第193話「寝る」 ポーリ

  掲げて行こう革命旗

  愛国市民は突撃だ

  隊列組んだら立ち上がれ

  前進あるのみだ

  復讐復讐、復讐あるだけ

  我等の勝利まで

  憤怒の炎を燃やせ

  憎悪の炎を燃やせ

  敵が血に沈むまで!


  滅ぼすべきは旧体制

  革命烈士は攻撃だ

  一瞬躊躇無く立ち向かい

  粉砕あるのみだ

  祖国祖国、祖国のために

  賊徒が滅ぶまで

  正義の炎を燃やせ

  裁きの炎を燃やせ

  国がまた昇るまで!


  栄える革命共和国

  労農兵士は出撃だ

  吸血悪徒が襲い来る

  迎撃あるのみだ

  革命革命、革命守れ

  略奪者が果てるまで

  使命の炎を燃やせ

  革命の炎を燃やせ

  人食い豚が絶えるまで!


 オーサンマリンを包囲する革命議会軍――暴徒――が脅すように歌い、遠くからでも響いている。やけに楽しげな曲調ではあるが、殺せ、破壊しろと訴えている。それに歌の内容も革命議会の中でも共和革命派のものである。立憲君主体制を標榜する民衆派とは違う。王がいなければ立憲君主体制は構築出来ないのだから。

 素人民兵の群衆が集っているという状態だが包囲され続けるのは辛く、脱出路は埋められている。包囲する側と包囲される側のどちらが先に兵糧で負けるかということであればオーサンマリン側が勝つが、市内側の民衆が恐怖に耐え切れなくなる可能性が高い。一刻も早く包囲を解く必要がある。

 プリストル国防卿とノナン夫人の戦略では、シトレを放棄してオーサンマリンを王党派の鉄壁の牙城とすることにある。王都は完全に革命議会のものとなるが、首都圏を放棄せずに戦力を固めて再編制するにはこれしかない。

 オーサンマリンは家と家の間に障害壁を築いて要塞化し、宮殿警備の近衛隊と警察を中心に民兵が防御体制を築いているという。オーサンマリン市民にとっては、革命議会軍など略奪目的の暴徒集団以外の何者でもないので抵抗は必死であろう。

 革命議会軍、群衆の数は数万規模で正面から当たって勝ち目は薄い。だからこそ主要街道を行く彼等とは別の道から進んで先着を許した。

 シトレに近い東の方には旧領主が住んでいた廃砦がある。少数のオーサンマリン連隊でまずここを確保し、ロシエ国旗を立てて敵を挑発、誘引、分断。

 プリストル国防卿指揮下の王都警備隊と士官候補生連隊、騎兵士官候補生中隊、砲兵士官候補生中隊、王党派予備役兵の合計二千弱が、誘き出されて隊列が延び切った敵部隊を横撃して撃破する。小規模でも勝利を獲得して敵の士気を低下させ、砦と街とで敵を挟んで気力の損耗を図るという作戦が決定された。

 王党派民兵も戦力としているが、革命議会軍と混ざると区別がつかなくなるので後方へ。戦闘で敗北した時に後備がいれば撤退も行いやすく、またやり直すこと――おそらく――ができる。


■■■


 まず砦の確保を行う。奇襲攻撃が最善であるので夜を待って攻撃。

 旗も掲げず、松明も灯さず、夜目が利く者を先導にして旧領主の砦に接近する。

 砦は、特に広場の部分を敵が物資保管庫に使っているようで、篝火に荷車や木箱が照らされて見える。

 見張りは民兵ではなく、共和革命派に転向した正規兵や簡略化した軍服を着た予備役兵などの信頼が置ける者達に管理させている。それから紳士の身形で偉そうにしている者がいるが、あれは革命議会の議員か?

 青年アラックの生き残りがまず刀を持って先行し、周囲の見張りに切り掛かる。

 刃に血を付けてから一斉に小銃、拳銃で射撃して残る全員が突入する。

 正規兵とは言え前線に出ていないせいか、砦の広場、室内で銃を撃てば銃声に驚いて大抵の敵が身を竦めたり、動けなくなる。

 自分は魔術で甲冑を纏い、真っ先に紳士の身形の者を捕まえる。

「降伏しろ」

 護衛の一人を掴み、目の前でそいつの口に手を入れ、下の歯を圧し取る。

 紳士風の男、おそらく「降伏する!」と叫びながら言う。部下には通じず、制圧するまでに少々時間が掛かってしまった。

 ダンファレルの治療する呪具で負傷者を素早く治療して、死人は略式埋葬もせずに積み重ねて敷布を被せておく。

 尋問をすると紳士の身形の奴は共和革命派の議員で指揮官らしい。その昔は騎兵隊にいたこともあるという、売官で成り上がった法服貴族の二代目だそうだ。

 この革命議会軍は全てが共和革命派で、民衆派は人気の上では劣勢で今や言いなりらしい。

 捕らえた捕虜は全て縄で縛り上げ、砦の長らく使われていないカビどころから苔が生えている地下牢に放り込む。


■■■


 夜通し、交代で寝ながら砦の防御をガラクタによる障害壁で固めた。そして朝になったので砦の塔の天辺に国旗を掲げさせる。

 ここからはオーサンマリンの市街が見渡せる。市街の向こう側にあるダンファレル名義の屋敷も見えるし、ロシュロウ家の屋敷も見える。夫人はご無事だろうか? 商人の伝か何かで脱出されていると良いが。

 遠くの万の群衆の視線、意識、敵意が旗を掲げたことにより一気に押し寄せる。物理的な圧力すら感じる。

 こちらに攻撃を行えというような喚声が聞こえる。これは来るぞ。

 革命議会軍が隊列も怪しいまま、群れの形を変え、何かおぞましい生物が触手を伸ばすように群衆をこちらに向ける。

「根性出せ! オルフの田舎じゃゲチクっていう蛮族の将軍が寄せ集めの部隊で武器も満足に無いのに連戦連勝して倍の敵にも勝ってるんだぞ! ロシエ人にそれが出来ないわけがない!」

 先頭に紳士の身形の者が立って指揮官のように群衆を扇動している。軍人が足りていないのか、全く信用していないのか、議員自らが指揮官として動いている様子。

 予定通りだ。残り百名もいない我等がオーサンマリン連隊を守備配置につける。

「弾薬はいくらでもあるぞ! 来たら撃ちまくれ! ギー・ドゥワ・ロシエ!」

『ギーダロッシェ!』

 国防卿が指揮する部隊が横撃に動き出す。

 騎兵士官候補生中隊が護衛をする、砲兵士官候補生中隊が馬に大砲を曳かせて素早く前面に展開して砦に向かう群衆に対して砲撃を開始する。砲弾は民兵共を引き千切り、隊列ともいえない群衆の足が止まり、止まらぬ者達と衝突を始めてもつれて倒れる。砲弾を食らっても隊列を崩すなとの訓令すら受けていなさそうな暴徒ならばこのようなものだろう。

 砲兵士官候補生が地面に砲弾を当てる跳弾で暴徒の足を薙ぎ払う。撃てば撃つ程群衆が混乱を始め、逃げて、倒れた者を踏み潰す。

 そして砲兵を追い抜くように、士官候補生連隊と王都警備隊の横隊、そしてその両横隊の側面に王党派予備役兵が縦隊で配置につく。

 早足で二つの横隊、四つの縦隊が前進して砲撃で足が鈍っている群衆の側面に正対。号令に従って横隊、縦隊が小銃を構えて一斉射撃を行う。群衆が女の悲鳴混じりにバタバタと倒れる。

 それから二つの横隊が太鼓の音に合わせて反転行進射撃を開始し、まだ立っている群衆に向けて繰り返し発砲。

 大砲と一斉射撃、それからの断続した反転行進射撃を受けて群衆は反撃する姿勢を整えることすら出来ずに壊走を始める。

「来るぞ! 構えろ!」

 しかし群衆の先頭集団だけは統率されていないせいかそのままこちらの砦に突進してきている。

 統制が取れていないことが逆に災いしたか。

 砦のところどころが崩れた城壁、銃眼と砦本丸の屋上から連隊の皆が小銃で射撃する。百名もいない我々の小銃射撃の衝撃では容易に群衆の足を止められない。

 砦の前面から小銃で撃ちまくり、そして群衆が到達。ガラクタで塞いでも大した障害にならずに城壁の内側に雪崩れ込み始める。

「後退! 後退!」

 本丸の中に連隊の、群衆に殺され引きずられなかった者達が逃げ込む。扉は木製で腐っており、障害物は置いたがここも守るのは厳しい。

 魔術の甲冑を纏った自分が砦本丸正面扉を守る。群がる群衆を殴って潰し、足を掴んで鈍器にして薙ぎ倒す。そうして敵を牽制、背後から部下達が小銃射撃で敵を倒す。

 砦の上からも撃ち下ろす。反撃の銃撃で倒れる者も出てくる。

 この砦だが勝手口や鎧戸も落ちて無くなった窓があり、正面から迂回して内部に入ろうとする暴徒が引っ切り無しだ。

 死体で埋まりそうだ。

 国防卿の部隊は残敵や敵の増援を相手にしなければならないので隊形が崩せないと思われ、即座に援軍を寄越してくれると思わない方が良い。

「お前ら根性入れろ! 撃たせるぞ! ギーダロッシェ!」

『ギーダロッシェ!』

 ウォルが何やら叫ぶ。

「俺達は男だ!」

 青年アラック兵の一人が砦の上から伝令に降りてきた。

「連隊長! 副長が国防卿に砲撃しろと手旗送りました!」

「何!? 良くやった!」

「はい! 俺達は男だ!」

『俺達は男だ!』

 皆がそれに乗って叫ぶ。

 一斉に息を合わせて槍襖で突っ込んで来た敵を体当たりで槍を折りながら弾き飛ばす。

 敵が息を合わせて対応し始めたので前に出て、広場で暴れて敵の統率を乱す。

 ウォルが国防卿の方角へ長めに敬礼を送っているのが見えた。

 これでいい。

「来た来たぁ!」

 ウォルが砦の屋上から走って中へ逃げる。他の部下達も中へ逃げ出す。

 砲声、着弾。

 間近に鉄弾と石がぶつかり合う音が響いて上下左右に揺さぶられる気になる。

 石壁に当たり、石片が飛び散って敵に突き刺さって切り刻む。

 砕かれた石壁が雪崩れて打って敵を潰す。

 曲射に飛び込んだ砲弾が敵を潰して転がって足を潰す、

 自分の体の陰に隠れる敵複数を抱えて持ち上げ、自分に飛び込む砲弾の盾にする。

 初めて吹っ飛んだ。空が真正面に見える。立ち上がると盾にした敵の腸が甲冑に引っかかってぶら下がっている。

 砦の壁も崩れている。砲弾も飛び込んで部下の悲鳴も聞こえる。

 砦の中に避難する。部下達は冷静に砦へ避難しようとする敵を銃撃と銃剣で追い払っている。

 敵よりこちらが少ないし、脆いとはいえ砦に立て篭もったおかげで敵に良く当たっている。

 砲撃が終わり、砦が衝撃で何やら倒壊しそうな、変に擦れたり割れたりする音を出し始める。

「退避! 崩れるぞ!」

 今度は一転、砦から皆が逃げ出す。

 砲撃を受けて呆けている敵へ容赦せずに殴りかかって潰して殺す。

 ラッパの音が鳴り、騎兵士官候補生中隊が砦に雪崩れ込み、残る砲撃に麻痺する群衆を馬上から槍で突き殺す。蹴散らす。

 逃げる、気力を失ってうなだれる残敵の掃討を行い、死体突きを行う。騎兵は槍で、部下は銃剣で、自分は踏みつけて歩き回るだけで十分だ。時々死んだフリをしている者が苦悶の声を上げれば足を上げて踏み蹴って骨を砕く。

 騎兵士官候補生の指揮官である教官、将校が馬上から敬礼したので返礼。

「流石ですな! 我々が来なくても勝ってましたな。男が違う!」

 砲撃に負けず大きな音を立てて砦が崩壊し、埃が舞う。

「何の、危ういところを救われました。ご協力感謝します」

 まだまだこれで序盤戦が終わっただけだ

 生き残りを集める。負傷者は治療が出来ればする。


■■■


 砦を奪って敵の一部を誘引して撃破する作戦は成功した。

 相手の物資を奪い、戦力を削減し、あの愉快そうな歌も聞こえなくなるくらいには士気を低下させた。

 しかし数的優位は未だ崩れない。

 革命議会軍の、正規とは呼びたくないが正規部隊が国防卿の部隊に向けて陣形を整えた。砦での戦闘の間に行われた。

 我がロシエでもユバールでも熟練兵と新兵を合わせて部隊を編制する時に効率的とされる、熟練兵横隊を新兵縦隊で挟む混成隊形が六つ。一つに付き千名以上の充足した連隊規模のものがである。それに加えてまだ群衆が万と加わる。使い捨ての、時間稼ぎの兵士を持っていると見れる。手強いだろう。

 正面からマトモに戦っては二千に満たぬ国防卿の部隊では持ち応えられぬ。

 国防卿に提言。

「自分が突撃して陣形を崩します。そこに騎兵隊が突撃すれば……」

 国防卿が首を振って否定する。

「君が突撃するのは敵軍ではなく市内だ。内部と挟み打ちに出来れば可能性はある。伝令を頼むよ」

 オーサンマリンにいるのは民兵、兵士ではない警察、そして近衛兵。攻撃に打って出る訓練を積んでいるのは近衛しかいない。

「しかし近衛がいなくなっては陛下が……」

「陛下の御身は君の突破力があれば脱出出来るだろう。革命議会軍の増援は底なしと考えて良いと思う。第二陣やシトレ外からの応援が到着する前にどうにかしないとならん。我々が今から攻撃をして引き付ける。頼んだぞ」

「しかしあの数が相手では……」

「我々は職業軍人。敵は民間人。圧倒的に数ではこちらが上回っているではないか!」

 笑って国防卿が部隊の先頭に立って剣を抜く。

「全隊整列!」

 王都警備隊、士官候補生達、予備役兵が隊列を整える。

「国王陛下に敬礼する、気をつけ!」

 皆が姿勢を正す。視線の向うは包囲されたオーサンマリンと宮殿、そしてそこにいらっしゃる今上陛下セレル八世。不敬なる暴徒が命を狙う。

 国防卿が捧げ剣を行った。

「国王陛下万歳! 前進! ギー・ドゥワ・ロシエ!」

『ギー・ドゥワ・ロシエ!』

 前進開始。

 腑抜けてはいられない。

「ウォル、出るぞ、出れるか!?」

「誰に向かって言ってるんだ連隊長。俺たちゃもう死んでるぜ。なあ!?」

 生き残りのオーサンマリン連隊の皆が笑って応える。よろしい。

 自分は魔術で作った車を馬に引かせて戦車にして、生き残りが馬に乗る。

 革命議会軍が正規部隊を並べる東正面を避け、北側へ移動する。

 北は王の森、狩猟の為に管理されている。南側の農村地帯より隠れて動ける。

 森に隠れながら移動する。砲兵士官候補生の放つ軽量の騎兵砲の砲声が轟く。

 そしてオーサンマリンの包囲の内、市内に突入出来る地点を見つける。

 群衆を掻き分け、障害壁を乗り越える必要がある。

「密集隊形。余所見をするな。連隊長の私が一人オーサンマリンに突入出来れば良い」

 皆が笑って応える。よろしい。

「前進」

 戦車を前に進める。騎兵になった皆が続く。

 森を抜け、薄い林を抜け、小川の橋をゆっくり渡り、群衆の人の壁が近づき、その一部がこちらに気付いて騒ぎ出す。

「突撃! ギー・ドゥワ・ロシエ!」

『ギーダロッシェ!』

「連隊長だけを生かせ!」

「命を捨てろ!」

 群衆に向けて全速力で進む。

 皆が騎乗射撃で突破口にする位置の敵を撃ち倒し、ウォルを筆頭に突っ込み、馬で体当たり、刀で切って、人の壁に突っ込んで、勢いを失った馬ごと引き倒される。騎兵の衝撃も飲み込む人の壁か。

 続々と残る皆が騎兵突撃に突破口へ入り込む。敵も仲間も踏み潰して刀を振って、拳銃を撃って、やがて勢いを失って群衆に引きずり倒されて滅多打ちにされる。

 自分、戦車はその仲間と敵も踏み潰してそのまま突っ込む。騎兵が群衆の壁を開いたので半ば程まで突っ込めた。

 戦車の馬が倒れる。降りて前へ進む。

 振り向く余裕は無い。自分の体は無限に動いてくれるように都合良く出来ていない。

 腕を振って群衆を掻き分け吹き飛ばし「グヒィ!」と咆えて脅して進む。

 興奮した人の群れ、咽るように冬なのに暑く臭い。

 誰かついてきているか? 関係ない。まだこの後も動かなければならない。

 背中を槍で突かれ、棍棒で叩かれ、足にまとわり付かれながら民兵と警察が守備する障害壁まで到達する。そして自分を支援する銃撃が開始され、群衆が障害壁から退く。

 集中して、金属の魔術で梯子を作って障害壁に掛けて昇る。

 続く者は……いない。梯子を外して内側へ入る。

「お前、誰だ!?」

 この障害壁を指揮している警官に問われる。

「プリストル国防卿の使いである。近衛隊に用向きだ」

 兜の面を開く。

「お、あんた、下着貰ってたビプロルの士官さんか!」

 気の利くご夫人が桶に水を入れて持ってきてくれた。

 今なら馬と飲み比べが出来そうだ。飲んでから残りを頭に掛ける。

「近衛隊なら宮殿前でいつでも戦えるように整列しているぞ」

「分かった」

 宮殿前へ走って向かう。

 聞いたとおりに宮殿前では待機中の近衛隊が騎乗姿で並んでいる。ここにはまだ堂々たるバルマン兵がいる。

 近衛隊長の方へ進み、敬礼、返礼を貰う。

「プリストル国防卿からの使いです。挟み撃ちを決行して戴きたい。今、東側で二千弱の兵で革命議会軍の正規部隊六千以上と戦っております」

 近衛隊長が逡巡している。難しい決断なのは間違いがない。

 街の外からはラッパと喚声と銃声が混じって聞こえる。突破に夢中で全て聞こえていなかったが今までずっと鳴り響いていたはずだ。これは間違いなく軍隊が軍隊として戦っている音である。盲目でも状況は分かる。

「ギーダロッシェ!」

 バルマン訛りの声を誰かが上げた。

『ギーダロッシェ!』

 近衛隊が槍で地面打ち鳴らす。

 近衛隊長が「ヌン!」と気合を入れてから騎兵長剣を抜いて掲げる。

「一緒に死ぬぞ!」

『オォ!』

 重量種の馬が装甲を纏った煌びやかな近衛兵を乗せて、他の騎兵との格の違いを見せながら前進を開始した。

 伝令の軽騎兵が「近衛隊出る!」と叫ぶ。

 東門、シトレに向く正門が遠くに見える、障害壁であるガラクタを満載した荷車が縄に引かれてゆっくりとだが撤去される。それに当たって警察が牽制の銃撃を開始する。

 考えがある。

 事態の急変に気付かれて宮殿からお出でになった国王陛下への挨拶もせずオーサンマリン大学へ走る。

 一年も経っていないのにこの街を走り抜けると懐かしさが蘇る。見たことがある場所ばかりだ。見たことがある人も良くいる。

 大学の門は閉鎖され、鎖が巻かれて錠が掛けられているがそのまま体当たりで破る。

 倉庫を目指し、そこの錠も叩いて壊して扉を破る。

 あった。

 箱へ厳重に、緩衝材と一緒に詰められている呪術人形だ。木と革で作られており、脳が硝子製の人型。

 これの研究は良くやった。今でも思い出せる。

 頭を開き、分けて保管されている硝子の脳を見る。

 何度も見て覚えた脳の呪術刻印を確認する。これにはまだ魔力によって”火”を入れずに頭に入れる。

 補修がされて直ぐに動かせる呪術人形は二体。鹵獲時に損傷した物は三体。

 木製革製の脆いところ、損傷して繋がっているところは金属の魔術で補強し補修する。

 ダンファレルの解剖書、実際に見せてもらった解剖、そして時計や紡績工場で見た機械、歯車の動きを参考にして動くように処置する。

 常に頭に描いていた設計図を落とし込んで手早く、金属の魔術で考えた通りの部品を作り出して、組み合わせて完成。

 何れこれを巨大化し、蒸気機関を搭載し、不敬な反乱勢力を踏み潰してやる。デカい金属の塊は自分一人ではないぞ。

 倉庫にある埃避けの布を結んで呪術人形を五体纏めて引っ張る。

 オーサンマリン大学の破った校門には、国王陛下がいらっしゃった。

「合戦中にて非礼はご容赦を」

 陛下は何もおっしゃらず、胸に手を当てて礼をして下さった。

 南側の障害壁を、また金属の魔術で梯子を作って乗り越える。自分の姿に驚いて一瞬声を詰まらせる敵の群衆。

 男も女もいる。何かに扇動された連中、軍人ですらない暴徒、国王陛下を殺めようとは不敬な愚か者共め。子供の悪戯では済まされない。

 呪術人形の一つを取り、硝子の脳に魔術を行うようにして”火”を入れるとガタガタと間接を鳴らして蠢き出す。

 そして本格起動する前に群衆へ投げ込む。

 動き出した呪術人形は一撃で殴り殺すような拳を振るい、人ならざる挙動で蹴りを出し、群衆の持つ槍や農具に斧、小銃を奪っては奇妙ながら武術の巧みな動きで殺戮を開始する。

 あっという間に群衆に隙間が出来て突破出来るようになる。百騎未満だったがあの勇敢な部下達ですら難儀した仕事を一瞬で呪術人形がやってくれた。恐ろしきペセトトの呪術よ。

 起動した呪術人形の近くには寄らないようにし、群衆の外周に出て南西、西、北西、北側に一体ずつ同じように”火”を入れて群衆へ投げ込んで回る。

 この呪術人形、敵味方を識別する機能に変更が加えられていない。この界隈にはいないであろうペセトトやランマルカの妖精以外全てを殺戮するようになっている。

 国防卿が戦い、近衛隊が挟み撃ちにする革命議会軍の正規部隊がいるところ以外に撒いた。包囲網を粉砕させる。

 オーサンマリンをほぼ一周して走り、呪術人形に襲われないと思われるところまで行って、足が動かなくなって膝を突く。体が間に合った。

 国防卿の部隊は数を大きく減らしながらも革命議会軍と撃ち合いを続行していた。

 呪術人形も負荷の高い動きを続けていればいずれ壊れて動かなくなる。補強したとはいえ元が所詮は木と革だ。

 群衆が取り囲む。罵詈雑言とはこのことかと、聞き取れないぐらいに浴びせられ、そして武器とも言えないような農具で叩かれる。

『ギーダロッシェ!』

 バルマン訛りのアラック騎兵風の喚声と、重たい馬の蹄の音に、群衆の女の高い声混じりの悲鳴。近衛隊の騎兵突撃が敢行されたと音で分かる。

 勝ったな。

 暴徒の一人が叩くのを止めて、魔術の甲冑の目のところを覗き込んできて目が合う。

 隙間に短剣が滑り込んだ。金属の魔術で埋める。

 疲れた。寝る。

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