第153話「競る領域」 ベルリク

 レーナカンドは破壊用の部隊を残して東に進む。捕虜は作業に使ってから殺せば良かったと思ったのは出発した後。作業が多くても文句も言わない妖精がいるお陰で、助かってはいるがそういう細かい点を見逃している。

 ユドルム山脈を越えてもまだトシュバル高原である。西部と東部、見た目は似たり寄ったりで傾斜の向きが東西か差がある程度。

 高原にはまた川に渓谷があって、地形は複雑ながらまた一つ一つハッキリ区切りがある。

 この東トシュバルではまた抵抗が無い。この地一帯を治めるウルンダル王の協力あってのことだ。

 ウルンダル王はラグト征服前よりレーナカンド東方を任せられていた男だ。状況が理解出来る頭と経験がある。ついでにトゥルシャズ曰くイディルの理解者であったそうで、火砲製造のための資金を良く稼いで来てくれたそうだ。それだけにこちらがいかに強いかが良く分かって立場を弁えている。

 陥落後に連絡があって判明したが、レーナカンドのサヤガル王が東へ逃げる事を防いだのがそのウルンダル王である。地形的に事前連絡が出来なかったものだから何というか、話を聞いた時には意表を突かれた。

 それに加えてウルンダル市で会見した時には「東トシュバルを妖精が管理する場所にして否定しません。我が領地を放棄しても問題ありません。他所の統治を任かされたなら全力を尽くします」などなど、功績がある上に良いことばかり言った。

 立場を弁えて状況が理解出来ている。出来過ぎている。

 信用ならない有能の使い方とは傍に置いて使うことだが、どうするか。どうしよう? これで首切ったら流石にちょっとマズいよな。

 このウルンダル王と会見するに至る仲介役を果たしたのがクトゥルナムという男だ。

 クトゥルナムはイディルの王子の一人でアッジャール朝の侵攻に参加し、崩壊後の混乱を乗り切り、ビジャン藩鎮軍だったり、盗賊だったり、色々経験は豊富で、斥候伝令の仕事が得意らしい。

 それとトゥルシャズが実の母親だという。世間は狭い。

「母ちゃん!?」

「おや何だ、あんた生きてたのかい」

 感動の再会の機会を作ったら、息子の方が母親に勢い良く抱き付いていた。

「死ぬかと思ったぁ!」

「はいはい、大変だったねぇ」


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 旧レーナカンド王の東部領域を受け持ったウルンダル王の領域を南に行けば魔神代理領大内海連合州に服属している諸部族の地域。こちらは軍が進む方角ではない。

 東に行けば兄弟部族としていくつかに緩く分裂していたチャグル族の領域だ。

 チャグル族は幾つか分派に分かれていたが、盗賊将軍ゲチクによるノルガ=オアシス虐殺以降、ノルガ分派は弱り切り、合意の上でファルジ分派と合併することになったらしい。

 この拡大の流れから、北のサソン分派と合併することになったが、王同士の決闘でどちらが主導権を取るか決める事となってサソンの王が勝ったそうだ。

 この急な合併でノルガとファルジの分派からは不満分子が現れ、個人――一家単位――的なものも含めて服属部族が離反し始めた。

 そしてその離反部族は隣接するイラングリ王国に下っているという。そして離反部族を唆す第三勢力が金を出して買収に出ているという噂。

 その状況でチャグル族の統一王がこちらからの臣従要求を受け入れた。

 会見時には「我がチャグル族の分裂を阻止するために従います」と言われた。

 我々という後ろ盾を受けて離反を取り止めた服属部族も出たのだから悪くない選択ではあったろう。

 チャグル族を交渉で受け入れた。次は東か南か、同時にか。

 東はイラングリ王国である。この旧ラグト圏では珍しい農業重視国である。その分金銭的にも余裕があってか重装備の軍を揃え、周辺地域の部族も従えて遊牧兵力も十分に抱える。地域大国だ。

 南は大内海連合州の本拠カクリマ半島。

 レーナカンド以東に出たのならばそこの”大”総督シャミールとの会見は必須である。

 シャミール大総督はこの地の専門家と言って良く、この周辺地域をどうにかするならば相談が必要だ。

 虐殺して略奪して整理したレーナカンド以西とは違い、こちら東側は既存勢力がほぼ無傷で、現地人達も状況把握に困っているような流動的な状況。侵略者である我々からして見れば何が何だか分からないが、とにかく領域が広がった、程度の認識である。整理をつけてくれる人物が必要だ。

 大内海連合州の連合州総督シャミールに会う機会は手紙のやり取り一往復で済んだ。

 それから大総督っていうのは俗称で尊称。


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 わざわざ時間短縮ということで、互いの中間地点にあるヘロセンという沿岸部の都市までご足労頂いた。

 ニクールが言うに、大内海の連合州総督というのは州総督の中で一番権威があるそうだ。ただ権威の話なので権力は他と一緒らしい。

 ヘロセンの公館で初顔合わせをしたシャミール大総督は全体的に曲面形だった。

 人型を基本に、頭は髭の無い鯰のような形で目鼻耳が全く無い。

 哺乳類のように背骨がそのまま伸びたような尻尾ではなく、魚のように胴体が連続したような形。

 つるっとした純白の肌に、頭部に対して巨大で真っ赤な口、歯は全て磨り潰すような形で犬歯のようなものは見当たらない。

 そして尻尾を半ば床につけるようにして、軽く腰掛けるように宙に浮いている。椅子は使わない。

 化物、魔族、やっぱり化物。魔族とは一体何なのか分からない。

「いきなり不躾な質問になりますが、目とか、あります?」

「目を合わせるのが難しい頭で申し訳ない。無いので口でも見て頂ければ」

「分かりました」

 鯰頭の口元を目扱いにして視線を合わせる。うーん、変だ。

「今回のグルツァラザツク頭領の遠征を我々は歓迎しております」

「それは嬉しい言葉です」

「あなたが遊牧帝国域を抑えれば、あのイディルの大侵攻のような戦いを封じる事が出来ます。我が連合州はカクリマ半島の地峡部で睨み合いに終始するだけで終戦を迎えられましたが、次がもしあればどうなるかも分かりません。是非協力させて頂きたい」

「お願いします。まずは領域、部族の件で相談がしたい」

「難しく解決しようとすれば難しいところですね」

「はい」

「こちらとの領域と臣従先の交換や調整はしない方がよろしいでしょう。残虐より不誠実が嫌われます。現状は維持するように、拡張縮小は流れに任せたまま、大きな点を抑えておけば磁力に引かれる砂鉄のように何れ形が決まります。ウルンダル王とチャグル王、二つの王号の持つ影響力をあなたの手中に収め続けるべきです。この引力を重視すれば既存体制は然程に揺るぎませんし、誤差範囲に留まる影響は所詮誤差です。農地、水路のように管理すべきではありません」

「そのように、無理に成形するより流れに任せる指針で行きます。反抗する意気は戦いに注がせて疲れさせます」

「イラングリ王国に攻撃されますね。そうならないように心配する使者が何度かこちらに来ておりました」

「降伏勧告はしないつもりです。出来れば降伏勧告をしてから滅亡か臣従かを選ばせるというやり方に一本化したいのですが、元気な男を出させると兵が余って消耗先を見つけないといけないんです」

「遊牧社会の長短ですね。攻撃を支持します」

「ありがとうございます」

「レーナカンド以西にそちらが帰還された場合はこちらからも睨みを利かせるようにします。敵になってはこちらが困りますから」

「レーナカンド以東はウルンダル王、チャグル王に権力を分散させて反目させます。彼等に臣従していない部族はこちらの直轄にして勢力圏を斑模様にします」

「大枠はよろしいかと」

「彼等に臣従せずに点在する部族、その小さな斑点のような部族を通じ、彼等に限って通商を許可するようにし、更に権力を分散させるようご協力頂きたい。名目はこちらレスリャジンが派遣した代理人であるから、という理由が良いと考えます。怨恨を分散して混乱させます」

「中が埋まりましたね。ただ商人自体の質が気になります。効率は大分良くないでしょうね」

「それは小部族経由の取引だけでお願いします。こちらとの直接取引は我が方の専属商人のナレザギー王子とやって頂ければ。こちらが回れば良いのです。額も当然こちらが大きいですよ」

「中間業者を噛ませる非効率と、貧困に対する憎悪に、あなたの与える恐怖が転向されて武力弱者へ、と流れが見えます。内紛の起きる感じが伝わりますよ」

「そうしたら潰します。誘ってますので」

「反乱は隙を突いて動くのが常道ですが、対応は可能ですか?」

「元々我が軍の主力はマトラとスラーギィによって作られ、他の二十万を超える新規参入の軍兵力はおまけなんですよ。少々そちらには悪いのですが、旧レーナカンドの要地さえ抑えていれば混乱は局所的になり、そしていつでも潰しに行けますので何時でも何をされてもあまり困りません」

「当然こちらに負担が来ますね」

「助けて下さい。お願いします」

「共同体の仲間ですからね、助けますとも。しかし反目させ過ぎと感じます」

「私は伝統を破壊するつもりです。レーナカンドがその象徴。年寄りの死による早い世代交代で意識を変革する心算です。何時までも蛮地の勇者にしてはおけません」

「瀉血療法のようで私には恐ろしいですね」

「血と血を混ぜ合わせて練成するんですよ」

「錬金術ですか? 失礼、非合理と言うのは失礼。呪いの如き科学? 良い言葉が出ない何かですね。おぞましいことで」

「それ以外に無いでしょう」

「あなたが死んだらお終いの、綱渡りのようなやり方です。と言いたいところですが、後継者は?」

「レスリャジンの若者が続き、マトラが支えます。少なくともマトラの方は種の根絶でも無い限りはその方向で動きます。既にそのような組織、首が無くても歩きますよ」

「人間の方が存在が危うげですか。絶滅も有り得ると思われた時代があっという間に過ぎたようです」

「妖精”使われ”ですので。もう妖精”憑き”かもしれませんが」

「妖精使いと云われたあなたが言うならそうでしょうね」

「我々は、私は遊牧帝国域ならではの近代化を進める心算です。豊かさは共同体の中央に任せ、我々は火力筋力に練られた剣となります。もう使える分には出来上がってきておりますので、しっかり握って下さい」

「恐ろしい物を握らせてくれますね」

「放っておいても刃を研いで整備してしまう剣ですよ」

「触り方に注意ですか。勝手に動き出す上に」

「相談は危急でなければします。必ず」

「相談ですね」

「ということで、そちらの備蓄を開放して下さい。私が先頭に立つ戦況も作ってくれない大軍は大喰らいです。頭数が指折りの大都市一つ分に加えてそれ以上の馬、駱駝です」

「遠慮無く言われると面食らいますね。そうしましょう」

「ありがとうございます」

「一連の戦いが落ち着いたならば、これから中央に州の設置を求めるのではなく国を作られると思うのですが、構想はおありで?」

「流石にこの規模ですから、独立軍事集団を名乗るのはおかしいですし、中央に丸投げしても困ると言われそうですね。構想はあります」

「帝国、名乗られますか?」

「規模は確かに帝国ですが、ジャーヴァル、ハザーサイールと比較して名乗れますかね」

「支持しますよ。責任が重い分は権威と権力が伴わなければなりませんから。ですからむしろ名乗ることが義務と考えます。そうしなければなりません」

「一つ、候補があります」

「はい」

「帝国連邦。固有名詞はありません」

「理由を」

「人間、妖精、獣人による普遍性に加え、一括りに出来ない広大な地域を抱えるからです。僭越ながら、小さな魔神代理領。何か固有の名を冠するには適当な言葉がありません」

「なるほど。我が方も大内海連合州と、半分程度は固有名詞に依らない名前です。分かりますよ。しかし、あなたの名前がありますが」

「今は私の”物”に等しいですが、何れ変わります」

「世襲制にはされないのですか」

「各行政区から議員枠を確保した共和制で、議員の選出方法は各行政区に任せます。軍務省と内務省の権力は各行政区とは別に、省の外局を含めて議員枠を用意してかなり強化します。議長は内務省長官が兼ね、その職責は軍務遂行の補助と規定します。元首は軍最高司令官を兼ね、それは名誉的ではなく実質の指揮を執れる者以外なれないようにします。指揮官は先頭に立つ、と条文に入れる心算です。選出方法は議会指名で、ただし選出枠は軍出身者のみ。私の子孫には名誉議員枠ぐらいは一席、目印程度に確保しますが、この肩に並んで追い越したいのならば自力で掴めと子供が出来たら言うつもりです」

「軍部主導の共和制ですか。民主的にしたら意見が割れに割れて大分裂しそうなので良いと思います。あ、今のは侮辱ではないですよ」

「いえその通りです。法や徳でもなく、棍棒で従わせているのですから、全くその通りです」

「失礼しました。そして失礼ついでに、何故あなたの子孫には一席程度なので? もう少し我がままを言っても皆が納得するでしょう。世襲はお嫌いで?」

「やってやるというのは面白いからですよ。最高に楽しい。下の方から上に行く差が大きい方が勿論良い。私の場合は凡人百万の一生を加算しても足りないでしょう。子供には、そう期待してしまいます。生まれもしていないのに言うのは何だかおかしい感じですが」

「身一つ、十年余でここまで来たあなたの言葉だ。理解します」

「そう、官僚とかは中央の方から募集していいんですかね」

「共同体への登録申請を済ませれば可能です。その場合は給与や待遇はちゃんと保障しないといけません。独自に集めた場合はその限りではないのですが、中央の物価基準なのでかなりな高給取りになりますね。大体は引退したような官僚を招き入れて教育係にするのが無難で、幅広く取り入られています」

「流石に勢揃えは考え物ですね」

「州ならそういうことは考える必要はありませんが、そちらの領域を考えると州設置は拒否される可能性があります。派遣して貰うのなら要職に限る程度としておくのがお勧めです。やはり人材はその地で賄うのが自然で道理です」

「参考になります」

 このようにシャミール大総督と話をしていると、アクファルが部屋の外に出て伝令と応対。手紙を持ってきた。

「よろしいですか?」

「どうぞ」

 断りを入れてから手紙を読む。

 ”イラングリ王国ジャルバスク方面を偵察中、国境近辺で龍朝天政のビジャン藩鎮軍とイラングリの連合軍を発見。当該偵察部隊がその国境で小規模な戦闘を行って撤退。代理指揮官ストレムの指示により全軍臨戦態勢にて待機中。中部方面軍特設偵察隊隊長クトゥルナム”

 武力で追い払われる形で戦闘が起こったとのことだ。龍朝天政とは何となく聞きなれないが、もうあのレン朝ではないんだったか。内戦に介入して沿岸部を荒らし回ったのが懐かしいな。

「緊急で?」

「イラングリと国境で小競り合い。それからビジャン藩鎮軍が一緒にいたそうです」

「なるほど」

 イラングリ王国軍だけならばもう既にそのまま攻撃に移っていたが、ジャーヴァル内戦でもやってきたあのビジャン藩鎮軍がいると言うのならば話は別で、攻撃命令は一時凍結となっている。代理指揮を執るストレムは先走らなかった。

 実は攻撃しても良かったが、このシャミール大総督の協力が得られるかどうかでやはり一つ、判断が要る。

「攻撃に出ますのでご協力を」

「即応可能な海軍がおりますのでそちらで陽動程度なら即座に可能です。ザカルジン王国とは私が良いように取り計らってみましょう。利害は一致する見込みです」

「お願いします」

「見込みですよ?」

「じゃあ安心です。柔らかい脇腹どころか首を切って我等に頭を差し出してくれるでしょう」

「そこまで。期待を掛け過ぎないで下さい。やるだけやりますよ」

 シャミール大総督は化物面だが自信に満ち溢れているように見える。喋りが謙虚なのは性格がそうなだけだろう。


■■■


 ヘロセンを即座に出てチャグル族とイラングリ王国との国境地帯まで趣き、ストレムの代理指揮権を解く。

 そして各方面軍へ攻撃命令を出す。

 北部、スラン川源流があるダルハイ山地方面軍。総指揮はヤゴール王。前衛はウルンダル軍とチャグル軍。後衛と督戦役はヤゴール軍と、予備兵力としてヤシュート軍にダグシヴァル軍。新参の北部前衛軍を撃破する必要が生じるとなれば二軍ぐらいは配置に付けないといけない。

 中部、イラングリの王都ジャルバスク方面軍。総指揮は自分。前衛はストレム指揮の東方遠征旅団とフレク軍に鉄砲玉用の旧アッジャール左翼軍。後衛の我が軍男女二万は予備兵力と同時に、南北に対する予備兵力。

 南部、経済的には一番発展している大内海沿岸部方面軍。総指揮はニクール。前衛は東トシュバル高原にいたウルンダル王直下ではない部族が鉄砲玉役。その前衛を監視するのが、征服時に抵抗をした旧オド=カサルと旧イリサヤル軍こと、中下ラハカ軍を中衛に置く。更にその中衛を監視するのが抵抗せずに臣従してきた旧ガズラウ軍こと上ラハカ軍で、それをまた更に指導するのがギーレイ軍。

 南部方面軍は大内海連合州に服属した部族と共同歩調を取る。その服属部族は防御の役目を果たすので役割は限定的。

 大内海連合州軍の動員はまだかかるので、目下のところは即応可能な海兵隊を乗せる艦隊による沿岸部、スラン川からの支援程度。

 主攻は中部方面軍、助攻は北部方面軍、陽動は南部方面軍、支援作戦を大内海海軍が河口部から。そしてもしかしたら側背攻撃をザカルジン王国が、といったところか。

 可能な位置、全正面からの攻撃計画である。

 仕上げに古巣のビジャン藩鎮軍に詳しいクトゥルナムが再度偵察に出て詳し軍容を確認しに行った。

 その報告によればビジャン藩鎮軍本隊は到着しておらず、まだ先遣隊。規模は前年並みなら二万、充足していたら四万見込み。旗と指揮官の顔で数えた結果らしいのでそんなところだろう。

 そしてビジャン藩鎮軍ではなく名は北征軍、指揮官は北征巡撫サウ・ツェンリー。実質的な指揮官は鎮守将軍サウ・エルゥ。

 名は大仰だが実態としては中原への遠征を繰り返して疲弊した軍隊で、しかも遊牧騎馬軍の運用に長けたゲチク将軍とその軍が丸ごと抜けているという。

 片目と片腕がもげた疲れた巨人が相手か。しかも今の我々はその巨人より大きい。イラングリ王国が動員出来るのは市民兵込みで八万で、北征軍先遣隊を入れて十万強。北征軍本隊が加われば、無理をして市民兵を加えてそれが二十万強となる見込み。こちらは既に戦闘配置へついているだけで三十万を越える……多いな。

 これで防御作戦だったら飢えでやられそうだ。攻撃作戦だからこそ、敵からの略奪分が期待出来るからこその軍量だ。

 防御側になってしまった敵さんの対応が間抜けと見るか、策有りと見るか。

 どちらにせよ血の洗礼を受けていない者達の相手になって貰う。まとまりのない彼等を、戦の記憶という一つの歴史で持って縫い繋がなければいけないのだ。

 バルハギンの遊牧帝国という地盤作りでも、イディルの再統一でも足りなかったのだから、まだ足し続ける。

 過去の失敗例――本人達はその心算も自覚も無かっただろうが――を過去にしつつ、未来に繋げる。先達の成果を靴底に貼り付けて進む。


■■■


 攻撃計画発動の最終準備中に北征軍とイラングリ王国から使者がやってきた。

 彼等を新調した宮幕に招待。砲弾と一緒にスラーギィで作った物が届いたのだ。レスリャジンの女達が一斉に入れた刺繍が大きく入っている。

 クトゥルナムには話し合いをしようという旨の親書を偵察次いでに届けさせたのだ。親書を送るのならば敵陣地に入り込むのが当然で、総指揮を執る北征巡撫本人に直接手渡すのが礼儀。堂々と偵察が出来た。

 一応使者にも格が必要とされるのだが、死んでも構わない上、女一万人隊の指揮官の息子でイディルの王子の一人ともなればクトゥルナムの格は十分。案外使い道のある奴だ。このお膳立てのお陰で北征軍の中身が、看板が変わっただけで疲れた巨人のままのビジャン藩鎮軍だと知れた。

 狡賢そうじゃなかったらこのクトゥルナムにレーナカンド以東を任せて大王とか左翼頭領とか、適当に偉そうな役職をくれてやったんだがなぁ。

 とにかく顔が悪い。女には好かれるかもしれないが、政治を任せるとなると別の顔が欲しい。

 面構えも才覚だ。顔が悪いだけで話が通るものも通らないことがある。もしあの面がイスハシルだったら中身が同じでも任せたかもしれない。小間使いをさせるんだったら良い顔なんだけどなぁ。

 顔が何か小さくて顎も何だか小さめで首の太さと何か均衡が良くない変な感じ……あれだ、小物面だ。もっと老けて髭が伸びて顔に深い古傷でもつけばもっと良い役をつけやって良い。トゥルシャズがウチの子をもっと何とか、とか言ってきたらそう言ってやろう。

 北征軍からバフル・ラサドなる、宇宙太平団教主にしてキャラギク市男爵という、凄いんだか凄くないんだか判断に困る男がやってきた。

 参考にクトゥルナムから聞くに、宗教組織を用いた諜報組織の長でもあるという。凄い奴だ。

 イラングリ王国からは第二王子殿下。王位継承権二位とは中々に程良い人物だ。首が切れてもそこまで痛くないし、切れても士気高揚に使える。

「国境での衝突は不幸でした」

「こちらの偵察部隊の者が気に逸ったようです。何せ何の目印も無い草原ですから」

「互いの領域を確認して今後の衝突を避けるのが最善。両人民の幸福です」

 バフル・ラサドが正論を正論面で言う。

 こっちはこちらの人民の幸福なんて望んでいないが。

「スラン川の線を国境とするのが適当。目印がなければ無用な争いが生まれます。氾濫で流域が変わった際に……」

「お待ちをレスリャジンの大王よ。我がイラングリの分割は有り得ない話です」

 思わずといった風に席を立った第二王子。しかし言葉は静かなまま。

「では何を目印に? 草原砂漠に線でも引かれるおつもりか?」

「引きます」

 杭を国境線一杯に並べるという手法はある。もっと狭い地域での話だが。

「大変な労力ですね。こちらにはそんな資材も労働者もいないのですが、そちらにはいらっしゃるのかな?」

「折半が妥当です」

「我々は戦争続きで貧しいのです」

「ではこちらが適切に処理させていただきます」

「そうですな。公平にその線が引かれるか見届けさせて頂かなければいけませんね」

「そのようにされて構いません」

 と第二王子の代わりにバフル・ラサドが言う。こちらの大軍の有りようも知っているだろうから、それが相手としては望ましいだろう。こっちが飢えで崩壊するからな。

「ではその境界線まで我が軍を動かさせて頂きますよ」

「それはお待ち下さい。軍ではなく監視員で十分でしょう」

「この界隈では一部族滅ぼすような盗賊が出るとチャグル族の王から良く聞いております。護衛も無しに監視員だけとは恐ろしいことを言いますね」

「既にイラングリ王国は冊封関係にあり、天政下にあり、我々にはその守護義務があります。悪戯に軍を進めれば北征軍百万が動くことになりますぞ」

 百万!? 手勢だけで焦土戦に軽攻撃だけしてれば壊滅出来そうだ。

「緊張状態に入る度に百万も動員すれば大変でしょう。やはりスラン川を国境線にするのがよろしいでしょう。分かりやすいし、線とやらの費用も掛からない」

「交渉決裂ですな」

 第二王子が言って、お目付け役かもしれないバフル・ラサドは異論を挟む顔をしない。

 アクファルの膝を叩いて合図し、席を外させる。

 そうしてから信号火箭が打ち上がった。その一本が上がると南北から一本ずつ、それから更に北から一本、南から一本、連鎖する。

「あれは何の合図ですかな?」

 バフル・ラサドが、落ち着いた顔で額に汗して言う。

「お話はこれまででしょう。決裂と言ったのはあなた方でしょうに」

 あれは攻撃の合図ですが、教えてあげません。

 別に停戦の約束とか何もしていないのだ。何かしたか?

 とっとと馬に乗り、ラッパ手に出撃の合図を出させる。

 前代未聞の光景に笑ってしまう。

 今我々は、我が軍は使者達の一団と併走する形でジャルバスクに向かっている。お互いに強行軍のように競争しているので何とも馬鹿らしい。向こうにとってはこれで奇襲攻撃が防げるかどうかの瀬戸際であるから大真面目で必死だ。

 使者殺しはご法度なので、何度も「殺せるぞ」と囁いて来るルドゥの言葉は否定した。

 現状では拡張限界を感じる。ウルンダル王とチャグル族の統制で大分、我が方の行動力が削られてしまっている。これ以上の進出は面倒事が乗数で増える気配だ。ザカルジン王国と国境を接する問題もある。

 であるから防御拠点以外が無人地帯となった西イラングリが欲しい。人影があれば確認不要で攻撃して良いような地帯だ。敵の攻撃があれば、イラングリ通過だけである程度疲弊するような地帯。

 西イラングリの確立に必要なのは西岸に位置する拠点。王都ジャルバスクは西岸に位置して規模も大きくて相応しい。都市自体の作りも東方からスラン川を渡って攻撃してくる敵を想定しているので改築も楽だ。都市の歴史もアッジャール朝に利する形で発展しているのでこちらには使いやすそう。

 流石に軽量快速の使者の一団がお先にジャルバスクへ帰還した頃に、我が軍は騎兵で包囲して陸地から切り離す。その背後にスラン川が流れるから完全包囲は不可能だ。

 ジャルバスクの城壁は盛り土をレンガで固めた方式だから頑丈で、高さもかなりある。砲台は応急工事で増設している最中であって、都内は盛り上げた丘のようなところは無くて扁平。マトラの砲兵がいなかったら少々難しい要塞だ。

 重くて配備に時間の掛かる大砲の到着まで、それ単体では大砲より遥かに軽い重火箭を並べて挨拶代わりに一斉発射。相変わらずの酷い発射煙が洪水のように押し寄せて煙たい。馬も嫌がる。

 重火箭は狙いをつけられる兵器ではないが、凡その飛距離は大体調整が出来るのでジャルバスクの港へ着弾する要領で発射させた。勿論だが城壁を越えて着弾。

 焼夷弾頭が爆発する煙とは別に、爆発後に大きく煙が上がり始めたので焼き討ちには大体成功した。偵察隊による、川からの観測によれば港に係留されている船でも火事が発生しているとのこと。

 戦果が確認出来たので昼夜問わず、少しずつ重火箭を都内に撃ち込んで眠らせないようにして疲れさせる。


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 騎馬軍で進撃しつつも道を警戒する部隊を小分けに、食糧と馬と駱駝の予備も残置して簡易駅――建物は無い――を設置。

 大砲を牽引して後からやってくる砲兵は、牽引で疲労した馬と駱駝を簡易駅に預けて予備と交代させて休まずに進む。そうして包囲翌日の昼には砲兵隊が到着。

 弾火薬はまた大砲の後に簡易駅を利用して輸送されてくる。砲兵の展開、陣地構築、観測射――最低限の弾薬は一緒に輸送――の時間を含めれば、弾火薬が同時に現場に到着する必要はない。

 弾薬輸送量と弾薬消費量が相殺されて常に弾薬備蓄量が皆無という状況が、攻撃と補給の均衡が最適化されている状態である。今日はその理想が一つ実現された。これが実戦で成功した時点でこの遠征は成功したといえる。ここから例えレーナカンド以西に撤退する羽目になっても、この経験だけで充分元が取れる。高速で遠隔地への一点攻撃を行う際に有用と考えられる、漸次輸送砲撃法が証明された。

 ほぼ時間の浪費無く本格的な砲撃が開始。物の運びが命の砲兵畑のストレムがそのように調整した。調整が出来るように組織が作られているからだが、どちらにせよ凄い。

 ジャルバスクの城壁は砲撃をしても、レンガは崩れるがその奥には土の塊があるせいで容易に形を崩壊させない。薄皮を剥くような状態だ。

 応急で作成された砲台はすぐさま榴弾で破壊されたが、前から設置されている砲台は、添えつけの大砲を退避させられるように作られている。砲門は破壊しても、瓦礫が撤去されれば砲台は一時的に復活。

 突撃待機中の左翼軍を、元気な状態で接近させるには砲台を二度、三度潰す手間が掛かる。砲身だけを外に突き出す砲門以外だけではなく、大砲が乗る足場自体を榴弾で破砕してやらなければならないのだ。

 何時もより多くの榴弾を、肺を病みそうな程に砕けて巻き上がるレンガと土の粉塵に塗れるジャルバスクの城壁へひたすらにマトラの砲兵隊は撃ち込む。

 あの城壁は高い。頑丈に作らないと、粗末に作った梯子程度では途中で折れてしまいそうな程に高い。

 砲撃中に工兵隊が重火箭の一斉発射のため、暴発誘爆の可能性を排除するように慎重に並べて導火線や発射薬室の最終点検を行って、点検が完了したら印をつけている。

「大将」

 シゲが大分深刻な顔をして話しかけてきた。

「どうした」

「俺を突撃部隊に入れてくれないか」

「うーん、今のところこっちに出番無いんだよな。俺もよ、最近先頭に立ってないしそろそろ出たいとは思うんだが、何せ抱えてる兵隊の数がこれだ」

 突撃待機中の左翼軍は怪我病気、脱走処刑などなどで七万にまで減ったが、まだ七万だ。いくらクソッタレだろうが飯だけはちゃんと食わせるという信条なので飢え死には出ていないし、腹が減っていないので結構奴等の面も元気なのだ。

「左翼軍の突撃でカタはつくだろうしな。それに獲ってもイラングリ王の首か?」

「雑魚です」

 アクファルが言う。目立ってこちらを驚嘆させるような反撃も何もしないイラングリ軍の最高指揮官の実力が拝めていない。実力発揮も出来ない指揮官は歩哨の一人に劣る。

「だってよ。船で東岸に逃げてるかもしれんし、敵が兵隊集めて決戦でも挑まない限りちょっとなぁ、評価出来ないなぁ。防衛体制がなってない、首都直撃が簡単だったという時点で、やっぱり雑魚だ」

「ぐぬぅ」

 趣味と仕事、夢と現実が不一致するところ。

「将軍閣下、よろしいでしょうか?」

 ストレムがやってきて敬礼。返礼。

「突撃正面における敵砲台の破壊を確認しました。城壁崩落による登攀可能箇所も着実に増加中。また重火箭の一斉発射用意良し。突撃待機中の部隊の、突撃発起地点までの前進を進言します」

「了解した」

 左翼軍に命令を伝える伝令、最近目立ちだしたクトゥルナムに向かってちょいっと前を出すように手を振ると、彼は頷いて左翼軍の方へ行って各指揮官に命令伝達。左翼軍は突撃発起地点、凡そ城壁上部からの矢弾の撃ち下ろしが当たるけどマトモに当たらない距離まで移動。施条されていない大砲の射程距離内であるくらいには近い。

 使い捨てにしているが、左翼軍の連中だって馬に乗って移動出来て戦えるのだ。それを下馬させて突撃とは中々、贅沢な話だ。

 馬は補充出来るし潰せば食える。贅沢な話だな。

 レーナカンドでは見せしめ目的に強く指導しなかったが、今回は略奪や市民への暴行は禁止するよう全部隊に指導してある。

 それからちょっと今まで抜けていた部分もあるが、性病蔓延防止のために強姦も禁止。ちゃんと管理された娼婦以外相手をしないように指導。ナレザギーの商人達に淫売稼業の知識を持っている奴がいるので組織化させている。

 どのくらい決まりを守るかはやってみないと分からないが、まあおいおい殺しながら周知徹底すればいい。

 望遠鏡で、ボロボロに崩されて埃を被った瓦礫と死体が散らかる城壁を眺める。榴弾で坂、階段と化した箇所が十二に達した。

「突撃支援開始」

「突撃支援開始」

 ストレムが復唱し、城壁への砲撃から都内への砲撃に変更。そうしてから重火箭の一斉発射で噴煙の洪水がまた起こる。

「へくちっ」

 くしゃみをしてしまった。アクファルが手拭いで洟を拭いてくれる。

「突撃開始」

 命令待機中の軍楽隊の長が頷き、指揮棒を振るって歌唱用から行進用に編曲し直した”ベルリク行進曲”改め、楽譜がマトラから最近届いたばかりの”陸軍攻撃行進曲”が演奏される。理性も飛びそうになる激しいラッパの吹き方は原曲の雰囲気をかき消している。整列して回れ右、とやる雰囲気でもない。

『ウォー! ウォー! ウォー! ウォー!』

 と喚声を連呼して恐怖を打ち消しながら敵要塞に突っ込むのが似合う。

 七万の左翼軍は武器や梯子や鉤縄を持って、十二に分かれて進んでいく。壊れた城壁から懸命に小銃を発射し、矢を放つ敵に少しずつ殺されながら、逆に撃ち返して進む。

 砲兵が城壁の内側に榴弾を送り続ける。

 弓兵が城壁を登らずにその内側へ、見えない敵に向けて矢を曲射に放つ。

 崩れた城壁の一部が突如として爆発。爆風で兵士が吹っ飛んで、吹っ飛んだ瓦礫と兵士が他の兵士に当たって潰れる。城壁内の弾薬庫でも爆破したようだ。

 陸軍攻撃行進曲は高らかに演奏中。爆破されていない箇所の兵士達は引き続き『ウォー! ウォー!』と叫んで勇気を振り絞って盛り上げる。

 崩れた城壁への突撃は止らない。それから三度、弾薬庫を吹き飛ばす自爆攻撃があっても流れは変わらない。逃げてもレスリャジン部族の軍に殺されることを彼等は学習している。

 音楽隊では予備待機していたラッパ手が、酸欠になりそうな赤い顔で吹奏していたラッパ手と交代。予備が必要なぐらい激しい吹奏。そうでなければ馬鹿の心に響かない。

 死体を階段にすることを覚えてしまったか、左翼軍は順調に仲間を積んで工夫しつつ城壁の内側へと吸い込まれて行く。

 都内への支援砲撃が終わり、続々とジャルバスクに翻る王国の旗が降ろされて我が軍の物へと変わっていく。レスリャジンの物以外にも左翼軍各部族の物が多い。何れ統一旗も作らないといけないな。


■■■


 ジャルバスクは陥落した。逃げ遅れた軍民は全て赤子に至るまで殺して川に捨てた。食わせる口が多いのは困る。獲る魚が太ってくれれば良い感じ。

 イラングリ王や王子など要人は全て船で対岸に逃げた後である。財宝も重くない物は持ち去られ、井戸には毒と糞――川があるので大したことはない――が、家も食糧庫も砲撃分以上に全て焼かれた。食糧に関しては消火して焼け残りを発掘したのである程度は残っている。

 重火箭による焼き討ちで船がある程度は焼けて使用不能になり、イラングリ王国が想定していたよりは逃走を防止出来たようである。

 首都は落としたが主力軍の撃破という目的は達成出来ていない。

 これからだ。

 各方面軍からの情報が早く欲しい。

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