第162話「死んでも」 ゲチク

 煮た血の腸詰を久し振りに食った。前に生で食って寄生虫にやられた奴の話を思い出して煮過ぎたが、美味かった。

 今年の初雪も少し前、枯れ草に雪が張り付く程度に積もっている。服の裏に毛皮を貼り付けるとやや暑く、剥がすと動いている内は良いがジっとしていると寒さが気になる。

「糞、兄貴!」

 ノグルベイは牛の糞名人。新月の暗闇でも臭いだけで篭一杯集めて来るのだから、日出後ならばちょっと拾って来いと言えば直ぐに充分なだけ篭に詰めて持ってくる。口笛で呼び寄せているんじゃないかと思うぐらいだ。

「こっちの寒さは何か身に染みるな」

「そうかぁ?」

 ちゃんと乾いた牛の糞を燃料に焚き火を強くする。湿っているか乾いているかも良く見分け、嗅ぎ分ける。

「北海の湿った風のせいかな」

「そうなのかぁ?」

 こいつに喋っても仕方ない。

 増した火力でお湯を作って、牛の乳とお茶を混ぜて飲む。ハイロウにいた頃はお茶なんか毎日飲んでいたようなものだが、オルフでは売りに出されず王の下賜品扱いにされるぐらい貴重。もう少し南のレスリャジンの領域にまで行くと一気に安くなるそうだが。

「同席させて貰って?」

 エデルトはあくまでもランマルカとは直接開戦はしない方針なのだが、義勇兵を派遣している。我がゲチク名称独立混成旅団に対しても人狼と自称するキャレルの部隊が充当されているが、それとは別に特別凄い砲兵がわざわざ支援をしてくれる。わずか砲十門を扱う一隊なのだが。

「どうぞ、ベラスコイ元帥」

「失礼します」

 焚き火を挟んで向かいに座ったのはエデルト親衛総軍第二軍司令、シルヴ・ベラスコイ元帥。その一隊の長だ。元帥号のくせに引き連れている兵が千以下だ。

 元帥は先の大戦でのセレード戦線でも、イディル王の侵攻時のスラーギィ防衛線でも目立って活躍。大小を合わせた大砲の撃破数が千に迫るとか、冗談にしても大袈裟な数値を聞いている。

「支援砲撃をしていただけるとのことですが、連携訓練をする暇もありませんな」

 攻撃当日に合流したのだから、何とも嫌がらせと受け取っても良いのではないか。

「これでも転戦しておりますので、ご容赦を」

「なるほど。こちらとしては先に出て陣地制圧などをして貰ってから下がっていただいて、後は任せて欲しいのですが」

 味方に背中から砲弾を撃ち込まれると相当に攻撃を続行する気力が失せる。敵の十発より味方の一発が根性には堪える。誤射しないようにする配慮が精一杯だろう。

「ほとんど味方には当てませんので、私の砲撃中でも全速力で前進して結構です」

「セレードの肉挽き器のお噂は聞いておりますが」

 自信があるのは結構だが。

「前より凄いですよ。練習したので」

 魔族の凄みか、目を見ただけでやってくれると思えてくる。それでも流石に信頼し切るのは怖い。噂だけで知らん相手だ。

「練習ですか」

「先に陣地制圧をしましょう。それから前進中の支援もしましょう。まずはご覧になってから判断して下さい。始めにやることは変わりませんよ。後はそちらが男を見せて下さい」

 シルヴ元帥は、手持ちの酒瓶から酒を少し焚き火に垂らして炎を一瞬大きくさせ、火に酒を捧げた?

「出来ることだけしましょう」

 そう言って立ち去った。視界の外へ消えるのを待つ。

「女みたいな声しやがって、男を見せろだ? 髭も無ぇオカマ野郎が」

「兄貴、女の匂いだったぞあのエデルト人」

「女?」

 胸もケツも魔族になって無くなったのだろうか。かなり身体に変化が出るとは聞くが。

「それは悪いことを言ったな」


■■■


 各隊を攻撃配置につけ、各聖職者に祝福や祈祷をさせて士気を上げさせる。

 ウォルフォ川を渡河する。渡河地点は浅瀬で水面から出た岩が多く、また落とされているが前は橋があった場所。橋脚部分は中州のように陸地になっている。対岸には人が住んでいない廃部落がある。

 我が方の河川艦隊は他の場所で別の渡河作戦をしていると推測される。情報ではなく推測。全面攻勢に入るとだけ聞いている

 敵の首都ザロネジは、川越しとはいえ最前線に位置する。マフダール大将軍からオルフ全土の詳細な地図を見せて貰う機会があって、そこに突っ込まされるのかとヒヤヒヤしていたがそこは狙わない、狙えない。

 狙えないのはランマルカの艦隊が湾内にいて接近出来ないからだ。何でも、世界が潰れるぐらいの艦砲射撃でどれだけ大軍を突っ込んでも挽肉にされるとか。更に地形的にも西側からだと隠れることも出来ない地形らしい。

 狙うのは別目標。北の、ランマルカより補給物資を直に受け取る沿岸部から内陸拠点を孤立させる目標を狙う。

 具体的には鉄道輸送網を破壊して敵の補給路を断つ、と聞いている。蒸気機関車という、湯気で風車みたいに歯車を凄く回して、それで特大の荷車の列を動かす機械が専用に通れる道が鉄道という、らしい。

 北部始点ザロネジから鉄道は始まり、南のパルヤオラフで分岐。そこから更に南、南部終点ノルザルキーへの鉄道は建設途中で、東部終点フーヴェルキーに到達するところまでが運行中。道にしてはどうにも狭い範囲しか開発出来ていないようだが、内陸にまでザロネジ湾が食い込んだに等しい能力を発揮しているという。何だか分からない話に理解し難い話が合わさって良く分からん。

 南部と東部から帝国連邦? レスリャジンの大王が攻撃を仕掛けるから抵抗圧力は弱まるはず、らしいから前よりは状況は良いと聞くが。

 軽歩兵中隊百名を先行させ、可能な限り川辺に散開。川辺で警備中の敵兵を狙撃しつつ、注意を反らす。

 軽歩兵が散開して狙撃している間にシルヴ元帥が手勢の砲列を並べる。アッジャールの攻城重砲程ではないが大型の大砲だ。

 対岸には人民解放軍の防御陣地。川岸から少し離れたところにあって、二千に届くかどうかの守備兵を有すると情報部から聞いている。大砲も複数設置されており、中でも通常の大砲より射程が五倍以上あると聞くランマルカの施条重砲が二門もある。それと対岸に見えている廃部落とは、道が繋がる程度が簡単に連結した作りのようだ。

 他所での攻勢があれば警戒が増して防御が固くなる可能性がある。長く対峙して策を練る時間も無い。

 わざわざ、渡り易いが敵の防御陣地がある地点を攻撃するように指示されている。失敗したら失敗したで陽動作戦に落ち着かせる心算だろうか? マフダール大将軍が手の内を全て味方に晒すことはしないようなので分からない。

 対岸から大きな砲声、そしてシルヴ元帥が小銃を空に向けると、空中で爆発。砲弾を撃墜したようだ。小銃からは銃声も銃煙も上がっていないが。

「何だありゃ?」

「シルヴ元帥は銃と大砲の名手で、それに魔術を加えて更に高度な技を使うと聞きます」

 知恵袋のタザイールが解説する。東には天政無双のルオ・シランみたいな恐ろしいのがいたが、西は西であんなのがいるのか。

 それからもシルヴ元帥は、助手が銃弾だけ込めた小銃を繰り返して受け取りながら、音も無く敵の砲弾を撃墜しつづける。

 そして敵の砲撃が一段落したところでシルヴ元帥の一隊による砲撃が開始される。

 突破口を開く十門による遠距離射撃だが、奇妙なものだった。

 発射準備が整った大砲の砲身にシルヴ元帥が手を乗せ、その乗せた状態で大砲に点火がされると砲声も砲弾の飛翔音も甲高く、敵の防御陣地に着弾する。

 次々にシルヴ元帥は別の大砲に手を乗せ、乗せられた大砲が点火されて高い異音と共に砲弾が発射される。目を凝らせば、敵防御陣地の上空まで飛んだ砲弾が急激に垂直落下しているように見える。たぶん。自分の目がおかしくなった。

 発射されているのは鉄の塊の砲弾だ。形状は球形ではないドングリ型である。

 それからも異様な着弾を目にする。敵防御陣地の南側で土埃が上がったと思ったら一気に反対の北側まで内部を掻き回しながら抜ける。

 大砲の先を強か蹴り、普通は上がる筈の無い砲身を跳ね上げ、折りよく砲兵が点火。空中で敵の砲弾を破壊し、次いでに放ったその敵の大砲へ直撃させる。

「嘘だろ?」

 人間の技じゃない。魔族なんだが、元人間のする芸当ではない。

 タザイールに口を手拭いで拭かれ、口を上げて涎を垂らしていたことに気付いたぐらいだ。近い将来、大砲の女神として崇拝されかねない。

 砲撃だけで敵陣地の征服は不可能。迂回して、川を泳いで渡河した騎兵が側面陽動を開始する。

 タラン族のミンゲスの騎兵連隊に使える騎兵五百を全て託した。将軍である自分の護衛なんかに回す余裕は無いと判断した。強い弓も使えない少年に騎兵もどき混じりだが、そこは騎兵銃や旗を持ったり、荷物持ちに替え馬を管理する。

 騎兵による直接攻撃は自殺同然なので、敵の視界内で側面や背面をうろついて嫌がらせだ。期とあれば突撃するが、それは最後。望むのは敵が逃げ出した時の追撃だ。

 エデルトの人狼キャレル率いる、エデルト義勇兵連隊一千が整列もそこそこに第一陣で突っ込む。船も筏も遅いから要らぬと裸になって川に飛び込んで、銃を水面から高く掲げて泳ぐ。

「ヴァルキリカ女神に血を捧げるぞ!」

『ヴァッキッカァ!』

 その内の歩兵砲部隊は川辺に展開し、対岸の川辺に出てきた敵兵を砲撃し始め、そして最低限の砲手を残して残りも川に飛び込んで突撃に参加。

 対岸の川辺と、大砲こそないが拠点化された廃部落から敵兵による射撃が行われ、水面が弾かれ、泳いでいるエデルト義勇兵が北の下流へ向けて血と共に流れ始める。

 シルヴ元帥の砲撃で敵が弱っているのは見て分かる。敵防御陣地からの砲撃が一切無いことから明確だ。

 廃部落の方も突撃支援の砲撃が一つ、二つと撃ち込まれて沈黙し出す。しかし砲撃だけでは死にきらないのが敵兵である。

 川辺の敵兵を殺し、瞬く間に制圧した廃部落から防御陣地に攻め上がるエデルト義勇兵連隊は蛮勇的ながら勇壮。だが敵の防御陣地は土を盛った、背は低いが砲弾では破壊不能な程に分厚い強固なものだ。

「血を捧げろ! 血を捧げろ! 血を捧げろ!」

 大上段に剣を上下に振って、廃部落から逃げる敵の背を切り刻みながら裸のキャレルが絶叫して驀進しているのとは対照的に、多くのエデルト義勇兵が最新火器装備の敵兵の猛烈な射撃に死にまくっている。

 小銃は種類によるようだが、通常の二、三倍の速度で撃ち出したり、普通は当たらないような距離で命中させ、あの斉射砲が大量の大口径弾で狂気的なエデルト義勇兵を何十人も一挙に引き千切る。ほぼ薙ぎ倒されるという表現に近いぐらい、常に倒されている。

 極光修羅ヴァルキリカ女神の聖職者とは戦士と同義で、戦いこそが儀式。血を厭わぬことが教えであるらしい。

 その教えに恥じぬエデルト義勇兵の前進ぶりであるが、余りにも血塗れ。後退もせず、伏して隠れもしないのだから尚更だ。連射速度の早い小銃に斉射砲によってバラバラにバタバタと殺され、あっという間に目減りしていく。

 次に軽歩兵中隊に、懲罰連隊千二百を前進させる。

 軽歩兵中隊と懲罰連隊は手製の筏や徴発した小船を使って川を渡る。エデルト義勇兵連隊が血塗れの的になっている隙に渡るのだ。

 敵も捨て身で突撃するエデルト義勇兵の射殺に躍起になって川へ射撃をするどころではない。アレを懐に入れたいと思う奴はいないだろう。

 小船と筏は対岸に渡ったものや川に留め置いたものを綱で繋ぎ、順次船橋に形を整えていく。工兵や元船乗りに作らせている。

 言葉も分からぬ蛮人と思っていた石斧野郎が一番働いている。熟練の船乗りのような綱捌きを見れば、水上では別格だ。誰かがランマルカ人の生き残りかもしれないと噂していたが。

 次に擲弾兵中隊四百と砲兵大隊を渡河させたいが、擲弾兵を小船と筏で先行させる。

 船橋を繋げる作業はまだ完全ではない。まだまだ川の中に入って綱を両岸に渡している。

 この渡河を邪魔されぬために攻勢は緩めさせない。軽歩兵中隊がエデルト義勇兵の突撃を補強するように、散開して物陰に隠れながら参加する。そして死屍累々となったエデルト義勇兵連隊を乗り越えて懲罰連隊が戦列を作って前進。

『ウラー! ウラー!』

 当然だが、懲罰連隊の戦列も銃撃に薙ぎ倒される。流石に撃ち過ぎて武器が故障したか、シルヴ元帥の砲撃支援で消耗してきたか、両方か、銃撃の激しさは衰えてきている。それに加えて軽歩兵達も狙撃で敵の射手を一人一人始末している。

 それでも密集横隊形を取る懲罰連隊の死に様は激しく、虐殺どころか屠殺の様相だ。

 従軍司祭がほぼ倒れた時点で激しい殺戮に耐えられなくなった懲罰連隊は戦列を乱して逃げ始めた。ウラーではなく「ウワァ!?」と情けない声を上げる始末。

 だが砲兵大隊が船橋を渡り、敵防御陣地に対して砲列を並べる時間は作った。

 シルヴ元帥の砲撃には負ける威力だが、しかしそれでも近距離から直射で砲弾を送って敵の防御陣地を抑える。

 一層攻撃が弱った敵の防御陣地へ、直接砲撃支援を受けた二個擲弾兵中隊が縦隊突撃で進む。

 そしてウランザミル歩兵連隊一千が船橋を渡る。残る補給隊も渡らせる。

 擲弾兵がついに敵の防御陣地、要塞へ突入を開始した。

「神に仇なす悪魔を殺せ! ウラァ!」

『ウラー! ウラー!』

 銃声に投げ込んで爆発する擲弾の炸裂も混じってきた。

 この状態で敵兵がこちらを見ているかどうかは分からないが、この姿を見せることが決定打に繋がる。あれだけ撃って殺して前進してくる敵がまだやってくるのだ。やる気の失せようは底無しだろう。

 合図の鏑矢を天に向かって放つ。

 ミンゲスの騎兵連隊五百が角笛を鳴らしながら防御陣地への前進を開始した。

『ヤー! ゥラッ!』

 騎兵が土の壁を乗り越え、そして程なく防御陣地の人民共和国の旗が降ろされてアッジャール朝の旗が翻った。

 そしてシルヴ元帥の一隊は早くも撤収作業に入っており、防御陣地の征服を確認した頃にはもう南下して違う戦線を目指していた。まるで朝飯前と言わんばかりに、挨拶の手間も惜しいと背中が言っている。


■■■


 死傷者の数をまとめる。敵の捕虜だが、こちらの部隊に参加するならキャレルの連隊に懲罰兵のように参加させ、他は邪魔なので戦って死んだと見えるように処刑。

 エデルト義勇兵連隊の死傷率は九割九分である。

 七割死亡。即死、間も無く死亡、治療の見込みなしで刺殺。

 二割九分が負傷。復帰不能が一割、長期復帰不能が一割、何とかなるのが九分。

 残り一分は泳ぎが不得意で戦場に間に合わなかったとか、頭打って気絶しただとか、キャレルみたいに運良く元気一杯だったとかだ。

 エデルト義勇兵連隊の残りは一割だ。百名程度にまで減少だ。

 懲罰連隊は途中で逃げ散ったおかげかあの惨状の割りには生き残り、損耗は四割に留まった。良いか悪いかは別としてだ。連隊旗を没収。捨てた勇気を拾うまで返さない。

 また連隊長は解雇。キャレルがそいつを女神への生贄に捧げた。懲罰連隊はエデルト義勇兵連隊に編入。人狼共を下士官に監視させる。

 軽歩兵と擲弾兵の損耗も三割近くとなり、信頼出来る連中の死は痛い。

 騎兵も少し近寄っただけで撃たれて戦闘不能になった者が出ている。

 この小競り合いやも知れぬ戦いで約千五百名、既に兵力の三割近くを失った。

 負傷者は後送して、敵の武器は奪って素早く進む。破壊したランマルカの重砲は修復出来たら良さそうだと思ったがそんな暇はなくのんびりしていられない。また砲兵大隊の攻城重砲などの特大兵器は残置して進む。渡河する時点でも重すぎて運ぶのを諦めていたのだ。邪魔な物は困る。

 ここは既に敵勢力圏内。どの方角から敵軍がどの程度の規模でやってくるか分からない。素早く、鉄道という道を無効化するのだ。凄まじく効率の良い車が走るその道だ。


■■■


 オルフ人民共和国の勢力圏内をほぼ単独で、独立して浸透する。

 軽傷と思われたが傷が悪化した者の一部が落伍し、下った元敵の脱走兵はエデルト義勇兵の生贄に捧げさせたりして兵数は微減。敵から奪うことを前提にした食糧は目減りして荷車を引く家畜の一部に手をつけるぐらいに歩いた。

 まだ渡河して四日程だが、田舎の村や部落には人に家畜がおらず、略奪する物もありはしない。家の床を剥がして胡瓜の塩漬けを発見した奴が一人いたぐらいか。

 鉄道というものがあるとされる方角へ、気温こそまだまだ温いが雪に吹かれながら進んでいるとそれらしい道? を見つけた。

 一定間隔で枕木が横たわり、道を補強して平らに近くしている。その上を鉄の線がどこまでも、一定の長さで接続されて滑らかに続いているのが分かる。この線、軌道と呼ばれるものの上を車が走るらしいが、良く分からない。この鉄は邪魔ではないのか?

 この鉄道、叩いたり掘ったりしてみたが壊すのには一苦労だ。鉄の線は頑丈で叩いて壊れる代物ではないし、枕木に固めた盛り土を崩すのも時間がかかる。壊しても修復も素早そうで、軌道も一定間隔で分解出来るようになっていて、予備があれば簡単に付け替えれそうだ。一挙に爆破したいのだが手持ちの火薬も無限ではない。もっと致命的な部分を爆破するのに使うべきだ。

 置石という、軌道の上に石を山盛りにしておけば充分妨害になるという話なので、子供の悪戯みたいに石を置きながら進む。時々石の代わりに糞を垂れてる奴もいるが、まあいいだろう。石以外にも倒木も置いていく。この悪戯が目的ではないので先を急ぐ。この程度の妨害の排除作業なんぞ直ぐに終わるだろう。

 鉄道沿いに南下する。目指すはこの先にある軍事都市パルヤオラフ。以前は田舎の村程度だったが、ザロネジとイーゲリ=ノルザルキーの中間地点にあって、オルフ中部の物流の中心フーヴェルキーへ接続するのに丁度良くて軍事都市化したらしい。この鉄道を活かすために都市は平地にあり、攻め易い地形ではあるらしい。


■■■


 狙うべきとされている目標の一つが、川を跨ぐ鉄道の橋だ。その一つを斥候が発見。防御塔があって守備隊がついているが小数である。

 軽歩兵を先に前進させて敵の注意を反らしに行かせる。

 門数は減ったが砲兵を配置する。しかし敵の長射程銃が早くも狙撃で、これ見よがしに砲兵の頭を吹き飛ばし始める。軽歩兵が行動する前にやられた。

 次に予備兵力に騎兵を離れた場所に展開させ、キャレルの歩兵連隊に縦隊突撃の用意させる。砲兵隊が今回は囮になってしまった。

 軽歩兵による射撃が始まり、砲撃の準備が整った砲兵が防御塔を砲弾で崩す。

 そしてキャレルを先頭に再編した歩兵連隊が縦隊で突撃を敢行して防御塔を呆気なく占領。

「あ? 何の音だ?」

 五感が獣のように良いノグルベイが何かを聞きつける。

「フォッフォッフォ? ボッボッボッ? 兄貴、聞えないか」

 指摘されてから少し、変な音が聞え始めている気がする。地鳴りもするような、地震?

「ああ、何だ?」

 音に気を取られてあらゆる想定をしなかった。

 白煙を吐く巨大な黒い鉄の車列が全速力の馬か、それより早く橋の手前へ現れた。そして巨大な笛? が鳴って、金属が大きく軋む音と共に車列が停止。車の屋根の上には敵兵、火器、土嚢が並ぶ。

「散開! 散開しろ!」

 思わず怒鳴りながら、鏑矢を三本立て続けに天に放って撤退の合図を出す。

 ミンゲスの騎兵連隊は機敏に反応したが、後退の意志が薄いキャレルと義勇兵に、それに監督される懲罰兵は車列に突っ込もうとするが、猛射に薙ぎ倒された。

 屋根の上から小銃と斉射砲、車の銃眼からも激しい銃撃が加えられて近寄るどころではない。

 砲兵が砲弾を車に当てるが、とてつもない重量で鉄製なのか弾かれしまう。

 車列に混ざる、砲台のような車にある砲身を旋回させる大砲が火を噴く。近寄っていた歩兵が音で吹っ飛ぶ火力で、命中した砲兵の半分が一気に、弾薬への誘爆も合わせて吹っ飛んだ。

 しかもこの敵の大砲、鈍重というわけでも装填が遅いわけでもなく、第二射を行って逃げるかどうか迷っている砲兵の残りを砲撃で吹き飛ばし、射角を少し変えて何とか車列にとりつこうとする歩兵達を直接射撃で吹き飛ばす。

 こんな怪物相手に出来るか!

 撤退しようと思う。しかしエデルト義勇兵や懲罰兵の生き残りが、車列に取り付いて登っているのだ。

 ここで車列の先頭――あれが車を牽引する機関車か――が白煙を一層大きく吐き出し、車列が前進を始める。逃げている?

 天に向かって鏑矢を一本放つ。攻撃の合図だ。

「ウランザミル!」

「はい!」

「橋を爆破して生き残りを手当てしろ! こっちは騎兵でアレを追う!」

「橋の爆破、了解しました!」

 馬を走らせ、撤退して戻ってきたミンゲスの騎兵連隊に手を振り、車列を追えと手で指図。鉄道の上を馬で走って車列を追う。

 軌道が、上を走る機関車と車列の車輪で揺れて不気味に振動して馬が怖がっている。余り深追いはできないか。

 最初の内は車列の後尾を目の前に、敵兵に向けて矢を放つことも出来たが、どんどん車列が加速して言って馬が疲れだす。馬の足が一番早いミンゲスがようやく車に追いつき、銃眼に槍を突っ込んで、折って「一人が精一杯かよ!」と悔しそうに叫ぶ。

 まだ車列の方では乗り込んだ歩兵達が頑張っている声や銃声が聞えるも、馬が追いつけない。歩兵達が死体になって車列から放り出されていく。

 列車が去った後には点々と死体が落ちていて。敵兵もいるが、大概はこちら側の兵士だ。

 死体に見える生き残りもいたが、車列から高速で落とされた衝撃のせいか大体は死に掛けだ。短剣でトドメを刺して回る。

 そしてあのキャレルも死体になって転がっていた、と思ったら起き上がりやがった。元から死体みたいな外見だから分からなかった。

「あの陸船、奪い損ねたぜ」

 そして起き上がったと思ったらまた倒れた。返り血塗れで分からなかったが、上衣を捲くると内臓がはみ出て、折れた肋骨が何本も突き出ていた。良く立ったな。


■■■


 エデルト義勇兵連隊と懲罰連隊はほぼ消滅。生き残りは各隊に吸収させる。

 儀礼的に生き残りに連隊旗を返してやった。これからはウランザミルの歩兵連隊に一本多く連隊旗が掲げられる。

 軽歩兵中隊も、班規模にまで減少。

 砲兵大隊も壊滅状態で、大砲がそもそも無い。歩兵として使う。補給隊の面々もすべて武装させて歩兵として使う。

 兵力は二戦目でほぼ半減だ。

 鉄道の橋の爆破に成功したので一応は鉄道の効果的な妨害をしたとして帰ることも可能だと思うが、最終目的であるパルヤオラフ、その中でも重要な施設である操車場を襲撃する。操車場はあの機関車、車列の停車場で、車の入換を行う大規模な施設らしい。人民共和国の交通の要衝、心臓部、大動脈、としつこくマフダール大将軍から聞いている。聞かされたという事は壊せということだ。

 パルヤオラフは元は田舎の宿場町。今は都市の規模になっているとはいえ、その周辺を囲むような村などは存在しない。

 攻撃の開始は朝にした。パルヤオラフの内部情報が無く、夜だと何が何だか分からないうちに迷って敵に撃ち殺される可能性があった。また操車場だけを破壊して逃げる場合も、夜間だと統率が困難で散り散りに逃げざるを得ず、敗残兵のようにバラバラなところをその後日に狩られてしまう。勝って敗残兵の如きにあしらわれるのは癪だ。

 勿論、パルヤオラフの陥落が可能であればそれに越したことはないが、流石に規模に対してこの兵力では無理だろう。大砲も無い。

 先ずは北側正面から堂々と、目立つようにウランザミルの歩兵連隊に戦列を組ませて待機。その西側、右翼にはミンゲスの騎兵連隊を配置。敵の注意を引きつける。

 警鐘が鳴って敵が部隊を街から素早く出してくる。襲撃は予測済みの素早さ。その部隊は歩兵が中心で、その中には防盾付きの斉射砲と軽砲が混じる。正面から撃ち合ったら絶対に負けそうだ。

 そしてこれに加え、砲台のような車だけをつけた機関車が街中から防御のために出てきた。これは、長く持たないな。

 パルヤオラフの守備隊が前進を開始。鉄道の動く砲台の大砲が火を噴き、兵を砕いて着弾して爆発して破片と死体片を撒き散らして被害を広げる。

 動く砲台に対しては騎兵を差し向けるしか距離的に有り得ないが、支援無しに突撃させることは無謀。

 ウランザミルの歩兵連隊を前進させる。パルヤオラフの守備隊と正面からぶつかるように。

 ここで夜の内に西側に伏せさせていた補給隊と砲兵を合わせた応急編制の歩兵部隊を鏑矢の合図で出す。従軍司祭を固めて勇気を出させている。

 パトロが先頭を切って手鐘を鳴らし、他の聖職者も士官のように前に立って祝詞を唱えながら出る。

「兄弟達よ。救世神の到来まで、麦のように踏まれても耐え抜け。耐えた先に楽園が待ち受け、挫ければこの地獄に囚われる。布のように団結せよ!」

『ウラー!』

 鉄道のある西の方角からの攻撃だ。車列の攻撃方向はそちらへ向けられた。

「英知の言葉、つつしみて聞け。我等は安寧を神に祈らん」

『ウラー!』

 車の数は少ないものの、猛烈な射撃が応急の歩兵部隊へ向き、大砲の放つ榴弾が集団をまとめて吹き飛ばす。

「互いに各々を、並びに我等の命を神に託さん」

『ウラー!』

 攻撃を彼等が引き付けたところでミンゲスの騎兵連隊を突撃させる。

 狙うのは動く砲台。彼等には爆薬を持たせてある。

 パトロの祝詞が聞えなくなった。陽動の伏兵はもう、立つ聖職者もいなくなって散り散りに逃げ出し、背中を撃たれている。逃げ出した連中がこちらの本陣に向かっているのがまだ救いだろうか。

 騎兵突撃の期を間違ったか、そもそも無かったか、射撃目標を変えた機関車と動く砲台が騎兵を撃つ。人以上に的の大きい騎兵はバタバタと撃たれて倒れる。持たせた爆薬を何とか動く砲台の足元に投げ込んで爆破した者もいるが、大した効果も無く、生き残りが逃げ帰ってくる。

 守備隊と正面からぶつかったウランザミルの歩兵連隊だが、射程外から防盾付きの斉射砲と軽砲の射撃を受けて戦列が欠けた櫛のように歯抜け。どこまで持つか。

 合図の鏑矢を天に放つ。

 東側の森深い方角から腕に覚えのある擲弾兵と軽歩兵、これにノグルベイと石斧野郎等を加えて連中をパルヤオラフ内に突入させる。我々は陽動だ。

 皆殺しと代償に成果を上げられるかどうか……橋の爆破で撤退するべきだった。あの損害ならば理由になった。

 ウランザミルの歩兵連隊も逃げ帰ってきた。兵の一人が、両足が千切れて死んだウランザミル本人を担いで持ってきた。

 パルヤオラフの守備隊の一部が街の方へ引き上げていくのが見える。これでは陽動もあまり意味を成さず、突入部隊が危険だ。

 騎兵も、負傷者だらけの聖職者――パトロの姿は無い――に、補給隊と砲兵の歩兵もどきも逃げ帰ってきてここに集まった。

 攻撃失敗だ。これ以上は無理だ。

 血塗れでくたびれた、何とか生き残った兵士達が馬上の自分を見上げる。責めているのか何なのか、視線は一点、自分だけだ。

「皆、俺が判断を間違った。後退しよう」

 今、パルヤオラフの中から声と銃声が聞えている。彼等は救う方法も、何も無い。何とか自爆するように敵の操車場を破壊してくれることを祈るしかない。

 どこで間違ったのか。逃げるかどうか以前に、背中をこいつらに刺されそうだし、今はそれを避ける気力も怪しい。

「将軍、やってやります!」

 若い、少年みたいな兵士が言った。

「何だって?」

 聞き間違いか?

「ここまで来たら死んでも成功してやります!」

 腕を撃たれて血塗れにぶら下げている兵士が言った。

「もう一度やらせて下さい! 捨てた勇気を拾いに行かせて下さい!」

「逃げた恥を、挽回させて下さい!」

「街であいつらが戦ってます! 一緒に死なせて下さい!」

 それぞれ、逃げ帰って戦意を失ったと思った連中がそう言うのだ。聞き間違いじゃないのか? 目が、何か詰まった感じがしてくる。

「行きましょう」

 肩を触るタザイールが言う。こいつら一体どうした?

「将軍が信頼する我々を信頼して下さい」

 生き残りの聖職者が言った。言われた。

 馬を降りて刀を抜いて、掲げる。

「隊列は組まなくていい。ついてこい」

 死ねず、逃げ帰った兵共を引き連れて、迎撃に出てきたが街に兵を戻して数の減ったパルヤオラフの守備隊目掛けて進む。

 左にいるタザイールが、右に拳銃を持って並ぶ。こいつが普段使う武器ではない。

 たぶん、敵の射撃に合わせて弱装のその拳銃で自分を撃って、大義名分を作って連れて逃げる気だ……そんなことしなくても敵の最新火器なら当たりそうだが。

 当たらぬ距離、安全圏が掴めぬ敵の斉射砲と軽砲と動く砲台の射撃を受けて進む。

 粉砕されて多くの生き残りが死ぬが、不思議と怖くない。

 血塗れの聖職者達がそれぞれに、それぞれの祝詞を唱えて進む。何か別の存在に昇華する儀式に参加している気になる。死んでも良いと思わされる。

 感化させ、洗脳する側の自分がそれに流されている。先ほどの兵共の言葉には泣きそうになった。

 守備隊の内、敵の歩兵の前列はしゃがみ、次列とその後列が立って小銃を構える。これでいくら生き残るか?

 派手にパルヤオラフから爆音、噴煙が上がる。突入部隊がやってくれたか?

 次に機関車が直撃を受けて横転、動く砲台も勢いに釣られて傾く。

 目の前の守備隊、一斉射撃の号令を待つ敵歩兵達が、その戦列をなぞるように砲弾で一挙に挽肉のように潰される。何百人も潰した砲弾は爆発せず、鉄の塊だ。

 優勢だった敵が一気に、若者から老人に変身したように萎れるのが見えた。

 麻痺気味の耳を働かせると、嫌に甲高い砲声と風切り音が鳴ってパルヤオラフからまた噴煙が上がる。爆発ではなく砲弾の単純な衝撃で建物や埃が吹き上げられているのだ。それも、不可思議な弾道を描いていくつもの建物を粉砕して。

 嘘だろ、シルヴ元帥か? 転戦しているとはいえ、今か!?

「全軍突撃だ! 勝てるぞ!」

『ウラー!』

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