第149話「スラーギィから東へ」 ベルリク

 春先。家畜に食わせる草が生えた頃にスラーギィの東へと進む。

 スラーギィ東部は荒地で草も少ない。極東部に近づく程に砂漠化が進んで環境が厳しい。訓練に最適だが、通り道としては良くない。

 その極東部では今時期ぐらいにしか家畜の放牧が出来ない。石と砂と、ようやく草が生える土の地面が入り混じって、遊牧民でもなければ死の大地にしか見えない。出来るだけ身軽に通過するのなら今の時期だ。

 出す兵数はまず、前回の遠征と同じ主力一万人隊。親衛隊、レスリャジン、アベタル、スタルヴィイ、シトプカ、フダウェイ、スラーギィ、カラチゲイ、ムンガル、プラヌールの各氏族千人隊。

 各千人隊の中身には変更があって、若い連中は出来るだけスラーギィに残し、年寄り共の残り寿命を戦争に捧げさせるために編入。ちゃんと動ける年寄りではある。加えて駱駝に組み立て式の施条旋回砲を積んだ。ナレザギーの故郷メルカプールにおける軽敏な駱駝騎馬砲兵を整備し、訓練した。この兵器一つで選択肢が広がる。城壁へ撃ち込むに心細いが、人馬には威力絶大。

 肝心の要塞攻略だが、こればかりはマトラ人民義勇軍に頼った。施条砲二十門だけ。後は必要になり次第追加で出すか、現地調達、接続が成功すればヒルヴァフカ経由で輸入する。

 下調べでは各要塞の程度はたかが知れているとのこと。星型で土塁を盛ったようなものではなく、水濠に高くて薄い石壁で囲ったような前時代様式。現地でアッジャールの攻城重砲を購入、奪取して運用するだけでも十分であるらしい。

 旧アッジャールの防御思想は不毛な草原砂漠をひたすら撤退して敵を疲弊、分断孤立させるもので定点で支えるものではない。兵士として優れた人馬を捻出出来ても、巨大要塞を拵える経済力に乏しいのなら良い妥協案ではある。引き込んだ敵を撃退する機動的な戦力があれば最適解ではないか? 要塞というのは簡単に造れないのだ。

 遊牧民の発想から生まれて来たとは思えない旧アッジャールの攻城重砲であるが、そもそもが対オルフ、何より対魔神代理領用に新しく設計された物であるそうだ。設計者自体もオルフ人で、対エデルト戦を視野に入れた設計だという。

 そしてアッジャール崩壊後はその砲口が向くことは考えたようで、各地で応急に要塞を強化したようだが、財力に技師が各地に分散してしまった上に常に近所との衝突で余裕も無くて要塞建築どころではないようだ。という事情を女兵士指揮官トゥルシャズに教えて貰った。伊達に年増じゃない。

 マトラ人民義勇軍から出した兵力は、歩兵三個連隊、砲兵一個連隊、砲兵教導大隊、工兵一個連隊、その他補助部隊がついて合計七千名。これで東方遠征旅団である。

 旅団長はマトラ人民義勇軍では砲兵を一括式する権限を持つ砲兵指揮官の副官であるストレム。父がマトラに帰化したランマルカ妖精だそうで、背丈もあり耳も丸めで妖精に見えない男だ。妖精の歳の頃など想像がつかないが、まだ若く、優秀だけど経験が少ないということで臨時編成の東方遠征旅団で実戦訓練である。ちなみに砲兵指揮官殿はゾルブ、ゼクラグと共に魔神代理領の妖精達による軍事演習に参加しに行っているので留守。

 これに加えて女兵士中心の後方支援部隊も同数、トゥルシャズが指揮する一万。今のレスリャジン部族では二万の男を動員するというのはかなりキツい。

 国土防衛戦か移住覚悟の侵略戦争ならば可能だが、行って戻って来る遠征となれば話は別だ。家畜の放牧は家に残る女子供だけに任せるものではないし、オルフの未亡人戦争とバルリーとの紛争があるので防衛部隊を引き抜くことは出来ない。女性の民兵化で戦力は水増ししたが万全ではない。マトラの妖精に任せるというのも可能だが、おんぶにだっこでは格好がつかないではないか。

 レスリャジンとマトラは盟友であって羊飼いと羊ではない。


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 ブリャーグ族という部族がまず我々の遠征、第一の標的である。

 ブリャーグ族はスラーギィ極東部のオアシス村からイブラカン砂漠までに、土地が貧しいので氏族毎に散って生活しているそうだ。

 蒼天の神を基本に、風の精霊を信仰している。良いことも悪いことも気紛れにしてくる、自然現象に人格をつけたような精霊と上手く付き合うという教えがあって、それがそのまま生活の知恵になっている。

 そのオアシス村の中でも、物資集積地点に設定予定のマンギリクに到着したら、早速事態が発生した後。

 借金を肩代わりした代償に先鋒を務めるフダウェイ氏族の斥候を殺したのだ。誰もいないと思って道中にあった井戸の水を飲んだら矢を射掛けられたらしい。フダウェイ氏族長イフラディロが、撥ねたブリャーグ人の首を荷車に載せて、見せながらそう説明した。

「頭領、片っ端からぶっ殺したが足りねぇぜ」

 膝から下を砕かれ、折れた骨を露出した捕虜が引き摺られて来る。

「こんな感じで残党の場所を知ってる捕虜を連れさせて狩らせに行かせたぞ。いいよな頭領」

「それでいい」

 マンギリクにはフダウェイより先発し、商人として偵察を終えて折り返して来たナレザギーとも合流した。

「商人として通った時はなんともなかったんだけどね」

「水に代金は?」

「誰もいないのに払えないよね」

「冬はこっちにいないってことか」

 ブリャーグ族にとってスラーギィ極東部は夏営地になっているようだ。

 彼等を従わせるのは面倒だし、家畜のように管理するのも面倒で、生かしておいて利益になるかは疑問。それにこいつらはスラーギィに食い込んでいやがるのだ。昔からかどうか知らないが、我々の土地で好き勝手はさせない。遺恨無く殺すしかない。

 この辺には国境警備隊を配置する予定だ。喉を潤す水が足りない地域ならば、その分喉の数を減らすしかない。


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 マンギリクを出発し、ブリャーグ族のオアシス村を襲撃しながら進む。大体が自警団程度の規模で、警戒の仕方も素人同然。夜襲、朝駆けで突っ込めばそれでお終いだ。

 宣伝係になって貰う。抵抗すれば殺して、元気な男も殺して、降伏した老人、女子供連中はまとめて片耳、鼻、片目、両手小指、前歯、男性器の竿を欠損させて髪も髭もそり落として野に放つ。ちゃんと止血して消毒して。いつもなら両目抉って、先導役だけ健常のままにするのだが、まず送り出す先が遊牧社会なので曖昧だし、環境が厳しく合理で見捨てたり簡単に野垂れ死んだりするので若干手加減をした。

 まだ人を殺したことがない兵士――主に女――に通過儀礼として捕虜を殺させた。石で持って、涙目を合わせ、命乞いをする奴の頭を殴り、脳みそを引き摺り出させる。血も涙も忘れ、躊躇しないように。


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「この悪霊憑きめ!」

 次に訪れる部族の領域との、国境におよそ該当する名前も無い小さな部落、井戸に休憩小屋と小さい市場があるという程度の場所に到着。

 市場にあったメロンを切って食う。飲み水が十分なところで食べると水っぽくて、べちゃべちゃ汁が垂れて気に入らなかったが、こういう乾燥地帯で食べると格別だ。飲み水代わりである。

「お前には百万の呪いが掛かるぞ!」

 縄で縛るのも面倒なので、腕と足を潰されて連れて来られたブリャーグ族族長が喚いている。この領域の先の東、もはやスラーギィではないイブラカン砂漠のオアシス都市の方からフダウェイのイフラディロが攫って来たのだ。やるじゃないか。もう肩代わり分は帳消しにしておく。ただし、変わらず先には突っ込んで貰う。

「蒼天の神が俺を遣わした。使命はお前等のような雑草のごとき弱い者を刈り取るためだ」

 あ、今の発言格好良いかも。

「それから百万程度の呪いなんかとっくの昔に掛かっている。毎日の飯は美味いし糞もデカい。大したことはない」


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 イブラカン砂漠の昼は暑く、夜は寒い。オアシスや川沿いでも無ければ草も生えない真に砂と石と岩だらけの砂漠だ。

 単純に漠然と岩石に砂だけが広がっているわけでもないが、大規模に放牧するような土地ではない。

 そしてありがたいことに、この砂漠の大小の都市は良く整備されている。ここの旅程は港伝いに船を進めるようなものだ。目標物も無い場合は星を見ながら移動するのもそっくり。

 イブラカン砂漠の主はチェシュヴァン人、地リス頭の獣人部族。この辺りの遊牧民からは奴隷扱いをされてきた歴史がある。その割には都市文明を発達させているところを見れば中々食えない連中かもしれない。

 彼等の都市は半地下式の都市で、地下に掘り進めて壁を固めて人工地底湖を整備する。直射日光や高温に晒されないので比較的貧弱な水源でもそこそこの地力を発揮し、灌漑農業が集約的に行われている。

 このようになぜ発展したかと言えば、水源地の雨が多い年と少ない年で消えたり現れたりする湖に川が真にアテにならないそうだ。地下水脈の方は大昔から安定していのでそちらを頼っている。

 ヒルヴァフカ州とは歴史的に関係が良好で、アッジャール侵攻時は一時敵対関係になったが、粉砕後は関係は復旧。現在は緩衝地帯としてどこにも属していない立場を取っている。

 そして多くの住民が魔なる神を、商売柄信仰している。信教は自由だそうだ。

 現在、チェシュヴァン族の首都であるカランサヤクを訪れている。都市の地下は分厚いレンガで固められ、採光窓が小さいので薄暗い。また気温を下げるために水路が走っており、非常に涼しい。ちょっと寒いくらいだ。

 こんな土地柄でも工夫のおかげで大きな氷室があって氷菓子を振舞ってくれた。

 ナレザギーは都市に入るなり商人に掴まった。商売の調子が良いらしく、偵察時に次いでに見せて回った見本品についての質問と注文が殺到。東方物産の陸路搬入が途絶えて久しいこの時期、海路を持っているナレザギーは金銀宝飾を纏って見えるのだろう。

 こちらも仕事をする。チェシュヴァン王と会談、友好協定を結び、この地を兵站線の一部と化すのだ。

 チェシュヴァン王は、失礼ながら王と言うよりは首長の様相。会談場所は広々した、風車で動く噴水広場で護衛が周りを固めるが衆目がある。衆目に晒す理由はチェシュヴァン流の民主主義らしい。

「陛下」と呼ぶと即座に「王は名乗っておりますがそれはご勘弁を。東西両皇帝陛下を差し置いては……」と流石に遠慮した。ハザーサイール皇帝とジャーヴァル皇帝は魔神代理領共同体では別格か。

「では王よ」

「はい」

「まだ成否は明らかではありませんが、ここより北部が魔神代理領共同体の一部となります。信仰も多くの者が魔なる神へ捧げているのであれば、ここは一つ考えてみては?」

「交易を主に行っている我々です。情報も多く仕入れております。そのお話は非常に分かる話です」

「ヒルヴァフカ経由で安全で確かな兵站線が繋がるとあれば我々も安心ですし、その分恩返しもしたくなるかもしれません。何で返すかは決めてませんが、軍事作戦を支えるのは良き商人ではありませんか? それも砂漠や草原に精通した者がいればこれより先、蒼天の下では心強いことこの上ありません」

 首都のカランサヤクまでの砂漠の道のりは、ほぼ未開発のスラーギィ極東部はともかく、オアシス都市、村とその間の駅経由だったので――大砲の運搬は酷い砂道だと泥道のように木を噛ませる必要があったが――快適だった。その快適なイブラカン砂漠の南には魔神代理領ヒルヴァフカ州がある。まだ道が貧弱なスラーギィ経路、そして道が整備されているヒルヴァフカ経路という二つの兵站線が繋がれば遠征計画も大分楽になる。

「友好には友好に、互助関係ならばそのように。ここが命綱になるのならあなた方もそのようにするのでしょう。ではそうしましょう」

 チェシュヴァン王と握手。背が低く猫背気味で馬鹿にされやすいチェシュヴァン人だが、その手はゴロっと丸くて分厚い。

「魔神代理領共同体への参加のお話は、これはまたあちらとの相談毎が多くなるので即答はしかねますよ」

「勿論。私にはその権限は無いですからね」

「お誘い頂きありがとうございます……一つ、ブリャーグ族のお話が気になりますが、お伺いしても?」

「出会いが不幸でした。井戸を借りたら向こうから矢を……」

 広場では、気が大きくなっているのか「地リスの金玉野郎! ギャハハハ!」と笑っている我が部族の中年二人組がいる。笑われているチェシュヴァン人は、表情は読み取り難いが怒るに怒れない微妙な感じでいる。金玉野郎の由来は、見えないところに隠れ住んでいるから来ているらしい。

「シゲ、あそこの馬鹿二人をここに連れて来い」

「応」

 シゲが馬鹿二人に近寄って「こっち来い」と手招き。笑っていた二人は途端に黙る。

「連れて来た」

「今さっき糞下らねぇこと吐いた方、口開けろ」

 しかし頭領の命令に従わず、お口の悪い馬鹿一号は顔面蒼白で口を閉じたまま。

 シゲが一号の頬を掴んで握力でこじ開ける。そうすると何言っているか分からないが弁明らしき言葉を吐く。相方の馬鹿二号は「勘弁して下さい!」と震えて喋る。

「いえ、あの、昔から人間には言われていますからお気になさらず」

「寛大なるチェシュヴァン王は懐が深いですね。シゲ、もうちょい頭下げさせろ」

 シゲが一号の首根っこも掴んで頭を下げさせる。刀”俺の悪い女”を抜いて、突き刺す要領でその悪態を吐く舌を切ると舌と血だらけの唾液を吐き、口を手で抑えて猛烈に唸りだした。

「おいもう一人の馬鹿、今あったことをそこの馬鹿を連れて皆に触れて回れ。そうだな、違う場所と人に五十回だ。ちゃんと話が正確に広まっているか確認するからな」

「はいぃ!」

 裏返った声で二号がお返事した。

「シゲ、付き添い。逃げようとしたら目玉抉って晒せ」

「応、大将」

「そこまでしなくても……」

 王は獣人面でも分かるくらいに困った顔になった。広場の人々も、えぇマジで? という顔である。

「これから仲間になろうとしているのです。教育をしなければいけません。今あなた、王に対して侮辱するというのは私に対しても同様なのです。そうではありませんか」

「道理でありますが、しかし、鞭打ち程度で良いのでは?」

「遥か東、東大洋では侮辱吐きは舌を切り落とされるそうですよ」

「なるほど、厳しい世界ですね」

「あ、大将大将、それ嘘吐きの話だ」

「え? まあ、いいだろ」

 その後は道中で発生した赤痢、熱病、壊血病、梅毒患者の治療を、代金を渡して頼んだ。隔離病棟を使うので割りと値段は高め。

 それから梅毒患者はフダウェイ氏族から出ているのでブリャーグ族を襲撃した時の置き土産だろう。下らない一手間で使い物にならなくなるとは間抜けな話だ。死にそうになるぐらいに体を熱して治療する方法があるそうなのでそれを頼んでおく。それで死んだらそれまでだ。

 兵站線確保。兵站基地化はまだ望めまい。


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 草原が夏枯れで黄色になりつつある。これを完全に枯れて色が変わると”黄金”と詩的に表現するのがレーナカンド以西の遊牧社会では一般的。

 その黄金の草原のオド川沿いにあるヤゴール王の夏営地にある宮幕を訪れた。

 ヤゴール人は聖王領域東部のヤガロ人の源流。神聖教会圏ではオド=ヤガロ人と呼ばれるが、ヤガロ人とは顔付きは混血具合が違うのでまるで違う。ヤガロ、ヤゴールは訛り程度の違い。縄張りはオルフ東部のオド川一帯で、アッジャール征服後は上流部に封じ込められた。

 ヤゴール族は西に隣接するオルフ両国に対しては中立政策を取り、三者に良いようにしている状態だ。宗教も、支配者層はオルフ人に受けが良いようにか救世神教に切り替えている。苦難に耐え抜けばいつか救世神が現れて救ってくれるとかいう、余りにも悲惨で受身で後ろ向きの敗北根性塗れの宗教に改宗する程に絶望しているようにも見えないから、とりあえず形だけそうしているのだろう。

 客人にはパンと塩というレーナカンド以西からセレードまで伝わる伝統。宮幕へ入った時にはこれでもてなされた。王と名乗る者が出す物にしては質素だが、これは伝統なので豪華貧相の話ではない。

 それと別に牛乳に茶を混ぜて出してくれた。喉に通すと気持ちがいいくらいの熱さで丁度良い。毒は疑わなかったか? ナシュカの手下の妖精に毒見役がいるのでやらせた。

 この会談は示し合わせたので他にも客人がいる。

 まずは両オルフのヤゴール大使。

 それからアッジャール北限のハマシ山脈西部の南麓を縄張りにするフレク族という大柄な鹿頭の獣人部族だ。ハリキ人と同じ冬の死神を信奉する。

「我々ヤゴールが望むのは相互不可侵です。両オルフとも既に結んでおります。そちらともそうしたい」

 ヤゴール王は消極的だ。実力相応の態度という見方も出来るので馬鹿には出来ない。

「いずれこの周囲は魔神代理領の共同体に入ります。互いに良いようにしましょう。信頼は金で買えず、命で支払うには膨大です」

「つまり?」

「失地を回復出来ると分かったら?」

「我々の都、アッジャールの糞野郎が奪った我々のオド=カサルのことですか」

 旧アッジャールの残党、イディルの数多い王子の生き残りが王を名乗り、後継者であるとして地方政権を作っている。主要なところでシャルキク平原にあるオド=カサル、ガズラウ、イリサヤル、ジラカンドの四つ。辺境には相当に小さい地方政権もあるようだが、直接手を出さなくても大勢次第で転がるような規模。

 このヤゴール族の夏営地はオド川沿い、そしてオド=カサルの北側で目と鼻の先である。何ともいじらしい位置で放牧するじゃないか。未練あり余って咽そうだ。

「そのオド=カサルです。オルフ大使のお二方も、不安定でいつどう転ぶか分からない遊牧政権乱立状態より、安定して理性がある魔神代理領の方がお望みでしょう」

「確かにその通りです」

「同意します」

 両オルフ大使が同意。フレク族の鹿頭が話に入れずにいるのがちょっと変な感じ。置き物にしてはデカ過ぎる。

「フレク族の方は何か?」

「我々が欲しているのは塩です。オルフの戦争で道が使えません。我々は塩とその交易路が欲しい」

「その道を維持出来るように努力すべきでしょう。それは軍事力以外に何もない。こちらの拓いた道は塩を取り扱える道です。その道は南に通じますが、何かと障害物がありますね」

 汗と血を流して作った道を、後から来てのうのうと使うなんて話は無い。貿易の自由化で商業活発化なんてのはもっとそれで儲けられるようになってからだ。レスリャジンが引くの金ではなく鉄の道だ。金の方は魔神代理領がどうにかする。

「兵を出せと?」

「我がヤゴールからもだな」

「まずはご同道を。戦場になりますので代理人でも、既にオド=カサルへの攻撃は開始しています」


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 ヤゴールの夏営地から川沿いに南下し、オド=カサル攻撃を見に行く。

 ヤゴール王と、フレク族の大使が同道して我々の戦争を見学させる。ヤゴール族軍は出兵準備が出来ていなかったので王の供回り程度で、アテには全くならない。

 オド川が両断する黄と緑の草原の上、煙を上げるオド=カサルの都市を背景に我が軍とオド=カサル軍は戦闘中だ。両軍入り乱れての白兵戦、正面衝突という様相ではなく、互いに側面を狙い合って距離を取り、ひたすらに横へ横へと延びている。

 我等の軍は役割を分担している。人よりも武器と馬、駱駝が多いの柔軟に対応は出来る。

 まずは攻撃部隊が前進しながら間合いを計って、時に引いて、矢を騎乗で連射。

 矢はこちらの方が飛ぶ。魔神代理領式の合成弓は史上最高傑作だ。その分引く力が必要だが、そこは全て訓練で補う。個人差は出るので弱い奴は弱いが強い奴は強い。

 矢で敵を殺し、射撃戦を不利と見た敵が突っ込んで来たら攻撃部隊は後退し、迎撃担当の部隊が小銃と旋回砲の射撃で出迎える。

 射程の長い旋回砲が球形弾を放ち、小銃の間合いになれば一斉射撃からの統制をしない乱射、そしていよいよ接近となれば旋回砲は榴散弾に切り替えて射撃する。

 前装式小銃は移動中の揺れる馬上で装填して連射できるものではない。だから待ち構え、迫る敵を狙って撃つのが良い。

 普通の小銃は射程距離がイマイチだが、施条小銃なら直射距離で弓矢の最大曲射射程に匹敵する。

 銃弾は矢より連射は効かないが威力がある。矢を腕に受けて刺さることはあるが、肉も骨も砕いて半ば切断状態になることはまず、ほぼない。

 停止した状態、馬上での装填だが歩兵と比べてもそこまで悪くない。馬へ横乗りになり、銃身が長いアッジャール式騎兵銃なのでそのまま銃床を地面に立てて込め矢で銃身に弾丸を無理なく装填出来る。足で小銃を支え、両手で込め矢を持って、前傾して体重をかけて力強く装填だって出来る。施条銃の溝が掘られた銃身内部に弾丸を込めるのに、通常のツルツルの銃身より力が要るという欠点が補える。

 銃で曲射なんて芸当も出来るように訓練した。何だか戦場伝説っぽいその手の技術だが当たらないことはない。威力は落ちるから対弾式の甲冑相手だと効果は薄いが、相手が軽装騎兵なら十分だ。死ななくても負傷で戦えなくなり、馬に当たれば混乱して転ぶ、逃げる、仲間に衝突して隊列が乱れる。勿論即死もする。

 弓矢で攻撃、銃砲火力で迎撃、そして撤退を始めたら追撃の繰り返し。

 追撃の任で突っ込むのは各千人隊の中でも老人の役割。敵が偽装撤退だった場合、追撃部隊は迎撃射撃を雨のように受ける可能性があって非常に危険。だから被害担当が危険に踏み込むのだ。

 これだけではない。我々はオド=カサル軍を否が応でもこの戦いに引き摺り込む必要があった。逃げられる敵を逃がさない工夫だ。

 オド=カサルの都市を砲兵が直接砲撃中である。敵砲台は既に破壊されている。

 一連の敵味方の騎兵同士の衝突はその都市と、そこに砲弾を撃ち込む砲兵陣地があってこそ成立した。

 所詮は主要都市一つ程度の地方政権である。基盤であるその都市を見捨てることが出来ず、また予告も無いような素早い奇襲攻撃により人も財宝も外に持ち出すことが出来ず、遊牧軍のくせに逃げられないのだ。逃げ出しても瞬く間に困窮し、敵対勢力の横槍で撃ち滅ぼされる可能性がある。焦土作戦も縦深防御もならない小国は防御戦に回った時点で致命的だ。首都という最大の策源地を薄皮一枚で晒すようなことを常に哀れに強制される。

 我が砲兵陣地は堅固である。マトラの東方遠征旅団の七千が凄まじい速度で陣地を築き、そして一万の女達が荷車も使った防壁を巡らせ、使い手の筋力に関わらずどんな猛者でも一撃で撃ち殺す小銃と旋回砲で迫る敵を迎撃する。

 ゆるりと戦場を回ってからヤゴール王とフレク族の大使を一番安全な砲兵陣地まで案内した。

 女はどうしても男と比べて筋力に劣る。アクファルみたいな強弓使いもいるがそれは例外。

 ならば銃がある。銃ならば女子供でも熟練の戦士も巨大な獣も殺せる。銃の取り扱いにも腕力はいるが、そんなものは女子供でも鍛えれば済む程度の話だ。日常の家事が出来ている女なら元から問題はない。我が部族に手が白くて細い女がいるのか?

 女性銃兵隊は男が攻撃に出払っている時に女だけで最低でも守れるくらいに戦えるようにしてある。荷車要塞戦術が中心で、これなら座り仕事が出来る程度の婆様でも銃を操って敵を殺せる。勿論、走ったり、馬に乗ったりと機動作戦が出来る申し分ない女達を遠征に連れて来た。流石にちょっと不安だが、騎兵突撃も出来るようにしてある。

 オド=カサルからは火の手が上がる。

 オド=カサル軍は、装備と戦法に勝る我が軍に数を減らされていく。

 戦列を組んで、軍楽隊の演奏に見送られながら『ウォー! ウォー!』と叫びながら敵の歩兵部隊が砲兵陣地に向かって前進してくるが数も概算、一万五千程度。

 敵歩兵に工兵が火箭を一斉射撃し、滅茶苦茶に飛んで音と見た目と、実際の弾頭の爆裂で心底脅かす。都市から照準を移した砲兵が弾種を榴散弾に変更し、散弾の雨で体を引き千切る。妖精と女達が小銃、一万以上の銃口を向けて射撃する。距離が近づけば工兵による迫撃砲の射撃が始まり、小銃の命中率も高くなる。

 所詮は主要都市を一つしか持たず、アテになる同盟軍もいない地方政権なのだ。ヤゴール軍程度ならば苦戦するようだが、我等と比べたら戦力がまるでまるで足りない。

 騎兵部隊がほぼ撃退された状態で、我が方の騎兵が健在である状況で歩兵を繰り出しては包囲するのは容易。直ぐに歩兵部隊の側面を取って射撃を加える。

 敵の歩兵が使うのは普通の火打石式小銃。施条などされているわけもなく、こちらは一方的に長射程から敵の人数に匹敵する銃口を向けて、それ以上の銃弾を撃ち込む。

 あのイスハシルのように魅了の魔術で異民族ですら死ぬ気で突っ込ませる能力があるわけでもなく、敵の歩兵はわざと開放されている背面へ壊走を始めた。

 壊走した背中には騎兵突撃が敢行され、刀で切って馬で踏み潰して踏みとどまる最後の勇気も粉砕。

 こうして敵軍の撃破、壊走を確認した後に一旦全軍を召集し、砲撃を停止。死傷者を後送する準備に入ると同時に、残した五体無事な捕虜にオド=カサルへ降伏勧告の文書を持たせ、目玉を抉った捕虜を連れて行かせる。

 負傷者を見舞ったが、ある爺さんが「死に損なった! クソッタレ!」と悔しそうに叫んでいた。良い兆候だ。非常に、非常に素晴らしい。

 程なく、降伏を受け入れたオド=カサル王が砲兵陣地まで白旗を持ってやってきた。

 彼はもう我が軍の配下である。逃げ散った彼の軍を再集結させ、真に我々に従う気があるかどうかを戦場で試さなければならない。

「ヤゴール王、傷は付きましたが、どうぞあなたの都をお受け取り下さい。この周りの草もあなたの物です。あ、それと火薬を筆頭に物資は頂いていきますよ。実入りが無いと遠征の継続が出来ませんのでね」

 ヤゴール王が膝を突いた。

「あなたが王だ」


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 オド=カサルより下流、バシカリ海に開ける河口までは行かない途中にある都市ガズラウを攻撃する。事前情報では防御施設は旧式。

 旧オド=カサル軍を先頭に陣形を整える。旧オド=カサル軍は先陣を切り、逃げようものならば後ろから撃って切り倒し、捕まえて目玉を抉って攻撃相手の方へ歩かせて丸ごと砲弾をブチ込む予定。

 二番手はヤゴール軍である。まだまだ応急に――装備点検もおそらくいい加減――掻き集めた騎兵一千だけで貧弱この上ないが、血を流す意志は見せて貰わなければならない。

 人とは家畜ではなく人間なのだ。人間であるからこそ前に出て戦わなければ。レスリャジン部族では食えない上に毛も刈れず乳も飲むだけ出ず、力が弱くて狡賢くて成長も遅い人間を家畜として飼う気はない。

 砲兵陣地を築き、いつでもガズラウの城壁城門、市内各所に砲弾を送り込む用意をして待機。そして旧オド=カサル王に降伏勧告の使者役を任せて送り出そうとしたら、ガズラウの城門が開いて、ガズラウ王が一人でやって来た。

「レスリャジンの大王よ。その配下に入らせて頂きたい」

 単純に臣従は受け入れない。寄生虫を腹に飼う心算はないのだ。

「臣従を受け入れる。ガズラウは放棄しろ」

「放棄!? しかし、いえ分かりました」

「我々と共に行くのならば安穏とした生活は望むな。軍を出せ、遠征について来い」

「はい」

「まずは軍功を全力で立てて自分が無能ではないか、戦う能力があるかを見せろ。戦えもしない兵士など無用で価値が無く、生きているだけでも邪魔だ。だから先鋒を務めて血を流して存在価値を示せ」

「……仰せのままに、その通りに。戦います」


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 ガズラウ併合の後に、遅れてヤシュート族の軍が南からやってきた。ガズラウ包囲の一翼を担うよう、ナレザギー経由で交渉済みだった。

 ヤシュート族の縄張りは淡水のバシカリ海北縁部で、オド川ともう一つの主要河川エシュ川の流入先である。彼等は遊牧民でありながら操船も巧みで陸上、水上交易も行う。ヒルヴァフカ州とはアッジャールの侵攻時は一時交流が停滞したものの、昔のマフダニー朝との対立以来の友好関係だ。

 ガズラウは北方から海沿いまで押し出されて衰退したヤシュート族のいくつかある旧都の一つだ。

 ヤシュート族の族長が急ぎでこちらにやってきて、這い蹲る勢いで土下座をして自分の靴に口付け。大仰な。商売人は演技が派手でである。

「遅れて申し訳ありません! レスリャジンの大王よ。我々もその下に……!」

「ガズラウを与える。後は軍功で報いろ。ガズラウに積まれた石の数だけ命を捧げろ。さもなくば失うのはそれだけではない」

 遅参は口に出して非難はしない。オド川の流れを利用し、オド=カサル攻略から間も無く前進した我々が早過ぎた。


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 次はイリサヤルを包囲する。オド=カサル、ガズラウの陥落から休み無く進撃し、斥候伝令狩りはいつものように徹底しているので奇襲になった可能性はある。

 イリサヤルは丘陵地帯。双子の関係にあるオド川とエシュ川が合流しないのもこの丘陵があるから。

 この丘陵地帯は標高こそそう呼べる程に高くはない。その代わり、普通は深いところにある鉱脈を低深度の採掘で大々的に露天掘りが出来る。地質学者が、出来上がった地層が消し飛んだ古い山と評しているそうだ。

 それに加えてオド川とエシュ川の源流、ハマシ山脈には大規模な炭鉱があり、それに加えて銅に錫が産出する。森林が広がって木材も豊富。その上少し山の奥に入れば火山から硫黄も取れる。

 それと違って少し残念な話があって、イリサヤルまでオド川とエシュ川から、完全に開通していたわけではないが荷揚げのための運河があったそうだが、アッジャールの崩壊で管理がされなくなってほとんど土に埋まったらしい。

 それらの条件が重なり、そのイリサヤルには大工廠がある。銃大砲の原料が低費用、高速に調達出来る地点にある都市なのだ。

 このイリサヤルこそがアッジャール朝の真の象徴だ。第二の始祖アッジャールの都レーナカンドとか、どうでもいい。交通の要衝としては全く良くないけど。

 アッジャール朝とその辺の草っぱらの馬コロ部族と明確に差を、決定的につけたのは砲火力だ。精鋭騎兵を操り、大火力の砲兵を扱い、肉の盾となる服属民族を歩兵として突撃させる。中世的な遊牧軍戦術に固執した、資金量や戦術及び兵器の開発資源を持たなかった者達を下した理由がこれ。

 我々が、レスリャジンとマトラが黒鉄の狼と黄金の羊が残したこの膨大な鉱山と工房を頂くことにする。東方遠征旅団にいるマトラ妖精の技師の指導と基礎工作機械が入ればランマルカの兵器生産量に追いつくだろうと見込みがある。ランマルカが凄いのか、イリサヤルの地力が凄いのか、諸国がヘッポコなのか、相対的ながら面白いところである。論文でも作って発表し、人材を外から呼び込むのも悪くないかもしれないな。文章の構成などは専門家を雇って修正させれば良い線をいきそうだ。

 イリサヤルの包囲を行い、砲兵陣地を築いた。

 慌てたように、望遠鏡でつぶさに見れば装具もちょっといい加減なイリサヤル軍が一度は都市の外で隊列を整えたが、基幹部隊が整列を終えた時点で不利を悟ったか解散して市内に引っ込んでしまった。

 アッジャールの攻城重砲がイリサヤルの城壁、防塁の砲台に配備されているが、あれは所詮砲身内部に螺旋の溝も刻まれていない旧式砲だ。

 射程距離の長いこちらの施条砲は、敵砲の射程距離外から砲撃を敢行して砲台を破壊。大砲の生産地にいる連中だけあってかこれに驚き、降伏して来た。

 ヤゴール族軍の増援と一緒に、道の使用権利を主張出来そうくらいのフレク族軍が包囲に参加しようとしたのは、イリサヤル降伏後の、軍需物資を市内から運びだし、工廠整備計画の段取りを砲兵副指揮官のストレムが指揮し始めた頃であった。

 略奪物資に助けられ、大量の馬と駱駝で物資を素早く運搬し、足止めにもならぬ速度で敵軍撃破、拠点攻略を可能としている我が軍が少々異常なので彼等に罪は無い。多少は見っともなくてもそうなのだ。

 機動力と火力、恐怖と引き連れた旗の種類による圧力が物を言う。旗の種類は馬鹿にならない。その数だけ世情というものを反映するのだ。例えば己が国に隣接する周辺国の旗が一堂に会した軍が目の前に現れたのならばその為政者は絶望を感じるのが正常である。


■■■


 ジラカンドはエシュ川沿いにあり、イリサヤルへ供給される石炭の一時集積地である。また位置上からも当然エシュ川交通の要衝であり、また東から陸路で運ばれてくる物産が集まる交易の拠点でもある、その性質からアッジャール右翼の首都としての機能も果たしていた。

 そのジラカンドを北側からヤゴールとフレクと旧オド=カサルの軍、西から我々にヤシュート、旧ガズラウの軍、南からは旧イリサヤルとダグシヴァルの軍が包囲を行っている。

 新たに加わったダグシヴァルは山羊頭の獣人部族。バシカリ海とジュルサリ海の間のウラフカ山脈北側が縄張りで、閉鎖的で攻撃的と言われる。かのバルハギンもダグシヴァル攻撃の際には実り無さと執拗な抵抗に征服を諦めたと逸話がある。

 ダグシヴァル族が望むのは塩である。海も無く、塩湖も近場に無ければ塩を皆が欲する。ナレザギーが事前に交渉代行をし、塩の取引、道の使用は血の代償をもって許可するとし、合意に至っている。

 ウラフカ山脈に隣接するジュルサリ海は汽水湖で、大量の燃料でその水を焚けば塩は採れるのだが、森林資源が希少であるウラフカ山脈での製塩業は困難。その歯痒さが余計に塩の価値を高めているとナレザギーの商売狐が言っていた。

 ジラカンド王であるが、母親の出身部族がアッジャール朝そして遊牧帝国域に大いなる影響力を持つアルルガン族の出身。その血縁を頼りに救援軍を呼び込んだと斥候に情報員を兼ねる商人が伝えて来た。

 妖精とイリサヤルの砲兵が、降伏文書を届けた後のジラカンドに砲撃を行う。ただしジラカンド西岸は石炭集積所、焼き討ち厳禁。

 まずはジラカンド西岸を砲兵に砲撃させる。榴弾は使用せず、鉄鋳の砲弾を撃ち込む。本拠ではないからか防御施設はほぼ無く、石壁どころか木柵であるから容易に破壊が出来た。

 防御施設が破壊された後にヤシュートと旧ガズラウの軍が突撃して制圧に行く。

 ガズラウ領有権を巡って争っていた両者を一緒に突っ込ませた。戦功次第で評価すると念押しをしたので、ガズラウを巡って良く競い合ってくれるだろう。そして間抜けにも同士討ちを始めたのならばそこに砲弾を撃ち込んでやる。今の内に無理にでも仲良くしないでお痛をしたらお仕置きされるという風に教えてやらねばならない。どんな嫌な奴とでも肩を隣り合わせ、一つの敵をぶち殺しに行くのが戦争だと教えなければ。

 ジラカンド西岸の攻略を開始するよりやや先行し、エシュ川を渡河して北側からヤゴールとフレクと旧オド=カサルの軍がジラカンド東岸に上陸。攻城兵器は持たないのでジラカンド東岸の北や東に展開して増援、そして撤退の可能性を断って降伏圧力を増大させる。また南側へ渡河した旧イリサヤルとダグシヴァルの軍から敵の目を反らす陽動でもある。

 旧イリサヤル軍はダグシヴァル軍に守られつつ、展開に手間が比較的かからない軽砲でもって砲列を整えてジラカンド東岸を砲撃。これは実際の破壊力に期待したものではなく、降伏の催促をするために壁を叩いてやるだけである。

 お仕置きの機会も無くジラカンド西岸の制圧の完了が確認されてからは妖精の砲兵はジラカンド西岸に移動して砲列を整え、川越しにジラカンド東岸へ曲射で砲撃を開始。市内に榴弾を送り込む。壁越しなので分かり辛いが、時々火薬に誘爆したような火柱が上がるので大分効果は発揮された。

 ジラカンドを完全に包囲し、脅迫の砲弾も送り込んだので攻撃を停止。大砲の疲労具合を確認させる時間を設け、ジラカンド王がおそらく期待しているであろうアルルガン軍の増援を探しに出ている偵察部隊の報告を待ちつつ再度降伏の使者を派遣する。


■■■


 降伏の使者が首無しになり、馬に乗ってヤゴール軍の元にやってきたと報せが届いたのが包囲初日の夜中のこと。

 アルルガン軍がエシュ川上流から四万の軍勢、ほぼ全戦力でやってきていると報せが届いたのが包囲二日目の早朝。

 攻城重砲がジラカンド東岸へ向けて砲口を向けたと報せが届いたのが朝食中。

 エシュ川を正面から小船で渡河してジラカンド東岸に乗りつける用意をヤシュート軍が整え、旧ガズラウ軍も渡河攻撃の準備を終えたのが朝食後。

 そして朝のうんこをしている時に総攻撃が開始される。糞を垂れながら指令を出して、合図用の信号火箭を空に打ち上げさせた。

 妖精の砲兵隊が友軍の頭上を超過する支援砲撃を開始し、その砲弾の下をヤシュート軍が操る小船に乗った旧ガズラウ軍がジラカンド東岸を目指す。川沿いの砲台は前日に破壊済みなので小船を揺らす砲弾は敵方からは飛んで来ない。

 旧イリサヤル軍が操る攻城重砲がジラカンド東岸南門へ集中砲火を加える。門と門周辺の防御構造物が崩壊して瓦礫の坂道となったところで旧イリサヤルとダグシヴァルの軍歩兵部隊が笛と太鼓の連弾で勢い付けられ『ウォー! ウォー!』『グベェ! グベェ!』と喚声を上げて突撃を開始。

 それにしてもダグシヴァル族の喚声というか鳴き声は汚くて恐ろしげである。そして山羊の脚力か、矛槍を持って胸甲をつけた重装歩兵を先頭に瓦礫の坂を飛び跳ねるように上り、城壁の内側へと消える。

 南側からの突撃を見送ってから、北側の対アルルガン軍の布陣を確認。

 東岸、旧オド=カサル軍を先鋒にする形でヤゴール軍がその背後に督戦をするように配置。

 フレク軍は散兵として更に北側の方へ配置についている。こちらは体格上馬には乗れないが、馬や馴鹿に荷物を運ばせての、鹿の脚力で走る箆角の鹿頭獣人だ。騎兵としては遅いが歩兵としては抜群に足が速い。

 西岸、一万人隊も北を警戒するように配置し、威力偵察が可能な程度に大規模な斥候を放つ。これはフダウェイ氏族千人隊が担当する。

 その後方に荷車要塞を構築した女部隊を安全地帯として配置。荷車だけではなく、塹壕、個人塹壕と掘り出した土を土嚢に詰めた簡易要塞にしてある。

 穴掘りを嫌がる遊牧民は多い。地べたに這い回る農民を馬鹿にしているだけあって穴掘り仕事は嫌がるものだ。平らな――真に平らではないが――草原を穴だらけ、土塗れに掘り返すというのも美的感覚に大いに反する。訓練時には命令違反者を生き埋めにしてやって穴掘りは義務だと教えてやったものだ。ちょっと昔のことである。

 尚、渡河攻撃を敢行中のヤシュート軍と旧ガズラウ軍がジラカンド東岸に取り付き次第砲兵は荷車要塞に加えさせるが、支援砲撃が中途半端になって突撃が失敗したら目も当てられないので、ジラカンド陥落もしくはアルルガン軍到着までは張り付かせたままにする。

 ジラカンドの城壁に掲げられた旗が引き摺り降ろされ、ダグシヴァルの旗が代わりに翻り始めたところで市内砲撃が停止される、そこまで無慈悲じゃない。士気に関わる。

 ヤシュートと旧ガズラウの軍もジラカンド東岸に突入を始め、瓦礫だらけになった港を制圧してどんどん市内に消えていく。

 ジラカンドの命運はほぼ決した。お次はアルルガン軍である。

 アルルガン軍はフダウェイ氏族隊とフレク族の後退射撃を受けながら徐々に、東岸西岸に軍を分けて現れた。エシュ川が東への逃げ道を塞ぐ西岸にまで軍を分けて来たということは勝つ気でいる。

 エシュ川両岸で正面から決戦かと思いきや、アルルガン軍指揮官は何を思ったか、ジラカンドの旗が降ろされた救うべき都市の姿を見てしまってか撤退を始めたのだ。

 敵前でほぼ全軍の姿を晒し、あまつさえ川に阻まれて容易に逃げられぬ西岸に軍を配置した状態で撤退? 罠でなければ我が軍を崩壊させてくれと言っているようなものだ。まさか仕切り直しなんてさせて貰えるとでも思ったか?

 新しく拵えさせた、大陸が屁をこくような大重低音を響かせる突撃合図の大笛を十人掛かりで吹かせる。

 愛刀”俺の悪い女”を抜いて天にかざし、先頭に出る。

「突撃だ! 殺せ、皆殺しにしろ! 生かして返すな!」

『ホゥファーウォー!』

 合流したフダウェイ氏族隊を合わせ、千人隊十列横隊隊形の一万騎で前進。東岸の軍も一呼吸遅れてだが喚声を上げて前進開始。

 逃げるアルルガン軍の尻と背中に曲射に放った矢を突き立てながら、体を捻らせ背面射ちを行う敵の矢を浴びながら馬を走らせ追い縋る。

 アルルガン軍の撤退そのものは統制が取れていた。しかしこちらの攻撃を受けてからはその逃げ方は撤退から壊走になりつつある。指揮官の意志に兵達がついていけていないか? 生贄の殿部隊ぐらい出せば良いのに、出さない。出せない? 敵四万騎全てがアルルガン族ではないからか。

 試作型後装式小銃で敵の背中へ銃弾を撃ち込む。当たってるか分からんなぁ。落馬した奴はいたが、逃げる敵は渋滞を起こしていて勝手に落馬する奴がいるのだ。逃げ遅れの背中が大分近づいてきた。

 渋滞を起こした敵は団子に固まってきている。逃げ道であるエシュ川の浅瀬に殺到しているのだが、皆が綺麗に収まる程の幅は無いようだ。

「鏑矢用意!」

 勿論のこと先頭である我が親衛隊一千が鏑矢を番え、一斉に敵の塊に向けて放つ。風を切れば甲高い異音がなる鏑矢一千本が敵兵と馬の体と耳に突き刺さる。

 敵は混乱の中で浅瀬も何も関係無く川に飛び込み始めた。馬は良く泳げるのだが、混乱の中では本来の力も発揮できずに溺れて沈む。人間は尚更である。

 塊のなった敵は良い的で、浅瀬から脱出して東岸に逃げた連中はともかく、西岸に残った連中は鴨撃ちである。

 射ち、切り、踏み殺して撃破。

 東岸の方だが、敵を追い払うような感じの戦果に終わったようだ。

「追撃続行! 追撃続行! 休むな、休ませるな!」

 いつでも戦闘に移行できる準行軍隊形にして、浅瀬を渡って東岸に渡り、アルルガン軍の追撃を続行する。

 伝令を出す。

 ジラカンドは東方遠征旅団と旧イリサヤル軍に任せる。軍民は全て皆殺し。

 フレク軍にダグシヴァル軍にはジラカンド周辺、広範囲に敗残兵の掃討。敗残兵は殺すか目玉を抉ってから解放。

 ヤシュート軍はエシュ川一帯の制圧。

 我々一万人隊、女部隊、ヤゴール軍、旧オド=カサル軍、旧ガズラウ軍は逃げ遅れ敵兵を殺しつつ追撃。

 アルルガン軍の本拠はここよりまだ東、アッジャール右翼と左翼を分けるラハカ川流域にある。

 あの統一皇帝バルハギンを排出したからとアルルガンの一族が上層階級面をしているのは何百年も前からのことだ。

 降伏は許さない。そんな過去の骨も残っているかも分からない奴に、自分の軍団に影の一つも落とさせてなるものか。

 過去の英雄バルハギンの死後も輝く威光を、血に染めて黒くして輝けぬようにしてやろう。


■■■


 今は黄金の季節。草原が枯れ草で黄色に輝き、川一帯は草が茂ってより一層そう見える。ラハカ川一帯の牧草は遊牧帝国域最良と言われる。

 追撃は長めにかかった。敵も味方も疲れて休んだり進んだりしながらの追撃になったのだ。逃げる道がどこまでも続くような草原ならではだろうか。食糧供給を殺した敵の馬や潰れた馬を中心として、人間が食べる分の食糧と馬に食べさせられる分は全て食べさせて前進した。

 そうして追いに追ってアルルガン族の宮幕、夏営地を襲撃した。その位置は身の安全を保障した、アルルガン族の支配に抵抗がある下位部族や氏族の者に案内させた。今の状況で身の安全、そして一族の安全保障までやると囁いて頷かない者はアルルガン族を除いていなかった。

 ”黄金の”アルルガン一族を名乗るこの雑魚は、統一皇帝バルハギンを輩出したことにより昔から支配者気取りだ。イディル王の第一夫人はこのアルルガン族の女であったそうだ。そう、あのジラカンド王の母親だ。面を見る前に処刑になったが。

 柱が折れて傾き、返り血で汚れたアルルガン王の宮幕は全面金糸縫いで糞ド派手である。隠れる代物ではない。

 蒼天の神と、その神の子であるバルハギンを現人神、死んで天に上り新たな神となった、などなどとにかくその神格を祭祀する集団がいた。

 こいつらは良い宣伝に使えそうなので、親指を落として片目を抉って、同情されぬように美女は特に念入りに顔を潰し、男は去勢、女も”武器”が使えぬように焼き鏝を突っ込み、喉も潰して声を醜くして放出した。余りに悲惨だと同情すら沸き難いものだ。きっと我々のことを良く罵って呪って触れて回ってくれるだろう。


■■■


 ラハカ川一帯で一旦休暇を取ることにし、アルルガン族を滅ぼした記念となる行事を開催した。今回服属させた部族の長は可能な限り呼び集めた。特に、アルルガン族配下だった者達に見せたい。

 改めてアルルガン族配下だった者達を眺めればその数に驚く。純粋なアルルガン族というのは全体で三割にも満たなかった様子だ。ラハカ川流域の豊かさと、バルハギンの威光の強さが伺い知れる。

 捕らえたアルルガン王と王妃と王子王女その他諸々を使って羊の取り合い競争ならぬ、人の取り合い競争である。

 赤と青の帯で両軍に別れ、双方の色の帯が巻かれた樽が競技場の端と端に置かれる。そして一人ずつ放り出され、裸で逃げ回るアルルガン王族の彼等を取り合って樽に入れるのだ。最終的に重かった方が勝者である。

 以前は敵対していたこともあるが、今はもう仲間であるという意味合いも兼ねて諸部族から競技者を出して赤軍と青軍に混在させる。部族毎に軍を作らせると無用な争いになってしまう。

 泣いて逃げ回る裸の人間を、騎馬の赤軍青軍が追い回して髪に腕を掴み、我が物と引っ張り合って、白い肌が強引に掴まれて赤に青に黒になり、骨が折れて関節が外れ、豪腕同士で引き合えば馬の勢いも借りて腕が千切れる。

 掴んで放して転がって、馬で踏んでグズグズに、折れた骨が突き出れば掴むところが増えてくる。そこを掴んで引っ張り合ったらまた体が千切れる。

 今日の競技は樽に入れた人数ではなく、重量で決まる。アルルガン王族の彼等は素手で解体されては、成果を自慢する競技者がその手足、内臓までも馬上から掲げて観客からの喝采を望む。

 一番に黄金の宮幕に突撃してアルルガン王を捕らえたものの、アクファルから「こんな雑魚じゃダメです」と言われて婚約を取り付けられなかったシゲが大暴れだった。

 シゲはアルルガン王を掴むと殴って歯を叩き折り、顎を掴んで他の競技者が近寄るのを諦めるぐらいに鬼気迫る顔で「ヌオォー! キェイヤー!」と叫びながら首元に蹴りを入れ、骨が折れて皮が切れて血が噴出しても蹴り、手掛かりが出来たところでそこに指を入れて引き千切ってその首をもぎ取った。

 首って素手で取れるのか。


*北半球での”右”翼とは、南の太陽を”上”に見て方角を示す場合の”右”。つまり西。

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