第192話「苦い」 大尉
西からの風、毎時十六イーム。
北へ進んできたせいか季節感を思い出す。風が冷たいが、今は丁度良い。
火を放つと良く燃える。身の丈よりやや低い綿花が炎に蝕まれて黒くなって萎んでいく。
乾いた強めの風と大量の燃料が発する熱のせいか喉が良く乾く。水筒から水を飲む。どこかで給水しないといけない。ここの畑の灌漑用水路は泥臭そうなので遠慮したいが……この火で煮沸する? いや、この畑の持ち主の家の井戸で汲めばいいか。
只今、オテルマンフレールを攻略して焼き払い、都市部を避けつつエスナル=クストラを焼討しながら北上してユアック軍との合流を目指している。
派手な成果を期待したいところだが、今の時期は綿花も煙草も収穫した後で、そして大よそ出荷もした後で農家の倉庫を焼いても中身が少ない。乾かした木綿が爆発するように焼ける様が見れなかった。
束ねて吊るして干していた煙草倉庫に農場主一家や労働者、解放を望まぬ奴隷を詰めて焼いた。とんでもない煙が出て、臭くて、部族騎兵の連中が何やら騒いでいた。
新大陸部族系の奴隷は我々を歓迎してくれることがある。
南大陸系の黒人奴隷や獣人奴隷はほぼ敵だ。敵と言っても武器を持つことも許されていない連中だし、訓練もされていないので弱いが。
今朝、気が付くと”鳥”がいなくなっていた。
目が覚めて暖かくて重いと思ったら自分の腹を枕に”狼”が寝ていただけだった。体を素早く横にズラして地面に頭を打つようにしたが「んお、おー」と唸って起きたのがやや腹立たしい。
焼くと良い気分だ。
空腹なので次は、北へ行くにしてもトウモロコシ農場の方角に寄るようにしよう。
続いて襲ったトウモロコシ畑には、実る不揃いの黄色、白、青、赤、黒の実は見られなかった。こちらも収穫した後だ。
出荷前の挽かれたトウモロコシの粉が無いかと、風に羽を回す風車を見ながら攻め入る。
出荷用に袋詰めにされたトウモロコシの粉を持っていけるだけ奪い、粉の残りと農場の生き残りは家や倉庫と一緒に焼き、ついでに持っていけない分の粉でパンを、連れて歩けない家畜を潰して焼いて食べる。
遠征中は腹一杯食えることは少なく、我々と同様の馬達も喜んで食っている。
綿花と煙草の畑に続き、トウモロコシ畑も焼き払ったことが狼煙になり、農民兵が束になって掛かってくる。
新大陸入植者の者達は野獣と先住民、そして今では我々と戦うことが常になっている。人口が少ないことも手伝って皆が民兵である。
彼等は戦列など組まずに散らばって戦うのでこうして掻き集めないとまとめて撃破出来ない。
我等が連合軍は農場から離れ、見通しの良い平野部を選んで防御態勢で待機。
遮蔽物も何も無いが、敵の隠れるところが無く騎兵の機動力が活かせるので現状の編制ではこれが最も防御的。
”狼”と”猫”と偵察隊に、部族や我が軍の騎兵隊の中から特殊作戦に秀でている者達を連れ、警戒態勢に入っている人間達の勢力圏へ進入する。
望遠鏡で確認しながら進めば女子供が多い。男達はユアック軍の対応に動員されたか、それともオテルマンフレールで一箇所に固まっていた時に殺したか、現地部族民や海賊が捕虜にしたか。
女子供でも小銃を使えば立派な兵士の攻撃力を持つ。機動力や持続力には欠けるが、陣地戦ならばそれがそこまでの欠点にならない。つまり手強いということ。
逃がさないよう、そして誘き出すようにオテルマンフレールで確保しておいた兵士達から剥いだ顔の皮を行く道に散らして歩く。時には石に皮を包んで投擲し、敵の家族を無残に殺したと強引に知らせる。
行動中に捕らえた人質を、敵の家や村の陣地前に手足の腱を切って放置し、救助をしにくる勇敢な者を狙って足を撃って行動不能にして”餌”を増やす。
隙があれば勿論、防御中の敵を狙って狙撃して撃ち殺す。
敵がまとまって攻撃に出れば一旦身を引いて、待ち伏せするようにその敵を撃つ。
そのように駆け引きをしながら少しずつお互いに撃って数を減らし合う。
敵も生活に狩猟が含まれているので射撃に秀でており、思ったより死傷者が出てしまう。小銃が勝っていても腕と運の差は中々埋めがたいところがある。
可能な限りに敵を怒らせ、攻撃に出るように仕向ける。
ここは敵の勢力圏。地理的に不利だが、攻撃側の利点がある。
このように戦いながら火を放つ。今日の冬の乾いた風は良く燃やす。
家を燃やす。畑を燃やす。薪を取りにいく雑木林も燃やす。騎兵の焼討部隊が、我々が敵を抑え込んでいる内に広範囲に渡って焼き尽くす。
遊牧民ではない彼等農民は焼かれてしまうと生活が出来なくなる。そうして堪らなく憎悪を燃やして攻撃に出たら、捕虜を嬲る。
敵を怒らせながら逃げて、そして引き込んだら合図の笛を吹き、騎兵隊に襲撃させてまとめて屠り、逃げる者を追って殺す。
敵勢力の壊滅を確認したら残る何かしらを焼き、部族連合の者達に報酬として略奪させる
焼けて炎と煙を上げる村、家、農場、雑木林を後に北へ進む。
■■■
焼討をしながら進み続けるがエスナル人は馬鹿ではない。彼等にも彼等の手段がある。
エスナル人の斥候と追いかけっこや散発的な撃ち合いをしながら安全を確保しつつ進み、本隊を誘導して次の農場を進むと仕掛けられた。
昼も過ぎてそろそろ野営地を築かなければいけないと行軍を停止し、雨が降って水が溜まらない場所や給水出来る場所の捜索を行っている時に攻撃を仕掛けてきたのだ。
時間と場所の調整を上手いことやられた。これから行軍の疲れを癒そうという時である。動くのが億劫な頃合いにだ。
先導役は少数のエスナル騎兵隊、それに続くのは人骨飾りをして体を真っ黒に化粧した嫌われ者のティエーク族の大軍だ。
純粋なティエーク族はこれもわずかだが、大軍を成しているのは奴隷戦士達だ。彼等奴隷は幼少の頃に植民地人も含めた他部族から誘拐され、農作業と戦争のために育てられる。人骨飾りの数が多い程、敵を多く殺した証。
ティエーク族を交渉で仲間にするというのは大変なことだ。周囲に対して敵対的な連中であるし、百年くらい前までロシエ人に迫害されていて白人には警戒心が強い。
我々の仲間になった部族達に支払った金の情報を得て参戦したのだろうが、前金も相当額を支払っているはずだ。
奴隷戦士のほとんどが徒歩の裸足で武器は槍。ティエーク族は騎馬民族化しておらず、徒歩の者が多い。彼等は定住民で馬は農耕の道具と考えている。代わりに動員出来る人数が多い。
赤い土の上に黒い兵士が二万近く鬱蒼と固まる。
ロシエ人の真似をして川沿いで農耕を行い、奴隷を使って数を増やした結果の動員数だ。
小銃を持っているティエーク族の、奴隷ではない戦士達は奴隷戦士の後方で督戦する構え。
『ホォ! ホォ! ホォ! ホォ!』
と奴隷戦士達が掛け声を合わせ、槍の石突と足で地面を叩いて揺らし、意気を上げる。
ティエーク族の祈祷師が集団の先頭に立って声を上げる。
「戦士らよ、恐れるな! 我等は死を望む者なり。黒き肌により既に魂は死に、後は肉体の死を迎えるだけ! ジュワパチンの地の底へ!」
『ジュワパチン!』
ティエーク神話の、地の底にある黒い死人の国である。痛い思いをして死んで、辿り着くのがそんな不気味なところとは可哀想な奴等だ。
ダイワトイ族の祈祷師も兼ねる戦士長が対抗するように前へ出る。
「空を大地を創造された大いなる翼ある精霊よ! 我々を守り、部族と集いし友人達を生かしたまえ! 生かすにあたり敵を殺したまえ!」
そう言ってから部族の戦士達が一斉に鷲の真似をした甲高い奇声を上げる。それに負けじと他の部族も喚声奇声を上げ始める。
それぞれに尊敬する動物なり、こういう性質を持つ神やら精霊がいてそれにあやかった声を上げる。
ペセトトの密林の近くで大砲の試射をした時に一斉に動物達が騒ぎ出したのを思い出す。
声で負けると縁起が悪いということで両者、野獣のように『ホォ!』『キエー!』『ガー!』『バァ!』など叫び続ける。
そんなことは無視して海軍陸戦隊は自走爆雷の組み立てを、部族騎兵の背後で開始する。
鷲羽飾りのダイワトイ族、白黒戦化粧のクロシー族、後頭部だけ長髪を残して剃った辮髪のリセー族、青石と馬の毛飾りのパランサ族、銀飾りのキキナチ族の部族騎兵集団三千騎が、威嚇行動のために自然と前面に配置される。
海軍陸戦隊三百名はその後方。騎兵隊一千はその両翼を固める。
そして我々、自分に”狼””猫”と偵察隊二十二名は、望遠鏡で誰を殺せば敵の軍組織が崩壊するかの見定めを行う。
エスナル騎兵は厄介なティエーク族を我々にただぶつけたいだけのようので戦意が薄い。戦闘開始後、ティエーク族が止まらなくなってから指揮官でも撃てば逃げるだろう。
ティエーク族だが、何か不吉な現象でも見せてやれば士気が下がるだろう。祈祷師の死はジュワパチンへの先駆けとして盛り上がるかどうか、怪しいところ。
「任せろ」
”狼”がそう言って、両軍の中間地点に一人で前に出る。そしてティエーク族に指差し、一騎打ちを申し込んだのだ。
この戦士の気分の彼等がいるところでそのようなことをやれば大盛り上がり。奇声、喚声の雰囲気が変わってくる。
名誉をかけてティエーク族の戦士が出てくる。熊の毛皮を被った大柄のいかにも強い男である。
負けず大柄な”狼”は武器を持たず、拳骨を見せて素手で来いとやる。
ここで我々が警戒するのは”狼”を狙う狙撃手。
それから海軍陸戦隊の方から「攻撃準備を開始」と通告。
”狼”が行う殴り合いは盛り上げることを意識したものだ。無駄に大振りな打撃を行ったり、殴られたら、もっと来い! と表現したり、頑張っている。
”猫”は「ヤウヤウー」と自分の方が強いと不満げ。引っ掻き、叩きの一撃で顔を剥ぎ取るその手ならばそうだろう。
敵、特にエスナル兵を観察していくと狙撃手を発見。毛布を小銃に被せ、発砲時の煙が上がらないようにする。
「風、西から毎時十イーム」
助手についた偵察隊員が風速計で測っている値を告げる。
照準合わせの前後ネジで狙撃眼鏡の位置を合わせる。
弾道補正の縦ネジで照準を上げる。距離がある。
偏流補正の横ネジを風速に合わせて調整。やや強め。
銃身は偵察隊員の肩を使う。右手は銃把と引き金、銃床は右胸に押し当て、左手は銃床の上に添える。
息吸って、止め、息を抜きながら、地面に座ってやや仰向けに寝るような姿勢で”狼”を狙うエスナルの狙撃手に狙撃眼鏡の照準を合わせながら胸で微調整。
照準が合ったら息を止める。
”狼”にしか分からないように、”猫”が「ヤーヤヤー!」と盛り上げろと声を出し、派手に”狼”が立ち回ってどよめきが上がる。
引き金をゆっくり、徐々に力を入れていく。銃が振動しないよう、気付いたら引き金が絞られる程度に。
”狼”が気合を入れるように咆えて、観衆が応えて騒ぎ、その音に合わせて発砲、脇についた助手が毛布に開いた穴から煙が上がらないように更に毛布を被せる。
命中。
エスナル兵が動揺する。そしてティエーク族は殴り合いに熱中して気付かない。
海軍陸戦隊から「準備よろしい」と伝達がくる。
”猫”がまた”狼”に分かるよう「ヤンヤッ!」と声を出す。
本気を出した”狼”が相手の喉を殴って一撃で倒し、勝利宣言もせずにこちらへ走って下がる。
殴り合いの場が白ける。
そして部族騎兵の群れが左右に分かれ、巻胴型の自走爆雷の推進装置が火と煙を吐いて走り出した。
倒れた大柄の戦士を踏み越え、逃げる指示を出す者も無く、戦いではなく観戦にまだ意識が取られていた奴隷戦士の群れに自走爆雷が突っ込んだ。
密集隊形を取る槍兵もある種の肉の要塞。爆雷の標的に相応しい。
異様な姿の自走爆雷を見た一部の奴隷戦士が逃げ、密集隊形故ぶつかり合って逃げられずにもつれ込んで倒れ合う。
また一部が槍を突きたて止めようとしても勢いと重量もあって止められない。何人も踏み潰してから停止し、推進剤が燃え尽きて沈黙。
まだ導火線の火が起爆剤に到達していないだけだが、知らぬ者には奇妙な何かにしか見えない。逃げるという発想が瞬時に沸かなかったようだ。
閃光、爆発、煙と赤い土埃が広がる。黒い塊が無数に弾け飛ぶ
作りが頑丈な車輪部分が回転しながら奴隷戦士達を巻き殺す。
それから部族騎兵は左右に更に大きく散開し、包囲機動を取りつつ馬上から小銃で混乱するティエーク戦士を撃ち殺す。
エスナルの騎兵隊は逃げた。
自分と偵察隊は狙いをつけた相手を狙撃して撃つ。自走爆雷の衝撃でその相手が見えなくなっていることもあるが、奴隷と純粋なティエーク族は身なりと肉付きが違うので判別出来る。
部族騎兵が散ったことにより、横列隊形を取った海軍陸戦隊と下馬した騎兵隊の射線が開ける。
士官の号令「構え」「狙え」「撃て」に従ったその横隊の一斉射撃で奴隷戦士が一度に何百と雪崩れ打ったように倒れる。
部族騎兵が更に敵を囲むように両翼包囲を行って小銃を撃ち続ける。
我々も引き続き敵を、指示をする立場にありそうな者を優先して撃ち殺し続ける。
ジュワパチンの呪いも火薬で吹き飛び、壊走を始めた。
小銃から手斧や棍棒に武器を持ち替えた部族騎兵が追いかけて頭を割って殺しに掛かる。
ティエーク族に女子供を攫われた部族は多く、恨みから行われた追撃は執拗だった。
■■■
エスナル=クストラが対応を始めた。
動員、防衛体制が整い始めればこちらの損害が増大し始め、相手の総力を削ることが出来たとしても相対的に弱らせられない。
ティエーク族を戦いに引き込んだという事態を考慮するのなら、動員の完了はまだだが予算が割り当てられ、植民地総督府が明確に行動を始めている基準にもなる。
北進時に焼討を行うことは止めてユアック軍への合流を急ぐ。我々の足取りを示すような放火は止めて迅速に進む。
急いでも道が整っている沿岸部、都市部は避ける。
奪ったトウモロコシの粉があるので食糧には困らない。
そうしてユアック軍の後衛部隊と接触し、ロシエ=クストラにまで侵入を始めたユアック軍本隊と合流する。
歩兵一万五千、こちらと合流した騎兵一千を引いた騎兵二千、軽砲四十門、ペセトト戦士四千の兵力は見た感じではあまり損耗していない。
難破船の事件もあって戦力を分散してしまい、敵は常備軍だけでは対応が出来なかったのだろう。
それも敵が動員と部隊編制を完了するまでだ。これから大きな戦いが待ち受けるか、それから逃げるかしなくてはいけなさそうだ。
南部以上に非常に地理に明るい”狼”を先頭にして自分と”猫”に偵察隊がユアック軍の先導を務める。
風向きが変わって北から少し風が吹いて、一瞬聞き間違いか? と思う雑音を耳が拾う。
”猫”が「ヤッ」と注意を促す。足を止める。
”狼”が風のにおいを嗅ぐ。
「飯と焼ける薪に馬のにおい、大量の糞もだ。この辺に大きい街は無い。大軍だな」
偵察隊を待機させ、”狼”と”猫”と自分とで先行する。
風上を辿っていくほどに大勢の人が活動する音、においがしてくる。
巡回するロシエ軍の騎兵をやり過ごしたり、殺して隠しながら進むと一面に広がるような天幕、干される洗濯物、焚き火に炙られる鍋、繋がれた馬、組まれて立った小銃、それからその隙間を縫うようにわらわらと動く無数の兵士達。
望遠鏡で遠くも覗きながらざっと人数を数える。
一万では済まない。正規兵だけではなく民兵もいる。子供連れもいる。移民でもするのか?
軍服を着た正規兵だが服に差異がある。クストラ兵、ポドワ兵、海兵隊、本国兵、現地部族兵もいるが顔付きは混血系。
連隊旗の数も百に近い。民兵のようでいて戦に慣れ切っている顔の集団もあるからあれは傭兵の集まりか。
とんでもない大軍だ。この新大陸で、人間の勢力で正規軍に民兵、傭兵を入れて十万規模だというのか。何事だ?
「これは撤退だな、大尉さんよ」
「司令官」
「やるかい」
次は軍の規模ではなく、撃って混乱させるに相応しい司令官を探す。
おそらくロセア元帥がいる。この規模ならいるだろう。
「”狼”くんはユアック将軍に伝令。それと向うに預けてた大口径を」
「了解」
”狼”が走り去る。
”猫”がしょうがないから守ってやるよ「ヤンヤン」と尻を叩いてくる。
今はあの鉄の頭蓋ごと粉砕出来る大口径狙撃銃がある。今度は皮だけで済まさない。
ポドワ軍すらクストラに集結しているということはどういうことだろうか。
新大陸から脱出か? あれだけの兵力が健在しているのにもう諦める?
これがロセアを撃つ最後の機会かもしれない。
大きな天幕、小奇麗な天幕、警備兵が多くいる天幕、観察する。
一番に伝令や当直士官が畏まって入る天幕が怪しい。
ありえないものを見た。我等がランマルカ同胞の一団が外で待機している天幕がある。武装もせず、護衛はむしろロシエ兵がしているようにすら見える。
その天幕から誰かが出てくる。
見た目の派手な、巻いた金髪が遠めで分かる同志キャサラだ。新大陸北部を担当する大陸宣教師。
その背後に見送るように出てきたのはロセアである。
あの二人が一緒ということは外交交渉であろうが、これは何だ?
問答無用に狙撃する状況ではなくなった。
望遠鏡越しにロセアと目が合うと、向うは首を分かり易く横に振って手も振る。
顔の向きから同志キャサラが「どうした?」とロセアに問うて、何事か返事を貰う。そして劇女優をやっていた時の癖か派手に演技掛かって、ぴょんぴょん飛び跳ねながら腕を振り上げ、声は雑音にかき消されているが大声出して、それから「こっちに来い」と両手で手招きをする。しまいには部下に命じて信号弾を発射した。
「ヤッ!」
バチンと”猫”が何かを叩いて壊す。
壊した物を見せて貰えば、何とも言えない、見たことがあるようなないような甲虫を模した呪具であった。
とりあえずは不測の事態と不安要素が折り重なっている。状況が把握出来ない場合は撤退だ。
撤退なのだがそれで何か出来ないかともう一度望遠鏡で見ると、同志キャサラがはこちらではなく東の方角に向かって飛び跳ねて腕を振っている。
その方角を追ってみると”鳥”がいた。足には何かを掴んでおり、何の荷物かと見れば同志エイレムであった。
信号弾はそちらに向けたものか。
そういうこともある「ヤァン」と”猫”が肩を叩いてきた。
軍事は政治の付属物である。
しかしこの手は銃を取りたがっている。
■■■
新大陸にいる大陸宣教師三人の内、二人が今このロシエ=クストラ本拠地のアシェロルにいて、ロセア元帥とロシエのクストラ総督と、総督府で話し合いをしている。
ユアック軍は既にロシエ=クストラ領内から引き返し、エスナル=クストラ領の突破と更なる焦土化を目論んでいる。
自分も付いていくところだが、同志エイレムに新しい任務があると言われて引き止められ、アシェロルで待機している。
ロセアを殺せないのならばあまり留まりたくはないのだ。
ロシエ=クストラの首都アシェロルは良港にある、植民都市としては最古で二百年前にまで遡る。当時のロシエ国王アシェル二世にちなんだ名前である。
最近築いたような新しさは無く、一部に古ぼけた建物、腐って崩れた廃屋すらこのアシェロルにはある。石壁には苔が生す。
補修工事がいるのではないかと思うぐらいに潮風に老いらされた漆喰塗りの煉瓦の灯台に、剥げた漆喰の跡や煉瓦の隙間に指を掛けて昇り、火を管理する部屋がある、手摺りがある場所まで行く。
港から沖合いにロシエの艦隊が集結しているのが見える。我がランマルカの船も、余り見かけないベルシアの船もいる。傭兵となっている海賊船すらいる。
岸壁、桟橋も軍関係の船が埋め尽くすように停泊している。補給物資の積み込みで非常に人と物の出入りが激しい。
ロシエの新大陸軍はロシエ本国に帰還することになった。
本来ならば我々はその帰還する艦隊に集中攻撃を仕掛けて海の藻屑とするところだが、今回の我々の海軍はその帰還事業を手伝うことになっている。
まずロシエ=クストラは売却された。売却先は中立国のクストラ連邦である。その土地の少なくない部分を我々が金と銀で買収した部族や海賊に買われる。
ポドワの東半分はペセトト帝国に”返還”され、ベルシアの租借領となる。それの見返りにベルシア艦隊が帰還事業に参加する。
そしてポドワの西半分もペセトト帝国に”返還”され、こちらはランマルカ租借領となることが決定されている。既にペセトト皇帝にも話がついているとのこと。
老獪であろうロセアに騙されているのではないか? 新聞で伝えるところの英雄的に奮励努力しているロシエの共和革命派には痛手となる。
しかし新大陸の我々の権益は確かなものになる。ロシエという敵が消えるのだ。ロシエとエスナルの同盟を相手に戦っていた苦労が一挙に減るのだ。
納得いかないが、しかし大陸宣教師の命令は大尉のものより優先されるのは当たり前の話だ。
人間の殺し合いを助長するのだから良いことだ。
”鳥”が何か手紙でも携えたように総督府の方から飛び立つ。
でも何かが苦い。
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