第204話「ゼーバリ強襲上陸」 大尉
「耳栓をつけて、口を開けて」
”狼”も”猫”も”馬”も配った耳栓を付けて口を開く。”鳥”は手が翼になっていて出来ないので自分が耳栓を付ける。ブルっと体を震わせた。
「大丈夫?」
”鳥”は首を傾げる。唇の動きは見えても聞こえてないか。自分の両耳を指差して、耳栓に問題はないか? と聞くと、笑って額をコツンと当ててきた。問題無し。
揺れる天井の無い揚陸艇の側壁を登り、そこからユバール連合王国はバントル=ユバール公領首都ゼーバリ最後の街並を眺める。複数段に重なって奥行きも深い沿岸要塞と、橙色に統一された屋根が連なる都市の姿は立派なものだ。
肩を叩かれる。揚陸艇の側壁の上には機関銃座が設けられており、そこの装甲覆面、装甲服を装備してある種の砲台と化した機関銃助手が望遠鏡を持って、使いますか? と差し出して首を傾げる。自分の望遠鏡を手に持って、不要、と首を振る。
腹に衝撃波も伴う、海も揺らして地震を想起させる大爆音が鳴り始める。揺れて勝手に歯が鳴る、軽く食いしばる。
揚陸艇の隅の方へ”猫”と”馬”が身を寄せ合ってしゃがみ込む。”狼”が二人を庇うように抱く。”鳥”は隣に来て側壁の頂点を足で掴んで膝を折る。
革命自身級装甲艦八隻、勝利機関級装甲砲艦八隻による一斉砲撃には砲弾雷雨という言葉が相応しい。
黒と灰の煙が噴き上がるゼーバリ。砲声が重なって音に隙間が無く、海面が波立ち続ける。
橙色の屋根が消えていく。要塞の壁が崩れて土が露出する。狭い要塞砲の砲門が崩れて大穴を空け、土台が崩れて黒い大砲が下に落ちていく。
陸上の要塞砲は艦船にとっては恐ろしい敵であるが、旧時代の鉄球砲弾を撃ち出すような砲など、その射程距離外から我がランマルカの艦砲が破壊する。機動して回避出来ないのだから文字通りに的。
弾種徹甲榴弾。固い目標をこれで粉砕する。固い殻をカチ割って柔らかい内部を露出させる。
時折砲弾が起こしたものとは思えない別の大爆発が起こる。弾薬庫に引火したためだ。
旗艦が旗信号を揚げて各艦に新たな命令を出す。命令にしたがって艦砲射撃は第二段階へ移行する。
革命自身級装甲艦八隻は、ゼーバリ市外の砂浜、揚陸地点に対しての砲撃を開始する。壁外の下町、漁村、ゼーバリ本体程ではないが防塁等、防御施設ではないがその役目を兼ね備える防風林があって防御能力が存在する。
我々が乗船している揚陸艇と同じ船が洋上に現在、ニ十四隻が待機中。全て蒸気機関で動き、作戦海域まではダフィドルゴー級強襲揚陸艦八隻に積載されて来た。揚陸艇一隻につき百名まで乗り込める。二千四百名の海兵隊が洋上待機中。
勝利機関級装甲砲艦は新機構によって艦砲の仰角を大きく上げることにより、海上からは見えない位置にあるゼーバリの都市設備の破壊を間接射撃で行う。そのための観測気球は既に各砲艦から有線にて上げられている。
揚陸地点への砲撃が弾種を榴弾に変えて行われ、また革命自身級装甲艦の半分、四隻は固い城壁が破壊されたゼーバリの露出した柔らかい内部を、洋上から見える範囲で砲撃、効率的に破壊箇所を広げていく。
榴弾は、多少は残存していた城壁や砲台に当たると徹甲榴弾より爆発は派手だが破壊規模は微小である。しかし固くない場所に着弾した時は瓦礫、粉塵、木材加工品、人の吹き飛び方がまるで違う。
奴隷時代、冬になって家の周りが雨と雪の組み合わせで氷だらけになった時を思い出す。固い氷を鶴嘴で砕き、それから箒で破片を掃くのだ。原理は同じ。
まるで大地が沸騰したようだ。大袈裟な言葉だが、この激しい艦砲射撃を見てはそのようにしか言い表せない。
旗艦が旗信号を揚げて各艦に新たな命令を出す。命令に従って艦砲射撃は第三段階へ移行する。
弾種榴散弾。時限信管によって空中で炸裂する仕組みの榴散弾がゼーバリ上空にて炸裂し、砲弾内部の子弾が弾け飛んで鉛の雨を降らせる。柔らかい目標の中でも特に肉、人間を殺す為に使われる。
このゼーバリを陥落させると、大陸とゴアレンテ島の隙間にある水道への侵入が安全になる。そしてこの水道の突き当たりにはユバール連合王国王都ヘリュールーが存在する。
ヘリュールー規模の都市は海兵隊と艦砲射撃だけでは陥落は困難。交通の便も良く、敵戦力も非常に集中し易い地域になっているので装備に差があっても物量で押し負ける可能性がある。
まずはゼーバリを陥落させて水道を確保し、ここに橋頭堡に陸軍を投入。陸軍が陸路でヘリュールーに接近してから水陸共同作戦で王都を奪取し、旧体制からの解放、人民主権の政府を打ち立てる。この政府はロシエの共和国と連携して革命を死守する。
防衛線は自国の海岸ではなく、洋上にもなく、大陸の港の背後にあるという理論があり、オルフでは失敗した。新大陸では恒常的に広い範囲で戦いが続いており、方針の転換は後回しにされていたらしい。海軍のやることは正直分からないが、今度はユバール、ロシエで行われる。
旗艦が旗信号を揚げて各艦に新たな命令を出して第四段階に移った。
勝利機関級装甲砲艦八隻による榴弾、榴散弾による打ち上げるような間接射撃を除いて艦砲射撃が停止される。
揚陸艇二十四隻の中の、先頭にいる指揮官艇が国旗を掲揚して、合図を出すのと同時に士気高揚を図って前進開始、第一陣十二隻が煙突から煙を吐き、艦砲射撃で制圧された砂浜に向けて前進。
我々は上陸地点が確保されてから上陸する第二次上陸部隊の一部に編制上組み込まれている。予備部隊、野戦治療所、補給部隊、そういった後方部隊だ。
同じくして、ゼーバリ港湾部にダフィドルゴー級強襲揚陸艦八隻が突入する。かの船には一隻につき重火器装備の海兵隊一個連隊が乗っている。また船同士は甲板上で前後左右に橋を設置できるようになっているので、仮に港が狭くて一隻しか接岸出来なくても理論上は全軍を下船させられる。そして蒸気機関を備えているので風に関係なく前後移動が可能。
第一陣の揚陸艇は砂浜へ迫る。
水際防御に配置された、砲撃から生き残ったゼーバリの守備隊が待ち構える。
揚陸艇に備えられた機関銃座から大量の大口径弾が発射されて敵兵を撃つ。船同士が起こす波に揺られて命中率は低いが牽制になる。
そして砂浜に揚陸艇が滑り込むように直接着岸。陸に揚がり、船の姿勢が安定。機関銃が高い命中率を持って敵兵を撃ち、大口径弾が骨など無いかのように体を千切り飛ばす。あっという間に身を晒す者が撃ち殺されるので敵は残存する防塁、瓦礫等に隠れる。
着岸して一番先頭に上陸するのは海兵隊ではない。船外、船首側に取り付けられた自走爆雷だ。並大抵の衝撃では誘爆もしない装甲防水型。
「自走爆雷用意! コロコロ殺せ!」
『コロコロ殺せ!』
船内から発射手続きが行われ、噴進装置が作動して船から離れて自走を開始。砂浜を駆け上がり、防塁に衝突して時限起爆。土砂を振り撒き、仕込まれた発煙効果が広がり、防塁とその背後の敵兵が、一発だけなら艦砲を凌駕する爆発によって吹き飛ぶ。
自走爆雷の次は船首側の蓋が開いて前方へ倒れ、防具といえば兜だけの海兵隊が煙幕に遮られながら上陸する。
「ぼっくらは最強海兵たーい!」
『突っ込め奴等をぶっ殺せ!』
乗り上げた船の高さの分だけ位置が高く、突撃前進する海兵隊の頭の上から機関銃による支援射撃は続いている。
装填速度が極めて速い遊底式小銃を撃ちながら海兵隊が前へ、砂に足跡をつけて進んでいく。
機関銃と設置する三脚銃架、弾薬箱を協力して担いだ分隊も前へ進み、攻撃の要所となる地点でそれらを組み立てて設置し、待ち構える敵を連射で薙ぎ倒す。
機関銃で敵を薙ぎ倒し、頭を抑えて牽制したところで敵が隠れる防御施設に向けて手榴弾を発射する迫撃砲での砲撃。これらの組み合わせにより、重火器が無くても優れた火力を歩兵が発揮する。
「着剣! 突撃! ダフィィドッフッラーイ!」
『フラーイ! フラーイ!』
爆発に合わせて着剣した海兵隊員が喚声を上げて突撃、防塁の向こう側を制圧していく。
強襲揚陸艦が突入した港湾部から信号弾が打ち上げられた。海兵隊八個連隊の上陸開始の報せである。これに伴って勝利機関級装甲砲艦八隻の艦砲射撃も停止。
艦砲の音が止む。耳栓を外す。”鳥”の耳栓を外してやるとまたブルっと体を震わせた。
「大尉さん凄かったね!」
「そうだね」
背中に”猫”が跳び乗ってきた。鼻をグシュグシュ鳴らしている。
「”猿”、終わった?」
「とりあえず今から艦砲射撃があるとしたら上陸した部隊から要請があった時だけだね。それをやるとなればかなり繊細な手続きが必要だ。つまり大規模にはもうやらないよ」
「うん」
強気な”猫”もあの爆音には参ったようでその体が震えている。
”馬”を見てみれば、”狼”に手を引いて貰っても腰が抜けて、脚が震えて立てないようだ。普段なら演技を疑うところだが、泣いた声で「ごめんなさい」を連呼しているので今日は違う様子。
我々が乗る揚陸艇を含めた第二陣が前進を開始し、ゆっくりと砂浜に上陸した。
ゼーバリ強襲上陸作戦は順調だ。
■■■
第二陣の揚陸艇の部隊も上陸を完了。港湾部から突入した海兵隊八個連隊は一挙に、砲撃で無力化されたゼーバリを市内から制圧。
砂浜から上陸した海兵隊も残骸と死体だらけのゼーバリの城壁外の下町を制圧。
砂浜に作られた野戦治療所には傷を負い、また笑った顔のまま死亡した海兵隊員が運び込まれる。いかに火力で圧倒していても死傷者は出るものだ。
「同志軍医殿! 英雄を運んできました!」
「同志、それはもう死んでいる。それと死んだ者は軍務英雄勲章を受勲してから英雄になるのであって、生きている内は別の功労で英雄勲章を受勲しないと英雄ではないのだよ」
「同志軍医殿! 英雄見込みの死んだ同志を運んできました!」
「うむ。装備、認識票を回収しなさい。それから死んでばっちいから焼いて埋めなさい」
「はーい!」
強襲揚陸艦が砂浜に上がった揚陸艇を綱で引いて海に戻して回収を始めている。洋上整備能力があるらしい。
装甲艦、装甲砲艦は洋上で補給艦から弾薬の補給を受けている。
また陸軍と補給物資を乗せた輸送艦が入出港を繰り返す。
我々五人は海兵隊員の邪魔にならないところで休憩。今は何も仕事が無い。
「これ撃ち過ぎだね」
「だねー。もう少し兵隊に任せて施設は残した方が良かったね」
「ここは放棄するんじゃない?」
「それだ!」
破壊状況を調査中の海兵隊将校のそんな言葉が聞こえるぐらいにゼーバリの建物は打ち砕かれ、生きた生物がいないような、地面は穴だらけで穴が重なって妙な模様になっている。
「”馬”くん、実戦訓練に入りたいけど出来るかな?」
「うん、大丈夫、大丈夫」
”馬”呼ばわりにも反応しないあたり少し怪しいが、まず基本的な流れを把握するだけでも意味はあるだろう。
「では出発」
五人で破壊されたゼーバリの下町へ進む。
瓦礫の山と言って良い風景。まだまだ住民や守備隊が残存しており、散発的だが銃声は鳴り止んでいない。
まずは適当な、砲撃で崩壊していない建物の屋根へ昇る。
建物の周辺は”猫”が護衛として警戒する。なお海兵隊から誤って攻撃を受けないように各自にはランマルカ軍に所属する証明として民兵の腕章を付けて貰っている。”鳥”は首につけている。
護衛も兼ねる観測手として”狼”が望遠鏡で敵を探りつつ、風速計で風を見る。それと荷物持ち。
”鳥”は役職名をつけるとしたら何だろう? ハッキリ浮かばないが、空を飛んで人を運んだり、状況によるが歌って敵の動きを変えたり、特殊な役割を果たす。こちらも荷物持ち。
そして”馬”であるが、魔術と呪術を組み合わせて行うという自称妖術による占い、見透かしによる敵位置の特定を行う。
”馬”には呪術弾の作成以外には役立つところがあると”狼”が提案した。ダフィドルゴー郊外にて野生動物を相手に訓練をしたところ、物陰にいて音も立てずにいた標的を発見する妙技を見せてくれたのだ。ダリーバトムで天幕の外から自分を見抜いたのは詐術ではなかった。
まずは”狼”の観測と風の計測による普通の狙撃を行う。ゼーバリ住民は皆殺しにする予定なので軍民の区別は付ける必要はない。ゼーバリに潜入していた工作員や革命的な住民は避難した後なので見分ける必要は無い。
下町を制圧していく海兵隊を援護するように撃っていく。敵が壁に隠れた場合は大口径狙撃銃に持ち替え、壁毎撃ち抜いて射殺。
今回は射殺目標がほぼ無数にいるので弾薬、替えの小銃も多めにある。目につく範囲で露出していない敵はほぼ撃った。
「では”馬”くん、標的を捜索して。優先するのは銃を持った敵だ。海兵隊員はダメだよ」
「……うん」
随分自信の無い”うん”だが。
”馬”は彼女なりの精神集中をしながら敵を探る。
まず錯覚、眩暈を起こすような目が複数描かれた仮面を、目蓋越しの日光も遮るために被る。それから貝殻、石、骨などを両手で包んで持って振り、広げた敷物の上に落とす。絵札を混ぜて一枚ずつ引いて、並べて捲る。それで儀式の場のような物を作ってから動物の頭蓋骨に左手を当てる。空いた右手は数珠を握り、親指で珠を一つずつ弾いて手の中で回す。これらの動作は占いならば意味がなくハッタリで、客の視線を誘導したり、それっぽく見せて信用させる意味しかない。
”馬”は自分の”狼”と反対の隣。三脚付きの望遠式照準器を貸与しているので、彼女が発見した位置にその照準を合わせてくれれば情報が容易に共有出来る。ダフィドルゴー郊外での訓練時に、この軍に正式採用されていない装備を補給部から紹介して貰えたのは、”馬”との出会いも含めて非科学的ながら、引き合わせる要素はいくつかあれど運命的。
「大尉さん、ここ。窓の蓋の裏。窓枠の向かって右寄りで壁には……うんと、お腹半分から隠れてる。少し前屈み」
”馬”が照準を合わせた望遠式照準器を覗いて位置を把握。小銃に持ち替え、”狼”から風速風向を聞いて狙撃眼鏡を調整して撃つ。
長年の勘、手応えとしては当たった気はする。しかし銃弾は窓の蓋を綺麗に貫通しただけなので分からない。
「えーと、当たった、当たってる。うーん、倒れてる? 倒れてるけど生きてる。左肘から先が無い、無い? うん、うわっ千切れてる。はい、あ、脇腹に貫通してる。はい」
見えない、しかし信用しよう。
「連れて来て良かったよ”馬”くん」
「アーラ!」
「ア……ル? ウー”馬”」
固有の名称で呼ぶことがあまりないので難しい。
「ちょっとなんなのマティルズさん!」
「同志ってつけて呼んでみたらどうだ」
その手があったか。
「同志アーラ」
「嫌よそれは!」
それから”狼”の目視と望遠鏡の観測、”馬”の術観測を交えて守備隊、民兵の殲滅を補佐した。
■■■
ゼーバリの市街戦の補佐はそこそこに、本来の任務のために我々は設営された野営地で宿泊する。
陸戦用の重砲を陸揚げする作業があったので日が暮れるまで騒がしかった。
戦闘はほぼ終わり、夜になる前までに住民の抹殺もほぼ終わったようだが、廃墟に隠れている者達が時折発見されるようで銃声、悲鳴は時々聞こえる。
野生動物相手だけではなく人間相手には確実に術観測が通用すると判明し、また実戦に不慣れな”馬”に度胸をつけるという意味でも今日は意味があった。
主食の他に本日は加給食の配給が行われる。カカオと砂糖と牛乳と乳脂に香料を混ぜて練って固めた菓子だ。ペセトト産のカカオは我々の舌にはそれその物だけは好みに合わなかったのだが、マトラにいる同志達から素晴らしい料理方法が伝えられたのだ。持つべきものは同志である。
非番の海兵隊員達が食べて「むっひょー!」「おっぴゅー!」「わっひゅー!」などと奇声を上げて喜び飛び跳ねている。甘味を好む我々だがあそこまで喜ぶ様を見ることはない。
さて我々は五人だが、配給対象は正規軍人の自分だけであった。五等分でも構わないが、しかしやはりそれでは量が足りない。
戦死者分が確実に余っているはずだ。なので補給士官に聞いてみる。
「僕が雇用している四人分の加給食が欲しい」
「加給食は今回部外者に対して配給対象外です」
「上陸作戦に参加した者に配給される規定のはずだ」
「部外者は指揮系統外にあり、上陸作戦に参加しているとは見做されません」
「主食の配給がされているが」
「部外者に対する主食の配給は命令されております」
「来客者への接待分という扱いに出来ないのか?」
「接待扱いにするには外交権限が必要です。また加給食は接待品目ではありません」
「現地人を買収する権限を持っている。現地人の嗜好は特定出来ないから品目制限は無いはずだ」
「買収権限ならば配給する品目に制限はありません」
「加給食と同品目の物を二十四食分要求する」
「在庫はあります、了解しました」
「日持ちすると聞いているが?」
「生鮮食品ではないので腐敗し辛いですが、乾パン程には持ちませんので早めに消費して下さい」
「分かった」
カカオ菓子を二十四食分受け取り、記入書類に品名と数量と用途を書き込む。
仲間四人が休憩している場所に戻りつつ、少しずつ食べる。カカオ茶と香りは同じだが、甘みがつくと別物である。苦さと甘さと柔らかい口当たりが重なって美味い。これは発明した同志は天才である。労働英雄勲章ものであろう。
野営地ではそのカカオ菓子をどうにかしてたくさん食べようと努力がされている。専門家でもないのに手を出すとは愚かで浅はかである。注意勧告すべきだろうか? しかし加給食とは言えこれは嗜好品、ご褒美である。そこまで固いことを言わずとも良いか。
「みんなみんな聞いてー! 女人間の死体の乳房を絞れば乳が出る個体がいるはずだよ! まだ腐ってないから早く早くー!」
「肥大化した乳房にたくさん蓄えられている可能性があるよ!」
そうして死体から絞って集めた乳を煮詰めて水分を飛ばして濃厚にし、欲張る連中は更に血を混ぜ、鍋でカカオ菓子を溶かして混ぜて嵩増しを試みた。カカオ菓子の材料に乳が含まれているとはいえ、それは既に適切な分量で混ぜられたものだ。
陥落したゼーバリで収奪した物資の管理は補給部隊に一任されており、管理対象外の品目にしか兵士は個人的に手をつけられないからこのようになっている。焼却処分をする人間の死体は品目対象外であり、自由に手が付けられる。美味しくそして嵩増しに使えそうな搾乳された家畜の乳や砂糖にお茶は勿論品目対象である。対象の物に手を付けたら銃殺刑。
「うぴょん」
「ぺぴょん」
「もぴゅん」
乳や血を混ぜた物を食べた海兵隊員はあまり嬉しくなさそうだ。味も香りも良くなかったのだろう。専門家でもないのに手を加えるからそうなる。
仲間四人のところへ戻る。
初めての火砲唸る実戦のせいか”猫”と”馬”は眠れずに終始そわそわしている。”狼”もこの規模は初めてなのか、落ち着いているフリはするもののやはり落ち着かない。”鳥”は普段通りに見える。
とりあえず皆が残さず主食を食べた様子なので一安心だ。
「君達に渡す物がある」
それぞれにカカオ菓子を配る。
「はい”狼”くん」
「おう、面倒掛けるな」
美味そうに食べた。
「はい”猫”くん」
”猫”は匂いを嗅いでから、少し一口齧って嫌がる。
「かーくっさ! ダメだこれ。水くれ水!」
グジュグジュペッと”猫”が口をゆすぐ。そういえばペセトトでカカオ茶を飲んでいる姿は見たことがなかったな。
「はい”鳥”くん」
「大尉さん、ありがとう!」
ペセトトではカカオ茶を常飲していたので難無く食べる。スベフワっとした羽毛が生える首で自分の首を擦ってきた。
「はい”馬”くん」
「馬じゃない……ありがと」
美味いという顔はしていないが食べ始めた。
カカオ菓子も食べ終わり、後は寝るくらいしか仕事が無い。
寝られない”馬”は手慰みに占いを繰り返している。当然ながら毎回出る結果が違う。
「ねぇ、占いって意味あるの?」
「それはやる人と受ける人によるから、どうとも言えないけど」
「”馬”くんの占いは?」
「馬? まあ良くないけど。いいや。悩み相談を聞いたり、病気だったら薬出したり、気の迷いならお守り作ったり、何か道具が無くて困ってるなら呪具作ったり、相談の必要が無い相手なら雑談するとかよ。これに占い道具を使って信じやすくすれば効果が良く出るの。文句言われても占いの結果だって言い逃れ出来るし。色々あるけど、綺麗なお湯を多めに飲んで体調良くして心も良くするのが一番効くかなぁ……」
今まで詐欺師と疑って掛かっていたがその論理ならば科学的である。詐欺行為がし易い職業であるというのは変わりないが。
「僕を占うとしたら?」
「呪具作るのは除いて? じゃあ必要無い。大尉さんみたいな人……妖精は立ち止まって迷うような悩みも無いし、なすべきことは明快で覚悟も決まっていて、体は健康そのもの。時間の無駄」
「じゃあなんであの時は?」
「もう一人の妖精もいたし、中から透かして見て、雰囲気で道案内とか人捜しとかだって大体分かったわよ」
「料金吊り上げたのは?」
「あれは……根に持たないような嫌な客にはそうして、嫌な思いした分は頂くの。そうすれば私の心と懐に良いのよ。やり返してやったってね。商売する自分にも気を遣わないとやってられないわ」
思った以上に”馬”の話が面白い。占い、少なくとも彼女が実践している占いは相当に高度な学問と言える。
「総合的に判断して”馬”くんが実行する占いは科学的にも信頼に足ると言える」
「何急に褒めてんのよ。馬じゃないし」
「同志アーラ」
「それも嫌だってーの!」
賞賛したのに”馬”が機嫌を損ねた。”狼”が笑ってる。
それから小言を繰り返す”馬”を無視し、宥める”狼”に後を任せ、”鳥”に寄り添って、翼を布団に寝る。前々から思っていたがこの羽毛、とても良い。触覚的に優れている。”猫”も気に入って腹の下に潜り込んでいる。
標的の場所まで先導してくれる案内人とはここで合流する予定である。合流後は我々の尋常ではない脚力を活かして敵勢力圏内を一挙に浸透突破する。
流石に上陸初日には来ないだろう、と思いながら”鳥”の羽毛に意識を奪われる直前になってやって来た。
「労働と休憩、労働と睡眠、そして起床と労働。軍務も同じく睡眠無くして次は無い。休み働く組織的屈伸運動あればこその人的損耗の回避、労力の不断無き蓄積、そして革命的飛躍への連動。お休み中失礼するよ、軍務英雄とその盟友諸君」
赤い帽子を被った、赤毛混じりの金髪の同志がやってきた。
”猫”が言う。
「何だぁお前?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます