車用に振り分けたらしい。思い切ったやり方だ。
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ロセア元帥が作戦開始の伝令を各所に放って戦端が開かれる。
自分は前線に出ない。後方で待機し、戦闘が終わるか絶対の安全が確保された場所でのみ仕事をする。仕事とは装甲戦列機兵の修理である。それまでは望遠鏡で戦場眺めているしかない。
ベフーギン中佐は機兵の搭乗員の一人だ。しぶとい人であるが。
まずは中央の革命軍の歩兵部隊七万がうねるように動きを見せる。行進隊形と戦闘隊形の中間である戦場入場隊形から展開して要塞と中央の塹壕を覆うように幅を広げる。数が数だけに歩くというだけで迫力が違う。それにまだ三万の予備兵力が置かれているのだから凄い数だ。
革命軍歩兵は熟練兵の横隊、両側面を軍服も着ていないような新兵の攻撃縦隊で固めた隊形を取る。横隊は火力重点に反転行進射撃を行い、攻撃縦隊は練度も低くて射撃に期待出来ないので銃剣突撃が主な仕事。
質は悪いが人が多い革命軍にとって最適な隊形、戦術である。予備兵力が豊富であり、ロセア元帥は今回の戦いで使い切っても良いとすら言ってる。
革命軍歩兵の展開に先立ち、革命軍の散兵が四千余り、隊列を組まずに前進し、敵との散発的な銃撃戦を開始する。敵の軽砲や斉射砲を無駄撃ちさせてその位置を特定する役目、そして大掛かり隊形に展開する歩兵の盾となる役目も負っている。
革命軍の散兵は装備がまばらで、施条銃であったりなかったりする。射撃は得意で勇敢な者達が多いが、力不足の感は否めない。早速軽砲、斉射砲の位置を特定して狙撃を仕掛けているが、反撃による死傷率は高くて分は悪いようだ。
革命軍の砲兵は大砲の数が二十二門しかない。口径もまばらである。革命軍の中に大砲を操れる専門家が少なかったのと、ユバール行きの北進街道が各所破壊されて大量の大砲を持ち込めなかったことにある。
革命軍砲兵は予定通りに歩兵の隊形展開に邪魔されぬ配置について中央の塹壕に対して砲撃を開始する。散兵の伝令と相談しながら、軽砲や斉射砲の位置を重点的に狙う。
革命軍騎兵は質は悪く、予備兵力として後半まで留め置かれる予定。
革命軍の動きと同じくして、新大陸軍も動き出す。
新大陸にて敵や野生動物相手に施条銃で腕を磨いてきた猟兵一千を先導に、戦列を組むより散兵のようにバラバラになって戦うことを好むアラック、アレオン人のような歩兵二万五千が東の丘へ向かって前進を始める。
弾着観測や砲弾加速を魔術、呪具で行う理術砲兵が三十五門の大砲を操り、東の丘へ前進する猟兵、歩兵を支援するために丘の下の塹壕にいる敵へ砲撃を開始する。観測射撃の後に行われる砲撃は素人が見た限りでも精確で、塹壕の窪みに良く着弾して軽砲や斉射砲を破壊し、砲弾が妙な放物線を描いて多くの敵の体を引き千切っている。
これは敵方のエデルトにいるベラスコイ元帥が完成させたと言われる技術だ。また当元帥ほどに扱える術使いはいないらしい。
新大陸軍の騎兵も待機中。遊牧騎兵と戦ってきた射撃が得意な騎兵らしいが。
機関の最終点検も終わり、装甲戦列機兵五十機が横隊を組み、肩を揺らして前進を始める。その足元と側面には随伴歩兵四百がつく。呪術式小銃を持つ新大陸軍猟兵出身の精鋭が少しと、呪具は使えるけどそれだけの新兵の組み合わせ。実験的な呪具を装備し、身を持って実戦で使えるか使えないかを実験する。また機兵の搭乗員、銃手との交代要員でもある。
自分は彼等の活躍を遠くから見ることしか出来ない。まず何か仕事があるとしたら、機兵が敵の攻撃か故障で部品が壊れ、伝令がその部品を自分のところに告げに来てそれを作ることだ。同じように部品の製造や研磨が出来る術使い、物運びが得意な怪力術? 使い、力自慢の同胞ビプロル人は後方待機である。
機兵は整地されていない草原を、煙を吐いて進む。段差を越え、坂道は棍棒を杖というか杭にして上り、そして下り、灌木を踏み潰し、木は薙ぎ倒すか避ける。石も避けるか、立ち止まって腕で退ける。方向転換が苦手なので避けるより排除したほうが早いこともある。
戦列と名はついているが肩が擦れ合う程に密着はしていない。
敵の軽砲、斉射砲、要塞の大砲の射程距離外から機兵の頭部、銃座が射撃を開始。砲弾より遠くへ飛ぶという加速の大口径呪術弾が、ビプロル人二人分は高い場所から放たれる。望遠式の照準器付きとのことで命中率はかなり良いようだ。
そんな機兵の後ろに時代遅れすら思わせる非金属装備の理術槍兵二千が続く。槍は木製、穂先は石。接近すれば棍棒。彼等は金属を弾き飛ばす呪具を装備しており、銃弾砲弾をものともせずに前進する。
機兵が先陣を切っている現状ではこの能力は余り必要ではない。また味方の金属も弾くので他の部隊と組み合わせるのも難しい。出番はまだだ。
非金属装備の理術騎兵三百は待機中。数が少ないので出番はあるのだろうか。
革命軍歩兵、散兵が入り混じった七万以上の兵力が要塞から中央の塹壕に掛けて一斉攻撃を仕掛ける。ユバールの高い火力に対応するためにはそれ以上の人数をぶつけて飽和させる戦術だ。
ユバールの狙撃兵の射撃は精確だ。士官を中心にバタバタと倒れている。そうなるとロセア元帥が予測しているので、各兵士には指揮官が倒れたらとにかく前へ出ろという指示が事前に下されている。
防盾付の軽砲は恐ろしい。砲手は銃弾を弾く盾の陰から後装式に砲弾を込めて砲撃する。
目標への距離が遠ければ榴弾、歩兵に直撃して体を千切って、地面か貫通した何人目かの体で信管が起動して爆発、地面なら大量の脚、体なら内蔵や腕をボロボロと飛ばす。料理の材料でもこぼしたみたいに。
目標と狙いをつけるまでも無く近距離ならば散弾。横殴りの鉛の雨は一瞬で一つの隊列を最前列から最後尾まで血塗れにして薙ぎ倒す。
斉射砲は普通の銃弾ではなく専用の大口径弾を一度に何十発と同時発射し、再装填からの発射までは小銃の発射間隔より遥かに短い。一発一発が手足を千切って胴体に穴を開けるか半分千切り、同時にその後ろの人間を十分に殺せる勢いを保つ。
塹壕内のユバール兵は反転行進射撃を落ち着いて行う。塹壕の幅はそれが出来るように広くなっている。体のほとんどを地面に隠しながら絶え間なく発射する。その小銃はほとんどが施条銃で、旧来の小銃の弾丸のようにどこか変な方向に飛んでいかない。隙間無く突撃する革命軍歩兵に対して撃てばほぼ百発百中である。一人に対して数発当たることもあるので倒れる人数は弾数と同じではない。
酷く血塗れである。撃ち過ぎて敵の火器が故障したり、殺した敵に再度撃ち込むことも茶飯事だ。
そんな死体の海へ革命軍歩兵は絶えず突撃する。熟練兵の横隊が射撃を行い、攻撃縦隊の新兵が『ギー・ドゥワ・ラヴァーレ!』革命万歳と唱えて鉛弾にグチャグチャにされて後続が塹壕間近と迫ってやはり鉛弾に殺される。
一体どれだけあそこで死んで、死にかけているか分からない。
分からないが、優先して後送されてくる士官を筆頭に、回復の見込みがある負傷兵達が、治療術部隊にダンファレルの治療呪具で手当てされて復帰して前線へまた送り出されている様子を見るに、正直敵の火器が故障し切って弾丸火薬が尽きる方が早いのではないかと思えてくる。
何かどこかの間違った血濡れの異神に捧げる儀式のようだ。
この熱闘の中、革命軍砲兵は仲間の背中しか見えない中央の塹壕から配置転換を行い、要塞への砲撃を開始する。土塁の要塞の上からの撃ち下ろす銃撃、砲撃も非常に被害を与えている。
新大陸軍も革命軍と同じようなことをしているように見受けられる。
素早い動きで東の丘の塹壕線に肉薄しているが、丘の砲台から撃ち下ろしに苦戦して前進が阻止されている。丘の斜面を砲弾とその衝撃波による”波”が層になって見える程なのだからそれも当然か、逃げないのが凄いのか。
猟兵と歩兵が塹壕内の敵を確実に殺しつつ、大砲の”波”に常に潰されている。丘の砲弾が鉄球砲弾なのが不幸中の幸いなのだろうか?
理術砲兵が塹壕から丘の上の砲台へ狙いを変えて砲撃を開始している。普通の砲兵なら望み薄な砲撃だ。見る限りでは損害は与えているが、猟兵と歩兵の前進を支える程ではない様子。
そんな中、新大陸軍騎兵が遂に動き、突撃配置へつくようだ。丘へ騎兵突撃でもするのか?
装甲戦列機兵の活躍は素晴らしかった。西側の塹壕を踏み越えてしまったのだ。
まず呪具の斉射砲によって加速の呪術弾で塹壕の軽砲、斉射砲が制圧された上で接近したわけだが、それから炸裂する呪術弾による掃射で敵兵が大量に死に、悲惨な負傷を負って動けなくなった。そして猟兵出身の加速と炸裂と焼夷の呪術弾の狙撃で指揮官が死に、抵抗力が弱体化。そんなところへ棍棒を振るう鉄巨人が突入して敵を壊走させた。
接近するまでに軽砲で大破させられる機体がある。斉射砲や一斉射撃で操縦手や銃手が死傷したものの交代要員が操作を代わって再度動き出す機体もある。
伝令が故障して大破した機兵の交換部品の品名を告げる。小さくて精度が必要な部品は事前に持ち込んでいるのでそのまま渡し、大きくて重い部品は自分や他の金属の術を使える者と共同で作成し、怪力の術使いやビプロルの力自慢が持って、馬車も使って運ぶ。車で動けるところは車で、そうではないところは人の手で、そして組み立てる時は勿論人の手で。
整備要員を戦わせないのも戦争の理術か。
突進する機兵は進路を開くのは得意だが、突破後の残敵を掃討するのは不得意だ。
ここで理術槍兵が活躍する。組織崩壊した敵軍を銃弾の効かない呪術を使いつつ槍や棍棒で打ち殺す。中でも投石器使いがもっとも敵を打ち殺す。
残敵、そして要塞からも銃撃を受けるが銃弾は全て弾く。密集すれば術効果が重なって砲弾すら弾く。
銃弾、砲弾の激しさが衰え、理術騎兵は安全が確保された道を進み始める。
ユバール軍が全正面に対する一斉攻撃に耐えられなくなってくる。
怒涛の突撃を繰り返す革命軍歩兵は遂に、一部が塹壕内部に食い込み、突破する。食い込まれた場所にはユバール民兵が投入されてその箇所を守る。
そのように前進する箇所がある一方、遂に膨大な死傷に耐えかねて壊走する箇所も出てくるが、三万の予備歩兵も投入されて壊走する隙間も無くなって前進と攻撃は繰り返され続ける。
一方的なユバール軍による射殺も鳴りを潜め、もみくちゃになった白兵戦が行われる。
銃剣を刺す、刺し過ぎて折れる。小銃を棍棒に殴り合い、銃身が曲がる。もみ合って転がって殴り、噛みつき、目に指を突っ込む。街の不良のように短剣で刺して切り、わけが分からなくなって帽子や拳骨でただ振り下ろして殴る。
塹壕と違って土塁の要塞への攻撃は失敗続きだ。革命軍砲兵が支援を続けるも、『ギー・ドゥワ・ラヴァーレ!』と叫ぶ突撃は何度も跳ね返される。塹壕が中へ下れるのに対し、盛った土塁の上へ駆け上がるだけがどれ程困難か見せ付けてくれる。
新大陸軍だが、今までのがお膳立てだったかのような行動だ。騎兵隊が、歩兵が血塗れになって作った突破口から一気に丘へ駆け上がったのだ。
この騎兵が突入したという衝撃も手伝ってか猟兵と歩兵が東の丘の塹壕線を突破する。歴戦の新大陸兵は精強で、白兵戦も獰猛。銃剣だけではなく、刀に手斧等の武器を持ってユバール兵を切り裂いて頭を叩き割ってあっという間に殺していく。
突撃した騎兵隊だが、丘ということもあり馬が次々と疲れて動けなくなっていく。しかしそうなったら迷わずに下馬して、歩兵となって騎兵小銃を手に丘の砲台へ激しく精確な射撃をしながら、刀や手斧を持って突撃していった。型破りでいてしかし確実に強い。
機兵の突進は止まらない。西の二線目の塹壕線を踏み越える。士気の低い予備兵力の民兵は呪具の斉射砲の射撃で簡単に士気を乱し、振り回す棍棒と巨大な鉄の脚を前に壊走して逃げ出す。
軽砲の直撃を受けて大破して倒れる機体はあるが止まらない。また部品と作業員を送るだけだ。
理術槍兵と理術騎兵は西側の残敵を順調に始末していく。銃弾に、突き出す銃剣も反らす彼等と特別な装備も無く白兵戦を演じて敵うわけもないのだ。
機兵は方向転換に時間を取られながらも敵の防衛線の後背を取った。挟撃は勝利の第一歩。
そして下馬した新大陸軍騎兵が丘の上に制圧した証の旗を掲げて『ギーダロッシェ!』と喚声を上げて勝利宣言。制圧された丘へ向けて理術砲兵が登り始める。ここを取ったならば勝利は確実か。
方向転換には手間取りながらも機兵は中央の第二塹壕線を突破した。混戦していたので降参の宣言と停戦までに時間は掛かったが勝利した。
土塁の要塞は正面からの革命軍歩兵の突入を許さなかったものの、後方から理術歩兵が突入し、中央の塹壕での戦いも決定的であったので降伏した。
東の丘の敵の降伏宣言は最後に行われた。新大陸軍兵が獰猛に追い回していたせいで他所の戦況が見えていなかったのだ。
城館に立て篭もった敵は、身の安全を保障するということで小さな攻城戦が行われることもなく降伏。元々戦闘要員はわずかであった。
以前までならユバール軍の降伏など”人の心を知らぬベルリク主義者”相手に考えられないことであったが、ロセア元帥が説得することによって思ったより穏便に素早く済んだ。
独立の宣言をしたがユバールはロシエの一王国。宣言以前からの英雄ロセア元帥の言葉となれば通じよう。
それと降伏した者、戦死した者の中にマルフレック王やシアドレク獅子公やエデルト軍関係者はいなかった。シアドレク公の予言で予備の正規部隊と逃げたらしい。
戦場では活躍出来なかったが、追撃で活躍を見込まれていた革命軍騎兵が追撃に出た。しかしその予備の正規部隊に迎撃されて散々にやられて戻ってきた。
ベフーギン中佐だが、途中で機兵の交代要員として搭乗し、軍服が絞れるぐらいに汗を掻いていたものの生き残った。
大破した装甲戦列機兵は七機、小破となると三十一機になる。無傷の機体はほぼない。
機体の整備、修理は全て教本化されており、関わって日も浅い自分でも適切に仕事が出来た。
操縦手と銃手の数は十分足りる。あれだけの攻撃を受けても随伴歩兵の大半は機兵の背後に隠れ、また土の魔術で塹壕や盛り土を即席で作ったり、銃弾を弾くか当たっても痛い程度に減速する磁力の呪具で防御して生存したそうだ。
修理されてまたポーリ機関に火が入って歩き出す機兵には不屈の魂が感じられる。理屈ではなくそうなのだ。
治療の理術のおかげで記録にある戦いの死傷率と比べて遥かに生存者が多かった。それでも革命軍の歩兵だけでも二万以上の死人が出ている。
さあ鉄の隊列を組もう
守るは革命の種火
暴君を除く運命の下、
革命旗は掲げられた!
立ち上がれよ
武装する市民よ
進むぞ家族のため
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
二万も死んだというのに兵士達によって新しい革命歌が歌われる。俺たちはまだやってやるという声の強さだ。
前に聞いた歌より下品じゃないし、どうも作詞作曲はロシエ人らしい。
■■■
ダッセンに到着した。因縁のかの地である。
埋められて、跡は多少残っているものの我々が掘った塹壕は消えていた。
ベフーギン中佐と少し眺めて歩いて回った。多くの同級生が亡くなった場所だ。
あの時の突撃開始地点を何とか捜す。理術軍団からもわずかな生き残り、そして戦場には出なかったが大学の同窓生達が集まった。
跪いて手を合わせる。大学出身者に聖職者か資格がある者がいれば良かったが生憎いなかった。
「世界を創りし聖なる神よ。創られしオーサンマリン大学術士連隊の英雄、友人達の苦痛と長く苦しい旅は全て終わったでしょうか。解き放たれて世界を巡っているでしょうか。私は彼等の死を受け入れた心算です。残された彼等の家族は受け入れたでしょうか。もしまだならこの最期の地より残された者達の心の平安をここで祈ります。彼等は既に穢れを濯がれて聖なる魂となりました。どうか魂も残された者達も安らかとなりますように。聖なる神よ、私はそう祈ります」
自分が突撃させて殺したという認識はある。軍人として間違っていたとは思わない。出来ることはこれぐらいだろうか。
祈ってから装甲戦列機兵を見て回った。操縦席が軽砲の直撃で潰れた機体の座席は、修理はしたものの生臭さがとれていなかった。同機の操縦手には香水を寄付しておいた。
ロセア元帥が説得にあたり、ダッセンは降伏した。
説得する間にもユバールの共和革命派が我々を褒め称えにやってくることもあった。既に、地下組織だがユバール共和国議会があるそうだ。
■■■
ダッセンを通過し、インゲルワール領を通過中。ユバールの共和革命派が支援を始めてからは道行く雰囲気が断然違う。
民兵の襲撃は無い。民間人から怯える目で見られることもあるが、歓迎されることもある。
「そこの同志! この非常に労働成果が結集されたような革新的機動兵器はなんと言うのだね!?」
変な喋り方をする民間人がいる。袖を引っ張られてベフーギン中佐が困っている。
「そこの大きな同志! 私に教授してはくれまいか!?」
変な赤毛の、背の低い民間人が次に自分の袖を引っ張ってきた。妙に人懐っこいというか、引っ張られて嫌な感じがしない。まるで子供相手のような。
「軍事機密です。それと私は同志ではありません」
「いやはやこれは二重に失礼、ついつい興奮してしまったのだ!」
変な民間人は、その連れらしい髭の濃い男に襟首を掴まれて「兵隊さんすまんね。こいつ馬鹿なんだよ」と引きずられて行った。その先には妙な子供連れ? まあいいか。
戦地から逃げ出すのは当たり前のことだ。
■■■
道中で聞けるのは朗報ばかりではない。我々が攻めるヘリュールーへの直進路より東側で作戦行動中の新大陸軍二万が、エデルト=セレード連合王国近衛総軍推定十万以上に攻撃され、激しい追撃を受けて撤退に成功した人数はわずかとのこと。そしてその軍がヘリュールーに直進しているということ。
先の戦いの被害は大きかった。治療の甲斐もなく死傷での脱落で多少の補充分を入れても、革命軍は歩兵が八万まで、散兵は半分の二千に、騎兵は追撃の失敗で一千まで減った。
新大陸軍の歩兵は二万まで、猟兵は七百、騎兵は被害が少ないとはいえ一割減の一千八百に減る。
死傷による脱落者は一度の戦いで三万に迫った。
これに対して理術軍団はほぼ誤差範囲内の死傷者に留まった。まだ単純に比較は出来ないが、非常に被害を抑制出来ているのではないか?
三万程度で済んだとも言える。まだ十万の軍が残る。ただ、全て正規兵であろうエデルト軍の十万に対して理術軍団がいるとはいえ敵うのだろうか?
■■■
革命軍ではないが革命歌を新大陸軍も理術軍団も口ずさむ。恐怖など無いかのようだ。
道中のユバール民兵による襲撃はほとんど無かった。共和革命派のユバール住民や、後方から送られてきた騎馬憲兵隊が何とかしてくれた様子。亡きリュゲール殿下の時代とは……比較は止めよう。
戦闘よりも長い行軍で装甲戦列機兵の稼働率は下がったり上がったりしている。修理して起動し、進んで問題が無いと思ったら直した箇所とは別の箇所が故障するのだ。壊れた箇所は見れば分かるが、これから後少しで壊れる箇所というのは難しいものだ。二脚という性質上足腰回りが特に壊れ易い。
それでも機兵の稼働数が三十三機と高水準を維持して王都ヘリュールーに到着した。代わりに大砲を鹵獲して革命軍砲兵の大砲の数が七十三門にまで増えたことを喜ぼう。
ヘリュールーはブリス川の河口に作られた都市で、規模だけならばシトレに匹敵する。対岸のゴアレンテ島が見えるものの海という領域があるだけで内陸の都市と格別の感があった。
エデルト軍の行動は早く、我々の到着より前にブリス川の東岸に陣取ってしまった。
我々の軍は川の西岸に陣取ることは成功したものの、ヘリュールーを陸上から包囲するには川の両岸を確保しなければならない。西岸側は市街地が密集してはいるが中産階級以下の住宅地が多く切って捨てられる場所。東岸側に軍港や政府機能が集中している。
ロセア元帥は何やら策があるらしく、新大陸軍と理術軍団でヘリュールー西岸側の正門へ突撃する隊形で、都市の砲台の射程圏外より下がった位置で待機を命じた。
またブリス川を挟んだエデルト軍にも対応出来るように、革命軍歩兵と全大砲を配置した。ヘリュールーを大砲で撃たないのかと思ったが違うらしい。何か理術的な策があるのだろう。
■■■
昼夜問わず、互いに警戒しながら一夜が過ぎた。偵察行動を行う兵士達の散発的な銃撃戦以外は静かなもので、大砲は時刻を告げる程度の空砲しか発射されていない。ヘリュールー市内の教会が鳴らす鐘の音があるので空砲は不要であった。
ヘリュールーはブリス川河口部を中心に、小島を繋いで堤防を築いて排水して陸地を作った都市だ。都市自体はさほど要塞化されていないが、堤防を決壊させれば郊外の畑や牧場は水没してしまうが瞬時に島となれる機能がある。現在はエデルト軍が展開しているので決壊はさせないと思われる。
ブリス川、そして海側のゴアレンテ水道にはユバールの川と海の艦隊が展開しており、内陸側へ撤退する以外の行動を阻害している。
エデルト軍がいない上で堤防を決壊させなくても包囲戦は長引くだろう。帝国連邦軍が控えている状況で持久戦をする選択肢は無い。無いのにロセア元帥はそれを選んだ。
ブリス川の東岸側にエデルト軍の近衛総軍第一軍と第二軍の合計約八万が待機する。先の情報よりは若干少ないが、脅威と呼ぶのに十分な数だ。
指揮官はエデルト=セレード連合王国の王太子であるヴィルキレク・アルギヴェン大元帥。次席にはあのシルヴ・ベラスコイ元帥が、第二軍の指揮官なのでいると思われる。
理術砲兵の母が今あの川を挟んだ向うにいるのだ。ロセア元帥はブリス川東岸をかなり気にして望遠鏡で観察している。戦争とは関係無しに技術的な話をしたがっているのだろうか?
エデルト、そしてセレード兵の装備は観察しただけでもユバール軍より良いと見られる。ユバール軍に軽砲や斉射砲、弾丸形状の違う新式施条銃を伝えたのは彼等だ。
それと望遠鏡越しに見ただけで細い目の凶相が伺える東方人種のセレード人騎兵が一万は待機中だ。世界最強と名高い、射撃も馬術も達人のように上手いと言われる連中。
帝国連邦軍を相手にする前に戦いたくない相手だ。
ブリス川には大型の船舶通行も考慮した引き込み式可動橋が一つ架かっている。
そして時が来たら一斉に軍を渡すためか、敵の工兵が上陸用の船を大量に用意している。今は河川艦隊の往来の邪魔になるから繋いでいないが、戦闘なればその船で浮き橋を一挙に作り上げるはず。
河川艦隊がいるせいで容易に接近出来ないが、いざ敵軍が渡河するとなれば二千の散兵、百八門の大砲、八万以上の革命軍歩兵が艦隊を恐れずに前進して敵前渡河を行う敵を川に叩き落す。あの先の要塞に突撃した彼等だ。そのくらいやってみせる。
いつになったら状況が動くのかとやきもきさせられる。
敵側に少し動きが見られた。ブリス川の東岸に新たに十門程度の大砲が並べられる。その砲兵の姿を見るに、つば広の術士帽を被った砲兵達だ。あの中にベラスコイ元帥がいるのだろうか?
その十門の大砲、砲弾薬の装填作業を始めた。
「え、届くの?」
思わず声が出る。聞いたことも無い甲高い砲声だった。聞こえたと思ったら既に、新大陸軍の理術砲兵の大砲が破裂して、破片になった砲身が周囲の砲兵をバラバラに刻んだ。どこまでも吹っ飛ぶ、大砲の一部が距離を置く散兵の上半身を次々と千切り、歩兵の密集隊形に飛び込んで百人には届かないだろうが……とにかく、あっという間に挽き肉にしてしまった。
嘘だろ?
「ぬごぉ! あれがベラスコイ元帥の元帥砲か! 何じゃありゃあ!?」
興奮するロセア元帥が変な声を出す。
「砲兵も散兵も歩兵も後退だ!」
早くも、一発の砲声で隊形変換を命じてしまった。
将兵の勇気を軽んじる命令ではないかと思ってしまったが、続くベラスコイ元帥の砲撃を前にそんなことは忘れさせられた。
十門の――本当にそんな名前?――元帥砲が順番に甲高い音を立てて発砲する。撃つ度に砲身に手を添える士官がいるのでのその人がベラスコイ元帥なのだろう。
まずは理術砲兵が狙われた。何が危険か分かるのだろう。呪具となっている大砲が破壊され、その衝撃で粉砕された砲身が破片になって砲兵を引き裂く。分厚い金属の破片は首どころか胴体も両断する。
一発一発は命中率が高いどころの話ではなく必中で、見る度に確信するのは丁度大砲の砲口に直撃させているという事実だ。
砲弾の種類も良く使い分ける。理術砲兵が、彼等に限らず砲兵ならば厳罰対象となる大砲を捨てて逃げ出すという行為をすれば榴散弾を発射する。丁度逃げる彼等の頭上で炸裂するのでほぼ皆殺し。
焼夷弾という爆発して炎を撒き散らす砲弾があるが、それらは全て砲兵の弾薬運搬車に直撃して大爆発を起こしている。その爆発でさらに広範囲に砲弾や一緒に管理されていた銃弾、地面に転がる石も弾き飛ばして至近距離で散弾でも浴びたように砲兵を殺す。瞬く間に砲兵隊は壊滅した。逃げる暇が無かった。百八門もあったと思った大砲が全て使用不可能になっている。
革命軍の散兵と歩兵の後退が行われている。その最中でも砲撃は止まない。最大射程距離というような概念があるか疑わしい程に遠くまで砲弾が、砲声と弾着を同時にして放たれる。
一撃で撫でるように、低空で横に弧を描く変化砲弾が百人を越す兵士を一瞬で刈り取る。死の使いは鎌を持った姿で描かれることがあるが、まるで鎌で雑草でも刈り取るように兵士達の胴体を両断する。
その刈り取る砲弾は段々と精度を増していくようで、連隊の真横から入って二個、三個連隊と貫いていく。砲弾があのような運動をするわけがないと思いたいが、実際にしている。
あんな砲撃を受け続けたら壊走する。今こうして撃たれながら後退しているだけでも厳しいというのに、何なんだあれは? 敵の銃弾、銃剣を身に受ける勇気はあるだろう。しかし、臼で麦でも挽くように殺される度胸を誰が持つだろうか。セレードの肉挽き器のあだ名は伊達ではない。
落ち着こう。どうやらあれはベラスコイ元帥が行う”曲芸”である。発射される元帥砲は全て元帥が触れているものだ。術使いというのは術を使うたびに疲れるのだ。いずれ疲労限界が来てあの砲撃は止まる。それに大砲だって短期間に連射をすれば砲身寿命が劇的に下がって壊れてくる。
疲労と故障を願ってしまう。
散兵と歩兵の後退が進む度にベラスコイ元帥の砲撃の仕方が変わる。横薙ぎの砲撃は終わり、今度は直進の砲弾に変わる。ただしぶどう弾。乱雑に散るはずのぶどう弾が、何故か横一列に並んで放たれて一発につき十人近い体を貫通する。
更に後退。今度は――大分速くて砲弾の目視に苦労する――放物線を描き、最高の射程距離でもって榴弾が地面に落着し、後退の最前列の兵士を粉砕する。後方で待機する自分のところにまで肉片が飛んでくるような距離だ。
まだ終わらない、今度は榴散弾の適切な高度での炸裂が続き、死の後退とあだ名が付けられそうな後退がようやく終わる。ベラスコイ元帥が大砲の隣に椅子を広げてお茶を飲む休憩に入ったのだ。
一万とはいかないだろう、しかし数千人と百八の大砲が十門の大砲によって一方的に殺戮、破壊された。
あまりにも凄まじい砲撃に我々は意識まで奪われていた。
いつの間にか川を馬に乗ったまま泳き、セレード騎兵が渡河して革命軍歩兵の右翼側支隊の側面を取りにいっていた。
敵歩兵による我々の眼前、敵前渡河が開始されている。敵工兵は素早く、高い練度で浮き橋を揃えてしまう。
可動橋も引き込まれていた浮き橋が押し出されて対岸と連結。
加えて河川艦隊の一部が川幅一杯に並んで浮き橋を作った。
四つの橋に向けて敵歩兵部隊が、予備兵力を残しつつも前進を始めた。
『ハウ! ハウ! ハウ! ハウ!』
一時は後退していた革命軍に前進命令が出される。野獣のように「ハウ!」と咆える白兵戦最強と謳われるエデルト歩兵相手にだ。
ロシエ人は彼等に対して単純に体格で負けている。凶暴性でも負けているだろう。最近の新兵教育ではロシエ兵こそ白兵戦で最強と教えているが、どこまで嘘が通用するだろうか?
新大陸軍や理術軍団をブリス川方面に向けてはどうかと思うがロセア元帥はそういう命令は出さない。
正門の方からユバール軍が、攻撃をするようなしないような、とにかく騒いだり適当に空を撃ったりして気勢を上げる。突撃準備だけは完了というところだろう。ここでもしブリス川へ新大陸軍、理術軍団の兵力を差し向けたら側面、背面を突かれる可能性がある。あるというだけで容易に動けない。ユバール軍は弱っても壊滅していない。
セレード騎兵が迎撃に出た革命軍騎兵を、笑い声すら上げてあっさりと騎乗射撃で皆殺しにする。
革命軍騎兵が稼いだ時間を無駄にしないように右翼側の革命軍歩兵の支隊が攻撃を仕掛けるが、馬を軽く走らせながらの背面騎乗射撃で更に大笑いしつつ弓矢や小銃で撃ち殺し、支隊が疲れて諦めたところで散らばっていたセレード騎兵が集まって、側面背面方向から弓矢で射撃しながら騎兵突撃を行う。衝突直前に拳銃を射撃、そして一瞬で刀に持ち替えて衝突して隊列を粉砕、逃げ惑う兵士達を斬って殴って撃って殺していった。
時間遅れで新大陸軍騎兵が、歩兵の予備と共同してセレード騎兵に対峙しようとすればどこまでも逃げて、追うのを諦めたらまた近寄ってからかうように射撃する。その射撃には真摯さが感じられないが、見事な狙撃であり、近寄る気力を沸かせない。逃げる気持ちだけを煽る。
帝国連邦軍にはこんな騎兵が十万といるというわけだ。冗談にも程がある。
河川艦隊と川沿いに展開されている敵の砲兵――ベラスコイ元帥を除く――の射程距離外のところで革命軍歩兵は前進して隊列を整え、獰猛に前進してくるエデルト歩兵を待ち受ける。
エデルト歩兵の小銃は全て新式の施条銃であった。そしてユバール兵のように反転行進射撃はやらなくてもその一斉射撃は強烈で、再射撃までが素早く、撃った分だけ兵士が倒れるような有様だ。歩兵より先んじて前に出た散兵が壊滅する。
革命の熱狂はそんな射撃を恐れず『ギー・ドゥワ・ラヴァーレ!』と叫んで、銃剣を付けた射程の短い旧式小銃を並べて行進する。
軍服も揃わず、民兵服すら揃わず、革命帽や腕章でなんとか兵士としての証を立てている平服の革命軍兵士達。
治療術によって少しずつだが兵員を回復していく。失血でフラつく者もいるが、何が駆り立てているのだろうかと思う程戦場に復帰したがり、走って隊列に戻る。
さあ鉄の隊列を組もう
守るは革命の種火
暴君を除く運命の下、
革命旗は掲げられた!
立ち上がれよ
武装する市民よ
進むぞ家族のため
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
勇敢な新しい革命歌を歌って前へ出る。
また一斉射撃を受けてバタバタと倒れても後列の兵士がすぐに前へ出る。倒れた旗手が落とした革命旗を後ろの兵士が拾って掲げる。
共和革命派など正直下賎で卑怯な性格の連中が寄り集まっていると思っていた。しかし今は、美しさ、神々しさすら感じる。
見よ暴君とその軍勢を
醜き人食い豚共
奴隷を求める敵を前に、
我等の怒りは燃える!
立ち上がれよ
武装する市民よ
進むぞ家族のため
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
ベラスコイ元帥の砲撃で出た負傷者を治療術で復帰させて前線を送り出す作業は続行中。負傷程度で済んで後送されれば直ぐに復帰させられる。
エデルト歩兵の動きが変わる。一旦射撃をやめ、弾薬の装填動作を行う。
革命軍が前進を続け、エデルト歩兵との距離が縮まっている。あと少しだぞ!
おお異国の侵略者よ
愚かなる盗賊共
我が祖国を蹂躙して、
生きて帰れると思うな!
立ち上がれよ
武装する市民よ
進むぞ家族のため
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
革命のせいで忘れそうになっているが、ユバールはロシエなのだ。ここにエデルト軍がいるということは侵略に他ならない。
エデルト歩兵も前進を開始する。最初の頃のように威嚇で「ハウ!」とは叫ばない。あれは声で気合を入れる必要も無いくらいに練度が高いのだ。
復讐の時が訪れた
革命軍が裁く時
例えこの命果てようと、
祖国ある限り負け無し!
立ち上がれよ
武装する市民よ
進むぞ家族のため
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
距離が近づき、エデルト歩兵が号令で小走りを始める。隊列、歩調共に狂いが無い。
そうして旧式小銃でも十分に敵を撃てる距離になった。
革命軍は停止する。横隊形を取る熟練兵が反転行進射撃を開始する。一斉射撃を隊列変換しながら繰り返す。
エデルト歩兵は士官も含めて前列が銃撃で倒れ出すが不気味に思える程動揺しない。
分別ある革命軍よ
虜囚を解放せよ
哀れな市民を助け、
悪逆たる君主を討て!
立ち上がれよ
武装する市民よ
進むぞ家族のため
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
未来をかけた戦いで
我等は一歩も退かぬ
エデルト歩兵が停止する。そして前三列がしゃがみ、直立で三段構えの一斉射撃姿勢を取る。かなり素早い。
停止した位置が近い。足元を蹴っ飛ばして泥を飛ばせば当たるぐらい。
余りに近い。革命軍もびっくりして動きが止まるぐらい近い。目の”白目”が見える距離。
その至近距離からの一斉射撃は衝撃的だった。最前列は完全に皆殺し、二列目以降も大砲の散弾を受けたように倒れた。外れた弾が後ろに当たったのもあるが、一部は貫通したのだ。
直後。
「ウーハー!」
『ハーウ!』
エデルト歩兵が咆えて短い距離を一挙に突っ込んで縮め、ぶん殴っても曲がらない頑丈な銃身に付けた常より大きい銃剣を構えて突っ込む。
士官や下士官が暴れ狂ったように斧や斧槍をぶん回して兵士を叩き殺す。中には斧を二本持ったり、剣を二本持っていたり、一撃で馬の両断出来そうな両手剣を持つ者もいる。
大柄なエデルト歩兵の銃剣捌き、力任せのようで巧みで、革命軍兵士を相手にすればあっという間に武器を弾いて刺して殺してしまう。
一斉射撃に加わらなかったエデルト歩兵は至近距離から射撃した上で銃剣を突き出す。
銃剣は予備を一本持たされているようで、銃剣付き小銃を槍のように使いながらもう片方の手で銃剣を持って剣のように扱って殺しまくる。
遠くからでもエデルト人達が掛け声でもないような、野獣のように咆えているのが分かる。同じ人間だろうか?
エデルト歩兵の白兵戦はとにかく強烈。良く訓練され、そして訓練でどうにかならない野獣のような特性を持っている。
革命軍は正面、側面を固める隊形のおかげで側面を突かれても、死にはするが容易に崩壊しない。
白兵戦後に西岸に持ち込まれた始めた軽砲、斉射砲の射撃も激しい。
右翼側ではセレード騎兵が好き勝手に走り回って撃ちまくる。
敗北の予感がする。ここであのベラスコイ元帥が疲労から復帰したのなら絶望的。
ヘリュールーから信号弾が三発連続で発射された。
遂にユバール軍も突撃かと思ったが、ロセア元帥が笑った?
エデルト歩兵の動きが急に変わった。白兵戦を止め、非常に器用だが、反転行進射撃と後退を組み合わせたような後退攻撃戦術を取り始めたのだ。
エデルト軍はどんどん後退を始める。
セレード騎兵も川の東岸へ。
これは機会だと思った一部の革命軍歩兵が追撃をしようとするが、何とそこにはベラスコイ元帥の砲撃が加えられた。後退を邪魔するなという警告の一発だと分かってしまう。
エデルト軍の突然の撤退は素早い。攻撃も苛烈だが引きも早いとは恐ろしい敵である。
呆気に取られるとはこのことだろうか。
■■■
戦場掃除である。少数のエデルト兵が残り、お互いに死者や負傷者を回収し合う。
我々は蛮族ではないのでこういう行いについては古来の仕来りに則って平和に行われる。
装甲戦列機兵の出番はなく、見て疲れただけという感じだ。
ロセア元帥の戦術というか戦略は、セレル王太子殿下の帰還のために一人でも多く共和革命派に死んで貰うというものも含む。戦場の熱気で忘れそうになるが、やはり奴等は敵だ。王家を排除しようなどとは相容れぬ。
ベラスコイ元帥の砲撃を再現するにはどうしたら良いかと、血と硝煙の臭いで変になった鼻をむずむずさせていると、巨大な吹奏楽器でも鳴らしたような音が海から聞こえる。
そしてベラスコイ元帥のものとは比べ物にならない激しい砲声が鳴る
ロセア元帥が言う。
「ランマルカ海軍の到着だ!」
ヘリュールーへの艦砲射撃が始まった。街が何かの間違いで火山になったかのように土砂を噴き始める。あれ全てが砲弾が着弾した結果か?
ユバール軍がこちら側へ白旗を掲げて降伏した。ロセア元帥は勿論受諾した。
しかしランマルカの砲撃はあまりに激しく、都市が半壊するまで降伏の意志を伝えるのに時間が掛かってしまった。
破壊速度が余りにも早かったこと、弾薬庫に引火したことも原因である。
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