第155話「首狩隊」 ベルリク

 敵の使者が開戦の報せをあちらの作戦本部に――おそらく――届け、それとほぼ同時に首都を陥落させることから始まった対イラングリ王国全正面同時侵攻。

 緒戦は奇襲で始まっているので快調。基本方針としてはイラングリの軍民は皆殺しにして侵攻するので占領する際に管理人員をあまり割かなくて良いし、食糧の浪費も避けられる。無論物資も全て略奪して行くので重荷で鈍い補給部隊も最小限で済む。

 北部方面軍総勢十三万。内、ヤゴール軍二万、ヤシュート軍七千、ダグシヴァル軍三千、ウルンダル軍五万、チャグル軍五万。

 状況。本来の機動力が発揮出来ておらず足が遅い。

 一つ、大内海からの補給物資が遠隔地故遅れて到着するので基本的に餓えており、略奪の必要性が生じている。

 二つ、スラン川源流のダルハイ山地の山岳拠点を筆頭に、攻城能力が低くて手こずっている。

 予定ならば攻略できない拠点は後回しにして一挙に浸透して敵の領域を徹底的に侵すはずだったが、その原動力である食糧が少々よろしくない状態で、攻城戦を行って備蓄を奪わないといけなくなっている。

 発想の転換――多少は意図せず――として、攻撃しないと餓える状況に追いやった。敵が守る物資が吊るされた人参。攻撃意欲の薄い連中の尻に入る鞭は督戦部隊以外にも必要で、攻城戦のような気合が必要な戦いには自発的な意志が大事だ。

 骨は嘘を吐かないとラグトでは言うらしいが、内臓は嘘を吐かないと自分は言いたい。たぶん、骨と言っているが内臓とかそういうこと込みで言っているのだとは思う。腹が減っては戦は出来ず、飢えるとあっては戦をせねばならない。

 南部方面軍総勢八万。内、ギーレイ軍二千、上ラハカ軍一万三千、中ラハカ軍八千、下ラハカ軍一万二千、東トシュバル諸族軍四万五千。

 状況。スラン川を渡河して侵攻中で、南部における敵野戦軍はほぼ壊滅状態。拠点攻略もある程度順調。

 ギーレイ族の夜戦能力を加えての終日波状攻撃に敵が対応出来ていない。

 旧来の魔神代理領で行ってきた獣人奴隷による夜間軽攻撃からの発展形で、ニクールが聖王領域での夜戦経験を基に練って実現させた戦術だ。状況に応じるが、基本は朝昼夜を担当する軍を三つに分けて交代で休みながら攻撃する。欠点としては単純に敵に倍する兵力がある場合でなければ危険であること。位置というより時間で軍を分散するために各個撃破の原因に成り得る。

 成功すれば強力だ。これで追撃をされると野営地を築く暇すらなく、小休止を取るためだけに殿部隊を繰り出して犠牲にしなければならない程に追い込まれる。まさに飯食う暇も無い。

 信頼と信用が出来るギーレイ族のガロダモ、何万もの軍を統制出来る将軍ニクールが金で買えたとは何という幸運か。

 大内海方面の状況。たかが知れている、帰属意識も曖昧な武装商船程度の海軍しか持たないイラングリ海軍、いや海軍という組織すらない水運組合相手に大内海連合州海軍が負けるはずもない。

 大内海連合州軍自体はまだ動員段階で、即応可能な海軍が南部方面軍を支援してくれている。また沿岸部、スラン川河口部の封鎖、川を遡上しての攻撃で敵の動きを牽制している。拠点を占領するような規模の軍はいないので支援、牽制に留まる。だが大きな川がある地形に水上部隊がいるだけで戦況は相当に有利になっている。

 中部方面軍総勢十万。内、レスリャジンの男女一万人隊二万、東方遠征旅団一万、フレク軍二千、旧左翼軍ちょっと損耗して六万八千。

 この他、北中南方面軍以外にもマトラの保安部隊、現地雇用の補助警察、ナレザギーの商社、移住してきたギーレイ族の一部や海外で一旗挙げたいと考えた南大陸系の者達、チェシュヴァン族の武装隊商、魔神代理領イスタメル、メノアグロ、ヒルヴァフカ州からの商人や現地調査という名分で実質の後方警備活動も行う調査団、新たな共同体の一角候補を戦功視察に来ている魔導評議会の派遣員、等々。多くの頭数を数えるのも馬鹿らしい後方要員がいる。あの恐ろしいアッジャール朝、その残党をぶっ殺して屈服させているのだから良く支えてくれている。

 グラスト魔術戦団の方にも声を掛けてみる心算だ。アリファマ等、戦訓を持ち帰った分遣隊が居残り組に知識技術を教えて訓練する分には充分な時間が経過している。ベリュデイン総督との文通でも大体はその予定で固まっている。シャクリッド州からメルナ川を上り魔都経由、メルナ=ビナウ川を上って大内海、そこからスラン川を遡上、と水路伝いに行けるから、帆走補助魔術が使える船員を乗せた船を出せば一月掛からないのではないか?

 さて、我々の状況。敵都市、つまり兵站拠点を占領、略奪して回っている。我が軍以外は拠点攻略能力が低めなので役割は分担している。

 まずは大内海連合州海軍に輸送船が自由に動けるよう川沿いに都市を攻撃して回った。流石に防御を固めた陸上砲台相手に木造の船では対処が厳しいのだ。

 破壊射撃で、砲台や壁、門に塔、銃眼を崩す。

 突撃準備射撃で、突撃地点、壕、陣地を制圧。

 まだまだ余っている左翼軍を督戦しつつ突撃させる。

 追撃射撃で、射程を延ばして突撃地点の後方の、付属施設、要塞内、別の壕、突撃破砕射撃を目論む部隊を制圧して突撃を支援。

 基本はこれで全て対応可能。

 拠点の防御能力は低い。定住社会程の財政基盤も人夫の動員力も、そして一つ場所に拘るという思考も薄いせいだ。主要人口のほとんどは定住、半定住民のイラングリでさえこの程度。アッジャールの攻城重砲が流行ってもこの程度なのだ。

 自分は遊牧社会の日没に間に合ったか?

 都市攻略戦だけではなく、都市を守るための敵の野戦軍、別働隊に伏兵と接敵することがある。ほぼイラングリ軍かその服属部族で、北征軍は軍を再編するために一時後退でもしたのか姿は無い。

 敵の動向は偵察隊と斥候が常に見張っていて発見してくれているし、こちら本隊で対応出来る兵力としか相対していない。

 少し被害が見込まれそうなら女達の荷車部隊でも、マトラの東方遠征旅団から歩兵をいくらか分遣隊として出せば危なげなく対応できる。作戦規模を大きめにして正面、両翼、遊撃、陽動、狙撃の部隊を配置して包囲殲滅だってしてやった。

 大砲が動かせないような状況でも、駱駝と荷車の旋回砲、それから重火箭を使えばある程度は代替になる。

 森に隠れていた敵の伏兵に重火箭を浴びせてやったら、丸ごと焼け死んでしまったぐらいだ。多少は地味が豊かでスラン川があるとはいえ、イラングリの気候は草原や砂漠の状態。空気が乾燥していて、風も吹けばあっという間に大火事だ。

 それから最近ずっと悶々としていたシゲが頭を使うようになった。突撃に際し、大将首を一直線に狙う部隊、首狩隊を提案したのだ。

「大将、突撃はやはりただの拳骨なんだ。馴れ初めで奥方が大将の手に穴を空けたような暗器の刃があれば絶対に違う。突撃部隊が衝突してから、更に一か二列か、その位の針みたいに細い縦隊で大将首一線に突っ込んで刺す。これだ」

 先駆けになって突撃を担当部隊の中から、更にほぼ捨て身に特攻する部隊というわけだ。何だかイスハシルに重傷を負わせた時を思い出す……あれよりは組織的で頭を使っている。ほとばしる程の筋肉的脳遣いだが、これはこれだ。棍棒で殴るだけでも意外と技術というのは必要なのだ。ましてや急所を針で刺すとなれば職人の領域であろう。

「妄想じゃないのは認める。やれるのか?」

「為せば成る」

「やってみろ。駄目なら死ぬだけだ」

「応」

「面子は自分で集めろ。お前が殺すんだからな」

「応!」

 敵が拠点を囮にして主力を側面から奇襲気味にぶつけて来た時、我が一万人隊で対応した際にシゲが作ったこの首狩隊三十騎は敵の大将首をもぎ取った。

 ただし、シゲじゃなくてその集めた仲間の一人が相討ちで挙げた首だったのでアクファルとの約束は果たせなかった。

 このようにイラングリでの地盤を固めていき、戦力を整えた北征軍との決戦に備える。


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 イラングリ侵攻から二十日程経過し、ほぼイラングリ王国領は全て攻略して人口も九割減させてやった――調査はしていないので雰囲気――頃に急報。

 旧レーナカンド王サヤガル武装蜂起。

 奴め偽装で焼身自殺なんて派手な真似をしたわけだ。ウルンダル王も領域封鎖をするぐらいに徹底していなかったか、すり抜けられたか。

 ただし旧レーナカンド政権下の人間は虐殺しておいたので蜂起に応じた兵は少ないと思われる。殺しておいて正解だった。

 しかし正面が増えたな。厄介と言えば厄介。

 蜂起をした地点はガエンヌル山脈北部、通称”犬の墓場”と呼ばれる地方。どうも伝統的に敗北した連中が逃げ易い土地らしい。人が住んでいない割りには土地が豊かで、それから北から南にかけてゆるやかに下り坂になっているせいで、大きくはないが川が流れていて水に不足せず、古代文明の街道跡があって割りと整地もされて進むのが楽なんだとか。

 報せてくれたのはその犬の墓場を成人の儀式の場にして無人化した鷹頭のエルバティア族。その情報を中継ぎしてくれたのが魔神代理領服属部族の一つ、トゥルシャズの出身部族ケリュン族。

 ケリュン族はエルバティア族の交渉担当を連れて来た上に、トゥルシャズとクトゥルナムが我が方にいることを知っていて前金に相当する金額を立て替えて既にサヤガル軍に対して攻撃をさせているという。随分とまあ感心する。気が効いて手の早い連中だ。

 エルバティア族の交渉担当には残りの金額を小切手で支払い、立て替えたケリュン族には三十倍相当の財宝で払ってやった。イラングリから奪った物なので懐に影響せず、荷物が軽くなった分具合が良いくらいだ。

 同時に大内海連合州軍の内、対応可能な部隊が服属部族の軍と共に対応をしてくれることになった。

 地元の安否が気になるであろうウルンダル王とチャグル王には一部戦力、一万人隊一つまで転進させることを認める手紙を出した。人が抜けて補給も少し楽になるだろう。


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 イラングリ軍が防戦してほぼ壊滅しながらも時間を稼いでいる間に、遂に北征軍が増援を受け、軍を整えてから反撃に移ってきた。騎馬兵力よりも歩兵中心で動きは鈍い。派遣している斥候が難なく捕捉を繰り返せられるくらいに鈍い。

 旧ラグトの勢力圏を突破してきたのだから飲み込んだ遊牧民を抱え、騎馬兵力が増大しているはずだが、さて? その様子はない。

 統治が上手く行っていないかもしれない。農民に頭を下げるぐらいなら落としてしまうのが誇り高き遊牧民。それから歩兵主力の北征軍では逃げる遊牧民相手に勝利は出来ても、追撃叶わず征服まで到達出来ていないのではないか? 成功することはあるだろうが毎回ではないだろう。またイラングリ王国救援の軍と、旧ラグト諸部族征服のための軍とを分けて動かしているのかもしれない。条件は重なって相乗的に悪くなるものだ。

 事情はどうあれ北征軍の兵力は、斥候の情報では十万程度。ビジャン藩鎮が捻出出来る限界が近況では二十万程度と聞いている。何にせよ敵は劣勢でも軍を出してきているのだから無謀だ。

 だが無謀であるが馬鹿とは言い難いかもしれない。属国イラングリ滅亡の危機とあっては義理で、負けると分かっていても軍を出すという姿勢を宗主国龍朝天政が見せれば、その他の属国が持つ忠誠心は高まるというものだ。新たに属国となる勢力も安心して臣従出来るかもしれない。

 泣ける話だ。実より名を取っているようでいて、実もちゃんと後で回収出来るようになっているのなら上手い話でもある。ただこちらとしては敵の政治的勝利に物理的勝利を加算して奇跡の感動話にしてやる必要はない。

 軍の機動で敵の主力位置を限定させ、決戦を強要する。泣いて貰おう。

 北部方面軍南下。北征軍に対し、第一段階では押したり引いたりして流動的に戦線を膠着させるような持久的な牽制攻撃を行って拘束させる。第二段階では牽制攻撃から全力攻撃に以降。

 南部方面軍東進。北征軍に対し、第一段階では積極攻撃は控え、その南進に備えつつも残敵掃討を続行。第二段階では北部方面軍と協調して南北同時に挟み撃ちを行う。

 大内海連合州軍はイラングリと海上の警備を行いながらの兵站線の維持。敵残党に盗賊が主な相手。また撤退にこちらが追い込まれた時に組織立って守ってくれる保険だ。

 エルバティア傭兵やケリュン族筆頭の対サヤガル軍。サヤガル王の首は取ったが、王妃が悲劇的な英雄のように最後の抵抗をしているそうだ。背中を刺されて終わりそうだな。


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 第一次途中経過報告まとめ。

 開始された北部方面軍の牽制攻撃であるが、敵軍は野戦陣地構築に大分卓越するよう訓練されていて頑強らしい。攻撃が成功しないということは勝てない、勝てないということは何れ負けるかもしれない。

 仮に負けて全面撤退に追い込まれたとしても、その逃げた跡は略奪され尽くした場所となって敵が追撃する余裕はないだろう。そのように追撃されなければまた再攻撃に移れる。そうなのだから敵は北部への警戒は怠れず、兵力は分散するか、一箇所に固めるかをしなくてはいけない。勝っても負けてもとにかく敵には痛い。

 南部方面軍の進撃は快調。イラングリ軍残党がちょこまかと、地の利を活かして決戦を避けつつ抗戦を続けているようだ。

 分かりやすい囮を用意した。陥落した都市タルベリクを流用した捕虜収容所を作って、無傷の捕虜をわざと脱出させて希望を持たせ、義憤に燃える敵軍を精神的にも拘束。東方遠征旅団が防御を固め、物理的にも拘束。

 希望用以外の捕虜は腕の腱は切って、目玉も抉って奪還されても兵士にならないようにしておいてある。敵の攻撃を誘発させる時には捕虜を解放する予定。

 ここタルベリクが我が中部方面軍の兵站拠点でもあり、後退する時の目安になる場所。集積している物資量が増えるまで少し時間がかかる。

 威力偵察部隊による軽攻撃兼用の偵察で、刻々と変わる敵軍の位置と、その背後にある敵兵站拠点クルガバッドと繋がる兵站線を常に確認する。補給に使える経路というのは地形で限られてくるものだが、一本とは限らない。


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 第二次途中経過報告まとめ。

 弱体の敵が攻撃にも移れず前進して来たことに対して容赦をする必要は無い。

 お互い遠征軍同士、遠隔地に大軍を送る苦労は分かろうというもの。まあ、こっちは現地で軍隊を掻き集めて元より二十万以上膨れ上がった訳だから別に、そこまで苦労はしてないけど。

 北征軍十万という大軍、しかし我々にとっては少数の軍。多数で少数を囲んで殴るというのは最高の戦い方だ。この戦い方が許されている内にやってしまわなければいけない。もしかしたら、ここで十万の軍相手に手こずってしまうと、残る十万の敵軍に加え、何万騎いるかも数えられない旧ラグト諸部族軍が動員される恐れがある。

 今殴らないと勝機は遠のく。

 伝令が良く働いてくれている。余る程の馬で、簡易駅も作り、いくらでも使い潰す勢いで走らせているので行き戻りがとても早い。

 偵察情報を基に、敵軍の兵站線上にあるジア=オアシスへ東方遠征旅団を抜いた中部方面軍で素早く移動して居座って妨害。

 これで前進してきた北征軍の現主力に対し、北に北部方面軍、東に中部方面軍、西に東方遠征旅団、南に南部方面軍という形に包囲が出来上がっている。

 北征軍の主力軍以外に、散らばって戦線を形成する補助軍、兵站拠点クルガバッドにいる後備軍、更にその東方から順次やって来ている増援、イラングリ軍残党、各部の戦線間の開き具合を加味すれば完全なる包囲とはいかないが、良いところだ。まさか手を繋いで輪を作って完全包囲をするわけにもいかない。

 まず敵の注意を西側のタルベリクに反らす為に捕虜を解放。悲惨な彼等を人道的に救うために敵は、特にイラングリ軍残党の注意、人と物をそちらに移動させ、予定と違う行動が必要になった指揮官はそのことに頭を悩ませる。わずかでも敵に疲労をさせ、肉体だけではなく頭脳に間接攻撃を与える。兵棋盤遊びで一度に駒を一つしか動かせないという制約は意外と現実を反映している。

 北部方面軍の牽制攻撃によって北征軍の注意が北に向いている状態から、中部方面軍による兵站線の居座り封鎖によって東の方へ敵の注意を向けて力点を動かさざるを得ない状況に持ち込むのが今の目的なので全力攻撃にはまだ移らせない。敵の力の方向をあちこちに向けさせて混乱させる。


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 第三次途中経過報告まとめ。

 北征軍とその補助軍が状況の悪化により布陣を変化させたという報告を受け、直後に北部と南部方面軍に全力攻撃を指示した。

 東西に注意を向けてしまった北征軍を南北から潰す。

 それから開始された北部と南部方面軍の攻撃圧力が北征軍へ顕著に影響を及ぼしたことを敵補助軍の――新たな、そして混乱したような――展開で確認し、陽動を取り止めても問題が無いと判断したところで包囲牽制用の左翼軍の約半数三万八千を近くのジア=オアシスに残し敗残兵狩りを主軸にした防御命令を出し、タルベリクの守備隊を二千残して漸次輸送砲撃法で敵兵站拠点クルガバッドへ前進を開始した東方遠征旅団に暫時合流しつつ道の安全を確保し、タルベリクからクルガバッドまでの道を繋げる。

 大軍故、複数目標への同時攻撃を数的優位を保ったまま行えるのだ。

 昔、維持費が少なくて済む少数精鋭の軍と、維持費は嵩むが短期決戦で戦費を極小に抑えられる大軍どちらが国家全体として良いか、士官候補生時代にエデルトの士官学校で議論をしたことがある。維持費が少なくて済む多数精鋭が最も優れていると答えたら連中馬鹿にしやがった。後で殴り倒しておいたが、連中は口では勝ったと思ってやがる。今でもそうかもしれない、忘れているかもしれない。

 今度暇が出来たらエデルトで講義してやろうか? 真似出来るか知らんが。


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 第四次途中経過報告。

 北部方面軍は北征軍の主力と補助の総攻撃を受けて後退中。各個撃破を目論んだようだが、あいにくあちらは逃げられるようにしてある。

 南部方面軍は手薄になったタルベリクを、義憤に燃えて包囲中のイラングリ軍残党を撃破し、補給を受けてそのまま北征軍の後背に迫る。

 大内海連合州軍が統制がおよそ終わったイラングリ――ほぼ無人――から最低限の人員だけ残し、我々が広げた戦線の後方の整理に当たり始めている。

 サヤガルの王妃は自殺し、旧レーナカンド軍残党は降伏したとのこと。ウルンダル王が差し向けた一万人隊の指揮官の王子が降伏した場合の身柄の安全を保障してのことだった。ここで降伏した連中の処刑をしては面倒事がありそうだから追認。

 残党に対応した部隊には敵残党の掃討や取りこぼした拠点の包囲をして貰う。一挙に戦線を拡大したはいいが流石に全て真っ平ら、塗装するようにむらなく征服とはいかないのだ。

 そんな報告を受けつつ、ジア=オアシスを守備する左翼軍は一万八千とし、抽出した一万人隊一個をタルベリクからクルガバット間の兵站線の直接警備に当たらせて、もう一万人隊一個をクルガバッド攻撃に追加させる。


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 クルガバット攻略開始。ここは北征軍の喉首。潰せば呼吸も食事も出来なくなって本隊は倒れる。そうしなくても倒れそうだが、敵に撤退も許さないような被害を与えるとなればここまでやる必要がある。

 敵の動きは積極的で、クルガバットを包囲する前にようやっと強行軍で疲労して到着した増援を受けた後備軍が打って出てくる。こちらの施条砲に対して篭城しても良い的になると判断したか?

 敵は後備軍一万に増援四万、合わせて五万程。こちらはレスリャジンの男女で二万人隊、東方遠征旅団八千、フレク軍二千、旧左翼軍四万の七万である。

 親切心からだと敵には後退を推奨したいが、そうなるとクルガバッドの物資がこちらの手に落ちて、おまけに今激しく戦闘中の北征軍が敵中孤立の上に補給困難になる。

 最悪の状況に追い込んでやった。人馬が余るほどあるとこんなことが出来てしまうな。

 各部隊が展開する時間を少しでも稼ぐため、敵後備軍の隊列の整理を遅らせるため、左翼軍から一万騎を抽出して撤退の合図をするまで死なない程度に攻撃を続けろと命令。早速敵も反応し、素早く動ける騎兵隊を出す。彼等にとって貴重は騎兵を前哨戦で消耗させてしまうのだ。義に殉じたいならそうしたらいい。

 その間に東方遠征旅団が砲兵陣地を構築し、妖精歩兵とフレク族が土の代わりに肉の壁となったり、塹壕を掘ったり、砲台を作って大砲を設置する。敵後備軍が素早く打って出てきたせいで砲兵陣地からクルガバットへは砲弾が届かない距離になってしまった。

 砲兵陣地の両脇にはレスリャジン女の荷車一万人隊を配置して守りを固めておく。その背後にはレスリャジン我々男の騎兵一万人隊。

 敵後備軍右翼側へ旧左翼軍から二万騎を抽出して移動させる。敵側面に対するまで移動が完了したら裁量で攻撃と転進を繰り返して牽制を続けるように命令。

 残る旧左翼軍一万は下馬させ、最前線に立たせる。この一万は旧左翼軍の中でも臆病者だとか犯罪者だとか、クズの中のクズが揃った懲罰隊だ。

 旧アッジャール左翼の諸部族自体が連合体であってわけではなく、この一連の戦役を通じて兵士らしい者とそうではない者に振り分けが行われ、ハッキリと末端兵士間でもあいつはこう、こいつはあれ、と区別が付いてきている。悲惨な待遇にあっても下には下がいると分かって安心し始める時、彼等は自分の作った階層構造に嵌ってそれが当然と思うようになっていく。意識の変革は薄皮を張り重ねるようにして行うのだ。

 敵の、早くも繰り出された予備騎兵隊四千が、二万騎が牽制攻撃のために移動中の側面とは反対方向から砲兵陣地の構築妨害のため、馬も途中で乗り潰しかねない勢いで長距離疾駆して来た。

 歩兵、砲兵の支援無しで、である。馬鹿げているようだが、敵の大砲はこちらの施条砲の射程の半分程度なので馬鹿をするしかないのだ。

 最前線で軽攻撃中の一万騎は敵騎兵と前に出てきた歩兵相手に手出しが出来ず、前線に並べた懲罰隊一万は対応に動かすには隊列が整っていない。

 ここは我々、男の出番である。駱駝も合わせ、敵の予備騎兵の進路に合わせてレスリャジン一万人隊を動かし、迎撃準備を済ませる。

 駱駝に運ばせた旋回砲を砲架に設置し、射撃の反動を殺す脚を広げて砲撃。精密射撃は出来ないが、塊になり、騎乗して馬より更に背が高くなった良い人馬の的には良く当たる。時限で炸裂する榴散弾ならば、炸裂前に直撃すれば脚の二、三本は千切り、空中で炸裂すれば破片に子弾が雨で十騎どころではなく一度に薙ぎ倒す。

 馬上で構えて発射する施条銃。こちらは精密射撃が出来る上にやはり大きな的になった人馬の塊には良く当たる。どちらかに当たれば無力化するし、隊列が崩れれば馬の動きが鈍って、転んで更に隊列崩壊が進む。鈍るとまた良い的になる。

 敵には馬上で弓矢を使う遊牧騎兵か、訓練して使えるようになった騎兵もいる。だが魔神代理領式合成弓はその弓矢より遠くへ飛ぶ。大きな的に当たる。毒塗りなので致命傷ではなくても当たれば致命的に毒が回って暴れて隊列が崩れる。鏑矢を一斉射で放てば音に馬が混乱して隊列が更に崩れる。

 全て敵の射程外から撃ち込んで死んで倒れて転ぶ度に鈍るその突撃を破砕、撃退。途中から目に見えて敵の馬が疲れ、脚を鈍らせていたからそこまで驚愕する戦果ではない。

 マトラ製の榴散弾は偉大。本格的な生産体制に入っていない旋回砲用の榴散弾は次回補給を待たなければ在庫が切れてしまったが。

 敵の予備騎兵の突撃を破砕している間にも、砲兵陣地には土嚢と塹壕により陣地が出来次第各所に兵が配置され、大砲が添えつけられていき、友軍超越射撃を兼ねた観測射も行われる。砲弾薬も続々と到着中。

 フレク族の怪力が良く発揮されていて陣地構築の速度が中々に早い。ラシージ直卒の超凄い工兵部隊よりも早いかもしれない。ただあの工兵部隊は筋肉よりは脳みそが凄いわけだが。

 敵後備軍全体の動きであるが、面白くて効果的な戦い方をしていた。事前に用意した土嚢を担いだ歩兵が、クルガバットがある後方以外の全面に、前進して望む位置に土嚢を積み上げて素早く簡易防壁とした。側面から牽制攻撃を開始した二万騎は全力攻撃を行うには勇気がいる状態になっている。出来ることをやっている感じだ。

 割りと早くに大砲の展開を、土嚢と歩兵に守られながら行った敵砲兵が、血塗れになって正面、最前線で戦っている双方の騎兵に対して砲撃を開始。敵将はちゃんと遠慮無く部下を殺せる奴みたいだ。

 ここで敵は何をするか? 最前線の騎兵を排除に掛かった。こうなるとこちらの施条砲が怖く、防御は負け以外有り得ない。ならば歩兵による一斉突撃だ。

 人の心は読めず想像する以外ないが、取れる手段が限られて来ると次の”手”が読めると言っても過言ではなくなってくる。人の命より政治目的達成を心がけると一連の動きで察することが出来る龍朝天政ならば、明日のため、勝てなくてもこちらに出血をさせるために刺し違える覚悟で突っ込んでくるだろう。それしかない。

 最前線の一万人隊に後退命令を出す。後退後は砲兵陣地と荷車要塞に入って守備待機だ。

 こちらは駱駝と旋回砲を荷車部隊に預け、二万騎が牽制攻撃している敵後備軍右翼側とは反対の左翼側に馬だけで移動を開始する。

 敵方から、信号用の奇天烈な高音を出す木管笛が吹き鳴らされる。あれが奴等のラッパだ。

『前進! 前進! 前進! 前進!』

 最近のハイロウでは魔神代理領共通語より、天政官語が良く使われているというので多少勉強してきたから聞き取れる。前進か。

 即席の簡易防御陣地には一万程残し、三万余りの敵歩兵が掛け声の通りに前進。白地に天政文字で”我有天勅 布華融蛮 北征南覇 龍帝万歳”の標語が達筆に書かれた旗が翻り、進んで来る。

 重火箭一斉射撃で出迎える。発射は何時するかストレムが判断するが、敵が意志も隊列も一塊になったところで使用した。

 発射した場所と周囲が見えなくなるほどの噴射煙の後、山形で少しデタラメな弾道を描いて敵歩兵の巨大な隊列に飛び込む。

 棒と弾頭が暴れて敵を薙ぎ倒し、混乱させ、焼夷弾頭が爆裂して鉄片が散って敵を裂き、燃える猛火油が飛び散って敵と旗が燃える。

 着弾地点の敵は死んで、負傷と衝撃で倒れ、立っていても慄いて背中を見せて逃げるが、後続がそれを乗り越える。乗り越えるだけではなく体当たりになってもつれ合い、自然と止らぬ突撃の勢いで踏み潰し、同士討ちになる。勢いは止められず、背後から味方が走り続けるので足を止めれば踏み潰される。走ればそのまま焼夷弾頭が広げた燃える油の上を走ることになり、服に燃え移って火達磨。火達磨になって転げ回れば他の味方に延焼。火達磨になった味方を避けようと動けば後続の味方にぶつかって混雑して転んで踏み潰される。

 そんな風に鈍った敵三万を、クズの懲罰一万人隊が弓と小銃で突撃してくる敵を迎え撃つ。

 更に砲兵が友軍超越射撃で敵の隊列を曲射に撃つ。

『前進! 前進! 前進! 前進!』

 散々にやってやった心算でもやはり三万という大軍の突撃は中々に止らず、懲罰一万人隊へ槍に剣に盾を突き出して体当たりに衝突。

 状況が変わって砲兵が曲射の状態から徐々に、直射をする状態に移行する。フレク族のおかげで位置転換がかなり早い。

 撃ち減らしたとはいえ三万余りの歩兵突撃の衝撃力を懲罰隊が一万で支えられない。ちなみに彼等懲罰隊には後退は許可されていない。彼等の指揮官にも念押しに指導してある。

 状況によってはその合計四万を同時に撃つ必要がある。敗走する味方の背後への突進は敵の突撃に等しい。

 小銃よりも矛槍、剣盾武装の白兵戦に特化した敵が懲罰隊を圧倒している。銃剣付の小銃に刀、一部が短槍を持っている程度では数も劣勢で食い止められそうにない。

 側面攻撃の準備に移っているこちら一万人隊の移動を妨害するための敵騎兵が迎撃に出てくる。

 出てきたと言っても、先に最前線と長距離疾駆してきて撃退された騎兵の生き残りを集めたような負け犬部隊だ。

 騎射能力ではこちらが圧倒的で、そして敵騎兵は疲労している。一万の矢弾を浴びせるとどんどん落馬、馬が暴走して逃げ、倒れて散り散りになる。敗走したばかりなので撃たれれば死ぬという記憶が色濃いままだ。良く逃げる。

 三万を確実に下回るような損害を受けたとは言え、その衝撃力を持って突撃して来た敵歩兵が懲罰隊一万を破って敗走に追いやった。

 後退は許可されていない。していないのだ。背中ではなく顔、胸、腹に傷を負って死ぬ最後の名誉を与えてやったのだ。脱走兵、敗北主義者、犯罪者、規律違反のクズ共。

 銃に旋回砲が得意なら女でも問題無い一万人隊。数は減らしたがクズではない、守備待機中一万人隊。それに東方遠征旅団八千。

 二万八千よりは下回ったがその数が操る武器兵器が働く。銃口砲口が突撃してくる敵と懲罰隊に向かって火と煙と鉛を噴いて、弓から放たれた矢が混じる。

 肉の壁を磨り潰しながら敵は今更止らずに躊躇無く迫ってきている。受け入れれば戦列が崩壊しかねない懲罰隊も矢弾を受けて倒れる。

 如何なる火器を持とうとも、原始的な白兵戦になれば両者に差は無くなるというものだ。そうならぬよう、その間に圧倒する。

 こちら一万人隊が敵側面、左翼側への移動を妨害するために、敵の軽歩兵が出てきて、それから観測と牽制をするように射程外だが敵の砲兵が砲弾を放ってくる。

 右翼側に回った二万が、一部兵力に牽制攻撃を続行させながら動きを変えて、突撃と敗走をしてくる敵と懲罰隊に後背気味に側面攻撃を仕掛けるように隊列を変えた。自分で判断して動いたのだ。

 砲兵陣地を救うための当たり前の行動ではある。友軍の砲火に晒される危険を受け入れる勇敢な行為でもある。良いぞ、良い傾向だ。

 そしてやれるならやってくれと事前に言っておいて、いざやってくれるとなると驚いた。

 女達が馬に乗って正面からの騎兵突撃のため、荷車の後ろで整列している。妖精の歩兵と突撃兵も突撃配置につき始めている。砲兵は次の射撃に移行するために作業を開始している。

 整列した女騎兵が荷車の隙間、塹壕土嚢を越えて前進を始める。散々撃ち減らしたが、未だに続行される敵の突撃を待ち受けるよりは突撃に突撃をカチ当てる算段。いくら人が頑張っても馬の体当たりには敵わない。

 女達は敵に侮られないようにするための仮面を、薬包を噛めるように上半分に改良して装着している。そして伝統的な無機質な人面を象った恐ろしい外観に仕上がっている。下手な怪物面より、不気味な人面の方が生理的に気味が悪いものだ。かつて一部の遊牧民の女兵士が被っていた仮面兜の伝統が、現代に即した形で復活だ。

「姉妹達! 今日は男共を犯してやれ!」

 軽くても目立ち易いよう、陽に輝く金属飾りに長めの小旗を付けたの槍を持ったトゥルシャズが先頭に立って気勢を上げる。女騎兵達が高い声でゲラゲラキャキャキャと笑う。

 損耗した、クズではない旧左翼一万人隊も共に女騎兵と共に突撃配置に並ぶ。トゥルシャズの演出が良いせいか女達は男達よりも目立っている。仮面姿は目立つ、映える、良いな。

 十人がかりで吹く大笛が鳴らされる。これが鳴ったら突撃だ

 砲兵陣地から出た騎兵二万は、最初はゆっくり、段々と馬を走らせ、早めて小銃と弓で騎射しながら前進。後背気味の側面攻撃を狙う右翼側に回った騎兵も一万超の隊列で突っ込む。

 それに続いて妖精の歩兵、突撃兵が前進を開始。

 突撃敗走が混じって訳が分からなくなっている敵と懲罰隊は撃たれて転びながらも走り続ける。

 騎兵二万は抜刀し、肩に刀を担ぎ、磨かれた鉄仮面を陽に銀のようにギラつかせて、襲歩に加速、刀の切っ先を正面に向ける。

 男達の発した喚声『ホゥファーウォー!』が音で負けた。

『ホゥファーギィイキャー!』

 くぅお、頭にくる。離れてもこれか。

 女の持つ生来の警報装置でもある甲高い声が集団になると恐ろしく耳障りだ。

 トゥルシャズがシゲから発想を得た。ビックリするような高い大声で「キェイ!」と掛け声を出す時がある。気合を入れると同時に相手を威嚇する効果があって、あれは異様でかなり耳に刺さって不気味に恐ろしい。

 突撃した騎兵が体当たりで敵をぶち倒し、馬の勢いを借りた刀で頭蓋骨を兜ごと叩き割って殺し散らす。それからは無理をせず、体当たりに斬撃を一つ二つくれてから馬首を返し、拳銃を置き土産に発砲しながら後退。

 入れ替わるように妖精の歩兵、突撃兵五千の戦列が敵の逆襲を防ぐように立って砲兵陣地から出た騎兵二万を後方へ逃がす。前後交代。

 後背気味の側面から突撃した右翼に展開した騎兵も、少々乱戦を続けていたがその前後交代を見てか早々に、背面騎射をしながら逃げる。

 二方向からの、およそ同数程度の騎兵突撃を受けて遂に脚が麻痺してしまった敵と懲罰隊の混合物。

 突撃兵がしゃがんで最前列で待機する中、歩兵が施条銃で一斉射撃を立て続けに放つ。

 繰り返した一斉射撃で血塗れズタボロの状態から更に悲惨になったところで突撃兵が立つ、両手に拳銃を持って前進。

「マトラ人民の繁栄を願って万歳三唱!」

『万歳! 万歳! 万歳!』

 一人四丁、四発放ってから棘付き棍棒を持って突撃する。射撃時に不要な銃剣を着剣した歩兵がそれに続いて突撃を行う。

「繁栄の礎となる生贄を捧げよ! 血を流せ!」

『血を流せ!』

「敵を殺せ!」

『おー! 殺せー!』

「敵ごと殺せ!」

『わー! 殺せー!』

「いっぱい殺せ!」

『やー! 殺せー!』

「人民義勇軍万歳!」

『万ざーい! 万ざーい!』

 敵も懲罰隊も一緒くたに棍棒で頭に肩を叩き潰し、銃剣で刺して至近距離で拳銃を撃ちながら妖精達が歌い出す。


  敵は何処か、知るのだ同胞よ

  奴らはいる、隣にいる、我らを吸血する奴ら

  その汚らわしい手に噛み付き、食い千切れ

  剣を持て! 吸われた血を大地に還せ

  その大地を耕し、豊穣とせよ


 嬉々として棍棒と銃剣で妖精が合計四万から酷く目減りした敵と懲罰隊を殺戮。

 味方であると武器を手放して主張するクズ兵士はガラ空きの脇腹を棍棒で砕かれて倒れる。

「敗北主義者は死ねー!」

 降伏をすると土下座に頭を下げて丸くなった敵兵士の背中に銃剣が差し込まれて丸くなったままになる。

「敵は死ねー!」

 乾いた草原の大地に大量の血が吸われて豊穣になってしまいそうだ。

「転んじゃったー!」

 足元が滑るほどに血塗れ、臓物肉片が散らばる。

「水溜りみたいだねー!」


  敵は何処か、見つけた同胞よ

  奴らはいる、そこにいる、我らを滅ぼす奴ら

  あの汚らわしい首を落とし、穴に放れ

  銃を持て! 戦列を組んで勝利せよ

  革命の火を広げ、世界を創れ


 敵も味方もなくなったように、その血塗れの敵とクズは一緒に敵の簡易防御陣地へ逃げ込み始めた。

 血みどろの死体と負傷者だらけのなった殺戮現場では、突撃兵が生き残りを探して棍棒で頭を砕いて行く中、歩兵は戦列を整え、もう残り少なくなった敵後備軍本隊がいる土嚢で作った簡易防御陣地へ正対。弾薬を再び装填して何時でも戦列を組んで戦えるように準備を整えた。

 余裕が無くなっていく敵後備軍がこちら、レスリャジン男の一万人隊に対応する歩兵を出してくる。もう予備と呼べる予備兵力は無くなってきているようだ。

 予備が出尽くした状況でこちらはもう良い位置取りを終えた。

 騎射を行いながら隊列を整え、妨害に出てくる敵の歩兵を削りつつ千騎の二列横隊を十段作る。

 敵の簡易防御陣地、クルガバット近郊に出来た野戦陣地。こいつへ奇襲でもなく馬鹿正直に突っ込むと大分痛い目を見る。応急であろうともだ。こっちが騎兵を殺しまくれたのと同様に、的が大きいのはこちらも同じなのだ。迎撃射撃は痛い。

 砲兵陣地に残る砲兵が準備をほぼ終える。大砲が、敵歩兵へ曲射を行うのに使っていた浅い角度の窪地より、更に深く後ろに掘り下げられた窪地へ添えられる。砲口は大きく上を向き、砲尾は土嚢の壁に接着。暫時到着する砲弾薬も数が揃い始める。次の曲射準備が終わった。

 敵簡易防御陣地を対象に砲撃が、ストレムの号笛を合図に開始される。砲兵はあのかなり甲高い音色を出す号笛がお気に入りだ。我が軍が使う楽器はちょっとまとまりがないか?

 仰角がつけられた施条砲の砲列から、一門ずつ順に射撃が開始される。この観測射によって弾着修正を行い、最も効率良く敵陣地内に砲弾が降り注ぐようにする。

 各大砲が最適の諸元を確保してからは次々に砲弾を発射し、装填され、また発射。榴弾の雨で敵と土嚢と大地を鉄片と爆風で耕す。砲撃から隠れるような塹壕が無いせいで良く殺せているようだ。

 騎兵突撃の用意はこの砲撃が行われている間に行われた。

 敵右翼側についた二個一万人隊、砲兵陣地側から正面についた二個一万人隊、そして敵左翼側についた我々一万人隊。連戦、怪我病気、戦死、今日戦えなくなった者を含めれば五万人以下である。

 刀を鞘から抜き、”俺の悪い女”を振り上げ、陽に翳す。これ、久し振りだな。

「全隊ぃ……前へ!」

 振り下ろして胸の高さで止める。切っ先は前に。

『全隊前へ進め!』

 各部の長が復唱。分厚い横列の十段一万騎が動く。こちらの動きを見て他の四万も動き出す。砲兵の射撃が停止した。

「四百歩、到達!」

 訓練でやらせてみたら目測が上手なクトゥルナムが曲射距離に到達したことを報せる。

「第一列より曲射開始!」

『第一列より曲射開始!』

 第一列、親衛隊から射角を上げて連続で矢を放ち始める。

 第二列から第十列まで続く。

 血煙が上がっていそうな敵簡易防御陣地は榴弾が穿り返したせいで、乾いた気候もあってから土埃が酷い。矢は確実に敵とその死体に刺さっている手応えはあるが、何だか悲鳴や苦しむ鳴き声が聞えない。榴弾のせいかな。

「およそ二百歩、到達!」

 クトゥルナムが目測で測った直射距離に到達。ニクールはこれを夜間、雨天でやるんだからたまらんよな。

「親衛隊鏑矢用意!」

『親衛隊鏑矢用意!』

 直射距離に到達。およそ二百歩の距離。

「放て!」

 親衛隊は射角を下げて、万遍なく――耳がマトモでいるかはさておき――聞えるように簡易防御陣地の上を飛ぶように鏑矢を一斉に放つ。

 榴弾の爆音に加えて鏑矢の甲高い異音もくれてやる。

 続く親衛隊の直射、連射。後続九段の曲射で矢の雨を降らせながら近寄る。制圧射撃であるから命中率よりは発射数を重視するよう訓練してある。

 やや遅れて簡易防御陣地に近づいてきた他の四万も矢弾の雨を降らせる。

 およそ五十歩の距離。逃げ帰ってきた敵と、紛れたクズ、砲撃で砕かれ、破片で切られ、爆風爆音で吹っ飛ばされて耳がイカれ、毒矢の雨で死に、半殺し、毒でのた打ち回って入る敵の生き残りが良く見える。次があればもう少し頑張れたかもしれないのにな。

「突撃ラッパを吹け!」

 親衛隊ラッパ手が突撃ラッパを鳴らす。馬を走らせる。ラッパを合図に五万の騎兵は射撃を止めて、抜刀動作に移る。

 突撃用意を知らせる為に”俺の悪い女”を大きめに振り回してから前へ突き出す。親衛隊も刀を抜いて同じように前へ突き出す。

「農民共をブチ殺せ! ホゥファー!」

『ホゥファー!』

『ウォー! ウォー!』

『ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!』

 馬を襲歩に加速させる。

『ウォー! ホゥファーウォー!』

『ララララララ!』

『ギィイキャー!』

 砲声、銃声、矢の雨、鏑矢、喚声、奇声。

 弱って、座り込み、倒れ込み、あとはもう死んで動かない敵を馬で踏みつけながら、土嚢を飛び越えて陣地に入り込む。

 立って戦おうとしている敵は少ない。その少ない敵を馬で吹き飛ばし、頭や肩に刀をくれて殺しながら進む。

 殺しそびれた敵は無視して前進だ。その後始末は後続の段がする。突撃の勢いを失わないようにする工夫だ。

 正面左右から騎兵が踊り込み、敵は指揮どころではなく、高級士官と思しき人物も良くて手に武器を取って戦う姿勢を見せているのが精一杯なほど。この期に及んで指揮も何も無いが。

 敵の反撃らしい反撃と言えば、槍を突き出して騎手を突き落とす姿が時々見られるのと、至近距離での銃撃が馬を撃ち殺すこと。

 それから燃える液体を噴射するビックリ兵器で味方ごと焼き払って、火薬に誘爆してちょっとした惨事を引き起こしたぐらいか。その時に女が一人焼けて叫び回り、男達が逆上して攻撃性を更に増した程度のことはあった。

 最近活躍が目立つケリュン族。その先程も活躍したクトゥルナムが戦場にもかかわらず、走らせた馬の背に立ちながら周囲を確認し、指差した。

「北征巡撫サウ・ツェンリー確認!」

 首狩隊の出番だ。指差す方へ、シゲを筆頭に首狩隊、ちょっと増えて五十騎が二列縦隊で突っ込む。

「よっしゃあ! 行くぞ野郎共! 吶喊! 吶かぁん!」

『ホゥファー! ウォー! ホゥファー! ウォー!』

「霊獣公安号……馬鹿デカい犬の化物に注意しろ!」

 公安号なる犬の化物が早速現れ、砲声のような咆哮。火薬の無機質な爆音と違う、生の音は恐怖を煽り、火薬に鏑矢に各種楽器の立てる音に慣らした馬すらも恐慌状態にさせる。

 そして巨体で二列縦隊の横腹に体当たり、二騎まとめて吹き飛ばした。とんでもない怪力だ。

 前、後脚の引っ掻きで革鉄板を合わせた鎧ごと引き裂きつつ、肉球の殴打なんて可愛いものではない衝撃で骨を砕いて、兜をひしゃげて首狩隊隊員を殺す。噛み付けば手足は一瞬で両断同然、噛み付いた馬を首だけでぶん回して二列縦隊を崩してしまう。

「あー、犬も手強いが北征巡撫サウ・ツェンリーは方術の名手だ! 侮るなー! って聞えてるかー!?」

 クトゥルナムが手を口に当てて叫ぶが、戦いの喧騒と頭へ上りに上った血のせいで首狩隊には聞えてはいないだろう。

 犬の化物は矢が突き立って、銃弾を受けても動きが鈍らない。刀や槍は毛も切れず、皮にも通らないようだ。突き立ったと思った矢は動き回っている内にポロポロと落ちるくらいにしか刺さっていない。

 しかし北征軍の総大将がこんなところにいるとは、意外に根性が入っているじゃないか。聞いた話だと文書弄りが得意な官僚らしいのだが。

 犬の化物が首狩隊を崩し、対応に来た北征巡撫の護衛隊が矛槍を持ったその五十騎をほとんど殺してしまっている。

 アクファルは、自分を認めて大将首を取りに来た連中を片っ端から射殺しているので暇は無し。総大将近辺の兵隊は気合が入っているので忙しい。

 自分も敵を殺すので精一杯。ド真ん中まで突っ込み過ぎたな。

 馬を殺されたシゲが公安号との組み討ちに入っている。

 馬も振り回す化物犬と組み合うとは、馬鹿もここまで馬鹿になれば相当な馬鹿だ。

 化物犬は体が大きいのと引き換えに懐が深く、体に密着すれば意外と寝技が有効だ。遂には拳銃の銃口を首に押し付けて発砲し、その銃創に短刀を刺し込んで抉り回して犬の白い毛皮を赤黒くしていく。やるじゃないか。大将首じゃないのが惜しいな。

 化物犬は組み合うを止め、引き摺るように走り回り、遂に体力減じて血にでも滑ったかシゲが引き剥がされる。

 化物犬が重傷で引き、シゲが刀を抜いて矛槍の柄ごと護衛を一太刀で斬殺しながら、声にもならないような奇声を上げて遂に念願の大将首、北征巡撫サウ・ツェンリーに刃を向け、走る。迫る鬼気に護衛兵が圧倒され、手も出ない。

 重傷の化物犬が健気に盾になろうとサウ・ツェンリーの前に出て、それは無用とその前に大将首が前へと出る。

 サウ・ツェンリー、妙に背の高い黒服の女。迫力は思った以上にあるが、官僚如きがあのシゲと白兵戦をやる気か?

 シゲが大上段からの、後ろに引いても刃が届くような深い踏み込みの振り下ろし。その斬撃を蔓か木で編んだような杖で受け止める。

 驚くことに杖は切れなかったが、押し込んだ切っ先が顔から胸にかけて切り裂いた。

 大将首取った?

 シゲが地面から伸びた草に全身を貫かれ、サウ・ツェンリーの頭上よりうつ伏せに高く持ち上げられた。

 方術で返り討ちか。惜しかったな。

 サウ・ツェンリーが白い顔を血に染め、何も無かったように立ったまま最後の指令らしき言葉を吐いてからフラついて倒れ、化物犬が襟首を噛んで走り去る。

 総大将の護衛もこれで意気が酷く下がり、その犬が走り去った経路を守るように決死の表情で人の壁を作る。打って出ることもしなくなった。

 これで自分に集る敵もやる気を失い、位置取りが出来て矢を遠慮無く連射出来るようになったアクファルが人の壁を射て崩す。

 四万の騎兵も敵兵をほとんど殺して散らし、敗走状態。勝ったな。

 シゲを見に行く。地面から生えた草が無数に、異常に伸びて串刺しにし、血が草を伝って流れ落ちている。急所は甲冑が守って草の刃を反らしたようだが、鎖帷子のような弱い部分は貫かれている。サウ・ツェンリーの血と脂が切っ先についた刀を手から離していないのが健気な感じ。

「死んだか」

 アクファルが刀の背でシゲの兜をコツコツ叩く。

「うー……」

「生きてやがる」

「はい」

 騎兵突撃に続き、殺し漏らした敵の掃討に入っている妖精と陣地内で合流。

 勝利が確定したので、一応は逃げ切ったクズ共が、痙攣したように震えたり、赤子のように泣きじゃくりながら保護される。あれはもう駄目だな。

「おいお前。顔の肉削げてるぞ」

「わー! 将軍閣下だ! えへへー、勝利万歳! わー!」

 妖精の突撃兵が、筋肉脂肪が見えた顔で笑い、肉と皮膚がこびり付いた棘付き棍棒を持ったまま諸手を上げた。

『勝利万歳! 勝利万歳!』

 集まってきた妖精達が万歳を叫ぶ。

 こんなところか。

 シゲを貫いている草を刀で叩く。硬いなこれ、鉄というか石というか、でも何だか手応えは軽い。

「どうしよっか?」

 アクファルが久し振りにニヤっと笑っている。

「このままミイラにしてバシィール城に飾りましょう、お兄様。私これ欲しいです」

 確かに石像か何かにしたら面白い状態になっているが。

 クトゥルナムが閃く。

「将軍、皆で囲んで、馬の上に立って持ち上げましょう。草を叩き折って落とせば傷が開いたり、新しい怪我を負ったり、とにかくトドメを刺すことになります」

「おっ、そうだな」

 そうだね。

「せめて下絵を描かせましょう、お兄様。私これ好きです」

 面白い光景だけどなぁ。


■■■


 クルガバットの戦いは勝利で終わった。野戦の後の包囲戦では、敵後備軍の残りは逃げ去った後で、抵抗しようとしたのはほぼ市民兵であり、抵抗といっても城壁の上に並んだのが精一杯で直ぐに白旗が上がって城門が開かれた。懲罰隊の補充要員にしておく。

 まず悪い報せ。生死不明のサウ・ツェンリー追撃作戦は失敗した。死に掛けと思われた化物犬の脚が猛烈に速かったらしい。

 次に良い報せ。北征軍は南北方面軍の挟み撃ちにあって壊滅。

 略奪した物資の分配作業をしながらその北征軍と、クルガバットで捕らえた捕虜の目玉を抉って龍朝天政の方へ送り出した。遺棄物資の中から火炎放射器等という面白い武器も手に入った。

 まだ順次到着して来ている増援が後退を始め、情報連絡の齟齬で行き戻りが混雑して大混乱を起こしているところに目無しの捕虜が到着して更に混乱。恐慌状態に陥ったところでニクール主導の終日波状攻撃を行って更に、連鎖的に撃破していった。

 追撃部隊を四方に放ち、逃亡兵を差し出した部族には褒賞を出して密告を奨励し、追い込んで追い込んで最終的には北征軍兵士の殺害捕縛は十六万を数えた。負傷して体力の無い者は殺し、残りは先導役をつけて不具にして送り返した。イラングリ人は脅迫する先も無いので皆殺し。

 それから悪い報せが二つ。

 一つ目は、目撃情報を統合すると間違いなく天政の化け物、龍人がスラン川を制圧して渡河不能になった。

 陸上では龍人の脚は馬よりは遅いので対処可能だが、水での戦いとなると通常戦力では全く敵わないらしい。

 大総督シャミール自身や魔術使い達を動員してやっと一時的に周辺水域を掌握出来る程度、とのこと。

 進出はこれ以上、安定的には不可能となった。物資を求めて攻撃、略奪で割りと長距離遠征は可能と見るが、こうなると焦土作戦が怖いか。

 二つ目は、北征軍の超大規模増援が到着すると、今になって――こっちの侵略が早過ぎか――参戦表明をしたザカルジン王国からの報せ。

 カチャ軍、ウラマトイ軍、ユンハル軍、北方三藩、旧北王軍、西方藩鎮の一部などなど。名前だけならとてつもない大軍であろう。

 ザカルジン王国だが派手に喋って危機感を煽っているようにも聞える。話は本当だが、本隊は旗だけ揃えた連中か? それとも本物の大軍か? 話は嘘で、こちらに攻撃準備をしっかりさせて足を止めている間に領域を切り取りまくる気か。

 さてどうするかな?

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