第161話「内と外へ」 ベルリク

 ”暫定”帝国連邦の方針は現在、内と外への攻撃である。

 ワゾレ、バルリー方面への細やかな拡張続行。あの一帯には確定的な国境線が存在しないので、領有権は現状住民の中身で決まる。

 バルリーの地図だけで見れば、マトラ、ワゾレの大半があちらの領土ということになっているのでそこに隙がある。これから越境するのと、昔から内に居たとでは話が違う。謙虚さは重要。

 戦後復興は長い目で見ないといけない。我が軍が通過、略奪破壊に虐殺をした爪痕は非常に大きく、その痕を保安部隊が補助警察を引き連れ闊歩し、以前への復帰を防いでいる。

 部族は引き裂かれ、住民は入れ替わり、領主の顔も権利も義務も変わった。

 商人の顔ぶれも荷も変わったし、持っている金と買える品に売れる品も変わった。

 これらの変化に国民が慣れるまで、耐え切れずに暴発する連中が死に絶えるまで時間を要する。

 軍隊の再編も長く掛かる。新武器導入を視野に入れた再訓練は勿論手間だし、旧体制の部族的軍隊の解体から再編という作業には軍権を侵されることに反発して反乱を起こす可能性を孕む。

 結構、オルフなんぞに介入する余裕は無いと言えば無い。独裁的な権限が無かったら議会に鼻で笑われて否決されるような状態だ。

 裏の方針として、武器を与えて軍権も取り上げたり、非常に制限をして、武力蜂起を煽って反乱分子を炙り出す。暫定帝国連邦というあやふやな存在は国家として弱い。そこに国家の背骨たる軍事力を与えれば立ち上がる意志のある者は立ち上がる。自分達の精一杯の力を振り絞れる状態に酔って、精神力でどうにかなろうと思ってしまう。

 カイウルクには想定される反乱の鎮圧を任せる方向で、ジルマリアが総指揮を執る。反乱指導者候補の暗殺計画は既にいくつもあるが、巨大な拳骨で粉砕するような見せしめが更に必要なので暗殺は最終手段。派手で見せしめになるような暗殺なら優先しても良い。

 余計な仕事と見做せるようなオルフ介入は、略奪や虐殺が禁止ということで兵站に問題が生じ、大軍を派遣することが難しい。ということで今回は最小限の軍隊で陽動任務に当たる。

 ゾルブ、ゼクラグの師団、加えて砲兵指揮官ゲサイルの軍は連邦内での各訓練指導がある。開戦に先んじてヤゴール王国にて軍事演習を行ってオルフ人民共和国の軍を東へ引きつける役目もある。

 ボレス、ジュレンカの師団もワゾレ、バルリー方面への作戦を継続する。それから独立性と機動性の高い、単独で一戦線を支えられる軍の編制研究を行う。あの四人の師団はその攻撃的な軍に大規模拡張予定。次いで、総統直下でありラシージが代理指揮をする仮称親衛軍にも流用。

 カイウルクとレスリャジン部族軍は反乱分子の撃破の為の待機行動があるので除外。親衛隊一千だけは連れて行く。

 臣従した各地方軍は再編と訓練と復興でそれどころではないので除外。その中でもストレムのユドルム軍は東西の要から睨みを利かせるので除外。

 臣従した中でも忠誠心が高い旧アッジャール右翼側の軍等はヤゴールとオルフの国境を維持しながら、再編と演習。

 連れていけるのはラシージ直下の砲工兵旅団四千。訓練指導のために少し人数が抜けている。

 ニクール直下の東スラーギィ旅団四千。こちらは東スラーギィでの居住基盤確保のために少し抜けている。

 そしてイスタメル州軍から抜けた旧第五師団、三角頭の一個師団一万だ。

 これに親衛隊を加えて一千。先の戦いで生じた欠員は、各隊から集めた早めに死んで欲しい爺さん方で埋めた。まだ殺しきれていないのだ。年寄りは下手に死に損なうと老いて動けなくなる。

 それから細かい補助部隊を合わせて凡そ二万の軍で攻撃する。後方部隊は除外。

 後方支援はいつものようにナレザギーの会社。会社の規模拡大で大量雇用をしているらしく、奴こそ無限の人的資源を抱えているかのようだ。下手すれば、戦闘要員かはともかく、ウチの暫定帝国連邦より動員出来るんじゃないか? 農場持ってるらしいし。

 あと帝国連邦国歌がベルリク行進曲になることは事前に阻止した。あれだけは止めろとラシージに言ったら「何故ですか?」とあのラシージが、俺のラシージが初めて自分にお前何言ってんだよ? って顔をした。油断出来ん。


■■■


 戦場で常に心がけることは主導権の掌握。何をもって主導権の掌握とするかは状況次第で、今の状況下では奇襲攻撃で達成出来る。

 奇襲とするには敵の伝令以上の速度で、相対的に素早く進撃しなくてはならない。敵の伝令とは一般人、何か異常があったと噂や報告をしそうな者達も含める。尻に怪我をして逃げ出す馬だってその一種だ。

 伝令殺しの偵察隊を先行させ、次いで、情報部主導で商人に偽装した特別攻撃部隊を出した。

 スラーギィとペトリュクの境界線を示す関門はイスハシルとの戦いの後の条約により軽武装化されており、その条約を継承することで真っ当な国家であるとオルフ人民共和国は主張している。お行儀が良いことには好感が持てる。持つだけ。

 関門に駐留するこちら側の監察官が警備状況を逐一報告しているので丸裸丸見えの状態。特別攻撃部隊と偵察隊の狙撃で充分陥落可能。

 軽武装化に対応するために関門より北部に別の警備部隊をオルフ側は配置しているが、それも伝令の到着や定時連絡の途絶無くして行動は出来ない。存在しないと同義。

 本隊が関門に到着した時には少ない捕虜と、軍民混ざった多めの死体の山を積み、特別攻撃部隊の妖精達が手を武器を、千切れた敵の腕を振って出迎えてくれた。

「ようこそ総統閣下!」

『いらっしゃいませ総統閣下!』

「万歳三唱!」

『万歳! 万歳! 万歳!』

 その少ない捕虜、関門警備の高級将校達であるが、情報部出身の監察官が盛った毒で半死半生。呼吸は荒くて、脂汗が酷い。鼻を突っついても「あー」「うー」としか言わない。

「こいつら死ぬの?」

 屈んで視線を合わせ、監察官のほぼ人間と見分けはつかない耳――整形された――を掴む。

「解毒薬は用意してありますのでご随意に」

「情報を可能な限り吐かせて報告書にまとめろ。アッジャール朝に引き渡す前提だから廃人にはするな」

「了解しました」


■■■


 関門突破後の次の目標はペトリュク領、オルフ内にあってロシエ風の首都シストフシェ。イスハシル王が初めて統治した場所としてアッジャール朝では第二の首都と扱われたが、今はオルフ人民共和国の所有物である。

 シストフシェへの道は、以前にダルプロ川を氾濫させたとは思えないほど整っている。広大な湿地帯に手を加えるという作業の大変さは理解が出来る。あれから十年経ったか。歳を取った気分、いや、取ったな。

 関門同様、以前から道と駅、通りがかる村から町まで調べがついてある。我々の攻撃のために道を作っただなんて、オルフ人にはご苦労様と言いたい。更に我々の攻撃のために村や町では食糧が貯め込まれている。略奪は禁止だが、協力要請は禁止ではない。有り難いことだ。

 後方の補給部隊を置き去りに進軍して食糧に不足無し。非協力、攻撃行動のあった村に町は焼き討ち。いつも通りの生存者は目玉を抉り、健常者をわずかに残して先導役にし、逆らうとどうなるか周辺地域へ報せに行かせる。既に目を抉られていた昔の生き残りは……今度は顔の皮を剥いだ。

 同行するアッジャール朝の武官も――田舎者に同情する風ではない――文句は言わない。強く協力して貰った分の内訳を紙に書いて渡してやったら開こうとした口を閉じた。住民が食うに困らない最低限の量を残しているし、そしてアッジャール朝が補償出来そうな額にしてある。

 我が軍の行動は当たり前だが隠蔽出来る規模ではない。しかし偵察隊と追加した獣人騎兵が先行して伝令狩りに勤しんでおり、敵の目も耳も届かず、複数拠点が連携するような集団的な抵抗は皆無。

 点在する防御拠点となる城に砦や町であるが、榴弾を撃ち込めばすぐさま倒壊するような古い物、内戦の影響で既に損傷している物、補強改修も途中で放棄したような物ばかりで、ラシージの砲工兵の錬度ならば飯食う時間があれば破壊出来た。食事の後片付けをする時間があれば残存兵力を掃討し、騎兵で追撃出来た。時間が勿体無いので食事時間を砦攻略時にずらしたり、野営地構築の時間と合わせたりして節約した。

 降伏して捕虜に下った連中は契約に従って殺さないようにしているが、いつ後方を脅かす存在になるか分からないし、無駄飯食らいだし、速度を優先にする現状では弾除けに連れて歩くのも困難。既に監視役に部隊を一部割いて、今が一番忙しい保安隊から人手を出して貰っている状態。旧アッジャール左翼の連中がどれほど便利だったか再認識出来る。

 まあ、監視対象がいなくなることにより順次割いた一部の部隊は少しずつ戻って来ているし、保安隊も現地雇用の補助警察を増員することによって負担を減らして、より少数でより広範囲を掌握できるようにはなって来ている。

 反抗する者まで生かしておくという契約は結んでいない。でもやはり、少し脚を引かれる感覚がある。


  我等は無敗の人民軍

  その旗は腸(わた)に突き立ち翻る!

  暗闇でも、嵐でも、一時も休まず、

  我らは戦い続ける!


  命令せよベルリク

  雷鳴の如く、速攻を仕掛けろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  我等の勝利の大元帥

  その拳を振り上げ『突撃に進めぇ!』

  包囲下でも、野戦でも、閣下の側には、

  親分ラシージがいる!


  命令せよベルリク

  暴風の如く、鉄火を浴びせろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  我等が誉れの大遠征

  その銃(つつ)で敵に撃ち掛け滅ぼす!

  荒野でも、吹雪でも、銃剣を並べ、

  人食い豚のッ! 心臓へッ! 食らわせろ!


  命令せよベルリク

  災禍の如く、軍靴を進めろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  ・間奏


  命令せよベルリク

  行こう、盟友レスリャジン!

  我等は人民軍

  次なる戦場へェー!


  ・短い間奏


  我等に行けぬ土地は無し

  その足は血潮に濡れそぼる!

  未知でも、彼方でも、火砲を揃え、

  無慈悲に撃ち放て!


  命令せよベルリク

  烈火の如く、灰燼を降らせろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  我等の疾風(はやて)の大元帥

  その声を張り上げ『生か死か!』

  攻撃でも、防御でも、閣下の側には、

  四駿四狗がいる!


  命令せよベルリク

  天罰の如く、墓穴を掘らせろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  我等が不滅の大祖国

  その影で永久(とわ)に統べ守(も)り栄える!

  砂漠でも、都市でも、戦いとあらば、

  躊躇せずッ! 苛烈にッ! 撃滅せん!


  命令せよベルリク

  極星の如く、祖国を導け!

  我等は連邦軍

  全てを差し出そう!


  ・短い間奏


 『命令せよ、我等が総統閣下!』

 『行こう、一千万同胞諸君!』

 『我等は無敗、帝国連邦軍!』

 『次なる戦場へ行こう! 次なる明日のために!』

 『総統閣下万ざーい! 万ざーい! 万ざーい!』


 行軍中はベルリク行進曲が妖精達によって良く歌われる。最後のところは歌うのではなく台詞で、曲が指示する範囲内。完成した歌詞と楽譜が送られてきたということもあるが、当人としてはしつこい感じがするくらい聞かされている。

 歌い始めの度に「お兄様行進曲」とアクファルが背後からチクチク言って来る。

 ニクールでさえ「歌になるとは大したものだな、お兄様閣下。グゥククグホッホォウ! オォホゥ!」と笑いながら咽てた。

 おまけにニクールの旅団連中が自分のことを「オニーサマカッカ」と、そういう名前だと勘違いして呼んでくるのだからたまらん。糞、老いた犬コロめ。

 どうにも調子が出ない。八つ当たりしようとシゲを探しても、あいつは行軍にも戦闘にも足手まといなのでバシィール城に置いて来た。

 うーん、嫌だなぁ。


■■■


 シストフシェ攻略では偵察隊が最先行する。伝令狩りよりも情報収集を優先。

 伝令、斥候狩りには親衛隊と獣人騎兵を出して周囲を包囲、封鎖させる。

 攻撃する時間は夜間を選択した。偵察情報では、敵は何かに勘付いて警備を強化しているものの、南方から侵略を受けているとはまでは気付いていないそうだ。アッジャール朝からの攻撃を想定して、南方以外を重点警備している向きすらあると言う。

 現状を把握するに、組織的抵抗をする暇も無く攻略可能だ。

 夜間砲撃の弾着観測は夜目が利く獣人達が補佐する。

 砲兵による破壊射撃でシストフシェ南側城壁、塔、門、砲台などの固定目標を崩壊させる。

 同時に重火箭の一斉発射で都内を焼き討ち。火災だらけでは待機中の守備隊の集合、配分も困難だろう。建物を焼くよりも指揮系統を焼くことが重要だ。

 久し振りに徒歩で攻撃する。可愛い三角頭共と横隊組んで、無論先頭に立つ。隣には徒歩のアクファルに、矢筒持ちの妖精がつく。

「よお、お前らお揃いだな!」

「閣下と一緒ぉ!」

「あの日からお揃い!」

 三角帽子の旧イスタメル州第五師団の突撃兵だが、帽子の上に三角帽子の形が変わらないような兜を被っている。兜の顎紐用に穴を空けてまで装備様式が変わってもお揃いは維持したいらしい。

 愛刀”俺の悪い女”を斜め上に掲げる。

「全たーい……前進!」

 三角頭の歩兵横隊前進。陸軍攻撃行進曲の演奏が開始される。いつかはこの曲だけで敵が逃げ出すようにしたい。

 砲兵は移動弾幕射撃に移行し、我々の進む道を砲弾の絨毯で舗装する。敵の伏兵、罠を破壊することが目的だ。

 こちらの前進に合わせて弾幕射撃の着弾地点は前進する。

 砲弾が落ちたところはデコボコして歩き辛いが、隊列が崩れる程ではない。

 我々歩兵横隊は崩落した城壁に接近する。

 砲兵は侵入地点とその直背にあると推測される陣地への制圧射撃に移る。

 随伴工兵が崩壊した城壁周辺の制圧に悪臭弾を迫撃砲で打ち込む。

 天政軍から奪った装備からこちらで運用するに良いよう改造した武器だ。鼻も目もやられる悪臭が割りと直ぐに薄れるようにしてある。天政の薬量配分をそのままに使うと酷くて、薄れるまで時間がかかって突入どころではない。

 この時点で砲兵は追撃射撃に移行、射程を延ばして突撃地点の後方の建物、突撃の破砕を目論む部隊への攻撃移行する。

 ここで二種の火箭が発射される。一つは先ほども発射された焼夷弾頭搭載の大型火箭、重火箭。

 もう一つは照明弾が搭載された火箭。まだまだ信頼性に乏しいので多めに打ち上げられる。これは上空で分離した落下傘式の照明弾が時限式に着火して煌煌とした灯りとなって、ゆっくり落下する。

 重火箭の都内着弾直後を見計らって号令。

「突撃ラッパを吹けぇい!」

 突撃ラッパを合図に、自分とアクファル、突撃兵の横隊を先頭に、崩れた城壁を、梯子を瓦礫に乗せて階段にして突入する。

「突撃に進め!」

 それからは妖精達が喚声を上げる。

「殺せー!」

『おー!』

「一杯殺せー!」

『おー!』

「えーと、殺せー!」

『おー!』

 梯子はかなり重く作られており、複数人が乗って足場にしても簡単にズレることはない。

 抵抗する敵兵はほぼなく、砲撃で挽肉になった敵兵がちらほら目の端と足の裏で確認できる程度。辛うじて悪臭弾に目と鼻をやられてもがいている奴が居たら”俺の悪い女”で頭の天辺から顎下、顔だけを切り落とす。

 砲撃で耕され、火箭で焼かれた都内へ浸透する。

「突撃粉砕!」

『とっつげっき粉さぁーい!』

「突撃しては祖国のため!」

『祖国のため!』

「粉砕しては総統のため!」

『総統閣下万ざーい!』

 先行する突撃兵はとにかく道を前に前に進んで支配領域を広げる。目前に敵兵か住民の集団があれば拳銃を撃ちまくる。

 自分も、己が対峙するであろう人影があれば構わず拳銃で撃っている。

 アクファルも矢を人影あらば何なのか確認する間も無く放つ。先頭に立つ我々の先にいるは敵以外何もいないのだ。

「問題です!」

 目につく人間、敵兵も火災から逃げ惑う住民も構わず棘付き棍棒で突撃兵は殴り倒す。火災と照明弾の灯り程度では良く良く判別するのは、戦闘時には困難であるが。

「人は殴ると?」

 突撃兵の棍棒で、足を怪我した女を背負う男の頭が削られる。

「死ぬ!」

 もう一人の突撃兵は背負われていた女の頭を棍棒で砕く。

「不正解! 答えは、痛い痛い!」

 三日月斧を構えて突っ込んできた敵兵は死体の海となった道路で死体に躓き、殺到した突撃兵にたこ殴りにされながら「痛い痛い!」と叫ぶ。急所を外して手足だけを殴っているところを見ると、旧第五師団の妖精共はマトラ自治共和国以前からの、人間に恨み骨髄の古参が多いようだ。

 突撃兵達はそんな感じで半殺しの敵兵や住民を盾に作り替え、集団で小銃を構えて迎撃態勢を取る敵部隊に突っ込む。

「これ人間の家族だよ! 助けなくちゃ!」

「痛い痛いってこの人言ってるよ!」

 ワザとオルフ語で喋って悪知恵を働かせる奴もいる。

 夜襲の混乱で判断力が鈍っている敵の抵抗は散発的で、たまに部隊として固まっていても突撃兵が人間の盾で突っ込み、怯んだところで拳銃を撃ちまくってから棍棒で殴りこんで蹴散らす。人の盾は多少の銃撃なら受け止めてしまうので快進撃が続く。

 アクファルは自分からも離れるぐらいに動き回り、敵部隊の抵抗が激しい箇所を見つけたら矢の雨を降らせに行ったりする。

 こちらに続く銃兵が慎重に敵の在、不在を見極めながら支配領域を確実にし、死体、負傷者、死んだフリに銃剣を突っ込む。

 そして攻略困難と判断されたた防御拠点である建物を随伴工兵が爆薬で破壊するか、こちらで運用するのに良いよう改造した火炎放射器で中を焼く。

 敵兵が固まって篭城する高級宿屋があり、砲撃の被害も受けずに中々頑丈な要塞になっていて突撃兵だけ送っても蜂の巣になる有様だったが、突撃兵達が殴って泣かせた子供を中心に集めた人間の盾を使って囮になり、その隙に随伴工兵が火炎放射器で宿屋の窓を狙って燃え盛る液体燃料を噴射して注いだ時は盛大に悲鳴と火薬が誘爆する音が聞えたものだ。

「音の出る箱みたい!」

「びっくり箱?」

「オルフ歌劇場!」

『キャキャキャ!』

 若い妖精達、他所からやってきた妖精達とは格が違うな。昔は妖精達の顔を見ても何だか見分けがつかなかったが、最近だと年齢と出身と職業も分かるようになってきた。こいつらはこういうことをやって、やられてきた世代だ。

 都内には内堀があり、その内側にあるのはロシエ様式の城、名称はわりとそのままなロシエ宮殿。砲弾を浴びて形が崩れ、重火箭によって一部から火の手が上がっている。

 内掘はあって水が張っていても戦城の様相ではない。水棲植物や魚を飼って優雅に観賞するような雰囲気の堀だ。建物自体も見た目から分かる優雅さで、屋敷の延長線上にある物だ。出入り口も正面と裏の跳ね橋一つずつだけではなく、左右には石橋がある。ただし、石橋は爆破されている。

 シストフシェ中心部の宮殿の到着した後も突撃兵は都内に浸透させる。宮殿突入の部隊だけ留め置く。

「シストフシェ守備隊に告ぐ! 降伏せよ! 繰り返す、降伏せよ!」

 これに対して銃撃で返事が来た。奴等の銃の射程距離外だから返事だ。

「クソッタレ!」

 と、ちゃんとした言葉で返事も来た。

 随伴工兵の指揮を執っていたラシージを呼び、内堀を魔術で、土で盛り上げて埋めて貰う。

「そう言えばこんな芸当が出来たんだよな」

「前線でお見せするのは久し振りになります」

 銃兵にロシエ宮殿の内堀を囲ませ、牽制射撃を宮殿に繰り返し行わせる。量産型の後装式小銃の連射速度は凄まじく、窓を銃眼のようにして射撃出来る筈の敵兵だが撃ち返すどころではない。

 時々、かなり命中精度の良い銃撃が銃兵を撃ち殺すことがあるから、敵も古い銃ばかりを持っているわけではないようだが。

 随伴工兵が穴開きの木の板を土の橋に敷き、滑り止めの砂を撒き、穴に杭を打ち込んで固定。水を満たした堀から作った土の橋なので、ラシージの魔術でもどうやら部隊突入に使うには強度が不足しているもよう。

 突入に先立って、割れた窓へ擲弾銃が、宮殿の内側には迫撃砲で悪臭弾が放り込まれる。両火器は弾を共用にしている。

 突入支援用ではなく、制圧用の悪臭弾は薬量を増やして天政並みの酷いやつにしてある。咳、呻きが外からでも聞える。

 その隙に宮殿に近接した随伴工兵が爆薬で各所、城門や勝手口、窓が広くて壁の脆い場所を吹っ飛ばして突入路を開き、まだ数の少ない悪臭対応の防毒覆面をつけた突撃兵が突っ込む。

「シストフシェ守備隊に告ぐ! 降伏せよ! 繰り返す、降伏せよ! 諸君等の身柄はアッジャール朝オルフ王国はゼオルギ=イスハシルが保証するぞ!」

 そう、降伏すれば助かるぞ、と敵の耳と脳も狙う。

 銃撃での返事は無く、代わりに咳をして目と鼻に口から大量の汁を出して苦しむ人間が中から外へ連れ出され始める。


■■■


 シストフシェ降伏の夜から明くる昼。

 朝の仮眠の後、朝飯を食って堀に向かって、妖精達と並んで小便。女兵士も混ざってたので流石に、うおっ、とは思った。

 守備隊は降伏したが、傭兵雇用契約時の縛りで思うよう動けない。捕虜と敵味方も不明瞭な住民は酷い足枷だ。殺せば楽なのに。他人のために身内を危険に晒す行為が……ちょっと頭が痛いな。

 降伏後に反抗した死刑対象者は鹵獲大砲に――身体が大きかったら整形して――詰めて、別の死刑対象者を的に点火させる。こんな程度でどうにもならん。

 人間の死体を妖精がロシエ宮殿の周囲でバラして飾る。これはどうだろう?

「結んだよ!」

「何結び?」

「腸結び!」

「結び? 確かめてやる、引っ張れー!」

 結びが体液に滑って解け、中身が搾り出される。

「出たー!」

「解けた!」

「臭ぁい!」

「うんちくっさー!」

『くっさー!』

『キャキャキャ!』

 宮殿を収容所にして捕虜を一括管理中。こちらは現在、アッジャール朝の武官が王国軍に下るよう説得中。彼等の将来を決めることだから、話がされている内は反乱も何もないだろう。ただ油断しないで警戒はしている。宮殿の抜け道も潰してある。

 それから抜け道から脱走したシストフシェの高官達は包囲していた騎兵が殺すか生け捕りにしてある。

 皆大人しいわけではなく、問題は発生している。住民が集団で抗議をしに来ている。

 住民代表が先頭に立っていて、背後の集団は大人しく、割と統制は取れているようだ。

「我々をゼオルギ=イスハシル王の臣民とするならば、我々には生きる権利があります! 生きるのに必要な食糧を要求します!」

 ここまで生き残ってきただけあって過激な行動は取らず、王の名前を使い、主張するだけに留まって慎重ではあるようだ。夜の大騒ぎがあったというのにこの度胸は褒めてやれる。

 我が軍は宮殿が良く見える閲兵広場で物資管理のために集積して計量中。その中に含まれる、住民達の生命線である食糧を勝手に余所者が計量しているとなればそりゃ抗議もしたくなる。降伏後は休憩も挟まず、迅速に集積したのだから略奪の如きであった。

 そんな閲兵広場周辺は警備厳重。兵を密に設置して近寄れないようにしているが、しかし餓えよりは鉛の方が恐くないのだろう。経験則かもしれない。

「警告します! 直ちに”敵対示唆行為”を止めなさい!」

 抗議に対しては持ち場を担当する妖精の士官が対応する。話は通じないということなのだが、オルフ人は理解するだろうか?

 投石など”敵対行為”の場合は勿論無警告で攻撃が許可される。そんなことを彼等はしないが。

「我々を飢え死にさせる気か!?」

 敵対示唆行為という言葉を理解出来ていないようだ。回りくどいし、農民程度の教養だと母国語でも理解困難。困難な言葉を妖精達はあえて使っている気もするが、こいつらなら使ってるかもしれない。

「最終警告です! 直ちに”敵対示唆行為”を止めなさい!」

「お前らが死んじまえ!」

 代表ではない、激昂した住民の誰かが暴言を吐いた。

「”敵対行為”確認、構え!」

 妖精達が小銃を構え、撃鉄を起こす。

 マズいと悟って住民代表が両手を上げる。

「狙え!」

「止めてくれ!」

 しかし、最終警告時に抗議を止めなかったので処刑条件は満たされた。

「撃て!」

 閲兵広場全周に配置された妖精達が順次一斉射撃。銃声に悲鳴が重なって抗議をしに来た住民、通りすがりまで倒れる。

 各所に配置された大砲も発射され、銃弾に当たらなかった住民代表が砲弾に抉られて胴体が千切れ、貫通してまだ立っている住民も砕く。

 死んだ住民代表からあふれた、何か別の生物みたいな内臓が中身を散らす。それを一人の兵士が指差す。

「あ、くっさーだ!」

『くっさー!』

 妖精が皆で『キャキャキャ!』と笑い、笑いながら弾薬を再装填し、まだ生きていて、腰を抜かし、背中を見せ、這って逃げようとする住民を射殺する。

 妖精が一人駆け足でやってきて敬礼、返礼。

「総統閣下報告します! シストフシェ蜂起を確認しました。ご指示願います!」

「反乱軍の掃討開始」

「了解しました!」

 傭兵雇用契約時の縛りで思うよう動けない。略奪虐殺が禁止され、この程度のみせしめが精々だなんて馬鹿みたいだ。これは我々ではない。

 愛用の低い椅子に座って葉巻を吹かしていると、目を吊り上げたアッジャール朝の武官が騎乗したまま宮殿からそばまで駆けつけ、下馬するのも忘れて怒鳴る。

「これは何事ですか!?」

「シストフシェの蜂起と報告で聞いております。ですので掃討命令を出しました」

 閲兵広場を固める部隊は視界に入ってくる住民を射撃するだけだが、各所に配置されている他の部隊は動き回って銃弾と銃剣で掃討作戦を進めているのが、シストフシェ中、四方から響いて来る銃声と悲鳴で目を閉じてても良く分かる。

「まあまあ、怒鳴ってもしょうがないじゃないですか。でもくっさーって! アハハハハ!」

 エデルト側から派遣された武官、海軍情報部で馴染みのカルタリゲン中佐が笑いながら言う。

「笑いごとではありませんぞ! グルツァラザツク総統、今直ぐこの虐殺をお止め下さい!」

 ようやくアッジャールの武官が下馬する。礼儀に細かいことは言わない。

「中立が敵対になったから対処を変えただけです。我が軍の法に何か、干渉をしたいということですか?」

「何の法ですか!?」

「歴史の浅い伝統ではありますが、それに基づいた法です。詳しくは広報部の新聞でも、我々の行動をまとめた研究家の資料でも、そちらを参考にして下さい。反乱分子を生かしておいて、後方を脅かされながら作戦を進めるのは慈悲と何かを取り違えた間抜けのやることです。大軍を有するのならばもう少しやりようはありますがね。あと、苦情でしたら雇い主の方を通してくれませんか? 我々が契約したのはあくまでもエデルト軍なんですよ。そこにアッジャール朝の何かしらが関わっているのは理解しますが、配慮するとしたら雇い主側からの指示が無いとどうにも、対応しかねます」

「カルタリゲン中佐、どうか」

「流石に戦闘状態に入った敵と速やかに停戦しろとは言えないですよね。越権どころか内政干渉とすら受け取られる。情報将校の仕事じゃありませんし、そんな給料貰ってません」

 武官二人の口喧嘩が始まったので席を外し、物資の帳簿を眺めているラシージの隣へ行く。

「旧第五師団じゃあれだ。古参親衛師団って名前はどうだ」

「適当と思われます。周知しておきます」

「古い連中が多いか、やっぱり」

「イスタメル人共を恐怖させるには恐怖させる存在を置きました。それに一番を一番取りたがっていましたので」

 ラシージですらイスタメル人を言う時の目と声は、かなり近くで見慣れているのならば違うと分かる。

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