第182話「戦を厭わず」 ベルリク

 バシィール城改め首都バシィールへ、ファザラド陥落後の処理が程々に終わったところで戻った。

 そして久しぶりに我が愛しの、猫だらけの寝台に飛び込もうと思ったら見知らぬ赤子が居た。

 勿論、事前連絡無しで今回も前回みたいに「健康も損なわず手早く出産しましたので、別に報告する事案はありませんが」とかあのハゲは書類に目を落としながら言いやがった。「母乳飲ませろ」と言ったらすんなり杯に注ぎやがった。こいつ頭おかしいだろ。

 女、男、そして三人目は女だった。名前はリュハンナ=マリスラ。自分とジルマリアの母の名前から取った。

 セリンは休暇が終わりそうなのでダーリクを連れて一足先に帰っている。ザラはそのせいでしばらく泣いてたが、兎のダフィドと猫軍団を仲良く――食われないように――させる作戦を試みさせ、気分を紛らわせたので何とかなった。

 こちらも忙しくてずっと娘達の面倒を見てやれないのだが、何とルサレヤ長官が遊び相手をやってくれた。ザラも「ばば」と呼んで懐いている。

 自分も懐いて「出たな、妖怪悪魔ババア。ババーン!」と言ってみたら翼デコピンを食らって痛くて転がり回った。

 魔法長官って暇なのかよ、と思うこともあるが暇みたいだ。帝国連邦の内部からの監視は魔神代理領中央から派遣されてきた内務省職員が行っており、そことルサレヤ長官は連絡を取り合っている。ジルマリアの抹殺部隊が中央の内務省職員を殺したという話は聞かないので上手くいっていると思う。

 変わったのは人だけではなくバシィール自体も。首都機能が発揮されるよう拡張工事が行われ、各庁舎も当面必要なだけの広さが確保されている。官僚宿舎とその家族の生活に必要な施設も一通り揃えてあり、早急に必要が無い施設はまだ建設中。

 昔は丘の上にポツンとあった程度の、要塞にしたって防御能力はお粗末で、屋敷にしては多少堅牢な程度の城館だったバシィール城ではなくなった。

 城からセルチェス川にまで至る道は石畳で舗装され、ちょっとした桟橋程度だった港は商業港程度にまで発展している。

 これからここに多くの官僚とその家族、そしてその生活を支える者達が大勢集まって都市になる。

 レスリャジン部族の中でも中核の連中が放牧をしてはいるが、この旧マトラ県南部は空き地だらけで開発には困らない。

 移住してきたイスタメル人家族もいる。妖精だとか騎馬民族だとか関わったら危険そうな連中が住んでいる土地なので一握りだが。

 後は最近になって寄付金でも集まったのか、先の大戦で破壊されたノミトス跣足修道会系の修道院がいくつか復興しているのも多少目立つ。

 彼らは清貧を心がけ、服装は粗衣と裸足。政治に基本的に不干渉であり自給自足。瞑想と祈祷に励んでいる陰気臭い連中だ。注目しようとしなければ視界にも入らないくらい大人しい。

 今何故そいつらが視界に入っているかというと、バシィールの都市圏内に信者のための教会を作りたいと言っているのだ。宗派の系列が違っても祈祷だとかお祈りはしに行けるので必要な施設と言えなくもない。神聖教徒は広く多様な我が帝国連邦にはいくらでもいる。

 一番身近な神聖教徒、ジルマリアがいる。あいつは敬虔かどうかは知らないがアタナクト聖法教会の人間である。イスタメル以東から魔神代理領中心部辺りにまで広く薄く普及するこのノミトス跣足修道会の進出について一言ある、はず。

 この問題は内務省の管轄で、宗教対策局が責任を持つ。そしてその見解がジルマリアの意見も合わせて「総統判断に任せる」と結論。

 バシィール周辺は総統の私物という扱いなので所有者に聞けということだ。土地管理の担当者も割り振らないといけないのか……規模の拡大は良いが面倒事が増えたな。

 そういう訳で帰って早々、陰気臭い坊主の相手をすることになる。修道院長という肩書きの、裸足の爺さん。

「我々は現世利益は求めません。ご迷惑は掛けないようにいたします。ですからどうか、信徒達の祈りの場を少し確保して頂けないでしょうか」

 生き物ってのは息してるだけで飯食って糞垂れて大層ご迷惑なんだが、とは大人気ないので言わない。別に敵でもない。

 かと言って好きなようにしろとも言えない。都市計画があるので変なところに小さくても建物を作られると建設業者が困る。

 じゃあ都市計画責任者紹介するから相談して来いと言っても、この坊主共にその金があるかも怪しい。拒否は簡単、肯定するとなると面倒ばかりだ。

 面倒以外にも、この坊主を相手にするために、折角のリュハンナの小便ビチャ濡れおむつの取替えをルサレヤ長官に譲ってしまったのだ。総統は少し不機嫌ですよ。

「アクファル」

「はい」

「バシィールの都市計画責任者のところに案内してやれ。責任者には、自分の責任を最優先にしろ、と言っておけ。紹介しただけで肝煎りじゃないとな」

「はい」

「おお! 総統閣下ありがとうございます」

 深く礼をする修道院長。

「実現させるかどうかはそちらの交渉の仕方と資金量で決まりますので喜ぶには早いですよ」

「いえ、総統閣下は道を照らして下さいました。後は我々が歩いて進むべきこと。ありがとうございます。貴方に神のご加護を」

 修道院長が指で菱形に空を切る。


■■■


 バルリー大公の剥製がある。領土拡大の印としては良好。こんなことなら東征のあたりから大量に剥製でも作っておくんだった。

 名立たる髑髏杯なら棚に並べるだけあるのだが、やはり全身があると迫力が違う。前ブリェヘム王ヴェージルが蒐集したのも分かる。

 とりあえず、帝国連邦として出発して初めての目立つ敵の”頭”の剥製である。これから集めよう。髑髏杯はレスリャジンとして、剥製は帝国連邦として、という区切りにすれば良い。

 早速、財務長官執務室の前の廊下に置いてやった。ここに置くと金転がしに吸血された結果、みたいに見えないこともない。

「就任早々嫌がらせかな」

 着任したばかりの我が帝国連邦の財源、ナレザギーが不快感を示す。

「これから増えるからよろしく」

 久しぶりなので抱擁を交わす。

「いや、これはベルリクの執務室に飾るものだろう。君が殺したんだぞ」

「だって、ナレザギーが前線にあまり出れないだろうから寂しいと思って」

 ナレザギーの背後に回って首に抱きつく。前線に出たらこうしてあげられないんだよ? という風に。

「いや、財務省の庁舎に似合わない。それなら軍務省に飾ったらどうだい? 彼等の功績だ」

「え? 仕事の邪魔じゃん」

「はい、移転してね。総統閣下の執務室の方ね」

「えー? そうだ、お前の毛玉の片割れはどこだよ? 連れて来たんだろ」

「妻は財務長官官邸で家具の展開中」

「美人か? あの、アギンダに嫁ぐ予定だった毛の長ぇあの女よりか?」

「言う事聞くから美人というより可愛い」

「ほおん」

「そういう子を探してきたわけだけどね」

 ナレザギーを財務長官執務室に押して入れる。

 各長官執務室は広くしており、資料も大量に保管出来るように棚を多数設置。そして隅々まで防火対策を施してあり、燃えぬように木材は最小限にして石造り。天窓を含めて窓を多くして、出火原因になる蝋燭はあまり使わなくて良いようにしてある。また水道管も引いて消火作業に直ぐ移れる。

「はい鍵」

「うん」

 執務室の鍵をナレザギーに渡す。

「傭兵公社の出資財源は目処がついているな?」

 戦争の無い時に我が国民、我が兵隊達に暇をさせないためである。

 部隊配備中の兵士達には定期的に訓練を課すが、平時が長引いてそれを発揮する機会も無く終わらせるのは勿体無いし、兵士達が可哀想だ。折角己の技量を高めたのにその力を振るえないとは哀れに過ぎる。

 加えて実戦経験豊富な兵士を常に一定以上確保するためでもあり、世界の最新の戦場から戦訓を持ち帰って常に旧態化しないように戦場の風を浴び続けるためでもある。

 帝国連邦は国民皆兵制を取るが、志願兵でなければ兵役期間は無限ではない。期間を終えた者達には選択肢がある。故郷に帰るか故郷の外で働き、そして予備役登録をするか自警組織に入るか。職業軍人に改めて志願するのも良し、そして傭兵になって世界展開に参加するのも良し。

 傭兵公社は財務長官直下で運営させる。派遣先は我が帝国連邦に利する勢力や、全く関係が無いけど儲かるところ。

 あくまでも傭兵、社員達の忠誠は会社にあるように組織化して派兵する。有事とあれば召喚するし、有事が近いのなら手元に留めて部隊として編制しておく。

 基本的な派兵先は魔神代理領各国であろうか。何分広大な魔神代理領、領域外周はとてつもなく長くて内部も広い。割と小競り合いは多いので宣伝すれば売れる見込み。

 稼ぐのは金だけではなく名声、影響力。魔神代理領は今のところ我々の強力な味方であり運命を共にする仲間である。しかし情勢は時代を経る毎に変わる。その変化を出来るだけ我々に良い方向へ持っていくには影響力が必要だ。

 神聖教会圏に売り出すことも考えている。名高いバルリー傭兵が消滅したので、代わりにそれより強いの兵を見せればどうなるか? 売れっ子だろうか?

「平時の緊張状態は除いてこの国に平時って訪れるのかい?」

「俺の可愛い兵士共が戦を忘れたら可哀想じゃないか」

「あー……そういう国なんだよなぁ」


■■■


 恒例のイスタメル州で行われるウラグマ州総督が行う観閲式と軍事演習に、我が軍をカイウルクに総指揮、トゥルシャズにその補佐をさせて出す。

 イスタメル州軍としてではなく隣接国として初めて軍を出す。

 マトラ、ワゾレ方面軍は西側国境で圧力を掛けているのでこちらの軍は出せない。スラーギィからは男女の一万人隊と、ユドルム以西各地域から模範足りうる騎兵部隊を抽出して合計四万騎を出す。

 こことは場所も時期も別だが、大内海連合州の観閲式と軍事演習にもユドルム以東の軍を出させている。

 このウラグマ州総督が行う観閲式と軍事演習には慣例通りにアソリウス島嶼伯軍、ヤヌシュフも参加する。

 バルリー問題に沈黙する魔神代理領軍も、エデルト海洋交易路の要衝であるアソリウス島嶼伯領もこの帝国連邦を受け入れているという事実を示し、みなし神聖同盟諸国に外交圧力を掛ける。

 イスタメル州としても編入から十数年、まだまだ公国時代の記憶濃厚なこの土地を治めるためにさまざまな圧力を必要としている。軍服を揃え、死者が出るほど訓練させた重武装の北方騎馬民族が万と疾駆する様を見せる。

 カイウルクはまだまだ若く二十代前半。歳以上の風格はあるが童顔で声色も優しい。短気どころか滅多に怒らない。しかしニコっと穏やかに微笑みながら敵も味方も容赦無く殺すので恐れられている。

 訓練中に味方を処刑した数はカイウルク一人で百人を超す。帝国連邦各地から集めた有象無象の騎兵共を相手にして統率するのだからそのくらいは殺さないと駄目だ。処刑とは別に部隊ぐるみで反抗した者達を演習相手として殺した人数なら千人を超す。

「今更お前にあーだこーだ言うこともないな。行って来い」

 抱えたリュハンナの手を持って、観閲式へ向かう途中にバシィール城に寄ったカイウルクへ手を振る。

「おにーさんいってらっしゃーい!」

 ザラも真似してダフィドを抱えて前脚を持って振る。

 カイウルクが馬を降りてザラに近寄ってしゃがんで目線を合わせ、頬を出す。

「いってらっしゃいのチューは?」

「イヤっ」

 ザラがダフィドを盾にする感じで抱きしめる。

「何で?」

「チューはね、すきなひとどうしでするんだよ」

 誰から教えてもらった?

「えー? お兄さんはザラのこと大好きだよ。ザラはお兄さん嫌いなの?」

「おヒゲがイヤっ」

 ヒゲの薄いカイウルクが言われたら大体駄目だ。

「お父さんもお髭生えてるよ」

「とーさまとダフィドのおヒゲはいいの」

 もう立ってられない、しかしこの腕にはリュハンナが! 何とか膝を突く。心臓と腰と膝を撃ち抜かれた。

「とーさま?」

 膝を突いた音でザラがこちらに気を取られ、その隙にカイウルクがザラの頬にチューをして走り去る。

「行ってきまーす!」

 張り出した馬上のカイウルクが子供みたいに手をブンブン振った。

「うー!」

 ザラが悔しそうに唸ってふくれる。

 誰か助けてくれ。


■■■


 軍務長官執務室で何か会話もすることはなく、ラシージが決済した書類を見ながら今後の軍事的な展開について考えを巡らせていると「総統閣下」とラシージが一枚の報告書を差し出して来たので受け取る。

 報告書によると西マトラ領内よりバルリー人の完全なる根絶が確認された、とのことだ。境界線の怪しい国境地帯に残存している者達はいるだろうし、グラスト分遣隊に見出された少年少女達がいるので正確ではない。だが記念すべき報告である。

「建国記念公園で式典を執り行いたいと考えます。よろしいですか」

「お前らがやりたいようにすればいい。ただ、マトラ低地の方はまだだぞ」

「武力併合以外の形で取り込むことも選択肢に入れれば」

「いいんだな? 本物じゃないと言えばそうだぞ」

「マトラ妖精という民族的な意識が形成されるのはこの西マトラに移住してからのことです。どちらかと言えばこれが本物になります。これを」

 机の引き出しからラシージが取り出した計画書を見る。

 帝国連邦各地から役職問わず意志の強い妖精達と各儀仗隊、人間と獣人双方の要人を集める。

 次いでに拡張中の首都バシィールのお披露目し、要人を集めての親睦会や会議を行う。

 軍務長官としては各行政自治体の独自の軍事力を削減して正規軍の数を増やす相談をその時にしたいそうだ。

 レスリャジン部族の男女一万人隊、東スラーギィの黒旅団。妖精中心のマトラ、ワゾレ、シャルキク、ユドルム方面軍には騎兵に遊牧騎兵、砲兵にフレク族、工兵にチェシュヴァン族、山岳兵にダグシヴァル族を含んで総勢二十五万名で非常に強大。だが東西に敵を抱えて侵略戦争も実行することを考えたらまだ足りない。

 ユドルム以西の旧アッジャール勢力から軍を抽出してヤゴール方面軍、ユドルム以東の旧ラグト勢力から軍を抽出してイラングリ方面軍を編制して総勢三十五万名まで拡充したいそうだ。

 既に四つの方面軍に対して各行政自治体からは正規兵として兵士を出させている。それ以上を出せというのは反発があるだろう。

 軍と内務省を使って解決することも考えるが、そこはやはり総統の権威と権力で取り成さなければならないだろう。イスタメル州、ヒルヴァフカ州、大内海連合州からの圧力も利用して。

「二つの方面軍追加は正直、言ってみなきゃ分からん感じもするな。ヤゴール方面軍はヤゴール王、イラングリ方面軍はチャグル王があれだな、独立してる気になってる。特にチャグル王だ。まずチャグル王以外全ての説得だ。呼んだら個別に話し合おう。うん、招待状は俺が出す。全代表を集結させる。それと内務省、協力がいるな。ああ財務省、こっちも協力がいるな。後で長官会議だな」

「分かりました。次にマトラ共和国の首都を旧ファザラドへ遷都することを式典当日に公式に宣言します」

「旧?」

「新しい名前はダフィデスト。マトラ語で”ダフィドの都市”程度の意味です」

「おー、やっと固有名詞がついたな」

 マトラ共和国の首都の名前は今まで無名で、ちょっと行政側でも書類上面倒くさいところがあった。

 ”マトラ県庁所在地”マトラ=ヴラガヌパデッツステミヤ。

 ”マトラ共和国首都”マトラ=ラディストリチカタローイエ。

 ダーハル大宰相が帝国連邦に固有名詞があったらつけてくれというのも分かる。無名の土地には固有名詞をつけるように努力させよう。良い機会だ。

「ベルリケスト、ラシージェストも候補に挙がりましたが、存命中に個人名を冠するのはいかがかと思い却下しました」

「それで良し」

 死後までは制限しないようだが。

「ご覧に入れたいものが」

「うん」

 ラシージが取り出し、机に広げたのは五つの旗である。

 現在のところはマトラ、ワゾレ、シャルキク、ユドルムの旗はマトラ自治共和国時代からの使い回しであった。各王国や部族はそれぞれに持っているので新しく作る必要は無い。

 ラシージが順に指差す。

 緑地。左上が黄色に交差する鍬と金槌。

「これがマトラ自治共和国旗。この交差する象徴はランマルカの革命旗と共通です」

 赤地。左上が黄色に交差する鍬と金槌。中央に三冊重ねた本の上に座った黒兎。

「マトラと共和国を意味するマトラ共和国旗」

 白地。左上が黄色に交差する鍬と金槌、その上に不動の極星。赤十字で四分割。

「交通の要衝を意味するワゾレ共和国旗」

 黒地。左上が黄色に交差する金箸と金槌。

「イリサヤルを中心にする工業地帯を意味するシャルキク共和国旗」

 青地。左上が黄色で上に鷹、下に太陽。

「帝国連邦防衛の要を意味するユドルム共和国旗」

「自治共和国旗そのものはどうするんだ?」

「この旗の示す範囲はマトラと同胞妖精種であります。マトラ妖精というのも近隣近似の種族との混合で発生した種族でもあります。これは妖精種による連絡評議会の象徴として使います。国内の各妖精主導の国家だけではなく、ランマルカのような国外の妖精勢力との連絡にも使います」

「連絡評議会か。あの”しゅるふぇ号計画”とやらも話し合うのか?」

「それが全てではありませんが、間違いなく」

 そういえば、暫定で国旗扱いになっているレスリャジンの旗は氏族時代からの使い回しになっている。

 これは部族の旗であって帝国連邦の旗ではない。スラーギィ特別行政区の旗である。

 どうにも外国の連中から”レスリャジン”の何とかと帝国連邦を宣言してからも呼ばれていると思ったらこれが原因なのかもしれない。

 旗の意匠とその持ち主の情報はセレード王国の紋章院に登録され、その情報はエデルト王国に共有され、各国に知られる。

 新しい意匠が決まったら中央の方に旗の登録申請をしないといけない。ちょっと間違ってしまったか。

 大宰相の方も帝国連邦の旗は”レスリャジン”であると思っていたのか指摘してくれなかった。

 実際に自分が建てた帝国であるから、自分の部族の旗をそのまま使っていてもおかしくない。しかし種族民族を問わず征服併合加盟させる帝国連邦の旗としては不適切。

 帝国連邦国旗の意匠も考案させないといけない。いや、しかし自分で考えた方が良いとも思う。公募するのは帝国連邦的ではないとも考える。普遍性を強調したら返って障害があるな。

「ラシージ、帝国連邦国旗は後で考える。レスリャジンのはレスリャジンのだ」

「はい」


■■■


 外交は総統と総統を補佐する秘書局が行う。

 実質、秘書局が外務省である。外務以外に色々やって貰いたいので独立はさせていない。

 秘書局員は軍務、内務、財務省の各外務局を筆頭にマトラ共和国情報局等の各局から出向させている。寄せ集めなのは外務系の人材が足りていないのが原因と言えば原因。これで今は十分なので拡充の必要が無いことも理由。

 局長は臨時でアクファルだ。アクファルは個人秘書なので別枠にしたいところだ。親衛隊隊長代理でもあるし、ある種の総統代理でもある。

 しかし信頼のおける人間で有能で大体何でも雑用から重要案件まで任せておける人材が見当たらないのが現実。

 提督じゃなかったらセリンでもいいんだよな。あいつ紙弄り得意らしいし。

 ミザレジ……なぜ奴の名前が思い浮かんだ。有り得ん。

 ナシュカ! 結構政治が出来る奴とジャーヴァルで判明したが飯炊きの仕事は大変だ。兼任は無理だ。

 スカップくん。あの敵か味方か正直分からん奴は駄目だな。

 給仕の古参。うん、頭が足りるか? 足りないか。

 あ、自分専用の獣人奴隷を買うってのがあったか。そう言えば城主時代から買う資格はあったのに買ってなかったな。ラシージがいたから全く不便無かった。後でニクールに相談しておこう。あいつもルサレヤ長官の秘書みたいなもんだった。色々心得ている。


■■■


 聖王の名で返書が届いている。それと一緒に聖王ちゃんから直筆の手紙も添えてあったのでこれは「自分で勉強して読みなさい」と言ってザラに渡した。

 聖王の名の下に宰相グランデン大公が書いたであろう返書を読む。

”レスリャジンの大王ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク殿へ。

 バルリー共和国に対する不当な侵略、許されざる虐殺について非難します。また世界の安寧のための機会をふいにしたことに対しても同様。

 聖なる神に祝福されし聖王とその諸国は貴国に対して最大限の警戒感を示すものであります。

 我々は平和を求め、そしてバルリー大公代行シュチェプ殿下の主権の下での復旧を求めるものであります”

 バルリー共和国は武装中立を掲げていたので各国に助ける義理は無かった。その点では語調が弱い。貿易の停止もしないし、賠償も求めないし、聖戦軍の発動をするぞと脅さず最大限の警戒感の表明とか、現状の再確認程度の意味合いしかない。マトラ低地に対する遠回しな領土要求には反論をしていない。

 お返事に会議場所を提案しよう。中立的な場所が良い。

 ザーン連邦のスコートルペンは前に使って具合が良かったが……ここ以外に無関係の国が無い。しかしそこまで遠いし、戦争中のユバールの隣だ。

 国境。マトラ側の国境だと主張領域が食い違う。ワゾレ側だとあちらは亡命バルリー政府が主張するワゾレ領と重なってしまうか。

 イスタメル州との国境も良いが魔神代理領中央とは別の意志で動いていると示さないといけない。

 アソリウス島は足し算引き算で考えると丁度中央値という感じだが、そんな単純なものではない。

 国境線の確定から話を進めようか?

 それとも、遠征軍を組んでファイルヴァインを二十五万の軍で包囲しながら会議するのもありだな。面白そうだし、新しく編成した軍の兵站問題を炙り出せる。

 それか会議はしないでお互いの了解を得ず、実質的に統治することを続けるか。しかしこの場合はこちらが無血で欲しいと言っているマトラの低地を、無血で手に入れるのは困難。

 では武力行使か? 今の状況で大戦をやる余裕は無い。あるかもしれないが、それを試してみるのは馬鹿のすることだ。

 相手も馬鹿ではない。そのくらいはお見通しだろう。

 しばらく文通だな。その内に非公式な使者でも送って来て腹の内を探りに来るだろう。

 何時でもシラージュ、カチビア、ドゥルード、アイレアラセ、モルヒバル、ピャズルダに攻勢を仕掛けられるようマトラ及びワゾレ方面軍を配置してある。

 ただ連戦続きで不具合の出ている装備を整備し、消耗品を補充するには時間がいる。

 こちらの準備が完了するのと、聖皇と聖王の軍がこちらの軍に対抗するだけの軍を動員して配置につけるのはどちらが早いかは言うまでもない。こちらが早い。

 そして双方の神聖なる軍が配置についたとして、こちらとあちらのどちらが軍事費の圧迫で潰れるのかは言うまでもない。あちらだ。

 軍は兵站を攻撃されると弱い。非常に参る。大軍を配置して維持し続けるだけでも兵站への攻撃に等しい。戦費の確保で大いに彼等は悩むだろう。増税でもして反乱を誘発したら元も子もない。

 我が軍はそう、マトラとワゾレ方面軍は平時と同じような位置に配置されるだけなので負担は無い。軍事費用は勿論掛かるが戦時だからと特別に何か苦労はしない。

 西マトラ復興に向け、防御施設を建造して接続して道路を繋げて物資を行き渡らせる。戦時じゃなくてもやるべき事業だ。何も特別なことはしていない。

 それだけで双方の神聖なる軍は我が軍の無出血の攻撃を受け続ける。

 バルリー共和国は国境線に我が軍が配置されるのを見て、度重なる挑発を受けて、そして一挙に侵略して滅ぼした。百万に迫る虐殺を伴った。誰もバルリー共和国の二の舞にはなりたくない。

 これに対してバルリー共和国を反面教師にして無防備にしてはどうだ? と考える馬鹿は、もしかしたらいるかもしれない。本当にいるか?

 双方の神聖なる軍はバルリーには用意出来なかった程の重装備の大軍を用意しなくてはいけない。

 彼等は自分の臣下を守る義務がある。その義務が果たされない時はどうするのかと言えば、新しい主を見つけるしかない。主無くして独立を保てる程の勢力ならばとっくの昔からそうしている。

 新たなる主それは、垣根を越えて同盟する帝国連邦。我が傘下に来たれ。

 これも相手は馬鹿ではないから気付くかもしれない。我々だけではなく、係争地の者達に対しての工作が必要になる。

 ユバール戦争で繊細な政治手腕が必要とされるこの時にそういう仕事を増やす。彼等の頭脳にも攻撃する。

 かなり怒るだろう。恨むだろう。耐え切れずに先制攻撃をしてしまうのかな?

 そうしたら大戦がもう一度、また神聖教会の先制攻撃によって始まる。大義名分はこちらにあることになってしまい、先の大戦の嫌な記憶が復活してしまい、みなし神聖同盟の諸国はどれだけの戦意を確保出来るだろうか。

 戦意の高い低いはともかくとして、そんな事態になったら龍朝天政は見逃さないのではないのか?

 どっちに転んでも幸せだな。

 さて、マトラ低地を手に入れる方法を考える。

 まずはエデルト。こちらに関しては吉報がもたらされた。聖王の名の下にファイルヴァインで行われる予定だった講和会議で、帝国連邦総統である自分が出席しなかったことを理由にオーベイン外務卿も出席を見合わせたという情報だ。

 自分が出席しなければ元々成立しようのない講和会議だが、あえてそこでそのような声明をエデルトが出している。

 やろうと思えば欠席裁判のように神聖教会諸国合同で帝国連邦に対して嫌がらせが出来たであろうに、そこに参加しなかったのだ。

 ヤヌシュフ、セリンを利用してアソリウス島権益を危機に晒したお陰だ。カルタリゲン中佐が嫌な仕事をしてくれたお陰。

 これに合わせて南メデルロマ問題に関してオルフ王国側から提案が出された。

 一つ。南メデルロマ領における帝国連邦からの移民の居住を認める。

 二つ。税金は取らない代わりに社会保障はしない。

 三つ。当該地域は非武装化され、要塞等の防御施設は建設しないこと。また既に存在するのならば破壊すること。

 四つ。王国各所領の主権者はオルフ王であると認めること。

 南メデルロマの主権を曖昧にする形で名目上はオルフ王国領だが実質的には帝国連邦市民の土地という形で決着しようと言うのだ。またニズロム公領に対して正式に干渉しないようにと約束を求められている。ヤゴール、フレク王領との東西国境の制定も意図しているだろう。

 これの対策として、南メデルロマ領の直ぐ南に要塞を建築し、武器庫を設置すれば問題無い。

 領内の非武装に関しても盗賊、害獣対策ということで自衛武器を持たせる程度ならば許可を取る必要も無い。これに関しては自然な権利であり、要は大砲揃えたような軍を置かないということだ。

 それでも難癖つけて攻撃してくる場合は、軍事力の均衡が破られた時であり、そんな物はこの条約で考えることではない。弱いことは悪である。

 そして南メデルロマには引き続き亡命してきた旧人民解放軍勢力を居住させることにする。

 以上の四項の合意のための条約調印式はスラーギィとペトリュクの境界で行うべきか? こちらも提案を出された以上はそのように返事を出そう。

 このバルリー共和国侵略と平行して戦われたメデルロマ紛争では、黒旅団に参加していなかった南大陸系の黒人指揮官が活躍している。

 南大陸方面は紛争が絶えない地域だ。予定している傭兵公社の活動範囲をそちらへ広げる時にそういった人物が必要になる。現地を知る指揮官は多いに越したことはない。

 聖王つまりグランデン大公、そして聖皇つまりアタナクト聖法教会の聖女に対してはどのような行動を起こすべきか。

 まず文通を続けるのは決まった。それ以外に関してはそう、ユバール戦争の趨勢を見極めて揺さぶるべきか。

 貧乏ロシエが略奪によって財政難を解決しようというとんでもない状況に陥っている。ユバールの略奪だけで腹が一杯になって満足するかは不明だ。

 餓狼と化したロシエを抑える報酬として寄越せと言うのが良いだろうか? ならばその分、ロシエが大暴れするよう支援するのも視野に入ってくる。

 大暴れさせるのならばいっそ、ランマルカと共謀してロシエを革命共和制に移行させる工作をするのも良い。

 革命を起こして成功させるにはもっとロシエ王家の権威を失墜させなければいけない。

 此度のユバール戦争で大敗すると非常にそれが現実味を帯びてくる。前王が失政で退位した上に立憲君主制に移行し、そして今は軍部独裁の形で現王の王弟が政権を握っている。これで更に失政したとなると共和革命派的な人食い豚を殺せの論調が正しく聞こえてくる空気が醸成される。

 既にロシエでは貴族と聖職の身分が平民から憎まれている。土壌は既に整い、後は開花するかどうか。

 そうなった時のロシエ国内の反乱は酷いことになるだろうし、ランマルカ革命政府はそれを望んでいるだろう。世界の有限なる椅子から人間を蹴落とす第一歩になる。

 そしてそれを神聖教会圏諸国は望まない。オルフ内戦でエデルトが苦労したことをこの十年近くの間、皆が見聞きしている。

 王権、貴族、聖職を憎むロシエ人民共和国なんて異形の巨大な怪物が出現した時、それは大災害になって神聖教会圏を覆うに違いない。

 一地方の閉じた世界のド田舎だったからこそ影響が波及し辛かったオルフ内戦だが、その血塗れの戦いは凄惨で皆が知っている。

 世界の半分はちょっと言い過ぎだが三か四分の一程度に影響を及ぼすロシエがそうなったならば凄いことになる。

 ロシエのユバール戦争敗戦と、国内共和革命派の支援を同時進行で行う。

 具体的にどうすれば良いか?

 大陸宣教師スカップに、その前にラシージに相談するべきだな。


■■■


 帝国連邦国旗を考案してみた。

 形は縦長。薄い青地。左右ともつかぬ鋭い目が上で、抉れた目玉が吊り下がり地上を睨む。これはやりすぎだなぁ。

 左が人の骸骨、右が馬の骸骨、腰骨が繋がる。うーん。

 何だか、ザロネジ公の血染旗がメッチャクチャ格好良いという話は聞いたが。真似はしたくないしな。

 歴史は濃いがわずか。使命を示したい。

 蒼天は青、薄い青、灰。玄天は黒。しかしもうそれだけではいられない。

「ルサレヤ先生、一筆指導お願いします」

「習字の教師をしたこともある。よろしい」

 黒地に白字で国の標語を書く。花押を書くような装飾書法を用いる。

 ”共同体の帝国連邦、戦を厭わず”

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