第158話「冗談に非ず」 ゲチク

  ある日救世神が降臨され、言いました。

  ”どちらか一方を勝たせよう”

  摂政ポグリアは言います。

  ”我々は敬虔な信者です。祈りを捧げます”

  ジェルダナ大統領は言います。

  ”我々は人民を救っています。神は不要です”

  神は言われた。

  ”では続けなさい”


「どういうことだ?」

「第一には神様も呆れるような戦争ということ。第二にそれからこの戦争が続けば敬虔な信者は増えて、オルフ人が救われるんだからそれで良いだろうと救世神が人死には関係無く判断した。ようは思考が人間ではない、まさしく神であるという存在の強調。第三には救世神なんて意味がないってこと、ですね」

「面白いか?」

「宗教知識というか、知識じゃなくて身に染みてないと分かり辛い、いえ面白く感じない、ってところですかね」

「まあいい。次」


  ”オルフ人が全オルフを統一する方法は?”

  ”異民族に征服されてから王朝を乗っ取る”


「聖ゼオルギ一世とやらはそんなことしてないんじゃないか?」

「最近のヤツですからね」

「最近だって統一してないじゃないか」

「分裂前は一つですよ」

「乗っ取ってないだろ」

「摂政ポグリアが王を殺して玉座を奪えばって感じですかね」

「それなら息子をこのまま王にしといた方が良いだろ」

「息子の目を潰して王朝簒奪をしたって女王は歴史に出てきますよ」

「そりゃあ女じゃねぇ」

「将軍だってやらんでしょ」

「俺の名前を出すな」


  ”エデルト人は海賊、セレード人は馬賊、さてオルフ人は?”

  ”分かった、蛮族だ”

  ”被害者だ”


「いまいちだな」

「捻ってませんね」

「エデルト人って海賊だったか?」

「王族の出自はランマルカ諸島部の海賊だったらしいですよ。王朝初期の収入のほとんどは略奪だったらしいです」

「詳しいな」

「冗談のついでに仕入れています。これが私の武器ですから」

「後でノグルベイのケツ掘っていいぞ。遠慮するな」

「勘弁して下さい。美少年ならまだしも」


  聖なる神と魔なる神がいつものように殴り合いの喧嘩をしていた。

  そこに救世神が間に割って入り、満足そうに昇天していった。


「ヘっ、こいつはいい」

「私が作りました」

「よくやった」

「笑わせれば話がたくさん引き出せるんです」

「でもこれ、敬虔な奴だとキレるだろ」

「皆、敬虔じゃありません。それにアッジャール系にはウケが良いんですよ」


  ある日オルフ大帝国が誕生した。

  エデルトを属国にし、セレードを滅ぼし、騎馬民族も奴隷にした。

  エグセン人とヤガロ人からは尊敬され、聖皇と魔神代理すらも毎年表敬訪問されるようになった。

  だが国内は統一されなかった。


「そうかぁ?」

「現実味が薄いですよね」

「あと長い」

「これはオルフ人向けですね」

「あぁ、納得」


  ”空の色は何色ですか?”

  神聖教徒は、”青”と答えた

  魔神教徒は、”天候時間帯で何色にでもなる”と答えた

  蒼天教徒は、”神様の気分次第”と答えた。

  救世教徒は、”神のみぞ知る”と答えた。


「何か納得いかねぇな」

「皆が納得いかない常識っぽい何かってところでしょう。これは反応を探るのに使えます。皆、反論しますからね」

「詐欺野郎」

「騙してはいません」

「”赤帽子”にはやられたけどな」

「あれは勉強になりました。考える余裕を、直接手を下さないで奪いました。小手先どころか大仕掛け、いやそれすらも何やら把握出来ません。これは過大評価で、実はかなり偶然が重なっただけかもしれません。あれは悔しい。筋肉馬鹿が釣られたとはいえ、いえあれも計算どおり? 考えたら負けで、考えなかったら負け、そんな気すらします。ぬぐぅ……いー!」

「まぁ黙れ。ほれ次」

「あ、はい」


  ”オルフで一番の猛獣は?”

  ”母熊”

  ”住処は?”

  ”ベランゲリ”


「何が言いたいか分かるが、面白いか?」

「これを言うと鍋で煮て食われるそうですよ」

「そんなことするかよ。燃料勿体無いだろ」

「そういう話じゃないですけど」

「要はつまらんってことだ」


  アッジャール人は一夫多妻らしい。普通の男で四人はいる。

  駱駝と羊に馬に山羊。


「四人じゃないよな」

「ちょっと変えますか?」

「今聞いてもどうもな」

「んー、出しどころも技術の一つですね」

 暇なのでタザイールが仕入れた冗談を、柵の内回りを散歩しながら聞いている。

 アッジャール朝への降伏以来、捕虜収容所に旧第八五連隊は丸々ブチ込まれている。降伏して直ぐに仲間に入れて貰えるとは思っていない。

 収容所での待遇は悪くない。死傷者が出たとはいえ一個連隊規模の人数へ充分な量の飯と、酔っ払うほどではないが飯食う次いでに飲む程度の酒が毎食出る。

 井戸が備え付けにあって、ある程度は使いたい放題。沸く量には流石に限界があるので、洗濯は三日に一度と言われている。やれと言わねば十日も着たままの臭い奴がいるくらいなので余り気味。

 収容所からは出られないが、日出から日没の間までなら自由に動き回れる。広場は運動場になっていて、今は相撲をやっている。ノグルベイはどうやっても負けないので、逆に相手にされないので暇をして寝転がっている。

 門のところで衛兵隊長に敬礼される。一々会う度にはしないが、用事のあるときにはしてくる。

「ゲチク殿、兄弟パトロが面会希望です」

「おう、また来たか」

「それから差し入れが届いております」

 門の脇には荷箱満載の荷車が十台ばかり。

「タザイール、暇人見つけて運べ」

「はい」

 聖職者達、特にパトロ爺さんが差し入れを定期的に持ってくるので良い生活をしている。酒やら、最近エデルトの方で流行っているとかいう砂糖菓子だとか、後ケツ拭く紙にするには恩義が感じられる聖典と、字が読めなくても楽しめるように工夫してある絵本。勿論神話物ばかり。本を贈って寄越す余裕があるとは金の匂いがしてやがる。

 衛兵隊長と衛兵に囲まれ、収容所の外にある教会へ行く。

 こっちでは坊主共は尊敬されている。イーゲリの亜神女大聖堂と違い、こっちの教会は小さいけれども小奇麗で穴など開いていない。扉は開放されたままなのは同じだ。

 教会の前に泊まっている馬車の御者も、護衛も騎兵も正にアッジャール系で、着飾りは派手だが武具はその通り。

 オルフ人の解放を謳う人民解放軍が宗教を弾圧して、オルフ人を従える異民族が宗教を擁護ときたもんだ。オルフ人共は何がしたいんだろうな。

 教会に入れば、髪も髭もザンバラに長い放浪者みたいな銀の預言者像の前で膝を突いているパトロがいた。汚れてしわくちゃで返り血塗れだった僧服は新品になっている。それがお出迎えの姿勢か?

 パトロ爺さんの隣に行って胡坐を掻く。

「収容所での生活はお変わりなく?」

 銀の塊に向かって手を合わせたまま、目を閉じたままパトロ爺さんが言う。

「変わらず食い放題じゃないが飯は湯気が立ってる。水も充分、飲んでも血便も出ねぇ。糞も小便も毎日回収してくれる。下手に外で暮らすよりいいぜ」

「それは良かった」

「毎度の差し入れ助かってる。待遇が良いのもあんたらのお節介だろ」

「神の声に従ったまでです」

「預言者パトロに格上げか?」

「内なる良心と言った方が分かりやすいですね」

「俺の内なる良心に訴えかけて改宗させるか?」

「そうしたいと思ったならば何時でも洗礼を致します」

「俺の神は俺だ」

「皆、そのように強くありません」

「じゃないと商売上がったりだからな」

「旧第八五連隊の処遇を決める人がやってくることになりました」

「誰だ? 俺が知ってるような人物か?」

「宰相閣下」

「冗談には聞えないが」

 アッジャール軍に下る話をしてくれる相手が来るまで待機していた結果、やって来るのが宰相とは何足飛びの話だ? もう少し適当な軍事責任者ぐらいいるだろうに。

 宰相は前王イスハシル専属の侍従一族筆頭のオダル。イスハシル誕生以来義父として、最大の補佐として、現王の義祖父同然に存在してきた重鎮中の重鎮。宰相以外にあえて肩書きをつけるのなら長老。アッジャール系、オルフ系が混在する諸侯をまとめ上げ、粛清することに尽力してきた人物。外向きよりも内向きの仕事で活躍してきた。戦争では常勝、だがその回数は少ない。

 ……というのが自分が知ってることに、タザイールが調べてきたことを合わせた情報。

「それだけ買っていらっしゃるということでしょう。紹介した私も鼻が高いものです。少し、いえかなりおっかなびっくりではあります。流石に」

「仕事は手早く確実最小限、って男か?」

「かもしれませんが」

 これは自分ごときじゃ一目で篭絡されるだろうな。構えても無理だろう。そのように仕込まれている気がする。そしてその場合、こちらにとって良い話に溢れているのだろう。


■■■


 パトロ爺さんに宰相の話を聞いてから一月余り。久し振りに馬に乗って、騎兵隊に護送された。

 前線となって久しい危険な首都ベランゲリではなかった。安全のために首都機能が一時移転されたヴァリーキゴーエ公国はアストル川上流、ハビガ山中のザストポルクでもない。エデルト=セレード連合王国との国境の都市、ザロガダン=ドゥシャヌイ公国のフレヴィシュト。

 アッジャール朝にとって現状では人民共和国、ランマルカに次ぐ宿敵と接する場所。敵と対峙するよりも時には困難な同盟相手と接する場所だ。

 会見場所はフレヴィシュト市内の旧冬宮。かつてはオルフ統一王ゼオルギ一世の冬宮で、対セレードの最前線。大物扱いされるようにしてきたわけだが、ここまでそうされると怖い気がする。

 オダルは老人らしい白髪なのに艶濃く、顔の皺は古傷混じりで深い。目も狙う猛禽。

 面を見て分かる。これは敵わん。

「随分と主を変えてきたようだな」

「イディル王は勝手に死にました」

「次は」

「次は私が主になって、その次の節度使サウ・ツェンリーは、良い線いってましたが状況が変わってあっちが主をやらなかった。見放したのはあっちです。ゾドル王も、やっぱり勝手に死にました」

「盗賊の理由を」

「盗賊はあれだ、盗られた分を返して貰いに行ってたようなものです。後は弱いのが悪いでしょう」

「ふむ。反乱軍は」

「人民解放軍はちょっと食わせて貰ってただけです。食い物が無くなったら縁切りですよ……で、あんたらはどうなんだ? 飯は出るのか? 武器は真っ当か? 何よりイスハシルの遺児は俺等の親父に相応しいのか? 世話もしないで柵の中で大人しくしていろと言わないな」

「何をどう歳を食ったらそんなになるのか聞きたいものだ」

「今言った通りです」

「お前は良い顔をしているな」

「ん?」

「勝って負けて、栄光も挫折も味わって、高く飛んだり底を舐めてきた。だが足が止ったことはない」

「見てきたみたいに言いますね」

「お前が欲しい。こっちに来い」

 言ったな。そいつは言われると分かっても弱い。

「世話をしてくれると約束したと見做しますよ」

「それで良い。それからゼオルギ=イスハシル陛下に対して無礼な発言は今後二度としないと誓って貰おう」

「俺はオダルの爺様、宰相の下なら良いと思いました。だがまだ面も見てない奴との間に誓いも糞もありません」

「道理だが待て。一存で会う会わない等と決められん」

「母熊が怖いか?」

「怖い方ではない。手続きをしっかりされているだけだ」

「噂じゃ息子に近寄る人間は鍋で煮て食ってるって聞いたぞ」

「アホ共の噂なんぞ聞いてどうする」

「確かに」

「お前程しぶとく、判断が出来て、そして容易に裏切る奴を知らん。最後のところが無くなればこちらとして何も問題はない。裏切らず、不利なら後退すれば良い。であるなら後退する先が必要だな」

「自分で言うのもおかしいが、難しい話をしてくれますね」

「そうか? 家族でもいれば違う」

「女でも紹介してくれますか? 今までの嫁さんは皆年寄りで不細工で、子供も産まないであっという間に死にやがった。今度こそは若くて美人なのがいいですね」

「そうか」

 オダルが席を立って、一時退室。そして若い女を連れて戻ってきた。

 女の顔付きは優しげで、緊張しているせいか強張っている。何だか普通の女という感じがする。

「どちら様で」

「シトゲネ王太后陛下である」

 アッジャールの処女太后。そして現王の世話を風呂食事、添い寝からおむつ替えまでしてきた乳母。乳は飲ませていないだろうが。

「冗談だろ?」

「酷いこと、言わないで下さい」

 太后シトゲネが俯き加減に、迫力の無い抗議の声を上げる。

「そんな顔、してますか?」

 複雑そうな上目遣い。部屋の外から話を聞いていた反応である。その顔は年寄りで不細工だなんてとんでもない。

「いえ、そういう事ではないんですが」

 宰相オダルめ、逃がす気は一切無いようだ。

「では何でしょうか? 言って下さい」

 しかし大物過ぎる。本人より背後が恐ろしい。

「可憐です」

「え……どうも」

 太后シトゲネが頬を赤らめ、宰相オダルが薄く笑う。

 これは政治の臭いがする。だが伸るか反るか、これ以上西に逃げるのは厳しいな。

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