第163話「手がある」 ベルリク

 ロシエ宮殿の、頭と腕が無く、乳房が若干照らついた裸婦像がある便所でうんこをしながら手紙読む。うんこしながら読む予定ではなかったが、ちょっと出が悪いので時間を惜しんだ。

 ゾルブから手紙。

 ヤゴールにおける軍事演習中にオルフ人民共和国軍こと人民解放軍と軍事衝突。実戦訓練に移行するとのこと。

 ゾルブが敵を侮ることは想像出来ないが、実戦訓練に移行する等と簡単に言われると心配になる。難しく言われても仕方ないけども。

 カイウルクから手紙。

 反乱を起こす奴がいなくて暇、だと。配下共の血の気を抑えるのに、犯罪者を使って人取り競争で肉片重量比べをしているとのこと。それから諸部族の高貴な若者を集めてこの光景を見させ、参加させているという。

 逆らったらこうなるという見せしめ。いけない事を一緒にしているという共犯意識。反発するより弾圧する側の魅力の宣伝。色々と効果があるだろう。

 それから子供達の間で、チンポを出して見得を切るのが流行っているという。どうにも前の部族会議で自分がチンポを出して弁舌を振るったのを、見ていた族長達の誰かが酔っ払った時に真似して、そこから広まったという。マジかよ。

 ナレザギーから手紙。

 ダルハイ軍管区の東への拡張は停止。天政との領域が接したとのこと。東部国境が画定したので交易所の設定や税関の設置場所も同様に確定するそうだ。

 傭兵の内、資質の優れた者は会社で警備員として正規雇用。そこそこの資質がある希望者は、帝国連邦内にある会社の農場や牧場、鉱山等で労働者として雇うそうだ。地べたに這うことを嫌がる遊牧民だけではない。

 帰郷希望者は現地管理者との連絡を取って確認した上で帰りの路銀を渡す。盗賊になったりしない者だけを手放すように。どうにもならない犯罪者やクズはイリサヤルへ鉱山奴隷として送ったとのこと。

 ……全部出た。チェカミザル王から魔神代理領内の妖精を集めた軍事演習の記念に貰った銀の糞ベラで尻の糞を取る。糞ベラは男根そのもののザガンラジャードを象った意匠で、最初使う時はちょっと、かなり躊躇したものだ。

 ズボンを上げて続きを読む。

 シゲから手紙。

 奴の書く字はアマナ文字訛り? 癖が付いているのでエラく読みづらい。

 内容はというと、娘のザラが離乳食食っただとか、背中に乗せてお馬さんゴッコしてたら”シゲ”って呼ばれたとか、あの糞野郎殺してやると思うような内容。

 あとそれからジルマリアの腹が明らかに大きくなったらしい。

 ジルマリアからの事務連絡。

 腹のことなど一切触れず、官僚機構網の拡大と細密化を専門用語に容易に理解出来る程度の造語を交えつつ淡々と書いていた。この糞女殺してやろうかと思うような内容。

 セリンから二通。

 一通目は読むのもしんどいぐらいの恋文。夜中に酔っ払いながら書いたとしか思えない内容で、序文あたりで一回止めた。読んでる目から血が流れそうなくらいに呪いに満ちていた。腹が気持ち悪くなる。

 二通目は一通目を破棄しろという手紙。後は私生活やら仕事の内容が入り混じった話が長く、盛り上げも下げも無く書かれていた。

 少々重要なのは、天政海軍復活でアマナからタルメシャ南洋諸島からのあの海域周辺で圧力に対抗しようと結束、併呑の傾向が強まってきたとのこと。ルーキーヤ姉さんのマザキも周辺領地を侵食しつつ連合か同盟の盟主を探ったり自薦したりの雰囲気。ハゲ――名前がパっと出てこない――兄さんも活発化している貿易の流れに乗って、略奪するだけのチンピラ海賊を呼び集め、真っ当な海洋国家建設に向けて乗り出しているらしい。前からのその傾向だったが、魔神代理領中央へ国債まで発行して買って貰って金を集め、性急気味に力を結集しているらしい。

 イラングリで天政と領域を殴り合って策定してから、この内容に時差のある手紙だ。またあっちに乗り出すことはもう無いとしても、北大陸を縦断して影響が波及する現状では無視出来ない。

 やはりこのオルフ問題なぞに首を突っ込んでいる場合ではなかったか。

 それからファスラのおチンポ野郎に関しては言及無し。まあ、いつも通り元気なんだろう。

 それから聖王から直筆の親書。

 便所で見る内容ではないので、便所から出てロシエ宮殿の屋上庭園の方へ出る。幸いか、この綺麗な庭園は重火箭による被害は極小。今は薄っすら雪を被っているので見て楽しむような場所でもないが。

 屋上から見渡すシストフシェ都内の、陥落当初の血塗れの様相は拭い去られて廃墟が多いという感じにまで復帰した。死体装飾は流石に、駐留するとなると病気が流行るので撤去。

 時々、地響きのように地面が揺れる。

 現在、オルフの人民解放軍と、その補佐程度についているランマルカの革命前進軍がシストフシェを攻撃中だ。

 まだ前哨戦のようなもので、敵がシストフシェに向かって掘って来る坑道を、我がラシージの工兵達が対抗する坑道を掘り、爆薬を使って潰している最中。

 初めの内は人力送風機で妖精達が汗を流して「わっせ、わっせ」と坑道に空気を送っていたが、最近では近くの村から解体して奪ってきた風車や、機械を組み替えた水車を使っての動力送風機を採用しており、その姿は少なくなった。これを利用して悪臭弾で使う薬品を燃やして送ったりもする。苦しんで敵は死ぬ。

 改修中の城壁周辺では聴音部隊が動き回り、どこが掘られているかを調べている光景も見える。

 地上からだとおかしな行動をおかしな妖精達がしているようにしか見えないが、地下では歴戦の勇者も泣いて逃げるような地獄になっている。地中で死ぬのは嫌だなぁ。

 シストフシェから見て、北西のちょっと離れたところから真北に連なる、伐採と焼畑でハゲになったが人口不足で耕作地としては放棄されたと聞く丘に敵の主力が布陣しているのが望遠鏡無しでも伺える。結構な距離こそあるが、攻撃行動に移れば直ぐに分かってしまう程度に視界良好。

 敵主力が配置されている方角にオルフの中心であるベランゲリにまで続く街道が伸びており、侵入経路としてはここが最も容易。沼地も少なく、兵站で大砲を押しても車輪が、雨後でなければ埋まらない。今はもう冬季で雨はほぼ降らない。

 近寄れば圧倒的優位にこちらから砲撃が加えられるので簡単に敵は、現状では地上から攻撃して来ない。だからこその、今の地下坑道戦である。

 オルフ人に長距離に至る坑道戦をやる能力があるかは不明で、ランマルカの兵がついているのならば油断出来ない。

 マトラ妖精は坑道戦で圧倒的に有利。単純に体格が小さく、妖精が通れる坑道を人間が通れないからだ。ランマルカの兵も妖精種であるが、ランマルカ妖精は並の人間程度に身体が大きいのでやはりマトラ妖精が有利。掘る速度が同じでも、掘る量が少なくて済めば長く掘れる。そして手を加えないと敵が利用出来ない狭い坑道を使うのだからどれ程有利だろうか。

 また地響き。目に見える城壁の外で地面が陥没し、そこから煙が上がった。

 西の方はワゾレにまで至る、標高の低い緩やかな森林山岳地帯の端で、地形的には大軍の侵入は困難。シストフシェでは日没が山に隠れて見えない程度には険しい。我が方のマトラ兵は森林山岳戦が得意なので少数の部隊配置でも安心して任せられる。またその方角からはシストフシェ内にチェラガ川が流れ込んでいるので、河川艦隊とはいかないが河川連絡線程度は作った。運行している船には旋回砲ぐらいは積んでいる。また敵の坑道を水で潰す際にもこの川が使われる。地中での溺死なんて更に嫌だな。

 南部は我々の勢力圏の森林湿原地帯。武装民兵が潜伏しており、保安隊が現地人を雇用した補助警察を使って襲撃中。またあのカラドスの手法、滅ぼした村の土地権利を別の村に売りつけることによって敵味方の色分けをハッキリさせる手段も取られる。

 このペトリュク南部は押し寄せた難民の数が多い土地の一つで、土地の人間の一帯感は薄い。積極的にこちらに協力して、我が傘下に入ると表明している奴すらいる。オルフ人民共和国が掲げるオルフ人によるオルフ人のための統一政府というのは都市部の革新的な知識階級辺りにしか通用しない話だ。表層はともかく、内部ではまだまだ分裂オルフ時代の精神を引き摺っている。

 シストフシェにはちゃんとそういう革新的な知識階級がいて、大体はもう広場で公開処刑にした。所謂殉教者になって逆効果かもしれないが、こちらとしてはこの戦争期間中は大人しくして貰えれば良いので遠慮無く殺す。

 東部は農村が続く平坦な地形。干拓された土地故に人工的に開けており、非常に軍を展開しやすく、騎兵を中心にした敵の第二軍が控える。丘の主力部隊よりは少ない。

「お兄様、ラシージ様が死体を見せたいそうです」

「お? 分かった」

 アクファルに呼ばれて、ラシージが今いる場所まで案内して貰う。

 案内されたのは医務室で、その死体は明らかにマトラ妖精より身体が小さい、しかも肌が浅黒いというか赤っぽい感じのする妖精。三角の耳はアウル妖精より尖って長い。外傷が無いから悪臭煙で窒息か、水で窒息か?

「どこの出だ?」

「おそらくは新大陸のペセトト出身の妖精です」

「前に名前だけ聞いたな」

「新大陸北部で勢力を広げるランマルカの同盟国、新大陸中部の覇権国家ペセトト帝国です。ロシエ、エスナル、ベルシアのような新大陸に植民活動を行っている国家と、北部の大半の原住人間勢力を共通の敵にしております」

「人類の敵か」

「そのような教義らしいです。人間牧場を持つという話です。あのランマルカ革命政府でも驚いたようで」

「食用にしちゃ成長が遅いだろ。反芻しないし草も食えない」

「儀式用と思われますが、情報が不足しております」

「とにかく新大陸では逆に人間が弾圧されてるわけだ」

「はい」

 ラシージが手に持って骨の短杖? を見せる。腕一本分の長さくらいしか短い物で、記号が三つ刻まれており、一つは黒ずんでいる。

「これが武器?」

「ランマルカが行ったペセトト語の翻訳では”呪術”に使われる道具です。こういう道具を媒体にして魔術を行使します。ペセトトでは魔術呼称は勿論無く、素朴な祈祷行為からこの武器による魔術に至るまで”呪術”と一括りにします」

 気持ちに整理をつける”呪術”も、火を噴く”呪術”も程度違いの認識なんだろう。神秘主義的な世界観のままでいればそうなるだろう。

「新大陸流の魔術使いか。いてもおかしくないが、問題か?」

「これらの道具の製法は不明ですが、本来なら魔術の行使も怪しい程度の才能が微妙な者でも充分効力的に、この道具に、便宜上封じ込められた魔術を行使することが出来ます」

「……甲冑騎士を女子供でも殺せる銃みたいな、魔術?」

 使い手を選ばない便利な道具は、時に世界の常識を引っ繰り返すものだが。

「そうなります」

「今後の戦闘は厳しくなるわけだな」

「はい。この者に、火薬が誘爆したとはいえ三十名殺されました」

「そんなにか」

 ラシージが短杖を持って、窓の外の避雷針に向けると、目に焼きつく曲がりくねった閃光、炸裂音。

 雷だ。火薬との相性は最悪だな。

「私は本来、このような電撃の魔術は不得意とします」

「かなりマズくないか」

「弱点はあります」

 雷をラシージがもう一度放ち、止る。

 記号を見れば、三つ全ての記号が黒ずんでいる。随分便利に作ってある。インチキに見えるぐらいだ。そのペセトトの歴史は知らないが、インチキに見えるぐらいの道具を作るだけの何かはあるのだろう。

「使用回数に限りか。ルサレヤ館長とベリュデイン総督に送ってみるか。何本鹵獲した?」

「五本あります」

「一本手元に、二本ずつ送れ。無理しなくて良いが鹵獲は積極的に」

「分かりました」

「お前、詳しいな。情報交換はランマルカとしてるんだろうけど」

「その通りですが、いかがされます?」

「そのまま、お前に任せる。”いかが”もしない」

「はい」

 聖王の手紙を読むのを忘れてた。

 内容はバルリーに手を出すと非常に、国際的に不和をもたらす結果になって互いの不幸になるという警告。あの聖王ちゃんが書くにしては文章がガチガチだったから、筆は外務大臣が取って、盲蝋印に盲署名をした感じだろう……あの顔と声を思い出したら何だか会いたくなってきてしまうな。恐ろしい奴だ。

 ラシージに親書を見せる。

「なるほど」

「マトラ侵略の歴史でも書いて送ってやるか」

「バルリーを通り越してフュルストラヴ領東部まで主張することになります」

「昔はあっちの平野部まで出てたのか」

「その時はマトラという共同体は勿論ありませんでしたが」

「黙ってれば分からないんじゃないか?」

「民族侵略の歴史ならばよろしいでしょう」

「お、それだ」


■■■


 マトラ共和国合奏団が慰問演奏会をしに来ることになったので、軍部交流も兼ねて敵に招待状を送ったら、ランマルカ妖精とオルフ将校の一部だけがやって来た。肝心の敵指揮官は現れない。騙まし討ちをする心算はないのだが、今まで騙されてきたと思われ、信用されなかった。こちらとしては今まで一応は誠実を貫いてきたのだが。

 またベルリク行進曲の披露があって、防いだはずだが国歌扱いで全員起立。アクファルが例の如く「お兄様行進曲」と言ってくる。慣れない。

 こうしたマトラで作曲されたものから、オルフ民謡にランマルカ民謡も披露される。


  敵は何処か、知るのだ同胞よ

  奴らはいる、隣にいる、我らを吸血する奴ら

  その汚らわしい手に噛み付き、食い千切れ

  剣を持て! 吸われた血を大地に還せ

  その大地を耕し、豊穣とせよ


  敵は何処か、見つけた同胞よ

  奴らはいる、そこにいる、我らを滅ぼす奴ら

  あの汚らわしい首を落とし、穴に放れ

  銃を持て! 戦列を組んで勝利せよ

  革命の火を広げ、世界を創れ


 そして共和革命派の歌の演奏では、招待した敵将校達は起立して――こちら側も一応起立だけはして――歌った。

 オルフの情報将校と話す機会もあったが、現状の確認程度に終わった。あちらが本当に心配していたのはこちらが侵略、征服、虐殺をオルフ全土で実行するのではないかという懸念。あくまでも傭兵としての活動に留まると言ったら、何と安堵していた。このシストフシェの惨状を見て、安堵するのだから重症だ。

 ランマルカ妖精だが、裏も無く純粋に演奏を楽しんで、マトラ妖精と一緒に酒を飲んで歌ってた。


■■■


 演奏会が終わって数日、北の丘で組み立て中のランマルカ式の長距離砲が確認された。とても射程距離内に設置しているように見えないが、ラシージの予測ではあそこからここまで届くらしい。

 長距離砲の総保有数は不明だが、現在見えている四門を丁重に保存してやる理由はない。敵も察知するだろうが、坑道を掘り進めて、時間は掛かるが下から爆破する。

 重火箭も射程距離は長い方だが、あの丘までは届かない。最大射程の二つ半分は届かない。

 攻撃用の坑道はもう掘っているのでそこから拡張。防水区画や迂回路の増設を優先するか、距離を優先するか?

 偵察隊による敵技師の狙撃作戦を継続的に実行するよう命令を出す。勿論砲技師だけではなく指揮官級、致命的な人物を厳選するように。それから殺さなくても重傷でも良しとする。無能化が目的で、殺害は副次。

 ラシージ予測の長距離砲の射程に対処するため、ロシエ宮殿を突堤とし、シストフシェ北半を縦深的な防御陣地にする。その北半を砲撃されても痛くないように調節。

 新たに敵の歩兵、工兵が塹壕を掘って進んで来ている。ジグザグで、真っ直ぐこちらのシストフシェに向かう縦の、攻撃用の塹壕。横に広く掘って防御に使う塹壕とは別物だ。それを坑道から塹壕直下を地雷で爆破して妨害中。本数は多いし、復帰は容易で何れ到達するだろう。その前にどれだけ殺せるか。


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 長距離砲組み立て終了の翌日、空砲と思われる試射が数度行われてから、丘からの長距離砲による砲撃が開始された。

 妙におっかなびっくりだったのか、初めは都内へ着弾させずに砲撃が行われ、段々とコツでもつかんだのか、時間が経って射程が延伸されてシストフシェの北側城壁と砲台、城門に着弾し始めて破壊される。長距離砲の組み立て段階で北側の砲台は、鹵獲した滑腔式の旧型砲だけにしておいたので余り痛くない。人員配置も最小限で無傷。避難は簡単に終わっていた。

 次に着弾地点を延伸して都内への砲撃が始まる。北半の、更に北半分くらいまで射程限界のようだ。南半までは着弾しない。それでも建物の多くを粉砕。

 長距離砲は四門しか無く、砲身の冷却時間があって立て続けでの砲撃ではないものの、砲弾が大きいので破壊力が凄まじい。直撃しなくても振動、衝撃で崩れる建物があったくらいだ。

 北半分の建物は全て倒壊、焼失前提なので、損害は微小と判断出来る。物は考えよう、みたいなところだが、実質そうだ。

 敵指揮官の脳内がどうなっているかは予想するしかないが、これでシストフシェを奪還出来る下準備が出来たと判断はしないだろう。だから長距離砲を前進させて少し射程を延伸させてくる可能性はあるが、現在あの長距離砲は丘の一番高いところにある。高低差を活かした射程延伸は限界か?

 それと低いところ、こちら側へ移動してくれば今度はこっちの攻撃坑道からの地雷攻撃に遭う危険性が上がる。貴重な四門よりは人命の方が安いのではないか?


■■■


 敵の長距離砲による、何となく手探り感が感じ取れる砲撃でシストフシェ北四半が軒並み破壊されてから、崩落させられたり、修復したりして何とか通用に耐えうるシストフシェ北正面前まで掘られた四本の攻撃塹壕から、敵歩兵部隊が突撃を開始。

『ウラー! ウラー!』

 塹壕に隠れている分は観測不能で数は不明。

 敵部隊を引きつける。都内に半ば入らせるようにする。中途半端が一番いけないと言うが、それは敵のことだ。

 先頭集団が入り切る。都内を流れるチェラガ川沿いの実質的な一次防衛線から、古参親衛師団とラシージの砲兵による銃砲射撃で進出を抑える。

 自分のロシエ宮殿の屋上から、偵察隊や歩兵に混じって敵兵に小銃で狙撃してみた。チェラガ川北沿いは建物が無傷で残っているのでそこに敵が隠れて思うように撃ち殺せない。砲兵が直接照準で砲弾を打ち込んで吹っ飛ばしているのは痛快。

 そして斉射砲等の火器を持った少し足の遅い敵後続集団が破壊された城壁を乗り越えた辺りで北部壁外の地雷原爆破。敵部隊の前後が寸断される。

 ここで突撃してきた敵へ逆襲を仕掛けるための準備を開始させる。

 南半分へ展開した砲兵が、引き続き直射で敵先頭集団の前列を砲撃する。そしてそれより後方に引き換えた砲兵が曲射で敵部隊の中部、後方を砲撃する。

 そしてシストフシェ北半に仕掛けた爆薬を爆破させる。突撃してきたばかりの、必死に建物に隠れた連中、それも爆薬の知識も無さそうな歩兵が解除などするわけもなく、建物に隠れた敵兵は諸共木っ端微塵に吹き飛ばされた。木片、石片に混じって人が噴き上がる。

 逆襲の部隊、捕虜になって、死の代わりに従軍を選んだ者達で編制したペトリュク軍を出撃させる。弾薬は持たせず、銃剣や三日月斧だけで戦わせる。今この状態では銃弾が無くても充分に戦える。

 指揮官はアッジャール朝から派遣された武官とか、そいつが連れて来た士官達と協力的な元捕虜士官。今までと違って本気で逃げる連中だ。その背後には督戦する古参親衛師団。

 広範囲に、敵部隊を全面的に制圧していた砲撃は停止され、ペトリュク軍の前進に合わせて移動弾幕射撃が開始される。

 砲撃の幕が前進していって敵先頭集団から順に耕す。そしてペトリュク軍は耕されてフラフラになった敵の残りカスをぶん殴ったり刺したり、仲間に引き込んだりしながら進むのだ。

 ペトリュク軍は容易に敵を撃退した。初めに突撃して来た敵部隊の後方には第二波、第三波が揃っているのは確認出来たが、こちらの対処を見て今日の攻撃を諦めた。

 我が軍は弾薬こそ消費したが実質の被害は皆無。むしろペトリュク軍が敵部隊から人と武器を回収して膨れ上がったぐらいだ。

 今回敵が行ったものは、結果威力偵察程度のものになった。侵入してきた敵兵の武器も少々品質が悪かったり旧式の普通の前装式銃だったりで本気ではなかった。代償としてこちらの手の内を少し見せてしまった。

 こうしている間にも地鳴り。地下では見えない戦いが続いている。

 待機中のその第二波、第三波の敵部隊も、塹壕直下からの地雷攻撃を受けて少々混乱した後に引き下がっていった。

 丘の上の長距離砲は動かず、沈黙したままである。廃墟と化したシストフシェ北半にペトリュク軍がいて、射程内でもだ。

 火器は消耗品だ。替えがいくらでも利くのならばともかく、このような場では超一級の兵器で無駄撃ちはしないのだろう。


■■■


 敵の第一次攻撃を撃退する前から、そして今でも敵の小柄なペセトト妖精による呪術を用いた坑道戦で中々苦戦している。敵がいるわけでもないのに爆発する地雷が散見される。

 それから死傷者も続出。工兵だけじゃなくて古参親衛師団から歩兵を出して戦闘に参加させているが、呪術にやられて焼け焦げて戻ってきた者が百名を越える。あの閉所、面と向かっても一対一の地下で百以上とは、かなり激しい。

 そんな、地雷の機能が弱ってきたところで敵軍の第二次攻撃が開始された。

 まず東側から敵の騎兵二千余りが、シストフシェ東側面へ移動開始。オルフ人民共和国は開戦前からアッジャール朝の集中的な、遊牧的な馬の管理のせいで初期から深刻な騎兵不足に陥っており、長引く戦乱で消耗してしまって二千騎程度でも一戦線に振り分けるのはかなり無理をしている。アッジャール朝の武官の話ではそうらしい。

 二千の騎兵だけで健在の東側城壁突破は困難極まる。重武装の乗馬歩兵だったとしてもだ。狙いは南側、こちらの兵站線と推測。そこを塞がれるわけにはいかず、対処のために兵力を差し向けないといけない。差し向けると北正面の守りが薄くなる。

 逃がさないためにある程度引き寄せる。

 西側でも動き。森林山岳部の方から銃声が鳴る。大軍ではないだろうが、攻撃が始まった。こちらは陽動であろうが、この西の山を取られると長距離砲ではなくても都内西半が施条砲ぐらいなら射程内に収まる。

 渡すわけにはいかない。チェラガ川の上流を取られたら、何をするにしても不利だ。敵が川沿いに妨害活動を行うことが容易になる。

 未だ坑道戦の激しい北正面から、数を増やして七本になった攻撃塹壕より敵部隊がまた総数不明に前進してくる。

 それに加えて、攻撃塹壕よりやや後続する形で地上からも敵部隊が横隊を組んで前進して来ている。こちらは二万以上の敵が、斉射砲や軽砲を引っ張ってやってきている。

 オルフ人民共和国はここと別に東西に戦線を抱えており、このシストフシェ攻撃にだけ総力を傾注するわけにもいかない。これを粉砕したらおそらく持久戦に移行する、気がする。こちらとしては正念場になるだろう。

 東側の敵騎兵隊に対しては、対騎兵戦に優れた親衛隊と獣人騎兵を出撃させる。

 出撃に先立ち敵騎兵隊の隊列を掻き乱すため、重火箭を東側城壁上に並べて一斉発射。距離があったので命中率は非常に低かったが、一つ二つ程度は敵騎兵隊に飛び込んで脅かし、焼夷弾頭が点々と、外れても周辺に燃え盛る地面を作ったので足止めに成功。指揮も一時麻痺させる。

 こちらの騎兵隊がその内に接近し、駱駝から旋回砲を下ろして射程外から砲撃。小口径ながら榴散弾なので、屋外の柔らかい目標は炸裂した時の無数の子弾がズタズタに引き裂く。

 大砲に対しては一気に接近して白兵戦を挑むのが良く、敵騎兵隊もそうする。そしてこちらの騎兵隊は施条銃を構える。銃の曲射も訓練してあるので、命中率は低いながらも敵の銃の射程より遠距離から射撃し、それから断続的に小銃弓矢に施条砲を組み合わせ、弾幕を張って素早く撃退した。追撃不要。

 この戦闘を行っている間に敵騎兵隊の撤退位置を観測した工兵が、その帰り道沿いに、順に地雷を炸裂させてトドメを刺す。

 これを見せ付けられてはもう一度ここを騎兵で、何の工夫も無く前進しよう等とは思わないだろう。

 チェラガ川上流から連絡船が下り、伝令到着。到着した頃には森林の北半程が燃え盛っている。

 三千以上確実の敵軽歩兵が西の森林山岳部に浸透中らしい。それを防ぐために火を放ったとのこと。

 森林の方だが、冬場なので乾燥している。着雪はまだわずかで、放火区画の雪払いまでして徹底。焚き付けにはシストフシェから大量に徴発した布や藁に油を染みこませた物を使用。

 敵の攻撃時期が冬の初期であることが助かった。雪がべったりついた森を燃やすのは困難極まる。本格的な冬だと今度は敵が外に布陣すること事態が困難になるので必然であるが。

 こちらの森林山岳部の守備隊だが、防火区画と放火区画を分けるために伐採した地帯があるので燃え盛る森林とは隔離されているので安全。万が一飛び火しても、山には山で坑道が掘られて避難可能。

 北正面では工夫をする。

 民間人を都内北半に並べた。敵歩兵の攻撃と、丘の長距離砲による砲撃を防ぐためだ。

 もしこれで敵が容赦無く攻撃したならば、敵と味方の区別が付かなくなったシストフシェ住民はもう少し良い子になる。

 その後ろにペトリュク軍を配置。住民が攻撃された場合、仇はこいつらに取らせる。ちゃんと仲良くなるように寝食を共にさせた。戦場の結婚式だなんて、そんなことをしている奴もいたぐらいだ。こっちから砂糖菓子とか酒とかお祝いに振舞ってやったりもした。感謝しやがった。

 そのまた後ろにこちらの古参親衛師団とラシージの砲工兵。前進する先を間違えた連中を撃ち殺す。

 攻撃塹壕から先発してきた敵部隊であるが、『ウラー!』の喚声も、住民の壁を前にしては押し黙り、突撃を躊躇して立ち止まった。装具がカチャと鳴る音が消えるぐらい静かになった。

 躊躇して足を止めたところで少し待ち、敵部隊が若干混乱するのに加え、地上からやって来た後続部隊が先発した部隊と接触し、どうして良いか分からない状況を作り出す。

 住民を保護しようと敵方の士官がこっちに来いと手招きしているが、住民は動かない。敵の意識が散漫になってきている。戦いで敵を殺してやるという意識に、住民を救うとか無傷で排除するとか、ちょっとくらい傷つけても? と雑念が混じる。

 住民は動かないし、背後にペトリュク軍が整列しているので物理的にも後退出来ない。住民には砲撃する大体の位置を教えてある。北に移動すると砲撃に潰されることを良く教えておいた。

 前後に分けた敵部隊が合流してしまったところで砲撃開始。

 敵の最前列より少し後方目掛けて砲兵が移動弾幕射撃を開始する。これを合図に住民を交代させ、ペトリュク軍が『ウラー!』と前進。早く矢面に立っている住民と交代したいという思いがあってか、非常に勇敢な感じで彼等は前進した。男らしさが匂い立ち、古参親衛師団で督戦する必要は感じられない。

 ペトリュク軍は敵部隊最前列に銃撃を加えながら、積極的に突撃して白兵戦を挑む。混乱中の敵は応射は咄嗟にするものの、直ぐに打ち負かされる。

 密集した隊列が渋滞を起こしているところに移動弾幕射撃が直撃して、射程を徐々に延伸して隈なく砲撃して粉砕しているところに、住民保護の念が生じたペトリュク軍が突っ込んで、無能化している敵部隊を勢いに乗って順次撃破していく。

 追撃の騎兵を出すには、塹壕や敵部隊配置的に少々危険性を感じるので追撃は地雷にやらせる。ペセトト妖精の妨害の成果か、稼動した地雷は少ない。敵の逃走に拍車こそかけたが。

 更に加えて、敵の丘の南側に築いた地下小要塞を出現させる。坑道から軽砲を運び、直前まで地下に隠蔽。隠蔽場所は砲門付きの防塁化。密閉式。敵の退路に突如出現するようにさせた。

 ペセトト妖精は坑道戦では厄介だが、坑道掘削にはそこまで役に立っているわけではなく、掘った長さではこちらが圧倒的。

 敵は混乱しつつも、この驚異的な自陣内に突如出現した小要塞を潰しに戦力を集中。後退の動きが鈍って足止めになった。ペトリュク軍の追撃が敵の背中に追いつき続ける。

 追撃阻止の砲弾が長距離砲から放たれた。弾種榴散弾、かなり衝撃的なぐらいにペトリュク軍の兵士が爆発と子弾の飛散で大勢がズタズタに引き裂かれる。

 折角使えるようになった部隊だから勿体無い。後退命令を出す。

 丘の小要塞はペトリュク軍が撤退したところで敵を巻き込むように地雷爆破、自爆。勿論退避させてからだ。

 今日はこんなところか。


■■■


 本格的な冬到来前の冬季戦は停滞中である。損耗は敵が激しく、余裕も敵の方が無い。

 こちらとしても更に進撃するには兵力が足りないと感じている。我々は防御で、攻撃はヤゴールの実戦演習中の軍。

 報告ではニズロム、ツィエンナジ、メデルロマ領の西部国境の全てに攻撃を仕掛けて、占領よりも略奪、破壊、虐殺に注力――何れ、何年何十年何百年後かは知らないが侵略する時の下準備――して演習中とのこと。ヤザカ、オド、アストルの三つの主要河川沿いでは河川艦隊の妨害で戦況は芳しくなく、冒険的に沿岸部まで出た部隊はランマルカ海軍の艦砲射撃にやられて逃げてきたという。

 我々が参戦して大きく戦況が傾き、ある程度結果が出てしまうこれからの真冬に両オルフ停戦交渉か、降伏か、絶滅するまで戦うかを決めると思うが。外交交渉は西側のアッジャール朝の仕事だ。

 そんなことを考えていたら白旗を掲げた敵の使者がやって来る。

 交渉内容だが、ペトリュク、メデルロマ領、スラーギィからヤゴールまでを繋げる回廊の割譲を条件に停戦したいそうだ。あのジェルダナ大統領の署名付きだ。

 そのような甘い話の最中に、伝令がやってくる。敬礼に返礼。

「総統閣下。東南部近郊に敵の騎兵隊が出現しました」

 使者とは会話中だった。その使者は、何てことをしてくれたんだと、表情を殺そうとしていたが、微妙に見て取れた。停戦交渉中に攻撃とは、常套手段だけど下手に出てる時にするものではない。少なくても察知されてはいけない。

「アクファル、行ってみるか」

「はい。親衛隊と偵察隊を借ります」

「行って来い。思った通りにやれ。出来ることだけするのがコツだな」

「はい」

 暫定帝国連邦が発足したらいつでも戦場に立てるわけでもなさそうだ。今もそのようだ。アクファルにも、ある程度任せられるようにしないと。

 幸い、敵の騎兵は騎兵もどきだ。先の東部での戦いで明らかになっている。馬上で弓も銃での狙撃も怪しい、刀と拳銃が精一杯の乗馬歩兵に毛が生えた程度連中だ。初指揮官としての練習には良いだろう。

「では大統領には、我々は残虐でも誠実であるとお伝え下さい。あくまでもエデルトに雇われた傭兵なのです」

 随分とよだれが出そうになるが、目先の利益に囚われてはいけない。

 使者との交渉が終了。欲しければ割譲ではなく奪いに来るとは、黙っておくか。予告無しに襲撃するのが良い。

 使者には、停戦交渉以外で話があればと食事に招いた。


■■■


 使者と雑談しながら、飯の準備が終わった事を聞き。そして食卓で食前酒を飲む。そんな短時間の内にアクファルが敵の騎兵隊を撃破して戻ってきた。血よりは火薬の臭いが濃厚。

「戻りました。残らず討ち取りました」

「よくやった」

「馬は鈍いし、偵察隊に退路を断たせました。お兄様の真似をするだけですので簡単です」

「面白かったか?」

「はい。使者の方にはお土産があります」

 そしてルドゥと偵察隊に連れて来られたのは、生け捕りにした敵の騎兵隊長。足に矢が刺さったまま。落馬したのか身体が痛そうで、姿勢が悪い。

 生きたまま渡す感じで、手早くルドゥが首を短剣で皮膚を切り裂き、筋を切って、骨を短剣の柄で折って頚椎を外して出来立てホヤホヤの生首を渡す。

「どうぞ」

 アクファルが生首の髪を掴んで差し出すと、使者が椅子から転げ落ちた。

 血の臭いを消すような濃厚な香辛料の香りが部屋を満たす。料理が到着した。

「さ、お掛け直し下さい。ウチのナシュカの料理は世界最高ですよ」


■■■


 使者が具合を悪くして帰路につき、丁度敵指揮官に報告をしていると思われる時間に軽く吹雪いてきた。

 これを見計らってニクールが東スラーギィ旅団を率いて、東側の敵第二軍を襲撃。騎兵主体で、騎兵を多く失った連中など物の数ではなく、壊滅に成功。

 ニクールとギーレイ族は黒毛で、人間も黒人。凱旋してきた深夜に出迎えたものだが、真っ黒で闇の中では目視困難だった。特に、顔が顔とハッキリ確認出来ない。服装も意図して黒いものばかりで、馬は黒毛を選んでいる。

「ご苦労、真っ黒軍団。黒旅団のあだ名をくれてやろう」

「うむ、良い名前だな」

 ニクールがちょっと得意げな顔になっている。

「タンタン団」

 アクファルが言う。

「タンタン団?」

 聞き返してみるが、聞き間違えではなさそうだ。

「タンタン団!」

 タンタン大好きの古参の給仕が、深夜だが蒸したばかりで湯気が立つマトラまんをニクールに差し出す。他の給仕達も他の兵に同じ物を配る。

「タンタン団……」

 ニクールがマトラまんを齧る。


■■■


 周囲の風景が白一色になり始めた頃に、北正面攻撃では埒が開かないと判断したか、敵は西側を攻撃してきた。第二軍の壊滅後に、である。最後の攻撃のつもりだろう。

 西の山岳森林地帯の要塞建設は第一段階が完成した後だ。第二段階以降は数年に及ぶ長期戦を想定したような堅固なものなので、現段階では最善の状態。

 敵は主力全てを投入。隊列は長く、数は三万規模。丘の向こうに隠れていた分も出ているだろう。

 気になる長距離砲だが、雪が降っている時に覆いがされたり、保守点検のために分解されることはあるが基本的に動いていない。

 敵の砲兵が突撃準備射撃のために前進。そして高所を取って射程で優位に立つ、山にいるこちら砲兵が砲撃して撃破する。

 敵はそれにめげず、砲撃を浴びながら砲列を整えて反撃。良く防御、隠蔽された山の砲台相手では分が悪いが、その間に敵の歩兵が続々と縦隊で前進していく。

 シストフシェから重火箭で敵歩兵縦隊に爆撃を加える。流石に万単位の突撃はこれで潰せない。

 一万規模に膨れたペトリュク軍を西門から出撃させ、戦列を組ませて牽制に回す。敵軍の一部、がそれに対応するように横隊を組む。

 ちょっと馬で一走りし、前進する敵歩兵縦隊の中でも中央に位置する部隊――将軍に次ぐような最先任将校がいると思われる――の前で、馬の背に立って手を振って目立ち、そして敵に向かって小便、挑発。そして戻る。

 左が盾、右が剣とは古来より伝わる戦いの形式。西の山で受けるなら、右の正面から刺す。

 丘の上、西側に砲口を向ける長距離砲の真下、敵が察知し辛い地中奥からの地雷爆破、頂上の崩落、噴き上がる土煙。小さな火山が噴火でもしたような光景。ラシージの魔術ありきの大仕掛けだ。スラーギィの西岸要塞の崩落に比べれば大した手間ではない。

 彼等の最強兵器だった長距離砲が、今見て分かりやすく失われた。西の敵兵達が思わず丘の上を見てしまうことを確認。

 古参親衛師団、長距離砲の無力化を確認した直後にペトリュク北から出撃。目指すは北の丘の上、敵のランマルカ砲兵などの技師団。敵を並の軍程度の能力に貶めるのなら、狙うはそこだ。

 丘周辺では既に偵察隊や人間に偽装した特別攻撃隊が狙撃や妨害活動を開始。

 古参親衛師団へ横槍を入れようとする敵騎兵隊をニクールの黒旅団が阻止する。相変わらず敵の騎兵は刀と拳銃、それに毛の生えた騎兵銃程度で、射撃も下手で弱い。充分な訓練も、遠くまで見る視力も無いのだろう。

 随伴工兵が擲弾銃、迫撃砲、重火箭で古参親衛師団の前進を補助するが、丘の防備は薄くて突破容易。坑道戦と攻撃塹壕掘削に人員を注ぎ込んだせいで丘の防衛線構築はおざなり。

 自分は親衛隊と共に予備兵力として待機しているのだが、どうも出番が無い気がしてきた。わざわざ自分達を戦力として投入する場所が無い。

 そうこうしている内に古参親衛師団は丘の頂上を奪取する。体重が軽いせいなのか妖精達の斜面上りは速い。ダグシヴァルの山羊頭には敵わないのだが。

 敵が西の山への攻撃は続行しながらも、予備兵力を丘の奪還に向けさせた。山の要塞と、ペトリュク軍を相手にしつつ、黒旅団が側面を脅かしている状態で投入出来る予備兵力はたかが知れている。

 少しして敵指揮官も気づいたのか、山の要塞攻略は諦め、ペトリュク軍と黒旅団を牽制する程度に軍の配置を改め、残り全てを丘の奪還に差し向けた。

 そして丘での敵の技師等の殺害、捕縛もそこそこに古参親衛師団には無理させず後退させた。

 敵の攻守を入れ替える陣形転換は中々に早かった。今戦力が密集しているとこに攻撃を仕掛けても相当粘り強く戦う気がする。

 今は一旦戦闘を切り上げる。こちらにはまだ手がある。


■■■


 その夜、敵が昼の反省から丘の上で防御を固め、長距離砲の発掘を行っているところで再び頂上で地雷を爆破した。このラシージによる二重地雷攻撃で長距離砲に関係する敵の技師の多くを殺傷したと推測できる。第一回の爆破で第二回の爆破を妨害しないようにする工夫が必要なこの二重地雷攻撃、やられたらたまったものではない。

 北の丘での長距離砲とその技師の爆破以後、敵は攻撃する気配を見せなくなった。シストフシェを監視するように軍を配置はしているが丘より北側だったり、足の早い軽装備部隊だけにとどめたりと攻撃は諦めたようだ。

 日にちも過ぎて大分、雪が厚く積もるようになってきた。黒旅団の黒人、獣人が大はしゃぎで雪遊びをし始めるくらいに積もっている。まだまだ彼等に雪は目新しいようだ。

 獣人達が耳を入れる袋がついた防寒具を被っていて妙に可愛い。特にニクールのジジイが真面目くさった面で被っていて笑いが止らない。アクファルと一緒にバカにしてたら屋内では被らないようになった。

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