第173話「西マトラの奪還」 ベルリク

 正面、こちらより標高の低い場所に長く横たわるのは、特にマトラ妖精の怨敵であるバルリー共和国の急造要塞線。軍民が一致団結、不眠不休で建造中なのでそれはそれは、一時視察に来たラシージ「拙いが頑張っています」と評価した程度にご立派で重厚。

 塹壕は深くて広い。盛った土は高く広い。柵と逆茂木は隙間無く。砲台に関しては大砲が少なくて空の箇所が多いが、続々と追加中。このような要塞線が一線あり、第二線は建造中。イジらしくて可愛いくなっちゃいそう。

 そんな可愛い彼等が頑張って作り上げている要塞線には継続的に、昼夜問わずかく乱射撃。古くなった砲弾の処分や、練度不足の砲兵の訓練も兼ねている。弾薬在庫の心配も無く、直ぐ近くにマトラの弾薬工場があるので不足は無い。

 砲声はうるさいが、こっちは安眠出来る。馬鹿にデカい音でも慣れると子守唄になるものだ。

 一方彼等の砲弾はこちらに届かず歯痒いまま。こちらの放った砲弾の弾着爆発があって、折角作った物を破壊され、時々人が破片爆風を食らって死んだり生きてたりで泣き喚いている。安眠妨害と同時に要塞線建築を諦めさせない程度に破壊して疲労を誘う。程々に逃げられないようにするのが良い。

 精神に異常をきたしている敵兵が遠くからでも散見される。素っ裸になって半狂乱に喚き散らしたり、どう見ても独断専行で無謀に少数が突撃してきたり。要塞線の中ではもっと酷いのだろう。

 そんな様子を見晴らしの良い監視塔から望遠鏡で眺めつつ、ルサレヤ魔法長官が暇な大図書館館長時代に書き、船旅中に仕上げたという恋愛小説を読んで、魔術製の氷でキンキンに冷やした鳳梨の黄色い甘酸っぱい切り実を食べ、湯気の立つお茶を飲む。

 良い時代だ。新大陸産の鳳梨が魔神代理領内の熱帯地域で栽培されている。世界が縮まるとはこれか。

「どうだ」

 魔なる法の執行役としてルサレヤ長官が今回の戦闘行為を監察しに来ている。マズいところがあればツッコミが入る段取りなので緊張する。今のところは指導らしい指導は無いが、私的には為政者教育係でもあるのだ。経験者の年寄りが若い後輩相手に口を閉じていられるものか。

 さてそんな教育係だが、ババアの癖にやたらニヤつく照れた顔で塔の階段を昇ってやって来た。

「これは人を殺せます」

「何!? そんなに心臓締め付けられる内容かッ!」

「ゲロ甘です。吐き気がします。今何とか読み終えるために要塞見たり、これ食ったり、お茶飲んだりして気分転換をしているんですよ」

「いい、見るな!」

 恋愛小説を取り上げられる。わざわざ革表紙に製本した、片手に持って読めない分厚い重量の一冊だった。

「まず古めかしくて格調高い詩的な文章で苦戦します。せめて現代”共通語”でお願いします。そして台詞が婆さんの爺さん基準で頭が変になりそうです」

「うるさいアホ」


■■■


 昼飯時。マトラの山から吹き降ろす風がこの匂いをあの要塞線に運んでいる、か?

 伝令がやって来て敬礼、返礼。

「総統閣下、中央両翼敵要塞線直下地雷用意良し」

「お、見積もりより早いな」

 工兵に組み込んだチェシュヴァン族の坑道掘りがかなり早いとは聞いたが、本当に早い。それにマトラ妖精の機械的な技術が合わさり、更に術使いで土が弄れる者も集中的に配置しているので世界最速だと確信する。

 かく乱射撃の効果で一番期待していたのは、敵要塞線への坑道掘削の音を誤魔化すことにある。

 昼食会にはヤヌシュフが同席している。

「総統閣下! いよいよ攻撃ですか!? ぶっ飛ばすんですか! 皆殺しですよね!? 私もいいですか!?」

 アソリウス島や定期的に行うイスタメル州軍の演習では見られない大規模作戦なので、体が大きくなっても頭が少年のままのヤヌシュフくんはガタっと立ち上がって体を動かしてウキウキと楽しそうにしている。

 また観戦希望者を集めたので、ヤヌシュフ以外にも各国の観戦武官がいる。攻撃開始か否か、あとヤヌシュフくんの馬鹿ぶりに閉口して食事、雑談が止まる。

 毎度お馴染みのカルタリゲン中佐はヤヌシュフくんの立ち上がりと同時に放たれた肘打ちを顔面に食らって地面で苦しんでいる。

 顔見知りになって時間も経った給仕の古参も懐いたもので、人間であるカルタリゲン中佐に「大じょーぶ?」と言いながら耳に水差しから水を注いで「おわっ!?」と起こす。

 ルサレヤ長官は恋愛小説のことでヘソは曲げたか、お手並み拝見ということなのか沈黙を保つ。途中で口は出さないで終わってから総括する気か?

「砲兵指揮官に通達、かく乱射撃から攻撃準備射撃に移行せよ。あと、中央両翼攻撃部隊には昼寝でもしとけ、だな」

「復唱します。砲兵指揮官に通達、かく乱射撃から攻撃準備射撃に移行せよ。各中央両翼攻撃部隊に睡眠を推奨。失礼します」

「ご苦労」

 十分な準備期間と挑発でもって、この最前線に主力を集中配置したバルリー共和国軍を撃破する。

 対抗心を焦って燃やさざるを得ない要塞を築いて見せて、軽歩兵を出しての挑発射撃、国内での潜入工作員による破壊活動、人の誘拐と見せしめの嬲り殺し、情報局がバルリー世論を焚きつけてもっと兵力を配置するように扇動させ、彼等はこのマトラの山に要塞を築いて攻撃準備を露骨に行っている我々を無視出来なくなった。

 今やバルリー財政が真っ赤になる程の総力でもって、我が方からしてみればカスのような軍隊と人夫と資材がここに集まっている。

 弱点を突くとか、兵力を敵の知らぬ箇所に集中して一時的に優越するとか、そんな小細工は互角の軍隊がやることだ。敵の最強点を圧倒的な力で粉砕して以後立ち直れなくし、領内に浸透して全資源を破壊略奪、体勢を立て直す暇も与えずに滅亡させるのが今回の戦い方だ。

 ただ最強と言っても精鋭――と云われる――バルリー傭兵が正規軍としているのだが、それには、今や訓練も怪しい有象無象の民兵もどきに、職を失った傭兵が寄り集まってしまい糞の塊と化している。他国の義勇兵やら何やらもいるようだが、そんな者はいっそいない方がマシだということに気付いていないようだ。指揮系統の曖昧な、統率の取れない軍は主導権の取り辛い守勢で弱く、劣勢になると崩壊が連鎖する。戦意を喪失した味方は敵より厄介である。

 食卓上の食器が大きく震え、杯が倒れて中身を溢す。ルサレヤ長官が両手両翼を伸ばしていくつか転倒を防いだ。

「さ、食事が冷めますよ」

 攻撃準備射撃第一段階が始まった振動だ。ランマルカから技術供与があって、そして輸入した組み立て式の長距離重砲が、長い要塞線に沿って五十八門、砲煙轟音を吐いてマトラの山を揺らす。他にも現行の施条砲九百門余で砲撃。

 方面軍所持定数より遥かに多いのは、ゾルブが司令官を務める教導団が生徒を集め、そしてランマルカの軍事顧問が装備指導がてらに砲撃訓練を行っているからである。これらの全砲門を指揮統制しているのは教導団砲兵部長ゲサイル。無茶な砲弾投入量を実現しているのはマトラ共和国内、我等がお庭、だからである。

 第一段階は破壊射撃。要塞の砲台や塔、砲門、銃眼のような防御施設と、門や城壁と塁に柵に逆茂木のような突破予定地点の障害物を崩壊させるのが目的で、まずは要塞用の徹甲榴弾から放たれる。

 長距離重砲にはシストフシェでは知恵と勇気でその脅威に立ち向かったが、中々どうして手中に入ると頼もしい。旧式砲の五倍、施条砲の三倍は射程が長い。現在のようにマトラの山、高所側から曲射に撃てばもっとだ。砲弾が大きく、火薬は量が増えると相乗的に破壊力が増すので威力は最高。土や石で出来たバルリーの要塞線は、鉄筋コンクリートでも受け止められそうにない重砲弾を受けて木っ端微塵に吹き飛ぶ。

「凄いですよ総統閣下! 何ですかあの大砲! もっと数揃えればお母様並ですよ!」

「おう、そうだな」

 ヤヌシュフが肩掴んで揺さぶるせいで飯に手がつけられない。観戦武官達も砲撃の凄まじさに食事どころではなく、一応席に戻ってアワアワとしている。食器も砲撃の揺れでカタカタと鳴り続ける。


■■■


 夕飯時。日は陰り始めて赤い夕日が西に見える。西日は我々の攻撃正面なので、風景は良いが歓迎するものではない。

 西。バルリー共和国を西マトラという地名に戻さなければならない。西マトラの奪還、これがこの戦い。

 破壊射撃は主要施設の破壊を確認してから弾種を徹甲榴弾から変更。榴弾による柔らかい建造物や障害物の破壊と一掃に移っている。逆茂木や破壊した施設の残骸を吹き飛ばして散らし、地面を出来るだけ均すにはこちらが良い。

 食卓を再度囲む観戦武官達だが、割と後方勤務の者が多かったのか半数は体調悪そうに飲み物だけで済ませている。昼からこの時間まで火薬が地面を揺らす程に炸裂し通しだった。今も続いている。

 竜跨兵がこちらの陣地内に着陸するのが見えた。そろそろ時間か。

 そして食事中に伝令。敬礼、返礼。

「総統閣下。各中央両翼攻撃部隊及び後方攻撃部隊の攻撃用意良し」

「了解。砲兵指揮官に通達、攻撃準備射撃を第二段階に移行せよ。あと中央両翼攻撃部隊は糞小便をちゃんと済ませるように。後方攻撃部隊には予定変更無し」

「復唱します。砲兵指揮官に通達、攻撃準備射撃を第二段階に移行せよ。各中央両翼各攻撃部隊に用便を推奨。後方攻撃部隊に予定変更無し。失礼します」

 こちらの陣地からではなく、後方の敵勢力下からの伝令だ。先ほど着陸した竜跨兵が言伝を受けたか羽ばたいて空を舞う。

 食後のお茶と酒の時間になって、懐中時計を見ながらいつ攻撃するんだとそわそわしている観戦武官達を、お前らが緊張してどうするんだ? と思いながら眺める。

 次に伝令にしては偉そうな、黒犬頭のニクールがやってくる。

「黒旅団長、到着した」

「どうだ?」

「一度小競り合いがあったが、大した被害も無く軍は双方で引き上げた。事は地方ではなく中央の決議に従うとアッジャール朝の指揮官には伝えて互いに同意。それからシャルキク方面軍司令ゼクラグへの引継ぎは完了。配置と対応速度に問題は無い、この二正面作戦もやれるだろう」

 事は南メデルロマ問題だ。復興中のアッジャール朝が当然のようにメデルロマで戸籍調査と徴税を行うのだが、南メデルロマに移住している我が連邦市民に対して行われようとした。アッジャール朝にしてみれば、お前ら国民じゃなかったの? と、ビックリしただろう。

 かの地は東スラーギィ軍管区の北にあり、責任者であるニクールが今まで対応していた。こちらに配置された黒旅団はイシュタムが代行で管理している。

「ご苦労」

 ニクールに配膳がされる。古参の給仕は「タンタン! ご飯!」とニコニコである。

 そしてルサレヤとニクールの久し振りの再会でもある。

「引退してどれだけ老け込んだかと思っていたが、充実しているようじゃないか。面で分かる」

「閣下……はい。老いてなどいられません」

「何時の間にかあのニクール少年がデカい老人になったものだ」

 古参の給仕が「タンタンだよ!」と言う。

「そうか。お前、タンタンのこと好きか?」

 そして古参の給仕は、到着したばかりのニクールの泥のついた足に抱きついて「えへー」と笑う。


■■■


 攻撃準備射撃第二段階は突撃準備射撃で、突撃地点や塹壕に陣地等を面で制圧するように砲撃して敵の頭を抑えるものだ。弾種は榴散弾で、良不良品で差が出るが概ね空中で炸裂して敵の頭上に鉛玉と弾殻の雨を降らす。

 既に日没後。目に悪い西日は沈み、月と星明かりの世界になっている。多少雲はちらついているが晴れと呼べる天候だ。

 夜食には濃いお茶、甘味が配られる。砂糖が多く入った柔らかいパンだ。

 蝋燭の明かりでセリンに手紙を書いている。

”お願いがある。ダーリクを養子に貰ってくれ。ザラはもう誰が誰だか分かっているし、シゲがいなくなった時は泣き通しだった。乳離れはしたがまだ分かっていないダーリクを持っていけ。養子をやるのはアクファルとシゲヒロの話が無くなった時から考えていた。それともう一つ企みがある。その時が来るのはもう少し、バルリーを征服したあたり。日時指定は流石に出来ないが、その期間は休暇をとって俺のところまで来るように。その時に公式に貰ってくれ。身内同士のやり取りとしてはちょっと、良くないとは考えるが、政治的には絶好だ。絆は何も変わらないと言うのは卑怯か? だが受け入れてくれ”

 一息に書いたが、変な気がする。ルサレヤ長官に添削して貰おうかと一瞬思ったが、そういう手紙ではない。公式文書じゃあないんだ。

 しかしルサレヤ婆さんに相談に乗ってもらうのは別だろう。でも、いや、これで良い。あいつに策を弄してどうするんだ。ということは隠し事も無しだな。書き直そう。

 郵便係へ書き直した手紙を出して一息吐く。

 伝令が来た。敬礼、返礼。

「総統閣下。各中央両翼攻撃部隊、突撃準備射撃被害範囲より手前まで前進」

「了解。砲兵指揮官に通達、攻撃準備射撃第三段階に移行せよ」

「復唱します。砲兵指揮官に通達、攻撃準備射撃第三段階に移行せよ。失礼します」

 攻撃準備射撃第三段階、追撃射撃で射程を延伸、突撃地点後方の施設、陣地、敵後方予備兵力を面制圧で砲撃して敵を抑える。弾種は榴弾と榴散弾の混交。まだまだ生産の難しい貴重な徹甲榴弾を使う程にはバルリーの第二要塞線は完成されていない。柔らかい肉の目標を挽き潰し、敵の指揮系統を引き裂き、白痴化させる。

 待機中の伝令を捕まえてワゾレ方面軍への攻撃命令を出した後に、突撃準備射撃被害範囲手前へ進む。

 マトラ方面軍が東側から敵主力を粉砕し、ワゾレ方面軍はバルリー西縁国境地帯沿いに北から南へ制圧していって国家全体の退路を塞ぎつつ、外国からの介入を阻止警戒する予定。食糧は現地調達としたので普段より足が速いはずだ。

 ガロダモとイシュタムが並んで喋っている。ワンワンワンワン、とは言わないが、ギーレイ語? の犬頭の舌回し込みの訛りで何か聞き取るところではない。ベロベロベロベロとしか聞こえない。

 ニクールが激励するように肩を叩いた後、左翼側の黒旅団を担当するイシュタムが去る。黒旅団は先陣を切らないのでまだまだ余裕がある。

「どうだ年寄り、後継は良さそうか」

「簡単に死なない技量はある。後はそれで順調に経験を積めば良い」

「じゃあ良いんだな」

「幸運と総統閣下の能力次第だ。兵隊を殺すのは指揮官の加減だからな」

「おう? 言ったな。皆殺しにしちゃうぞ」

「はっ! やってみろ人間」

 右翼側の黒旅団を担当するニクールが去った。左右の両翼でもって全面を担当。

 前線指揮所の天幕に向かう。

 マトラ方面軍司令ボレスが、竜跨兵が作成した二重要塞線の地図と、工兵が設置した坑道図と設置した地雷を照らし合わせて最終確認をしている。

 とりあえずボレスの二重顎をタプタプする。

「気になるところがあるのか?」

「地上部の破壊率に比較し、坑道掘りが順調過ぎて調子に乗った工兵共が設置した地雷の量が多過ぎですな。殺し過ぎ、壊し過ぎ、弾薬の浪費、いけません。要塞線全体が酷い悪路になりますので、進出地点上の地雷を撤去させております。ラシージ軍務長官が後方勤務になった途端にこの不始末とは教育が足りませんな。新編制で腕は良くても坑道戦経験の足りないチェシュヴァン族と術使い工兵が組み合わさったことも要因でしょう。今回は敵が侮れる程度で幸運でしたな。閣下は強運な方と存じておりますが、中々の幸運をお持ちです」

 ラシージ相手にもズケズケ言うが、こりゃあ中々だな。

「反省はするとして、撤去時間は?」

「次に工兵から報せが来た時ですな」

 もう少しボレスの二重顎をタプタプしていると伝令が来る。

「ボレス司令官、報告します。地雷の過剰設置分の全撤去完了しました」

「安全確認後、規定通りに作戦開始」

「復唱します。安全確認後、規定通りに作戦開始」

 伝令が出て行く。時間があるので葉巻を吹かす。

「妖精だけじゃない部隊はやり辛いか」

「練度の不均衡ですな。何より私の監督責任です。任せれば完璧に仕事をすると盲信しておりました」

 ラッパ手が信号ラッパを派手に鳴らす。派手に鳴らさなければならない。中央以外の両翼からも鳴らされる。しつこく、伝記に記されるぐらい。砲兵隊による攻撃準備射撃が終わる。

 膝が抜けるような縦に突き上がる地揺れ。ボレスの丸い体が転がったので掴んで引き上げる。

 外に出る。敵要塞線直下地雷一斉爆破。

 火災の灯りの上、月と星明かりの下に地面が立ち上がったような土煙が敵側から昇る。少し長く、理解の範疇を超える。

 ……何だありゃ?

 焼夷弾頭の重火箭による突撃地点への一斉射撃が始める。今度はこちらの側から発射煙が壁のように立ち昇る。

 そして少し収まった土煙の中で火炎が荒れ狂って、地雷に吹き飛ばされた瓦礫が時間差で通り雨のように降って音を立てる。

 竜跨隊による落下傘式照明弾の投下開始。炎と白煙、黒煙、更に収まった土煙を上げる廃墟のような敵要塞線が暗闇の中から暴露される。

 中央要塞攻撃部隊の最先頭に立つ。妖刀”俺の悪い女”を振り上げる。

「総統閣下!」

「総統閣下万歳!」

「総統閣下が先頭に出られた!」

 陸軍攻撃行進曲演奏開始。

 まずこの中央で演奏が始まり、それに連鎖して両翼の各音楽隊も演奏、少し音がズレ、山に反響し、段々と音が合って揃う。大演奏会といった風になる。こりゃあいいなぁ。暗闇とデカい焚き火もあって更に雰囲気が良い。

 セリンとジルマリアとチビ共も呼べば良かったな。でもザラもダーリクもまだ分からんか。

「全たーい……」

 ”俺の悪い女”を振り下ろす。

「前へ、進め!」

 太鼓の連弾始まる。ただとにかく早く前へ急かす。

 自分の後ろ、突撃兵を先頭に、次に銃兵、次に随伴工兵が続いてマトラ方面軍総攻撃を開始。

 これは自分を発起点にバルリー共和国が築いた要塞線全面に対して行われる。作戦開始の合図は地雷の爆破なので時差は号砲のようにほぼ無い。

 歩兵戦力としての三個師団三万が薄く長大な横隊となって前進する。横隊と言っても戦列は組まず、散兵隊形に近い。この密集していない隊形の衝撃力の弱さは先程まで行われた砲兵師団の砲撃、工兵旅団の地雷と火箭が補った。

 前へ早足で進む。

 残骸と化した要塞線から、心と体が両方生き残っている敵兵が残骸を胸壁に小銃を構えるのが照明弾に照らされて見える。

 まだ旧式小銃の射程距離の目安である百歩、ランマルカが勧める科学的な国際度量衡だと大体八十イームには届かない。イームは月までの距離を実用的に四億の値で割ったそうだが。そんなに月って離れているものか?

 銃兵の後装式小銃は全般的に火打石式から信頼性の高い雷管式に移行した。

 そして前装式施条銃の、新式ドングリ型弾頭対応型はまだ少数。しかし偵察兵、選抜射手に配布してある。射程は旧式砲並みで、旧式銃並みに素早く装填出来る。有効射程は七百イームと計測されている。

 薄い散兵隊形なので銃兵が足を止めたところで乱れる隊列も無い。

 上り坂の斜堤の上で待ち構える敵銃兵。少し高い所があれば選抜射手は上って、無ければ立射でも屈射でもとにかく狙撃して仕留める。

「一人!」

「こっちは二頭!」

「私は四匹!」

 銃兵は前にいる突撃兵の肩に銃身を置きながら歩き、敵の射程外から素早く再装填を繰り返して有効な牽制射撃を加える。

 前時代では考えられなかったような濃密な弾幕が形成される。後装式は再装填が早く、雷管式は不発が少ない。

 ほとんど射殺してしまったが、残るわずかな敵兵が射程距離に到達した我々を撃つ。

 まず引き付けてからの射撃ではないので当たらない。当たっても兜、粗絹胸甲、胸甲の上につけた拳銃、肩当、小手、脛当等の装甲を纏った突撃兵へ致命傷を与える例はわずか。

「突撃ラッパを吹けぇ!」

 ラッパ手が突撃ラッパを吹く。走る。

 突撃兵が片手に棍棒、片手に六連発の回転式拳銃で撃ちまくりながら要塞線に乗り込む。随伴工兵が先んじて敵の方へ迫撃砲で悪臭弾射撃。

「突撃するから突撃兵!」

「吶喊! 吶喊! ブチ殺せ!」

「殺せ! 殺せ! 吶喊だ!」

 砲撃で縁が削れた塹壕に防毒覆面を被った突撃兵が飛び込み、随伴工兵が梯子を持って掛けて進む。勇敢にも梯子外しに進む敵兵もいるが、突撃兵が梯子の途中からでも片手で撃てる拳銃や、塹壕に飛び込まないで射撃体勢を取る銃兵が牽制射撃でもって支援する。銃撃で敵の頭を抑えるのだ。

 高い斜面の土盛りである斜堤の上の、敵兵や大砲が設置されて迎撃配置につく足場、覆道へ突撃兵への突入が成功する。本来なら覆道に上る突撃兵を、突堤から敵兵が十字砲火に射撃を加えて殺戮するのだがそういった施設は長距離重砲が粉砕して機能を停止させている。悪臭弾の白煙でそれどころではないのもある。

 覆道から先は高めの絶壁と限られた下り階段。そして見下ろす小要塞のような、侵入してきた敵を中段で迎撃する施設の堡障がある。ここも概ね破壊されているがある程度は健在。榴散弾等でかなりの兵力は減じているが、迎撃射撃を行う気力を持った敵兵がまばらにいる。

 突撃兵は拳銃の弾を撃ち尽くしたら胸甲の鞘に納め、もう一つの拳銃を持って進む。一人四丁、装填しなくても二十四発撃てる。射撃精度は劣るが連射が可能で、堡障上の敵兵へ牽制射撃を行いながら走って迂回し、裏側から堡障の階段上って制圧に、手榴弾を投げ込んで「手榴弾ドーン!」と爆破してから向かう。随伴工兵が早めに到着していれば火炎放射器で「キャッハー!」と炙ってから突入する。

 突撃兵は新しい棍棒を持つ。従来の物と違い、柄がバネ状になって破壊力が増した。何で増すかは良く分からないが、バネの反動、慣性能率が上がって力が無駄に散らずに一直線に加わるらしい。

 バネ棍棒は威力が向上して両手で叩かなくてもそこそこの打撃力を有するので、片手でも敵兵を易々と叩き殺していく。拳銃を撃ちながら打撃を行えるのだ。

「バネバネグッチョーン!」

 敵兵の頭に先端がめり込んでバネの柄が曲がる。

「ドグシャア、バババー!」

 敵兵の前頭部が崩れる。

「バッチンジャー!」

 敵兵の側頭部を殴って振り抜く。

 自分が切り殺す暇も無かった。今日は拳銃じゃなくて刀で殺したい気分。

 突入は順調だ。だが折角先頭に立って防毒覆面までつけて突撃したのに抵抗する兵士がロクにいない。砲撃と地雷で死んで、土を被った肉片ばかりが転がる。悪臭の白煙に咽て倒れこんでいる敵も多数。

 かと言って楽しみのために攻撃準備を疎かにするのは馬鹿だ。馬鹿な突撃はまた趣味に合わない。最善の策を練って、極限まで追い詰められ、そしてやる馬鹿をやる突撃がしたいのだ。この糞バルリーめ、呪われたみたいにヘタレやがって。

 目に付く敵兵を、骨等無いかのようにスルリと切り殺しまくるが、大体が逃げたり、腰が引けたり、神経症でイカれてたり、耳や目にどこか五感を潰されて障害者になっている。

 頭骨を真っ二つにしよう、首を撥ねてみよう、両腕落としたらどんな反応するか、股下から切り上げたらどこまで食い込むか、等と遊ぶ余裕がある。酷い。

 強く抵抗するところを探して切り込みにかかるが、しかし優秀な我が兵達が速やかに制圧していく。

 回転式拳銃を持った突撃兵の進出速度が桁外れだ。それに助けられて銃兵と随伴工兵の進出も早い。

 城壁内城壁と呼べる中堤と、低くて頑丈な塔の役目を負う稜堡塔の組み合わせが次に待つ。ここも攻撃準備射撃と地雷で破壊して隙間だらけにしてあるが、まだまだ迎撃施設としては一部が生き残っている。目ざとく大砲は破壊させているが、一兵残らず敵兵を殺戮することは流石に不可能。

 銃兵が低い所から、高所に陣取る敵兵に牽制射撃を加える。この落差は銃の性能と射撃訓練の数で補う。

 銃兵の射撃支援、随伴工兵の迫撃砲による悪臭弾砲撃の後に、狭くて足場の悪い崩落した中堤の隙間や、その壁自体に梯子をかけて突撃兵が進む。これらを囮のようにして本命の、門を爆薬で吹き飛ばしてから突入する方法も組み合わせる。

 その間にも要塞線各所で門が内側から開かれ、梯子を使わずに後続部隊が続々と侵入する。

 中堤も突破して要塞中央部に侵入。中には兵舎や倉庫なりと建物が多い。砲撃で吹き飛ばされたものがほとんどだ。

 随伴工兵の持つ火炎放射器や悪臭弾にしても、従来はちょっとした篭城戦だった屋内戦闘もあっさりと成功させてしまう。要塞内の堅固な施設も入り口から炙れば一瞬だ。

「キャッハー! マトラ焼きだ! 美味しいよ!」

「燃料は毒なんだよ、ばっちぃんだよ!」

「えー? ダメなのー?」

 そして国内中から掻き集めた術使いの人間、妖精、獣人が便利な器具のように制圧の障害を取り除いてしまう。術使いといってもただ術を使うだけではなく、小銃は撃つし白兵戦もこなすし、高給取りにしたせいか士気も高くて一般兵より優秀に動く。

 出番が無い。

 要塞内では地雷の影響で至るところに不自然な塹壕めいた窪地が形成されている。それと瓦礫が合わさり、堅固な陣地と化すこともある。突っ込むか。

「手榴弾ドーン!」

 と手堅く突撃兵が手榴弾を投げ込んで、爆破を確認してから乗り込んでいく。

 出番が無いぞ。

 セリンの写し身、切れ過ぎて血に酔わせ、気付いたら突出して危機に陥るはずの妖刀”俺の悪い女”から霊力が抜けてしまいそうだ。こんなこと考えている時点で頭をやられているかもしれないが。

 要塞線各所を制圧していく。切れかけた照明弾のおかわりが竜跨隊によって追加され、両翼の各戦線を見渡したが順調。

 要塞線内部へ踏み込むに連れて、住居区画や倉庫、地雷で変わった地形も合わさって複雑化の一途を辿る。そんな場所でも随伴工兵が火炎放射器や悪臭弾を中心に、国内からかき集めた術使いとともに化学と魔術を組み合わせた手法で制圧する。

 術使いたちはほぼ全て随伴工兵か工兵隊に配属させた。魔術一つが加わるだけで手間が違う。

 火炎放射器要らずに屋内を火の魔術で燃やして立て篭もる敵を一網打尽に。これは割りと古来からの手法。

 燃やした後の屋内に風を吹き込んで換気し、冷気系の術で冷却すれば素早く焼却後の屋内に突入出来るようになった。これは中々革命的。

「キャー寒い!」

「これ蹴ると凄い! 皮がメリョって剥げるよ!」

 あれこれと前進を続けていると要塞線の第二線を越え、突破してしまった。両翼も大体その雰囲気、戦闘は終了というような静けさが増してくる。

 要塞線の制圧はほぼ完了。

 ラッパ手に信号ラッパを吹かせる。

 殺し残しがいないかと要塞内をうろついて、生きていそうな倒れた敵を刀で突いていると、黒旅団の獣人、黒人騎兵が黒装束に黒馬という徹底振りで制圧した要塞線を横断していく。黒旅団の任務は夜間追撃戦だ。この要塞線から脱出した敵を殺しに行くのだ。

「黒すけ頑張れー!」

「行け行けワンワン!」

「タンタン団!」

「タンタンだーん!」

「だーん! だんだーん!」

 妖精達が手を、武器を振る。

 雑兵みたいに死体突きしてもしょうがないから待機していると、上空から竜跨兵が通信筒を落とす。

 通信筒の中、手紙を見る。

”後方攻撃部隊が敵退路上にある橋や渡し船等の破壊に成功”

 我が偵察隊や、情報局の特別攻撃隊、そしてアリファマのグラスト分遣隊と、それらを連携させる竜跨隊がやってくれた。

 アクファルとクセルヤータの組であるが、二人で後方攻撃部隊の空飛ぶ司令部として活動している。この竜跨兵の伝令を飛ばしているのはアクファルだ。親衛隊隊長の代理とかさせてる場合じゃないな。


■■■


 要塞線陥落後の朝。残骸を漁れば出てくるのは死体と大量の捕虜。兵隊はともかく、建設作業員として動員された民間人が目立つ。特に奥に隠れていろ、などと保護された女が多い。

 彼等、彼女等は今までの捕虜と違う。マトラ妖精が恨みに恨んできた輩だ。過去の虐殺追放は、あれは先祖がやったことだ、という言い訳が通用する段階ではないようだ。

 まず行われたのは捕虜を要塞に残る密室に詰め込んでから、燃やした薪を突っ込んでの窒息、一斉処刑。

「もっくもく! もっくもく!」

「これでお風呂やろ!」

「めー! 節水中でーす」

 大量に処分出来るようで準備に時間がかかるので従来通りに棍棒で頭を粉砕している方が早いかもしれない。勿論平行して行われ、同時に技術持ちの選別も行われている。

「君は何が得意な人間なの?」

 通訳がバルリー人の言葉を翻訳する。

「憎まれ口が得意みたい」

「あー酷いこと言っちゃいけないんだー!」

「悪いことを贖え!」

 棍棒で技術無しは頭を粉砕される。

 そしてその死体を使った燻製肉の作成である。既に臨時的に拡大した給養の大部隊が血を抜き、皮を剥いで天日に干して水分を抜き、順番に香辛料を塗して燻し始めている。バルリー人捕虜を生かす必要が生じたら、そいつらに食わせるのはこの人間の燻製だ。

「おいしくなーれ! おいしくなーれ!」

「うんこになーれ! うんこになーれ!」

 捕まえた量を考えれば大規模な施設が必要だが、事前に作られた設計図を基に工兵が素早く、事前に組み立ててから解体して持ち込んだ施設を建設。アッジャール朝オルフ軍へ先制侵攻を仕掛けて中洲要塞を強化した時の要領でもある。手際が良過ぎる。本当に恨んでいることが分かる。

 それから全体的に不要部位は堆肥にわざわざ使われる。発酵させるための集積場も既にある。執拗に手際が良過ぎる。

 マトラ妖精はバルリー人を殺し、それを食って前進してまた殺す。そのようにしたいとの要望を聞いているし、叶えてやる。

 それと捕虜に関わらず刈り取り中の頭部であるが、大鍋に入れた苛性曹達で妖精が棒でゴロゴロと掻き回しながら煮て髑髏を作っている。外交干渉に来た特使にでも、何十万と積み上げた髑髏を見せてやる心算だ。まだその数には達していない。虫に食わせる方法も実行されているが、疫病が心配なので場所が限定され、割と効率は良くない。苛性曹達が足りない時はただ煮て、手作業で剥ぐ。

「ほねほね、ばるばる、ほねほね、ばるばる」

 今現在では観戦武官達が失神しそうになったり、震えを隠せずにこの生産活動を見学中。自分が誘った。妖精以外の我が兵士達が流石に慣れた風景ではないので具合が悪そう。

 情報を吐き出して欲しいバルリーの高級将校や、何故にこんな無謀な戦場に義勇兵として参加したか不明の諸外国からの勇者達への尋問も行った。

 尋問時には捕虜に出すとは思えないような巨大な――バルリー人なので誰も手をつけない――焼肉を振舞う。目の部分に覆いをつけて漏れないようにした髑髏杯に酒まで注いでやった。

「ご協力頂ければ義勇兵の皆さんは家に帰れます。バルリー人の方々はそう、戦争が終結したら外国へ行っても構いません。お約束します。約束は守るのが信条ですので」

「このバルリーをどうする気ですか?」

「帝国連邦の発足と私の総統就任という大きな出来事。その源流はマトラにあります。この地で再出発したその時から私の傍にはマトラの妖精達いて、今日まで共にいます。恩返しですよ」

「それは答えじゃない」

 要塞司令の髑髏杯で酒を飲む。今度はちゃんと作ってあるので生臭くない。

「抹消」

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