第188話「平時攻勢で」 ベルリク

 西マトラを復興させるための、移民させる妖精が足りない。

 城の警備兵の内、休憩中の奴等を横に並べる。

「一!」

「はい!」

「二!」

「はい!」

「三!」

「はい!」

「四!」

「はい!」

「五!」

「はい!」

「六!」

「はい!」

 と左から順番通りに六人に点呼をしてみた。それから目を閉じて「いーち、にー……」と十まで数えてから目を開けてみる。

 これから何があるんだろうとワクワクしている”六人”が見える。

 増えないなぁ。

 妖精人口が足りない。少し前にマトラからワゾレ、シャルキク、少数だがユドルムに移民したばかりなので予備人口とも言えるような者達が足りない。

 今でも世界各国から奴隷妖精を買い集めており、人口は出産数より大幅に増加はしているものの百万人が住んでいた西マトラの地域を埋めるには足りない。

 奴隷妖精を畜産するように増やして売っている国外業者もいるそうだが、我が帝国連邦への需要に足りない。今更倫理的な問題などどうでも良い。もっと増やせと催促したいぐらいだ。

 魔神代理領の妖精自治区からの移民も推奨しているが、あちらにとって移民する必要性もないのでおまけ程度。

 人間と獣人を移民させることも考えている。積極的ではなく、せめて枠組みというか、社会組織が存在する程度の制限移民だ。

 移民するには苦労の少ない土地だ。畑は多少荒れているが荒地ではないし、種を撒いたら直ぐに芽生える土壌。街はぶっ壊したが基礎工事は仕上がっている。

 今のところは志願移民だけとしよう。魔神代理領側からも移民を募るが、政治亡命のような形にならないよう検査機関を移民側と協議して作らないといけない。これは魔神代理領事情に詳しい人材が欲しいなぁ。

 考え事をしている内に非番の妖精が横並びに加わっている。十八人だ。増えたけど増えたって言わない。

 十八人の前方、中央に立ってみる。護衛のルドゥが副官にみたいに傍に立っている。

「気をつけ!」

 十八人が踵を打ち鳴らして姿勢を正す。寸分狂いなく、動作も同時。

「整れーつ、休め!」

 十八人が後ろへ肘を張って回した両手を腰の高さで組んで脚を肩幅に開く。

「休め」

 十八人は張った肘を少し楽にして下げる。

 さあここからが本番だ。

「もっと休め」

 十八人が隊列も顔と目線の位置も崩せず、正解の無い正解の動き以外を取ることも許されないという状況に陥った。人間なら姿勢を崩したり座ったり、笑って冗談かと済ます者もいるだろう。

 彼等は妖精である。

 この動いていないのにソワソワして挙動不審になっている摩訶不思議さがたまらん。

 何だこれ? 鼻から息漏れする程度に「ん」とか「ふ」と呻いている。整列している上での号令なので皆真面目で、何とか”もっと休め”の号令に従おうとしているが、そんな号令は無いので苦心している。

 マトラ低地に対する工作は順調に進んでいる。

 人骨、燻製のバラ撒きに対しては当事者や保護者から抗議が来た。効果も無いのに抗議は来ないのだから成功。

 現地では混乱が発生しており住民の国外逃亡すら発生している。虐殺の効果は抜群だ。

 また地主や領主への防衛義務の履行要請という当主には困った問題も発生。税を収めているのだから何とかしろ、という当然の要請だが、事は我が軍に対抗しろという意味なのだから無茶である。

 これに加えて帝国連邦に加盟したらこのような恐怖は無くなる、地主に領主は今の時代に対応出来ていないという噂も工作せずとも流れ始めている。それにこちらの工作員が流す噂も合わせて住民感情を揺さぶり、分断に成功。

 この噂に合わせ、マトラ低地が帝国連邦によって統治されれば信教は自由で、処罰対象となっている異端者、異教徒も受け入れるどころか保護されるという話も盛る。

 この盛った話にその迫害されしバルリー人達が集まるとマトラ低地における住民の団結の度合いが低下する。明日生きるも怪しい彼等がやってくる公算は高くは無いが、最後の望みでやってきてもおかしくない。その時は自分のことを救世主扱いにでもさせて命令を聞かせる。邪魔になったら内務省が処分する。

 このように内戦の気配を濃く醸成し、現政権に対する抵抗組織を誕生させたり支援する。

 自分の国を変えようと熱意を持っている者から、今の社会に適合出来ずにあぶれてしまった者達を工作員の手によって巡り合わせて組織化し、必要があれば武器や資金を供与する。

 最近の新聞では”ベルリク主義者”という言葉が流行っているそうだ。何にせよそのような目印が出来ることによって敵味方がそれを基準に分かれ、内戦は善と悪の戦いの様相を呈して激化。これに怨恨憎悪が積み重なると激しい殺し合いになる。良い傾向だ。

 そしてバルリー人の買取と処刑に対しても強い抗議が来ている。

 マトラ低地を中心に、金が欲しいという当然の欲求を持った者達が折角バルリーから逃亡して来たバルリー人を連れ戻して来てくれた。純粋なバルリー人じゃなかったり、その辺から適当に見繕ってきた浮浪者みたいな偽者だったりするがそんなことは関係ない。

 わざわざ丁寧に、それはバルリー人じゃないと指摘する知識人、文化人も戸籍まで持ち出して喋っているが関係ない。

 我々が奪いたいのはバルリー人の命だけではなく生存圏もだ。

 亡命バルリー人達はマトラ低地を中心に各地で共同体を新たに築こうとしている。それを破壊する。

 同情は出来るが厄介な他所者であるバルリー人は鼻つまみ者だ。これが換金可能と知って遠慮をしなくなる人間はいくらでもいるだろう。

 そして亡命先でその身を、家族を狙われるとなってはバルリー人達は自己防衛を始める。そこに武器を供与する。

 発生するのは内戦。ここに武力介入を神聖教会諸国がした時、巻き添えに犠牲にならない者達は如何程いるだろうか?

 それはいずれバルリー人問題を超越した内戦が始まる可能性を持つ。良い傾向だ。

 ”ベルリク主義者”とやらの名を世界に売ろう。

 圧倒的な力と悪は美しい。共和革命派とは似て非なる革命闘士を増やしていこう。悪の手先となって善なる被害者達を蹂躙する祭りに参加出来るような思想を広めよう。

 良い考えが思いついたところで、血圧が上がり過ぎて倒れそうな十八人を解放する。

「気をつけ!」

 十八人が踵を打ち鳴らして姿勢を正す。寸分狂いなく、動作も同時。そして赤くなっていた顔が段々と元に戻る。

「かしらぁ、中!」

 十八人の顔が一斉にこちらに向く。

「直れ!」

 十八人の顔が一斉に正面を向く。

「分かれ、解散」

 十八人が「ふみゅー」「ぷしゅー」等と息を抜いて座りこむ。

 悪いことをするための、その力の源泉となる方面軍を二つ追加する目処が軍務長官ラシージより立ったと報告が上がっている。

 ヤゴール方面軍司令はヤゴールの王子ラガに内定した。ある程度そのように仕向けたわけだが、実力と魅力を兼ね備えた人物なので問題無い。王族の威光というのは統率の助けとなり、本人の意志の強さにも繋がる。ダメな奴はダメだが、優れた者はとんでもない化け方をする。

 ラガ王子が司令官になったからにはヤゴール方面での募兵にも苦労はしない。そういう効果もある。

 イラングリ方面軍司令は意外だがチャグル統一王のニリシュ自らが志願して内定。まさか本人が志願するとはこちらとしても意外であった。王位はそのまま、後継者は順位をつけて宣言済み。内乱の可能性を考慮して内務省職員を積極的に受け入れるという従順振り。玉に瑕が無いのが疑わしい程の男だ。顔に傷入れてこっちに来いと言おうかと本気で思ったぐらいだ。

 こちらもチャグル王自らが帝国連邦軍に下ったということでイラングリ方面での募兵に苦労は無いだろう。

 編制表の穴埋め、兵士の募集、装備の配布、補給体制の構築、演習と課題は山積だが、もう既に四つの方面軍を仕上げた後だ。初期程の苦労は無い。

「氷菓食べたい人手ぇ上げてー! はーい!」

『はーい!』

 一番に自分が手を挙げ、そして何時の間にか増えた三十四人が一斉に声と手を上げた。

 三十五人分もナシュカにねだって作ってくれるだろうか? きっと「そんないっぺんに作れるかボケ!」と言われそう。言わせてみよう。


■■■


 猫の毛の掃除が大変だと聞く、ジャーヴァル帝国西部のナガド藩王国復興を記念した戦記絵柄になっている絨毯の上をリュハンナが這い回っている。

 笑っているのか、笑っていないのか不明だがその顔が楽しそうに見える。

 道を塞ぐように、耳毛が変に長い猫が寝転がって腹を出し、リュハンナがそこに顔を突っ込んで止まる。チュパと音が鳴って猫が逃げる。

 泣き出したリュハンナを抱き上げ、背中を軽く叩きながら目的地を目指す。

 寝室を出る。偵察隊が後に続く。

 廊下を進む。警備兵から敬礼を受け、手がふさがってるので「ご苦労」と口だけで応える。

 一階から二階へ降りる階段の踊り場で、召使い妖精がダフィドの垂れた糞と小便を掃除中。当のダフィドは専用の小座布団入りの藁編みの手提げ籠に座って良いご身分だ。飼い主のザラは何か悪いことをしたと思ったか隅の方に座って掃除する姿をじっと見ている。

「ダフィドは随分良い物に乗ってるな」

「おばさまがつくってくれたの」

 アクファルは女の仕事も出来る奴だ。

「お母様のとこ行くか?」

「はい!」

 一行に籠を持ったザラが加わる。手を繋ぐ。階段は一段一段降りる。

 警備兵が玄関の扉を開け、寒い――自分にはぬるい――冬の空気が城内に吹き込んで気付く。しまった。

 親戚の婆さんがパタパタと走ってきて毛皮の産着と帽子を持ってきた。リュハンナを任せて着させる。帽子はザラの頭に被せる。

 毛むくじゃらになったリュハンナと、毛皮帽子を被って可愛さ億万倍のザラも連れて外へ。

「とーさま、ダフィドはいいの?」

「ダフィドは毛が生えてるからいいの」

「ダフィドすごいねー」

 ダフィドは籠から出ようとせずに大人しくしている。

 バシィール都内は基礎工事中の現場が多い。道も改めて舗装が始まっているところを仕事の邪魔にならないように進む。

 リュハンナは泣き止まない。搾り出して泣いているように聞こえて大丈夫でもちょっと焦らされる。

「もうちょっと待ってろよ」

 喪服とも呼ばれる、黒い制服を着た内務省の重要施設警備隊に敬礼されて内務省庁舎に入る。

 ここは軍務省、財務省と比べて遥かに陰気臭い。どこがと言われたら服装が全員、神聖教徒の坊さんみたいに真っ黒。そういう制服であるが。

 軍務省は地味な戦闘用の軍服とは別に、常用や儀礼用の派手な軍服を支給中で、一先ず高級将校用の物が一部配布され、着用している者が多い。先の記念式典には間に合っていない。

 財務省の方はナレザギーの影響があってか、民族衣装を正装とするようにしてあり、多国籍な人員なので意匠も色彩も鮮やかで服に興味があれば見ていて飽きない。

 ジルマリア直属の女だけの偵察隊に敬礼され、内務長官執務室に入る。

「おっぱい」

 書類に認可の署名を書いている、相変わらず禿頭に近い短髪のジルマリアにリュハンナを差し出す。

 書き終わってからジルマリアは受け取って服を捲って乳房を出してリュハンナに吸わせる。

 ジルマリアには「お前の乳首の色と形が一番好きだ」と何度言っても笑いもしない。

「かーさま」

 ザラを抱き上げてジルマリアの膝に乗せる。ダフィドの籠は受け取る。

「ザラ、外は寒いでしょう」

「はい、かーさま」

 今署名したのは何の書類かと見れば、財務省宛の内務省情報局用の予算増額申請である。

 帝国連邦には軍務省情報局と、内務省情報局と、財務省情報局がある。

 軍務省では下部に地図課や戦術研究課、財務省では為替課や国外安全課、内務省では宣伝課や民族宗教課など、それぞれに集めて解析する情報が違うのだが縦割りの感が否めない。

 それに加えて共和革命派の先鋒とも言えるマトラ共和国情報局がまた別にあり、そこがまたマトラ民族主義派閥でもあるという内部事情が分からないと奇怪な存在にしか見えない組織もある。

「何にしたって金が掛かるな」

「マトラ低地で内戦させるのでしょう?」

「うん」

「神聖教会圏の武器商人に危ない橋を渡らせるんだから当然に掛かります」

「裏口からか」

 籠からダフィドが机に跳び移る、瞬間に自分が手で頭を抑えて止めた。書類に糞小便したらダフィドが殺されそう。


■■■


 東スラーギィにいるニクールと連絡取るのが何か面倒臭ぇなぁ、と思っていたら秘書局長に適役な者が遂に見つかった。

 天啓というか、下暗しである。

 魔神代理領中央との折衝に適役な人物こそが相応しい。魔神代理領各所から許可制の移民を募る問題で気がついた。

 内政的に総統代理をやって見せる能力と”格”を持つ人物である。五年毎の定期御前会議と非定期の臨時御前会議に「これが総統の代理だ」と胸を張って出せる人物。

「ルサレヤ先生、暇なんだから総統代理と秘書局長を兼任して下さい。中央との折衝には先生が適任です」

「お兄様の言う通り」

 アクファルが援護。

「魔法長官が暇だと思っているのか?」

 城内のルサレヤ先生の寝室兼執務室を尋ねている。今のバシィール城内で仕事場と寝室の双方を持っているのは限られた人物だけ。

 魔法長官は我々を魔なる法に基づいて監視、指導する存在なのだが、ハッキリ分かる形でして貰っている仕事がザラとリュハンナの子守ぐらいだ。最近ではザラの勉強に付き合ってくれて非常にありがたいのだが。

「今以上に帝国連邦が何をやっているのか、内部から直接見られる立場です。魔なる法を適応する時の材料を初めから頭に入れておけます。それに総統代理ですよ、あー、あんまりこれアレですけど、魔神代理みたいな我が国、伝統、文明の”基準”にだってなります。おむつ洗ったり読み辛い恋愛小説書くのは魔法長官の仕事じゃないでしょ」

「お兄様の言う通り」

 アクファルが援護。

「う、うるさいわ。今度は歴史から作るんだ」

 ルサレヤ先生の執務机の上には何と”仮題ルイーシャ叙事詩”なるものが広がっている、何作る気になってんだか。ルイーシャは女性名だからまた恋愛なのは間違いない。

「ルサレヤ先生の人生やり直し幻想譚はいいですから働いて下さい。適任は貴女しかいません」

「お兄様の言う通り」

 アクファルが援護。

「何で分かった? まさか盗み読みしたのか!」

「してません」

「言語地理文化から作っているのでまだ読める段階ではありません」

 ルサレヤ先生がアクファルを睨む。アクファルは臆さずに堂々とそっぽを向く。

「魔導評議会の基準は知らないですが、私なりに魔なる法を解釈しているつもりです。私の美しい貴女を干からびさせる暇は与えません」

「言うようになったなガキめ」

 魔なるところでも俗なるところでもルサレヤ先生を放したくない。

 ちょっと総統代理として御前会議に顔を出させると考えたら、ベリュデイン州総督のあの青い真面目面がチラついて可哀想な感じもするが、彼に遠慮してこちらの行政を滞らせる理由は無いだろう。

「しかし私が今更この歳になって秘書の元締めか?」

 煙管を加えて煙を吐き出すルサレヤ先生。真似して自分も葉巻を咥える。火は硫黄香る魔術で点けて貰った。くっさ。

「雑用の総大将。総統に舞い込む雑事一切を取り仕切って貰いたいのです。場合によっては汚職の温床になりかねないこの仕事、徳の高いルサレヤ先生にお願いしたい。とりあえずは陳情の受付と、私がこれをやってくれと仕事を頼むのでそれの処理。あとは相談、お、相談役も兼業してください。教育係でも良いですよ。あー、先生に教育されたいなー」

 翼の右手で、自分の頬が抓まれる。痛い。

「どういう教育受けたらこんなになるんだ? うーん? 何万も孫を見てきたがこんな変なのはいなかったな」

「それ程でも」

 翼の左手で、アクファルの頬が抓まれる。痛そうには見えないが。

「お前はどうして知っていた?」

「クセルヤータと空から窓越しに見ました。ババアは暇なんだなって、クセルヤータが言ってました」

 硝子窓から日の光が丁度、執務机に当たるようになっている。目が良ければ読めてしまうか。


■■■


 総統執務室に珍しい客が来た。グラストのアリファマである。

 顔は何考えているか分からないし、いかにも前時代的な帽付き外套の術士姿は怪しい。怪しさで相手より精神的に優位に立って術に集中するという工夫でもあるが。

 その格好で、入室してからしばし無言。椅子にも座らず、執務机の前で、ぬぼー、という感じで立っている。

 ルドゥが銃爪に軽く指を沿わせる。チラっと見やると、指を反らした。

「アリファマ殿、どうぞ。難しく喋らなくても結構ですよ」

 アリファマが一度頷き「あー、あ」と言う。それから大体腰くらいの高さで手の平を下に向ける。

「えー、ダメだった」

 うん?

 次に膝下くらいにまで手を下げた。執務机が陰になっているので乗り出して覗き込む。

「かかる」

 うーん。

「物心ついたような子供では秘術の術士としては不合格だったようですね。そうではない幼児、赤子の場合は時間がどうしても掛かるということで。結果の回収は長く待ちましょう。仕方がありません」

「うん、そです」

「即戦力は是非にでも欲しいところではありますが、しかし分遣隊の皆さんのような優れた者達は簡単に手に入らないことは分かります。じっくり行きましょう」

「その、普通の術士。見て工夫がいった。秘密のまま上達します」

 バルリーの子供達の秘術適正等を検査する時に、魔術を使う普通の術士に対しての革新的な能力向上の方法が見つかったということか。

「それは素晴らしい発見ですね。軍務省の方へ報告書をまとめて提出して頂きたいところです。筆舌にし難い内容でしたらルサレヤ長官に頼みましょう。術も文も心得ている方ですからとても力になります」

 早速ルサレヤ先生の得意分野ではなかろうか。あれだけ人生経験豊富ならこの喋りも秘術も文章に出来るだろう。

「閉じていたけど大丈夫。戦術に合った呪具もたぶん」

 外との接触が少なかったせいで技術的に不明だったり繋がらなかったところが繋がった結果、呪具に関しても良い閃きがグラスト分遣隊の中であったんだろう。

「ベリュデイン州総督から氷土大陸での発掘は聞いています。ペセトトの呪具を研究する作戦魔術研究課には分遣隊の協力が必要不可欠です。私は術使いではないので良く分からないところはありますが、術士戦力増強を担って頂けるものと信じております。アクファル、アリファマ殿をルサレヤ先生のところに案内して差し上げろ」

「はい」

 お辞儀か頷きか分からない程度に顎を動かすアリファマ。

「ども。通じて助かります」

「いえいえ」

 喋るのが得意なグラスト分遣隊の隊員はいないのか?


■■■


 聖王という署名で、宰相グランデン大公の抗議文がまた届く。返書出すのも億劫なつまらない内容だが、対話の窓口は開いているという合図なので邪険にし難い。

 バルリー低地に対する様々な工作に対してたくさんの抗議が連なっており、身に覚えのあるもの、解釈すればあるもの、それは濡れ衣だろうと思ったがやっぱりありそうなものまでたくさんあった。嘘をついてまで罵倒する気は無いということだ。まだまだお友達感覚。

 さて本物の聖王ヤーナちゃんからの手紙のやり取りも継続中である。

 ザラが自分でフラル語を勉強して読み、字も自分で書いて返事を出すので時間が掛かる文通だ。宰相の手紙四通に対して聖王の手紙は一通の頻度である。

 ザラの勉強机には籠入りダフィド以外に、ヤーナちゃん手製の犬の縫いぐるみが加わった。実際に飼っている犬だそうで、黒毛の大型犬である。

 次に頑張って手紙を読んで、お返事を送れたらお返しに、ルドゥが作った兎のダフィドの縫いぐるみを送る。この流れはお互いの愛玩動物を紹介し合うものと考える。

 しかし三歳に満たずしてこの能力、絶対にザラは天才だな。

 幼い娘とはいえ自分で考えて読み、文章を書いているので二人の手紙を盗み見るのは気が引ける。しかしヤーナちゃんの手紙の内容は気になる。超気になる。

 あまり達筆ではないが、聖王が書いたという署名だけは風格がある。ここだけ練習しているという風でもある。

”東の遠いところにいる私の友達ザラ=ソルトミシュ・グルツァラザツクちゃんへ。

 どうも初めまして! 私のことはヤーナちゃんって呼んでね。ザラ=ソルトミシュちゃんはどっちの名前で呼んだらいいかな? ザラちゃんでいいかな?

 弟のダーリクくんともいつか文通してみたいな。ザラちゃんにお願い出来るかな? ヤーナちゃんのお願い!

 ザラちゃんからお手紙を貰った時ね、私ビックリしちゃった。こんなに一生懸命に書いてくれたお手紙を貰ったことなかったの。読めばザラちゃんが頑張ったことが凄く分かるんだよ。とっても偉いね!

 ではザラちゃんに神様のお話だね。勿論私は知っています。神様はどこにでもいて、でも目で見たり、耳で聞いたり、手で触ったりすることは出来ない存在なんです。不思議だよね? 私も不思議だよ。でもね、唯一つ心で神様を感じることだけは出来るの。これも不思議だね。でもこういう感じにしか説明出来ないの。困ったね。私も困った!

 次は空の神様だね。お手紙を貰った時は私も知らなかったんだけど勉強してきたからね。

 蒼天の神と呼ばれているんだけど、これは空を見上げたものを心で感じたものだよ。それを古い昔の人達が伝えてきたものだね。大地は母、山は父、風は祖先、天は見ているって短い言葉にまとめられているね。これは難しいからお父様に聞いた方が良いかも。でも私の考えを書くね。

 大地は母。地面からは草と木が生えて、動物も走ってるね。ここから命が生まれる感じがしないかな? 私達が食べる物も元を辿ればこの大地になっちゃうんだよ。お魚もいるけど水の底も大地なんだよね。

 山は父。お父様の背中を見てみるとね、まだちっちゃいザラちゃんなら見て分かるはずだよ。大きくて広いの。おー凄いって感じ。

 風は祖先。死んでしまった昔の人達が魂になって、風に乗って飛んでいるの。だからいつでも昔の人達と私達は一緒ってことだね。でもいつもいるってことは悪いことをしたら叱られちゃうから気をつけようね。

 天は見ている。空を見上げれば逆に天に見られてるよね。そんな感じしない? 私はするよ。

 太陽に月に星を神様だって言う人達はいるよ。ザラちゃんは見てどう思うかな? 私はとっても不思議だと思うし、神様だとしても不思議だと思わないよ。

 お馬さんは私も好きです。言葉は通じないけど分かりあっちゃうのが馬なんだよね。ザラちゃんはお馬さんに乗れるのかな? 私も乗れるけどあまり上手ではないです。お友達にはヘタクソって言われます。酷いよね!

 兎さんのお名前はダフィドなんだね。男の子かな? 女の子かな? 男の子っぽい名前だから男の子かな。ダフィドくんは黒いんだね、可愛いね。私も兎さんは大好きだよ。長い耳が可愛いよね! 動く鼻も可愛いよね。

 黒い犬の人はどんな人なのかな? 私は狐の人なら見たことがあるけど分からないなぁ。あの人達に可愛いって言ったら怒られちゃうかな?

 さて、ザラちゃんからは兎のダフィドくんを紹介して貰ったので、私からは犬のヘッセを紹介します。黒くておっきくてとてもお利口さんです。もう大分おじいちゃんなんだけど、まだまだ元気です。凄いよね! この手紙と一緒に、そのヘッセちゃん人形を送ります。なんと、私が一人で作りました。凄いでしょ。

 私の好きなものを書きます。旦那さんとマリュエンスくんとフィルとヘッセちゃんとお友達の皆です。勿論ザラちゃんも大好きだよ。

 マリュエンスくんは息子です。まだ喋れないからザラちゃんの方がきっとお姉さんだね。

 それから私にヘタクソって言うのはフィルです。女の人なのに凄く格好良いんだよ!

 それではザラちゃんのお返事を待っています! 酔っ払いのヤーナより。大きくなったら一緒にお酒飲もうね。私が作ったワインは最高だ!”

 凄い物を見てしまった気がする。

 娘が手紙出している横で親の自分がこういった内容目当てで手紙を出すのは何か抵抗がある。でもマジでヤーナちゃんと文通したい。でもこういう内容を引き出すことは難しいだろう。娘に嫉妬する。嫉妬される娘、やはり天才か。

 そんな楽しいお返事は楽しく、つまらん返事にはどうしようか。

 まずロシエ王国で現在政権を握っている軍閥派に対する、聖皇による破門宣言が出されたことを考慮に入れる。

 ロシエはこれで簡単には分類出来ない程に切り裂かれてしまった。そしてランマルカと我々が支援する共和革命派の活動もかなり派手になる。

 武器支援はまずランマルカに任せるとして、帝国連邦としては食糧支援を共和革命派に行う。飢えたロシエ人が、食べ物を持っている共和革命派になびかないことなどあるのだろうか?

 英雄的労働こそが断続的平時攻勢という言葉をミザレジが胡散臭げに言っていた。装備を整えたり兵を扶養することも戦いの内という意味ではあるが、ここでその言葉は更なる進化を遂げる。一発の銃弾も放たずに、農民が作った麦の弾丸で敵を攻撃する。

 具体的にはナレザギーが会社を使って神聖教会圏で麦を買ってそれをロシエの共和革命派に流し込む。穀物価格の高騰も合わさって効果覿面であろう。飢える者と食える者の差が乗数的に付くと思われる。それに伴って内戦も激化するだろう。

 発案当初はただ武器が出せないから食糧支援程度に考えていたが、神聖教会圏の物価を高騰させるという合わせ技を考えたのはナレザギー財務長官。まるで人の心を持ち合わせていない残酷な奴だ。きっと獣に違いない。

 その時に「お前は獣だ!」と言って耳を掴んだら「うるさい止めろ!」と言われた。奥さんの特製混合茶がかなり美味かった。

 火力筋力と魔力で敵軍を直接粉砕するのも良いが、平時攻勢で敵を攻めるのも中々面白い。

 第十六聖女による聖戦軍の召集はもっと考慮に入れる必要がある。

 この召集の動きは西のロシエに向けるというのが大義名分であるが、東の我々に向けたものである。

 現状、ユバール相手に泥沼の戦いを演じたロシエ軍相手に聖戦軍が出張る必要は少ない。エデルトの軍事支援だけで十分で、やるとするのなら国境に部隊を張り付けて予備兵力を誘引してユバール戦線を楽にするという動きで十分である。

 聖戦軍はロシエ相手に本気を出す必要が現状では無い。となればこちら帝国連邦向け。つまりこれでマトラ低地に対するこちらとの対話の準備も完了となる。

 圧倒的に不利な状況では神聖教会勢力も対話を本気で始める気は無かっただろう。最初のファイルヴァインでの講和会議の提案以降、実効的な会議のお誘いは無かった。少なくても本気で解決しようという誘いは無い。

 さて、向うがようやく口と耳を開ける状況になったのでこの辺りでプリプリと怒っているらしい聖女ヴァルキリカにも手紙を出そう。

 公的には違うが、実務でお話をする相手は彼女だ。公的な連中には公的に返事しといて、意中の本物には本音を聞かせる。

 話の筋としては、

 マトラ低地を要求する際の譲歩。

 一つ。アタナクト聖法教会による活動の自由を認める。ただし法と公共の福祉に反する場合は個別に検討して処罰することもある。自由の程度は協議次第だが、僧兵の募集、神聖公安軍として徴兵するようなことは遠慮して貰う。

 二つ。教会税の徴集を認める。また教会税徴収対象者に対しては税の控除を行う。教会利権から金を分捕ることはしないということだ。

 三つ。平時においては当該地域の住民を徴兵対象外とする。志願兵の受付は行う。教会関係者を兵士に取らないという内容に固める予定。また忠誠心の向上が見込めるまでは民兵組織すら作らせず武器を取り上げる方針にするため。志願兵を断る理由は無いだろう。

 四つ。庶民派をどうするか検討しても良い。

 庶民派というのは聖なる教えの一派。神聖教会の影響力を嫌うヤガロ王国のような東部、北部諸国に多くの信者を持つ。

 権力者におもねることは無く、ひたすら同じ目線で庶民を救おうという教派だ。ノミトス跣足修道会のように隠者的ではなく土臭い、農民臭い派閥である。

 また聖典の翻訳、普及、識字率の向上を推進している。聖典に書いていないようなことを官僚的、組織的に行っている為政者のようなアタナクト聖法教会としては嫌な相手で、口喧嘩では勝率が悪いという噂。

 庶民派を今まで撲滅ができなかったのは叩く頭の無い組織であり、そして聖皇に反感を抱いているような勢力が保護しているからだった。また庶民派とはあだ名であり、目標として設定するのが難しく、場合によっては庶民派のような行動をしていても気付いていない純朴なアタナクト聖法教会派の者もいることにある。

 雑草の強さを持つ者達だ。良き聖職者達でセレードでも良く受け入れられている。蒼天の神を捨てる者達がいてもおかしくないくらいに小うるさくないのだ。

 そんな彼等を我々帝国連邦が何か配慮してやる義理は無い。

 まずはここから話を合わせて行こう。

 聖女向けなのでジルマリアに校正をして貰いながら書くか。

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