第179話「全て拒否」 ベルリク

 空の八割が、薄く白い雲に覆われる程度の天候。風速計が示すに、南風で時速一から零イーム。ほぼ無風。

 マトラ方面軍第一四砲兵師団の砲兵が長距離重砲を五十八門、工兵が地盤固めと簡易警戒施設を建てる工事を終えた場所に設置。バルリー共和国首都ファザラドへ向けて観測射を開始。

 観測射は一門ずつ統制される中で放たれ、それぞれの火砲がどのような弾着を見せるかがしっかりと記録され、一巡して次の発射の時が訪れるまでに照準が再調整される。

 ファザラドは要塞化された都市で、郊外にも兵舎や弾薬庫を兼ねた支城が要塞として複数配置された防御力の高い拠点である。しかしこの、帝国連邦成立以前から行ってきたマトラ奪還作戦に備えられた防御ではない。ファザラドは主に西方と南方からの侵略を想定して作られている。想定している敵は神聖教会圏諸国か魔神代理領軍。

 後背のマトラに対する防御は何故怠ってきたか? 古くは、マトラ妖精如きは敵ではなかったという認識にある。マトラ妖精を容易に追い払って自らの土地を得たバルリー人は、将来的に強敵になるという発想を得なかった。

 そして次にマトラ奪還作戦の初期から行われた挑発と扇動により、先に破砕突破した二重要塞線の建築に人と金を大いに注いでしまったために首都の要塞建築が出来なかったことに由来する。

 所詮は開戦前の人口が百万程度の、傭兵が主産業の貧乏山岳国家である。”腕”の本数が足りない。それに政体も、大公を頂点に頂く貴族共和制という煮え切らぬ中途半端さで、おそらく国内の一致団結の度合いは低い。

 既に我々は何度も個別の降伏申告の使者を迎えている。自分だけは助かりたいという、それぞれの領主達からの申告だ。要塞線突破直後は相手も混乱していたが、今ではバルリー大公の威光が明滅しているか、無い。

 哀れみさえ覚えるようなこれら使者達の助命嘆願の数々は演技ではなく、そして役に嵌っていた。

 使者等と小手先の交渉は行わず、領主殿自ら現れては跪いて軍門に下る、と言い剣に城門の鍵、そして妻子までも人質に差し出してきた。「息子をそちらで教育して、我が領地を統治して下さい」とさえ言った。

 これ以上へりくだる事は不可能かと思われるバルリー貴族達の降伏申告。こちらが降伏しろと勧告したわけではない。全てあちら側から頭を下げて来たのだ。

 これらの行為は彼らなりに前例に倣った行為である。帝国連邦成立以前の東征では、撃破したり脅したり奪った土地を与える等して自軍を大膨張させて行ったものである。

 かつては敵でも、降伏さえするのならば血の洗礼を受けた後に兄弟として受け入れたのだ。バルリー貴族達も歴史に学んでそのようにして生き残ろうとしている。

 エデルトやセレードに親戚がいる連中が、その親戚を褒め称えて、何とか自分の血縁に繋げてセレード民族の偉大さやらなんやらを言い、その次に自分を大に賞賛して、その血縁を頼って何とか命乞いをしていた。いずれも卒倒せんばかりに早口だった。

 死ぬ気になれば何でもやるらしく、外套を脱いだら真っ裸の女とか、持てる限りの金銀財宝有価証券を差し出す男とか、色々いた。

 美人で有名らしい着飾った娘達を連れてきて「自慢の娘達です」と歌や踊りを披露してくれたバルリー貴族もいた。鬼気迫る必死さが加わり、社交界でも披露し慣れている上に才能もあったのか見世物として上等だった。

 必死の形相で「私の息子は乗馬が得意なんです!」と言って、自分の前でその息子の乗馬の腕を見せて「どうですか!? 才能がありますよね!」と言っていたバルリー貴族の一人を見た時は流石に涙が出てきたものだ。「はいお兄様チーン」とアクファルが手巾を自分の鼻に当てて言うものだからかむと、鼻水がドっと出た。

 彼らの心労を慮ろうとするととても辛い思いをしそうだ。形振り構わず土下座して一家、腰に膝が悪い老当主が震えながらその姿勢を作ったり、息子夫婦が小さい子供達の頭を手で押さえて地面につけ、そして子供達の中で幼くても聡明な子はジっと我慢して地に額をつけていた。普通はそんなこと我慢出来る年頃ではない。

 ルサレヤ長官もこういった様を自分の近くで、魔なる法に照らし合わせて見ている。つまり自分を見ている。

 明日か明後日ぐらいにはセリンが休暇を取って、可愛いうんこちゃんのザラとダーリクを連れてこの前線まで来る予定だ。既に出発したという報告の手紙は受けている。

 ジルマリアの腹にいる第三子もあと少しで生まれる。男なら女ならこの名前か、と考えているし、ルサレヤ長官にお任せするのもいいかとも思っている。

 前の遊びで兎の飴細工を上げた妖精から、生きた黒い兎を貰った。名前は”ダフィド”で、共和革命思想の提唱者と同名。食われぬようアクファルが手製の首紐をつけており、手を出すと頭を寄せて撫でろとやってくる。ちゃんと飼えば十年近くは生きるらしいので、成長しているからもうちょっと短いだろうが、でも長い付き合いになるか……なるといいな。

 何というか最近はフワフワした気分だ。幸せなのだろう。優しい気持ちになれる。

 全て拒否。


■■■


 ファザラドは現在、支城も含めて全て包囲している。この首都要塞圏は山岳地形も合わさって面積以上に包囲するのが辛い地域である。第一四砲兵師団だけでは完全包囲に人数不足なので、当該師団より先行している第一二師団は一旦ファザラドを南に迂回してから頑強である西と南の方を包囲させた。これは第一二師団の西側をワゾレ方面軍並びに第一一師団が、南側を第一三師団が征服、攻撃中なので安全に行えた。敵に軍を動かす余地も与えぬほどに浸透して攻撃した成果である。

 完全包囲したファザラドからの逃亡者狩りは順調。子供ならグラスト分遣隊へ渡し、残るは処刑。

 バルリー大公が遣わせた使者が無条件降伏申告に来たが、その最中も重砲でファザラドを粉砕中で、砲声の度にビクっとしながら「我々は大王に従います」などと言っていた。

 逃亡者達の処刑を一通り見学させ、マトラ妖精の口からバルリー憎しの声を聞かせ、そうしてから追い返した。

 少ししてから、弾着観測をしている兵から伝令がやってきて「先ほどの使者が砲撃を受けて吹っ飛びました」と報告が上がった。

 使者殺しはこちらの望むところではないので一時砲撃を中止し、矢文でバルリーに交渉内容と使者の意図しない死亡の経緯を伝えてから砲撃を再開した。


■■■


 重砲の設計に欠陥があったか、元々寿命が短いか、集中砲撃のし過ぎか、全部か、砲身のくたびれ具合が深刻化。砲身や薬室に亀裂十一門、砲身破裂四門、砲兵が吹っ飛ぶ暴発一門。そういえばシストフシェでは大分加減してオルフ軍は砲撃していた。

 この失敗は次に生きる。交換用の部品の数はもっと多く、短射程での射撃時は装薬量を細かく減らす、破壊目標の設定はもっと厳に、重砲に頼り切らず他の砲を巧みに前進させて使い、歩兵の突撃も合わせる。そして何より、砲寿命を迎えるより前に敵の要塞が破壊されるような重砲の集中投入を可能にする生産量。鉄や次世代砲の改良に必要な情報。マトラ方面軍付きの砲兵指揮官が報告書を作り、軍務省に上げる。

 未来の戦争のために必要な犠牲だった。そうと考える。この戦訓で味方の被害を減らし、敵の被害を増やす。失った命が戻らないのならば生かすしかない。

 第一四砲兵師団長より「重砲は全て修理点検を行い、解体と食い合わせの整備も必要ならば行います。代わりに通常の大砲を前進させて砲撃を続行します」と報告を受けた。

 しかしいくら言い訳を考えても暴発は失態だな。兎のダフィドを撫でて心を落ち着けよう。元から飼われていたかのように人に懐いている。襲った村かどこからか飼い主を殺して奪ってきたのだろう。

「ほらルドゥ、うさぎさんだぞ。うさぎさーん」

「そうか」

 クソ、つまらん奴め。

 昼に寝ているニクールのところに持っていって「真っ黒仲間!」とやろうと思ったが、怒られるから止めた。

 観戦武官の連中に「うさぎさーん!」とやって見せたら顔に恐怖、混乱、苦笑、愛想笑いが見て取れた。カルタリゲン中佐は笑ってた。ヤヌシュフは「何ですかそれ! 馬鹿みたいですねー!」と言ったので蹴り倒した。

 暴発事件以外は良い知らせが多い。

 まずは第一三師団がバルリーを南側から攻めていたのだが、そことワゾレ方面軍が接続したという報告である。

 これでバルリー共和国の残る土地はこの、砲撃でズタボロになっているファザラドのみとなった。ここ以外の周辺都市は旅団規模で陥落させて回っており、孤立化は徹底している。

 工兵隊の訓練を兼ねた。山岳地帯でも稀ではあるが、地盤を崩して町ごと土砂崩れに流してしまえた事例もある。川を堰き止めて水を谷に溜め、そして開放し鉄砲水で崩落させた町もある。遊びが過ぎる気もするが。

 そしてもう一つ最高の。

 突如視界が真っ暗闇に、そして慣れた柔らかいようで少し冷めた細いような太いような感触。

「だーれだ!」

 追加で足にちっこい何かが引っ付く。

「だーれだ!」

 足についたちっこいのを抱き上げる。

「ザラ」

「とーさませーかいです」

 喋る、ハッキリ喋るぞこいつ! マジかよ!

 顔に撒きついた髪を解く。

 ザラの黒い目と髪。これは自分似だな。これは間違いないぞ。これは最高だ。

「セリンにダーリク」

 セリンがダーリクを突き出してくる。髪は黒、目はジルマリアと同じで灰色のダーリクの小さい顔に顔を近づけると手でペシペシと叩いてきた。しかしこの色具合、人間に何か見えんな。

「むっはっはっは!」

 とりあえず笑えてくる。

「よっ、悪魔大王!」

 機嫌の良さを全く隠さぬ頬の上がったセリンの顔。

「あ? 何だそりゃ」

「旦那のあだ名」

 セリンが新聞を持って来ているので椅子に座ってから受け取り、膝に乗せたザラと一緒に見る。

「お、ザラはこれが読めるかな?」

 ザラが新聞の文章の一部を指差す。

「とーさまのなまえ!」

「おぉ!? 良く分かったな」

 当たってる。凄い、ヤバい、天才か?

「天才だな、ヤバいぞ、凄いなぁ、当たってるぞ。頭の良さはジルマリア譲りかな?」

「んふう?」

 膝をグラグラ揺らしてザラを「キャッキャ!」言わせる。

 新聞の内容だが”レスリャジンの悪魔大王、バルリー共和国を殺戮に沈める”と見出しがある。正確だな。

 セリンが自分の背中と椅子の背もたれの間に「よっと」と体を滑りこませて座る。椅子から尻がはみ出そうになる。髪の触手に乗って、流れに弄ばれて喜ぶダーリクが自分の頭の右に来て、新聞を見る体勢にされる。そして左肩にセリンが顎を乗せ、腕で腹を抱いてくる。四人で新聞を見る形になった。

 幸せ過ぎて悶絶しそう。あのハゲではこうはいかない。

「とーさまよんで!」

「よし旦那、読めぇい」

「あーう」

 三人に促されて新聞朗読。

 ”バルリー崩壊”という記事。

「遊牧蛮族の凶暴さ、東方悪魔の邪悪さ、奴隷妖精の不気味さを併せ持つ混沌の軍団を率いるセレードの怪人、レスリャジンの悪魔大王ベルリク=カラバザルが武装中立国家バルリー共和国を虐殺と略奪と強姦と食人の波に沈めつつある……」

 と始まる。強姦以外はその通り。強姦の方は性病防止策として女子供だろうが見つけたら即座に皆殺しにしろという命令が行き渡っているはずなので、人目を盗んで一部の奴が隠れてやっている程度のはずだが。まあ、新聞がそこまで細かく調査して書くわけもないか。

 朗読を続けると「……バルリー侵略に対する仲介交渉の準備が進められており、講和会議の場所は聖なる神と聖王陛下のご威光頂くカラドス=ファイルヴァインで内定……何だと?」という飛ばし記事? 何じゃこりゃ? 最も重要なこちらにそんな話は来てないぞ。

 そして読み進め、頁を捲っていくとエデルト王国王女ウラリカの、アッジャール王との結婚発表……メデルロマ問題継続中のこの時期に、まだ年齢が十を越して間もないのに?

「ウラリカ王女の結婚時期が前倒しで、こっちに情報が入っていない? アクファル」

 一家団欒から外れなくても良いのに天幕から出ていたアクファルを呼ぶ。竜跨隊の出番は減ったし、長期間飛翔を連続させると疲労骨折することもあるというので最近は活動を休止させている。

「はい、こちらが既に用意した情報局員です」

 と、アクファルは準備良く情報局員の妖精を脇に抱えて持ってきた。局員も局員で持ちやすいように体を真っ直ぐ伸ばして固くしていた。

 ザラをセリンに預け、アクファルが目の前に直立で置いた局員の、丸める整形をした両耳を摘まむ。

「言い訳してみろ」

「まずはエデルト王家がこの情報を高速、広範囲に行き渡らせるために、公表時に報道関係者を集めて行ったと推測されます。最も早くに情報を得た外部の者が報道関係者ならば私達に勝ち目はありません」

「じゃあ情報局じゃなくてこっちは文屋を雇えばいいのか?」

「ウラリカ王女とゼオルギ=イスハシル王の結婚はオルフ側には伝えずに発表されたことが分析から分かっております。具体的にはオルフで組まれた臨時予算案決議の内容からです。宮廷費が微減しておりました」

「つまり?」

「メデルロマ事情に合わせてではないということ。つまり我が帝国連邦がバルリーに侵攻するといういわゆる暴挙を牽制する意味合いで発表したことになります。またメデルロマ事情にはそこまで介入する気はないという意思表示でもあります」

「それで」

「こちらが」

 局員から、綺麗な封筒に見覚えのある仰々しい封蝋がされた手紙を、耳から手を離して受け取る。

「聖王マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェンからの、カラドス=ファイルヴァインで行う講和会議の招待状です。主だった出席者はバルリー大公の子息で代行シュチェプ、エデルト外務卿オーベイン、聖皇代行ルサンシェル、ロベセダ王にしてベルシア王代行ルベロ・アントバレ、ロシエ外務卿マリュエンス」

 あまり聞かぬ名はシュチェプとオーベイン。

 シュチェプは留学中の大公の次男で、君主大公の息子は選出制のバルリーにおいては次期大公でも何でもないのだが、この非常時においては彼しかいない。

 オーベインは……誰だっけ。

「オーベインって誰だっけ?」

「エデルト王ドラグレクが王子時代の北領戦争中に現地で作った愛人に産ませた子供になります。現地貴族であったオーベインを活用したおかげで北領併合後の処理が速やかに行われたという評価があります」

「能力」

「主要諸国が参列したような大舞台は初めてになるでしょう。外務卿補佐官としての下積みは短期間ながらあります。後は戦中戦後での活躍がよろしかったのでしょう」

 とりあえずとってつけたようないい加減な人材ではないらしい。”大”エデルト王の血が流れる威光が見える高級人材というのは中々強い。

「ほぼ全神聖教会圏諸国が首を突っ込んでくるわけだ。ロシエのマリュエンス外務卿は首を突っ込む余裕があるのか?」

「立憲君主制に移行したロシエでは閣僚会議が停止され、同時に外務卿のような王族縁故の閣僚達は馘首されずとも大幅に権限を失っており、ただの年金受給者と同義。議員議会、あちらで三部会とも呼ばれますが、その三部会の方で外務長官という役職があるぐらい有名無実化されております。つまり彼は暇です。今も一応通用する名前を使って死肉漁りに来ていると思われます。というのが、以前の話でした」

 前置きなんてやってくれる局員が今度は書類を取り出したので、受け取って読む。新聞には書いていない、ロシエでの軍事政権誕生の記事だ。セリンの持ってきた物がちょっと古いせいもあるが、遠隔地の情報はそんなものだ。

「またロシエでは王都シトレでの暴動鎮圧と同時に三部会が武力制圧されて停止、王弟であり陸軍元帥であるオジュローユ公リュゲールが軍事政権を樹立しました。立憲君主の体は一応守っております。これから推測して、時間が経過して軍事政権が安定する程に外務卿の権限は復活してきますので、”みそっかす”と侮らない方がよろしいかと」

「ロシエ王の叔父マリュエンス外務卿か。時期が時期だけに前の時は大したことはなかったけどなぁ」

 子供達を無視して政治の話をしてしまったためかザラが「うー!」とグズって、ダーリクがつられている。

「向こうはこちらの現状は把握しているよな」

「観戦武官の皆様が逐次仔細に報告しております」

「分かった。下がれ」

「失礼します」

 局員が天幕を出る。

 うーん……どうするか?

「旦那、出るの?」

 休暇にも限りのあるセリンを少し遠いファイルヴァインまで連れて行くのは考え物だ。それにあそこは敵地だし、ザラとダーリクを連れて行くには不安なところが多い。それに何より聖王如きにここで会議をやるから来いと呼びつけられるのが気に入らない。いつから我が帝国連邦がお前らみたいな雑魚より格下になったのか?

「出ない。代わりに返書を出す」

 早速手紙の下書きを作る。膝の上にザラ。セリンがダーリクと背後から覗く。

「とーさま、てがみ?」

「そうだ。聖王陛下に出すんだぞ」

「せーおうさま?」

「聖皇様の次に教会で偉い人だな」

「おー! お?」

”聖なる神の良き信徒、聖王マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェン殿へ。

 折角のカラドス=ファイルヴァインへのご招待ですが、現地西マトラにて作戦指揮中なのでお断り申し上げます。それにその講和会議という催しがこちらには理解出来ません。我々は西マトラにいる不法移民を取り締まりつつ、実弾射撃演習を行っているだけなのでどこの国とも戦争は行っておりません。講和のしようがありませんが、もしや当方の知らぬ間に貴国等がいずこかの国と戦争状態に陥ったので仲介を依頼したいとのことでしょうか? 昨今はロシエとユバールの情勢が極めて不穏であるとも聞きますので、詳細な情報を送って頂ければ前向きに検討が出来ます。

 こちらにも憂慮すべき事案がありますので、折角の機会ですからご相談申し上げます。現在フュルストラヴ地方において、シラージュとカチビア伯領及びドゥルード司教領、アイレアラセ城とモルヒバル城及びピャズルダ市が我が連邦種族であるマトラ妖精の地、マトラ低地を長年に渡って不正占拠している事案であります。当方、マトラ市民がかの地より虐殺されて追い出されたという歴史的事実に心を痛めており、どうにかして解決出来ないかと常々悩んでおります。年月の流れというのは残酷で、彼らの望郷の念は年々増して心臓を縛り付ける程なのです。しかしそれらの地に住む移民達にも生活があると心得ており、一層の難問に発展したこの事案にただただ苦しむばかりです。

 魔神代理領にこのような言葉があります。”古き水に新しい水を足しても古き水である”水とは高きところから低きところに流れます。上記の事案の困難さを示すようではありませんか。ご意見をお聞きしたいと考えます。

 夏の日差しに白く化粧したダカス山を最高峰とする妖精揺籃のマトラ山脈より、来る者拒まずに養護する帝国連邦総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン”

「回りくどいのは様式美だったっけ?」

「回りくどいところは、向こうに解釈の余裕を持たせるためだな。お前の物を寄越せ! って言ったら周囲の目もあって意地を張るかもしれない。しかしそれ何か良いなぁ、と言えば、今日はこれをくれてやるから勘弁してやろうと言うことも出来なくもない。相手に強制する直線的な命令に腹を立てるのは当然だから、曲げて興味を示すということだ」

「へー。旦那のことだから問答無用で攻撃すると思ってた」

「天政と東国境で一触即発の時期にやるのは流石に大変だ。エデルトからベルシアに縦断する”みなし”神聖同盟と開戦することになる。負けはしないが、人口比は二十倍以上になる。この規模で帝国連邦と魔神代理領を切り離して行っている今の外交がそのままでいられるわけもない。先の大戦をもう一度、となる。天政と東の国境で小競り合いしている現状でな。ルサレヤ長官に魔なる法で怒られる」

「そう? じゃあこのロシエ問題に首突っ込んでもいいよってところは?」

「我々は傭兵稼業から出発したわけだ」

「戦う代わりに土地を寄越せって言ってるのね」

「正当な権利を認めろ、だ」

「ふーん」

「とーさま! わたしもせーおうさまにかく!」

「お、いいぞ。同封してやろう」

 それからザラに代筆などさせず、書きたい言葉を聞いてから文字に起し、そして字や言葉を教えながら何度も雑用紙に練習させて書かせた。子供だからと言って何もやらせないのでは可哀想だ。全力で支援してやる。

”教会の偉い聖王マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェン様へ。

 私はザラ=ソルトミシュという名前です。弟のダーリク=バリドはまだ赤ちゃんです。

 聖王様は神様を知っていますか? お母様はいるけどいないと言います。もう一人のお母様はいると言います。お父様は空と心にいると言います。私は分からないです。太陽や月や星は神様なんですか?

 私は馬が好きです。乗るととっても早いです。でも兎のダフィドも可愛いので好きです。鼻が凄く動きます。犬の人とかもダフィドみたいに黒いです。

 聖王様は何が好きですか?”

 字は汚くて読み辛いが、読める程度の文にはなっている。ここまで書くのにザラは疲れてぐったりである。普段読み書きもしないフラル語に翻訳して、知らない言葉を見て覚えて真似て書いたのだからこの歳で結構なものだ。天才かもしれない。三歳になるかならないか、でこれだ。間違いない。

 とりあえずこれなら、聖王陛下は知らんが、マリシア=ヤーナちゃんは喜びそうだ。

 そう、手紙と言えばナレザギーの毛玉野郎から、帝国連邦と会社の交易範囲を接続する郵便網を確立した上で、母国メルカプール藩から嫁も連れて来てバシィールで財務長官としての任を正式に行う、と連絡が来た。彼は今まで世界各地を飛び回って来たが、ここに来て不動の司令塔として働くことになる。

 たまに前線に連れて行ったり、聖戦士団を仕立てて貰ったり、お土産を送ったりしよう。まずはバルリー大公の剥製あたりが良いかな。


■■■


 皆揃って飯を食う。燃えて煙を幾筋も上げるファザラドを見ながらの食事は絶景の一つと言えよう。灰が被るので屋根だけの天幕を張っての食事会になる。

 最近はアクファルが近くにいるので一緒。今回は彼女にザラの食事の補助を任せてみた。外見的に非常に親子っぽく見える。

 ルサレヤ長官はセリンから「どうもっ! お久しぶりですっ! あの私、えっと、遊びに? じゃないえっと、子供、子供です!」等と変な上がり調子で挨拶され、対応に困ったからとりあえず年下は頭でもと、撫でて「へへぇー」と畏まられていた。

 そのセリンは新しい息子ダーリクに離乳食を食べさせていた。血塗れでチンポもぐとか腹割いて子宮抉って来いとか言っていたおリンちゃんなど歴史に無かったかのようにニコニコしてる。

 ヤヌシュフは身内が増えたことが素直に嬉しいようで、喋れるザラに積極的に話しかけていた。

 おまけのクトゥルナムもさりげなく会話の隙間に挟まってくる。

 観戦武官達は続いていた緊張がほぐれるように微笑んでいる者が多い。子供に罪は無い、と言ったところか。

 カルタリゲン中佐が一番難しい顔をしている。

「皆さん、杯を持ってください」

 食卓を囲む皆に杯を持たせて立たせる。セリンは便利に髪の触手で真似て杯を持つザラと、別の触手で杯を持って飲ませるようにしたダーリクを大人の目線に上げる。

「ゼオルギ=イスハシル王とウラリカ王女の結婚に乾杯!」

 杯を上げて『乾杯!』とやって飲む。ザラは飲んで、ダーリクは今は要らないのか「むぅ」と唸って嫌がる。笑ってしまう。

「次に私事ながら、我が息子ダーリク=バリドを正式にセリンの養子にすることになりました。魔族という体質上子供が産めないのでこのような運びになりました。二人の新たな門出をどうか、皆様方祝福して下さい。乾杯!』

『乾杯!』

 と二杯目。着席。

 セリンの機嫌が大変よろしい。馬鹿みたいに酒を飲んでも顔色変えないくせに今は頬が紅潮している。ずっとこうならめちゃんこ可愛いのに。

「もう返せって言っても返さないわよ」

「いいぞ」

「ジルちゃんどうなの? 私、あの子の考え分かんないんだけど」

「あいつ、私は手伝っただけだからあなたの子です、とか言うんだぞ。そのくせ乳母は雇わないで母乳で育てるし、俺が分かるか」

「ふーん、あーそう。とりあえずデッカくなるまでね」

 分からないダーリクに「ねー?」とセリンは同意を求めた。

 食事の良い香りに、不穏な臭いが混じる。ルサレヤ長官が翼を伸ばしてセリンの肩を突っつく。

 ダーリクが糞を垂れたのだ。飯中だろうが赤子は関係が無い。

「さあセリンお母さん、その糞垂れおむつを取り替えてくるんだ」

「お、うん、くっさ、くっせぇ!」

 笑いながらセリンが席を立つ。

 血塗れセリンを思い起こさず、乙女セリンを思い出せば中々に女性らしい奴なのだ。子供の糞の始末くらい笑って出来る。

「そうだヤヌシュフ」

「はい総統閣下!」

 まるで手下か配下みたいな返事をするアソリウス島嶼伯である。カルタリゲン中佐の顔がこういった返事を聞くたびに微妙に苦くなる。

「お前、俺の妹のエレヴィカと結婚するって話を聞いたとしたらどうする?」

「遠い親戚です。しかし総統閣下の妹様となれば非常に名誉であります!」

 別に何も決めていないし、父ソルノクに確認もとっていない話だ。そしてエデルトがエレヴィカの結婚にくちばしを突っ込むということになれば、今度はセレード閥への挑発になって、国内連携は崩れる。

 カルタリゲン中佐が飯も喉を通らず、食べるフリか、酒で流し込んでいるのが見える。

 良く本国へ伝えるように。


■■■


ファザラド周辺の支城は無力化された。ああいったものは後詰の援軍がいればこそ厄介な存在で、包囲行動で援軍も何もかも封殺したならば、ただの小さな拠点だ。

 支城だけではなく邪魔になりそうな周辺の新市街地、農村、背の高い作物、ちょっとした林等は全て焼き払って撤去済み。

 ファザラドを東西南北全方位より同時に攻めるので、砲撃目標は情報局の地図情報と竜跨隊の偵察情報を照らし合わせた上で砲兵指揮官と調整して整理済み。

 重砲の稼働率の低下に先立ち、厳選した砲撃目標――突入進路上の障害物を優先――を破壊射撃で効率的に破壊。ファザラドの防御射撃機能を無力化した時点で突撃準備射撃を開始した。

 突撃準備射撃は前進させた通常型の大砲のみで行い、ファザラド内縁部を砲撃。突撃準備射撃と追撃射撃を合同化した重砲は中心部を狙う。ただし、議場を兼ねるヴァネン宮殿は敢えて狙いから外す。ここにはちょっと用事がある。

 ファザラドの本体は星型の稜堡式要塞でしかも水濠――保存食として魚が養殖されているぐらい――に囲まれている。要塞自体は周囲の、人工的な平地を見下ろす高台にあってとても防御が固い。バルリーの想定では西や南から来た敵軍をここで食い止め、主力を山奥に退避させ、敵軍の消耗を待ち、逆襲に打って出るという防御戦略を取っている。ここの単独での防御は敵の想定内の出来事だ。

 突撃前に軍楽隊に陸軍攻撃行進曲を演奏させる。ファザラドを包囲しての演奏だ。味方の士気高揚はもとより、敵の士気低下を狙う。敵の音楽が全方位より聞こえて喜ぶ奴は変態だ。

 妖精達が『殺せ! 殺せ!』と喚声を上げる。鳴り物代わりにバルリー人の頭蓋骨を掴んだ石で叩いて、大腿骨を両手に持って打ち鳴らす。まだ生かされている捕虜、良く聞こえる高い声を上げる女、少女を前に出して悲鳴を上げるように嬲り殺す。今の為にため込まれていた捕虜は百に千を越える。これは敵兵が怒り狂うだろうが、これはマトラ妖精の戦い。好きにさせる。

 観戦武官の一部が泣きながら彼女等の命乞いをしたり、その女は妻だ子供だとか必死の嘘を吐いているが知らん。

 東の隊列の先頭には自分と、今も幸せそうに笑っているセリンが隣。鉤縄を持つ。

 ザラは出陣前に「セリンかーさま、おはなし!」と駄々をこねていた。どんぐりが主人公のお話とかの寓話を聞かせていた時に前線に誘ったのだ。仕事のために家族を犠牲にするという一端がこれなのか? 罪悪感がある。

 妖刀”俺の悪い女”を振り上げる。

『総統閣下万歳! セリン夫人万歳!』

 妖精達を腕に武器を振り上げ、骨を放り投げ、捕虜を一気に殺して悲鳴が滅茶苦茶に重なる。

「全たーい……」

 ”俺の悪い女”を振り下ろす。

「前へ、進め!」

「前へー!」

 セリンも声を上げる。

 太鼓の連弾始まる。

 東方面から始まり、連鎖して全方位から突撃兵を先頭に銃兵、随伴工兵が続く。嬲り殺した捕虜の女、少女を踏みつけて前進。

 水濠対策だが、要所――特に跳ね橋の上がった門の位置――はグラスト分遣隊が集団魔術で氷結させ、滑り止めに土砂を撒く。門のような重要箇所は防御施設が集中しているが、それは既に重砲が粉砕済み。

 門以外の箇所は梯子をかけて昇る。船橋を架けて足場を固める。これは仕掛けに時間が掛かる。

 セリンが、こっちおいでと手を引いて走り出す。おいおい待てよと走る。

 重火箭の一斉発射、噴射煙が壁になる。

 セリンが鉤を振り回し、水濠の前から跳躍して投擲、斜堤の上の圧し折れた旗柱に引っ掛け、引っ張り、その勢いで空中で更に跳躍するようにして一気に飛び乗った。

「一番乗りぃ!」

 そして髪の触手を広げたり巻いたり、迎撃配置についた敵兵を見えない何かで一斉に倒した。何か新しい魔術にでも開眼した? それとも毒針でも飛ばしたか。

 無数に手があるも同然のセリンはその見えない何かや、落ちている瓦礫の投擲で敵兵を薙ぎ倒しながら鉤縄をこちらに投げる。掴まり、張るまで引き、セリンが一気に引っ張り上げ、飛ぶように斜堤の中腹に到達。土の斜面を蹴りながら綱を掴んで登る。セリンも綱を引き続けているのでかなり早い。そして登り切り、拳銃を抜いて生き残る敵兵を撃ち殺して回る。

「何やったんだ?」

「撃つより投げた方が良い」

「あー」

 額に鉛弾をめり込ませて死んでいる敵兵を見た。それからめり込んだ鉛を髪の触手が回収するところも。

 砲撃で、敵軍は砲弾の雨で死屍累々。それでも要塞線の砲撃で学んだか退避壕に隠れていたので生き残りもそれなりにいる。神経が正常である者ばかりではなく、発狂してしまっている者も見られる。

 拳銃を撃って取り替えて、を繰り返して敵兵を殺す。近寄っては刀で切り殺す。

 自分の活躍等は美女の頭の花飾り程度なもので、セリンの鉛弾投げ、髪の毒針、斧の振り回しは草みたいに敵兵を薙ぎ倒す。斧に至っては巧妙で、腹を裂いて腸を引っ掻き出して見せて恐怖に拍車をかける。

 斜堤の上の覆道から塹壕へ降りて渡る。砲撃で道が潰れているのでちょっと遠回りか。

「あ、二人きり」

 敵兵を血塗れに殺しながらセリンがはにかんだ。やっぱりこいつ頭おかしいな。

 敵兵が自分を狙って、黒い銃口が見える距離と射線で小銃を撃つ。当たらない。

「下手糞!」

「えっ?」

 返事をする間抜け面を見てから拳銃で狙って撃つ。頭を弾き飛ばす、帽子が落ちる。

「俺お上手」

 セリンが勝手に、撃ちつくした自分の三つの前装式と、一つの回転式拳銃に弾薬を装填して渡してくる。器用でありがたいといえばありがたいが、何か変。敵兵を見つけ次第撃ち殺す。

「これが俺の今日のおむつか?」

「おむつ? なーに言ってんの! 夫婦は支え合うなんとかでしょ」

 自分は目に見えた敵を撃って当てているのだが、セリンは基本的に行く先、正面しか見ないで敵兵に鉛弾を投擲して当てている。これも開眼した別の魔術か?

「音で探して当ててんのか? 魔術の応用か何か?」

「お、気付いた旦那? 私だって色々訓練してんのよ。あの腐れチンポ野郎に馬鹿にされんのが一番腹立つ」

 ファスラの武芸達者振りは並の達人でも嫉妬すら出来ない領域だと思っていたが、セリンから見れば張り合える程度か。

 塹壕の底から階段を上がって、撃ち下しされないように高い位置を進んで、市街地を直接守る要塞本体の壁、崩れて通れる箇所を目指す。

 逃げる敵の背中を刀で切る。浅い傷をつけてもしょうがないので脊椎を割るようにする。

「この刀にな、名前つけてるんだよ」

「え? なになに、教えてよ」

「やっぱ内緒」

「えー!? ちょっと何その意地悪」

「だめー」

「いやー気になるって!」

「誰にも教えたことないもん」

「私、私だけ」

「あっ敵だ!」

 拳銃で敵兵の腹を撃って、前のめりに膝を突く。頭を縦に刀で割る。動きが止まらないよう、ちゃんと振り抜いて且つ地面に擦らない浅さで。

「いやー、喋ってる暇無いんじゃないんですかねー?」

「ひどいひどい!」

 後ろから軽く首を絞められガックンガックン揺さぶられる。そんなことをしながらセリンの弾投げは続く。一体お前何発持ってるの? というぐらい投げているが、髪の触手の届く範囲にある投げた弾、敵兵の弾を回収しているので尽きる様子は無い。弾以外にも手頃な瓦礫や破片も投げているので無尽蔵に等しいか。

 二人きりで遊ぶのは久しぶりか、初めてか?

 要塞の侵入者を撃退するための堡障から生存者を消しつつ乗り越え、小さな陸橋も渡り、崩れた門が瓦礫の階段と化したところを登る。

「奥様、お足元にご注意下さい」

 と言ったら背中に抱きついて、腕で首、股で胴を締めてきた。

「おんぶ!」

「アホか!」

 死んだ敵兵の小銃を奪って杖にして市街地へ登る。そこは残骸だらけ、炎上中の建物が連なり、敵兵も民間人も焼け出されて避難もままならず死屍累々。瓦礫に潰されている死体も、死に損ないも多い。

 人が異常に多い。大勢の避難民が集まっているせいだろう。前回、前々回と違い今回は敵兵が多めに残っている。直ぐに戦える感じではない者も多いが。

 髪の長いセリンを背負っているせいか、負傷した女を背負ってる民兵くらいにしか見られず、まだ使命を忘れていない士官がこっちに向かって手を振り、バルリーの言葉は良く分からないが、雰囲気から「あっちが安全だから逃げろ!」と中心部の方へ誘導している。そこは逃げる場所じゃなくて追い詰められる場所なんだけどな。

 使命と義務感に燃えていそうな良き若き士官といった風貌で微笑ましい。杖にしていた小銃、銃剣でその腹を刺して抉る。セリンが背から「アッハハ!」と笑いながら降りる。

「俺が悪魔大王、だっよーん」

 小銃を捨て、一番通じそうなフラル語で言ってみると、驚いた顔と下手糞なフラル語を搾り出す口が「呪われろ」と言う。

「バルリー百万の命で呪ってみろ」

 と言い返して蹴り倒す。

 全身が叩かれる感触!?

「何だ?」

「私」

 セリンの音の魔術だった。土埃が舞って、何とか生き残っていた敵兵が倒れている。

 前より指向性が上がって、音も一瞬、衝撃波のように出ただけ、か?

 転んだ程度で、敵兵達が立ち上がって小銃を構えようとする。先ほどより強い衝撃、土埃が爆風に煽られたように舞い飛ぶと同時、敵兵、住民がもんどりうって倒れる。そして痙攣する者がおり、大よそ全員が鼻と耳から血を流し、目は真っ赤に充血して一部は血の涙。口の端からも血を流す者もいる。

「訓練の成果が出てるな! スラーギィじゃ味方も全滅させかけたのにな!」

「あれは……! あれは、うん、あれだったのよ」

「下手糞!」

「うっさい!」

 突撃兵が要塞内へ突入したようで『殺せ! 殺せ!』と喚声が近くに聞こえてくる。それに合わせて竜跨隊がヴァネン宮殿へ直接降下を開始。背の複数人を乗せられる乗竜具から降りたのは情報局特別攻撃隊と、グラスト分遣隊のアリファマを含めた最精鋭、そして竜に見える戦装束を着たルサレヤ長官。彼らには焼かれる前に行政書類を抑えさせる。宮殿は国会議事堂で、諸行政機関書の庁舎で、重要書類の保管庫。

 国内の鉱脈、水源の詳細情報が欲しい。地域毎の疫病の発生記録や、鉱毒被害情報も欲しい。回収は不可能だろうが海外資産も一応把握したいし、対外情報も欲しい。あげればキリが無いが、無いよりあったほうが良い。特に戸籍情報は今後国外で展開されるであろうバルリー復興運動への対策に使える。誰を殺せばいいか、誰を脅せばいいか、そういうことがそこに書かれている。

氷結させた水壕各所を渡って先陣を切る突撃兵と随伴工兵が突入を始める。

「総統閣下に続け!」

「吶喊! 吶喊! 吶喊!」

「焼肉だァ!」

 回転式拳銃の銃声が四方から無数に聞こえ始める。

 セリンと二人で大公邸である旧城を目指し、瓦礫と死体を跨ぎ、これから死体になる敵兵を相手にしながら進む。

 宮殿へ突入部隊を降ろした竜跨兵の一部が離脱。アクファルとクセルヤータの組だけが残って上空から矢を連射している。その射撃の一部、我々の目前にいた敵兵を三人射抜く。

「うぇー、アクファルすっご」

 旧城の正門に到着。旧城と呼ばれているが、どちらかと言えば塔、大昔の砦を兼ねる物見台。重砲の直撃を受けて跡形も無いが。ここが一番ファザラドの中で古い建物、大本だ。辺境警備にこの塔が建った日からマトラの受難が始まる。

 小口径の回転式拳銃の銃声より強い音が混じり出し、足音の数も増える。銃兵が船橋の上から梯子を上って突入を始めている。

「復讐するぜ、投降させない、お前らの寿命は今日で終了!」

「バルリー壊滅、マトラ復活、死中に活無し本日決定!」

 壊れていない木箱を持ってきて、崩れた旧城を眺める。ジャーヴァル産の葉巻に火を点けて吹かす。

「先に行かないの? まさか疲れた?」

 セリンが自分の三角帽子の中に手を突っ込んで撫で始める。

「もうちょっと観光気分を味わったらどうだ。これがマトラ侵略の代表的な拠点、ファザラド城の成れの果てだ。しかも塔が天罰に雷を受けたように崩壊しているんだ。これは保存しても良い見世物だ」

「うーんー……あんまり観光名所とか興味無いのよね」

「うるせぇ、隣座れ」

「はいはい」

 妖精の突撃兵が、随伴工兵が、銃兵がファザラド中を駆け回り、残存している敵兵と住民に避難民を殺して回る。子供や体の一部を銃剣に刺して掲げて遊んでいる。

 旧城の近く、奇跡のように砲撃を免れていた聖なる神の教会へ、突撃兵と随伴工兵が制圧に掛かる。

「ひらけ! ひらけ!」

 正面扉の蝶番を棍棒で叩いて破壊し、蹴飛ばして開く。

「炎がヂューン!」

 火炎放射器で開いた扉へ燃える液体燃料を放射。圧搾空気が一気に押し出す仕組みなので割りと、十五イームぐらいは飛ぶ。大体の屋内ならあっという間に火の海になる。

 まとまって避難でもしていたのか、ちょっとビックリするぐらいに甲高い、多くの子供達の悲鳴が重なり、それを聞いて「ビッギャー!」と噴き出して喜ぶ随伴工兵。

「左! 左! 左、右!」

「上上! 下下! 左右左右!」

 火炎放射器の発射角度を調節して、噴射が終わるまで満遍なく子供達に掛ける。

「うわ、こんな容赦なかったっけ? このチビっこ軍団」

 焼けて、服とともに皮膚も垂れ下げた人間が出てくる。老いも若きも分からぬ焦げ方で、体は大きめだから子供達の保護者か?

「お出かけですか!?」

 突撃兵が両手持ちに棍棒で、横振り全力殴打。焼けて脆くなった皮肉を弾いて倒す。

 葉巻を吹かし終わり、ゴミを燃える教会に投げ入れる。

「次はヴァネン宮殿を見に行こう。とりあえず議長席とか座ってみたい」

「はーい」

 セリンが腕を組んできた。


■■■


 ヴァネン宮殿の議場。座り心地は悪いが見た目は重厚で威圧感のある議長席、君主大公の席に座って、生き残った議員達を席に座らせて眺めつつ、セリンにロシエ産の接待用の高級ワインを酌して貰う。そうしながら各種報告を受ける。

 色々あったが一番は、バルリー大公一家が宮殿の隠し地下室で毒を呷って自殺した姿で発見された。ナレザギーへの土産は綺麗に贈れそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る