第157話「巡行」 ベルリク

 信用出来る味方は得難く、信用が出来る敵は更に得難い。片や努力次第で発掘可能で、片や完全に天運地政に任せるしかない。

 龍朝天政より講和のための会談が申し込まれた。

 どこぞの王朝かどうかはともかく、名に天政と付けば信用して良いとの教訓が千年単位で得られている。そう歴史が教える。伝統の凄まじさを教えられる。

 申し込まれた時点の情勢はやや不安定なものである。

 スラン川を龍人が制圧したまま、北征軍が大量の増援を受けて体勢を立て直した。

 大量の捕虜を不具にして龍朝天政に送り返して兵站圧迫をした上で、焦土作戦にてスラン川以東を大軍が通過困難にした。

 ザカルジン王国が旧ラグト圏にある程度進出した。

 大内海連合州軍の動員体制が整った。魔神代理領の正規海軍が大内海に集結し始め、親衛軍の一部が北岸に上陸して橋頭堡を確保した。

 決して膠着状態ではない。龍朝天政は龍人という魔族もどきな兵隊でスラン川を制圧しているという点を除き、圧倒的に不利である。

 ハイロウよりスラン川沿い、イラングリの地方までは距離は遠く、兵站という鎖が無くならない以上はこちらが実施した焦土作戦によってその実質的な距離は更に伸びている。

 こちらは大内海を通じて実際の距離よりも遥かに兵站線への負担が軽く、そして現地の略奪分の物資でしばらく食い凌げる。おまけに大内海連合州軍だけではなく、魔神代理領中央の先遣部隊である海軍に、親衛軍の即応部隊の展開まで済んだ状態。

 会談場所は両軍の勢力圏の境付近の、何も無い平地。草の上に絨毯を敷いて、椅子と机を並べた程度の簡素な物。

 こちらからは自分ベルリクとシャミール大総督、それと魔神代理領の外交官にザカルジン王国の外相。あちらは北征巡撫サウ・ツェンリーとイラングリ王。双方、それに加えて秘書、伝令、書記などが最低限。イラングリ王とザカルジン外相については発言権はほぼ無いに等しく、魔神代理領の外交官に関しては中央に対する連絡役に留まる。

 相手は北征巡撫サウ・ツェンリー。ヴァルキリカ猊下よりは可愛さも迫力も劣るが、しかし常人ではない。シゲが首を取り損ねた敵の大将だ。

 北征巡撫とは今回の戦いで耳にしてきたが、具体的には魔神代理領の大宰相に準ずる立場。その役の上には君主代行の黒龍公主、そして君主の龍帝のみであるそうだ。その両者は魔神代理、魔神と比肩されるとのこと。北征巡撫の同列には、南覇巡撫、天中丞相がいるそうだ

 その姿形は以前と若干変わり、瞳孔は爬虫類のように縦に割れる。左目の下から顎に首に――衣服で見えぬがおそらく胸から下の方まで――縦の線で鱗が古傷を埋めるよう変色した皮膚が盛り上がるように生えている。喋る口を開けば左右非対称に、左の犬歯だけが肉食獣のように鋭い。この犬歯もシゲの刀が砕いた後に龍人化した際に変質したものだろう。強くなって戻って来やがったか。

「講和の内容を告げる。国境線をスラン川とする。川が氾濫で流れを変えた場合は、移住復興の時間を置いて、新しい流れを国境線とする。仮に川が消滅した場合は、消滅前の溝に沿って境界線を示す構造物を建設。水利権に関しては、灌漑設備等の流域を変更する設備の建造禁止。家畜へ水を飲ませる程度は考慮に値しない。支流に関しては、本流から見て西は魔神代理領の管轄、東はわが正当天政の管轄。支流を悪戯に拡張してはならず、灌漑設備を整備する場合は協議を要する。是非や如何?」

 天政式の、初めから割りと妥協して飲める講和内容の一方的な通告である。天政の講和案はあちらの法で作られた、思ってもみないほど、大帝国とは思えないほどに謙虚なもの。

 この講和案は妥当である。この大内海周辺事情だけで見ると随分と傲慢に思えるが、魔神代理領海軍伝いで新情報が入った。復活しつつある天政海軍が南大洋東側、タルメシャ周辺海域を押さえつつジャーヴァル方面まで進出しつつあるとのことだ。既に分裂状態のタルメシャの幾つかの小王国を冊封体制に取り込んだという。タルメシャへの影響力拡大を指導しているのは南覇巡撫ルオ・シラン。

 この南大洋方面の情勢を加味すれば、このまま講和をしないで戦争を継続すると北大陸を縦断する大戦争に発展しかねない。

 また魔神代理領中央と龍朝天政中央との互いの勢力圏を確認する会談の予定が組まれているというのだから、そちらを無視して事を荒立てるのは中央の面子を潰すことになる。

 我々――成立はしていないけど――帝国連邦単体の視点だとまだまだ戦えるのは間違いない。もっと先へ、ヘラコム山脈西麓まで出ても良いかもしれない。流石に西麓の領域まで維持するというのは厳しいので、そこまで進撃して虐殺、誘拐、略奪で巨大な無人地帯、不毛な緩衝地帯を作る心算ではあった。そのくらいはやれる。やれるけれど、現時点でスラン川以西までの獲得という領域の維持が可能な限界点に達した時点で終結に足る戦争目標が達せられたという判断が出来る。キリは既に良いのだ。

 この案を呑むしかなかった。開戦前の要求とも一応、合致する。大枠はこれで良し。

 修正、加える点があるのでまず自分から発言。

「ダルハイ山地はこちらの手にある。そこより極北までこちらは譲る気はありません。スラン川源流以北の線は山地で区切ります」

「ダルハイ山中の資産分をイラングリ王国に支払えば、それでよろしいでしょう」

「額の評価は?」

「前年度税収の十五倍。イラングリ王は誠実にその額を通告して下さい」

「……はい」

 ほぼ人口を損失してしまったイラングリ王は死にそうな程に老け込んでおり、頷くことしか出来ない。怨念を通り越したか。

「それでこちらはよろしいです」

 何とも、拍子抜けしそうなくらいに単純明快である。支払い分はイラングリからの略奪分で良いし、腹は何も痛くない。

 次にサウ・ツェンリーから講和内容への補足。

「ザカルジン王国との国境線については開戦前に戻すことを提案します。撤兵費用はこちらで出します」

 ザカルジン王国外相を飛び越え、シャミール大総督が発言。

「緩衝地帯としてザカルジン王国国境以北の周辺部族の独立を要求します」

「部族で区切るのではなく、土地で非武装中立地帯を設定することを提案します。中心的な都市もありますので、軽武装の警察組織以上を認めぬ中立国家の設立を。放棄するには惜しい土地です」

「段階的に行うのならば賛成です。非武装地帯化、復興組織の共同出資、共和制国家設立の順で、政治顧問は双方から同数出します。通商は行いますが制限します」

「城壁を始めとする防御施設の撤去、港湾施設の大幅な制限を加え、恒久的に軍事拠点として使えないように努力する旨を加えるのならば認めます」

「認めます」

 ザカルジンの外相が食い損ねに不満な顔をし、しかし沈黙。

「双方合意でよろしいか?」

「依存無し」

 シャミール大総督が答え、二人が手早く文書に調印する。自分も当事者であるが、いかに拳骨が巨大であろうと肩書きは部族長で傭兵隊長であり、遠征の始まりは魔神代理領共同体としてのものではない。そんな状況で、そして大国同士の講和文書へ記載するには弱過ぎる名前では、下手をすれば実行力に疑いが生じる。大総督とまで呼ばれるシャミール大内海連合州総督の名前を使うのが妥当。

 講和内容に準じた実務者協議は後に控えているものの何とも簡素に終わった。数十万規模で死傷者を出した戦争の後始末とは思えない。力ある当事者同士の交渉にしてもだ。

 サウ・ツェンリーが文書の墨が乾いたことを確認してから丸め、筒に入れて席を立つ。こちらもあちらもそれを合図に席を立つ。

 去り際にサウ・ツェンリーが言う。

「頭領ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン殿。あなたの所業は王道ではなく覇道。しかしそれは魔神代理領共同体という傘の下での行い。何をお考えか?」

「強い指導者を仰ぎ、その庇護下でひたすら強くあること。そちらは旧ラグトの領域を横断して来ましたが、私の領域に接してそれが止ったでしょう。止められたのです。こちらから、北征巡撫サウ・ツェンリー殿は何故あれ程までの犠牲をお払いになったか?」

「伝統護持、永劫それに尽きます」

「では同じです」

「なるほど」

「あぁそれと、あなたを斬った男ですが、下の世話をされるのが嫌だと暴れていると話を聞きましたよ。元気な奴です」

「左様ですか」


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 ダルハイに関する補償金の支払いに始まり、各所への物流経路の整理はナレザギーに丸投げし、東への進路を西に戻してバシィール城を目指す。

 今回の遠征は終了、成功である。ヘラコム山脈西麓まで到達したのなら大成功であったが、政治力と軍事力双方が足りなかった。泥沼に足を突っ込む危険性を考慮すれば足りなくて良かったかも知れないが。

 帰り道では各地に適切な処置を施す。領域を広げる次は勿論、領域を維持する努力である。

 帝国連邦に設置予定の行政区分の一つ、軍管区。軍部直轄の土地であり、地方行政府は置かない。免税特権を持つが兵役義務がある。まだ正式ではないが、建国宣言の発布と同時に実行力が伴うようにしておく。

 西イラングリ軍管区。プラヌール氏族に居住許可を与える。また前族長、戦病死したサティンバダイの葬儀埋葬を改めて西イラングリで行ってこの地を新たな故郷とさせる。

 次に東方で戦争が勃発するとしたらこちらになる。敵の先制攻撃を許した場合、いつでもこの焦土の西イラングリを、更に焦土化して逃げる用意をしておくように指導。具体的には移住者が現れてもぶっ殺して追い払うようにすること。人が住める、住むということはその分そこに食えて飲める何かがあるということだ。それは避けたい。西イラングリは軍関係者以外無人であるべきで、出来うるなら狩猟採集対象となる動植物が存在しないことが望ましい。

 そんな貧しい土地に住んで貰う代わりに物資の配給は優遇すると言って納得して貰った。一応、この地が彼等の故地に一番近い。大内海を越え、険しい高原を越える必要こそあるが。


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 ダルハイ軍管区。ムンガル氏族に居住許可を与える。故郷と気候が同じで、もう少し東に行けば彼等の故郷である。

 族長オロバルジは負傷しており、余命もわずかで、死ぬ前に故郷に戻りたいと言っている。講和に反しない程度に、龍朝天政の支配領域が旧ラグト北縁に到達する前にちゃんと侵略するようにと言っておいた。氏族揃って泣いて喜んでいた。

 戦争の小さな継続はここで行う。帝国連邦内で発生した傭兵の処分場の一つだ。

「ナレザギー、馬鹿な傭兵志願者を募って、そんな馬鹿を集めてここで磨り潰すように調整しろ。犯罪者予備軍はそのまま永久に予備でいて貰え」

「今回は流石に何でもかんでもこっちに丸投げし過ぎじゃないか? やること併記してまとめるだけでも頭が痛いんだけど。それから南から東の大洋航路が混乱してるって現場から救援連絡来てるんだけど」

「ちゃんと分業出来るように人作ってるか?」

「おや、世界を股にかけて貿易をしているこの私に言う台詞かい? 分かってて文句言ってるんだよ。さっさとお家に帰りなさい。しっしっ」

「うっせぇこの、股の毛フッサフサ」


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 帝国連邦に設置予定の行政区分の一つ、王国。地方自治体の一つで、連邦議会に派遣する議員は王の権限で決定出来る。

 チャグル王国はサソン、ファルジ、ノルガ分派に分かれる部族制の王国で、現在はサソン分派が王を務めるがやや王権が不安定。

 首都はノルガ=オアシスに移転させる。サソン、ファルジ側の首都は規模が小さいし連絡に不便。

 ノルガ=オアシスで治療中のシゲは、移送するぐらいなら問題ないぐらいに体調を取り戻した。傷の痛みにしかめっ面を作りながらも杖を突いて歩けるほど。ただ重傷で血の気でも抜けたか、体も大分痩せてしまった。

「シゲ、征服した土地の後始末をしながらゆっくり戻るから、先にバシィール城に帰ってろよ」

「気遣い無用、一緒に行く」

「怪我人は邪魔だボケ」

「ぬぅ、しかし」

 アクファルが「シゲくん」と呼んで、そう呼ばれて嬉しそうな顔になりかけたシゲを蹴り倒した。

「怪我人は邪魔、寝てなさい。めっ」

 うーん、シルヴに”ベルくん”って今度呼んでもらおうかな。”めっ”と言ってくれるなら蹴りが入っても構わない。


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 ウルンダル王国。今一番に反乱が発生しやすい場所。ウルンダル王自体は力の論理を理解しているが、その後継者や取り巻きとなると話は別になる。

 ウルンダルに入ってすぐに、交易権限の制限に対して王の臣下共が抗議して来た。だから王に首を撥ねさせて晒させた。それからその者達の家族は鉱山送り。

 対策が必要。まずウルンダル臣下という誇りが保てないくらいに人を帝国連邦内に、独立共同体を築けないくらい小分けにして移住させる。数世代で完全に移住先の共同体に飲み込まれるぐらい。そして今回の戦いでイラングリの地方を中心に発生した難民をウルンダル領内に受け入れさせる。

 ウルンダル民族主義――民族というより共同体に近い――の希釈を定期的に行う。反乱したら勿論、殺してやるし、それについてウルンダル王は了承した。現地人はどうか知らないが、ウルンダル王は旧アッジャール朝の人間であり、ここは故郷でも何でもないのだ。言わば雇われ王。

 その雇われ王と、並べた首の前で酒を飲む。

「運営に支障を来たしたのなら人を送るように調整しますが、どうです?」

 いまいち酒の進まないウルンダル王は一杯、一気飲みをしてから答える。

「私を解任して下さい。責任を取ります」

「責任感のある人間を解任する気はありませんよ。それが反省をして次に活かす頭があるようならば尚更です。彼等の幸福はあなたが保障するんです。私に委任します? どうなりますか」

「酔い過ぎたようです。先程の発言を取り消させて下さい」

「そうですね」


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 帝国連邦に設置予定の行政区分の一つ、自治管区。王国ほどの規模もなく、共和制ではなく、複数の弱小部族がまとまった地方自治体。連邦議会に派遣する議員は部族一つにつき一席まで。部族は議会が承認するので水増しはさせない。

 東トシュバル自治管区には領外のケリュン族に支配的な居住許可を与える。サヤガル王の蜂起に対して臨機応変に対応してくれた褒美でもある。

 移住希望者は、トゥルシャズが音頭を取ったこともあって多数であった。優遇措置をしてやるから来い、と言って来ない奴はこの周辺地域で多くはないだろう。

 また臣従の経緯から大きな塊として存在するウルンダル、チャグルの両王国を牽制する意味でも、彼等と違う性質の部族に力を持たせて周囲を囲んで相対的に弱化させる必要がある。

 トゥルシャズが、シゲの不在を見てか我が子クトゥルナムを盛り上げようと頑張る様が見れた

「アクファルちゃん、息子のために矢を作ってくれない?」

「自分の分で手一杯です」

 アクファルの鞍ぶら下がる矢筒は六つあって予備も複数。戦、狩猟、訓練で素早く消費して満杯状態になることも稀で、それだけ射るから弓や弦の整備、作成もしょっちゅうやっている。

「あらごめんなさい」


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 帝国連邦に設置予定の行政区分の一つ、共和国。地方自治体の一つで、連邦議会に派遣する議員は大統領の権限で決定出来る。

 基本的に設置される共和国と名のつく地方自治体は全て妖精が統治する。各地方の主要な監視拠点で、反乱の炎が全土へ一挙に燃え広がらないようにする防火壁でもある。また時代が下っても一挙に妖精達の共同体が消滅しないようにする工夫だ。

 ユドルム共和国にはストレムを大将、大統領として東方遠征旅団はここに、ユドルム共和国軍として再編される。帝国連邦発足以降にまた再調整が入る予定。また地名からは意図してレーナカンドを排除した。

「反乱の気運はまだ残っている。事があったら容赦なく叩き潰せ。お前なら出来る」

「将軍閣下、ご期待に応えてみせます!」

 顔を赤くしてストレムは胸を叩いてみせた。

「期待に応えてみせろ」

 ストレムの顔を掴んで唇にチューしてやったら、もっと顔を赤くし、口で言わないのに「むふー!」と言ったみたいに鼻を鳴らしていた。


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 西トシュバル軍管区。カラチゲイ氏族に居住許可を与える。西トシュバルはカラチゲイの故地でもある。それは喜ばれた。戦死した前族長ジェグレイの墓を、仇敵だった部族の墓を潰した上に建造する許可をしてやった。ついでに仇敵だった部族の迫害も許可した。

 迫害対象の部族との楽しい一時を邪魔しないよう、また目標誤認の危険を避けるためにこの地は素早く通過。


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 上ラハカ自治管区は旧ガズラウ軍が支配的な地方自治体。

 中ラハカ自治管区は旧オド=カサル軍が支配的な地方自治体。

 下ラハカ自治管区は旧イリサヤル軍が支配的な地方自治体。

 何だか何度思い返しても名前が混ざりそうになる。しかし他に適当な呼称が無いのだから困る。

 この三ラハカ自治体が協同的にならないよう常に張り合って貰う。とりあえずは三者間での婚姻はしばらく、世代がいくつか下るぐらいの後まで厳禁。

 ラハカ川の川辺、花が多めに咲いていて中々良い雰囲気のところでアクファルが、機嫌良さそうにゆらゆら尻尾を振る愛馬達に水を飲ませながら、手拭いで身体を拭いてやっている。

 水嫌いの奴はともかく、そうではない連中は川で泳いで遊んでいる。そんな中、愛用の低い椅子を枕にして青い空を眺める。

 耳を澄ませて周囲の状況を察知、したりしなかったり。食い物の匂いが強くなって、パタパタと走る音、それから腹に「どーん!」と給仕の妖精が乗っかってきた。結構な古株、ニクールがお気に入りのあいつだ。

「何だお前」

「ご飯だー!」

 給仕の古株を抱っこしながら起き上がる。大股な足音の方角を見れば、いつも通りに恐い顔のナシュカがやって来た。

「へいナシュカそれ!」

 給仕の古株をナシュカの方へ放り投げると、組んだ両手に叩き落された。

「飯だ、糞城主」

「俺の名前、城主じゃなくてベルリク=カラバザル。前に呼んだよな」

「何か違うのかよ」

 ナシュカ基準で見れば何も違わないな。

 ナシュカが給仕の古株を蹴り転がして行く。アクファルに声を掛けようと思ったら、なんとその隣にあのクトゥルナムがいて一緒に馬に水を飲ませているではないか。良くは聞えないが、黙っているアクファルに対してずっと何か話しかけている様子。

 シゲが重傷で後送され、その隙を狙ってかクトゥルナムがちょっかいを出している? 狡賢い方向で頭が良い。生存能力が高い証明ではある。シゲがいたならば小便チビるぐらいに睨まれただろう。

 セリンの面子もあるので口に指を当てて口笛を吹く。

「飯だ!」

 手も顔もちょっと待ってのクトゥルナムを無視してアクファルがこっちに来る。


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 ダグシヴァル王国。魔導評議会の者に聞いて判断し、ダグシヴァル族には王号を授けた。同時に連絡拠点としてジラカンドを授与。閉鎖的なダグシヴァル族もこのような事態になってはとこちらに臣従することになった。断れない状況に追いやって、接近しなければいけない状況を作って取り込んだ。族長改め王には悪いようにしないとは言い含めておいた。

 オド川の川辺、大きめの岩が囲んだちょっとした湾状になった良い雰囲気のところ。

 ここは流れが緩い。お付の飯炊きや寝床整理の妖精達が草葉や木っ端で船のような物を作って浮かべる遊びに参加。自分は屑糸と草茎で筏を作り、帆も似たような感じで葉で作って帆走するようにした。

 その横では人間の女達がお喋りをしながら洗濯をしている。妖精は子供じゃないが、子供の見た目と行動なのでこのようになっている。口やかましく仕事の分担は平等とか、気にしない雰囲気になっているので居心地が良い。厳しくて良いところと悪いところというのがある。

 隣には、鞍を外した馬の背に仰向けになって寝転がるアクファルが、その体勢で紐を編んでいる。細々何か作っているのはいつものことではある。

「アクファルお前、本当に誰かと結婚する気あんのか? もう二十過ぎて、経つぞ」

 伯父トクバザルが言ったように、女じゃなく騎兵に育てたというのが奇妙な感じに理解出来てきている気がする。クセルヤータという優れた乗り物には心を惹かれるが、兵隊相手には死んで当たり前と見ている。草の剣山に突き上げられた瀕死のシゲを見て喜んでいたのが死を前提に人付き合いをしていた証拠だ。

「お兄様が決めることです」

「そんなこと言ってると俺と結婚させるぞ」

「はい旦那様」

「おい、今のはそういう意味じゃないぞ」

「はいお兄様」


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 シャルキク共和国。ハマシ山脈南麓を含み、領域は広大。首都はイリサヤル。帝国連邦最大の工業地帯として妖精主導で運営される。

 シャルキク内の鉱山は、帝国連邦内で発生した盗賊、犯罪者の処分場の一つだ。ここが今後、帝国連邦の火力の源泉となる。

 イリサヤル都内への川からの鉱石運搬から精錬場への運び込み、精錬した金属の分配、そして工廠での兵器製造までの一連の流れを見学。まだまだ本格稼動には程遠いが、通し作業を行って非効率的な箇所が無いか研究する程度にまで来ている。

 イリサヤル整備段階で遊び程度に作られた手乗り大の大砲を記念に貰った。手乗り大と言っても本物と同じ材料、造りでまあまあ重たい。火薬を少量詰め、銃弾を装填して着火してやるとちゃんと発砲して車輪が反動で後退する。これ、意外と金持ち向けにお土産で売ったら小銭稼ぎくらい出来そうだな。ナレザギー宛てに手紙を出そう。


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 ヤゴール王国。旧来のアッジャール式軍から、マトラ=レスリャジン=ギーレイ式軍に再訓練するための軍事顧問を派遣。まずヤゴール軍で訓練を行って、再訓練時の注意点等を見つけたり、効率化を行う。それから全国的に実施。次の戦場の可能性が一番高いオルフと領域が平野部で地続きのため、ここは最優先で強化しないといけない。要塞建築の部隊も派遣しないといけないだろう。

 訓練の下準備を行う武官を選出。また今回の遠征で余った武器、使用済みの中古武器も使い潰して良いように贈る。今後マトラとイリサヤルで材質から改良した新武器が量産されるので勿体無いわけではないのだ。


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 フレク王国。王号授与はその身に過大と最初族長は渋ったが、最後は受け入れた。こちらもこの事態になってほぼ否応なく臣従。

 ハマシ山脈北側の、彼等の遠い故地の征服を支援する。土地柄故に兵隊を送るのは少々難しいが、武器供与に資金支援は全く問題が無い。砲兵働きをして彼等も火力の偉大さは実感している。

「ねー鹿さん鹿さんあれやってー!」

「あれやってー!」

 フレク族の鹿頭が、その長身で妖精を両手に一人ずつ持って、腕を伸ばして上げる。

「わー!」

「高い高い!」

 高い高いである。流行っているみたいだ。

 砲兵と力仕事をしている最中のフレク族が、荷物ごと妖精を持ち上げたことから始まったとか、何とか。


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 ヤシュート王国。こちらにも王号授与。

 あまり目立たないようでいて、我々に欠けているものを補ってくれる存在である。彼等の得意は水軍だ。海軍はほぼ現状では不要であるが、河川艦隊は必要だ。船舶運用の知識があるヤシュート族には水軍の増強に注力して貰う必要がある。

 西イラングリは大内海に面しているが、あちらは大内海連合州任せ。少なくとも現状ではそれが賢明。資源、資金は無限ではない。

 バシカリ海を通じて郵便物を出すに都合の良い場所なので書き溜めていた手紙を見直し、追記修正をして仕上げてから送り出す。

 ルサレヤ館長、ウラグマ総督には帝国連邦について。実際運営するとなると年寄り二人の知恵はいくらあっても足りないくらいだ。

 ベリュデイン総督にはグラスト魔術戦団について。グラスト分遣隊の派遣のみならず、こちらでの才覚ある者達への教導を依頼出来ないかというお願い。少々厚かましいとは思ったが、沈黙する必要はやはりないのだ。

 ヴィルキレク王子には傭兵稼業について。帝国連邦のこともあって何時でもどうぞ、とはやはりいかない。でもやるならやるとの意向を示す。バルリー問題に関して一つ考えを示してくれればこちらも一つ何かを出せるとも追記。

 シルヴには近況報告、女の化粧道具を借りての唇跡、そして建国祭へのご案内。自慢してやる。羨ましがれ。

 セリンには適当に考えた恋文っぽい適当なアレと、今まで滅ぼしてきた部族長の正妻が身につけていた宝飾品を一つずつ。高価な物よりも象徴的な物を抜粋。

 ジルマリアには事務連絡と尻に関する事柄を長めに。それから刺繍が優れた反物を目録と一緒に大量に。服は身体に合わせて仕立てるものだ。


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 チェシュヴァン王国。王から直接臣従の申し込みがあった。魔神代理領共同体に直接、単体で入ると思っていた。

「大勢はそのようになっておりますが、よろしいですか? かなり遠慮無く兵隊として扱いますよ。特に、工兵働きに期待せざるを得ないのですが」

「いつまでも地リスの金玉野郎と言われているわけには参りません。まさしく、ここで前へ出なければ埋没してしまいます。永遠に臆病者として歴史の陰となってしまいます」

 覚悟は本物である。遠慮無く使わせて貰おう。そしてその手腕が発揮され次第、名誉を与えなければならない。工兵の実力の正当評価は我が帝国連邦が――ランマルカには一歩遅れるだろう――先駆けて行って軍事史に折り目を付けてやる。

 ルドゥが指摘して、チェシュヴァン王に了解を取ってから摘発したが、潜り込んでいる各国諜報員の数が多い。急遽発生したこの、超攻撃的であることは疑いようも無い帝国の存在を察知して情報を探りに来ない連中の方がおかしいと言えばおかしい。

 とりあえず、捕らえた連中は全て保安隊に引き渡して煮たり焼いたり引っ張ったりさせる。


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 東スラーギィ軍管区。ここはギーレイ族を中心に南大陸系が移住して来ているのだが、正直環境は苛酷だ。軍演習場としての役割のためにあるからそれで良いといえば良い。何れはチェシュヴァン王国に半地下式オアシス都市を建造して貰い、大勢でも通行可能な道にして貰う必要がある。

「オアシス都市を横に並べてやるからしばらく砂漠暮らしを頑張ってくれ」

「蛮族も猛獣も、卵つけてくる蝿も窒息する嵐もない。楽園だ」

「うえ、何その蝿、気持ちわるっ」

「皮膚食い破って蛆が出てくるのは恐いぞ」

「全員こっちに移住させろよ。あ、検疫してからにしろよ、マジで」

「ん? あ、おいお前こっち来い! 将軍殿に蛆に食われた跡、見せてやれ!」

 腕に曰くありげに布を巻いた黒人がこっちにやって来た。


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 帝国連邦に設置予定の行政区分の一つ、特別行政区。政府直轄地で割り当て議席は無い。

 スラーギィ特別行政区。ここは超巨大な公用地として活用するつもりだ。地方自治体の意見を一切省みることなく何かを行う場所。亡命部族がやってきたらとりあえずここに一時住まわせる場所。

 プラヌール、ムンガル、カラチゲイの三氏族が抜けたので、レスリャジン部族、スラーギィ氏族、アベタル氏族、スタルヴィイ氏族、シトプカ氏族、フダウェイ氏族の領域を再整理する。今後、状況に応じてまた再整理をするから土地にしがみつくような根性は捨てておけと一言添えておく。旧レスリャジン系の者達は凡その心算で反論は無い。

 ここを地元とするスラーギィ氏族へは別に、お前等にはその心配は無いと説得しておいた。ダルプロ川沿いから彼等を引き剥がすことはまずない。ただし、北とまた争いがあれば注水をして氾濫させる事は有りうるから家と農地は流して良いようにしろとも。

 対アッジャール戦で活躍した増水戦術は何時でも発動出来るようにしてある。だからこそここは特別行政区。何をしても文句は言わせない。

 到着して真っ先に出迎えてくれたのはカイウルク。見たことのない、馬に乗った若い女連れだ。

「お帰り頭領! あれ、今も頭領って名前でいいの?」

「そうだな……そのおねえちゃんなんだ?」

「新しい嫁さん」

「どっから貰ったんだよ?」

 新妻がはにかむ。初々しい。

「イスタメル人。乗馬下手糞だから連れて歩いてるんだ」

「はーん」


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 帝国連邦に設置予定の行政区分の一つ、特別市。特別市とはほぼ共和国の縮小版。範囲が拡大次第、共和国に昇格する。

 ワゾレ特別市。現在バルリー共和国とは緩やかに、国境線付近で衝突中。少しずつバルリー北のワゾレ州の人口を間引きしては入植している。バルリー人の領域にまで圧迫次第、共和国に昇格する。

 入植用の妖精であるが、世界各地から買い集めた人数に合わせ、産めよ増やせよとの政策で人口は右肩上がりである。アッジャールの侵攻で激減した分も取り戻し、凌駕している。食糧問題については輸入と、スラーギィと旧マトラ県での農地拡大で対処中。

 ワゾレの門前には、瞳孔が大きく開いたマバイ・グルネチ少佐がマトラ人民義勇軍の軍服姿で歩哨に立っていた。敬礼をしてきたので返礼。

「グルネチ少佐、あなたバルリーの軍人ですよね」

「将軍閣下! 僕、ワゾレの兵隊さんだよ!」

 冗談を言っている顔ではない。

「将軍閣下! マババくんはワゾレの兵隊さんだよ!」

 グルネチ少佐と一緒に歩哨に立っている妖精が言う。そうかー、マババくんはそうなったのか。不思議の世界に引きこまれそうになった気分だ。

 気を取り直してから軍司令部を尋ねると、衝撃。

「嬉しい! また会いに来てくれたんですね!」

 ジュレンカが胸に飛び込んできて、乙女っぽく両手と頬を胸に当てて来た。

「困ったことはないか?」

 その両肩を持って顔が見れる程度に離す。

「この破裂しそうな心臓以外ありません。前回の報告より影響圏が微増した程度です」

「では引き続き任せた」

「ええ。原住民絶滅の吉報をお持ち下さいまし」

 フフっとジュレンカが微笑んだ。

「門に立っている歩哨、あれ、どうした?」

「歩哨ですか。不備がございましたか?」

「バルリーのグルネチ少佐がいたんだが」

「将軍?」

 冗談を言っている顔ではない。ジュレンカは首を傾げ、しかもやや不安気にすら見える。

「いや、何でもない。遠征帰りで疲れたかな」


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 マトラ共和国。マトラ県はイスタメル州から帝国連邦に移管される。

 以前とやることはほぼ変わらないが、イスタメル州軍として編制されていた、もはや伝統となった”三角頭”の妖精兵は今後帝国連邦軍属となる。その服装は儀仗兵として保存しておく予定。旧マトラ人民義勇軍の灰斑模様の軍服は実用的だが、儀式用としてはいささか無味乾燥過ぎる。

 対バルリー向けの要塞は、完全では無いが能力発揮に問題ない第一段階まで建設完了。

 ボレスの案内で、木でしっかり固めた排水路付きの塹壕を歩く。塹壕便所も実際にボレスと一緒にウンコをして試す。それから便所の壁に”将軍参上!”と落書きもしておく。

「一先ずは三重の塹壕線を張っております。今はコンクリート製の掩蔽砲台と、弾薬庫と直結する塹壕内に線路を張っているところですな」

「線路か」

「貨車ですな。滑車を使って綱で引っ張りますから結構な速度が出ますよ」

「乗りたい」

「乗り心地は保証しかねます」

 枕木が並び、その上に鋼製の軌道が敷かれる。その上には同じく鋼製の、軌道に嵌る車輪付きの貨車。持ち上げなくても荷を積載出来るよう、横板は取り外し可能。

 わくわくしながら乗車。何だか見送るみたいな感じで立っているボレスを抱え上げて一緒に乗る。

「よしいいぞ」

「はいはい。では発車したまえ」

「はーい! 発車しまーす!」

 貨車の発車管制をする妖精が紐を引き、綱を引っ張る要員が居るところに繋がった鐘をカンカンと鳴らす。

「前進引き方用意! 引けっ!」

『引けー!』

 急加速、ボレスを抱えたまま貨車の後ろへ背中を強かにぶつける。

「停止距離間も無く到達!」

「停止引き方用意! 引けっ!」

『引けー!』

 急停止、貨車からすっ飛んで自動降車。

「どうですかな?」

「事故を起こさないようそこそこの速度で動かすように」

「これはうっかり」

 本当かよ。


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 帝国連邦に設置予定の行政区分の一つ、直轄市。直轄市は元首直轄の意である。政府ではなく、元首個人。

 バシィール直轄市。全てはこの城から始まった。領域としてはマトラの森以南のマトラ県が該当する。

 イスタメル州第五師団は解体されて帝国連邦軍に吸収される。今後、軍の内訳をどのようにするかも調整しないといけない。各共和国、軍管区の駐留軍は全く問題ないが、各王国、自治管区の部族軍が問題だ。徐々に各部族軍から連邦軍に移籍、部族軍に取られる前に徴兵する必要がある。その為には軍教育部隊の拡大が必須。一般兵の教育隊、士官学校、専門の術科学校、更に上級の軍大学まで作る必要がある。

 城に帰れば、魔神代理領の各妖精自治体での演習から戻ってきたゾルブとゼクラグ、砲兵指揮官ゲサイルも含め、ラシージが早速その軍教育部隊の人事も含めた連邦軍全体の組織表を作成中であった。自分がいなくても何もかもが回っている気分だ。

 机上の書類を眺める、忍び足で入室した自分を認めると、ラシージにゾルブとゼクラグとゲサイルが椅子から立ち上がって姿勢を正す。

「巡行お疲れ様です」

「楽にしろ」

 そう言いながらラシージの脇に手を入れて持ち上げ、椅子に座って膝の上に座らせる。この感触、この匂い、実家に帰って来たような手応え。

 皆着席。

「教官から育成するような規模の話になるな、やはり。ヤゴールで先行させたがあんなのごく一部だしな」

 ラシージの頭に頬を乗せる。うーん、うん。

「はい。新式装備の生産、配備の時間との兼ね合いを考えますと丁度良く間に合います」

 新式装備ありきの訓練だ。物が揃わなければ訓練も完全には始められない。旧式装備からの転換訓練という意味合いも強い。

「外部からの横槍が入らなければ計画通りだな。良し、続けてくれ」

 席を立ち、ラシージを座り直させた。軍部最上位格の妖精四名はまた書類へ目をやって調整協議を始めた。

 遠征の開始から帰還まで二年掛からなかった。冬場のレーナカンド攻略で一時休止を取らなかったらどうだっただろうか? もっと早くにこの匂いが嗅げたか。

 次にはジルマリアの執務室へ行く。入室すれば、ジルマリアは眼鏡を外していて、近眼故にスゲェしかめっ面で見てくる。睨んでるとも言える。

「はい?」

「帰ったぞ」

「何だあなたですか」

 ジルマリアの、眼鏡をかけて相手の顔を確認しようとする手が止った。嘘だろ、何だこの反応? 年跨いで再会した――ちょっと経ったが――新婚夫婦の会話じゃないだろ。

 我が妻の格好はほぼ変わらない。一時期髪を伸ばしたと思ったら、やはり男の短髪並の坊主頭。長い髪は手入れが面倒だから合理的ではある。その代わりに頭に巻くスカーフは色々と拘っている様子で、お土産に贈った反物を使っているのが嬉しい。

 それと、良く見れば眼鏡には何種類もの色違いの糸を使った落下防止の首掛け紐が付いている。そういえばアクファルが何か編んでいたが、これか。巡行して帰って来たので荷物の方が先に届いていたか。

「体調は変わりないか?」

「何かあれば医者に報告します。他に何か?」

 照れてるわけは……ないな。

「えーと、猫どうだ? 猫!」

「寝室の方にいます」

 どうしようか? とりあえず、猫を持ってきて糸口を探ろう。

 一度執務室を出て、寝室に入る。するとにゃんこ共の目がこちらに向く。そして奥には猫に囲まれて揺り籠で寝ている赤ん坊。

「あん?」

「なー」

 近くにいた猫が横っ腹を足に擦り付けて来た。

 執務室へ戻る。

「おいあのチビ助はなんだ?」

「猫はこの部屋に連れて来ないで下さい」

 腹を擦り付けて来た猫が一緒に来ていた。ジルマリアに懐いているのか嬉しそうに「な、な、ななな」と彼女の方へ歩き出していたが捕まえて抱き上げる。

 猫の前脚を掴んで、おいおい、とジルマリアへ振る。

「にゃんだあの子供?」

「あなたの子供です。名前をつけてあげて下さい」

「は? あ!?」

 事務連絡しか寄越して来ないと思ったらこれか!

 この糞女の性格からして有り得るとはいえ、誰か別に連絡してくる奴とか、いなかったのか!?

「おい糞女、ハゲ、返答次第でそのハゲ頭カチ割るぞ。俺の子か?」

「はい。私は手伝っただけで、あなたの子なので名前をつけてあげて下さい。残念なことに女ですが、ま、利用方法はあなた次第ですので私が言う事ではありませんね」

「手紙で何も書いてなかっただろ!」

「妊娠出産は病気でもなんでもありませんので書いておりませんが?」

 この糞女、さっきからこっちも見ないで眼鏡の紐を指で遊んでいやがる。

 信じられん! いや、やっぱりこいつなら有り得るか。

「あ、そうそう。これ、ご覧になって」

 いきなりジルマリアが微笑んで、一枚の書類を引き出しから出してピラピラと振る。受け取って読めば、自分の母方の親戚の奴が横領事件を起こしたので、損失金額と同じ数値分の鞭打ちを執行するようにとの命令書だ。勿論ジルマリアの署名入り。

「これ、背中を打って背骨と肋骨が見えたらしいわ。どう?」

「金額と同じ重量分の砂利でも食わせれば良かっただろ」

 舌打ちされた。ああ、自分の親戚を惨たらしく殺して気分が良かったのに、それに動じないから機嫌損ねちゃったか。

「仕事の邪魔です。どうぞお引取りを」

 愛の方はセリンとどうにかするという意味が分かってしまう。

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