第174話「儀式」 大尉

 作戦の期間が終了した。

 狙撃の成功と殺害の失敗後に海上へ脱出してから機会を伺った。しかし警戒が厳しくなり、狙撃手と協力員二名程度では手に負えない状況と判断して情報収集活動に注力した。

 密林を真っ二つに分け、花の陶板画で埋め尽くされた神々の街道を進む。この華やかな道はこの辺りでしか見られない。

 他の通常の石畳の街道と違い、強度が単純に低く、また綺麗な絵になっているため欠損部位の無地が目立つ。通りがかる度に補修の職人が這い蹲って補修している。荷馬車が通って車輪が削って行っても。

 到達距離の指標となる神々を象った石柱を幾千本も――石柱を斜めに重ねて見やれば連続した一枚絵になっているというこだわり――通り過ぎる。

 そして若干薄暗かった街道の密林が途切れると、日差しが強く感じられる白亜の石造都市が正面に、水上に浮かんで見える。坑道から這い出た時の明暗の差を想起する。

 ペセトト帝国の帝都モカチティカ。汽水のチョカスコ湖の島々と、多くのそして広い岩礁を基礎に作り上げられ、歴代皇帝毎に全体的に三角錐状となる石造区画が一つずつ増設される伝統を持つ大水上都市である。

 区画の大きさを見れば歴代の皇帝の力が分かるようになっており、順調に代を重ねる毎に新造される区画が巨大化している。現皇帝の区画は一番の外周側にあって、一番に大きい。これらには制限があって、太陽の光が常に中央の神秘なるツィツィナストリ島に当たるように、そして夕日が必ず没する時まで射すように注意が払われている。

 チョカスコ湖は海に面する。海と湖の接続水道は西の方角にある岩山を刳り貫いた断崖絶壁の運河。地形を変えてまで水平線に太陽が隠れるまで日光を浴びられるように成されている。

 水上都市へ行くには排水口のついた城壁といった様相の石橋を渡る。湖底から隙無く組まれており、暴風の時は湖水が波になって橋を飛び越えてもまるで崩れる様子を見せない。同じような橋がこの南以外に北と東にあって、もう少し簡単な造りの橋が湖内の各島々に繋がる。

 湖の周囲には区分けされた広場が連なっている。各地方都市の代表が貢物をそこへ運び込み、神官がそれを記録し、そして下賜品を与えるという朝貢貿易が行われている。

 橋を渡る前に歓迎された客の目印として、花の巫女が笑顔で「ようこそ皆さん、お帰りなさい!」とランマルカ語で迎えてくれ、そして手製の花輪を首にかけてくれる。”狼”は屈んで、”猫”も嫌々竦める首に掛けられ、耳を畳んだ頭を撫でられると「ヤ」と”狼”の背中にしがみついて逃げる。警戒心の強い”猫”を触るところまでいくとは中々の行動学権威であろう。

 この花の輪を首に掛けると他所からやって来る悪霊を鎮められるという。心理学に詳しくないが、経験上詳しそうな”狼”は「こんな格好で喧嘩する奴はいない」と言っていた。

「大尉さん待って!」

 花の輪ではない別な物を首に掛けられた。手に取って確認すると、花の形に研磨された翠玉の首飾りである。ランマルカにおいては宝飾品の価値は人間相手の貿易取引に際して貨幣の代用となる物、という認識であるが、同じ妖精でもペセトトの妖精はこういう物で着飾る。これを貨幣価値に直すのは素人には無理だ。専門家の目と知識が必要。

「これはどうしたの?」

「あなたの赤い髪に似合うでしょ。その目と同じ色!」

「色相が近似値でも明度と彩度が大きく異なるよ」

「んん? その言葉は分かんない」

 非常に高価な物を贈与された。意味合いは?

「これの贈与の意味は?」

「んー? 似合うでしょ」

 時にこれを使って中立ないしは敵対者を買収する機会はあるかもしれない。ということは有用な物品である。

「ありがとう、感謝する」

「えっへへー!」

 花の巫女がクルクルと回転運動を中心に踊る。こっちもクルクル回転運動。

 あっちもクルクル。

 こっちもクルクル。

 通行人もクルクル。

 遠くにいる神官もクルクル。

 ふと気付く。”狼”がもう橋を進んでいるではないか! 走って追いつく。

「何で置いてくの!?」

「そりゃお前……」

「何で?」

 回答は得られなかった。

 橋上から湖上で船を出して漁をしている姿が見られる。ここでは海と淡水、双方の魚が獲れるらしい。

 進む橋は長い。進めど進めど都市は彼方。途中に休憩所がある程だ。

 この界隈では有名な”狼”が擦れ違うペセトト妖精に抱きつかれる度に引き剥がしてチョカスコ湖に放り投げる。

 触られたくない”猫”は”狼”の肩と頭の上、ペセトト妖精の手が届かない高所から警戒の眼差しで下を覗いている。

 ”猫”を触ろうと試みる妖精は、鋭く息を吐いて牙を見せる威嚇をされ、引っ掻かれて重傷を負わないように”狼”が蹴り飛ばす。

 女の子人間の妊娠可能年齢手前程度の体格の”猫”だが、獣と見れば中型の肉食獣だ。その爪は殺傷力を持つ。

 ”狼”の先導で橋から都市の内部に入る。入り組んだ造りなので道案内がいないと迷う。

 道も壁も建物も隙間の無い石組みで出来ている。道幅は若干狭いが、露天商や箱など、往来を邪魔する物は一切無いので不便は感じない。

 内部は階段が至るところにあって、上下何層にもなっているので立体的に広い。渋滞があったら上層か下層に移って進めばいいのだ。

 神官達が住む最上層を目指して進む。ペセトト帝国の階級構造は人間、平民、神官、亜神、皇帝となっている。

 ペセトト領内にいる人間は労役には使われず、食糧か儀式用である。食糧はともかく儀式用に一定数を安定して確保しておくために牧場に近い施設もあるらしい。階級に組み込む以前の状態。

 平民は言わずものがな、説明不要。一般人。

 神官は非常に意味が広く、宗教者で戦士で官僚である。それぞれ得手不得手があって役割分担はしているようだが、制度上はそれらに区別が無い。ある種の門衛であった花の巫女は神官であり、肩書き持ちで一目置かれているというところ。

 亜神については情報不足で詳細不明。時折妖精であり妖精ならざる、尋常の進化系統に属さぬような奇怪な者を見かけることがあり、それが亜神だということは分かっている。魔神代理領の魔族に類すると推測される。

 ”猫”は敏感で、上層へ近づく度、頭上の空中回廊を亜神と思われる者が近づく度に「ヤーヤァアア」と”狼”の頭を、嫌だ何とかしろ、と手の平でポンポンと叩いている。

 にゃんこたたき。

「やっやっ」

 ”狼”の尻をポンポン。

「大尉さん、あんたもかよ」

「ヤーヤ!」

 ポンポン。

「やっや」

 ポンポン。

「ヤー!」

「痛ぇ、爪立てんな」

 ”猫”が狼の頭を普段は引っ込んでいる爪を出して掴む。

 神官の居住層を守る呪術人形が立ちはだかった。古くは石と木と水晶、今では鋼鉄と革と硝子で作られた自律兵器だ。ペセトト帝国もこちらの文明に触れて長く、鉄と火薬と馬は当たり前に使っている。馬は、モカチティカ内は家畜の持ち込みは禁止なので見かけないが。

 背の高い”狼”より遥かに大きい呪術人形が硝子の目で我々の顔を確認し、そして道を譲る。”狼”の後頭部で顔を隠していた”猫”も無事認識された。

 我々が目指しているのはこの都市の客間区画だ。都市内部は建築当初からの石の建物、壁と一つになった部屋だけである。後付けで増築はされず、住民と家屋が寄り集まった都市ではなく一個の建物といった様相である。

 客間区画への出入り口は戦士四名が鉄の鋸剣を佩いて小銃を担いで警戒をしている。用の無い者が出入りしない重要区画だと人形より生きた兵士が有効なのだろう。

「ランマルカ義勇兵とその協力者”狼””猫”である。大陸宣教師エイレムに用向きだ」

 とランマルカ語で言っても彼等には通じないので、次に”狼”が通訳する。

 自分の言葉をそのままペセトト語に直して話しただけ、の筈だがちょっと喧嘩腰な状態で戦士四人は道を空ける気配が無い。

「どうしたの?」

「さあな」

 ”狼”がおもむろに、戦士一人の乳首をつまんで引っ張る。

「キャッフーン!?」

「きゃっふーん、と言った」

「僕にもそう聞えた」

「ヤウーン?」

 それからその奇声を聞いて駆けつけた”狼”と顔見知りの戦士がやってきて、話し合いがされて道が開かれた。

「どうしたの?」

「俺達の顔を知らなかったから通さなかったそうだ」

 大陸宣教師の客室へ向かう。中に入ると、呪具が煽る大団扇に緩く風を送られながら文書を見比べつつ整理している同志エイレム。

「同志エイレム、作戦期間が終了したので報告に上がりました」

「同志大尉。聞こう」

「マリュエンスモート要塞司令官ロセアの頭部狙撃に成功。ただし標的は金属光沢を持つ異様な頭蓋骨を有しており、頭皮を剥ぐ以上の効果は認められませんでした。また狙撃後に情報収集を続けたところ、負傷による病死、衰弱は認められませんでした。現在も略奪した呪具をロシエ本国に送り続ける作業を続行しております」

「貴重な情報だ同志大尉、ご苦労。今現在、エスナル軍がこのモカチティカ狙いの攻勢を掛けるとの情報がある。そのための準備攻勢が東部で起きている。ペセトト帝国軍とアトルカカン租借領の我等の義勇軍が共同作戦を行う。それに備えつつ、君には任務が与えられるまで待機命令を出す」

「は」

「”狼”殿、契約満了の報酬をお受け取り下さい」

 同志エイレムが”狼”へ、砂金が入った小さい袋を見せてから渡す。

「確かに。で、更新はまたするのかい?」

「同志大尉、どうするかね?」

 ”狼”手を握って振る。

「同志エイレム、勿論更新です!」

「ではそのように」

 ”猫”の手も握って振る。

「ヤン」

 前まで触ることすら拒否されたが、馴染んだものである。

「同志大尉」

「は」

 手を離して同志エイレムへ正対。

「”狼”殿は外へ」

「あいよ」

 部屋の戸が閉じられ、二人きりになる。

「我々の”ゆるなんむ号計画”は現在、停滞中である。一方でマトラの同志達による”しゅるふぇ号計画”は順調そのものである。”きゅぐなー号計画”では我々ランマルカが遥かに先んじたが、マトラの同志達に比較すると追い越されている。かの帝国連邦はあの魔神代理領をさえ利用して”ゆるなんむ号計画”でも遥かに我々を追い越している。そしてペセトト帝国を利用出来る立場に現在、我々はほぼ無い。”おぐと号計画”を先に発動させるのはおそらくマトラの同志達であろうと中央は考えている。共生派は今、この事を議会で良く取り上げる」

「それで僕の行動方針に何か変更が?」

「アトルカカンに駐留する義勇軍の司令官は絶滅派のユアック将軍に代わった。君は私の下に出向しているだけで、命令権は軍部にある。そしてその腕を見込んで無茶な命令を下すと予測出来る」

「完遂するまでです」

 同志エイレムが両肩を掴んできた。

「そうではない同志。まるで人間のごとき派閥抗争に邁進する奴等の意向に沿う必要は無いのだ。絶滅派の焦りも、共存派の驕りも幻想だ。総合すれば全て順調に事が進んでいる。そもそもマトラの同志達と張り合う必要性は一切無い。将来的に世界を二分したのならばその必要は有り得るが、今現在でそんな遠い未来のことを憂う必要は無いのだ」

「と、言いますと?」

「巻き込まれるな。友人は失いたくない」

「同志エイレム、僕は兵士です。それに何がおかしいのか理解出来ません」

 同志エイレムが無言で、留め金付きの小箱を荷物の山の中から取り出す。受け取って中を確認すれば弾丸入れだ。

「ペセトトの呪術師と共同で作った呪術弾だ。鉛を被せた骨製だから脆くて貫通力は低いし、軽くて安定性に欠けるが、ある程度標的へ追尾する」

 呪術は、術使いの才能が旧大陸基準に満たなくても使える場合がある。自分がそれに該当する。使いどころは考えよう。

 仮にロセアに撃つとしたら、腹部、内臓を狙うべきだ。弾が脆いということは、着弾したら砕けるということ。腹の中で砕ければ、いかに鋼の骨格であろうとも内臓を破壊して死に至らしめる。即死しなくても内臓を病んだ者が長く生きることはない。

「古い戦友を失いたくない。言ったのはこれから先、長い間の心得だ」

 同志エイレムとは革命戦争末期に人間を暗殺して回った仲だ。彼が見つけ、自分が殺す。

「随分と感傷的じゃないか、両替商」

「うるさい、密猟者」


■■■


 モカチティカで待機任務こと休暇を過ごす。大きな軍が動くとなると初動は遅い。

 暇を持て余しているので同志エイレムに祭りがあるからと誘われた。非科学的な行事だが、ここでは反革命行為でもないから見に行く。

 北国出身の”狼”は暑いところが苦手。風通しの良い日陰で触ると冷たい石の上に寝転がっている。日中は寝て過ごし、夜に動いている。

 誘っても「祭りなんか行ってられん。蒸し上がっちまう」と言う。

 ”猫”も同じだが、そもそも他人が苦手だし、他所の土地では”狼”から離れない。

 一人で行くことにした。同志エイレムは客人で、高位の神官達と同席するらしいので一緒には見れない。

 モカチティカの中央区画を目指す。祭りの見物者が列を無し、至るところで花の飾りつけがされて、笛に太鼓を鳴らし、歌って踊り、飲み食いを続ける。平民達はコカの茶に酒も合わさって半狂乱。儀式用の人間達は全身を染料で青や赤の原色に塗られ、奇声を上げながら踊りの行列を作っている。儀式での仕事が無いような神官達、戦士や官僚はカカオの茶を飲んで、酒も入ってやはり騒ぐ。

 中央のツィツィナストリ島は初代皇帝の区画。石に風雨の浸食が見られて古ぼけている。ただ補修はされているので空中回廊を歩いても危険は覚えない。

 ツィツィナストリ島は石造建築に覆われて実感しにくいがそこそこ大きい島で、淡水のタワチャン湖がある。そしてまたそのタワチャン湖にはネカシツァポル島があるという珍しい地形となっている。そして更にそのネカシツァポル島にティトルワピリの泉があるという。ペセトト帝国ならば人造的にそのような地形を作り出したのではないかとさえ思えてくる。

 ネカシツァポル島の区画に入ると儀式関係者以外立ち入り禁止の”送られる道”がある。そこには立ち入らないように迂回して進む。

 ネカシツァポル島は儀式専用の区画であり、劇場の様相である。多くの者に一点を見せるという制約上、旧大陸の屋外歌劇場等と構造は大きく違わない。祭り、儀式は種類によるが見られることが目的の場合もある。

 望遠鏡を持ってきているので、都合一番見晴らしの良い最上段の席を確保する。普通の者は裸眼なので最前列が人気。

 儀式会場の泉の周囲に亜神達が、一様ではない異形の姿を見せる。彼等は神官の中から選ばれた者達。何を選ばれたか? は、とりあえずあの異形であろう。あらゆる動物を混ぜたような、そして何の動物が混じったとも言えない姿ばかり。頭と手足があり、基本は人型なので外見から知性は汲み取れるが。

 その亜神の中から選ばれたのが皇帝。異形も異形、粘菌の如き体で自在に人型になったり、鳥になって飛び、儀式の祝詞を観客に訴えるように唱える。これは科学的ではない!

 ティトルワピリの泉は、光学的な細工も無く赤く黒めいて濃い不透明色の液体で満たされている。泉は相応に広く、染料で染めるようなものではない。

 あの花の巫女が着飾って全身を染めた姿で踊り狂いながら、送られる道を通って儀式用の人間を引き連れて現れた。遠目からでも、橋で勤務していた時の人相ではない。望遠鏡で覗くが、錯乱状態を楽曲と覚えた踊りで制御しているような状態と推測するが、どうか?

 泉の手前には百段はありそうな高い階段があって、最上段には祭壇と巨大な銀杯と水晶の機械? が組み合わさった物がある。皇帝が最上段へ鳥になって飛んで、悠々と会場を一周してから向かう。

 まずは花の巫女がフラフラになりながら、神官に介添えして貰って祭壇の上まで上がる。人間達は階段の下で踊りながら待機。顔を望遠鏡で見るに薬品で自我が飛んでいる。

 花の巫女が最上段まで上がった。振り向いて観客を見て、腕を広げる。ワっと観客が沸く。

 望遠鏡で顔を見ればかなり笑っている……望遠鏡越しに目が合う。手を振って、胸を拳で何度か叩いた。花の首飾りに手をやって握ると、彼女は大きく頷いた。正気なのか。

 花の巫女が祭壇に横たわる。皇帝が黒曜石の短剣を持って振り上げ、観客が狂ったように叫ぶ。儀式会場を震わす大太鼓の連弾が響く。

 皇帝が短剣で花の巫女の胸を刺して切り開いた。観客が絶叫に近い喜びの声を上げる。

 それから開いた傷口に手を入れ、切り取った心臓を掲げて見せた。日差しが血を光らせる。鼓動はまだ止まっていない。

 皇帝を補佐する亜神が、花の巫女の腹から銀杯で血を掬っては大きな機械付きの銀杯へ注ぐ。注ぐ血が無くなったところで皇帝が心臓を入れて、亜神が機械を操作すると杯の上の空気が歪む。熱だ、血が熱で湯気を上げているのが見える。

 それから花の巫女の首が短剣で切られて、また掲げ上げられ、観客が叫び、そして亜神達がティトルワピリの泉を囲んで祈祷し始め、泉の中央へ首が投げ込まれた。

 花の巫女の首と心臓と血が無い体が最上段から投げられ、力を失った四肢を振りながら階段に跳ねて転げ落ちる。落ちた体は亜神が素早く解体して、大皿に盛り付けて観客に配る。

 それから花の巫女の要領で人間も同様に儀式的に殺されて、落とされ、刺身にされる。階段を上ろうとしない人間は神官達が抱え上げて無理矢理運ぶ。

 皿が回され刺身を皆が食べる。観客全員に食べさせるように人間の数は多い。

 自分のところにも回ってくる。どれが人間でどれが彼女か分からない。取らずに次の者へ渡す。

 全ての人間が刺身にされて、骨も内臓も回収された。

 隣に誰か、肩を擦るくらいに密着して座るのは同志エイレム。

「見に来たね」

「非科学的な行為の一種の極地です」

「非常に呪術的だね」

「暇潰しに見るものではないようで」

 花の首飾りに非科学的な質量を感じる。

「ここで革命、出来るかな?」

「僕は兵士です。回答する考えを持ちません」

「もし彼等を過去に遡って虐殺出来たなら可能性はあるね。今はもう無理だ」

 興奮した戦士が空に向かって銃を撃ち鳴らす。会場内ではない外から大砲による空砲も鳴っている。

「散らばっていて説明し切れないけど、この会場には帝国属州の王、と言っていいかな、が皆揃っている。そしてこの儀式に酔って騒いでいる。”ゆるなんむ号計画”どころではない」

「つまり?」

「報告書は上げているが、強力な傀儡的同盟国ないし属国等に類する勢力の国外確保をこのペセトトで行う力はランマルカに無い。規模が大き過ぎるこの国をどうこう出来る勢力は無いだろうけどね」

「ここでの作戦行為は無意味ということですか?」

「通常の同盟国としての務めならば合格だよ」

「でも革命の種火を絶やさぬようにしないといけないのでは」

「その通り。己の無力を呪う愚痴だ。もっと与し易いところで働ければやり甲斐があるのに、ってね。まとまりの薄い北部地域の方が希望がある。原野ばかりでうんざりするけど、東岸地域は人間の都市が多い。やり甲斐があるさ」

「同志エイレムは職責を全うしている。何故不満がありますか」

「北大陸での同志スカップの活躍を聞いて、革命共和国を作り上げた実績を知って、何も思わない大陸宣教師はいないんだよ」

「それは分かりません」

「だろうね」

 皇帝が体を大口の蛭のように変化させ、人ならざる大声で祝詞。

 余り長くないが、諸王も含む観客が熱狂する。狂ったような声なので気付かなかったが皆笑っている。

「訳そう」


  血を捧げよ、心臓を

  神を養うため

  頭を捧げよ、魂を

  力を得るため


  ツィツィナストリの神は血を欲する

  わらわれる方 くるり回す方

  わらわす我等 回される我等


  ティトルワピリの神は頭を欲する

  花咲かす方 見ている方

  花咲く我等 見られる我等


  ネカシツァポルの神は送られる

  今日から明日 目を閉じられる

  明日から昨日 耳を塞がれる

 

「意味は?」

「論理的なものではないのかもしれないね」

 儀式はそれから中々終わらず、ティトルワピリの泉を皇帝も亜神も神官も平民も注目しながら何事も起こらないし、行わない。

 夜になって皆眠いのだが、それは歌って踊って誤魔化している。皇帝すらもちょっとあくびのような動きをした程。

 女達が用意した食事とお茶が定期的に配られる。朝焼けが見えるほどに皆、辛抱強く待つ。同志エイレムに寄りかかって一度寝たが、起きても状況は変わらない。

 会場備え付けの便所は多めで、この状況が常態であると教えてくれる。


■■■


 昼かも知れない時間になって太陽が真上に来る頃、皇帝が大声を、大砲にも負けぬ声で上げて飛び上がる。皆がティトルワピリの泉を食い入るように見た。

 望遠鏡で覗くと、赤い液体を掻き分けて何かが這い上がってきた。

 液体塗れで把握し辛いが、人型が基本の異形である亜神に間違いが無い。

 泉の周辺で待機していた亜神が駆け寄って、布で体を拭いてやったり服を着せてやったりと世話を始める。

 大太鼓が再び鳴らされ、眠気など吹っ飛んだように観客も神官も皇帝も大喜びに騒いで踊って歌い始めた。

「これが科学的に解明される日は……」

 同志エイレムは口を開け、涎を垂らして寝ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る