第154話「血色染」 ゲチク

 あの”赤帽子”に酒で釣られて一兵卒にまで落ちた。

 奴は「全人民は社会科学的に平等。従って職務は唾棄すべき貴賎という差別に依らず、すべからく能力適正評価にて判断される。階級社会を撃滅せしめたのであるから当然の帰結である」と言っていたことを思い出す。分かり辛い喋り方のせいで余り気に留めていなかったのが悪かった。甘く考え過ぎていた。

 ビジャン藩鎮にゾドル=ラグト朝で最初から将軍格待遇だったせいかもしれない。大体、失敗ってのは失敗してから気付くようになってやがる。綱付きで囲いに入ってしまってはどうにもならん。

 元は将軍だったと言っても誰も信じない、というか自分がオルフ語を良く分かってないから通じていないかもしれない。

 アッジャール侵攻前は旧貴族出身で佐官だったのに今では下士官だという男がいると聞いたし、乞食同然だったのが今では将軍になった男もいるという。

 そういう話をしてくれるのは同じ隊の仲間、元僧侶のパトロ爺さん。彼は遊牧諸語が分かり、会話が出来て通訳も出来る。教養人になると違うな。

 我々はオルフ人民共和国の人民解放軍に所属していることになっている。同盟勢力は唯一つ、ランマルカ革命政府の革命前進軍。大仰な名前だ。

 そして敵はアッジャール朝オルフ王国で、王はあのイスハシル王唯一の息子ゼオルギ=イスハシルだという。

 食うためとはいえ、何をどうして間違った? ”赤帽子”の詐術に何故引っ掛かった? そもそもあれは騙したというものなのか? 分からない。騙したかどうかも分からない詐欺こそが至高の詐欺か? しかし兵隊三人を徴集するだけにしては大袈裟だったかもしれない。本当に分からん。

 脱走は考えたが、前の状態に戻るより酷いだろうし、何より脱走兵を監視する部隊が多い。それから脱走出来るような場所に今いない。

 ここは戦功を挙げて出世するしかない。手勢さえ集まれば軍閥を打ち立てることも反逆でも何でも出来るってものだ。

 只今旧首都イーゲリ=ノルザルキーにて防衛任務中。加えて、軍が接収した屋敷を兵舎にして待機任務中。

 黒パン。古い物のせいかビールか汁物に漬けないと石みたいに硬くて食えた物じゃない。発酵した香りを嗅いでから食べるのがオルフの様式美。そこは悪くない。

 脂身の塩漬け。これは結構旨いが赤い肉が食いたい。

 馬乳酒が飲みたいが無いんだよな。アッジャール朝オルフに寝返れば飲み放題かもしれない。

「女の子みたいだな!」

 ノグルベイが拳闘で十人抜き中。その十人目の男の拳がノグルベイの鼻っ柱に当たり、ビクともしない。

 あいつは馬に吹っ飛ばされても骨一つ折らないし、棍棒――作りは雑だったが――で頭を殴られても殴った方が折れる。”骨比べ”では負け無し。

 十人目の男がノグルベイに胸を殴られて蹲って「ひぃあーはぁー」と声か息か分からない音を出している。

 十人抜きの賞品は蒸留酒一瓶。死んだ士官の荷物を漁ったら出てきたんだと。

 ノグルベイから蒸留酒をお椀に一杯分貰った。

 給料は軍票とかいう、商人が見たら露骨に嫌がる紙幣でしか貰えない。あまりにも皆が嫌がるので巻き煙草に使われる程だ。値崩れが酷くて糞したケツを拭くのにも使う。その点で言えば価値がある。

 従来の硬貨が以前より高い価値を持ち、次いで現金代わりに使われるのが酒と煙草だ。

 裏の貨幣としては麻薬と配給券。この配給券は必要最低限の生活に必要なものなので、これで取引するということは本来持つべき者の健康を著しく損ねるということになるので禁止されている。麻薬は濫用すると規律が乱れるということ以外に、医療用に現物が足りない状況がある。

 軍隊生活は不安ばかり。いつ死ぬか分からない、慣れない集団生活、終りの見えない戦争、故郷に残した家族、虫に食われて引かない腫れ、何時の間にか出来たデカいイボ、男色野郎に掘られたケツ。

 いかにもそのような、本格的にインチキ臭過ぎて逆に神通力がありそうな祈祷師衣装になったタザイールが深刻そうな顔をしたオルフ人達に遊牧流の占いをして助言していく。彼はオルフ語が、酷い訛り方だが喋れるのでそのインチキ度合いが増している。

 タザイールから軍票で作った巻き煙草を五本貰った。

 何もしないで酒も煙草も貰った自分が気に食わないと、若いのが絡んで来る。

「おい一個目のとっつぁんよ、おらにも恵んでくれよなぁ?」

 どこの訛りか知らないが遊牧諸語のどれかで話しかけてきた。面はオルフ人だからどこかの田舎出身か、一応言語が二つ操れる頭がある奴か。

「おい兄ちゃん、おねだりの仕方も知らんのか?」

 蒸留酒に口を付けると雑味も少なくて結構質の良いヤツだ。殴り合い、歯を圧し折られてまで競うのも……理解ぐらいはしてやる。それにしてもあの骨が人の倍はありそうなノグルベイと殴り合うなんてあいつらどうかしてやがる。

「あんだぁ!?」

「怒鳴るな」

 若い奴の首根っこを左手で掴んで床に這い蹲らせる。椅子にケツをつけたまま右手で浮かし、首と胴を跨ぐように置き直す。

 拳銃の火皿に微量の火薬を入れて、撃鉄を上げ、加えた巻き煙草の先を入れて引金を引いて着火。工夫がいる。火が点いたから吹かす。

 ジタバタ椅子の下で若いのが暴れるので腕を踏んで抑える。

 一吹かしした煙草を若いのに咥えさせる。

「大人しく吸ってろ」

 砲声が鳴って、どこかに着弾して建物を崩すような音が聞える。

 窓から外を見れば、砲弾が空から降ってくるような山形弾道で着弾している。臼砲か。

 そろそろ出番だ。

 椅子の下にいる若いのがやたら喚き出し、パトロ爺さんが通訳する。

「椅子の下の彼が我々の部隊の指揮官です」

「この若いのが?」

 酒を残して死んだ奴の代わりがこいつか。

「士官学校を出て来た優秀な人物、のはずです」

「士官、学校? ああ、聞いたことあるよ」

 椅子から立ち上がる。

 指揮官殿は顔を真っ赤にして椅子を背中に乗せて立ち上がって、振り払ってから早口のオルフ語で悪口を言う。何を言っているかは分からないが、顔に唾飛ばして来るぐらいに火を吹いている。

 その手に持った煙草を取り返して吹かす。もう一回吸うかと差し出したら手を叩かれた。

 現在アッジャール軍にこの都市イーゲリ=ノルザルキーが包囲されている。

 包囲といっても守る西岸のイーゲリ市だけで、ウォルフォ川を挟んで橋で繋がった東岸のノルザルキー市があるので包囲という包囲でもない……それが少し前の話で、今ではウォルフォ川はアッジャール軍の河川艦隊がほぼ制圧しているし、橋は落とされた。

 こうなると一度奪われれば絶望的に奪還が困難だからと、そしてジェルダナ大統領閣下の故郷だからと死守命令が下っている。現在の首都ザロネジに遷都する前はここが首都だったこともあり、気分的にも脱出作戦は有り得ない。

 こうなれば降伏という判断も止むを得ないが、降伏を訴える者は街路樹のような目立つところに吊るされる。表立って言わなくても、態度が弱腰だからと見せしめに殺される者いた。

 そんな西岸のイーゲリ市は砲撃で瓦礫の山になっており、敵の市内突入を二度許した後の死体処理も追いつかずに腐肉白骨が転がる。カラスが目玉を咥え、鼠が群れで食い漁り回り、蝿もうるさい。

 こんな臭くなる前に敵も攻略すればいいものを、あっちはあっちで兵力物資がキツいのか決め手に欠ける。半端が一番悪いとは言ったものだ。

 こっちは今食った飯が最後だ。最後の船便で届いたヤツだった。最後の飯の味を思い出しながら、指揮官の喚きに従って外へ出る。

 まず目に入ったのが、瓦礫で応急に塞いだイーゲリの門が砲撃で破壊されているところ。

 それから敵がゆっくり突入してくる。足場を固めるようにゆっくりと市内外側に広がり、広く市街を隈なく制圧する気概が見られる。

 門や壁に張り付いた人民解放軍の兵士達は既に逃げ帰って来ている。呆気無さ過ぎるが、逃げてきた連中の顔を見れば子供と年寄り、後は犯罪者か浮浪者かロクデナシか、とにかくクズばかりだ。しょうがない。こちらの部隊の――自分を含め――面もそんなものだ。

 一番に偉そうな軍服を着た奴が、顔は首から上が吹っ飛んでいるので分からないが、兵士に両脇を抱えられて引き摺られていくのが遠くに見えたので指揮官戦死の状況と考えられる。

 指揮官が号令。何を言っているかはハッキリ分からないが、皆の動きを見るに”整列”みたいだ。その整列からの指揮官訓示。小気味良く何やら言っているが迫力が足りなくて説得力が無いということだけが分かる。

 同じようなことを他の部隊も整列してやっているのが、建物や瓦礫の向こうに見えて、聞える。

 喋っている内にも砲弾が目視出来る速度で早いのやら遅いのやら、良く分からない速度で飛んで来ては瓦礫の山を更に細かい瓦礫にし、時々人に当たっては血腥い破片に変える。

 パトロ爺さんが若い指揮官に何か進言したが怒鳴られて拒絶された様子。しょげてしまった。

「何喋ったんだパトロ爺さん」

「出撃前に皆に神の祝福をと」

「そんなんで怒るか?」

「人民共和国では宗教が禁止されています。あなたも蒼天の神の名などは口に出さない方が良い」

「ケツの穴が小さぇな。勝てる戦いも勝てん」

 砲弾が近くの建物にかすって破片が飛び散り、指揮官殿の頭に当たって血が散るくらいに斬る。

 傍に寄れば、意識は朦朧としているが息がある。ただ頭の皮が吹っ飛んで変な帽子を被り損ねているように見えるぐらい重傷なのでこの状況だと助からないだろう。頭を掴んで瓦礫に叩きつけてトドメを刺す。

「パトロ爺さん、通訳しろ。俺が指揮を執る」

「え!?」

 我々には軍服が、数が足りないか支給されていない。指揮官の服を脱がせて、その胸の部分に短刀で穴を開け、指揮官の靴紐を取って穴に通す。そして小さくて形が合わないから左肩の方で外套のように羽織って紐で固定。オルフの騎兵もどきがこんな格好をしていた。こんなもんか。

 指揮官の指揮刀も頂いて、部隊の皆に見える位置に立ってから抜いて翳す。

「敵は待ってくれんぞ。俺がお前等を導いて、救ってやる」

 パトロ爺さんが通訳。

 こちらに注目するこの部隊。名前は分からんが、大体四百名の部隊だ。

 死んだ指揮官の次席やら何やらが騒ぐと思ったが、目を合わせた途端に萎む。

 ノグルベイとタザイールが側について自分を支持すると示す。ここで四百の気の量がこちら側へ完全に傾いた。目で見て分かる。

 羊飼いと犬、後は羊。四百の群れからまた始めよう。三から四百、次は一万ぐらいでいいか。

 ではまずパトロ爺さんに働いて貰う。

「何故元僧侶だ? パトロ」

「宗教が禁じられています」

「禁じられていなかったら?」

「軍に付き添って奉仕の精神で働きます。教えに従い、教えの通り、神の御心に沿って行います」

「じゃあ今と変わらないのか」

「違います。決して俗世の者の意向によって行われるものではありません。僧籍にある兄弟に命令を下せるのは神であって人ではありません」

「その僧侶よりお偉い僧侶の命令もか?」

「総主教のような役職を負っていても兄弟、役目の違いはあっても上下の差はありません。教えに沿った正しい言葉ならばそれは人の命令ではなく神の命令です」

「とにかく分かった、じゃああれだ、お前を解任する。除隊だ」

「どうやって?」

「今は俺が指揮官だ」

「軍規では……おそらく、いえ、不正です。出来ません」

「教えに沿った正しい言葉ならばそれは人の命令ではなく神の命令だろ?」

 パトロ爺さんが我に返ったように顔色を変えて接収した屋敷へ走る。

 戻ってきた時には、荷袋に詰めていたせいかしわくちゃになった黒い祭服姿で天政の官服を思い出させる。祭帽は楕円を半分にした形でオルフ人の墓石そっくり。

「兄弟パトロ、ちゃんとお前だ」

 爺様が照れくさそうに笑い、それから右手を太陽へかざして祈りの言葉を始め、そして整列する我々、人と武器に聖水――追随する用意の良いタザイールが持った桶に汲んだ川の水――を手鐘で掬って、鳴らしながらかけて祝福する。

 こんな下らない行為、気休めだ。気休めがいかに重要か教えてくれる。

 そして我々にも分かるように言葉を変えた。

「兄弟達よ。救世神の到来まで、麦のように踏まれても耐え抜け。耐えた先に楽園が待ち受け、挫ければこの地獄に囚われる。布のように団結せよ」

 救いを待つ、耐える。なんて農民根性の腐ったような教えだ。

 ノグルベイの酒瓶を受け取り、酒を指につけて、天に向かって払う。そして地面に全て空けて大地に捧げる。

 タザイールが人民解放軍の旗を持ち、そして腰には白旗を帯にして巻いていることを確認。

 各員を迎撃配置につける。地面を掘って塹壕にし、瓦礫と掘った土で胸壁を作ってある。

 パトロが救世神教の象徴である手鐘を持って、殊更に低い声色で繰り返し唱えて鳴らす。オルフ語で唱え、次に我々に分かるように。

「英知の言葉、つつしみて聞け。我等は安寧を神に祈らん」

 配置と隊形の整列を終えた敵が、懐かしのアッジャールの旗を掲げて足並みを揃えて近づいてくる。

『ウラー!』

『ウォー!』

『ウラー!』

『ウォー!』

 敵の上げる喚声はオルフ人とアッジャール系が混じる。

 銃剣付の小銃を持った兵士、槍を持った下士官、刀を持つ士官、小太鼓を叩いて横笛を吹く軍楽隊。それに混じって、いや、混ざらずに列から離れて動く銃剣無しの小銃を持つ兵士……随分遠くで構え、白煙が上がった。

 胸壁で小銃を構える仲間の頭が吹っ飛んだ。凄まじい射程、施条銃か。

 アッジャール軍がランマルカの革命前進軍の武器庫を強奪して以来、新兵器の類はあちらでも複製して運用していると聞いている。

「全員、頭を下げろ。確実に銃に弾薬が込めてあるか確認しろ」

 パトロ爺さんが唱えている最中タザイールに通訳させる。

「互いに各々を、並びに我等の命を神に託さん」

 敵が綺麗に揃えた戦列で順調に迫る。

「撃ちまくれ、敵の頭を抑えろ! 矢弾惜しんでる暇は無いぞ!」

 こちらの小銃の射程内まで近づいたの撃たせる。各小隊の指揮官の判断で各部が連続した一斉射撃を行い、小隊射撃を途絶えさせない。敵兵が順番に倒れる。

 敵戦列は足を止め、しゃがみ一列、立ったまま二列の、三段で応射してくるが、とんでもなく素早い。銃口からじゃなくて銃の後ろから取っ手を回して装填している。通常の倍は早い。何でアッジャール軍があれらの武器を使い、ランマルカに直接支援されているはずの人民解放軍が従来の武器なのか分からなくなってくる。

 突撃を破砕しようにも連射速度の早い銃のせいで撃ち返すのもやっとだ。小隊指揮官も兵士も撃たれ、撃たれずとも銃撃激しく頭が上げられず腰が引け、小隊射撃が乱れて撃つのもままならない。

「小隊射撃止め! 各自の判断で撃て! まずは死ぬな、撃て!」

「憐れめよ。救世の神よ、その恩寵を持って我等を助け、救え。憐れみ、守れ」

「二人共、出番だ」

「よっしゃ」

「いけます」

 自分とノグルベイ、タザイールが小さい油入り袋をつけた火矢で、敵兵士の胴体を狙って当てて爆発。当たった衝撃で袋が裂けて油が散り、弾薬に火が点いたのだ。欠点は矢の頭が重くて当て辛い。

 密集隊形を取る敵、みんなが銃剣を付けたとはいえ火薬を扱う小銃を持つから誘爆、戦列が崩れる。

 敵の突撃が躓いた。

『ウラー!』

『ウォー!』

『ウラー!』

『ウォー!』

 しかし崩れた戦列を、後続の戦列が踏んで潰して進む。気合が入ってるな。

「憐れめよ。聖なる人よ、その記憶を持って我等は倣い、行う。憐れみ、守れ」

 大砲みたいな形の兵器が持ち出される。二つの車輪で転がさなければならない重量の兵器。砲身銃身? の両脇には盾がついていて、銃口が無数にあってまるで蜂の巣。

 射撃を止めた敵の戦列が、その蜂の巣兵器の射線を開ける形で前進を開始する。

 そして更に激しい射撃が始まる。その兵器一つから何十発もの銃弾が放たれた。一発一発が防御用の大口径銃並。所詮は即製の胸壁、削り崩されて内側の仲間の体、腕だろうが頭だろうが肩、胸、一発で千切る。

 蜂の巣が人を蜂の巣にしやがるってか。

 その兵器は二十も無いが、何か部品……弾薬入りの箱を交換する度にその兵器が何十発も火を噴く。

 頭が抑えられた、迎撃射撃もままならない。

 仲間達が胸壁、塹壕に隠れながら仰向けになって小銃に弾薬を装填して何とか撃ち返しても、蜂の巣兵器には盾がついていて銃弾を弾いてしまう。

「救世神来る時、鐘が鳴る」

 この隙に敵が距離を詰めて来る。

『ウラー!』

『ウォー!』

 かなりの気迫。

 全く、農民兵も馬鹿に出来ん世の中になって来やがった。ジャーヴァルではまだ、天政でも少し、ザカルジンはキツかった。今のオルフは、こいつはヤバいな。

 この突撃を破砕するためには撃たねばならない。撃たねば敵が突っ込んで来る。銃撃が作る時間が一歩、二歩の距離を稼ぐというのに、撃てない。

 胸壁が削れて崩れて仲間が千切れ崩れ、丸まって塹壕に身を隠すのがやっと。糞小便の臭いが一段とキツくなる。これで漏らさない奴は頭がイカれてる。

「鐘が鳴り、死が滅ぶ」

 ついに足音、小太鼓、笛、オルフ語の号令が迫って、塹壕越しにも振動が来る。

 猛烈な蜂の巣兵器の銃声が止ったが、今度はこっちだ。なんの新兵器か知らないが、やはり決着はつけるにはこれしかない。

『ウラー!』

『ウォー!』

 銃剣を突き出し、敵が崩れた胸壁を踏み越えて雪崩れ込んできた。

 先鋒の敵は至近距離で放つ銃弾で仲間一人を確実に仕留め、突撃の勢いで刺し違えるように銃剣を突き刺す。胸壁の上から、下の塹壕へ体重を掛けるような刺突は重くて深い。

 先鋒の次の敵もまた至近距離で銃撃しながら銃剣を突き出して、更に食い込む、仲間を殺す。

「くわ!」

 気合で敵の動きを一瞬止めて、刀で頭を叩き割る。

 肩の軍服で敵の顔を叩いて、銃剣も絡ませ、刀で腹を刺す。

 銃撃の用意がある仲間は至近距離で敵を迎え撃って殺す。

 ノグルベイは突き出された銃剣を素手で掴んで圧し折り、戦棍の柄で頭を叩き潰す。囲まれて銃弾を撃ち込まれ、銃剣が二つ三つ刺されても、戦棍を振り回して血塗れに返り討ち。

 ついた勢いはまだ生きて、敵は死んだ敵の体を踏みつけて、銃剣で刺し、頭が熱くなりすぎて小銃を棍棒にして振りかぶる。

 タザイールは祈祷の覆面姿で、何を調合したか知らないが毒粉を鍋で敵にぶっ掛ける。掛けられた敵は皆、目を押さえて呼吸も困難にのた打ち回る。

 我々には武器が足りなかった。街で集めた工具に農具を持っている仲間が敵に撃ちかかる。塹壕の中で組み合って殺し合うのならこの程度でもかなり戦える。

 白兵戦は熱くなり、武器を持っているのに投げ捨てて素手で殴りかかり、首を手でしめ、親指を目に押し込む者も出てくる。

 パトロ爺さんはお経を止めず、聖典で銃剣を捌いて、その手に持つゴツい手鐘で敵を殴り倒す。

 物の入った箱をゆっくり傾けるみたいにボトボトと敵が流れ込んできて、殺し合って死体が積み上がる。

 刀が折れて、手が滑って血塗れの短刀が飛んで、指の間接が外れるぐらい殴った。指間接を嵌め直した頃、”箱”が空になった。

 思ったより敵の数が少なかった。気迫はあったが、油火矢で戦列ごと焼いてやったおかげで頭数が減らせてた。

「死が滅び、墓にある者へ命を与えん」

 敵の第二波が戦列を整えてまた迫る。蜂の巣兵器もまた火を噴き出した。

 油火矢の残りはもう無い。人民解放軍では矢は完全に自作するしかない。昔から自分の道具は自分で作っていたが、原材料から集めて加工するのも全て一からというのが中々手間だ。しかも自由の少ない軍隊生活となると時間も取れない。

 しかし、これは無理だな。

「タザイール、終いだ」

「はい」

 白旗を上げて降伏しよう。

 タザイールが旗を広げて竿につける。白旗だが何というか、塹壕に隠れている内に仲間の血が染みて赤黒くなってしまっている。

「てめぇ、何だこりゃ?」

「すまない将軍」

 オルフ人民共和国の旗は赤い旗だ。今この白旗を掲げたら攻撃精神の発揚以外に見えない。掛かって来い糞野郎という意味にしかならない。

「命を与える者、救世神」

 負け犬根性が染み付いてるオルフ人らしいお経だ。死んでも助かる気でいるとは呆れたものだ。本当に助かると良いな。

「救世神来る時……む?」

 パトロ爺さんがオルフ語、遊牧諸語で交互に唱えていたお経が止る。

 我々も何だか止ってしまった。敵もあれ? と動きは止めないが少し鈍る。

 市外からの喚声と、斉射ではないが無数の銃声。そしてこの地響きは……騎兵隊だな。

 それから市街の騒ぎに耳を傾けながら様子を伺う。

 敵の前進が止ってしまった、砲声も完全に止む。

 敵から動揺の声が漏れてくる。オルフ語は分からなくても感情くらい読める。

「射撃停止! 弾薬がちゃんと込めてあるか確認しろ! 良いと言うまで撃つな!」

 次の射撃に備えて皆が準備を整えて、静かに息を飲む。

 耐える。足音が近づき、外の騒ぎがいよいよ波及してくる。オルフ語だが、この言葉は「共和国万歳! 革命万歳!」だったか。

 何だかオルフ語が意味を持って聞こえてきた感じがする。

 迫る敵が騒ぎ出し、脚が止るどころか振り返り始めた。

 壁外だが人民解放軍の騎兵突撃が今決まったらしい。死守命令が無駄じゃなかったとは、一応は褒めてやろう。

「立て! 逆襲だ! 倍返しだ!」

 死んだ敵士官の刀を手に取り、立ち上がって翳して振る。風向きが変わった。

 ノグルベイが「グウォオオオ!」と咆える。

「続けぇい!」

 塹壕から出て走り、同時にパトロ爺さんが「神の敵をブチ殺せ! ウラァ!」と叫ぶ。

 タザイールは血色染めの白旗を掲げ、振って攻撃を促す。

 生き残りも叫んで死体、胸壁を乗り越え駆け出す。

『ウラー! 共和国万歳!』

『ウラー! 革命万歳!』

 逃げる敵の背中が誘って見える。

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