第186話「我々の幸運」 大尉
入り江も水深も深く、南北両岸が高い崖になっている良港ペルモカン。昔は漁師の休憩小屋があった程度だったが、今ではアトルカカンの軍港都市として発展している。
港にはランマルカ発の輸送船と護衛艦隊が入港。かつては港を狭めていた岩の数々は爆破撤去されて広々としており、岸壁もコンクリートで固められてまとまった隻数でも問題無い。
輸送船からは新大陸で不足している武器弾薬、石炭の荷揚げがされる。それから派遣されてきた兵士、呪術を学びに来た才能ある留学生、ランマルカ留学で科学を学んできた留学生も上陸する。
この留学生、ペセトト妖精だけではなく新大陸中の現地部族民からロシエ系、エスナル系、混血して良く分らなくなった者からランマルカ系の人間まで含まれる。
そしてこの艦隊は船の整備が終わってから荷の積み替えをして本国に帰還する。
アトルカカンで採掘された銅や錫の地金、硝石、硫黄。現地で加工したトウモロコシの粉袋、木綿、食用医療用の植物標本、家畜標本が送られる。それから帰還者と留学生も出発する。
ユアック軍はこの陸揚げされた武器弾薬を受け取ってから北へ、エスナル領クストラへ侵攻を開始する。
侵攻して、エスナル人に反抗的な我々が支援する現地部族に武器を渡し、金塊や銀塊や宝石、砂糖とそれで作った酒、煙草や香辛料、人間奴隷で買収する。
ハッド妖精のやかましい袋管笛奏者が先頭に立って革命的ではない”山の雷神”を演奏し、補充を受けたユアック軍歩兵一万五千、騎兵三千、軽砲四十門が行進を開始する。また同盟軍としてペセトトの戦士達が四千程度随行。
『革命万歳!』
『勝利万歳!』
『同盟万歳!』
ペルモカンの住民、将兵達に喚声で見送られる。
都市、要塞攻略は主目的ではないのでユアック軍は重砲などは持ち歩かない。その代わり、守備と予備を兼ねてジョスマン将軍の軍がいつでも北へ派兵出来るよう重砲を持って三万の兵力で待機する。
自分も新しい武器を受領した。大口径の狙撃銃でほぼ砲に近く、重い。ロセアの頭を吹っ飛ばせないということで作られた特注品だ。それ以外に使うとしたら超長距離狙撃。重たいので荷物持ちのロバに載せる。
南に厚く黒い雲が遠くに見える。この軍の動きは遅かれ早かれエスナル=クストラ軍に察知されると推測されているので、あの背中に追いつきそうな低気圧を前に出発の延期はしない。
沿岸部ではなく内陸部に分け入る。
出発当日は低気圧の北上が遅くて服が乾いたまま進めた。
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二日目になると風が唸るように鳴る。小雨も降る。
進めるだけ進んで、大岩の陰に隠れて避難し、寄せ集まって防水外套を被る。
落雷が発生し、土砂降りになって強い風が吹き始めた。樹木が圧し折れる音も聞こえ始める。野生動物も逃げて来て避難するユアック軍の塊に混じる。
嵐が過ぎるのを待つ。
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嵐をやり過ごしてから北上を再開。
野宿は極力避けて国営大規模農場で休息するようにして進む。農場は穀物生産拠点であり補給基地でもある。
このような拠点を経由しながら舗装された道、川を跨ぐ橋を渡る。
クストラへ近づく程に密林が消えて、岩と砂礫の砂漠になってくる。
サボテン、竜舌蘭のような乾燥地帯の植生に変わる。毒蛇、毒トカゲ、毒虫への警告がされる。
アトルカカン最北の要塞にユアック軍が入って休息を始めた時点で我々は先行偵察任務に入る。
クストラにおいてはエスナルもロシエも東の沿岸部を好んであまり内陸部には進出してこない。放牧、狩猟生活を送る少数集団や点と線で繋がった要塞は点々と存在するが、我々が支援する騎馬民族化した現地部族や、獣憑きと恐れられる集団との衝突がある。
地図上では巨大なクストラの地をエスナルとロシエはあたかも征服したかのように宣言している。しかし彼等のほとんどは豊かで気候も安定した東岸の都市、農村部に集中している。その集中がまた軍事的に攻略困難な由縁でもあるが。
ユアック軍本隊は内陸路を進む。現地部族と接触して支援、買収するための物資を引渡さなくてはいけない。
我々は沿岸部を進み、エスナルやロシエの軍の動向を察知する。
ここからは荷物の大半を軍に預けて軽装で進む。ロバに積んだ荷物の大口径狙撃銃も。
保存食糧の携帯は最小限にして本隊と分かれる。
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海岸線を目指して進む。自分より先に”狼”が進んで道案内をし、こちらの動向を伺いながら”猫”が更に先行して警戒に当たる。
遂に、かもしれないが、ようやく自分の体力が二人の水準に到達したので進行速度が速い。たぶん、以前までの三倍以上は速い。疲れないし、高低差があっても水平の道のように跳んで進める。
軽快な猫は先行して警戒しながらも、サボテンの棘で毒トカゲを突っついて悪戯する余裕がある。
食事は大体目の前を通りがかる野生動物を捕らえ、栄養を無駄にしないよう生で食べる。逃げ辛い陸亀等は甲羅に穴を開けて紐で吊るし、生かしたまま持ち運ぶ。生水は危険なので切り落としたサボテンや竜舌蘭から甘い水を飲む。それか”狼”が覚えている生で飲んでも大丈夫な湧き水や隠し井戸で飲む。
途中で出発当日のものとは比べ物にならない、岩が転がってどこかで風にさらわれた子馬が降ってくるような砂混じりの暴風に遭遇。予兆を察した”狼”の従って岩の切れ目に潜ってやり過ごした。
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暴風の後、右に海を見ながら進む。川を泳いで――”猫”は平泳ぎする”狼”の頭の上――渡り、島を渡り、いくつかの人間の村を迂回し、”猫”が目敏く見つけた浜に乗り上げて死んだ海亀を、臭いから腐っていないと判断して焼いてから食べる。
エスナル領クストラは最近になってロシエに売られたため、住んでいる住民はロシエ系やその混血である。情報獲得のために武装して馬で南下中のロシエ人の郵便局員を襲撃し、殺して埋めて郵便物の内容を確認する。馬は帰巣本能があって逃げられると殺害が早期に発覚するのでこちらも殺し、肉と血を飲み食いしてから埋めた。
”狼”と自分とで手分けしてロシエ語と少しのエスナル語の混じった手紙を読むと、非常に興味深い手紙があった。オテルマンフレール近郊の三日月湾に軍艦が難破したので大量の男手がいる、というのだ。
名前と場所が一致する”狼”の案内でオテルマンフレール近郊の三日月湾を目指す。
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三日で到着したのは三日月型の岩に囲まれ湾になった砂浜。そこにロシエの軍艦が二隻座礁しており、浜に乗り上げている。そして一隻は穴の開いた船腹から大量の金塊、銀塊をバラ撒いているのが見える。もう一隻もそれなりの荷を積んでいるだろう。
先の暴風、嵐で難破したらしい。避泊する場所を間違えたのかもしれない。
生き残っている乗組員は少数で遠目でも疲労困憊状態。並べられていたり散乱している死体は多数。救助していると見られる一般人もいるがこれも少数。
これは財政難のロシエには頭が痛くなる不運だ。この不運は転じて我々の幸運となる。
「”狼”くん、本隊に援軍を頼んできて。ロシエの財政問題を粉砕可能な事件だ。ロシエは最大限の努力でこの事態の収拾しに来る。”猫”くんと監視に当たる」
「了解だ」
”狼”が走り去る。彼の本気の走りならかなり早く伝えてくれるだろう。
”猫”と岩陰から悲惨で喜ばしい砂浜を見下ろす。
「”猫”くん、増援の到着まで潜伏だからね。悪戯しに行っちゃダメだよ」
「ヤンヤン」
そんなの分かってるってぇ、という感じに背中をボンボン叩かれる。
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三日月湾周辺で潜伏しながら監視を続行中。
海を見れば潮汐で姿を消したり現れたりする岩礁が多く、陸の方も岩が乱立する地形だ。森林や湿地帯も多く、隠れたり食糧を確保するには全く不自由しない。
海兵隊は周囲を見張るが数は少ない。助けに来た住民と船員は死人の埋葬を済ませたものの、日を跨ぐごとに増える死体をまた埋葬するはめになって肉体的にも精神的にも疲れている。
彼等はしばらく前から船から食糧を持ち出す作業を止めて食べていない。
満潮になって潮位が上がり、低気圧が来て荒波になって船が持ち上がって岩にぶつかって粉砕されてしまった。
大量の穀物が波にさらわれ、残ったものも海水で膨れ上がった。蝿も日に日に増えていることから他の食べ物もかなり腐ってきているのだろう。元から新鮮ではなかったかもしれない。
金塊や銀塊については早期に波にさらわれないように砂浜の外に置かれている。今でも数人が砂に埋もれていないが掘り返し、時々一つ二つと見つかって喜んでいる。この喜びが無かったら彼等の精神は挫けていた気がする。
少々不思議なのはオテルマンフレール近郊というから、そこの住民や民兵、警備隊でも応援に来そうなものだが来ないことだ。
今いる住民を出すだけで精一杯な小規模な村なのかもしれないし、嵐で被害を受けて復興中ということかもしれない。
この難破船の集団には指揮官がいる。太陽が南中高度に達する度に二つの時計を見比べている海軍士官だ。服装を見てもあの時計の士官が一番階級が高い。
口に急に柔らかいものが当たる。何だと思えば”猫”である。前とは比べられないくらいに懐かれたものだ。
「ヤッヤーン」
はいあーん、と口に入ったのはプリっとして土臭い。何の芋虫か知らないが大きく旨い物だ。
一方の”猫”は何やらハムハグと音を立てて食べているのはカモメである。こっちに虫を食わせておいてその隣で肉を食べている。腹を裂いて産む前の卵を岩で叩いて割り、口を開けて上を向いて中身を落として飲んでいる。
「ヤァーン」
おーいしー、らしい。
「ちょっと頂戴」
「ヤーヤ」
嫌だ、らしい。
「何だ、意地悪してんのか?」
”狼”の低い声。
「ヤン」
自分から”猫”が体向きを変える。
「うん、じゃないだろ」
「お、”狼”くん」
汗と埃で前より小汚くなった”狼”と、そしてユアック軍の精鋭である偵察隊の隊員達がいる。敬礼、返礼を貰う。
「本隊の到着は?」
「騎兵隊二千にダイワトイ族とクロシー族の騎兵が一緒に駆けつけるが、陸路で迂回してくるからこっちより遅れる。本隊は畑焼いて住民殺して陽動するそうだ。それから海軍も出動するが、結構掛かるだろうな」
状況は動いた。兵力も揃った。
「未だ敵は少数。先制射撃で海兵隊から倒したいと考えるが偵察隊はどうか?」
「ご指示に従います同志大尉」
偵察隊長は従う意向を示してくれた。
三日月湾の岩場より、撃ち下ろすのに最適な場所へ配置に付きたい。
単調になっている敵の警戒状況から導き出した方法。わずかな夕食を取る時に彼等は警戒員を交代する。
彼等の警戒員は三日月湾の南北の岩の突端に二名ずつ、金塊と銀塊の集積場所に四名、墓地には獣対策に二名、内陸側の道沿いに南北四名ずつと中間に二名。これが三交替制で六十名。内、海兵隊は三十六名、水夫は二十四名。その三十六名の内、海兵隊士官は一名のみ。
住民と金塊探しをしている水夫は合計で四十二名。
ニ交替制で指揮している士官は五名だが、内二人は少年だ。
怪我人は続々と減って多少の誤差はあるが今は百五十九名で、栄養状態も悪くほとんどが行動不能。
小銃は全体で使用の可否は不明だが八十ニ丁あり、拳銃や刀は士官達だけが携帯している。棍棒代わりの索留め具や短槍は行き渡っている。
実質の敵兵は百名たらず。
こちら三人と偵察隊の二十二名で二十五名、戦闘力に優れる。
偵察隊は八、七、七の三つの分隊に分ける。配置は北の内陸側に隊長を含む八人、南の道側から七人、南の突き出る岩へ自分に従う七人。
配置につくまで待つ。そしてしばらくしてから警戒員の夕食の交替が行われる。敵全体の意識はわずかな食事を煮炊きする湯気に向かう。
隠密に殺傷することを得意にする”狼”と”猫”に指示し、南の岩の突端にいる二名を排除させる。
音も無く二人は岩陰から忍び寄る。海を見て疲れた感じで談笑する海兵隊と水夫の二人組。
”狼”は海兵隊の頭を手斧で叩き割る。
割った音に「ん?」と反応した水夫の前方に”猫”が低く跳び、そこから跳ねて喉笛を噛み千切る。
南の岩場は全体を見渡せる。自分と七人の偵察隊員は射撃位置につく。自分の射撃を合図に各員行動に移る。
狙うの砂浜に方にいる士官五名、道の中央にいる海兵隊士官一名、北の岩の突端にいる二名。各員に狙撃対象を割り振って射撃姿勢を取る。
自分が狙うのは時計の士官だ。今は机に時計を置き、分解して部品を弄っている。
「風、南南西から毎時四イーム」
”狼”が風速計で測っている値を告げる。
照準合わせの前後ネジで狙撃眼鏡の位置を合わせる。
弾道補正の縦ネジは事前調整のままで良い。手元の勘は前より遥かに敏感。
施条を切っているが故の右へのズレと、風でのズレを考慮した偏流補正の横ネジを風速に合わせて調整。この風ならズレはわずかだろう。
時計の士官の指定席に距離は合わせてある。
銃身は岩に置き、右手は銃把と引き金、銃床は右胸に押し当て、左手は銃床の上に添える。
息吸って、止め、息を抜きながら、時計の部品を眺めて腕を組む士官に狙撃眼鏡の照準を合わせながら射線を胸で上下微調整。
時計の士官は上を見たり下を見たりと、悩んでいるのか頭を上下させる。頭部ではなく胸部を狙う? いや脇腹、腹部を狙う。胸部も前後がやや激しい。
息を止める。引き金をゆっくり、徐々に力を入れていく。
何か良い思いつきでもしたのか両手を打ち合わせる時計の士官は、もう片方の時計も解体し始める。
銃が振動しないよう、気付いたら引き金が絞られる程度に。
時計の士官が体を折って椅子から転げ落ちる。
それから七発の銃声、それぞれに偵察隊員が狙撃を敢行。風も腕も、標的の撃ち易さも合い間って各敵士官が崩れ落ちる。
それから南北より銃声が四つずつ、道に配置されていた警戒員が撃たれた音だ。
弾薬の再装填を行う。薬包を噛み切って、銃口に火薬を入れ、椎の実型弾を入れ、込め矢で突いて、撃鉄を上げ、雷管を装着し、中年の下士官を優先して狙って撃つ。
飢えているが故に大層待ちかねた夕食に集中し、そして一斉に指揮官級を失った彼等は完全に烏合の衆である。
何が起こっているか理解する前に、反撃体制も整わぬ内に撃ち殺せる。
再装填と狙撃を繰り返す。”狼”と”猫”は既に内陸側の森へ入り、逃走者を待ち伏せる体制に移った。
北の偵察隊長の分隊は北の岩場へ移動し、こちらと挟み撃ちにする形で敵集団を狙撃する。
南の道沿いの分隊はこちらの分隊に合流して射撃する。
海兵隊を優先して撃って、初動で全て射殺した。
水夫達だが、小銃を持っても撃ち方が分からない者が多数。そういう知識不足は後回しにして、俺に貸せと身振りする水夫を優先して射殺。
小銃を慣れた手つきで発砲する水夫もいるが、旧式の海兵隊様式の短銃身小銃では弾丸もマトモに飛ばず、そういう慣れた射撃姿勢を取る者は目立つので優先して射殺するのは容易。
悲鳴を上げて無事な者は内陸側の森へ逃げ出す。残された者もある別の意味で悲鳴を上げる。
森であの二人に敵うはずもないので逃亡者は優先しなくて良い。戦意ある者を優先する。
起き上がって何とか戦おうとする負傷者を撃つ。
戦おうとする者がいなくなったら逃亡者を撃つ。
鈍いが逃げようと努力する負傷した逃亡者を撃つ。
同士討ちを避けるために森には入らず、少し残された、哀れにすすり泣いて動けない負傷者達を観察する。本当に動けない者だけなのかを吟味する。
各員で良く見て、怪しい負傷者を撃つ。
敵の槍を奪って負傷者や死体を突いて回りたいところだが、死んだフリをした者に逆襲されたくはないものだ。
森の方から叫び声が聞こえる。我々は泣いたり叫んだりしている動けない負傷者達を監視する。鍋で煮られた食べ物の焦げた臭いが広まる。
日も落ちて来て”狼”が「掃討完了」と報告。
三分隊は合流して、周囲の警戒、負傷者の監視、休憩を三交替で行うことにした。夜の食事は手っ取り早く殺した人間にした。
金塊と銀塊の移送はこの人数では出来ない。到着予定の騎兵の数ならば運べるはずだ。
夜も泣き声、呻き声が耐えなかった。
■■■
朝になると一大事が訪れた。鳥に集れている死体と負傷兵達は泣き疲れて寝てるのか死んでいるのか良く分からないのはともかく、沖にロシエの艦隊が見えるのだ。救助に来たのだろう。
上陸までは時間がある。”狼”を筆頭に石を投げて遠くから負傷者や死体が元気か生きているか試す。そうして探りながら槍で殺して回る。
一通り死亡を確認し、浜辺で迎撃準備をする。砂浜が切れて土になる、道に近い草むらで自分が指揮する分隊が構える。高低差があって、上陸側は撃ち下ろされる形になる。
北の岩の先端ではない方に偵察隊長の分隊、南の岩には残る分隊。”狼”と”猫”は更に南北に少し離れた位置で、陸からの増援や、この砂浜以外からの上陸を警戒する。この砂浜以外は岩だらけで上陸には適していないが一応である。
砂浜に簡単な罠を仕掛け、上陸前から狙撃する。火力の不足も想定される。八十ニ丁の小銃を射撃可能状態で用意しておこう。いざとなれば森に逃げれば良い。
軍艦は艦砲射撃が出来る位置で錨泊。沖からでも望遠鏡一つで異常事態は見て分かる。
沖から海兵隊と水夫の陸戦隊が短艇で浜に上陸を試みる。大小差はあるが十六隻、合計で四百名以上、大隊規模はあるか。これが往復してまた兵士を運んでくれば連隊規模はあり得る。
船底が砂に擦る前に士官を狙って、障害物や死体の陰から狙撃を開始する。陸と違って揺れるため命中率は低いが当たり、操船指揮が失われてまごつく船が出てくる。
敵陸戦隊へ一方的に射撃。船上から敵が撃ち返してきても明後日の方向。
死傷者を出しながらも上陸した陸戦隊は短艇を引っ繰り返して盾にし、後続の陸戦隊を守る。
短艇程度なら弾丸は貫くが、狙いが定まらないし、当たっても威力が弱いこともあるし、竜骨に当たれば防がれる。やらないよりマシだ。
旧式の施条銃で撃ち返されるが当たらない。射程距離はこちらが圧倒する。そしてそういうロシエの選抜射手格を優先して狙撃する。銃を構える姿が堂に入っているので他の兵士と見分けがつく。
敵陸戦部隊は短艇や積んできた装備、難破船の残骸を掻き集めて即席の防御陣地を作り上げた。そして三隻の短艇が沖へ漕ぎ出しているので増員を図る気だろう。
今はまだ干潮で潮位も低いが、直に満潮に転じて波が陸に上がってきて陣地に隠れる彼等を濡らし始める。
丁度近場にある、病気を持ってなさそうな人間の肉を食べてじっくり待つ。
■■■
沖の艦隊が陸戦隊に当たらないよう、見当違いの方向へ艦砲射撃を行って、手応えを感じずに諦める。
潮位が増してきて、波が打ち寄せられる度に敵防御陣地の方から声が聞こえる。
こちらも黙って待っていたわけではなく、時折顔を覗かせる敵の頭を撃ち抜き、穴の開いた短艇の腹の向こう側から射す光が人影で途切れる瞬間を狙って体のどこかに当てる。
南北の岩の側面にいる偵察隊員も、忍んで動いて側面から狙撃を敢行。側面も防御しようと敵が足並みを乱すと、防御陣地の陰から敵が姿を現したり、時に短艇をズラして身を晒す。勿論撃ち殺す。
そしてかなり苦労したように見えた、三隻の短艇による懸命の上陸作業で陸戦隊の数が増加し、一個連隊規模より少し下回る人数が集まった。
これまた見当外れだが、船から降ろした旋回砲を使って牽制の砲撃を始める。艦砲射撃も見当外れながら始まる。
突撃が近いと思われる。号笛を鳴らして南北の分隊、”狼””猫”を集結させる。
そして増強された敵陸戦隊が喚声を上げ、防御陣地から這い出て突撃を開始した。
指揮官を狙って撃つ。この突撃の段階になってはこれで脚は鈍らないようだ。
足止めの罠は簡単なものばかりだ。布の切れ端、海草、漂着したゴミに隠した槍や短刀の刃を上向きに設置した物。切れ味が悪く、踏んだ者は怪我はせず「うわ!?」とビックリする程度に留まりもするが、突撃時に足並みを乱すと後続に突き飛ばされて転び、そして踏まれ、踏んだ者も転ぶ。
浅い、片足だけを狙った落とし穴。勢いがついているとそれで転んで足を挫く。また、死体を並べており、その隙間に掘ったので仲間を避けて走ると足を突っ込む。
そして驚いて足が鈍ったり、止まったりで衝突して混雑し、思い切って踏み出してもまた鈍るか滑ることもある、首や目玉、手足や内臓を散らかした一帯。
また手で払えば倒れる程度の棒や木片を林立させてある。波打ち際での射撃の間に十分認識していただろうが、いざ目前となると足が止まるようだ。
三分隊で合流、突撃姿勢でこちらを狙うのも覚束ず、散らした死体に動揺している敵を撃ち倒す。士官、下士官、選抜射手格を優先。
それでも散らした死体や林立させた木を払って陸戦隊が前進する。大分距離は近い。上り坂の砂浜を走って、罠に足をとられたせいで大分疲れているが前進してくる。
「射撃停止!」
一度乱射を止め、全員が小銃への弾薬の装填を行って確認する。
「構え、狙え、撃て!」
我々の小銃で一斉射撃。二十二発。
次に”狼”と”猫”が揃えて足元に置いた、鹵獲した八十二丁の小銃をそれぞれで持って一斉射撃。
「交換、構え、狙え、撃て!」
旧式小銃による一斉射撃。四十四発。
「交換、構え、狙え、撃て!」
一斉射撃。六十六発。
「交換、構え、狙え、撃て!」
一斉射撃。八十八発
「交換、構え、狙え、撃て!」
一斉射撃。百四発
「交換、構え、狙え、撃て!」
素早く一斉射撃をしている間に”狼”が装填した小銃四丁と”猫”が装填した小銃一丁と、残る旧式小銃十丁を取り、二個分隊で一斉射撃。百十九発。
体力と精神を消耗している陸戦隊に向かって素早く、二十二名が一斉射撃を六連。百人とまではいかないが、それに迫る敵兵士が発射煙の向う側に新たに倒れている。
多重に重なった銃声に神経をやられて逃げ出す者もいて、まだ正気な士官、下士官が督戦しようとする。それを弾薬装填が終った残る一分隊が丁寧に狙撃して倒し、壊走を助長する。
遂に連隊規模だった敵陸戦隊が敗走。砂浜に足を取られたり、帰りにも罠にはまって転びながら短艇に殺到する。その背中を狙撃すると仲間を見捨てて短艇を出して、慌てて船上で動き回ったせいか転覆。そして同士討ちを始める。
陸戦隊という最大の障害物がいなくなった以上は艦砲射撃を受ける危険があるので森へ走って逃げる。
■■■
陸戦隊の上陸は最初の一度目が最後になった。見捨てられて途方にくれる敵の生き残りは艦砲射撃の範囲外から狙撃して始末し、森にまで逃げ込んだ連中は”狼”と”猫”が殺した。それでもかなりの人数を取り逃がした。
三交替制で適宜休憩しながら生き残りがいないように殺して回ること二日目、ユアック軍の騎兵隊二千と、ダイワトイ族とクロシー族の騎兵一千が到着。
騎兵隊指揮官と協議。金塊と銀塊は砂浜にあり、回収する姿を見せたら艦砲射撃が待っている。そして陸路で敵の増援はやってくるだろうから防御陣地を築いて、沖合いのロシエ艦隊の始末は海軍の到着を待つしかないと結論。
そのような話し合いをしている最中に、部族騎兵が大丈夫だろうと金塊銀塊に手をつけようと近づいたら艦砲射撃で吹っ飛ばされた。
夜中に、月や星明かりでもバレないように少しずつ艦砲射撃の射程範囲外に持っていく方法もあるが、だが量が量なので時間が掛かる。
この三千騎でも、運ぶ車両でも無いとかなり厳しい。一騎、それぞれの携帯袋に入れても塊二つがせいぜいだろう。
これはロシエを新大陸競争から脱落させられる可能性が高まる大事な局面だ。
訪れた我々の幸運を手放すことが無いようにしなければ。
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